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    小指を断つ/繋ぐ


    今日の戦は楽なものだった。敵本拠地である山城に向かって突き進む徳川軍の後ろで、気持ちばかりの後片付けをしながら自隊の兵の指揮を取れば事足りている。
    念の為の斥候と忍からの情報にもそつは無く、至って平和な戦である。この度の遠征軍の総指揮を司っている石田軍の大谷吉継は、思考を止めることが無いよう周囲の地形と状況に気を配しつつ、緊張の糸を程々に緩めていた。
    高い崖に囲まれた山城。本陣までの経路はこの一直線に伸びた谷あいの道しかない。加えてここ二三日の晴天のせいか、昼でも薄暗い雲が空を覆いきっている。攻め難く守り易い構え、尚且つこの具合の悪い空模様であれば、多少なりの籠城をすれば旗色の良いまま立ち回れると思ったのだろう。吉継は今攻め込んでいる城の主の顔は知らなかったが、その思考ぐらいは理解が出来た。そして勝手な決め付けをしていることを意識しつつも、性格悪く口の中で笑った。
    何せこちらは、和平を結ぶ為に、相手側の要望により敢えて寡兵を引き連れてきたのだから、そうならなければ困るのだ。主要街道に近い堅牢な城は後の内政のことも考えれば中々に魅力的な話であり、そのまま手に入るのであればなるべく無傷なままにしておきたい。物言わぬ傀儡であっても主で居たいのであれば、豊臣は(少なくとも半兵衛は)許すだろう。素直にしていれば、名を覚える意味も見出だせない木端こっぱの侯と豊臣のお互いに利がある話だと言うのに。内心で皮肉さを持って憐れみながら、吉継は敵の屍の上を悠々と進んでいく。

    暇潰しがてら吉継は城主の思考を考える。破竹の進撃を続ける豊臣に降る覚悟を決めた城主は、愚かにもその後の振る舞いについて考えた。織田が倒れ、統べる者が不在になった地に豊臣が現れた後、兵数だけであるなら当世最大の徳川軍までもが降ったことでようやく決断に至ったのだろうが、あまりにも遅い。主要な地位は先に降った者達によって既に占められ、唯一の利点と言ってもいい城の価値は諸国との交易湾を持つ三河のせいで若干の見劣りがある。
    しかしながらここで都合の良い条件が一つある。これから自軍が降る先は、力による支配を高唱する豊臣秀吉。武力という力で以って己が存在を示したならば、例え豊臣に降ったとしても一定の優位性を保つことが出来る。言い換えるなら、先に座っている奴を殺せば、その座を奪うことが出来るという単純な仕組みの話である。
    だからこそ例え豊臣を騙すことになっても、効果的な初手を打つことで後の有利を狙った。流石小国なりともここまで生き残ってきただけのことはあると吉継は感心する。だが、この度は不運が二つも重なってしまったのだから、残念と憐れむ他がないとも同時に考えていた。
    一つ目の不運は、より高位の将の首を願った為に和平を餌に少数の派兵を求めた結果が、よりにもよって自分と傘下入りしたばかりの徳川家康を招くことになったこと。二つ目の不運は、その中でも自分がこの遠征軍の指揮官であったこと。不幸の種には不運もあるが、ここまで不運な話も聞いたことがない。例え二百も無い兵であろうと、数多の修羅場を潜り抜けてきた徳川軍の総大将と、詭謀邪謀を旨とする自らであれば何の労苦も無い。文字通り崖上より敵兵の嚆矢を受けた時に、あの堅牢たる山城は廃されることが決まってしまったのだった。
    ゆるゆると輿を進めていた吉継の前に伝令が片膝をついた。徳川は既にほとんど単騎の状態で山城の門前にまで辿り着き、尚も敵軍に降伏を求めているという。やれ暢気な男よなと念の為敵兵の骸から回収させていた弓を前線へ運び、矢を以って徳川を援護しろと伝令と供回りの者に伝える。和議を結ぶのだから必要は無いだろうと高を括っていたあの腹立たしい笑顔の記憶に、それ見たことかと応じていた吉継の目がふとあるものに止まる。
    立ち去った伝令の数歩後ろに何かがある。自隊の兵達の位置を気配で察しながら安全を確認した吉継は、輿を地面まで近付け、それを拾い上げる。

