だからオレを巻き込むな
今年は台風に襲われることもなく、無事に──とは実は言い難いのだが、それでも無事に──綾薙祭が終わって。
オープニングセレモニーで盛り上がった熱狂そのまま、大盛況で綾薙祭は幕を下ろした。
その感動と興奮の余韻に浸る暇もなく、お互いに軽く労っただけで、オレ達はそのあとすぐに控えていた中間試験を迎えた。
そうして慌ただしかった日々も落ち着き。少しだけ乱入者によるハプニング等も味わいながら、平穏な学園生活をようやく送れいる今現在。
何故かオレはものすごく逃げ出したい状況に追いやられていた。──しかも自分の部屋で。
まあ、確かに。ここはオレの部屋であってもオレだけの部屋ではないのだけど。
それに、あの夏の辺りから、そんな予感はしてたけど。──多分気付いてるのに、気付かれてるなとは思っていたけど──。
だからって目の前でいちゃついて良いって理由にはならなくね?ならねえよな?
つか、他所でやれよ!
「愁~」
上機嫌な北原が隣に座る男、愁へと声をかける。それに返事をする訳でもなく、顔を雑誌に──膝の上に載せた──向けたままの愁。
…………これをいちゃつくと感じるオレも結構キテるなとは思うが、これがいちゃついていないとも言い切れないので仕方がない。……なんでコイツらのそんな事知ってんだろ、オレ。おかしくね?
全く返事を返さない──なんなら顔さえ向けない──愁にめげることなく、話しかける北原を見て。こいつのメンタルまじですげえよな──と感心しながら、オレは今日これから一緒に出掛けてくれる子猫ちゃんを探していた。急なためか、なかなか予定が合う子が居らず、オレの方がめげそうだった。
──この際誰でも良い。オレがこの部屋から出掛けられるなら何でも良い。子猫ちゃんとのデートを諦めたオレは、暇している同級生が居ないか、知ってる連中に手当たり次第メッセージを送る。が。すぐに返ってこないそれに苛立ちながらも──既読もなかなか付かねえし──、こうなったら一人でも口実を見つけて出掛けようと、仕度をするために立ち上がる。と。
数回のノックの音ともに来訪者が顔を出す。救いの手が差し伸べられた気分になって、そちらを向くと、そこには──。
「廉いるー?あ、デート中に悪いんだけど、ちょっと第2寮まで来てくんない?」
「なんだよ、聖。何の用だよ。」
「いや、俺もわざわざ呼ぶ程でもないと思うんだけどさ~。あいつらがうるさいから。」
まあ、それなら廉迎えに行くのも俺じゃなくて自分達でしろよって俺的には思うんだけど──と、にこにこ笑ってるようで笑ってない顔で、来訪者である南條が言う。
こいつさらっと爆弾発言した気がするんだけど、否定もされなかったそれを蒸し返して墓穴を掘りたくなかったオレは聞かなかったフリをする。──うすうすそんな気はしてたが、認めたくねえ時だってあんだろ。
「マジで何の用だよ、それ。呼び出しといて何もなかったら有罪だからな。……愁、わりい、ちょっと行ってくる」
どうも南條の迎えに、律儀に応えるようで。北原が立ち上がる。全く分かってねえようだけど、行くのかよ。まあ、どうもteamの呼び出しみたいだし、今となっては何だかんだでそれなりに仲が良い──北原は馴れ合いはしねえって言ってるけど──彼らからとあれば、素直に向かうようで。
そしてそれを。
「気を付けていけよ」
さっきまで反応すらしなかった愁が、わざわざ顔を上げて送り出す。一瞬のことで多分、正面に座ってたオレしか気付いてない──当の本人達を除いて──と思うが、愁が北原の気を引くように腕を引っ張ったのをオレは見た。──いや、見てしまった。
「愁、すぐ戻ってくるから帰んなよ!」
そう言って北原は南條と共に慌ただしく出ていった。
先ほどまで喋ってた人間がいなくなったからか。急に静かになった空間で、オレはしばらく動けずにいた。
さっきの出来事がかなり衝撃的だったせいで。
だってあの愁が。
数分前まで北原が何をしようと気にも留めてなかった愁が。顔さえも向けずにいたあの愁が。──北原がそばを離れる、となった瞬間に見せたあの態度が、かなり意外過ぎて。
オレはここから逃げ出そうとしてたことも忘れて、つい愁をガン見しちまった。──男をガン見とか──例え幼なじみであっても──、後から考えるとかなり鳥肌もんだけど──。
多分その衝撃が抜け切らなかったせいだ。つい口を挟んでしまったのは。
「愁って、もしかして──結構北原のこと好きなのか?」
言って、オレは慌てて口を塞ぐ。何を言ってんだよオレ。コイツらには関わらねえと決めていたのに──。
「なんだ、急に。」
「あー、いや……」
相手にしてないようで、実はちゃんと聞いていて。北原がほしいときに返事をしてるのも、顔を向けてやってるのも、幾度となくこの部屋で行われてきたことだから──知ってはいたのだが。この幼なじみが案外、ちゃんと恋人として北原廉を扱っていることに。
