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    あの夏の続き
    「今日は愁が好きなからあけ弁当だぜ」

    向かいに座る男はそう言って、自分の弁当を広げながらすごく嬉しそうに話しかけてくる。
    太陽がさんさんと当たるテラス席。色違いの風呂敷に、いつもの弁当箱が二つ。座っているのは俺とこいつだけ。目の前の男は、それはそれは上機嫌に笑っている。

    俺は自分の弁当のふたを開けながら、そんなこいつの笑顔に視線を向けた。




    ************

    補講が始まってしばらく。ここ最近の弁当は那雪ではなくこいつの手作りであった。まあ、那雪が一応間に入って教えながらなので、一から十まで全てという訳ではないようだが。
    それでも。この弁当の主な作り手は、目の前の男──北原廉となるのだろう。


    『卒業公演が終わって落ち着いたら』

    そう言った俺の言葉をきちんと守り、公演の終わった翌日、北原はさっそく弁当箱を抱えてやって来た。初めこそ、おにぎりと肉だけが詰まった弁当だったが、青ざめた那雪の指導がいつの間にか入り(『こんなんじゃ、空閑くんも北原くんも栄養が偏っちゃう!』)、気付いたらいつも食べていた那雪弁当のような色とりどりある弁当に変わっていって。

    あの日から、こいつは毎日毎日飽きもせず、弁当を作って来ている。


    『リベンジさせてほしい』


    そう言っていたから、本当はそのお礼として優しくすべきなんだろう。だが、それが口実になりつつあるのを、この男は知っているのだろうか。

    補講期間ということも相まって、別にいつもの面子で食べる必要もねえからと、ここ何日かは北原が持参する弁当を二人でのんびりと食べていた。(まあ初めは普通に北原も加えて食べてたが、とある人物の絡みがうざく、めんどうになったため)
    それを俺が優しいからだと言う北原の思考回路はやっぱり謎だが、そうやって二人で過ごす為に弁当を催促してると知ったらどういう顔を取るのだろうか。



    今日の弁当は、からあげにフライドポテト、ブロッコリーにプチトマト。それから細切りされたニンジンに、色んな種類のきのこ。白米の上には海苔が載っていて。
    那雪は結構彩りを気にするからか、今日の弁当もカラフルだ。
    たまに北原からの「弁当と言えばこれ」みたいな無茶振りもあるらしいが、基本は那雪が献立を決めているので、普段と変わらねえ弁当が、蓋を開けたそこに今日もあった。

    ──初めの頃からは考えられねえくらいに。見た目だけは変わらないそれに何となく物足りなさを感じながら、腹を満たすため、俺は箸を弁当へと伸ばした。










    『優しくしてほしかったら弁当でも作ってこい。』

    そうは言ったものの、実際、そんなことで優しくする気など、ほとんどなかった。

    確かに素っ気なかったが、どんなに冷たくあしらっても、決してめげずに追いかけ、むしろそれすら踏み台にして俺だけをぎらぎらと見つめてくる、あの目があまりにも心地よくかったから。つい、そんな態度ばかり取っていたのは自覚していた。

     そもそも星谷は同じ那雪の飯を食った大切な仲間で。
    でも、こいつはそうじゃねえ。ただ同じ役を競っただけの同じMS学科に所属する、その他大勢の一人にすぎない。

    ダチと他人を比べたら、そりゃ、態度だって変わんだろ。嫌いじゃなくったって。まあ、からかうと面白えってのはあるけど。(あんだけリアクションが返ってくんのもやっぱり見てて面白いしな)
    それでも優しくしてほしい、そうこいつが言うから。

    ちょっとした戯れ。それだけだった。

     

     

    だけど。

    星谷の失踪事件が、あれだけ騒いだのにあっけない終わりを迎えてしばらく。それでもほっとした結果となったことで、ようやく各々が休日として過ごせるようになって。みな好きな場所へと向かう中、虎石に引き摺られるようにして、俺はあいつの部屋へと連行された。
     
