結婚したらいくらでも出来るじゃない|なお交際宣言はまだ出来ていないのである!「
名前、今直ぐに起きないと朝食抜きで学校までダッシュになるぞ……!」
布団の中でそっくりそのまま、兵助と同じ台詞を言えば、べりっと暖かい世界は剥がされ奪われた。
「起きてるなら先に言え。というか下に降りて来い」
「毎朝起こしに来てくれる世話焼き幼馴染くんに、サプライズプレゼントを用意してたんだ」
ふふん、と映え角度を決めながら兵助を見れば、相変わらず涼しそうで綺麗な顔で
一人称を見下ろしていた。太陽に向かって元気にカールをしている兵助のまつ毛は、今日もよれることなく綺麗に揃っている。普段から何かしているのかと尋ねたら「特に何もしていない」と言われたのは記憶に新しい。
「言い訳をするんじゃない。どうせまたゲームか何かを徹夜してたんだろう」
「チッ……バレたか」
「それより隈、出来てるぞ。まさかそのまま行くつもりか?」
「嘘おっ!?」
慌ててベッドから飛び出し、クローゼットに埋め込まれている全身鏡に飛びつく。
なるほど確かに。言われてみればうっすらと隈が出来てるような気がする。
「うわあ、今日はちゃんとメイクしないとマズいかも……いやでもメイクなんかしてる時間ないから、今日は赤縁眼鏡でも掛けてくか。その方が化粧薄くてもそんなバレないし」
鏡の中の自分と議論し、決定。
よし、普段はコンタクトだけど今日はこのあいだ買った赤縁眼鏡で学校に行こう。買った当初は同級生からエロいだの変態教師みたいだの言われたけど、そんな屈辱よりも朝食を食べる時間の方が今の
一人称は惜しい。
「お前はどうしてそう刹那的な時間の使い方をするんだ……」
「刹那的言うな、学生的と言え。友達からこの間『御主に6タテされた恨み、忘れたとは言わせんぞ……』とか言われたんだもん。こりゃ育成し直して特殊耐久のメンバー作り直さないとー! って。そもそもアイツの特殊攻撃メンツだってV振ってあるんだよ、更に強化して来られたら今度はこっちが3タテはされちゃうっての!」
「……それは何処の言葉だ」
「大人も子どももお姉さんもお兄さんも、目と目があったらバトルが挨拶! な、ゲームをちょっとやり過ぎた人間に通じるお言葉」
クローゼットから制服を引っ張り出し、手早くYシャツをハンガーにかけたままスチームアイロンをかける。そのままスカートにもアイロンをかけ、急いで
一人称は支度をする。
「程々にしておかないと、今度の中間テスト痛い目にあうんじゃないか」
「そこん所は学年一秀才の兵助君に助太刀を……」
「しないぞ」
「ケチ」
「ぶつぶつ言ってないで、さっさと準備しないと本当に朝飯食えなくなるぞ」
「んじゃ、着替えるから。ぷりーず、りーぶ、ざ、るーむ!」
「言われなくともそうする」
部屋から兵助を追い出し、
一人称はいそいそとパジャマを脱ぎ制服を着始める。
兵助は
一人称の幼馴染みだ。きっかけは兵助のお母さんと竹馬の友だった
一人称のお母さん。おかげで物心ついた頃には、というか記憶に無い頃の写真を見ても
一人称の隣には兵助が居た。おまけに兵助の家はご両親が共働きだったから、まあ、後は想像がとても簡単だと思うのでこれ以上の説明は必要ないだろう。
そういう訳なのだ。
「別にアイツも食事のひとつやふたつ……出来るのか? そういや兵助が何か作ったところ見たことないや。豆腐は好きみたいだけど……今度聞いてみよ」
ブレザーに腕を通し、鏡で全身を確認する。問題はなさそうだ。
一人称は急いで洗面所に駆け込み顔を洗い、本当に軽いメイクを施す。友人に言われた通り、赤縁眼鏡がやけに目立って見える気がしたが、もう時間が時間なのであえて無視した。
「おはよー」
「
名前、コップ」
「お、おう……」
リビングに入れば、兵助が既に朝食の準備を手伝っていた。学生鞄をソファに放り投げ、急いでキッチンに居た兵助の傍に駆け寄りコップを二つ受け取る。
兵助は器用というか、要領の良い奴なので大抵のことはサラッとこなす。おかげで毎朝後から来る
一人称と言えば、彼の指示に従ってコップやら箸を置く位だ。
「全く、実の娘より兵助くんのが率先して手伝ってくれるなんてねえ」
「へいへいへい、すいませんね。ちゃんと週末には手伝ってるんだから、そんなに怒らないでよ……って、兵助それくらい
一人称が持って行くってば」
「いや、これ熱いし」