    それは指であった。節ごとの長さと爪の大きさから考えるに、恐らく小指。
    古傷の終点が爪より右になっているものが多いのを見れば、右手のそれであると想像がつく。ここは小さいとはいえ戦場であり、死体のものかそうでないものかすら見分けの付かない四肢の切れ端がそこらかしこに落ちている。故にこの小指に違和感を感じる理由は無い筈なのだが、というところまで考えたところでようやく吉継はその答えに気が付いた。
    古傷が多過ぎる。山城の主は専ら籠城戦を好み、その軍にも主だった武勲を持つ者は少ないと伝え聞く。先行する徳川軍兵は寡兵ではあるがそれだけに腕が立つ者を揃えたとは聞いているが、ならばここまで指に傷を負っていて生き残れるものかと問いたいほどに大小の傷が深々と肌に刻まれている。もしやと吉継の脳裏にある仮定が浮かぶが、それを問うには遅かった。身中に生じたざわめきを誤魔化すように、吉継は斬り落とされた小指を右手の内に握り込み、少しだけ自隊の進行速度を速めた。


    通された広間の向こうに葵紋の頭巾を被った男が黙って立っていた。その足元には城主らしく腹回りばかりが勇ましい中老と、その前に突き立てられた錫杖頭の穂先があった。
    中老は流石に身を正して座していたが、担ぎ手の居ない輿を宙に浮かせて現れた吉継の姿を見て、明らかに挙動不審な様を見せる。呆然、その後の驚愕。そして戦慄。病を得て久しい吉継にとっては見飽きた反応であり、その後の処遇を含めてこの男にさしたる興味は無い。問題は、とその白濁の眼を手前に移す。
    吉継の視線を催促と見たのか、男は視線を床に向けたまま訥々と口を開く。刑部、と初対面から馴れ馴れしかった金衣の男は、特に繕う様子も無く騙る・・
    曰く、この者は豊臣の力を恐れたのだと。例え少数であっても、武功に依ったその威容に戦き、このような失態を犯したのだと言う。無論それが本心であると信じている者などこの場には一人も居ない。嘘を嘘と知っている者しか居ないこの場でそれを騙る豪胆さに、吉継は一種の感銘すら受ける。
    そこで吉継は問うた。『ぬしは如何なる処遇を望む』。参じた年月は浅けれど、若齢の頃から乱世の豪雄の間をまるで波間に漂う藻の如く強かに生き抜いてきた男である。何故この城に自らが向かわされたのか。何故同伴した豊臣軍の将が刑部少輔たる自分であったのか。それが分からぬほどの暗では無かろうと、ある意味では結論の見えていた問い掛けであった。
    吉継の意図を理解しているらしい葵紋の男は、一つ間を置く呼吸を挟んでから、片手で頭巾を外し片膝と拳を突いた。『どうか寛大な処置をお前からも献言して欲しい』。自分より年若な猛将の、健気立てした振る舞いに、背後の世間知らずの爺が慌てて頭を額づく。吉継の前には勁健な襟髪と俗臭の棘髪が並べ置かれる。
    馬鹿馬鹿しい、と吉継は内心にて吐き出す。嘘一つ己が身で貫き通せぬ微塵を庇うて何とする。口喧しいばかりの無能を削がずに何とする。喉の辺りから迫り上がる苦味が口の中に広がり、思わず吉継は目と口を歪ませる。
    恩を売ることすら無駄に思え、吉継は男の懇願に応えず背を向ける。待ってくれと尚も追い縋る声に半眼を返し、『われは数のみ伝える、献言したくばぬしがせよ』とだけ告げる。自分に向けられた右腕が引き攣ったように硬直し、やがて拒絶を示すように震えながら戻る一部始終を吉継は見つめていた。
    刑部、と数多の感情が入り乱れた声色が寒々しい板間に響く。吉継は力無く降ろされたその右拳を眺めた。握られた形のまま白布で覆われたそれの内にある、男の欠けたるものを眺めていた。



