大切のしかた|綾部の恋はちょっとおかしい 目の前でサクサクと小気味良く音を立てるのは、昨日辺り小雨が降って固まっていた地面の砂利。先日食満留三郎先輩が苦労した辺りの地面だったと思い出したのは、今から半刻ほど前のことだ。
だがこの際、用具委員会の先輩が怒ろうが、泣こうが私には関係ない。まあ、くのたま的に後者は面白いので、出来れば実現する方法があったら試してみたいと思わなくもないのだが。さすがに忍たまも六年生となれば涙はそう見せてくれない。
さて、それよりも問題は目の前の人間である。
「ねえ、綾部」
「なーにー?」
「何してるの?」
「穴掘り」
「いや、それは見ればわかる」
何をそんなに掘る必要があるのかと、私は聞いているのですよ。
そう丁寧に尋ねれば、綾部は特に顔色を変える事なく、「掘りたいから?」と丁寧に答えてくれた。
だから、そういう話を聞きたいんじゃない、馬鹿。
「もう! いつまで穴掘ってるのよ。そこから出て来なさい!」
「やーだー」
話もまともに出来やしないとなれば、後はこちらを向かせるしかない。
踏み鋤の柄を掴み、綾部から取り上げようと持ち上げるが、彼は踏子ちゃんをなかなか手放さない。
見事な綾部の一本釣りの出来上がりだ。綾部諸共持ち上げる自分の腕力も含め、意地でも離れようとしない彼がまた憎い。
「……何で離れないのさ」
「そりゃあ僕にとって、踏子ちゃんが大切だから」
「ほお」
今自分の眉間に皺が寄っているのは解っているが、面白くないのだから仕方がない。あとで部屋に戻ったら糸瓜水を塗り込む一手間が増えたが、一旦それは置いておく。今の私は彼との今後の関係性において、大事な沽券にかかわる話し合いの最中なので。
私、
苗字名前は、綾部喜八郎の彼女である。付き合い始めて、もう直ぐ一年は経つだろうか。逢瀬を重ねて一年ならまだまだ楽しい時間を過ごせる時期なのに、なんとこの彼氏、地面に穴掘って泥まみれになっている方が良いらしい。
こっちはその泥まみれさんに見せるため、肌を磨き、髪を結って会いに来たと言うのに。このあと糸瓜水を塗り込む予定も受け入れたと言うのに、此奴は穴掘りを優先させるとのこと。
これのどこが面白いのか、手に持った踏み鋤をそのままちょっと揺らして綾部の様子を見てみるが、彼は相変わらず鋤から手を離そうとしない。
「大事なものには、くっついていたいものなんだ?」
「そういうものでしょ?」
「ふうん」
それならば私は何故くっ付かれないのか。ああ、面白くない。本当に面白くない!!
「ああ、そうですか……なーんて、なるとでも? なら、私が綾部にくっ付いても問題ないって事よね?」
そういって私は綾部を地上へ下ろし、そのまま綾部に後ろから抱きついてやる。我ながら阿呆だ。
「……何してるの、
名前」
「綾部にくっ付いてる」
「何で?」
「あ、やべ、が大切だから?」
「ふうん」
「え、何その反応。軽くない?」
「じゃー、そおなんだ?」
「……もういい。どうせ、私が空回ってるだけだもん」
自分で馬鹿をやっていることぐらい、重々理解しているのだ。この滑稽さを他のくのたまや他の忍たまなどに見られたら、私の自尊心は一体どうなることやら。
それでも、構って貰いたいと思ってしまう。綾部のくりくりした目が見つめる、その視界に私を入れて欲しい。でもこいつの目先には地面しかない。あと土と砂利、それから踏み鋤。それから穴の底から見上げる空。全然、入れてくれないのだ。
「何やら、本当にこれで僕は、大切にされてるのかと不思議に思ったんだけど」
「……つい今し方、綾部が言ったことその耳に捩じ込んで良い?」
「痛いのはいや」