    確かに、弁当を作ってこいと言ったが、あの緊迫した中であまりにも能天気に大量の握り飯を持って登場されて。
    その前までの状況とのギャップから、つい、いつも以上に冷たくあしらってしまった自覚はあったのだが。(仕方ねえだろ、そんなの)


    『一応言っとくけど。北原の奴、あれお前のための差し入れだったんだからな。星谷探しは自分じゃできないから、なら、代わりに息抜きとして何かしたいって。
     
    俺達が走り回るの分かってたんだろ。疲れた時の為に何か作ってくるよって言って第2寮行ったんだ。あんまり冷たくすんなよ。』

     

    そう聞かされてさすがに礼すら言わなかった自分を悔やむ。

    真剣に必死になって人が探しているのに、このタイミングでそれを持ってくるなんて。その落差が、あの時のあいつのようで。正直苛ついていた。

     

    だが、そんなことでへこたれるあいつじゃないと思ってたし、んなヤワじゃねえと思ってた。それでも、礼くらいは言うべきかと(釘を刺されたのもあり)、食堂へと足を運んだ。それだけだったのだが。

     

    まさかそこで泣いてるあいつを見るなんて思わなかった。本人は誤魔化していたが。俺があいつを泣かせたようなもんだろ。


    その涙は、かなり衝撃的で。
    一瞬、南條のあの言葉がよぎる。


    『空閑って本当、廉には冷たいよな』


    別にそんなこと、こいつは気にしてねえだろ。
    俺の態度がどうだかとか。そんなの役を競う上で一個も関係ねえ。


    ──それなのに。



    ギラギラと俺だけを見ていた目が。
    嬉しそうに俺の名前を呼ぶあいつの笑顔が。

    消えてなくなってしまう、それがどうしてだか許せなくて。俺は気付いたらあいつの手を強く握りしめてしまっていた。



    まだ俺を見ていてくれると知ったとき、どれだけほっとしたか。


    だからこれはその延長で。
    まだ俺を見ていてくれてると、確かめているのかもしれない。










    **********


    「今日のからあげはうまく揚がってたろ。」


    無罪だな。そう上機嫌に笑うこいつの顔をじっと見つめる。すげえ嬉しそうにごちそうさまと手を合わせ、こいつはようやく食べ終わった弁当箱を片付け始めた。俺の弁当箱はすでに風呂敷の中で、しばらくテーブルの上に放置されていた。

    「どうせ揚げたのは那雪だろ。」

    いつも喋るよりも食べる方を優先させてしまうため、すでに胃袋の中にある今日のメインディッシュを思い出しつつ、そう返す。ちょっと前に出たコロッケはこいつが揚げたからか、少し焦げていて。
    今日は那雪の弁当に出てくるのと変わらない見た目と味だった。


    「ちげえよ。ちゃんと俺が揚げた奴を入れた。今回は失敗しなかったからな。」


    「へえ。」


    「つうか、今日の感想、ねえのかよ」


    有罪。と、さっきまでの機嫌の良さはどこへ行ったのか。ちょっとだけふてくされてる北原を眺める。本当にころころとよく表情が変わんな。

    「うまかった」

    「……そんだけかよ。」

    まだふてくされたままの北原。面白れえ。

    「うまい以外にないだろ。」

    「……あんだろ。どれがうまかったとか、どれがうまくできてたとか。」

    「同じだろ、それ。……まあ、那雪のから揚げと変わんねえうまさだった。」

    そう言えば、こいつは笑ってくれるんじゃないかと思った。案の定、一瞬だけ目を開いたが、次の瞬間、満面の笑みが広がっていて。

    「だろ。なんたって俺が揚げたんだからな。」

    無罪だろ。そう言って笑う顔はかなり得意気で。
    本当に面白れえな。

    そういえば、那雪に迷惑がかかってないか聞いたら、『北原くんて、手先が器用だから最近ではみんなの弁当の下ごしらえも大分手伝ってもらってるんだ』と言っていて、ずいぶんと楽しそうだった。

