北原廉のお宅訪問in空閑家
あいつを家に誘ったのは──あいつがあんなこと言ったからってのはあるが──、ふと、夏休みの課題を一緒にやる──なんてベタな提案、してみても良いかと思ったからだ。
付き合って、まず、すんのはデートだろ。どっか行くのは、まあとりあえず先にしちまったから。そうじゃねえ、恋人っぽい何か、ってので、虎石を──参考にするのはまあかなりシャクだったけど──参考にして。あいつがよく言ってた、その学生ならではのデートっつう、“勉強を一緒にやる”ってのも、ありなんじゃねえかって思ったから。だから、『課題やりにウチ来るか?』って聞いて誘って。課題を一緒にやるデートをしてえと思った。それだけで。
こいつが話したように。team鳳(俺ら)でも、もしかしたら集まって課題を解くとかあるかもしんねえけど。だけど、どうせ全部終わる訳じゃねえんだ。あれだけの課題の量を一日で終わらせるのは無理だし、少しでも片付けば良い方だろう。だから、あいつが家に来たって。どうせその続きをするだけだ。──それ以外、何かを期待してた訳じゃねえ。ねえだろ、だって。
『和泉がよくしてることって言ったら、女のとこにしょっちゅう泊まってる、か?』
何を思って、北原がああ言ったのか。イマイチ分かんねえけど。どうせあいつのことだ。以前、虎石が自室にあんまり帰ってなかったことを思い出して、なんだろう。1年の時に、虎石がよく『そんなにオレって香水くせえ?』とか何かをぼやいていたから。そんな辺りも思い出して、ただ口に出しただけなんだろう。
一応、幼なじみの名誉の為に言っておけば──あいつは本気で世の中の女全員と付き合う気らしいが──、貞操観念に関してはそれなりにしっかりしている。──そうだ。まあ、どこまでそれが本当のことか知らねえが、あいつが“泊まっている”のは、本当に宿として泊まっているだけで、“寝かせねえ”のも、二人っきりの時間を楽しみたくてずっと話していたいからだけで。それ以上の下心はねえ──らしい。が、ともかく。そういう幼なじみの悪癖を、あいつは──北原はどう捉えているのか。俺には分からねえけど。
少なくとも、“下心”があったからじゃねえってことは、たった今。俺の真下で驚き見開いてる北原の緑青色の目を見て、──なんとなく理解した。
****************
夏休みも大分過ぎて、そろそろ半分くらいになった頃。
俺はあの昼の約束通り、北原を俺の家(うち)に招待した。
なんとなく鉢合わせされると面倒な気がしたから──というか、普通にクラスメイトとして紹介できるかイマイチ自信がなかったから──、お袋が日中仕事で居ねえ今日、北原に来てもらった。
今日に至るまで、メッセージのやり取りはしていたが──あいつがキャンプに連れていかれた愚痴を聞いたり(割りとこれがめんどうだったが)、俺が虎石と幹事をした同窓会の話をしたり──、顔を見合わせるのはあの日以来だったので、変に懐かしかった。
「お邪魔します」
そう言って、何故かおそるおそる玄関をくぐった北原は周囲をきょろきょろ見回しながら靴を脱いでる。
「──何だ、誰も居ねえの?」
「お袋は仕事」
「ふーん」
「ここが俺の部屋な」
玄関入ってすぐにある自室への扉を開けながら、北原を室内へと案内する。
「──へえ、キレイじゃねーか。無罪だな」
そのいつもの口癖と共に、こちらを向いて笑った北原に。
少しだけ目を瞬かせてやり過ごす。──ああ、この笑顔も久しぶりだ。
「でもちょっと狭くねえか?よく家具が入ったな」
部屋を見回しながら、こいつはそんな事を言ってくる。
「…………うるせー放っとけ。」
「布団で寝てんのか? 愁、足はみ出さねえのかよ?」
部屋の片隅に畳んでよけといた布団に気付いて、北原がそう聞いてくる。
「──長さは十分ある。寝られりゃ一緒だろ」
「そりゃそうだな。」
ふーんと言って、何かを納得した北原は、相変わらずこの部屋が気になるらしく。未だにあちらこちらに目を向けている。──こっち見ねえな、こいつ。さっきからずっと。顔は向ける癖に、俺の目を見ようとしねえ。目線は常にどこかをうろうろしていて。
「とりあえず、始めんぞ」
いい加減、物色されるのも嫌になってきた俺は、ちゃぶ台の上──リビングから、今日だけと移動させた──に課題を広げる。──どんな思惑があるにせよ、北原を今日呼んだのはあくまでも課題をやるためだ。なら、少しでもやんねえと。言い訳が立たねえ。元々出しっぱなしだったワークの横に、鞄の中に入れたまんまのノートやプリントを引っ張り出す。課題を進めてねえ訳じゃなく、残ってんのは実家戻る前にteam鳳で集まった時の、途中まで進めたっきりやってねえ課題ばかりだった。
「あ、これ土産」
「──ん。サンキューな」
大したもんじゃねえけどな。──そう言って、笑う顔は悪くねえ。相変わらず目線は合わねえけど。
土産と言って差し出された、シンプルな白い紙袋を受け取って、軽く中を覗く。見えたのは、横文字が書かれた包装紙にくるまれた四角い箱。重さ的に菓子の類いだろうと当たりをつける。
そういえば。何も出してなかったことに気付き、立ち上がる。何だかんだで外は暑かったしな。お茶くらい出さねえとな。
「お茶入れてくる。先始めてろ」
「おう。わりーな。サンキュー、愁」
