あの夏の続き
「今日は愁が好きなからあけ弁当だぜ」
向かいに座る男はそう言って、自分の弁当を広げながらすごく嬉しそうに話しかけてくる。
太陽がさんさんと当たるテラス席。色違いの風呂敷に、いつもの弁当箱が二つ。座っているのは俺とこいつだけ。目の前の男は、それはそれは上機嫌に笑っている。
俺は自分の弁当のふたを開けながら、そんなこいつの笑顔に視線を向けた。
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補講が始まってしばらく。ここ最近の弁当は那雪ではなくこいつの手作りであった。まあ、那雪が一応間に入って教えながらなので、一から十まで全てという訳ではないようだが。
それでも。この弁当の主な作り手は、目の前の男──北原廉となるのだろう。
『卒業公演が終わって落ち着いたら』
そう言った俺の言葉をきちんと守り、公演の終わった翌日、北原はさっそく弁当箱を抱えてやって来た。初めこそ、おにぎりと肉だけが詰まった弁当だったが、青ざめた那雪の指導がいつの間にか入り(『こんなんじゃ、空閑くんも北原くんも栄養が偏っちゃう!』)、気付いたらいつも食べていた那雪弁当のような色とりどりある弁当に変わっていって。
あの日から、こいつは毎日毎日飽きもせず、弁当を作って来ている。
『リベンジさせてほしい』
そう言っていたから、本当はそのお礼として優しくすべきなんだろう。だが、それが口実になりつつあるのを、この男は知っているのだろうか。
補講期間ということも相まって、別にいつもの面子で食べる必要もねえからと、ここ何日かは北原が持参する弁当を二人でのんびりと食べていた。(まあ初めは普通に北原も加えて食べてたが、とある人物の絡みがうざく、めんどうになったため)
それを俺が優しいからだと言う北原の思考回路はやっぱり謎だが、そうやって二人で過ごす為に弁当を催促してると知ったらどういう顔を取るのだろうか。
今日の弁当は、からあげにフライドポテト、ブロッコリーにプチトマト。それから細切りされたニンジンに、色んな種類のきのこ。白米の上には海苔が載っていて。
那雪は結構彩りを気にするからか、今日の弁当もカラフルだ。
たまに北原からの「弁当と言えばこれ」みたいな無茶振りもあるらしいが、基本は那雪が献立を決めているので、普段と変わらねえ弁当が、蓋を開けたそこに今日もあった。
──初めの頃からは考えられねえくらいに。見た目だけは変わらないそれに何となく物足りなさを感じながら、腹を満たすため、俺は箸を弁当へと伸ばした。
『優しくしてほしかったら弁当でも作ってこい。』
そうは言ったものの、実際、そんなことで優しくする気など、ほとんどなかった。
確かに素っ気なかったが、どんなに冷たくあしらっても、決してめげずに追いかけ、むしろそれすら踏み台にして俺だけをぎらぎらと見つめてくる、あの目があまりにも心地よくかったから。つい、そんな態度ばかり取っていたのは自覚していた。
そもそも星谷は同じ那雪の飯を食った大切な仲間で。
でも、こいつはそうじゃねえ。ただ同じ役を競っただけの同じMS学科に所属する、その他大勢の一人にすぎない。
ダチと他人を比べたら、そりゃ、態度だって変わんだろ。嫌いじゃなくったって。まあ、からかうと面白えってのはあるけど。(あんだけリアクションが返ってくんのもやっぱり見てて面白いしな)
それでも優しくしてほしい、そうこいつが言うから。
ちょっとした戯れ。それだけだった。
だけど。
星谷の失踪事件が、あれだけ騒いだのにあっけない終わりを迎えてしばらく。それでもほっとした結果となったことで、ようやく各々が休日として過ごせるようになって。みな好きな場所へと向かう中、虎石に引き摺られるようにして、俺はあいつの部屋へと連行された。
確かに、弁当を作ってこいと言ったが、あの緊迫した中であまりにも能天気に大量の握り飯を持って登場されて。
その前までの状況とのギャップから、つい、いつも以上に冷たくあしらってしまった自覚はあったのだが。(仕方ねえだろ、そんなの)
『一応言っとくけど。北原の奴、あれお前のための差し入れだったんだからな。星谷探しは自分じゃできないから、なら、代わりに息抜きとして何かしたいって。