あの暑い夏の終わりに。『愁と付き合うことになった』と、何故か北原から報告されたオレは、わざと『 どこに?』と返して、北原を憤慨させていた。“付き合う”がいわゆるそう意味だと、分かった上で分からないフリしてやった。コイツらに巻き込まれたらオレまで悲惨な目に会いそうで。──どうしても避けたかったから。
それから度々愁がこの部屋を訪れるようになって。オレは関わらねえと心に決めながら、何回かコイツらの痴話喧嘩に巻き込まれていた。──だから、知ってた。愁がちゃんと北原を好きなことも。北原が愁を好きなことも。それをお互いに理解しあっていることも。
まあ、知ってんのと、実際に目の前で見んのは大分違えんだけど。
オレが、あのまんま何も言わないことに疑問に思ったのか。愁が眉間にシワを寄せ、こちらを見てくる。
「あー、何でもねえって、マジで。ちょっと驚いただけだって」
分からないフリをしたのに、愁と恋人であることを隠そうともせずに、むしろ知ってる体で愁とのことを話しかけてくる北原とは違い。オレはこの幼なじみからは特に何も報告を受けたことはなかった。ただ、今までのことから、知ってはいるのだろうと気付いているなと、気付いていたのだが。──それでも直接的な話をしたことはなかった。まあ、他人の──しかもヤロウのそんな話、聞きたくもない、ってのが本音だが。(勝手に幸せにやってろよ、としか思わねーし。)
それでも幼なじみのことだ。気にならない訳じゃなかった。ちゃんとうまくやってるのか。少し、──いや、かなり気になっていた。楽しそうに話す北原から、うまくいってんだなと安心していたが。
愁に色々と聞いてみたくなかった訳でもない。──ただ。自分から話す北原と違って、こっちが聞かない限り話そうともしない愁からわざわざ聞き出すのは、ちょっと嫌だっただけで。そんな風にしたら、“気になってます”、って言ってるようなもんだし。
「まあ、付き合ってるからな。そりゃそうだろ。」
オレは答えなくて良いと、そう言ったつもりだったのだが。
──だからやだったんだよ。愁とこういうこと話すのは。
「そうかよ。」
こうなったらヤケだ。ついでに聞きたかったこと全部聞いちまおう。その方がスッキリすんし、きっと気にならなくなる。北原の落ち込む姿は結構こちらにもクるものがあり(普段のこと考えるとかなりあり得ねえから)、──つい構っちまうから。愁がちゃんと北原を思ってるなら、それを気にする必要もなくなる。はず。だから。
「前から気になってたんだけど、愁って北原のどこがいいんだよ」
どうせ北原が帰ってくるまでここに居続ける訳だし、そのあと出掛ければいいと腰を下ろしたオレは、身を乗り出して愁へと尋ねた。その勢いに気をされてか──それとも今まで聞いてこなかったことを聞いてきたことに驚いてか、愁がぱちくりと目を瞬いた。
それが何故か別の誰かとダブって、珍しいもんを見たなと思ってしまう。──こんな愁、初めて見んじゃね?
「……どこって。」
「あんだろ?付き合ってるっつーならよ。」
別に何だっていいと思う。容姿でも性格でも。愁が北原を好きなのは知ってるけど、ちゃんと言葉で聞いてみたかっただけだから。どんなとこに惹かれたのか、愁の口からちゃんと語ってほしかった。
「……顔?」
と、愁が首をかしげながら答える。
──確かに何でもいいって思ったが、それは、え、
「まじ?愁ああいうのがタイプなのかよ???」
あんま想像できねえんだけど。顔ってことは容姿に惹かれたってことだろ?あの愁が?──つか、疑問系ってどういうことだよ!
「いや、別にそういう訳じゃねえ。整ってるなとは思うけど」
それとこれは別だろ?──そう言った愁の顔は、かなり楽しそうなものだった。なんとなく。おちょくられてるんじゃねえかって、気もしなくもねえけど。
「…………じゃあどういう意味だよ?」
北原廉のような顔が好みだった訳ではないならどういう意味なのか。
顔がタイプだったなんて意外すぎる回答でなかった事に少しだけ安堵を覚えながら、そう答えた意図を尋ねる。
「あいつのころころ変わる表情、結構面白えからな。そういうところが、良いなって思う。」
少しだけ、考えた後で。そうやって愁が答えた。
──その顔は、あまりにも柔らかく。
「だから色んな表情してるあいつを見てえなって思う」
目を細め、愁が笑う。もう既にお腹いっぱいであった俺は──何にとは言わないが──、止めようと手を挙げかけるが。その前に、愁が思い出したように──意図したように──付け加える。
「あとはあの意思の強そうな目だな。ぎらぎらとまっすぐ前だけを見つめるあの目」
──それ、は。
それは多分、愁にだけ向けていた目だ。あの暑い夏の時に。いや、それから最近も真剣な時は確かにそんな表情するようになっていたけれども。
知りたいって思ったけど。これは。──オレ、墓穴を掘ったんじゃね?やっぱり。
「──へ、へえ。オレてっきり愁はそこまで眼中になかったと思ってたんだけど」
あのときの北原廉のやる気が、この男を更に熱くはさせていたけど。でもそれはきっかけに過ぎず。愁の中で残り続ける程だったなんて、誰が思うだろうか。いや、思わなくない?