    雨が降り始めた。戦場の熱を全て奪う陰雨が、兵を引かせた後の荒れ地に降り注ぐ。
    しろがねの男は慟哭する。神にも等しい偶像を裏切り、絆などという有りもしないものを掲げて逃げ去った男の名を叫ぶ。最早誰の耳にも届かぬ怨嗟をその傍らで聞きながら、吉継は丘を登り切る前に見た空の黒点を思い起こす。
    力によってこの乱世に秩序を与えようとした豊臣秀吉は倒された。歪ながらも纏まりかけていた日の本は再び混乱に陥った。だがあの男はそれを分かっていた。分かっていたからこそ、機を逃さず身を起こした。
    賢人・竹中半兵衛が没して数月。当然の様に転げ落ちる綻びを逃すことなく掴み取り込み、先が見えたのだろう。吉継にもまざまざとその姿が見える。甘言を呈しては紙にもならぬ小草を掻き集め、その首を互いに紐で結い合う滑稽な様が見える。それこそが絆なのだと宣うあの白々しい面を思い起こす度に反吐が出そうになる。
    ならばこれは何か。これに何をしてみせたのか。尚も亡き威光をいだきながら、哀惜と妄執に囚われてしまったこの男は、あれにとって一体何であったのか。そう思いながらも吉継の脳裏にはあの日よりの光景が断片的に浮かんでいた。
    男は槍を捨てた。小指が落ちた手では十全に振れぬと理解したからだった。それでも男は戦に向かった。それが目標へ到る為の唯一の道だったからだ。
    やがて右手は戦の度に黒で覆われるようになった。握り込めぬ拳を革と黒鉄で固めて振るい、目標までの最短手を選んだ。その最中に豊臣は天下を獲り、最大の懸念事項だったであろう半兵衛は死んだ。目標までの道程は更に加速し、変化を求めぬ銀の男は振り落とされた。
    そう、あれは落とすことに未練が無い、無くすことに躊躇いが無い。それは狂気と呼ばれる類のものであったが、元来自分の身以外に興味が無い有象無象にとっては都合の良い空木うつろぎであった。それはあの日、指を落としたまま進んだあの時から分かり切っていたことなのだと考えたところで、吉継は自分の眉間に皺が寄っていることに気付く。
    額を親指で押し広げながら、吉継は輿の下の様子を見る。何もしなければこの銀はいつまでもこの場所で亡骸と共に悲劇の海に沈んだままになっていることだろう。巨躯の熱が完全に失われるまで留まることは別に構いはしないが、雨に打たれた痩躯が熱を発して動けなくなるのは惜しい。その身を燃やして尚余りある劫火を日の本全てに齎せねば我が望みは叶わぬ。吉継は言葉を少し考えてから、考える必要も無かったことに思い出して、目の前の男に向けて口を開いた。

     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



    晴天に轟く喊声が、左右から止めどなく雪崩込む。盾の上から差し込まれる槍をどうにか圧し折りながら、頭上からの弓撃に備えるように下達する。しかし敵兵数およびその勢いは強く、一方的な状況に陥っている。
    崖上から降り注いだ丸太群によって後衛隊と分断された徳川隊は、総大将である家康の指示により咄嗟に方円陣を組み、突如現れた伏兵に対応することが出来た。敵の猛攻をどうにか捌きながら、家康は周囲の状況を再確認する。
    今のところ自隊に被害は無い。しかしながら和平の申し出を受けに行く最中の敵襲であり、そもそもの兵数に差がある。僅かばかりの木々の合間からこれだけの伏兵が現れたとは考えにくいとするならば、この近くに地図には載せられていない獣道があるのだろう。もしそうならこの者達はこの辺りの地理に詳しいことになり、下手な退路は選べない。しかしこれ以上この場で戦っていても消耗するばかりであり、急ぎこの場を離れなければならない。後ろの大谷隊はまだ丸太の向こうに居る。距離は多少あるが駆ければすぐに合流出来る。幸いなことに敵兵の動きは拙く、戦慣れしていないことが分かる。家康は視界の範囲の情報を全て浚うと、状況を打破する為の采配を振るう。
    「ワシが敵兵を引き付ける! その隙に大谷隊と合流し、丸太を壁にして退路を守れ!!」
    家康様と無茶を諌めようとする叫び声が聞こえたが、家康は全て無視して進行方向の一番端に居た兵の背中を駆け上る。そして槍を振り上げ、落下の勢いに体重を乗せて穂先の平面を地面に叩きつける。
    着地地点には誰も居ないが、衝撃波と突風が巻き起こり、耳を劈くばかりの大喊が一瞬だけ止まった。その好機を逃さず、家康は声を張り上げて挑発する。
    「それがし、徳川家康! 奇襲が卑怯だとは言わん、だが将としてこの首を取るならば各々名乗りを上げよ!」
    敵兵の間にどよめきが走ると同時に徳川隊は一斉に退却する。かかったと家康は即座に槍を振るい、円形の飾り部で叩き飛ばすようにして敵兵を打っていく。年少の時とは違い、腕力が増した今では円部で撲るだけである程度敵を無力化出来るようになった。槍術の教え手である忠勝は家康と同じ年頃の三成と共に別の講話先へ向かっており、助力は求められない。ほんの少しの心細さを成長と経験で奮い立たせ、家康は丹田の底に息を落とす。
    敵兵の視線はほぼ全て自分に集中している。殺さず死なせずと口の中で唱えながら、家康は自隊よりも多い敵兵を前に槍を握り直した。


