クローゼットに詰め込んだ クロゼットから溢れだすほどの衣装。名前も知らないような道具に細やかなパレット。壁いっぱいの鏡に映し出される各々の表情は一様ではなかった。子供達は今にも布地に飛び込もうと期待の瞳で待ち構えているし、大の男達は微笑やら苦笑やらを浮かべている。そして静かに佇む女性陣はこの状況を明らかに楽しんでいた。
「今日は皆、お人形さんになりきりましょう!」
ぽんと手を打って華やかに微笑んだピーチ姫の声を合図に、子供達がわっとクロゼットに駆けていく。子供用から大人用まで、西洋から東洋まで、品揃えは完璧過ぎるほどだ。そもそもこの衣裳部屋からして一夜にして創られたものである。此処の創造主は楽しいことには手を抜かない
そしてこの部屋に女性物しか無いのは、これが罰ゲームの一環だからだ。
チーム戦で負けた方が勝った方の言うことを聞くという単純な賭けだった。勝者組に女性が多かったため、彼女達の提案により罰ゲームは宣告された。
それが“敗者は一日着せ替え人形になること”である。
「オッサンのコーディネートは俺な」
にやにやと愉快な様子を隠しもせずに青い針鼠が眼前に立つ。腕には既に複数の布地が抱えられていた。白を基調に灰や黒が入り混じる。
「悪くはしないさ」
そう言いさっさと自分を試着室へと押し込んでしまう。此方の服を脱がそうと伸びた腕から布地を奪い素早くカーテンを引いた。賽が既に投げられたとしても、身体に触られるのはいい気はしない。
手にした衣類の種類の多さにぞっとしながら無言でそれらを身に着けていく。彼がどんな気持ちでこれらを手に取ったのか、過った思考に眩暈を感じて作業に集中した。鏡は敢えて視界に入れないようにする。
「……満足か」
カーテンを開けて吐き捨てた自分を見上げ、衣装係は沈黙した。笑うでもなく嘲るでもなく、白いウェディング姿をじっとりと眺めている。それから小さく溜息を吐いた。
「レディの夢を乱暴に着るのは感心しない、ってとこだな」
ちょいちょいと掌で屈むよう促される。大人しく従えば肩や襟の緩んだ生地をするすると器用に整え始めた。その手はいっそ紳士な程で、何となく此方も沈黙する。
女性と男性では明らかに骨格が違う。子供ならまだしも、成人男性の体型など誤魔化せるものかと思ったが、そもそもこれは罰ゲームであって似合うかどうかは問題ではないのだと考え直した。綺麗な自分など鳥肌が立つ。
考える間にも彼の指は止まらない。頬骨はどうするのかと見ていたら、ロングカールのウィッグで輪郭線を隠してしまった。頭部には透明度の低い白いヴェールを被せ、肩を覆う。女性と比して男性の肩幅は広く出来ているが、ふわりとした布地とウィッグの広がりがそれらを曖昧にさせていた。後姿だけなら、或いは少し大柄な女性に見えるかも知れない。
離れた指先が作業の終わりを告げる。立ち上がる自分を再度見上げた彼は、ふぅんと鼻を鳴らしてからぽつりと呟いた。
「これなら、何にだってなれたかも知れないぜ」
「馬鹿な話だ」
言葉の裏は最初から読む気も無い。ばさりと切り捨てた自分に、少なくとも此処じゃあよく似合ってるよと彼は笑顔で大嘘を吐いた。