俺達が走り回るの分かってたんだろ。疲れた時の為に何か作ってくるよって言って第2寮行ったんだ。あんまり冷たくすんなよ。』
そう聞かされてさすがに礼すら言わなかった自分を悔やむ。
真剣に必死になって人が探しているのに、このタイミングでそれを持ってくるなんて。その落差が、あの時のあいつのようで。正直苛ついていた。
だが、そんなことでへこたれるあいつじゃないと思ってたし、んなヤワじゃねえと思ってた。それでも、礼くらいは言うべきかと(釘を刺されたのもあり)、食堂へと足を運んだ。それだけだったのだが。
まさかそこで泣いてるあいつを見るなんて思わなかった。本人は誤魔化していたが。俺があいつを泣かせたようなもんだろ。
その涙は、かなり衝撃的で。
一瞬、南條のあの言葉がよぎる。
『空閑って本当、廉には冷たいよな』
別にそんなこと、こいつは気にしてねえだろ。
俺の態度がどうだかとか。そんなの役を競う上で一個も関係ねえ。
──それなのに。
ギラギラと俺だけを見ていた目が。
嬉しそうに俺の名前を呼ぶあいつの笑顔が。
消えてなくなってしまう、それがどうしてだか許せなくて。俺は気付いたらあいつの手を強く握りしめてしまっていた。
まだ俺を見ていてくれると知ったとき、どれだけほっとしたか。
だからこれはその延長で。
まだ俺を見ていてくれてると、確かめているのかもしれない。
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「今日のからあげはうまく揚がってたろ。」
無罪だな。そう上機嫌に笑うこいつの顔をじっと見つめる。すげえ嬉しそうにごちそうさまと手を合わせ、こいつはようやく食べ終わった弁当箱を片付け始めた。俺の弁当箱はすでに風呂敷の中で、しばらくテーブルの上に放置されていた。
「どうせ揚げたのは那雪だろ。」
いつも喋るよりも食べる方を優先させてしまうため、すでに胃袋の中にある今日のメインディッシュを思い出しつつ、そう返す。ちょっと前に出たコロッケはこいつが揚げたからか、少し焦げていて。
今日は那雪の弁当に出てくるのと変わらない見た目と味だった。
「ちげえよ。ちゃんと俺が揚げた奴を入れた。今回は失敗しなかったからな。」
「へえ。」
「つうか、今日の感想、ねえのかよ」
有罪。と、さっきまでの機嫌の良さはどこへ行ったのか。ちょっとだけふてくされてる北原を眺める。本当にころころとよく表情が変わんな。
「うまかった」
「……そんだけかよ。」
まだふてくされたままの北原。面白れえ。
「うまい以外にないだろ。」
「……あんだろ。どれがうまかったとか、どれがうまくできてたとか。」
「同じだろ、それ。……まあ、那雪のから揚げと変わんねえうまさだった。」
そう言えば、こいつは笑ってくれるんじゃないかと思った。案の定、一瞬だけ目を開いたが、次の瞬間、満面の笑みが広がっていて。
「だろ。なんたって俺が揚げたんだからな。」
無罪だろ。そう言って笑う顔はかなり得意気で。
本当に面白れえな。
そういえば、那雪に迷惑がかかってないか聞いたら、『北原くんて、手先が器用だから最近ではみんなの弁当の下ごしらえも大分手伝ってもらってるんだ』と言っていて、ずいぶんと楽しそうだった。
だからきっと那雪も教えがいがあるのだろう。器用なこいつがちょっとずつ上達してくのは、きっと見ていて飽きない。
まあでも。
「那雪の教え方がうまいだけだろ。」
「……な!違えよ、有罪!!」
笑う顔も良いけど、怒った顔のが面白れえから。つい口が滑る。色んな表情をさせたくなって。
「そういや、行き先決まったのか。」
──弁当の礼に何か聞いてやる。
そう言ったのは、これ自体の礼じゃなくて、かなりteam鳳の分の弁当の仕込みをやってもらってると聞いたから。まあ、じゃあお礼しなくちゃ、と言ったのは星谷だったのに、何故かそれについても俺が礼をするはめになったのだが。
ちゃんとした形で礼をしたいと思ってたから良いんだが。
「ああ、和泉に良いとこねえか聞いとんだけどよ、」
そこでどうしてあいつの名前が出てくんのか。少しだけ気に食わない思いを感じながら続きを聞く。
