無個性寄り夢主短編まとめ|ツン彼氏・兄貴肌・甘やかし系など、三者三様の恋愛短編集Kiss me, kiss me, kiss me!!
ガタンガタンという音に、合わせて体も頭も左右に揺れる。電車通学をする私にとって、乗車中に聞こえるこの音は心地よい子守唄だ。部活帰りの疲れた体には、特に。
まるで「眠っておしまい!」とやたらと色気満載のあの悪のお姉様に命令されたかのように、私の意識がぼうっとしてくる。
この瞬間が実は人間最高に幸せなんじゃないかと、私は密かに思っていたりする。
「おい」
「う、ん?」
「眠いのはわかるけどな、お前は一度寝たら起きないだろう。しっかりしろ」
「やだ。ねる……」
「……嫌じゃない、起きろ!」
「ふぎゃっ!?」
最高の瞬間は容赦なく頬を抓るという攻撃により、物の見事に最低の瞬間に変えられました。
勿論やったのは言うまでもない、さっきから私に話しかけてくる人間だ。
「何よ、三郎、せっかく人が気持ち良く寝ようとしてたのに」
「寝言は寝て言え、お前は阿呆か」
「じゃあ、寝る」
「起きろっつってんだろ」
「どっちよ!」
「起きろ」
「やだ!」
「やだじゃねぇ!」
「やだやだやだ、ほっぺ抓らないでよ! 三郎のばかあ!」
「お前は一度寝たら起きない癖して、どうやって電車降りるつもりなんだ。次寝たら俺は起こさん。終点まで行ってしまえ、阿呆たれ」
「起こしてくれたって良いじゃん、三郎のケチ!」
「だから起こしてるだろうが」
「う、うぐ……」
寝た後に起こすのと、眠る前に起こすという差はあるにしろ、確かに彼は起こしてくれているには変わりない。
小さな頃から三郎とは一緒に居るが、いつだって私は彼の話術に敵わない。
気が付けばこうして、掌の上をころころと転がされる。
「ああ〜、目が覚めちゃった」
「そうか。なら良い」
「よくなーい、私は今すぐ寝たーい」
「まだ言うか」
「だって、何だかんだ言って三郎起こしてくれるもん。だったら寝といた方が得!」
「俺の労力を減らそうという気はないのか」
「ない!」
「こんの、そのうち俺から寝てる間に何か取られてても文句なしだからな、お前……」
「何かって、何?」
「何って、何かだよ」
「中途半端だなあ」
「うっせ」
寝ている間に奪われるというのは、一体何だろうか。
財布、携帯、手帳? いや、三郎が奪うならもっと私が困る物だろう。先に挙げた物も奪われたら困るのだが、三郎はそういう事はしない。それは長年の付き合いで知っているだけあって、確信がある。
コイツはそこまで悪に染まってはいない。
ただどちらかと言うと、中学生の悪ガキの悪知恵を悪化させたような手を使って来る。そんな奴なのだ。
「ねえ、三郎」
「何だよ」
「私から寝てる間に奪う物って、何?」
「お前それ、そんなに知りたいわけ?」
「そんっなに、知りたい! 気になって寝られない!」
「いい加減睡眠から離れろ、ドあほ!」
「ぎゃあ!? 耳、耳は駄目! 耳引っ張んないで!! 痛い痛い痛い、馬鹿バカ、三郎のばかあ!」
「ふん、たわいもない……」
「……格好良く言ってますけど、三郎全く様になってないからね。寧ろ痛いからね。正義の味方の台詞だけど悪の親玉みたいになってるからね」
「もう一度痛い目に遭いたいのか?」
「結構です!」
もうさせるものかと、ぷいっと私は顔を三郎から背ける。
隣に座っている三郎が、にたにたと笑っているのが向かいの窓に反射して見えた。
またガタンガタンという音だけが車両に充満し、体もそれに合わせて左右に揺れる。
眠りはしないが、やはり体は疲れている。
睡魔に襲われそうになるのを、自分で手の甲を抓り目を覚まそうとするが、あまり効果は感じられない。
「眠いか?」
「あー……うん、まあ。朝練が7時で今日起きたの5時半だったし、ふつーに眠い」
「なら、目が覚めるおまじないでもしてやろうか」
「はぁ? おまじないとか、アンタ。今時女子中学生だってそんな……」
半分眠りの世界に入っていた意識を引き起こし、背けていた顔を三郎の方に向き直す。
途端、頬に温かく柔らかい感触。
「次、寝たら本命取るからな」
「……さ、三郎」
「目、覚めたろ」
「……あ、はい」
ガタンガタンという音と、ふわりふわりと揺れる体。
向かいの窓に映った三郎の顔が赤いのに対し、私の顔もびっくりするくらい真っ赤になっている。
ああ、こりゃ、随分と効き目のある眠気覚ましだなあと、暢気に考えながら、今からでも寝たふりでもしてしまおうかと考える私は、だいぶ意地悪な女かもしれない。
撫子は君だけ
「はちー」
「お? 居たか?」
「うん。見つけたよ。ひい、ふう、みい……はい! 三匹!」
「本当か! 凄いじゃないか! これで残り二匹だな」
「あ、孫くんもさっき一匹見つけてたから……」
「あと一匹、だな」
「うん!」
学園生活では恒例化しつつある毒虫の脱走も、今年に入って三回目。果たしてこのままで良いのかと頭を悩ます日々が続いているが、不謹慎にもこの状況を楽しんでいる俺もいる。
というのも、彼女と話が出来るのは、こんな機会でもない限り、普段の委員会ではそうそうないからだ。