向かいに腰をおろし、リュックの中身を見ていた北原の顔が上がる。──やっぱり合わねえな。
北原が課題をちゃぶ台に広げるのを横目に、ドアをくぐった。
***************
互いに課題をやり始めてしばらく経った頃。
そろそろ分からねえ部分も増えてきて、集中力も切れてきて。潮時かもしんねえな、と、シャーペンを机に置き、お茶を飲む。向かいに座る北原はまだやる気があるようで、課題のプリントに向き続けている。やってんのは英語か?こいつの字って結構癖がなくて綺麗だよな。流れるように書かれる筆記体にそんなことを思う。
お茶をもう一口飲む。クーラーの効いた部屋は涼しく、外の暑さを全く感じねえ。窓から時々入る日差しの代わりに、天井からの蛍光灯が俺たちを明るく照らす。こいつが狭いと言ったように、そう広くもねえ空間に今日限りのちゃぶ台、タンスや学習机がなんとか置いてあって。見慣れた俺の部屋。そこに、今、北原が居る。
コップを置いて、目の前の北原を眺める。
北原の丸い頭。跳ねた茶色い癖っ毛の中に──下を向いているからか──つむじがよく見えて。
──どんな顔、してんのか。
ふと。なんとなく、“あの時”が思い起こされ。──夏のさんさんとした太陽に照らされていた、あの時の北原を思い出して──。──テーブルの向こう側で下を向いて悩んでいた、あの時の北原を──。つむじの見えるその頭から、なんとなく思い出して。
だから、だろうか。
どうしても、その表情を見たくなってしまった。前髪に邪魔されて見えねえこいつが、今、どんな顔してるか知りたくて。
まあ、耳が赤くなったりはしてねえしな。──当たり前だけど。ごうごうと時々唸るクーラーの音の中に混じって、カリカリと、プリントの上をシャーペンが滑る音が聞こえてくる。北原はまだ下を向いたまんま。集中してんのがよく分かる。
──きっと、してんなら、真剣な顔。それならなおのこと見てえなと思い、手を伸ばす。前髪どかしたら見えんだろ。本気になったこいつの顔が。だから。そっとこいつの髪を持ち上げる。
「……………………愁?」
さっきまで真剣な色をしていた目が、きょとんと瞬く。──あ、やっとこっち見た。
その瞬いた目に。
こちらを向いた顔に。
ちゃんと俺を認識した、ということに。
なんとなく惹かれて。更に手を伸ばす。
触れた体温は、それなりに涼しい筈だが、かなり熱を持っていて。──あったけえ、つうか熱いな。でもその温度が心地好く。一度触れたら、手放せねえ。
合った目線がそらされないように、触れた頬から顔を上げさせ固定する。
驚き見開く目をしっかりと見つめ返し、更に縫い止める。緑青色の目が少しだけ揺れる。その戸惑いも躊躇いも全部奪い取って、目を合わせたまんま近づく。輪郭がぼやけ、こいつの中に俺が見えるまで。
「──しゅ、愁?」
慌てたこいつの吐息が当たる。だけどその吐息の先には触れないように。コツンと額だけを合わせて止まって。
「北原、」
「な、なんだよ、」
動揺を必死に隠した北原の声。それに、こちらも一呼吸置いて返事をする。
「──良いか?」
ちゃぶ台の上に身を乗り出して。抑え込むように斜め上からこいつを見る。“何が”とはちょっと聞けねえけど、許可は欲しかった。こいつからのそこに触っても良いという許可が。
じっと見つめる俺の目を、まっすぐ見つめ返す北原の目。さっきまでの動揺が。戸惑いが。嘘のようになくなって。力強い芯のある目をした北原がそこには居て。
「──良いぜ?」
ニヤリと笑った──多分。至近距離過ぎて確証はねえが──その唇に。そっと、顔を寄せる。
柔らかい感触。
それとともに強烈な痛みが額からして。
「──っ」
「──痛えっ」
ガツンと、そんな音がしたような衝撃を頭に受ける。鈍い、ズキズキとした痛みがする。あまりの痛さに額を押さえてうずくまるしかなく。その痛みに耐えるため、つい、目を閉じてしまっていたようだ。が、ガタガタと鳴る音が気になり、うっすらと目を開ける。
さっきまで目の前に居たはずの、そしてこの額への痛みを与えた相手でもある北原は、同じように頭を──特に額辺りを──押さえていて。
そしてその痛みに悶絶しているらしく、揺れる足が当たってちゃぶ台が揺れていた。音の原因はこれらしい。痛みに耐えながら、まだお茶が大分残っている──俺はほぼ飲み切っていたので、多分こいつの──コップに手を伸ばす。倒されちゃたまんねえ。こいつも俺も、課題が水で濡れるのは勘弁だった。
──しかし。
「痛えな。愁の頭、石頭かよ……」
そうぼやきながら北原は俺の部屋の床に寝っ転がる。
こちらはようやく痛みが引いてきたとこだが──まあ、まだ何かその周辺がピリピリと何か発してるような気もするが──、向こうはそうでもないようで。額を両手で押さえて嘆いている。
「それはこっちのセリフだ。てめえ、何すんだ」
一応、あまり低くならないようにしたつもりだったが──、思った以上にドスの効いた声が出ていて。
「何って……なんだよ、集中できねえから喝入れてくれってことだったんじゃねえの?」
「…………………………」
ようやく痛みがなくなったと思ったが。別の意味で頭が痛くなってくる。──こいつもしかして。
ちょっとよぎったことを深く考えたくなかった俺は、ちゃぶ台の上にこいつのコップを戻し。とりあえず喉を潤そうと──自分のコップの中にお茶はねえので、台所に取りに行こうと──立ち上がった。