「最初は有罪なこと言って相談乗ってくんなかったけど、最終的には、目的地までのルート選びも手伝ってくれてよ。」
やっぱりあいつお人好しだよな。そう楽しそうに笑う顔が気に食わない。──まあ、ルートまで調べてもらってんなら何とかたどり着けるだろう。自分一人なら何日かかっても多少は気にしねえが、こいつと一緒だとそうもいかねえ。例え目的地にたどり着けても、その道中はかなりめんどくせえ。絶対うるさい。
それなら、道順がちゃんと分かる方がマシだ。──すげえ気に食わねえけど。
「で。だから、どこ行くんだ。」
「海!海行こうぜ!愁!!」
やっぱりバイクで出掛けるなら海だよな!そういって笑う北原が、なぜだかとてもまぶしかった。
雲一つなく広がる青空。
寮の入り口でバイクに股がったまま、俺はあいつが降りてくるのを待っていた。
まだ昼前だというのに容赦なく照りつける太陽が体に刺さる。
「わりい、待たせた」
そう言いながら駆けてきた北原。
「いや。バイクの用意してたから、んなに待ってねえ。」
乗る前の軽く点検を済ませ、エンジンをふかす。轟音と振動を感じながら、出しておいたメットに手を伸ばす。北原は妙にそわそわして、バイクにきらきらとした視線を向けていた。バイク見んのはじめてか?そんなことを思いながら、北原に声をかける
「これ被って後ろ座れ。」
「お、おう、!」
返事をしたくせに、渡したヘルメットを持ったまま固まる北原。さっきまでのきらきらとした目はどこへ行ったのか。急に無表情になる。それを何故だかもったいねえなと思った。
「おい、北原。とっとと被って座れ。」
寮の前には屋根なんてないから、このままここにいるのはかなり暑い。バイクを走らせて風を浴びてる方がまだマシなのだが、動こうとしない北原に少しじれる。
「わりい、」
ようやく我にかえった北原は慌ててメットを被り、後ろに座る。その様子を横目で確認しながら、俺は自分のメットを手にする。
「そういや、海。どうやって行くんだ?」
かなり不本意に思いながらも、行き方を北原はあいつと一緒に調べたと言っていた。普段は一切気にしないが、やはり案内があるのならば、それは聞いておきたい。
「ああ、和泉の奴がスマホ使えって教えてくれて。今、ナビ立ち上げる。」
後ろでごそごそと動く気配を感じる。スマホを取り出しているのだろう。
「そんなに近い訳じゃねえし、俺も道なんて覚えらんないからな。そしたら、スマホのナビ使えばいいだろって。」
何故か緊張していて硬い声だった北原が、その時のやり取りを思い出したのか軽く笑って付け加える。
緊張がほぐれたのなら良かったが、無性に気に食わない。なんでこいつはあいつを頼ったんだろう。
「うし。目的地入れたから、ナビの準備できたぜ。……まずは、校舎出たら右な。」
機械によるアナウンスを聞きながら、北原がそう伝えてくる。
ナビがありゃあ、確かに迷わねーだろ。それは分かるのだが。
「お前、スマホ握ったまま乗ってるつもりか。」
少しだけ呆れて後ろを振り返る。
例えば人探しをしていて速度を落として走るならまだしも。それなりのスピードを出して走るのに、片方の腕を外されたらこっちだって困る。危ねーし。
「それに、結構エンジン音うるさいぞ。ナビの声聞こえんのか?」
どうやらそこまで考えてなかったのか、ぱちくりとまばたきをしてこちらを見る北原の目を見つめ返す。案外近い距離にあった北原の目が、もう一度ぱちくりとまたたいた。
「……あー、そうか。」
北原はそう言って少し考え込むように下を向く。
そっと視線を外されたことに、少し残念に思いながら、考え込む北原を眺める。
まばたきを繰り返す目を見ながら、北原がどうするのか待った。こいつ案外まつげなげえんだな。
「あ、イヤホンあっからそれ聞きながらならいけんじゃね?」
またごそごそと動きだし、ポケットからイヤホンを取り出してはスマホに繋いでいる。そのままイヤホンの先を北原自身の耳にかける様子まで眺めたあと、俺は前へと体を戻した。
「音量上げりゃ十分聞こえるぜ。スマホはしまっちまえばいいんだろ?」
「ああ。その方が助かる。落とすなよ。……しまえたんなら行くぞ。」
「落とさねえよ、有罪。この上着、チャックあんだぜ。だから落ちねえって。」