    殺さない、ということは敵が減らないことと同義だった。そして数とは力であった。
    槍が折れたならば刀を、刀が折れたならばその辺りに転がっている折れた柄を。囲まれはしない様に立ち振る舞いながらも、流石に減らない敵を相手に戦うものは辛いものがある。数度干戈を交えて地に伏させた者も少なくはないが、それでも数が多い。前もっての半兵衛の情報では、和平を結びに行く先の城の兵がここまで居るとは聞かされていない。むしろ僅かに交わされる兵の言葉を聞く限りでは、目的の山城の主と対立している近隣国の軍であるように思える。山城の主が豊臣と結ぶのを阻止する為か、はたまた山城の主と共謀してのことか。後者ならば複雑なものだと考えつつ、家康は穂先を払った勢いに反するように手首を返して、右から来ていた兵を薙ぎ払う。
    槍二本分の距離を置いて、残りの兵達と睨み合う。数は三十か四十程度。両脇からの兵の補充が無くなったことを見ると、ここを凌げば進むも退くも自由になるだろう。体力にはまだ余裕がある。中段に構えて呼吸を整えながら、家康は視線で敵を牽制した。敵は明らかに怯んでいる、押し通るのなら今だと確信した家康は一歩前に踏み込む 。その瞬間だった。
    背中にぞわりと悪寒が走る。だが始動した体は止められない。家康は背後の気配を打とうと、強引に腰を起点にして槍を横回転に回す。狙い通り完全な背後に立っていた兵を叩くと、その反動で穂先を上げることに成功する。が、前方の敵にはその一連の対応は全く見えず、家康は完全に一手遅れた形になる。大上段に構えられた敵将の刀は家康の突き手である右手を狙う。そして裂帛の気合と共に刃が振り下ろされた。

    何かが潰れて弾ける音を聞いたが、家康はそれが自分にしか聞こえていないことを理解していた。すぐさま意識の全てを眼前の敵へ向ける。滑り落ちかけた槍を左手で強く握る。右手を視界に入れず、気休め程度に握り込もうとする。
    握れない。流れ出た血が手の平を濡らすばかりであると察した家康は覚悟を決め、利き手とは逆に握った柄を腕に沿わせる形で穂先を地に向けて低く態勢を取る。そして意識して深呼吸を一つする。慣れた痛み、何処かで味わった痛みだと、遅れて来る激痛に備えながら、それを払う為にも槍を振るおうとした。
    刹那。突然敵が宙に舞った。まるで突風に煽られた落ち葉のように吹き上がった様は、それを真正面から見ていた家康にとってすら唐突な光景であり、理解が追いつかない。ましてやそれを受ける羽目になった敵兵は驚きのあまり身動き一つ取れない。
    次々に浮かび上がっていく敵兵が、やがて何かの力によって下から押し上げられていることと、その根本にある白に気付いた時にはもう遅かった。敵の群れを中央から割くようにして、八つの珠を背にした吉継が現れた時には、既に敵兵の半数が道の両端に散らばり落ちてしまっていた。忘れかけていた援軍を目の当たりにした家康は反射的にその名を呼ぶ。呟き程度の声量ながらも聞き取れたらしい吉継は家康へ視線を向けると、明らかに表情を歪めた。
    家康が吉継の表情の変化に気付くのと、怒濤の鬨がその後ろから上がったのはほぼ同時だった。辺りの敵兵が次々に再編された小隊に取り囲まれて倒されていく。白と芥子の揃いの鎧が入り混じる様は、しばらく自軍のみでの戦いを続けていた家康からすれば見慣れない光景だった。
    退かせた兵達を取り纏めて陣形を組み直し、自分の救援に入った。それだけの時間を作った覚えは無い。精々態勢を整える程度の時間稼ぎしか行っていないのに、とまで考えた所で家康は数間先に居た筈の吉継の姿が無くなっていることにようやく気が付いた。
    形勢は一気に豊臣方の優勢に傾き、意識のある兵の中では這う這うほうほうの体で逃げ出す者も出ている。今の内に進むか退くかを決めなければと家康が左右に首を振って宙に浮く輿を探すと、信じられないことに吉継は地面に手を伸ばして何かを拾っているところだった。
    吉継の行動が理解出来ない家康は、周囲に体の空いている敵兵が居ないことを確認してから駆け寄る。奇襲の状況、隊の消耗、進軍の可否。豊臣の名代として指揮を執る吉継へ尋ねなければならないことは山ほどあった。中腰の位置に居る相手に合わせて身を屈めた家康は、刑部、と口を開きかける。しかしながらそれに対する反応は家康の思考の範囲外だった。