    だからきっと那雪も教えがいがあるのだろう。器用なこいつがちょっとずつ上達してくのは、きっと見ていて飽きない。
    まあでも。


    「那雪の教え方がうまいだけだろ。」


    「……な!違えよ、有罪!!」


    笑う顔も良いけど、怒った顔のが面白れえから。つい口が滑る。色んな表情をさせたくなって。


    「そういや、行き先決まったのか。」

    ──弁当の礼に何か聞いてやる。
    そう言ったのは、これ自体の礼じゃなくて、かなりteam鳳の分の弁当の仕込みをやってもらってると聞いたから。まあ、じゃあお礼しなくちゃ、と言ったのは星谷だったのに、何故かそれについても俺が礼をするはめになったのだが。

    ちゃんとした形で礼をしたいと思ってたから良いんだが。


    「ああ、和泉に良いとこねえか聞いとんだけどよ、」

    そこでどうしてあいつの名前が出てくんのか。少しだけ気に食わない思いを感じながら続きを聞く。

    「最初は有罪なこと言って相談乗ってくんなかったけど、最終的には、目的地までのルート選びも手伝ってくれてよ。」

    やっぱりあいつお人好しだよな。そう楽しそうに笑う顔が気に食わない。──まあ、ルートまで調べてもらってんなら何とかたどり着けるだろう。自分一人なら何日かかっても多少は気にしねえが、こいつと一緒だとそうもいかねえ。例え目的地にたどり着けても、その道中はかなりめんどくせえ。絶対うるさい。
    それなら、道順がちゃんと分かる方がマシだ。──すげえ気に食わねえけど。

    「で。だから、どこ行くんだ。」

    「海!海行こうぜ!愁!!」

    やっぱりバイクで出掛けるなら海だよな!そういって笑う北原が、なぜだかとてもまぶしかった。



    雲一つなく広がる青空。

    寮の入り口でバイクに股がったまま、俺はあいつが降りてくるのを待っていた。

    まだ昼前だというのに容赦なく照りつける太陽が体に刺さる。


    「わりい、待たせた」

    そう言いながら駆けてきた北原。

    「いや。バイクの用意してたから、んなに待ってねえ。」

    乗る前の軽く点検を済ませ、エンジンをふかす。轟音と振動を感じながら、出しておいたメットに手を伸ばす。北原は妙にそわそわして、バイクにきらきらとした視線を向けていた。バイク見んのはじめてか?そんなことを思いながら、北原に声をかける

    「これ被って後ろ座れ。」


    「お、おう、!」


    返事をしたくせに、渡したヘルメットを持ったまま固まる北原。さっきまでのきらきらとした目はどこへ行ったのか。急に無表情になる。それを何故だかもったいねえなと思った。


    「おい、北原。とっとと被って座れ。」


    寮の前には屋根なんてないから、このままここにいるのはかなり暑い。バイクを走らせて風を浴びてる方がまだマシなのだが、動こうとしない北原に少しじれる。


    「わりい、」


    ようやく我にかえった北原は慌ててメットを被り、後ろに座る。その様子を横目で確認しながら、俺は自分のメットを手にする。


    「そういや、海。どうやって行くんだ?」


    かなり不本意に思いながらも、行き方を北原はあいつと一緒に調べたと言っていた。普段は一切気にしないが、やはり案内があるのならば、それは聞いておきたい。


    「ああ、和泉の奴がスマホ使えって教えてくれて。今、ナビ立ち上げる。」


    後ろでごそごそと動く気配を感じる。スマホを取り出しているのだろう。


    「そんなに近い訳じゃねえし、俺も道なんて覚えらんないからな。そしたら、スマホのナビ使えばいいだろって。」


    何故か緊張していて硬い声だった北原が、その時のやり取りを思い出したのか軽く笑って付け加える。
    緊張がほぐれたのなら良かったが、無性に気に食わない。なんでこいつはあいつを頼ったんだろう。


