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    僕のために、忘れていて【6】 俺は従業員用の出入口から頭だけを外に出し、コソコソと辺りを見回した。別に何かを警戒してるわけでは無い。ただ何となく心の準備がしたかったのだ。

    「……いないか」

     流石のアキも従業員用の出入口で出待ちする程世間知らずではないらしい。いや、今までのアキが世間知らずかと言われれば一概にそういう訳でもない。俺とアキが恋人という関係なら全て納得できる行動ばかりだ。しかし、俺にはそこの部分の記憶が無いのだから首を傾げてしまうのは仕方ない、と思っている。

    「もう帰ったかもしれないしな〜」

    若干の期待混じりにそう呟く。別にアキが嫌いなわけじゃない。アキが突然バイト先に現れたのもなんとなく気恥ずかしさはあるものの嫌じゃなかった。しかし、接客とは言え女の子と楽しくおしゃべりしてしまったこと、一瞬でも期待してしまったこと、それをアキに見られていたことの三重苦でなんとなく今日は顔を合わすのが気まずかった。

    「念のため店の表にまわってから帰るか……」

     俺はレンガ調の壁伝いに店の表に出ると周囲を見回した。夏の暑さのせいかテラス席には人が疎らで、その中にアキの姿は無かった。
     この暑さだもん、流石に帰ったよな、と自分を納得させ踵を返そうとした時、視界の端に見慣れたヒョロ長い人影を見つけた。アキだ、と瞬時に理解した。
     よくよく目を凝らすとアキはまだ店内に居た。先程会った時とは違う席に座っていたので分からなかったようだ。

    「なんであいつ移動してるんだ?」

     俺を待つだけなのに、わざわざ席を変える必要があるんだろうか?
     疑問に思いながらも俺は店のドアに手を掛けた。

    「おーい、アキー。終わった、ぞ……」

     店内に入るなりアキに向かって声をかける。と、ここでアキと同じ席に誰かが座っていることに気がついた。アキだけが俺の視界に入っていて、同席者は鉢植えが並んでいる木の陰に隠れていて誰だか分からない。
     俺の声にアキが振り向く。つられたように同席していた人物たちも動きを見せた。

    「あ、れ……?」

     俺の目に写ったのはこちらを無言で見つめるアキと楽しそうに笑っている俺がテーブルにぶつかった女の子2人組だ。

    「え、…………知り合い……?」
    「今日知り合った」

     アキがそう言うと女の子達は嬉しそうに頷いた。きゃっきゃとはしゃいで先程話しかけてきた女の子とはまるで別人のようだ。そして俺に構わず話を続けようとする。

    「アキくん、アキくん、今度ご飯行こ! 私美味しいお店知ってるよ!」
    「アキくん! 私も一緒にいいかな……?」
    「うん、いいよ」
    「やったぁ〜」

     アキも俺の事を気にも留めず女の子たちと会話し続ける。
     あまりの衝撃に頭の中が真っ白になった。

     アキが女子にチヤホヤされて、名前を呼ばれて、楽しそうに笑ってる……。

     あまりにも俺の知ってる現実とかけ離れ過ぎていて、思考が止まる。俺が知ってるアキは無愛想で無頓着で、そして。

     俺の恋人じゃなかったのかよ……。

     なんだか惨めな気持ちになってくる。目の前の男は恋人の目の前で平然と女の子と約束を取り付け楽しそうに笑っている。それを一歩離れた場所で立ち尽くしながら目で追う。なんでこんな目にあわないといけないんだと自問するが自分自身でさえ答えを返してくれない。
     どこからか湧いてきていた悲しみが徐々に苛立ちへと変わった。記憶のない俺の中に無理矢理入ってきたのはそっちなのに。

    「…………アキ、行くぞ」

     俺はアキの顔も見ないで腕を掴むと乱暴に立たせた。思っていた通り、アキの腕は軽く、簡単にテーブルから引き離す事が出来た。

    「あ、アキくん! これ私たちの連絡先!」

     女の子が慌ててメモ帳を取り出しボールペンを走らせた。アキは振り返ると、ありがとうと笑い、それを受け取った。その笑顔が男の俺から見てもカッコよくて、俺の苛立ちは増した。

    ***

    「リュージ? リュージってば」

     俺はアキとは目も合わさず大股で歩みを進めていた。店を出てから数十分、家に帰る気にもなれず、かと言って行く当てもなくフラフラと近所の川沿いの道を彷徨っていた。川の水に太陽の光が反射して眩しくて目を細める。それでも俺は前へ前へひたすら進んでいた。
     アキは最初こそ並んで歩いていたものの、徐々に疲れてきたのか遅れ気味になり、遂には俺の少し後を追うような形にしてなっていた。見た目通り体力は無いらしい。背後から暑さのせいかそれとも体力が限界なのかアキの荒い息遣いが聞こえてくる。聞こえないフリをして歩く速度を落とさないようにしていたが、俺も夏の日差しに少し頭がぼーっとし始めていた。

    「ねぇ、ちょっと待って……」

     待ってと言うが待つ気になんてなるわけない。そもそも最初に俺の存在を無視したのはアキの方だ。俺だけアキを気にかけてやる義理は無い。最早意地になっているのは自分自身で分かっていたが、ここで折れるのは負けた気がする。