「はあ、どうも」
「はあって、アンタね。溜息吐きたいのはこっちよ。本当にもう、何から何まで兵助くんにやって貰って、まさか学校でも迷惑かけてるんじゃ……」
「アー、オ母サン、洗濯機鳴ッテルヨー」
「
名前、早い所食べないと遅刻するぞ」
「あ、うん。行く行く。今行く。超そっち行きたい!」
お母さんの小言を振り切って席に着く。
いっただきまーすと元気よく声を出せば、洗面所で洗濯物を格闘しているお母さんが、「はいはい、召し上がれ」と言っているのが聞こえた。
今日の朝食は白いご飯にみそ汁の純和風な朝食。メインは紅シャケと半熟の目玉焼き、プラス醤油。シンプルでありながら、これが結構美味しくまたお腹に溜まる。
一人称は質より量と言った、女子高生というより男子高校生寄りの思考回路の持ち主なので、朝はパンよりもご飯派だ。
そして我が家の朝食には必ず牛乳が一本置いてあり、朝食は必ず牛乳を飲む。友人には和食に牛乳なんて合うのかと、渋い顔をされたけれどもこれが結構イケるのだ。
「兵助、そっち今日の授業何?」
「数学と科学と、音楽と現国。そういえば午後は体育があったな……」
「あ、じゃあ午後
一人称と一緒だ。珍しいね、兵助の所と
一人称のクラスが一緒になるなんて」
兵助は成績上位者が蔓延る特進クラス、
一人称は一般の進学クラスだ。移動教室で授業が被ることは、学期に一度あるか無いか。家でこそ一緒にこうして同じ釜の飯を食べる仲でも、普段日常での関わりは高校に入ってからは殆ど無くなってしまった。彼の頭脳と
一人称の頭脳は悲しいくらい差があり、それに比例して生活環境も異なってしまったのだ。
いつだったかお母さんから同じように育って来たはずなのにねえとぼやかれた時は、拗ねて半日部屋に引き籠ってやった。一緒にするでない。
「今日英語あるんだよね、憂鬱だわ……兵助みたいに現国だったらバッチコイなのに」
「
名前は文系とか言って英語は苦手だもんな」
「古典と現国は良いの! 英語? 何それ美味しいの?」
「楽しいけどな」
「それは英語を分かってる人の言い分。どうせ
一人称の頭は一般以下だい……」
牛乳を飲み干した兵助の為に、空いたコップに二杯目を注ぎ足してやる。
黙々と食べるその様は、見ているこっちでさえ気持ちが良くなる。女子高生とは言え
一人称も食べる方だと思うが、流石に男子高校生の食欲には敵わないものがある。
そう言えばクラスメイトの不破も昼食を凄い量食べてたっけ。あれで太らないんだから、男子高校生の燃費の良さと活動量といったら半端ないのだろう。実際、先日竹谷と鉢屋を観察していたら、学校に着いて部活の後にオヤツと言っておにぎり二つ、部活の前に菓子パン一つ、部活の帰りに肉まん二つは食べていた。「胃袋ブラックホールかよ」と流石に口に出してしまった
一人称は悪くない。
「そう拗ねるな。英語くらいは俺が面倒見てやる」
「やった! 兵助大好き!」
両手を上げて喜ぶ
一人称に、兵助が目を逸らして何か言いたげな顔をしているが、そこはあえて突っ込まないでおこう。
「そーいえばさー」
「何だ」
「何でこうやって朝、兵助が起こしに来るようになったんだっけ?」
「頼まれたからな」
「ああ、やっぱお母さんか……」
出来の良いこの幼馴染みは、頭だけでなく顔も良いことで学内で有名だ。それがこうも毎朝世話を焼いてくれるというのも、なんともまあ幸せなことか。
以前、鉢屋と話したお互いの幼馴染み談義で、
一人称と兵助の関係を話したところ「それ何てエロゲ?」と返された。残念ながらこれは現実だし、ついでに言えば多分お前が考えている物と性別も逆だと返したときのあの顔が忘れられない。
一人称と兵助がこういう幼馴染み関係を築いて来たということは、意外性に満ちた物だったらしい。
今はまだ表立った問題は起きては無いものの、自分の身を守れるよう空手でも習っておけと言った奴の顔がかなり本気だったのを
一人称は鮮明に覚えている。
それだけ兵助が校内でもモテる部類に入るということなのだろう。毎朝一緒に登校してる時点で手遅れな気がするのだが、それは言わないでおいた。
余計な悩みを増やしてしまうのは、面倒だし
一人称の性分に合わない。そもそも
一人称と兵助は誤解を招くようなことはしていないと思ったのもある。
「兵助もさ、嫌なら嫌って言って良いんだよ」
「何がだ」
「