    「うし。目的地入れたから、ナビの準備できたぜ。……まずは、校舎出たら右な。」


    機械によるアナウンスを聞きながら、北原がそう伝えてくる。
    ナビがありゃあ、確かに迷わねーだろ。それは分かるのだが。


    「お前、スマホ握ったまま乗ってるつもりか。」


    少しだけ呆れて後ろを振り返る。
    例えば人探しをしていて速度を落として走るならまだしも。それなりのスピードを出して走るのに、片方の腕を外されたらこっちだって困る。危ねーし。


    「それに、結構エンジン音うるさいぞ。ナビの声聞こえんのか?」


    どうやらそこまで考えてなかったのか、ぱちくりとまばたきをしてこちらを見る北原の目を見つめ返す。案外近い距離にあった北原の目が、もう一度ぱちくりとまたたいた。


    「……あー、そうか。」


    北原はそう言って少し考え込むように下を向く。
    そっと視線を外されたことに、少し残念に思いながら、考え込む北原を眺める。
    まばたきを繰り返す目を見ながら、北原がどうするのか待った。こいつ案外まつげなげえんだな。


    「あ、イヤホンあっからそれ聞きながらならいけんじゃね?」


    またごそごそと動きだし、ポケットからイヤホンを取り出してはスマホに繋いでいる。そのままイヤホンの先を北原自身の耳にかける様子まで眺めたあと、俺は前へと体を戻した。


    「音量上げりゃ十分聞こえるぜ。スマホはしまっちまえばいいんだろ?」


    「ああ。その方が助かる。落とすなよ。……しまえたんなら行くぞ。」


    「落とさねえよ、有罪。この上着、チャックあんだぜ。だから落ちねえって。」


    笑った気配を背後に感じる。その笑顔を見れないのを残念に思いながら、俺はもう一度エンジンをふかした。


    「んじゃ、行くぞ。ナビちゃんとしろよ。」















    ************

    きらきらと光る海面は、
    西日に照らされて少しだけ赤い。

    夕方だと言うのに、むわっとした熱気が辺りを包んでいて。海風が吹いても、暑さが消えることはない。

    まだ夏が続いている。

    ついこの間までの、こいつと競いあった、あの夏が。むせかえるように暑かった、あの夏が。


    続いているのだと、そう思った。







    結局。あいつのナビが下手なのか、ナビが違う場所を案内するのか。何度か道を確認した俺達は、その度にバイクを止めてしまったのもあり、日が傾きかけた頃にようやく海にたどり着いた。

    まだ夜にはならないが、時間的にはほぼ夕方。
    今の時期だから、まだ日が沈んでないだけで。

    途中で昼飯を食べたのもあったから、着くのは少しだけ遅くなるんじゃねえか、って思ったが、こんな時間じゃ、少しだけとも言えねえ。ちょっとだけ後悔した。気軽に行けると思ってしまったことに。
    こんな時間になるつもりはなかったし。


    バイクを止め、せっかく来たのだからと、少しだけ海沿いの道を二人揃って歩き出す。
    あいつは終始無言で。何故かそれが気になって、ずっとあいつの後頭部を眺めていた。

    海に行きたいと言ってたから、もしかしたら海に入りたかったのかもしれない。こんな時間じゃ入ることもできねえし。けど、ここは浜辺がある訳じゃないから、どのみち防波堤の上から眺めるくらいしかできねえと思うんだが。
    ──いや、最初からここら辺が目的地なら別に入りたかった訳でもねえのか。