    『噤め徳川』。その言葉と同時に口内に何かが押し込まれる。家康は突然舌上に現れた硬質な感触に目を見開き、本能的に吐き出そうとするが、包帯に覆われた左手がそれを許さない。すかさず家康は吉継の左手首を掴むが、抵抗が無い代わりに両頬を掴む力は変わらなかった。
    家康は喉を締め、口の中の物質を飲み込まないようにする。舌先と歯に砂利特有の不快感が張り付き、血生臭い匂いが目元にまで抜ける。噛み切れないほどの質量があることを考えると毒や薬草の類いでは無い。もしやこれはと家康が思い至る前に、吉継は視線を家康から自分の手元に向けた。
    吉継は座している輿と草摺の間から矢立と寸胴の短冊を取り出す。そして紙を浮かばせて固定すると、深く長い息を吐き出しながら筆を滑らせた。
    耳に僅かな声量の呪言が届く。信心深い家康ですら聞き覚えの無い連続した声音は、白布の先が綴る黒墨の跡に堆積していく。常人ならざる白眼を伏せつつ呪符の浄書を行う吉継が纏う気配は緊迫そのものであり、家康は思わず息を呑む。
    紙の全面に不可思議な文様を記し切った吉継はもう一度深呼吸をしてから、放り出すように座面へ筆を置く。そして左手の力を緩め、家康に口を開くように促した。吉継の行動に気圧されていた家康はその示唆通りに顎を開ける。
    そして予想通り、口の中から自分の落とした指が取り出された。家康は最早何も言わずに吉継が行う行為を見つめていた。
    籠手布の無い右の手の末に元あったように小指を並べ、その上を呪符で覆うように巻き付ける。それを左手で押さえたまま、吉継は右手首から伸ばしていた包帯の端も同じように巻き、一度結ぶ。そしてその箇所から徐々に指先へ向けて布をずらし、第一関節の下までを封ずる。そして口元を寄せると、歯で細い帯を裂き千切った。
    今度は指先側から左手首の白布を巻き付ける。弛まないよう強めに締められた結び目は傷口を揺らす。家康は思わず呻き声を上げかけるが、何とか喉奥で耐える。だが吉継はそんな家康の様子を気にする素振りすら見せず、先とは逆方向に向けてただ淡々と包帯を巻いた後、余った部分を歯で千切り取って最初の結び目の下に入れた。
    手際良く巻かれた包帯の下の小指に感覚は無い。しかしながら切断されたのは第二関節の真下辺りの為、拳を作ろうとすれば隣の指につられて何とか握り込むことが出来た。槍を突くには不十分だが、薙ぐ程度であれば問題は無いだろう。呪符の意味は分からないが一旦礼を言おうとした家康だったが、先に吉継が口を差し挟んだ。
    「このまま進むぞ徳川。山城の主に聞くことがある。」
    「ではこの奇襲は」
    「ぬしも分かっていようが、これは目的の軍の者ではない。奇襲の主に関しては今われの隊の者に捕らえるよう命じておる。呉越か否かは突き合わせれば分かろ。」
    「ワシらが先に進んで間に合うのか?」
    「さてな。どちらにせよ行き着く先は変わらぬ。数は少ないが、ぬしを頭に鋒矢ほうしかたで進む。良いな?」
    「ああ分かった。」
    吉継の提案に家康が即答すると、何故か吉継は些か驚いたような瞳を向ける。視線に気が付いた家康が目を合わせようとすると背けられた。よく分からないながらも進軍の方向が定まった家康は声の張れない吉継に代わって一先ずの戦闘を終えた兵達を集結させ、現状の報告を命じる。
    負傷した者は数名居るが、怪我の部位が腕や肩などの上身かつ軽傷であり、自力での移動は可能である旨を受けた家康は全員での行軍を選択する。そして怪我人を別にすると、まず徳川軍の者を魚鱗に組ませ、大谷隊をその後ろに縦列に置いた。
    それから後備えに吉継を入れて、その周囲に怪我人を配する。負傷者がなるべく戦闘に深入りすることが無いようにする意図を読み取ったらしい吉継は、指示を終え鋒矢の先端に向かおうとする家康に届くか届かない程度の声を発した。家康は振り返り、ようやくその色彩が逆転した瞳を見る。
    「ぬしは先の襲撃、どのように見た?」
    「……呉越の件か?」
    家康の問い返しに吉継は無言で頷く。隊形の移動にはまだ少し時間が掛かると見越した家康は胸の前で腕を組みながら答える。
    「そうであれば……複雑だな。脅威によっても結ばれるならそれもまた絆だろう。」
    「そうか。ならばぬしはこれよりその絆を割くと。」
    「……そうならないようにするのがワシの役目だと思っている。」
    「余計よな、ヨケイ。恐怖によって結ばれた者は恐怖により別れる。ぬしが手を出し口を出すだけ無駄よ、無意味よ。われは関わらぬことを勧める。」
    含み笑いを隠さず言に載せる吉継に家康は眉間の皺で答える。しかしながらその言葉の正しさを知っている家康は、上腕に掛けた右手に力を入れて小指の根に響く痛みを身に刻む。
    やがて陣形が完成し、吉継はそれ以上何も言わずに位置に付く。家康は溜息混じりの深呼吸をしてから、進軍の先端に向かって駆けた。