一人称のことさ、あんまり起こすの、好きじゃないでしょ?」
一人称が牛乳を飲み干したところで、今度は兵助がコップに牛乳を注ぎ入れてくれた。
その自然な動作さえも様になってしまうのだというから、この幼馴染みは恐ろしさを秘めているような気がする。体育の時間は黄色い歓声とかが聞こえるのだろうな、とか思うとちょっと気が重い。
一人称は基本、ミーハーな物事は避けて通る人間だ。人は顔より中身な主義なので。
「不機嫌な声を聞かされたらな」
「ですよねー。じゃあさ、兵助」
「何だ」
「兵助はどんな朝を迎えてみたい?」
「唐突だな」
「
一人称との会話なんて、大体そんなもんでしょ」
「それもそうか」
「で? どうなの?」
「俺はどちらかと言うと取り留めの無い、この話が何処に続いて行くのかが気になるんだが……まあ、お前が朝に強くなってくれたら楽だな」
「んじゃ自分で朝起きてあげようか?」
とびきりの笑顔にウィンク付きでそう言ってやれば、兵助に胡散臭いものを見るような目で見られた。
見てろよ、ちゃんと起きてやるんだからな。
◆ ◇ ◆
カーテンの隙間から伸びた朝日が室内に滑り込み、その光はゆっくりと部屋中を照らす。その光はそのまま膨らんだ布団の上にも平等に落とされ、雀の鳴く声が遠くで微かに聞こえる。
窓の外ではいつも通りランドセルを背負った子供達が数人束になって通路を駆けて行き、同じように学生服の若者達がゆっくりと歩いて行く。その隙間を忙しなく小走りで慣れた調子で駆けて行くのは、スーツの男女。きっと会社に遅れ気味なのだろう、腕時計をしっかりとちらりと確認しつつ革靴で高い音を鳴らしながら遠のいて行く。
インターホンが鳴った。
階下から母親の自分と話すのでは考えられぬ程、弾んだ声が聞こえる。その後から聞こえてくるのは、毎朝聞き慣れた幼馴染みの柔らかい声だ。 いつものように決まった会話を交わし、この部屋に続く階段を上る足音とドアをノックする音が続けて聞こえて来た。
昨日同様こちらの反応がないのを良いことに、部屋のドアが開く。カーペットの上をトントンと歩くその人は、慣れた手付きでカーテンを全開にし、ベッドの横で止まった。
「
名前、今直ぐに起きないと朝食抜きで学校までダッシュになる、ぞ……?」
幼馴染みが布団を剥がして硬直しているのは、その膨らみがタオルケットで作られた物だったからだろう。
少しだけ考えた仕草をした後、幼馴染みは迷うことなくクローゼットを開いた。仮にも服とか下着とかが入ってる場所だぞ、少しは躊躇しろ!
まさか一発で隠れている場所がバレるとは思ってなかったので、クローゼットの中で
一人称は阿呆面を晒してしまった。これじゃあただのピエロだ。
「おはよう」
「お、おはよう……って! そうじゃなくて!」
「何だ」
「あのさ、起こしに来てもらっておいてなんだけど、少なくとも年頃の女の子の部屋なんだからさ! こういうのは気を使おうよ!?」
「いや、居ないなら探せば出てくるだろうと思って」
「どこでも開けりゃあ良いってもんじゃないんですけど!? それとも何? 兵助それ天然?」
何だかんだ騒ぎつつも、どうよ! と、くるりと回転しながらクローゼットから出て、兵助の前で胸を張って制服姿を見せてやる。
一人称だってやれば出来る子なのだ。普段は本当にやる気がないのであの状態だが、まあ、たまにはこういうのも良いだろう。
「先に起きたなら玄関で迎えるとか、起こしに来るとかじゃないのか」
「それ何てエロゲ?」
「エ、ロ!?」
「マジかよ、この程度で真っ赤になって。大丈夫?」
「大丈夫も何も、起きてたならたまには俺を起こしに来たって……!!」
「だって兵助を起こすことくらい、結婚したらいくらでも出来るじゃない。今は逆を味わっておきたいなーって、だから……って、あれ? 兵助? 兵助くんや?」
真っ赤になった挙げ句、その場でしゃがみ込む兵助。仕方がないので
一人称もしゃがんで彼の頭を撫でる。柔らかくて、艶々の髪が心地よい。しかしそれにしても、耳が真っ赤だ。これから朝ごはんを食べるというのに、これではお母さんに疑われてしまう。ちょっと未来の話をしただけなのに。
可愛い可愛い、美人でイケメンで、頭の良い久々知兵助くん。もう大分周りには
一人称たちについてはバレているのだが、兵助がずっとこれだ。
さてはて。一体いつになったらこいつと
一人称は学校で恋人宣言が出来るのだろう。