笑った気配を背後に感じる。その笑顔を見れないのを残念に思いながら、俺はもう一度エンジンをふかした。
「んじゃ、行くぞ。ナビちゃんとしろよ。」
************
きらきらと光る海面は、
西日に照らされて少しだけ赤い。
夕方だと言うのに、むわっとした熱気が辺りを包んでいて。海風が吹いても、暑さが消えることはない。
まだ夏が続いている。
ついこの間までの、こいつと競いあった、あの夏が。むせかえるように暑かった、あの夏が。
続いているのだと、そう思った。
結局。あいつのナビが下手なのか、ナビが違う場所を案内するのか。何度か道を確認した俺達は、その度にバイクを止めてしまったのもあり、日が傾きかけた頃にようやく海にたどり着いた。
まだ夜にはならないが、時間的にはほぼ夕方。
今の時期だから、まだ日が沈んでないだけで。
途中で昼飯を食べたのもあったから、着くのは少しだけ遅くなるんじゃねえか、って思ったが、こんな時間じゃ、少しだけとも言えねえ。ちょっとだけ後悔した。気軽に行けると思ってしまったことに。
こんな時間になるつもりはなかったし。
バイクを止め、せっかく来たのだからと、少しだけ海沿いの道を二人揃って歩き出す。
あいつは終始無言で。何故かそれが気になって、ずっとあいつの後頭部を眺めていた。
海に行きたいと言ってたから、もしかしたら海に入りたかったのかもしれない。こんな時間じゃ入ることもできねえし。けど、ここは浜辺がある訳じゃないから、どのみち防波堤の上から眺めるくらいしかできねえと思うんだが。
──いや、最初からここら辺が目的地なら別に入りたかった訳でもねえのか。
それに一応、着いた瞬間はとても楽しそうに「愁!海だぜ!」とはしゃいでいたはずだ。
俺がバイクを邪魔にならねえ、盗られなさそうな安全な場所に停めに行く間、先に海の方へと駆けていったあいつは、その時まではすげえ楽しそうにしていた。
──そう、すげえ楽しそうだったのに。
それから俺が追いつき、二人で海沿いのこの道を歩き出した辺りから、北原は急に黙り込み、静かになった。
時々吹く風の音と、かすかな波音以外は俺と北原の歩く音しかしない。
ほとんど人も居ないため、夕陽に染まったこの道はとても静かだった。
目的地直前で、どうもまた道を間違えたらしく──北原が騒いでいたので──別の場所に着いたのだが、こっちの方はほとんど人が居ないからか、結果的には「無罪だな、さすが愁」と嬉しそうに言われた。けど。
──やっぱり、明るい時間帯に着くべきだったな。
海に入れなくても。どうせなら太陽の下、明るい時間帯にここで海を眺めてみたかった。その方がすごくあいつらしい。
星谷みたいにすげえ明るい訳じゃねえけど。
それでも楽しそうにはしゃぐ明るいあいつの方が良い。ころころと表情を変えながらも、やっぱり最後には笑ってほしい。
──北原の笑った顔が見たかった。その為に俺は連れてきたんだ。だから。
「愁!見ろよ、すげえ綺麗だぜ!」
視界が開けた先には、海に沈む夕陽があって。
その夕陽を背に、満面の笑みを浮かべた北原が振り返る。
さっきまであった海を囲っていた建物が消え、遠くの地平線が見えてくる。そのせいか、太陽が沈む様子がよく分かって。
建物の切れ間。ちょうどその間を太陽が降りていく。
──笑ってる。
楽しそうに。嬉しそうに。はしゃぐ北原が、俺を見てまた笑う。
きらきらと光る海面は、
西日に照らされて少しだけ赤くなっていて。
夕方だと言うのに、むわっとした熱気が辺りを包んみ、海風が吹いても、暑さが消えることはない。
まだ夏が続いている。
「な、愁!」
笑う北原にも西日があたる。
きらきらと輝く波間のように、あいつの笑顔も眩しく感じ。
俺は思わず目を細めた。
「ああ、そうだな。」
いつからだったか。
いつからだったのだろう。
最初はただその視線か珍しかっただけ。
それ以上でもそれ以下でもなく。
ただ、負けないとぎらぎらと食らい付く目が、あの目だけはどうしても忘れられなくて。
役をくれてやるつもりなんてなかった。
どんなに本気を出されても、そんなの関係なく俺があの役を演じるつもりだった。
──それでも。
それでも、あいつのあの目の熱さだけは消えないでほしいと。ずっと俺だけにぶつけていてほしいと、そう思って。
