イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    恋は無言でやってくる【ロナドラ既刊サンプル】〈サインと伝言〉

     ロナルドはおしゃべりな男だ。彼は一貫してじっとしているのを拒む生き物で、口を開いていないときでさえ、まとっている空気がつねに騒がしい。退治人ロナルドは、いつも帰ってくるなりその日の出来事を勢いよくしゃべり出す。事務所の玄関で帽子を脱ぐか脱がないかのうちに「吸血鬼リンボーダンサーとそのパートナーがさ~」といきなり話がはじまってしまう。大きな声で、息継ぎの間も惜しいというふうにテンポを上げながら、ロナルドは帰宅を迎えた相手へ言葉を迸らせる。散乱する光のようにくるくると変わる表情。どれだけ速さを増しても聞き取りやすい張りのある力強い声。
     彼の語る退治の顛末を聞くのはとても楽しい。のちに脚色されて自伝にまとめられる前の生のエピソードを知ることができるのは、同居の特権の一つとも言える。ドラルクとジョンは、ロナルドウォー戦記の二巻以降を読む際は、記憶と照らし合わせながらその脚色の妙を楽しむことにしている。他の読者には真似できない一粒で二度おいしい読み方だ。ギリギリで嘘は言っていないという匙加減がなんともスリリングで、本のページを繰りながら、なるほど大した才能だと一人と一匹は笑い合う。
     魔都新横浜に居を構える吸血鬼退治人に明確な休日はない。ドラルクから見たところ、特にロナルドは頼みを断れない気質も手伝って、同僚と比べてそうした傾向が目立っている。人助けを生きがいとしている男なので、退治の仕事に向かうのはむしろ自分のためでもあるのだろうが、その無尽蔵のスタミナと維持され続ける機動力は、じゅうぶんに驚嘆に値すると享楽主義の吸血鬼は思う。
     ドラルクは退治人としてのロナルドのバディという名目になっている。紆余曲折をへて付与されたその立ち位置を、ドラルクは大いに気に入っているし楽しんでいる。基本的には、どこへ行くのも一緒だ。ただ、自分は暴力ゴリラの向こうを張る知力担当だとドラルクは考えているので、明らかに体力や持久力に重きを置くような件にはまず同行しない。ロナルドもその辺は心得ていて、下等吸血鬼大発生等の事案では最初からドラルクを誘わず、一人で向かうことを前提に話を進める。
     しかしながら、ドラルクは気まぐれに風任せに生きているので、興味を惹かれれば、すぐ死ぬ吸血鬼が不似合いとされる現場でもあえて無理やりついて行くこともある。外野として冷やかすためだけに場に居合わせるのもまた一興だ。つねに最も優先されるのは偽りのない自分の心であって、状況判断や周囲の心理的軋轢などは二の次もしくは三の次だ。ドラルクは、押してはいけないボタンはどんどん押していきたいタイプなのだ。華々しく退治に来た相手の家に押しかけて、盛大に拒否されながらも無理矢理住み着いてしまうくらいに。
     一人住まいをしていた頃のロナルドのことを考えると、ドラルクは不思議な気分になる。こんなにおしゃべりな男が、よく話し相手もないまま暮らせたものだと思うからだ。おそらく、だからこそ彼はブログを更新していたのだろう。ラップトップを相手に文章を綴ることで行き場のない言葉を開放し、胸のうちに溜った感情を解消しようとしたのだろう。ロナルドウォー戦記の主人公は、筆者と同一の存在でありながら完全には重ならない輪郭を持っている。いつか到達したいと願う理想を投影して生み出された──現実より少しだけ先を歩いているもう一人のロナルドがそこにいる。
     ネットの海へ放たれた彼の文章は、その真価を見抜いた若く有能な編集者に釣り上げられ、書籍という形で広く世へ出た。獲得した読者と知名度をサイズの合わない服のように着込みながら、ロナルドは文字どおり七転八倒しながら物語を書き続けている。そして、世界中のだれよりも一番近い場所で、ドラルクはその執筆過程を見守っている。
     締め切り前のロナルドの醜態は見物だ。初めて目の当たりにしたときは心底びっくりした。すっかり頼りない生き物に成り果てて、邪険にしていたはずのドラルクにすがって泣いての大騒ぎ。生みの苦しみとはまさにこのことかと目を瞠るような一連の騒動だった。どうしてあそこまで自信をなくしてしまえるのか、ドラルクにはちっとも理解できない。とにかく、その一件で自分に様付けするようなムーブが虚勢に端を発しているらしいことは察したし、作家としてのロナルドにドラルクはますます興味を持った。
     脱稿後のロナルドも場合によってはすさまじい。職質を受けるレベルの奇行に及んで収拾がつかなくなる彼の姿をドラルクは知っている。本当に一人でどうやって生きていたのかと思うひどさだが、一人なら一人で収まりようがあったのだろう。想像すると、なんだか哀れで切なくなるが。