*******
お茶をついで、戻って来てみれば。北原は起き上がって、またちゃぶ台の上の課題と向き合っていた。ぶつぶつと何かをつぶやきながら、シャーペンを動かしている。──文句言いてえのはこっちなんだが。
はぁ、と短く息を吐き、立ったまんまお茶を飲む。
まだなんだか額の辺りがじんじんとしてるし、すでにやる気も失せていた俺は、課題を解こうという気が起きる訳もなく。あちらに戻る気にもなれず、その場に座り込んで、ドアに寄りかかってあいつを眺める。
ちゃぶ台を挟んで向き合ってた時と違い、ここからは北原の横顔がよく見える。下、向いてても、前髪で隠れる訳じゃねえから、真剣なその目がよく見えて。──悪くねえな。と、ちょっとだけ思う。でもその目が、まっすぐな横顔が、こっち向かねえのが何となく嫌で。視線をそらしてコップに口を付ける。
一口、お茶を飲み込んで。北原とちゃぶ台の向こう側、己の茶色い学習机を眺める。
しばらく、そうやって。学習机の引き出しを眺めながら、お茶を少しずつ飲み続けた。
半分ほど減ってから。視線をもう一度北原へと戻す。
ドアの開閉で音がしてるから、こっちの動きは分かってるだろうに。一向に頓着せず、ちゃぶ台の方を向いたまんまの北原。ちょっとうぜえから、今は見えねえけど、そのつむじを思いっきり押してやろうかとも思ってしまう。──まあ、暴れられても困るのでやめておくが。
真面目な顔をして、課題に向き続けている北原。
その真剣な横顔とまなざしは、凛としていて、美しい。──芸能人だと本人が豪語しているだけあって、その顔立ちはやはり整っている。こういう顔が格好良いんだろうな。──そういや、この間、たまたま読んでた雑誌の中にいたこいつは、こんな顔をしていた。惹き付けられる。モデルをやってるだけあって、こいつはちゃんと自分の見せ方をよく理解していて。一瞬を切り取られたその写真は、目線こそ斜め下だったが、真剣なその表情は服の魅力と共に存分に魅了されるもので。
まっすぐなその横顔。凛としたまなざし。一直線にそそがれる先は、ちゃぶ台の上のそれで。
──だんだんと。なぜだか無性にイライラしてくる。こっちを見ねえこいつに。未だに下を向いて課題を解いてるこいつに。──いや、課題に関しては、それが今日の理由だから、別にそこまで文句がある訳じゃねえけど。やっぱり目線が合わねえの、すげえムカつく。
さっき無理矢理合わせたっていうのも多分イライラする原因で。──それに。こいつ、絶対気付いてねえだろ。柔らかい感触がしたから多分、触れた筈なのに。まあ、俺も頭の痛さでそれどころじゃなかったが。何も思っちゃいねえのかよ。ほんのちょっとだけ、緊張していたことも、それを悟られたくなくて必死だったことも。ちょっとだけ、なんか。がしがしと頭をかいて振り払う。──一発殴るか?……いや、その後のがめんどくせえ。タイマンで負ける気はねえが、一応こいつが黒帯の実力者だってことは、何時だったかの稽古時に、漣先輩とやりあってるの見て知ってるし。ここで暴れられても困るし。(俺の部屋、ぐちゃぐちゃにするわけにはいかねえし。)
もう一度、がしがしと頭をかいて息を吐き出す。
お茶を飲み干して、どうするか──もう一度ついでくるか、そろそろあきらめて課題を解くか──考えながら横目で北原を見て。
瞬間、思わず目を見開いて固まる。──違え、こいつは。
すくっと立ち上がり、空になったコップを置くために、ちゃぶ台に近づく。影になっても頓着しねえらしく、微動だにしねえこいつの頭を上から眺める。──いや、違え。影ができた瞬間からこいつのペンは止まっていて。こっちの動向を探っているらしい。だから。
「北原」
そう言って声をかけても、肩を揺らして動かねえこいつを。逃がさないよう囲って座り込む。下を向いて邪魔する髪をさっきみたく持ち上げて。その目線を合わせる。少しだけ目元が赤くなったその目を逃がさないように。縫い止める。
「──なんだよ」
負けじと見据えてくるその目に。
「お前、さっきのはわざとだろ」
無表情のまま、そう返す。なるべく低く低くなることを意識して言葉を発したが、そんな俺の低音に全くうろたえる様子はなく。鋭くこちらを見返したまんまだった。けど。
「……そんなに嫌か? 押し倒されたこと」
この言葉には動揺し、目が泳いだ。
あれはそう、最初にお茶を持ってきたそのあとのことで───
本当にたまたま。俺はこいつの上に倒れ込むハメになった。それは、こいつに教科書を取ってもらおうとしたら、こいつが横着して足をちゃぶ台に引っ掛けやがったもんだから、慌てて押さえようとして失敗したせいであり──わざとじゃねえ、これは──。まあ、幸い、コップに入ったお茶がこぼれることはなかったのだが。お茶置くために、ちゃぶ台近くに座ってたから、すぐに反応出来たのは良かったが。押さえる為に、前屈みにしちまったせいで、ちゃぶ台の上に手を付いて、こいつを押し倒す形で俺は体制を崩した。北原も北原で、教科書を取るために若干腹ばいになってたのもあり──教科書は、こいつの後ろで置きっぱなしになっていて、こいつは体をひねって取ろうとしたもんだから──、見事に俺はそんな北原の上に倒れ込むハメになった。
まあ、そん時に。
俺の真下で、驚き見開いてる北原の緑青色の目を見て、“下心”がなかったことを知ったのだったが。なんとなく。そのきょとんとした顔が。ぱちぱちとまたたいたその目が。可笑しくて。
