言葉にならない足早に部屋を出たその背中に、声を掛けることができなかった。
『あの時、貴方が綺麗だと言ってくれた私を、
閉じ込めてしまいたいと思うほどの私を、――どうか、忘れないで』
そう言ったユーディアの顔は、いつか別れるただの同居人に向けるものではなく。
反射的に、声を掛けようとした。
だが、上手く言葉にならなかった。
何と、言葉を掛ければいいだろう。
「泣かないでくれ」? 泣いてはいないし、ユーディアが思っているよりずっと早く、坊主とスファレの許しを得る前に此処を去る身で言えたものではない。
「また此処に戻る」? ゲシュプの争いに関わって、俺は生き延びることができるだろうか。
「決して忘れない」? そう口にすると、出ていかなければならない日が近付いてしまいそうで、言いたくない。
幾つもの葉が浮いては沈む。声を掛けたい気持ちと裏腹に、丁度いい葉が浮かぶことはなく。
一人になった部屋で椅子を戻し、ふと窓の外を見る。濃紺の空に白く落ちた月が眩しい。息を吐いて、目を閉じた。ユーディアのあの表情が色濃く焼き付いている。閉じ込める前に、飛び込まれたようだ。望みが叶ったのに心が浮かばないのは、きっとその顔が笑っていないからだろう。
「きついな」
笑わせることができないのが、この身に相応しいと自分でも分かる。
だからこそ、この夢のような日々で与えられた一番の罰に思えた。
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三冬さん宅ユーディアさんお借りしました