    それに一応、着いた瞬間はとても楽しそうに「愁!海だぜ!」とはしゃいでいたはずだ。


    俺がバイクを邪魔にならねえ、盗られなさそうな安全な場所に停めに行く間、先に海の方へと駆けていったあいつは、その時まではすげえ楽しそうにしていた。

    ──そう、すげえ楽しそうだったのに。

    それから俺が追いつき、二人で海沿いのこの道を歩き出した辺りから、北原は急に黙り込み、静かになった。


    時々吹く風の音と、かすかな波音以外は俺と北原の歩く音しかしない。
    ほとんど人も居ないため、夕陽に染まったこの道はとても静かだった。


    目的地直前で、どうもまた道を間違えたらしく──北原が騒いでいたので──別の場所に着いたのだが、こっちの方はほとんど人が居ないからか、結果的には「無罪だな、さすが愁」と嬉しそうに言われた。けど。


    ──やっぱり、明るい時間帯に着くべきだったな。

    海に入れなくても。どうせなら太陽の下、明るい時間帯にここで海を眺めてみたかった。その方がすごくあいつらしい。


    星谷みたいにすげえ明るい訳じゃねえけど。
    それでも楽しそうにはしゃぐ明るいあいつの方が良い。ころころと表情を変えながらも、やっぱり最後には笑ってほしい。


    ──北原の笑った顔が見たかった。その為に俺は連れてきたんだ。だから。



    「愁!見ろよ、すげえ綺麗だぜ!」


    視界が開けた先には、海に沈む夕陽があって。
    その夕陽を背に、満面の笑みを浮かべた北原が振り返る。


    さっきまであった海を囲っていた建物が消え、遠くの地平線が見えてくる。そのせいか、太陽が沈む様子がよく分かって。
    建物の切れ間。ちょうどその間を太陽が降りていく。


    ──笑ってる。


    楽しそうに。嬉しそうに。はしゃぐ北原が、俺を見てまた笑う。



    きらきらと光る海面は、
    西日に照らされて少しだけ赤くなっていて。

    夕方だと言うのに、むわっとした熱気が辺りを包んみ、海風が吹いても、暑さが消えることはない。

    まだ夏が続いている。


    「な、愁!」

    笑う北原にも西日があたる。
    きらきらと輝く波間のように、あいつの笑顔も眩しく感じ。
    俺は思わず目を細めた。


    「ああ、そうだな。」


    いつからだったか。
    いつからだったのだろう。

    最初はただその視線か珍しかっただけ。
    それ以上でもそれ以下でもなく。
    ただ、負けないとぎらぎらと食らい付く目が、あの目だけはどうしても忘れられなくて。

    役をくれてやるつもりなんてなかった。
    どんなに本気を出されても、そんなの関係なく俺があの役を演じるつもりだった。
    ──それでも。

    それでも、あいつのあの目の熱さだけは消えないでほしいと。ずっと俺だけにぶつけていてほしいと、そう思って。


    北原がぎらぎらと食らい付くあの目が、あの熱さが、ずっとずっと俺だけに向けばいいと。よそ見しねえで、ずっとこっちだけを見ていてほしいと。



    ギラギラ、ギラギラと俺に負けねえとぶつける熱視線。それが何時からか快感になっていて。何時からかその視線を独占し続けたいと思ってしまって。

    ──そう、あいつの視線を俺だけが独占したい。なんてそんな事、思ってしまったんだ、俺は。北原廉に対して。
    そんな独占欲を抱いてしまったんだ。






    結局、横でわめいていたあいつがうるさくて、つい口を挟んでしまったのだが。

    あいつは無事に愁と出掛けられたのだろうか。




    愁と北原が海へと出掛けたその夜、俺は寮の廊下でばったりと愁と遭遇した。
    俺は風呂に行ってきた帰り道。愁はこれから向かう道すがら。今はまだ風呂の利用時間終了まで、かなり猶予があるタイミング。俺は食堂へと愁を連行した。

