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    深夜のスモールトーク【ロナドラ合同誌既刊サンプル】〈初春〉

     ロナルドは涙もろい。それがプラスであれマイナスであれ、感情がひどく昂ると、目の縁から滴ってあふれ出てしまう性質を持っている。間近で見ていれば一月と経たずにわかることで、簡単に知ることのできる彼の特性のひとつだ。意識して観察するまでもない。感激屋で怖がりで悲しい話には滅法弱くて──さらに想像力豊かなものだから、仮定の話でもすぐにホロホロと涙をこぼして泣き始める。たいていは子どもみたいに顔をくしゃくしゃにして泣く。込み上げてくるものを押しとどめようとして失敗して、逆に噴出させてしまったみたいに無防備に泣く。
     ドラルクはそういう場面に遭遇するたびに、また泣いてるな、と思う。ぽろり、ぽろりと大きな青い両目から転がり落ちる水滴を目で追って、若い肌だな~みずみずしいな~などと思ったりする。思うだけで特に言及はしない。泣くなとも言わないし泣けとも言わない。その状態を批評するような言葉は口にしない。涙を流している最中の人間は、ドラルクの娯楽の対象にはならないから、目に入る光景を事実として受け止めるだけだ。泣いているのがもし子どもなら声をかけるが、ロナルドは大人だ。わざわざ涙の理由を尋ねてやらなくても大丈夫だ。
     常日頃、五歳児だの赤ん坊だのとドラルクはロナルドを散々からかうが、それは彼が実際は子どもではないと重々承知しているからこそだ。妹に月々の仕送りをし、物騒な家賃のビルに事務所をかまえ、街の治安を守るために日々命を懸ける。誰彼かまわず困っている相手には親身になり、弱い者には優しく接し、対価を得る際はことさら控え目な態度をとる。そんな子どもがいてたまるかと思う。もし目の前にいたら、ドラルクは手も出すし口も出すだろう。大人だから、黙って見ていられるのだ。そこまでしなくてもいいと制止せずにいられるのだ。十分に成長した身体と、繊細だが容易く折れることのない心を持っていると知っているから、だから彼の日常の油断と無自覚な甘えに対して乱暴な言い回しを選んでぶつけられる。それは知っているがゆえの特権であり娯楽なのだ。
     泣き顔も笑い顔も怒声も奇声も数年のうちにすべて見慣れて聞き慣れて、いつしか暮らしの一部として当たり前になってしまった。夕空に棚引く雲を眺めるように、河原の緑を揺らす風を感じるように、繰り返し接しても飽きることがない彼の言動。人間と吸血鬼とアルマジロ。一人と一人と一匹。それぞれの分を守って居心地のいいおさまり場所を探って、食べて寝て起きて喧嘩をして、同じ屋根の下で息をしている毎日。今日とよく似た明日が続くと疑わない毎日。互いの立ち位置はもうすっかりできあがっていて、まれに関係性を揺さぶるような出来事があっても、すぐに日常の浸透圧のなかに溶け込んで平らにならされていく。そういうものだと考えていた。
     使い込まれた道具が形を変えていくような、日にさらされた壁が色を変えていくような──そんなとてもゆっくりとした積み重ねによって生じる変化は、過去と引き比べる機会がなければなかなか自分では気づけない。
     同じ姿勢で同じ場所を見ているのに、抱く感想だけが変わっていく不思議さを想う。私は花を見るような目で、彼の泣き顔を見るときがある。