    「リュージ…………もしかして怒ってる?」

     図星を指されて思わず立ち止まる。いや、図星かどうかも正直なところ分かっていない。自分が怒っているのか、悲しんでいるのか、呆れているのか、自分の事なのに分からないでいる。
     アキは立ち止まった俺にようやく追い付くと俺の右手を握った。不意打ちの行動に思わず跳ね除けるように手を振り払う。力強く振り払われた衝撃でアキは少しよろめいた。振り払った手がやけに痛い。

    「手、繋いで帰りたかったんだけど」

     俺に振り払われた手を悲しそうに見ながらアキは言った。その態度に苛立ちが胸の奥から迫り上がってくるのを感じた。自分の感情がコントロール出来ない。そう感じた時には既に口に出したら後だった。

    「だったらあんな顔で楽しそうにしてんなよ!!」

     突然の大声にアキは目を丸くして俺の事をジッと見つめ動かなくなった。俺はと言うと、吐き出してしまったが最後、止まらなくなって言葉が止めどなく溢れ出した。

    「俺のこと待ってたんじゃないのかよ!?」
    「俺にはあんな冷たい目で見てくる癖に」
    「お前の考えてる事ぜんぜん分かんねえ!」

     ついでと言わんばかりに目から涙が溢れてくる。悲しいと言うよりは興奮して溢れてきたものだったが、流石のアキもこれには動揺し始めた。

    「なんかごめん……」

     その返答に思わず涙も引っ込んだ。アキは俺が何に腹を立てているのか心当たりが無いのだ。俺だけがイラついて、喚いて、当たり散らしている。アキには何も伝わらない。こんなに虚しい事があるだろうか。

    「…………もういい……」

     急に馬鹿らしくなってきた。あれだけ昂っていた感情は急降下し、今度は急激に何も考えたくなくなる。アキに対しての感情がボロボロと音を立てて剥がれ落ちていくような感覚を覚えた。
     俺は無言になるとアキに背を向けた。もう俺に構うなという意思表示のつもりだ。そしてすぐに歩き出す。が。

    「待って……!」

     強い力で腕を引かれ引き留められた。まるで先程アキの腕を掴んだ時のように。

    「ごめん、調子に乗りすぎた」
    「は……?」

     アキはうなだれながら俺の顔色を伺った後、ボソボソと喋り始めた。相変わらず俺の腕はアキの手によって拘束されていて身動きが取れない。よってアキの話を嫌でも聞く事になる。

    「リュージが嫉妬してくれてるから、嬉しくって、つい」
    「…………はぁ!?」

     思いもよらないアキの発言に素っ頓狂な声が出る。

     嫉妬? 誰が?

     思いもよらない単語を出されて混乱する。嫉妬なんてした覚えは無い。そもそも俺がイラついている原因は。

    「お前がやけに楽しそうなのかムカついた」

     不意に言葉に出すと、自分の中で何かがストンと落ちる音がした。俺がこの気持ちの正体が分からず不思議そうな顔をしていると、アキが急に下を向いた。

    「アキ……?」

     具合でも悪いのかと心配になった俺は、アキの顔を覗き込むように膝を折った。アキに無理をさせていたのは自覚している。もしアキの具合が悪いならそれは自分の責任だ。そう思いながらアキを見ると、アキの肩は小刻みに震えていた。

    「アキ、具合でも……」

     もう一度声をかけようとした瞬間、アキの長い腕が俺の顔を捉えた。一瞬、輪郭をなぞる様に指を滑らされ、気付けば頬を包まれる様に両手で顔を固定されていた。そして額に感じる感触。

    「それを嫉妬って言うんだよ」

     俺の顔から自身の顔を離したアキは女の子たちに向けていた笑顔とは比べ物にならないような甘い顔で笑っていた。

    「は? 違うし! ってか今お前」

     額に残る感触に遅れて熱が込み上げてくる。暑さのせいではない、内側から感じる温度。

    「何すんだよ!?」
    「だってしたくなったから」

     あまりにも歯切れの良い言葉に俺は言葉を失う。
     したくなったらどこでも額とは言えキスして良いのか? コイツの頭の中が本気で分からない。
     それでも先程までの苛立ちが嘘のように消えているのに気付いて自分で驚いた。

    「いきなりこういう事すんな……」
    「いきなりじゃなきゃいい? じゃあ今度からは確認するようにする」
    「そうじゃない……!」

     完全にアキのいつものペースだ。これに巻き込まれると絶対に自分の主張は通らないと、流石に学んだ。こういう時は無理に逆らわず流してしまうのが最善だ。

    「とにかくもうすんなよ」
    「えー……」

     アキは不服そうに唇を尖らせた。そんな姿を見て少しだけ気分が晴れたような気がした。

    「もう帰るか」

     俺はそう言うと、踵を返した。

    「アキもウチ来いよ。冷たいお茶ぐらい出してやる」

     アキが頷くのを確認して歩き始める。アキはすぐに動く気配が無く、立ち止まったままでいる。俺はアキの方を見ようと振り返った。瞬間。数十メートル先の鉄橋の上を電車が通った。ガタガタと音を立てて周囲の音を飲み込んでいく。

    「もうちょっと使えるかと思ってたんだけど」

     アキが何か口にしていたようだったが、俺の耳には届かなかった。

    「アキー? 行かないのかー?」
    「今行く」

     アキは嬉しそうに駆け寄って来ると、俺の横にピッタリとくっ付いた。俺は腕を思いっきり伸ばしてアキを引き剥がすと、一言、暑い!と言い放った。
    ことわ子 Link Message Mute
    2022/06/26 0:03:26

    僕のために、忘れていて【6】

    #オリジナル #創作 #創作BL #学生

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