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    僕のために、忘れていて【12】 あの後ろ姿は絶対にアキだった、と気もそぞろに考えながら俺は校庭でサッカーをしていた。
     昨日、走り出した俺はすぐに人影を見失い、呆気なく教室に戻る羽目になった。俺の机のそばにはまだ瑠璃華が居て、なんとなく2人で帰った。気まずくなりたくなくて一方的に俺が入院中にあった出来事を面白おかしく話し続け、もうそろそろ話題が限界を迎えそうな時に丁度良く別れた。瑠璃華は表面上は楽しそうにうん、うん、と相槌を打ってくれていたが、どこが元気はなかった。振られた相手と一緒にいるのだから当たり前だろう。もしかしたら、付き合う前の友達だった時みたいになれるかもしれないと思ってしまった俺の我儘に付き合わせてしまい、後悔が尽きない。
     そう言えば、前にもこんなやりとりをしたな、とぼんやり思う。あの時、アキには激しく拒否されたことを思い出す。
     学習しない自分が嫌になる。関係が終わったらそこまでなのだ。自分の都合のいいように関係を続けるなんて酷な事をアキにも瑠璃華にもしようとしていた。
     
    「リュージ、ぼーっとしてんなー!」

     俺の前を走る良平が声を掛けてくる。俺は無理矢理思考を現実に戻すと小走りで良平について行った。

    「もっと速くー」

     いつも授業はやる気がない癖に、体育の授業だけは張り切る。どちらかと言うと運動が苦手な俺には理解出来ない。

    「分かってるって」
    「んじゃ、ほれ」

     急に良平は俺にボールを回してきた。何度も言うが運動があまり得意ではない俺は、ボールをとり損ねた挙句、足がもつれて盛大に転んだ。いくらなんでも恥ずかしい。

    「ちょ、リュージ」

     笑いが堪えきれないのか歪んだ顔で良平が駆け寄って来る。俺の手を引いて起こしてくれたが、転ける姿がよほどツボに入ったのか、肩を小刻みに震わせている。

    「あー、擦りむいちゃってるじゃん」
    「ほんとだ」
    「入院した方が良いんじゃね?」

     俺は良平に軽く蹴りを入れると、水で洗ってくるとその場を離れた。

    「ちゃんと保健室行って消毒してもらえよー」

     遠くから良平の声が聞こえたが、俺は無視して水道がある方に足を向けた。

    ***

    「痛……」

     傷口をよく見ると手首から肘にかけて盛大に皮膚が捲れていた。水で流してみるが、血が流れ出てくる。傷自体は大した事は無さそうだが、範囲が広いため止血した方が良さそうだと思った。
     ポタポタと水に混ざって血が落ちる。そんな光景を眺めていると何だか落ち込んできた。
     力なくしゃがみ込む。こうなると何をやっても上手くいかないような気がしてくる。ここ最近の感情の波に負けているのは分かっていても自分ではどうすることもできない。
     なんだか泣き無くなるような気持ちを堪えて立ち上がった。一息つくと保健室へ歩みを進めた。
     うちの学校の保健室は校庭からも行けるようになっていて、野外体育の授業中に怪我をした時は大体その入り口から入る。先生が不在の場合も多いので、勝手に入って勝手に治療している生徒も多い。それってどうなのよ、と思ったりもしていたが、正直、今の落ち込んだ顔を見られないで済むので助かる。
     どうせ先生は居ないだろうと、ドアを開けて大股で保健室へ入る。薬剤が置いてある棚は奥の方に設置されていて、カーテンで区切られてる。
     俺は遠慮なくカーテンを思い切り開けた。

    「え」

     俺の視線の先には大きく目を見開いたアキの顔があった。アキは棚の横に備え付けられたテーブルに座っていて、頬杖をついていた。

    「は、え?」

     アキは俺の顔を見るなり、乱暴に立ち上がった。ガタン、と大きな音を立てて椅子が傾く。
     アキはそんな状況を構いもしないで、俺に背を向けて逃げ出そうとした。俺は反射的にアキの腕を掴んでしまった。

    「痛」
    「あ、ごめん」

     無意識に力を込めてしまった手を離してアキと距離をとる。
     自由になったアキは逃げ出すかと思ったが、その場に立ち止まり俯いている。思わず引き留めてしまった手前、沈黙に耐えられず声を出す。