あんまりにも可笑しかったから。
何となく、どこまで近づけられんのか、試そうと思って顔を下ろしてって。ぱちり、ぱちりと未だに瞬く、こいつの目の色がよく見える辺りまで近づいて。そんで。
一瞬。こいつが目をつむったその一瞬に。
こいつの額に、デコピンをくらわしてやった。
……まあ、だって。なんつーか、ぱちぱちとまばたきをするこいつは、起こった出来事に気を取られて、ちゃんとこっち見てねえ感じだったし。目の前にあるものを映してる、そんな感じの目だったし。──俺を見てねえなら、意味ねえだろ。だって。
だから、とっとと起き上がって。
『課題やるか』
そう言って、こいつが起きるのを手伝って。何事もなかったように、俺はちゃぶ台の上に課題を広げ始めた。
───と、まあ、そんなことがあった訳だが。
“押し倒された”っつても、何かあった訳じゃなく。むしろ、何もなかった訳だから。(顔近づけただけだしな。)こいつは気付きもしてねえって思ってたんだけど。
先ほど、こいつが無意識に、唇を触ったのを見てしまい。──さっきの頭突きはわざとだったのだと気付いた。
「北原」
目を泳がせたまま返答もしねえこいつに焦れて、名前を呼ぶ。
大体、額を合わせたあの時しか、ちゃんとこっちを見てねえんだ。それすらも不満で、つい掴んだ肩に力が入る。
びくっとして、ようやくこちらを見た──ちゃんと俺を見た──北原は、まだ少しだけ動揺した目のまま、伺うように眺めてくる。
「……別にそうじゃねえけど」
すぐに目線を外そうとする動きを、追いかけて止める。
観念したこいつは、逆に、にらみ返すようにこちらを見てきて。
「つか、愁だって。なんであんなこと──」
「してえから、それじゃだめか?」
「! だめ、じゃねえけど、」
「“付き合ってる”んだ、それくらいしてえって思うだろ」
にらみつけて来た瞳が、少しだけ揺れる。
「つ、付き合ってるって──」
「違えのか」
更に圧をかけて、こいつの目を射抜く。緑青色の瞳はゆらゆらと揺れながら、それでもこちらをまっすぐ見返してくれる。──それに何となく励まされながら、続きを口にする。
「お前は。──俺と付き合ってるんじゃねえのか」
あの日、この関係に名前を付けた。それは別に、こいつがどっか行かねえよう消えてしまわねえよう、つなぎ止める為だけじゃなくて。──いや、形にしてえと思った時はそうだった。北原廉がそばに居続けてくれるよう、あの時は名前を付けた。でも。
名前を付けた時点でこの関係はすでに変化してんだ。──俺とこいつは“付き合っている”。空閑愁と北原廉は恋人同士である──そう、俺たちは名付けた。なら。
「恋人っぽいこと、してえって思うだろ」
お前は違うのかよ──と、最後は呟きのように付け加えながら、俺は北原に伝える。あの日以降、何だかんだでこいつとのメッセージのやり取りが増えた。それを悪くねえなと、思うのと同時に、少しだけ。距離が近くなった友人のような感じには、少しだけ引っ掛かっていて。やり取りは増えた。でも。態度はあんま変わんねえこいつに、ちょっと微妙な気分にもなって。
だって、俺と北原は恋人だろ。なら、もっとこう、特別感みてえなのがあっても良いだろ。そういうの、望んだって良いだろ。
……だからってまあ、俺から何かそういうやり取りすんのは──色々とシャクで嫌だったってのもある。けど。
『──出掛けるのに、“付き合えば”良いのかよ』
そう言ったこいつに、あれだけ言ったのに伝わらなかったのかと、ちょっと驚いて。『そうじゃねえって思ってるけど』と言いつつも、目が少しだけ泳いでこちらを見なかったこいつに。もしかして──と、本気で分かってねえのかと心の中で嫌な気分になったこと、思い出して。ちょっとまあ、な。不安になんだろ。
俺の家に来ることにはすげえ喜んでたから、大丈夫だとも思ってたけど。──そう、すげえ嬉しそうだったんだ。
嬉しそうに、北原は俺に予定ある日を、その場でメッセージとして送って来た。グループじゃねえ個別でのメッセージ画面に、こいつからの初めてのメッセージが表示されてるのを見て。実感したんだ。俺とこいつはちゃんと特別になったんだって。──だから、ちょっと。──期待したって良いだろ。
こいつに下心がねえとしたって。俺自身もそうだった、なんてつもりはねえから。期待すんだろ、そりゃあ。
「お前はしたくねえのかよ」
さっき、こいつにキスした時と同じように、北原の額に己の額をつき合わせて。揺れまくっている緑青色の、こいつの瞳を見つめる。口元は近づけねえで、少しだけ離したまんま、だけど。かすかに息を飲んだのを、肌に当たる吐息で感じ取る。そんな距離まで近付いて。
「押し倒した──のは、わざとじゃねえし。お前、何かあんまり分かってなかっただろ。だから、腹立ったけど、何もしなかった。」
「けど。」
「お前、ウチ来てから俺のこと見てねえだろ。それ、ずっと腹立ってたんだからな。──やっとこっち見たって喜んじゃ悪いかよ」
そう一気に言って。畳み掛ける。
「喜んで、だから。したくなったって良いだろ。」
俺と北原は恋人同士、なんだから。そういうの、望んだって良いだろ。
「俺は今日ずっと。お前とそういうこと、してえって思ってたんだから」