    ──だって気になんだろ。関わるまいと思ってたのに、つい首を突っ込んであれこれと指南してやったんだ。結果を知る権利くらいあんだろ。


    まあ、敢えて愁に聞こうと思ったのは、帰ってきてから終始ご機嫌で、何に対しても無罪判定ばかり下す北原からは、「良かった」こと以外分かりそうになかったから。だっただが。
    結果が良かったんならそれでいい。でも、もう少し具体的に知っときたかった。俺はもうこれ以上この二人に関わりたくねえ。関わらねえようにするには、双方の「どうだったのか」を知っとくことは大事だろ。



    「で、どうだったんだよ。」

    「何が。」


    正面に座る愁を見つめる。いつも通りの無表情をしていて、特に何も考えちゃいねえ、そんな感じがする。が。


    「北原と出掛けたんだろ。その感想。」

    「……感想って。別に海行って夕日眺めただけだ。」

    「……は?」

    「つか、お前北原に入れ知恵すんならもっとちゃんとしろよ。」


    愁の様子に注視しようと思ってたのに、予想外の返しに、俺は愁を見ることを忘れ、呆けてしまう。

    え。どういうことだ?コイツら出掛けたの昼間だったよな?ここは海に近い訳じゃねえけど、行くのにそんな時間かからない筈で。もしかして夕方まで居たとか?いや、そういうニュアンスじゃねえ。もしかして。


    「え、迷った、のか?」

    「あいつのナビが下手くそだったからな。何回か道確認してたな」


    スマホのナビ立ち上げてこれかよ……愁の方向音痴は一筋縄ではいかないらしい。なんつーか、前途多難って、マジかよ。


    「つか、夕陽眺めただけとか、お前ら何しに海に行ったんだよ……」


    一気に脱力してくる。やっぱりこれ以上関わるの馬鹿らしいっつーか、もうこれ以上口挟まねえ方が良いんじゃね?

    愁とあの北原が出掛けたっていっても、そう特別なことではなく。
    北原の嬉しそうなあの笑顔がよぎったが、結局は、クラスメート同士が遊びに出掛けた。ただ、それだけだったんじゃないかって──


    「それは俺も思ったが……俺のバイクに乗れて満足だって笑ってたから良いんじゃね?」


    そう言って愁が笑った。それはもう楽しそうに。本当に可笑しそうに。

    その笑顔を見て、オレは固まった。
    優しそうな可笑しそうな、なんつーか、表現し難い──いや、これ以上表現したくない。──なんつーカオしてんだよ。


    「……愁は、よ、」


    ──あいつとどうなりてえの。

    そんな事聞いちまったら終わりだ。でもその愁の顔は答えも同然で。


    「?どうした?」


    ──少しだけ寂しいと思うのはなんでだろう。ずっと隣を歩いてたのはオレなのに。こいつの色んなこと見てきたのもオレなのに。
    愁のことを取られちまった気分。team鳳の連中にもそんな事思わなかったのに。

    でも。めちゃくちゃ嬉しいとも思う。あの幼なじみが。オレの子猫ちゃんとの事を冷めた目でしか見てなかったあの愁が。
    誰かを特別だと思うことに。

    別にダチがいなかった訳じゃねーし。team鳳の連中とかめちゃくちゃ大事にしてるし。でもそれ以外、興味ないって顔してた愁が。あの愁が。

    その興味なかった誰かに興味を持つなんて。


    「いや、愁はそれで楽しかったのかと思ってよ。」


    海行って帰って来ただけとか、どんな内容だよとも思わなくもないけど。


    「……あいつといるのは面白れえからな。」


    愁はそう言って、それはそれは楽しそうに笑った。
    紫帆 Link Message Mute
    2022/08/01 0:53:10

    あの夏の続き

    弁当シリーズ3作目
    愁視点(支部からの転載)
    最後のページのみ虎石視点


    #愁廉

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    • 空閑って廉には冷たいよね弁当シリーズのプロローグ(※支部からの転載)
      南條視点です。
      支部で上げてた際にあった廉視点とは分けました。