北原がぎらぎらと食らい付くあの目が、あの熱さが、ずっとずっと俺だけに向けばいいと。よそ見しねえで、ずっとこっちだけを見ていてほしいと。
ギラギラ、ギラギラと俺に負けねえとぶつける熱視線。それが何時からか快感になっていて。何時からかその視線を独占し続けたいと思ってしまって。
──そう、あいつの視線を俺だけが独占したい。なんてそんな事、思ってしまったんだ、俺は。北原廉に対して。
そんな独占欲を抱いてしまったんだ。
結局、横でわめいていたあいつがうるさくて、つい口を挟んでしまったのだが。
あいつは無事に愁と出掛けられたのだろうか。
愁と北原が海へと出掛けたその夜、俺は寮の廊下でばったりと愁と遭遇した。
俺は風呂に行ってきた帰り道。愁はこれから向かう道すがら。今はまだ風呂の利用時間終了まで、かなり猶予があるタイミング。俺は食堂へと愁を連行した。
──だって気になんだろ。関わるまいと思ってたのに、つい首を突っ込んであれこれと指南してやったんだ。結果を知る権利くらいあんだろ。
まあ、敢えて愁に聞こうと思ったのは、帰ってきてから終始ご機嫌で、何に対しても無罪判定ばかり下す北原からは、「良かった」こと以外分かりそうになかったから。だっただが。
結果が良かったんならそれでいい。でも、もう少し具体的に知っときたかった。俺はもうこれ以上この二人に関わりたくねえ。関わらねえようにするには、双方の「どうだったのか」を知っとくことは大事だろ。
「で、どうだったんだよ。」
「何が。」
正面に座る愁を見つめる。いつも通りの無表情をしていて、特に何も考えちゃいねえ、そんな感じがする。が。
「北原と出掛けたんだろ。その感想。」
「……感想って。別に海行って夕日眺めただけだ。」
「……は?」
「つか、お前北原に入れ知恵すんならもっとちゃんとしろよ。」
愁の様子に注視しようと思ってたのに、予想外の返しに、俺は愁を見ることを忘れ、呆けてしまう。
え。どういうことだ?コイツら出掛けたの昼間だったよな?ここは海に近い訳じゃねえけど、行くのにそんな時間かからない筈で。もしかして夕方まで居たとか?いや、そういうニュアンスじゃねえ。もしかして。
「え、迷った、のか?」
「あいつのナビが下手くそだったからな。何回か道確認してたな」
スマホのナビ立ち上げてこれかよ……愁の方向音痴は一筋縄ではいかないらしい。なんつーか、前途多難って、マジかよ。
「つか、夕陽眺めただけとか、お前ら何しに海に行ったんだよ……」
一気に脱力してくる。やっぱりこれ以上関わるの馬鹿らしいっつーか、もうこれ以上口挟まねえ方が良いんじゃね?
愁とあの北原が出掛けたっていっても、そう特別なことではなく。
北原の嬉しそうなあの笑顔がよぎったが、結局は、クラスメート同士が遊びに出掛けた。ただ、それだけだったんじゃないかって──
「それは俺も思ったが……俺のバイクに乗れて満足だって笑ってたから良いんじゃね?」
そう言って愁が笑った。それはもう楽しそうに。本当に可笑しそうに。
その笑顔を見て、オレは固まった。
優しそうな可笑しそうな、なんつーか、表現し難い──いや、これ以上表現したくない。──なんつーカオしてんだよ。
「……愁は、よ、」
──あいつとどうなりてえの。
そんな事聞いちまったら終わりだ。でもその愁の顔は答えも同然で。
「?どうした?」
──少しだけ寂しいと思うのはなんでだろう。ずっと隣を歩いてたのはオレなのに。こいつの色んなこと見てきたのもオレなのに。
愁のことを取られちまった気分。team鳳の連中にもそんな事思わなかったのに。
でも。めちゃくちゃ嬉しいとも思う。あの幼なじみが。オレの子猫ちゃんとの事を冷めた目でしか見てなかったあの愁が。
誰かを特別だと思うことに。
別にダチがいなかった訳じゃねーし。team鳳の連中とかめちゃくちゃ大事にしてるし。でもそれ以外、興味ないって顔してた愁が。あの愁が。
その興味なかった誰かに興味を持つなんて。
「いや、愁はそれで楽しかったのかと思ってよ。」
海行って帰って来ただけとか、どんな内容だよとも思わなくもないけど。
「……あいつといるのは面白れえからな。」
愁はそう言って、それはそれは楽しそうに笑った。