相変わらず揺れたまんまの緑青色の瞳は、それでも俺を見続けて。ちょっとだけ見開いた北原の目は、そらされることなくこっちを見るから。俺も負けじと見返し続ける。
「北原、お前はどうなんだよ」
何度となく、こいつが話そうと試みてるのか、口が開く度に、こいつの吐息が当たって、焦れる。けど、こいつが何も言わねえうちは動く気なんてねえ。ここで有耶無耶にしたら、多分、後悔する。だから、辛抱強く待って。北原からの言葉を待つ。
「……お、俺は……」
「……」
「……愁、近え……」
「…………」
「! だから、近えって、有罪! ~~~! 愁!!」
有耶無耶にはしたくねえけど。逃げんなら、別だろ。そりゃあ。
「北原、ちゃんとこっち見ろ」
「!」
「北原」
「~~~! ──そりゃ、俺だってしてえに決まってんだろ!」
「だけど、久しぶりに愁見て、何か分かんねえけどピリピリしちまって、必死で隠して普通にしてたのに、愁があんなこと、すっから、ワケ分かんなくなっちまって……俺だって今日は楽しみだったんだ! けど、ガチガチのままは有罪だろ? だから、その愁の目そらしちまって……悪かったと思ってる。だけど……」
うだうだ、うだうだと。こいつがつまんねー顔してぐだぐだと言ってたあの時みてえに。こっち見ねえで、動揺した緑青の目のまんま、御託並べ始めたから。つい、遮ってしまう。
「してえのか、したくねえのか、どっちだ」
ここにゴーヤジュースはねえから。話を切り上げるには──こいつを黙らせるには──、言葉を被せるしかねえけど。こんな──額と額付き合わせた──近距離でも逃げ出そうとするんだ。なら、もう待つ必要なんてねえ。もう一度、額押し付けて、こっちへと意識を向けさせてやる。
「! そりゃもちろん……してえに決まってんだろ!」
再度見開いたその目に、己の目を合わせ。一瞬で、ぐらぐらと煮えたぎる炎をその中に見せた緑青の瞳に。満足して、ほくそ笑む。
「じゃあ、するから、もう頭突きすんなよ」
「お、おう」
その返事を聞きながら、顔を動かし。そっと触れる。北原の唇に。俺の唇を押し付けて。数秒。ゆっくりと離れていく。
「北原」
真っ赤に染まった頬に手を寄せて。ゆっくりと撫でる。
耳から首から全部赤くなった北原は、俺から隠れるように下を向き。それがおかしくて、ちょっとだけ笑ってしまう。
「有罪。……なんでそんな平然としてんだよ」
笑った俺に、そんな文句を一つこぼして。俺の肩へと激突してくるから。更におかしくなって笑う。
「してえから、しただけだからな。当然だろ」
左肩に寄せられたその頭にまたそっと触れて、ゆっくりと撫でる。くせっ毛の割りにはさらさらとした鋤き心地で、その感触が面白くなって撫で続ける。
「……俺だって、したかったからしたってえの」
でも愁みてえに平然とできねえし、有罪だろ。──とか何とかぐちゃぐちゃと小声でこぼして。ぐりぐりと俺の肩へと攻撃をしてくる。
「じゃあ、良いじゃねえか」
それがあんまりにもかわいかったから。つい笑いながら返しちまって。
そしたら。
「……有罪」
そう一言。俺に言うためだけに──頭自体は肩に付けたまんま──顔だけをこちらへ向けた北原は、睨み付けるように俺を見て。そのちょっと恨めしそうな目が。睨んでるくせに、目元の周りが赤いまんまのその様子が。何ともそそって。つい、いじめたくなる。──そんな衝動に駆られて。
髪を鋤いていた右手で後頭部を掴んで引き離し、もう一度近づいて、額を合わせる。もっとぐちゃぐちゃにしてえ。泣いてよがって。いじめられたこいつが、俺へとすがる。そんなところまで北原をぐちゃぐちゃにして、そんで──
「愁?」
ぱちりぱちりと瞬いて。呆気にとられた北原を見て我に返る。ついさっきまで感じていた欲求に急いで蓋をして。まだそこまでヤバくはねえとは思う。思うけど、あれ以上は何か多分、開けちゃいけねえ気がして。そんな衝動に身を任せるのはまともじゃねえだろ。だから、コントロールできねえうちは手を出すべきじゃねえと閉じ込めて。
ぱちぱちと瞬くこいつのように、俺も何度かまばたきをして。
「……なんでもねえ」
そう言って離れようとする。と。
「しねえのか?」
なんて言葉が返ってきて。固まる。さっきまで真っ赤だったくせに。動揺して俺を見らんなかったくせに。今はけろっとしてそんなことを聞いてくるから。──面白れえ。ずっと隠していた緊張を、動揺を、悟られないように飲み込んで。またゆっくりと近づく。
「良いのか?」
額を合わせて、そう聞く。
「愁がしてえなら」
すれば良いだろ。──最後はそう掻き消えるようになりながら、そう言って。相変わらずこちらを睨むその目元はまた赤く染まっていて。それにさっきと同じ欲が顔を出すが、押し込んで。素知らぬ顔で口元を寄せる。
二度、三度と重ねて。
唇を離して、北原の目を見る。同じようにこっちを見るその緑青色の瞳をゆっくりと見返して。燃えるように挑むその目に引き寄せられるように、もう一度重ねる。目を閉じねえこいつを、同じように見つめたまま。さっきより少しだけ長く重ねた後、離していく。細まる目をそのままに。北原を見つめて。
「続き、やるか」
そう言って、立ち上がる。そろそろ課題、やんねえとな。
「有罪……もう続きなんてできねえよ」
そんな俺に悪態をつきながら、北原はごろんと後ろに倒れる。目元を隠すように腕で覆って、そのまま動きもしねえ。
