Lose one turn ソニックと名乗る男は博識だった。
彼とは共通の知人であるシャドウを介して知り合った。シャドウと自分は現在GUNで働いている。その日常の最中へと、彼はある日突然文字通り飛び込んできたのだった。賑やかな音を立てて押し開けられた窓に唖然とする自分の前で、青い体毛が風に揺れていたことを覚えている。
逆光になっていた顔が向きを変え、その双眸が自分達を捕えた時のこと。
外壁を五階まで跳んで来た男は、息一つ乱すことなく口を開いた。
「よお」
屈託のない笑顔で挨拶にしては短すぎる言葉を吐いた侵入者に対し、シャドウは平素と変わらぬ冷めた視線を向けていた。その目に説明を求めるべきか迷う一瞬の間に、男はシャドウの腕を掴む。シャドウは、振り払わなかった。それを見て取った自分も、密かに握り締めていた拳を解く。どうやら敵ではない。敵ならば、シャドウが容赦するはずもない。
「こいつ、借りるぜ」
名前も知らない侵入者は此方に向けてそう言うと、半ば引きずるような形でシャドウを窓へと引っ張っていく。そのまま二人が飛び降りるのを自分は黙って見送った。呆れて言葉も出なかった、というのが正しかったかも知れない。シャドウも大概碌でもない男だが、類は友を呼ぶということだろう。
翌日になって帰ってきたシャドウは憮然としていたが、事情を聞く前に「あれは知り合いだ」と答える程度の愛想は残っていた。自分も追及はしなかった。あの青は見るからに面倒な類の人種だった。巻き込まれては堪らない。
それ以来、侵入者は時折顔を見せるようになった。男はソニックと名乗り、シャドウの友人を自称している。シャドウを友人と呼ぶ人間がいたことも驚きだったが、その相手がシャドウとは全く違う性質だったこともそれなりに驚きだった。尤も、あんなのが二人もいたら頭が痛くて敵わない。堅物で冷めたシャドウに対しソニックは奔放で気分屋に見えた。けたけたと声を上げ時には涙さえ流して笑うので、躁じゃないかと疑ったこともある。
ソニックは稀に常識が抜け落ちることはあれ、地歴に強く話題には事欠かない。聞けばシャドウと同じく音速で世界を駆けるという。口調は冗談交じりだったが、派手な登場と彼の知識の根拠を思えば有り得ない話ではなかった。シャドウの知り合いと聞いた時はどんな人物かと訝ったが、今では気の良い話し相手だ。
コツンというノックの音に顔を上げる。扉から覗いた青を認めて声をかけた。
「シャドウならいないぜ」
開口一番そう告げると、彼は忙しない奴だなと声を漏らしつつ室内に滑り込む。音も無くするりと身を躍らせる様は、自然に見えて案外隙が無い。そういうところは言葉を交わすようになってからも相変わらず得体が知れなかった。
「アイツも偶にゃ休めばいいのに」
「アンタみたいに?」
「そう」
からかう此方の口調に尤もらしく頷いて、ソニックは来客用のソファにどっかと腰を下ろす。優雅に足を組んで伸びをする姿は客人とは思えないほど部屋に馴染んでいた。彼は頬杖をついてにやりと口角を上げる。
「この時代の俺は、一回休みだ」
「その言い方、まるで他の時代を生きていたみたいだな」
「はは、まさか」
俺はそんなに長生きじゃないよと彼が笑う。そうだろうなと自分も笑う。冗談のつもりだったし、冗談以上の意味を汲み取る気は無かった。この男なら複数の時代を生きていたとしても不思議ではないと思える不可思議さが、ソニックにはある。何せあのシャドウの“友人”だ。
戦闘訓練を積んだ自分が見ても隙の無い身のこなし。豊富な話題と軽妙な話術。それらの経験や知識を彼が何処で培ったかなど知りたくはない。知って、厄介ごとに巻き込まれたくない。気の良い話相手のままでいてくれればいい。
そんな此方の思惑すら、恐らく深緑の双眸は見透かしている。
見透かして、笑っている。
「シルバーは賢いなぁ、ちゃんと俺達が危険だって分かってる」
「何の話だ?」
「そういうところ。保身が行き届いてる」
嫌いじゃないぜと笑う声に、自分は肩を竦めて気づかない振りをする。指摘の意味が分からないままの自分を主張する。追及しないと決めた以上、ソニックに関して自分が考えることは全て妄想に過ぎない。彼が嘗て何者であったかを知って、自分の身を危険に晒すような真似は馬鹿げている。
知らないことを盾にして自分を守るぐらい強かでないと、彼らは渡り合えない相手なのだ。