あまりにも飄々としているので、拒否の言葉など気にせず、穴から引っぱり上げた綾部の頬を弄くる。触りながら、「また背が伸びてる」と勝手に身長を確認し、大きくなってゆく彼に勝手に惹かれ直す。嫌いになんかなれないし、毎日この調子だというのに、この人は表情ひとつすら私に変えてくれない。
「ねぇ、綾部はさぁ」
「うんー?」
「私の事、嫌い?」
お餅のように柔らかくすべすべした、女子としては大変羨ましい綾部の頬を押したり引いたりする手を止めて、言葉を紡ぐ。
「…………」
「黙るな!!」
「いーたーいー」
「痛いのは私でしょうが!」
聞かなきゃよかった。でも知りたかったのだから仕方ない。いやでもくのいちの玉子、くのたまなのにド直球に聞くのは本当にただの阿呆だ。他の子はもっと上手に駆け引きをして、恋を楽しんでいるのに、私はそんな余裕持てた試しがない。
「こんな、こんな面倒くさいこと誰が言いたくて言うってのよ! 穴に妬いて八つ当たりとか、痛いにも程があるわ!!」
「自覚してるんじゃん」
「……やかましい」
揚げ足を取られた上に、墓穴を掘ってばかりとなると開き直ってしまう他ない。仕方ないので綾部の頬を抓ってみる。腹立たしいほどモチモチのほっぺである。あまり表情が変わらないクセに、なんで綾部のほっぺは柔らかいのだろう。
「あたたたた」
私にされるがままだった綾部の口から、ようやく被害の声が出た。だいぶ触り倒したので、流石に申し訳なくなり直ぐに手を離す。そっと抓った辺りを撫でる。
「……ごめん、変な事ばかりして」
「じゃあ、抓らないで欲しいんだけど」
「うん、そうだね。今日は大人しく部屋に戻るね」
「ねえ、
名前」
柔らかい綾部の頬から手を離そうとすれば、泥だらけの手でそれを遮られた。
綾部の手は、普段踏み鋤を触っているせいか、意外と大きく肉刺が多い。男の子らしい手をしている綾部も、私は好きだ。
「そもそも、だよ」
私の手を掴んだまま、綾部が続ける。こうなると手は引っ込められないわ、この場から離れられないわで、私はその声に耳を傾ける選択肢しか選べない。それを解っているのか、落ち着いてのんびりと、綾部はいつも通りに続ける。
「興味がなければ、僕は
名前と話さない」
「そうかもしれないけ……ど!?」
「僕は優しくするのが苦手だよ」
「あの……」
「踏子ちゃんは、壊れても直せるけど、
名前は壊しちゃったらそう簡単に治らないし」
「あ、や……」
「僕の事、こうやって怖がって戻って来なくなるかもー? とか、考えて、大事にしてたんだけど」
「お、押し倒しておきながら、何を言うか!! そりゃ急にこんなんされたら吃驚するわ!!」
「ええ~……」
これはくのたまでありながら、油断をしていた私が完全に悪い。やられた。悔しい。しかし、気づいた時にはもう遅いのだ。一瞬にして、綾部に穴の中へ引きずり込まれたかと思えば、お天道様は綾部の背後で燦々と輝いていた。
そうこうしている間に体重もかけられ、私はもう逃げるどころか動くこともできない。身長差はまだ大きくなくとも、力では綾部にもう私は勝てなくなってしまった。昔は腕相撲なんて簡単に勝てたのに。
「変態」
「踏み鋤に焼き餅妬いてる
名前も、見ようによっては変態じゃない?」
「揚げ足を取らないで! 人の胸に顔を埋めないで!!」
「うるさいなあ。首に噛み付かないだけ、マシだと思ってよ」
「噛み、付……!?」
いきなり投下された衝撃的な言葉に、綾部を二度見する。私の胸に頬擦りしながら、こちらを見て少しだけ吹き出し「耳まで赤いよ」なんて平気で言う。こいつ、こいつこいつ、こいつ!!
「ほら、大事にしてるでしょ?」
楽しげに笑う綾部に、だから私は勝てない。