      支部に上げてたときもそうなのですが、はっちの名前ミスってたので直しました。誠に申し訳ありません。


      #愁廉
      紫帆
    • 空っぽの月曜日弁当シリーズ5作目

      れんれんが逃げ出した後の愁視点
      最後のページは、おまけの那雪視点

      ※支部からの転載。
      支部に上げたシリーズの最新分です。



      #愁廉
      紫帆
    • だから、もう一度──手を洗って待ってろ

      弁当シリーズ2作目。(※支部からの転載)
      北原視点。最後のページだけ虎石視点です。

      支部と違って北原視点分でまとめてあります。
      また、支部に上げてたとき、はっちの名前ミスったままでした。誠に申し訳ないです。


      #愁廉
      紫帆
    • 自覚してないってそんな事ある?弁当シリーズ4作目(支部からの移転)
      南條視点。最後のページのみ北原視点。


      #愁廉
      紫帆
    • 空閑は訪ねる直前過ぎるのですが、明日1/28 スタステ13に愁廉で参加いたします。

      サークルスペースは【東4 セ37b】で、
      サークル名は【硝子玉】です。

      新刊は半分くらいWeb再録の弁当シリーズ続編の話をまとめたものです。
      ここに上がってる愁くん宅訪問話と今回上げた廉のマンション訪ねる話を加筆して収録してます。

      また、移転先ですが、Twitter(X)にも描きましたが、下記の個人サイトになってます。
      愁廉についてはまだ移転途中です。そのうち整えて行きます。

      移転先: https://plus.fm-p.jp/u/onigri1024



      ここでの更新は今回限りとなります。
      この話も悩んだのですが、一度Webオンリーにて公開してた話であること、お知らせも兼ねた何かを置きたかったこと、それらの理由でこのお話まではここに上げておきます。
      たまに覗くとカウンターが回っているので読んでいただけてるのであれば嬉しい限りですが、今後は更新しませんので何卒よろしくお願いいたします。

      もう少しだけ残しておく予定です。

      いつもお読みいただき、感謝感謝です。
      誠にありがとうございました。


      #愁廉
      紫帆
    • 開演前 放課後、レッスン室にて弁当シリーズの序章
      まだ育成枠を競ってた頃の二人
      ページ切替で視点が変わります。

      「君と一緒に弁当を」の序章にあたるお話です。
      以前、支部に上げてたものを本に収録するにあたって加筆訂正しました。(全文公開)

      イベント、ありがとうございました。
      直前でTwitter(X)上で告知を行ったため、こちらには特に続報載せなかったのですが、今更ですが上げておきます。
      通販もそっちで情報載せてしまったので、恐縮ですが、ご入り用でしたら、Twitter(X)をご参照くださいませ。
      またしばらくの間、空けておきます。


      お知らせにも記載した通り、移転先が決まり次第、こちらからは撤退の予定です。
      移転してもしばらくは残しておく予定です。

      今後の予定の第一報や移転先等へのアクセスの入り口は、Twitter(X)を予定してます。一応まだ動いてるうちはあそこにいます……

      アカウント名はあっとまーくの後ろに
      【14februaryyy】を付けてお探しください。

      名前はここと同じ【紫帆】でやってます。

      日常ツイ多めなので、情報だけほしい場合はここからのが良いかもしれません……
      移転先の話は書きに来ますので……


      ではでは、いつもお読みいただき感謝感謝です。
      誠にありがとうございます。


      #愁廉
      紫帆
    • お知らせ8月27日 TOKYO FES Aug.2023内の
      星春★スターステップ 12 に、
      サークル【硝子玉】で参加します。
      サークルスペースは【東5ホール ノ57b】です。