この流れでそれって。こいつ無防備だよなとか思いながらも、俺はちゃぶ台の反対側──さっきまで俺が座っていた方──に腰をおろして。広げっぱなしなワークに目を落とす。分かんねえ部分はそのままにして。とりあえず残りを終わらせちまおうとページをめくる。カリカリとシャーペンが動く音がしたからか。それが途切れることなく続いたからか。ちゃぶ台の下から、北原の足が伸びてきて。俺のあぐらをかいた膝辺りを蹴りつけるように動かしてくる。それを笑って受け止めて。何度かは好きなようにさせる。腕で覆われる前に見た表情は、やっぱり真っ赤に染まった──特に目元辺りが──顔と、悔しそうな目だったから。真っ赤な目元のまま、俺を睨み付けるその表情を思い出して、つい笑う。
まあ、だから、ちょっとくらいは大目に見るかと、伸びてくる足をそのままにして。俺は上機嫌で残りの課題を終わらせることにした。
*****
おまけのその後
満足したから放置して自分のことに戻った空閑だけど、多分そのうち足蹴はうざったくなって止めるし、止めてもなおやり続けようとする北原との攻防が始まる。
「おい、机の下で暴れるな」
「愁が離せば良いだろ」
「お前が蹴るのやめたらな。──じゃなくて、倒れるだろ、コップが」
「だからなんだよ……」
「こぼれて課題濡れても知らねえぞ。お前の微妙に残ってるから倒したらプリントに掛かるぞ」
「…………」
「ほら、とりあえず起きろ。手え離してやるから」
「……くそ、有罪」
最後にもう一度だけ悪態を付いた後、北原はしぶしぶ起き上がる。ふてくされたように胡座をかいて、そのままちゃぶ台の上のプリントを一切見ようとしない。
「やんねえのか、続き」
「なんで逆にできんだよ」
「そのために来たんだろ」
「…………」
「まあ、さっき俺も休憩してたからな……お前が持ってきた菓子でも食べるか?」
「……愁が構わねえなら、食う」
「? お前が持ってきた菓子だろ?」
「そうだけどよ……あーいい、食おうぜ。お袋さんの分はちゃんと残してやれよ」
「ああ、そりゃな。……じゃあ、持ってくるな」
「おう」
その返事を聞き、立ち上がる。菓子を持ってくるついでに、お茶のポットも持ってくるかと──自身の空のコップとこいつの飲みかけのコップに足すために──そんな事も考えながら、ドアを開ける。台所へと向かうほんの少しの廊下を歩きながら、立ち上がった時に一瞥した、あいつの顔を思い出す。何を気にしていたのか、北原は少しだけふくれっ面な顔をしていて。思わず、声あげて笑い出しそうになる口を閉じる。だって、さっきまでのふてくされた顔同様、その顔があまりにもおかしくて。──そして、多分、あまりにも嬉しくて。
あいつに聞こえてもらっちゃ困るから、声は出せねえが。
つい浮かぶ笑みは、あいつに見られない内は良いかとそのままにして。俺は北原が持ってきた菓子の箱に手を伸ばした。
お菓子食べながら多分、空閑くんが文句言ったんじゃないかなっていうおまけ。虎石視点。
「恋人っぽいメッセージってなんだよ」
そう言って、北原は手に持ったスマホを睨み付けている。
「は?」
急に、目の前のこいつが言い出したことに、オレは思考が追い付かない。恋人? 誰と誰が? こいつと誰かが、恋人?
「なあ、和泉教えろよ」
オレの混乱などお構いなしに、隣に座る北原はそう問いかけてくる。
いや、なんでオレが──そう思って感じた既視感に、嫌な予感を抱きながらも、オレは必死で思考を回転させる。寮の自室で、雑誌を眺めながら横になってごろごろと寛いでたら、これだよ。まだ夏休み中なのもあって、少しばかり暇を持て余していたから、たまにはだらだら過ごすのもありかなって思って出掛けねえでいたけど。同じように予定もなく、部屋で過ごしていた筈の北原が、急にそんなこと言い出して。こいつがジムにも行かず、部屋の中に居るの、結構珍しかったけど。(予定なくったって、暇な時間は大抵何かしらで体動かしてるからな、こいつ。)ベッドの柵に寄り掛かってスマホを睨みながらいじってたから、まあ、声掛けなくて済むなと──例え、その寄り掛かってる一段目のベッドは俺が使ってる方だとしても。まあ、柵の部分くらいは一応共有スペースだって割り切ってるけど──、放置してたってのに。
いつの間にかそばまで寄ってきたらしい北原は、オレの隣に陣取っていて。
「なんだよ、急に」
睨み先を、スマホから俺へと移動させてきたので、仕方なくその問いかけに反応する。──睨みに負けた訳じゃねえ、別に。
「愁がよ、もっと恋人らしいメッセージ送ってこいって言うからよ」
その発言に、オレは再び固まる。──薄々分かってはいたのだが。
「なあ、和泉~何か良い案ねえか~?」
いや、だから。なんでオレに聞くんだよ、こいつは。
横で喚くこいつを無視して、オレはさっきまで読んでいた雑誌に向き直る。よく買っているバイク雑誌には、今回もオレ好みの車体が掲載されていたのだが。それなのに、一向に頭の中に入って来ねえ紙面を、パラパラと捲りながら眺めてるフリをして。北原が俺を揺さぶったり叩いたり何だと実力行使に出るのも構わずに、頑なに視線を固定させて。雑誌を握り締める手に思わず力を込めながら、オレは必死で現実逃避を図ろうとする。──聞こえねえ。全く聞こえねえ。オレの耳にはこいつの声なんて聞こえてこねえから!
