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仕事帰りにソニックを拾った。飲酒でもしているのかふらふらと左右に揺れて、へらへらと微笑を浮かべる。実に数年ぶりの再会だったが、ソニックは昨日会ったばかりだとでもいう風に片手を挙げて親しげにシャドウの名前を呼んだ。青い体毛が夜の薄明かりにぼんやりと浮かんでいる。
「シャドウじゃん。はは、相変わらず、綺麗な顔してんなぁ」
そう言うと、彼はするりとシャドウに身を寄せる。のらりくらりと間合いを詰められ、うんざりしたシャドウは踵を返した。疲れているところに酔っぱらいの相手まではしていられない。あからさまに無視したシャドウを意に介することなく、ソニックはぺたぺたと後をついて来る。鬱陶しい。シャドウは隠すことなく舌打ちをする。失態と呼べるほどの失態はしていないはずだ、まだ。それなのに背後の足音は途絶えない。足音に混ざって鼻歌。それに話し掛けてくる、澄んだ声が混ざる。
「腹減らないか、シャドウ。最近何食べた?」
「……」
「お前んちの冷蔵庫見せてくれよ」
ソニックは何がおかしいのかくすくすと笑っている。くすくす。ぱたぱた。そうする内に二人はシャドウの家についてしまった。シャドウはもう諦めて家に上がり込む。追い出す労力も惜しかったので、不機嫌にドアを開けて寝室に逃げた。ベッドに飛び乗って目を瞑る。頭痛がした。手探りでベッドサイドに置いた薬を掴み取る。
頭痛は、今に始まったことではない。錠剤を取り出して飲み込むと、シャドウは今度こそ毛布に包まって目を閉じる。笑い声はもう聞こえなかった。静かなものだ。人が一人余計にいるというのに、全く静かな夜だった。
翌日になっても、翌々日になっても、ソニックはシャドウの家に居た。日中はシャドウが家にいないので、ソニックが何をしているか分からない。夜になるとソニックはふらりと家を出ていなくなることがあった。出て行ったかと思うと、翌朝になって帰ってきたりする。時折傷をこしらえていることもある。金銭を持って帰って来ることもあった。気持ちが悪かったが、ソニックはもう、シャドウの家を根城にして動いているようだった。そしてシャドウは、ソニックを追い出さなかった。ソニックは些か気持ち悪い相手ではあったが、実害は無かったので。実害が伴う程、シャドウは家に居なかったので。
家に帰り、シャドウはソニックの作ったシチューを食べる。ソニックは料理も掃除もしたので、モデルルームの様に生活感の無かったシャドウの部屋は心なしか明るくなった。今日のソニックは、ソファで横になって眠っている。食事はもう済ませらしい。すぅすぅと穏やかな寝息が聞こえてきて、この部屋には似つかわしくないとシャドウは思う。温かいシチューも、深い寝息も、漂う明かりも、全部だ。
「……シャドウ」
「起きたのか」
「俺、生活費入れようか」
世話になってるからと言うソニックに、シャドウは無言で眉を顰める。溜息をついて、不快感を露わにした。ソニックは起き上がりソファの背に腕を預けて、シャドウを見ている。にやにやと笑っている。得体が知れない。気持ちが悪い。
「大体君は、何処から……」
「ヒーローは安いんだ。なんてったって、タダだから」
くく、と喉の奥で押し殺したように、口角をきゅうっと上げて、ソニックが笑う。シャドウは頭痛が訪れるのを感じて奥歯を噛んだ。ソニックの笑い声が神経に障る。ピリピリとしたシャドウの空気に気付いているだろうソニックは、しかし微塵も気にする様子を見せない。
「君は、いつまで此処に居るんだ」
「決めてない」
「適当過ぎる」
「そうだな、うん。じゃあ、シャドウは何かしてもらいたいこととか、あるか?」
笑いながら尋ねるソニックの顔を見る気になれず、シャドウは首を振る。頭痛が形を明確にする。ソニックが笑みを湛える。笑い声が静かに響く。頭痛が広がる。ピリピリ、ぱちん。いらいら、ぐしゃり。感情が泥まみれになって、シャドウは声を絞り出す。奥歯を噛み締める。
「君の……その腑抜けた顔を殴ること、しか、思いつかない」
ハァ、と溜息を吐いてシャドウは口を閉ざした。それだって、行動に移すほどのことではない。追い出せないと言う前に、シャドウはソニックを追い出そうとしていない。好んで傍に置いているつもりは全く無いが、追い出す労力を、言葉を、割いてすらいないのだ。
ソニックは、シャドウの台詞にぱちぱちと瞬いた。それから、ふぅん、と曖昧な声を出す。あっさりと口を開いた。
「なんだ、そんなこと。いいぜ、殴れば。そういうこと、シャドウは好きにすればいいんだ。全然、いいんだ」
ソニックは笑顔でそう言うと、ぼすんとソファに身を投げ出した。シャドウは続ける言葉もなく、ただうんざりとして、頭痛に耐える。ソニックは全くもって自由に振る舞っている。笑い声が耳に残って消えない。シャドウは冷たくなったシチューを口に運んだ。ソファに寝転がるソニックを見ると殴ってしまいそうな気がした。それこそ、内臓が出るくらいに。微塵の容赦もなく。
暴力的な衝動に自らを預けるほど、シャドウは自暴自棄ではない。くだらない。くだらないから、行動に移さない。衝動を奥歯で磨り潰す。頭痛と共に、噛み砕いて、無かったことにする。それなのにソニックはソファに寝転がって、殴れば、なんて。馬鹿馬鹿しい。息苦しい。気持ちが悪い。頭が痛い。思考がぐるぐると巡って正常に働いていない。もう、まったく、駄目なのだ。笑い声は残るし、頭は重いし、ソニックは家にいるし、頭は痛いし、頭は痛いし。
頭は痛いし。