     鬱憤を発散するロナルドに付き合うのが、実のところドラルクは嫌いではない。正気を半ば失いながらじゃれついてくる相手に散々振り回され、怒鳴り合って小突き合って砂にされて疲れ果てるのを、心のどこかで待ち構えている節もある。
     世間に憚って生きる小心でお人好しな退治人が、小さな台風のようになって徹底的に迷惑をかけ通す。そのありさまはドラルクから見ればとても滑稽で愉快な一大スペクタクルだ。称えられるレベルの不器用さが招く──いびつで混乱した一種の祝祭は、予告もなく不定期に到来する。この男が、いつかどこかでまだ見ぬだれかを相手に別の甘え方を覚える日が来るのだろうかと考えると、ドラルクはなぜか胸の奥がざわざわして落ち着かなくなる。
     疲労しているときほどロナルドはよくしゃべる。行き過ぎた饒舌に危うさを感じ取って、ドラルクとジョンは一人と一匹がかりで帰宅した退治人を風呂にぶち込んだり寝かしつけたりする日もある。
     酔って帰ってきた日はなおさらだ。もつれた舌が延々となにごとかを訴えるのを、吸血鬼とアルマジロは嘲笑ったり気の毒がったりしながら介抱する。たしかドリフでこういうコントがあった気がするとジョンが言い、あったねえ、若造が生まれるよりはるかに前だねえ、とドラルクはうなずく。非力な吸血鬼と小動物のコンビが頭を絞って最小限の力で世話焼きアクロバットをきめる様子は、はたから見たら完全にコントそのものだろう。
     そうした生活を糧にして、新しいロナ戦がまた一冊上梓される。新刊の宣伝だのサイン会だのの日程でカレンダーが埋まる。作家としてのロナルドがたいそう忙しくなる。常日頃おしゃべりな男は自分のファンとはうまくおしゃべりできないので、そのストレスが帰宅後に爆発して泣き言の嵐になる。
     人の形を保ったまま帰ってきたなんてえらいでちゅね~。
     ドラルクがそんなわかりやすい煽りを投げかけても、ひとり反省会の乱気流に揉まれる退治人は通常の反応ができない。はいはい、よしよし、とおざなりに相手をあやしながら、頃合いを見計らってドラルクは新刊をロナルドに手渡してサインを求める。
     畏怖すべきドラルク様へって書けよ、と言葉をかけるとへなちょこパンチが飛んできて、そんなパンチでもクソザコゆえにしっかりとドラルクは死ぬ。ナァスナァスと再生して取り戻した視界には、サインを終えたらしいロナルドがぱたんと本を閉じているのが映り込む。
     どれだけナーバスになろうがハイになろうが律儀な性質が抜けない生き物は、頼まれればきちんとサインをするのだ。巻ごとに少しずつ違うサインを、ドラルクとジョンはたまに見比べて品評し合う。この頃の方が字がましだったとか、これは絶対に酔っぱらって書いたやつだとか、このときのはやけにファンシー路線で笑えるとか。今回はどんな筆跡だろうか。
     ソファベッドに敷いたマットレスの上にロナルドを片付けると、ドラルクはダイニングテーブルの上で、これで七冊目となるサイン本を開いた。
     次の瞬間、目にした文字に思わず驚きの声が漏れる。隣でページを覗き込んだジョンが、少し遅れてヌアー! と鳴いた。そのあいだ、一貫してじっとしているのを拒む生き物は、ベッドの上でもぞもぞと動いていた。

     ドラルクへ 好きだ ロナルド

    「これサインじゃなくて伝言でしょ!」
     ドラルクはとりあえず声に出して突っ込みを入れた。そうしてから、使い魔を抱き寄せて作戦タイムに入る。ねえ、ジョン、これってありだと思う? ありだとしたら、どういうやり方で返事をするのが一番おもしろいと思う?
     肝心なことを自分の口で語らない作家には、きっちりと制裁を加えてやらねばならない。ドラルクは丸まったジョンをボウリングボールのようにかまえて、すっくと椅子から立ち上がった。
    ゆえん Link Message Mute
    2022/09/24 16:46:20

    恋は無言でやってくる【ロナドラ既刊サンプル】

    #ロナドラ
    B6/2段組/100P 初版:2022/05/03
    2021年にTwitterとpixivに掲載した掌編21本と書下ろし1本を収録しています。話ごとの繋がりはありません。どれも事件性のないふわっとした日常話で二人が愉快に恋してます。
    通販 https://ecs.toranoana.jp/joshi/ec/item/040030978091/

    more...
    Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    NG
    URLの共有
    OK
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品