*****
愁と北原が付き合い出したと知ったのは、ようやく補講も終わって、明日から夏休みに入る、そんな日の夜だった。聞いたとき、思わず、『お前熱でもあんじゃねえの?』って返したが、何度も何度も『付き合うことになった』って言うから、最終的には『どこにだよ』って返して、話題を混ぜっ返しといてやった。怒り続ける北原から、まあ、意味は分かってたけど。何となく己の背中に嫌な予感をひしひしと感じて。卯川じゃねえけど、オレだってその悪寒が相当ヤバイもんくらい分かっていた。──まあ、それを現に今、体感している訳だったが。オレが関わらなくったって解決した時だってあんだし? オレを巻き込む必要なんてねえだろ、別に。
その報告を聞いた前の日(というか、その日の昼も)まで様子のおかしかった筈のこいつは、その日、寮に帰って来てからはまたずっと上機嫌だった。どうも愁との間に何かあったみてえだったが、愁もちょっと前までの不機嫌が嘘のように、機嫌が良くて。何かあって解決して丸く収まったんだろうなって思ってた。──その“丸く”が恐らく、北原の発言と繋がることは頭の片隅で気付いちまったが──それらを無視して、まあ、良かったじゃねえか。なんて思って。
ちょっと北原の様子が変だったから、気になってはいたが。勝手に解決したなら掘り返す必要もねえしな。
だから今回だって、構わねえだろ、別に。
三日程前までは無罪判定ばかりを下して上機嫌だった筈の男は、その翌々日には何故か心ここに在らず状態で、ぼーっとばかりしていた。よく考えたらその前の日も──つまり上機嫌だった次の日も──変だったのかもしれないが、オレの知ったところではない。同じ部屋で寝起きしてるつったって、一日顔を合わせねえことだって普通にあるっつーの。まあ、こいつが朝も夜も早いから、休日はどちらも遅くなるオレとリズムが合わねえってだけで。学校がねえと会話しないことは割りと普通だったから。だから、休日のこいつがどんなだったか──なんて、知らなくったって良くあることではあんだけど。それに学校ある日だって、補講やってたあの辺りは、こいつは那雪ちゃんと一緒に朝も弁当作りに勤しんでいたから。平日の朝だって、あんま会うこともなかったから。
北原の様子がどうだったか、なんて。あんまり気に掛けたりしてなかった。ただ、そん時は偶々、登校する時間が重なって。──というよりも、弁当作り終わったらとっとと登校してる筈のこいつが、俺が戻ってきても何故かまだ部屋ん中で突っ立ってて。弁当作りは邪魔になんねえよう、皆の朝食前に終わらせて、そのままこいつはいの一番に朝飯食って行くから。ちょうど起きたオレと、学校に行くために支度しに戻ってきたこいつが鉢合わせることはあっても、オレが朝飯から戻ってきたタイミングでも被る訳なくて。つか、そりゃそんなに時間掛けて食う方じゃねえから、食堂行って戻ってきても、二十分くらいしか経ってねえだろうけどよ。こいつ、ずっとそのまんまだったのかよとも、ちょっと呆れて。ジャージ姿のまま突っ立ってるこいつに、「学校行かねえの?」って声掛けて。──そんでその時に、こいつがおかしいことに初めて気付いたんだけど。「あ?」なんて言いつつ、ぱちぱちと瞬くこいつは、オレが何を言ったのかよく分かってないって顔をして。「今日補講あんだろ」「補講……」「いやお前、さっき弁当作ってたじゃねえか」「弁当……」さっきからオレの単語に鸚鵡返ししかしねえこいつに、なんとなくヤバイ予感を感じつつも、「ほら、ともかく。学校行くぞ」って、着替えさせて一緒に登校して。そっからちょっと様子を伺ってれば、案の定、先週までは嬉しそうに愁のとこへ向かっていた筈の北原は、昼のチャイムと共にとっとと教室から飛び出して行って。手には朝完成させたであろう一人分の弁当しか持ってなかったから、先行った訳じゃねえんだよなって、愁の方も伺えば。こちらはよく見る光景の那雪ちゃんからの手渡しで弁当を渡されていて。少し気まずそうに「渡されるよう頼まれて……」という那雪ちゃんに、無言で返す愁は、一見、何も感じてねえように見えたが。ちょっとばかりその表情が曇っちまったの見ちまって。あーともうーとも何とも言えねえオレの心境なんて知らない天花寺が、「今日はいつも通りだな」って嬉しそうに愁の肩組んで連れてっちまったので、そのあとどうなったか分かんねえけど。放課後、北原を気にしてる素振りを見せた愁に、やっぱ何かあったんだなって思って。その北原は昼と同じで、放課後、HRが終わると同時に下校してった。
明らかに、何かあった様子の二人。──海行った日は二人とも機嫌良さそうだったのに。何があったんだよ。
ちょっと、いや、かなり気にしてたけど。
──そりゃ気になんだろ。だっていうのによ、こいつと来たら。
次の日には、けろっとして──まあ、昼くらいまでは似たようなもんだったけど──オレにあんな報告して来たんだぜ? なんつーか、オレ居なくったって同じだろ?