    「背丈ばかり大きくなったものだとばかり思っていたけど、僕は君への評価を改めなければならないようだね。」
    筆を置いた半兵衛が座したまま振り返り微笑む。それを伏せた面で受けた家康は、気付かれないように太腿の上に載せた右拳を握り締めた。

    結局、あの奇襲は山城の主が謀ったものであり、不仲であった近隣国の戦力も削ぐ一挙両得の策として実行したものだった。
    豊臣が攻めてくると嘘の噂を流した上で、敵の敵は味方として手を組んだ。そして嘘が露呈しないようにわざわざ敵である隣国の軍に自分の身内を送り込んでまでして信用させた上で突撃させた。
    だが、隣国の主も完全に信じた訳ではなく、豊臣方にまるで損害が出ていないことが分かると直ぐ様兵を引いた。結果、あの後の追撃は無く、家康と吉継の隊はほぼ遺漏なく城に辿り着いた。
    当初、山城の主は豊臣との和平を阻止するべく隣国が動いている旨の主張をしていたが、吉継が差配した別働隊が隣国の主が連れて現れたことで計略が破綻した。切迫した事態の為に手を組んだとは言え、互いに疚しい所がある同士の悶着はやがて激しい罵倒の応酬へと発展する。
    吉継に命じられ、大広間の隅に並んでそのあまりにも聞くに耐えない口争いを見ていた家康は、痺れを切らして仲裁を入れようと立ち上がりかける。しかしその瞬間、興奮しきった山城の主が刀を抜き隣国の主を斬り殺してしまった。そして隣国の主も最期の力で相手の首に短刀を突き刺した。
    瞬く間もなく、肩口と首から大量の血を噴き出している死体が二つ目の前に転がる。中途半端に身を起こしたまま呆然とその光景を見つめることしか出来ない家康の耳に、引き攣ったような笑い声が届く。そして『言った通りであろ』と嘲笑う言葉が続いた。
    言った通りであろ。恐怖によって結ばれた者は恐怖により別れる。ぬしが手を出し口を出すだけ無駄よ、無意味よ。家康が隣の吉継に振り向けば、侮蔑に満ちた譏笑と、歪んだ笑みに曲げられた白眼が積み重なった屍を見つめている。この場に自分と吉継を向かわせた半兵衛の意図をようやく理解した家康は、ただ立ち尽くして歯噛みすることしか出来なかった。