家が近所というから、二つ下の彼女とはずっと小さい頃から一緒だった。今じゃあ、誰に似たのか生き物の世話をするのが大好きなくのたま三年生。
女にしては虫に怯えることなく突っ込んでゆく彼女は、委員会には毎日しっかり顔を出してくれるのだが、それがかえって会話を減らしてしまっているというのは皮肉な話。
まあ、一年生が多い生物委員会では致し方がないのだが。
「一年生、毒虫にやられてないといいねえ」
「お前は時々怖いことを言うな……そんなことになったら敵わん。一年坊主共を探しに行くか」
「あ、はち……」
「ん? 何だ?」
「あのね、えっと……」
身長が低い彼女は、俺の肩に頭が届いているかいないか。
前々から小さいとは思っていたが、同級生である孫兵よりも小さい彼女は俺と話している時は大抵見上げている体勢になる。
「この間、身体測定あったでしょ?」
「あ〜そういえば、そんな事もあったな……でもそれがどうしたんだ?」
「それがね、はち、私身長止まっちゃったみたい」
「え」
さぞ今の俺の顔は凄い事になっているのだろうが、彼女の目は真面目も真面目。大真面目。とても嘘をついている風には見えない。そもそも彼女は俺に嘘をつく時は、俺の目を見られない。
ということは、だ。
「止まっちゃったの」
「そ、そうか……いや! でもあれだ! きり丸の売ってる牛乳! あれを飲んだらまだ伸びるかもしれ……」
「そう思ってね、この一年間、できるだけ牛乳飲んでたんだけど……」
「……ど?」
「全然伸びていなかった」
「あ〜、そりゃ、なんつーか……」
「こ、こんなに小さかったら、お嫁さんに貰ってもらえないよね」
「嫁!?」
ぎょっとしている俺にはおかまいなしに、彼女は只でさえ小さいのに、更に小さくなって話し続けるのだ。
こんなに小さいと、忍の仕事も上手く出来ない、かといって実家の呉服屋の手伝いもこんなに小さいとお客の身長を測ることもままならない。
家事も背が小さければ出来ることが限られてくるし、仕事が出来なければ嫁としての貰い手も少なくなるということだろう。
「お嫁さんになれなかったら、どうしたらいいかなあ」
あれやこれやと励ましの言葉が浮かんでくるが、どれも薄っぺらく感じてしまう。ましてや、気のある子の悩みなら尚更だ。ここで格好良く俺の嫁に来いと言えれば良いものの、そんな事言える根性もなく。
結局、何も言えない俺は彼女の頭をむんずとつかみ、撫でるしか出来ない。
「は、はち!?」
「あー、うん。まぁ、その……」
「うん?」
「まだ、そこまで考えんな。考えすぎると知恵熱出すぞ」
「うう……」
「それに、ほら! 身長伸びるのもちょっとお前の体が休んでるだけかもしんねーし」
「や、休むって」
「おう」
「成長って、体休むものなの?」
「大丈夫だ、伸びる。お前の身長は来年にはちゃんと伸びてる!」
「本当?」
「ああ!」
「じゃあ、そういうことにしとこうかな!」
頭巾が崩れない程度の力加減で撫でる小さな頭の下で、「えへへ」と嬉しそうに笑う彼女の声が胸に響く。
ああ、良かった。笑ってくれた。
笑わせてやれないんじゃないかと不安になったり、何も出来ないんじゃないかと怯える俺。
そんな時はいつだって、その不安の中心には彼女がいる。
「ねえ、はち」
「ん? どうした?」
「ありがと! また牛乳飲むの頑張る!」
「おう、頑張れ! 何だったら俺も一緒に飲んでやるからさ!」
「え」
「何だ、駄目か?」
「それは、困る、かも」
「何でだよー」
「はちがこれ以上大きくなったら、私、困るもん」
「え」
「だって、はち。自分より凄く小さなお嫁さんとか、嫌じゃない?」
その晩、俺が知恵熱を出した理由を同級生に問いただされ揶揄われるのは、また別の話。
膝の温もりに微笑みを
「かーんちゃん!」
「え? うわっ」
「お昼寝しよーよ!」
長屋の自室で勉強をしていたら、聞き慣れた声が俺の名前を呼び、そしていつの間にか俺の膝の上にはその声の主が居座っていた。
「お昼寝って、膝枕にされてちゃ俺が寝れないんだけど」
「えー……じゃあ、枕になって下さい?」
「疑問系? っていうか俺が寝る選択肢はないの?」
「ない!」
「即答かよ」
「だって〜……」
さっき実習から帰ってきたばっかなんだもん。
そう不服そうに答えると、膝枕された状態で下から見上げつつ、彼女は俺の髪を梳いた。可愛い可愛い、俺の彼女。いつだって笑った顔を俺に向けてくれて、甘い声で名前を呼んで甘えてくれる。普段表ではツンとした人柄で売っているのに、俺の前だけの特別な態度がたまらない。
仕方ないなあと俺は一旦彼女を起こしと、壁に寄りかかる。勉強から読書に変更だ。さっきは正座をしていたので、痺れないよう足を崩す。膝を軽く叩いて彼女の名前を呼べば、頭巾を取って嬉しそうに俺の膝に頭を預けてくれた。
「勘ちゃん」
「なにー?」
「……大好き」
えへへー、と笑う彼女の顔を見ると、明日のテストの点数が悪くても良いかと思えてしまう。
「お礼に今度、ね、勘ちゃんに、茶店でお団子、おごってあげる……」
「本当? じゃあ、次の休みに町に二人で遊びに行こうか」
「うん……行、こ……ね……」
途切れ途切れの言葉に小さくおやすみと言い、俺はそのまま読書に勤しんだ。
春爛漫、季節も心も温かい。