「そうか?俺は結構目にしてたからな。あの目がこっち向いてんの。」
何でもないことのように言う愁だけど、ちょっとだけ口角が上がっている。これは、お前だって知ってんだろ、って顔だ。──いや、オレは幼馴染がどんな表情したって読み取れる訳じゃねえんだけど──。
つまり、愁が北原に興味持ったきっかけはあそこ、という訳か。──なんか、お互いがお互いにミイラ取りがミイラになったような感じじゃね?それ。
「そうかよ。」
これ以上聞いたとこで、ノロケ聞かされてるようになんじゃね?──と、思ったオレは。北原が戻って来る前に、ここを出ることにした。
「出掛けんのか?」
急に立ち上がったオレにそう声をかけてくる愁。勝手に話切り上げても気にしねえのが愁らしいっちゃ愁らしいが、その目が笑ってるのをオレは見てしまった。──逃げ出そうとしてんのモロバレじゃねえか。まじかよ。
「これ以上愁のノロケ聞きたくねえもん。お前らがちゃんと仲良いならそれで別に良いし。──つか、金輪際オレを巻き込むんじゃねえ、っつーの。」
「聞いてきたのはお前だろ。」
呆れたとでも言うような愁の声。
そうだよ、墓穴掘ったのはオレだよ!!
「だから。予想以上だったんだよ。そんなに好きならちゃんと大事にしろよ」
「してんだろ」
間髪入れずに、即答する愁。そりゃ確かに?ここぞという時の場面では、そりゃもう分かりやすい程、懐の深さ発揮してんのは知ってるけどよ。──基本的には、お前、亭主関白じゃねえか。
んな堂々と答えるっつーならよ。
「じゃあ、オレを巻き込むんじゃねえ!」
つい最近。かなり派手に──それこそオレだけじゃなく南條や月皇まで巻き込んで──喧嘩しといて、よく言うぜ。
「………………俺は頼んでねえ」
お、珍しく愁がそっぽを向いた。その拗ね方が一瞬どっかの誰かとダブったが──気にすることなく、俺は部屋を出ようとする。あれはどっちかというと北原にも問題がなかった訳じゃねえが──そのあと意固地になってた愁も愁だしよ。
「北原には夕飯前に帰るって伝えといて。それまでなら愁を連れ込んでても良いからよ」
その言葉に、手を上げるだけで答える愁を見やって、オレはドアノブに手を掛ける。──愁のが分が悪いなんて、久々なので何となく気分が良い。その気持ちのまんま出掛けられるって思ったのに。
開いたドアの向こう側へと出た瞬間。愁の声が聞こえた。
「あいつのこと、いつもありがとな。」
閉まる扉の向こう側で、柔らかく笑う愁が目に入り。
──だから。
オレを巻き込むんじゃねえってまじで!!
思わず廊下の真ん中で頭を抱え、しゃがみ込んでしまったオレは、傍を通りかかった申渡が声をかけてくるまでそこで蹲っていた。
※どうでもいい続き
「何をしてるんですか?」
寮の廊下の、しかも自室のドア前で、蹲ってしばらく。(多分、30分くらい?)
虎石くん、新手の練習方法ですか?──と更に付け加えられたを受け、オレはようやく顔を上げる。
──その落ち着いた同級生の声に救いを求めて。
「さわたり~……」
完全に涙声のオレに、訝しそうな顔をしながらも、律儀にしゃがみ込んでくれる申渡。
「どうかしましたか?」
──優しい。結構腹黒いところもあるけど、この参謀は基本優しい。まじでありがてえ。
「オレ、部屋変わりたいかもしんない……」
「それは……難しそうですが、1日、2日程度でしたら、誰かしらかが乗ってくれそうですね。卯川辺りとか。」
「確かに……いやでもオレと?──あの犬押し付けたらだめかな……」
「とても難しい問題ですね……取り敢えず、お話くらいは聞きますので、食堂の方へ行きましょう」
そう申渡に促され、やっとオレは立ち上がれた。
結局。申渡に淹れてもらったおいしいお茶を飲んで(何でも経験値上げでこの間習いに行ったらしい)、一息つけたオレは。差し当たりない程度に、同室の愚痴を聞いてもらうこととなった。
申渡まじでいい奴だよな……本当にありがてえ。