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    VD/伸びた髪 勝手口を出ると、珍しくレイツが菓子を食べていた。

    「レイツ、それどうしたんですか?」
    「ん?オズウェルか。さっき使用人仲間に貰ったんだよ。美味いぞ」

     食うか?と皿を差し出してくる。渡した誰かの想いを考えて手を伸ばしかねていると、腹立たしいことにお腹の調子を心配してきた。気付いてないんだろうか。

    「今日何日か分かってます?」
    「14日」
    「2月のですよ」
    「そんなの知って、あ……あー、道理で昨日厨房から追い出されたわけだ。これそういう物か?」
    「知りませんよ。渡した状況から自分で推測してください」

     ようやく今日が聖バレンタイン・デーであることに気が付いたらしい。ばつが悪そうな顔をして、菓子の乗った皿を置いた。手を止め、ぼんやりと赤い眼に菓子を映す。渡した意図を図りかねているのだろうか。そういえば、僕が主人様に初めて贈りものをした年には、レイツはまだ居なかった。あの丘であのお姉さんと暮らし始めたのもそう昔ではないようだし、こういった贈り物とは縁のない生活をしてきたのかもしれない。

    「贈り物を貰うのは、初めてですか」
    「……個人への贈り物としては、初めてかもしれない。集団生活をしていた時期は、おまけで貰ったことはあったが」
    「集団生活できたんですね」
    「おい現に今集団生活送ってるだろ」

     レイツはそうため息を吐いて、参ったように首の後ろを撫でた。結論が出たようだ。

    「……あいつには悪いことをした。どの道何か礼をするつもりだったから、3月になる前に返すことにする」
    「気付かなかったふりですか。ずるいですね!」
    「うるせー実際お前に言われなきゃ気付かないまま完食してたんだ」
    「渡す側としては返答ははっきりして欲しいのでは?」

     そう言うと、レイツは塀の外に目線を移した。吸血鬼の気配は無い。ざざ、と風で木々が揺れる。

    「俺は菓子が作れない」

     唐突に何を言ってるんだ。返答に詰まっていると、構わずレイツは続けた。

    「料理は準備なく作り始めても、そこそこ美味く作れる。だが菓子作りは違う。慎重な計量に始まり厳密な工程に従わなきゃできるもんじゃない。見様見真似とか材料がそこにあったから思い付きでとか、そんな適当なもんじゃねえ。一回習得すれば何度でも同じものが再現できる分、魔術の方が簡単だ。料理と菓子作りでは、始まり方から大きく違う。少なくとも、俺とあいつの間にはそんな大きな違いがある。あいつはいい奴だ。いい奴だからこそ、俺みたいな失敗作に付き合わせたくねえ。それに俺はこの生から、……此処に居続けることは許されない。だから、帰りたいとか、そういう気持ちが生じることは避けてえんだ」
    「えっどうしたんですかいつの間にそんな謙虚に」
    「何言ってんだ俺は最初から謙虚だろ」
    「いやいや」

     動揺からか、自分でも軽口にキレがないことが分かる。いつかレイツが居なくなることは分かっていたことなのに。心のどこかで、レイツが改心したと祭司様と主人様に判断され、ここを離れる日が来るとしても、今までのようにすぐ此処に帰ってくると思っていた。でも、それは僕の希望的観測だったようだ。レイツは、此処に帰って来ようと思っていない。楽しく過ごしていると、レイツにとってもここは大切な場所だと。そう感じていたのは、勘違いだったのだろうか。手を握り締める。レイツは再度、僕に皿を寄越してきた。

    「もし、これから先、この家に向かってくる純血が居たら教えてくれ。それが俺の『迎え』だ。この家には何の関係も無い、俺の客だ。……ほら、食えよ。何だかんだ言って、食いたいんだろ」
    「……じゃあ、遠慮なくいただきますね!」

     皿に手を伸ばし、一つ口に入れる。幸せな甘さが口の中に広がった。
     これは密約の契約金だ。人の想いを握り潰す苦さを幸福で覆い隠そうともがいていると、お菓子はあっという間に消えてしまった。苦みは、まだ消えていないのに。

    ____

     ベッドに横たえられたフェアツァオの傍らに少女が座る。柔らかに広がる豊かな金の髪は、暗闇でも仄かに光を放っていた。ゆるやかに胸を上下させるフェアツァオの少しやつれた顔に、少女――フェリシアは彼女が帰った時のことを想起する。

    「ごめん、フェリシア様、クラリス。暫く匿ってほしいんだ。ここのところ、しつこい連中に追われてて……」

     久々に帰ってきた銀弾職人の女は、疲弊した様子でそう言った。日頃から可愛がっている彼女の頼みを二つ返事で了承したフェリシア。もっと気軽に頼ればいいのよ、と労わりつつも、内心フェアツァオの様子に驚いていた。普段は疲れを自分たちに見せない彼女がぼろぼろになって現れたこともあるが、見事な銀糸をベリーショートに保ってきた彼女の髪が肩についていることに、目を見張った。

    「どれほど長い間、追い回されてきたのかしらね」

     フェアツァオの乱れた前髪を桜貝のような爪でそろそろと整えたフェリシアは、少年の気配が消えたその顔を眺める。幼少のみぎりに両親を殺されてから、髪を伸ばしたことのないフェアツァオ。当時から彼女を見守り続けてきたフェリシアも、初めて見る女性がそこに居る。フェアツァオが起きれば、一日も経たずに居なくなるであろう彼女を月から隠すように、フェリシアは窓の厚いカーテンを引いた。
    碧_/湯のお花 Link Message Mute
    2020/01/12 21:44:26

    VD/伸びた髪

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    ##吸血鬼ものがたり
    三冬さん宅オズウェル君とウォード家のメイドさん(仮)
    /フェリシア様クラリスさんお借りしました
    話リスト(http://galleria.emotionflow.com/20316/537486.html

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