*****
「なあー、和泉ー。聞いてんのかよ」
肩を揺さぶって気を引こうとする北原に負けじと無関心を貫いて。──別に、拗ねてなんてねえ。幼なじみと友人が勝手にくっついたんだ。それだけだろ。海での一件がきっかけだとしても。オレとは関わりねえとこでくっついたんだ。なら、オレも関わる必要なんてねえし。ずっと口出しするつもりなんてなかったんだ。今からだって遅くねえだろ。
*****
あの日──こいつが変だと思った月曜日──の夜。あんまりにも心配だったから、オレは弁当作りがどんな感じなのか覗きに行こうと、わざとその時間辺りに食堂付近を歩くことにして。その為に、こいつが食堂向かう前に風呂行ってきて、偶然装ってあの場所通れるようにしたんだ。いつもはあいつが居ない時間帯はオレの憩いの時間だったけど。それなげうってでも、様子見に行くべきだと思って。──まあ、部屋にいるこいつの様子があんまりにも変だったから、そういうとこから探るしかなかったっつーのもあんだけど。大体、寮に帰ってきてみれば、いつもは放課後に何もねえ時はジム行ってるこいつが、部屋で立ち尽くしてて。あんまりにも異様だったから、声掛けたのに、返事は返ってこねえし。(朝の鸚鵡返しすらねえって怖すぎだろ)かと思えば、急に部屋の中で筋トレし始めるは、空手の型取り始めるはで、何考えんのか分かんなかったし。筋トレはまあ、分かるけど、急に足蹴とか手刀とかして来てみろよ。まじで怖えって。そういうのはさすがに外行ってやってるのに(それか稽古室)、寮の部屋ん中でやられてみろよ。『怖えからやめろって』ってオレが叫んだって聞こえてなかったあいつに、もう出来るとしたら他の様子を探ることしかねえだろ。だから、食堂に向かったら。
ちょうど帰るとこの那雪ちゃんに会って。
「あれ、もう戻んの?」
「うん。後片付けは北原くんにお願いしちゃったから……」
作ってる最中に覗こうって思って出てきたんだけど。ちょっとタイミング見誤ったか? あいつがいつも通りに食堂行ってるとも限らねえしな。愁を避けてたんだから、時間ずらしてても不思議じゃねえか。──ちょっと失敗したな。
「あー、そっか。……あいつどんな感じ?」
そう那雪ちゃんに伺えば。
「……ちょっと変、だったかな。……その、あんまり見たことない、北原くんだった」
言葉を選ぶように途切れ途切れにそう言われて。
「ああ、やっぱり? あいつ今日変なんだよな……」
「うん。ちょっと心配になっちゃうくらい」
そう言って、那雪ちゃんは困った顔をする。他人の機微に敏感で優しい那雪ちゃんだからこそ、今の北原のことが心配なんだろう。……やっぱりここはオレが間に入って何とかするしかねえよな? なんて思っていたのに。
「あ、でもね。きっと大丈夫だよ!」
ぱっと急に明るくなった那雪ちゃんはそう言って。優しい顔をして付け加える。
「空閑くんにね、頼まれたんだ。少し二人で話したいから、北原くんを食堂で足止めしといてほしいって」
だから、今日は後片付けお願いしたんだ。──そう言って優しく微笑んで。那雪ちゃんは慈愛に満ちた表情でオレに教えてくれる。
「きっと二人、仲直りできてると思うんだ」
優しく微笑んだ那雪ちゃんの言うとおり、北原も愁も翌日には何だか良い雰囲気になってて。だから。
──だから、別に。
オレが関わらなくったって関係ねえだろ。二人でちゃんと解決したんなら、それで良いんだ、それで。
たとえそこにオレの存在がなくったって。──別に、落ち込むことじゃねえし。焦ることでもねえ。そうだろ、だって。
*****
「まじで聞けよ。和泉の癖に、有罪」
「うるせえ! オレは今この雑誌読むのに夢中なんだよ!」
「は? お前さっきから一ページもめくってねえじゃん」
「! こ、細かいとこまで読んでんだよ」
「字なんて、んなに書いてねえだろ。つか、読んでないなら、俺の相談乗れよ」
「だから、なんでオレが!」
あー、くそ! なんで反応しちまったんだよ、オレは!
「そりゃ、和泉がこういうこと詳しいからだろ? よく女のとこに送ってんじゃん。そういうの教えろよ」
「は、」
駄目だ。何か分かんねえけど、駄目な気がする。これ以上、北原の言葉を聞いちまうのは──
「つか、周りに居ねえんだから仕方ねえだろ。──でも、和泉なら教えてくれんだろ?」
まっすぐオレだけを見つめて。北原はそう言いきる。オレなら絶対教えてくれる──それが、さも当たり前、そんな目をしてオレからの返事を待っていて。
「………………何が知りたいんだよ」
結局、こうなるのかよ。溜め息をつきそうになるのを堪えながらも、オレは観念して。北原の要望に応える。でもちょっと嬉しかったなんて、そんなこと、思っちゃいねえからな。断じて。頼られて嬉しい、なんて。別に思っちゃいねえ。いねえけど。
だって、愁と北原は。
オレにとって大事な幼なじみと友達(ダチ)、なんだ。
困ってんなら、力になってやりたいと思うだろ。
それが結局、オレをドツボにハマらさせ。嘆くことになる一つの要因となるのだが。──何度も何度もこいつらには関わらねえと心に決めて。その度に、オレは関わる羽目になる──。そんな日々がこれから待っているのだが。
この時のオレはそんなことも気付かずに、北原に恋人らしい文面の書き方を指南してやるのだった。