         *

     一月も半ばに差し掛かったある日、ドラルクがリビングで洗濯物を畳んでいると、傍らに同居人がどっかりと腰を下ろした。なにかなと思いつつ黙殺して洗濯物と仲良くしていると、おいちょっと、と呼ばわってくるので、なんだその横柄な呼び方は、と文句をつけながら、ドラルクは手を止めて声の主へ目を向けた。すると、わりと真顔なロナルドの顔がそこにある。もしや昨日の夜食のスープにセロリを入れたのがばれたのだろうか。ドラルクはとっさにそんなことを考えた。
     玉ねぎとセロリのみじん切りを同量ずつじっくり炒めて、そこへざく切りにした生のトマトを加えてさらによく炒める。全体がペースト状になったところへ白ワインを降り水を注いで強火で煮立たせて灰汁を取り、火を弱めてコンソメとローリエとオレガノを投入してコトコトしばらく煮込み、頃合いを見て細切りにしたベーコンを加えてさらに五分ほど煮る。最後に生クリームと牛乳を半々くらいの割合で一カップ流し込み、沸騰させないようにじっくりと温める。火を止める前に胡椒を引いて、小皿にちょっぴり取り分けたら、ジョンに味見をしてもらう。
     ヌヌヌッヌヌヌヌヌヌイ。
     信頼できるマジロの舌の意見に従い塩少々を追加する。そうやって仕上げたトマトクリームスープを、若造は皿を突き出してお代わりを所望してすべて平らげたのだ。いまさらセロリに気づいたところで遅い。消化済みの後の祭りだからどう足掻こうと食べた事実は覆らない。せいぜい悔しがるがいいざまあみろ。
    「明日の夜は飯の用意しなくていい。外で食うから」
     張り切って言い返す用意をしていたのに、耳に届いたセリフはちゃんとした業務連絡っぽいそれだった。ドラルクは肩透かしを食ったような気分になる。苦情じゃない。全然違った。セロリのセの字もないじゃないの。
    「おい聞いてんのか? 予定なるべく教えろっていつも言うのおまえだろ。なに不満そうな顔してんだよ」
     いや、不満とかないし、ちゃんと聞いてるし。勝手に相手の表情にマイナス要素を見出すゴリラめんどくさい。それはそうとして、わざわざ外で食うって言い回しを使うってことは、仕事仲間と飲むのとは違うあれってことだよな。
    「あのさ、ロナルドくん。それってだれとご飯食べるのか私が聞いてもいいやつ?」
    「あ?」
     怪訝な顔で一声返してから、兄貴とヒマリだよ、とロナルドは答える。あっさりサクッと判明する食事のメンバー。浮いた話とかではまったくない。そういうファクターのかけらもない。当たり前と言えば当たり前なのだが、なんだかちょっとつまらないかも、と勝手なことをドラルクは考える。
    「そうかそうか。家族水入らずでの外食か」
    「いや、うん。まあ、そうだけど」
     ロナルドはきまり悪げな表情を浮かべ、こめかみの辺りを指の関節でこすりながら喋る。
    「新年のあいさつとヒマリの進学祝いも兼ねてちょっと集まろうって、そういう話になってさ」
     ドラルクはロナルドの言葉に耳を傾けながら苦笑する。なんでそんな落ち着かない態度で私に話すんだ君は。嬉しいんだろうに、嬉しいことだろうに、自分の気持ちに変な風に距離を取った物の言い方をして、相変わらず不器用なおバカさんだ。もっと素直に喜びを表現すればいいのにわかっていない。どれほど見せびらかしたって幸せは逃げない。大丈夫だから、遠慮しなくていいんだぞ。
    「あのな、水とか言うなよ」
    「え?」
     唐突にロナルドが低い声を出したものだから、ドラルクは驚いて肩を跳ねさせた。砂になりそうでならないくらいのびっくり加減だ。
    「俺と兄貴とヒマは確かに家族だけど、それ以外が水なわけじゃない」
    「あ、うん」
     常套句として口にした言葉に対する非常に真摯なコメントの表明に、吸血鬼は戸惑って目をまたたいた。
    「おまえは知らないだろうけど、俺と別れるときに兄貴は、おまえんとこの吸血鬼によろしくって言うし、ヒマリもドラルクさんによろしくって言うんだ」
    「そうなんだ」
     やや気圧されつつドラルクがそう合の手を入れると、ロナルドは、そうなんだよ、と力強く言葉を重ねた。
    「うちに帰ってきて、メビヤツに挨拶しておまえとジョンがいて、みんな水じゃねーんだよ」
    「えーと、うん。ごめんね?」
     ドラルクはなにやらロナルドが傷ついているらしい雰囲気を感じ取って適当に謝った。
    「意味わかってないのに適当に謝んのやめろ」
     ばれている。今日のゴリラはいつもと一味違うようだ。
    「よろしくって言われると、いつもなんか変な感じがしたんだよ、俺は」
     この辺がじわっとする感じで、とロナルドが胸を押さえる。
    「うまく言えねえけど、たぶん嬉しかったんだと思う。いつも、俺は、おまえのこと、そういうふうに言われて」
     おお、となってドラルクはその場で居住まいを正した。これはあれだ。たぶん告白される展開だ。知らないうちに条件だかアイテムだかがそろって新しいステージが始まるらしい。私ともあろう者が、察しが悪くてなんとしたことか。昨年、思いがけない夜があって以来、しばらくは意識して動向を見守っていたものの、最近はすっかり忘れていた。
    ゆえん Link Message Mute
    2022/10/08 19:08:09

    深夜のスモールトーク【ロナドラ合同誌既刊サンプル】

    #ロナドラ
    A5/52P 初版:2022/03/27
    ロナドラ+ジョンの漫画と小説。執筆者3名(暁&小暮&ゆえん)による日常ほのぼのストーリー3本と、主にアニメの感想をまったり語った鼎談を収録しています。
    通販 https://ecs.toranoana.jp/joshi/ec/item/040030971717

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