      当日は弁当シリーズをまとめた本を頒布予定です。
      文庫本300pカバー付き(あれば)で、値段は1000~1500円辺りで考えています。
      内容は、プロローグからおまけまでの収録で、最近こちらで上げたお宅訪問話は入りません。あと他に今回の書き下ろしが2本、今は非公開の以前公開してたお話1本が入ってます。

      当日ご参加される場合は、よろしくお願いいたします。


      ピクブラのことがあり、少し色々考えてまして、
      今後、公開場所を変える予定です。
      ちょっと色々思うところがありまして、こちらもそのうち取り下げるつもりです……
      (しばらくは置いておきますが)

      以上となりますが、よろしくお願いいたします。


      #愁廉
      紫帆
    • 北原廉のお宅訪問in空閑家弁当シリーズの続編第一弾です。
      空閑視点です。
      2ページ目はおまけで、虎石視点となってます。
      (※ピクブラより転載)

      タイトル通り空閑家を訪問するれんれんの話です。視点はくがくんですが。夏休み前の約束通り、一緒に課題をするために北原が空閑家へとやって来ます。

      4月のWebオンリーにも掲載していた作品です。上記にあるようにピクブラから持ってきました。
      当時、お読みくださった方、誠にありがとうございます。
      Webオンリー時は省略いたしました虎石視点のおまけを追加してあります。
      そちらもお読みくださると幸いです。

      いつもお読みくださり、誠にありがとうございます。感謝感謝です。


      #愁廉
      紫帆
    • おまけ詰め合わせ弁当シリーズのおまけ話
      南條視点→月皇視点→北原視点
      ページ切替で視点が切り替わるようになってます。

      ピクブラにはバラバラと上げましたが、同じ題材なので、こちらではまとめて上げときます。
      三期五幕ネタです。本編の裏でこういうことがあったら良いなってのと、空閑くんに大分夢見たような内容です。

      先日はスペースにお立ち寄りいただき、誠にありがとうございました。それでだと思っているのですが、ぽつぽつお読みいただけてるようで、とてもありがたいです。

      お読みくださり、誠にありがとうございます。感謝感謝です。


      #愁廉
      紫帆
    • だからオレを巻き込むな弁当シリーズ エピローグ
      虎石視点

      ※ピクブラにも同じ奴が上がってます。

      取り敢えず、一旦、シリーズの区切りのお話。
      おまけがまだ幾つかありまして、シリーズの続き的な話もありますので、そちらもまた上げていきたいです。

      シリーズ通してで恐縮ですが、お読みいただけてるだけでとても感謝しております。誠にありがとうございます。


      #愁廉
      紫帆
    • 名前を付ける弁当シリーズ9作目
      空閑視点→北原視点
      前回同様、視点はページで区切ってあります。
      最後はおまけで、北原視点です。

      ※ピクブラにも同じ奴が上がってます。


      おまけはちょっとだけ、今は見れない箱ネタに触れてます(絵だけならアニメでも出てきますが)。あそこはどうしても愁廉としては拾っとかないと、と思いまして。あとドラマCDの打ち上げパーティーネタにもほんの少しだけ触れてます。打ち上げパーティーでの愁くんの当時の廉への評を聞くと、ゴーヤジュースが本当に友情の証になるので不思議です(※個人の見解です。)とても愁廉でした、ありがとうございます。


      #愁廉
      紫帆
    • この関係に弁当シリーズ8作目
      空閑視点→北原視点
      (視点はページにて区切ってあります)

      ※ピクブラにも同じ奴が上がってます

      #愁廉
      紫帆
    • 空閑愁の独白弁当シリーズ7作目
      空閑くんの独白

      ※ピクブラにも同じ奴が上がってます

      #愁廉
      紫帆
    • 消えない残像弁当シリーズ6作目
      北原視点です。

      ピクブラに上げてるのと同じ奴です。
      こっち側には途中までしか上げてなかったので、ちまちま上げていこうと思います。放置しててすみません ……

      #愁廉
      紫帆
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