    「あ…………元、気?」

     我ながら情けない声が出た。普通を取り繕うように力み過ぎて喉が震える。
     アキは俯いたまま微かに首を上下に揺らした。一応、元気ということなのだろう。

    「そっか……よかった」

     少しだけ気掛かりが和らいだ。あんな逃げるように別れておいて今更だが。
     と、アキの視線が俺の腕に注がれていることに気がついた。

    「あー、これ、サッカーやってて転んじゃって」

     沈黙が怖かった俺は、アキの視線に話を合わせることにした。

    「俺、そこまで運動神経良くないのに、友達が急にパス回してきてさー」

     聞かれてもいないのに口が滑る。今にも崩れそうな間を保たせるのにいっぱいいっぱいでアキの顔すらまともに見れない。

    「アキ、薬の場所、分かる?」

     俺が名前を呼んだ瞬間、アキの肩は大きく揺れ、俺から一歩遠ざかった。

    「え、あー、ごめん、なんか……」

     また今まで通り接しようとしてしまった。アキにとっては名前を呼ばれる事自体不快だったかもしれないと気が付いてしまい心が冷えてくる。

    「やっぱ自分で探すわ」
    「…………ここ」

     アキは不意に小さい声でアキが座っていた椅子を指を差した。

    「ここに座って待ってて。僕が準備するから……」
    「あ、ありがとう」

     俺はアキに近付くと傾いていた椅子を起こし座った。目の前ではアキが棚から次々と消毒液やガーゼを取り出してきている。やけに手際がいい。

    「アキはよく保健室利用すんの?」
    「…………」

     アキは質問には答えずに、俺の顔を見ないようにする様に腕に触った。

    「いた……」

     ピリッとする感覚に少し顔が歪む。こんな怪我をすることなんて久しぶりで、消毒液の痛みに懐かしさを感じる。
     アキがガーゼを当ててテープで止めてくれた。

    「出来れば病院で診てもらって」
    「……助かった、ありがとう」

     俺はお礼だけ言うと立ち上がった。アキは俺に背を向けて立っていて、表情は分からない。

    「じゃあ、もう行くわ」

     俺は早くこの場から去ろうと足を踏み出そうとした。その時、保健室のドアが開いた音がした。カーテンで仕切られているため、こちらからは確認出来なかったが、聞き慣れた声がして誰が来たのか分かった。

    「先生ー?」

     瑠璃華だ、と思った直後、俺の口はアキの大きな手に塞がれていた。座っていた椅子に強引に座り直させられると、向き合うような体勢で動きを止められた。

    「またいないのー? 職員室かなぁ……」

     瑠璃華はブツブツ文句を言いながら保健室を出て行った。

    「アキ…………?」

     瑠璃華が居なくなってもアキは俺に覆い被さるように椅子の背もたれに両手をつき、俺を眺めていた。まともに目が合い動揺すると同時に何故か安心した。

    「…………なんで?」
    「は?」

     アキはボソボソと聞き取りづらい声で吐くように喋る。

    「なんで、普通にしてるの」
    「あ…………」

     やっぱりアキはこんな関係を望んでいないのだと痛いほど感じた。

    「あの、ごめん、俺、無神経で」
    「は? なんの話?」
    「いや、だから無神経だったなって……」

     アキは思い切り顔を歪める。長い前髪の奥で瞳が鈍く光っている。

    「無神経って言うより最早嫌がらせでしょ」
    「え……?」

     アキは自嘲するように笑いながら吐き捨てると前髪をかき上げた。
     俺はそこまでアキに嫌な思いをさせていたのかと、唇を強く噛んだ。

    「もうさ、あの女に全部聞いたんでしょ? 気持ち悪いと思わない?」

     あの女……?

    「瑠璃華のことか……?」
    「そうそう。浮気してたあの女。あ、でもより戻したんだっけ? 良かったね」
    「え、ちょっと、待って」

     立て続けに捲し上げられ止める余裕も無い。

    「浮気してリュージを傷付けて、それなのにリュージはあの女を助けたりして。ホントお人好しで笑える」

     あははと狂ったように笑うアキは既に自分を見てはいない。

    「あんまりにもお人好しだから、つけ込んだら僕でもイケるかなって。結果、大成功だった訳だけど」

     アキが何を言ってるのか理解出来ない。いつものアキらしく無い矢継ぎ早な口調に余計混乱する。
     浮気した? つけ込んだ? アキは一体なんの話をしている?

    「あ、見てこれ、宝物」

     アキはポケットから紙を一枚取り出した。裏返してみるとそれは瑠璃華と一緒に撮った写真だった。しかし瑠璃華がいる筈の俺の隣は丁寧に切り取られていて、写真の中では俺だけが幸せそうに笑っている。

    「アキ……なんで、これ…………」
    「事故にあった時、リュージの鞄から出てきてさ。あの女と写ってるものなんて捨ててやろうと思ったんだけど」

     アキは愛おしそうに写真を手に取り眺めた。

    「リュージが幸せそうだったから」

     場にそぐわないくらい優しい声でそう言うと、アキは指で写真をなぞった。

    「ちょっと、頭が混乱してて、俺……」

     やっとの思いで絞り出した声は近付いてきたアキの顔にかき消される様に尻すぼみになった。

    「気持ち悪いでしょ? 僕がどんな思いでリュージのそばに居たのか分かったんだから」
    「気持ちって……」
    「まだ分からない?」

     そう言って、アキは俺の体操服の隙間から手を差し入れた。ヒヤッとしたアキの手の感触に思わず身を屈める。

    「もう一回怖い思いしないと分からない? それとも彼女が浮気してたって分かって自暴自棄にでもなってる?」

     アキは言いながらどんどん上へと手を滑らせ始めた。俺はされるがままになり、アキを見つめ続けた。

    「……っ」

     アキは急に手の動きを止めると、顔を歪めて俺から離れた。閉ざされた瞳が微かに揺れたのを見逃さなかった。アキはそのまま後ずさる様に距離をとると、乱暴にドアを開け、走り去ってしまった。
     俺はアキに触れられた場所に手を当てた。アキの手は震えていた。好戦的な態度とは逆に、俺に触れるのを恐れる様に。
     一度に多くの事を知ってしまった。考えなきゃいけない事も沢山ある。何より、歪められたアキの顔が頭に焼きついた様に離れなくて、俺は頭の痛みを感じ始めた。
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    2022/06/26 18:00:00

    僕のために、忘れていて【12】

    #オリジナル #創作 #創作BL #学生

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