    感情を無理矢理薄めた家康からの報告を紙上に纏めながら、半兵衛は軽い口調で尋ねる。
    「そういえば大谷君は一緒じゃないのかい? 佐和山で何かあったとは聞いてないけど。」
    「刑部……大谷殿は隣国の主の『後処理』をするということで、山城を出てからは分かれて行動しています。報告の為に一先ず我が徳川隊が先に大坂城へ戻った次第です。」
    「そう。降ったばかりの君に配慮してくれたんだね、大谷君は。」
    案外優しいんだね彼は。付け足されるように呟かれた言葉と、先に見たあの酷薄な笑みが繋がらない。書をしたためる為に再度背を向けた半兵衛に悟られぬよう、俯いたまま家康は顔を顰めた。半兵衛は気付く素振りすらないどころか、唐突に喜色を含んだ声で家康に話し掛ける。
    「そういえば忠勝君だけど、彼の力はやはり素晴らしいね。三成君と組ませると本当に向かうところ敵無しだ。これから布陣を考えるのが楽しみだよ。」
    「……勿体無きお言葉。」
    家康の謙遜に半兵衛はくすりと笑う。家康はその笑みに含まれる追懐を理解していた。数度相対した年少の自分と、軍門に降った今の自分を比較すれば笑みの一つや二つあったところで不思議は無い。家康は半兵衛のそういった部分を苦手にしていた。
    しかしながら半兵衛は然程家康を苦手にしていないようだった。むしろ眼中に入れられていないと考えるべきだろう。秀吉以外の信条も心情も省みる所が無い部分は初対面の頃から何も変わってはいない。だからこそ豊臣はここまで強大になったとも言える。石どころか岩さえ穿つほどの信念と執念をこの細身に宿して采を振るい続ける稀代の軍師に、家康は細やかな敬意と著しい警戒を抱き続けていた。
    「さて、特に大きな損害も無いようだし、その隣国のことも含めた詳しい話はまた大谷君に聞くとしよう。今晩はゆっくり休むといい。下がりたまえ。」
    「ご配慮痛み入ります。」
    家康は結局半兵衛と視線を合わせないまま、執務室から退く。音無く襖を閉めて、近くに控える近侍達に分からぬよう溜息を一つ吐いてから、階段へ向かった。

    憂鬱な気分を抱えたまま家康が階下に着くと、何やら慌ただしい雰囲気であった。その中に藤色の戦装束を見つけた家康はようやく安堵を得た気持ちで歩み寄った。
    「三成、お前も戻っていたのか。」
    「当然だ。半兵衛様より一昼夜中の対応を命ぜられた以上、私はそれを―――何だそれは。」
    「っ!?」
    些細な問い掛けにいつもの生真面目な返答をしていた三成が、突拍子も無く自分の手を持ち上げた。そしてその瞬間忘れてかけていた衝撃がその手に走ったことにも家康は重ねて驚いた。半兵衛には兵にも将にも損傷がほぼ無いと報告していたが、自分の指が落ちていたことをすっかり忘れてしまっていた。思い出すとじくじくとした疼痛が小指の末に点り、家康はようやく手当の礼を言っていないことを思い出した。
    「いや……実は今日の交渉に向かう際に奇襲を受けてしまってな。少し怪我をしてしまったんだ。」
    「手当したのは刑部か。」
    「えっ、何で分かるんだ? ワシまだ何も言ってないぞ?」
    「それを見れば分かる。その幅の包帯は刑部か刑部の隊にしか支給されていない。そして結び目を最小限にして端を中に入れる方法は刑部の癖だ。」
    三成から言われた通り、二重の上部に巻かれた白布の端は最初の結び目の下に入れられている。それだけで分かるのかと家康が感心していると、三成は近くに居た小間使いから受け取った手拭いで手甲の血痕を拭いながら続けた。
    「珍しいこともあったものだ。」
    「何がだ?」
    「刑部が私以外を加療したのは貴様が初めてだ。」
    「……『案外優しいところもある』か?」
    「刑部が私を加療するのは、私が秀吉様の左腕としての務めを十全に果たせるようにする為だ。優しさなどという稚拙な感情では無い。貴様とてそのような状況に陥ったからこそ、刑部が加療が必要と判断したに過ぎない。」
    先刻感じたばかりの違和感に明確な回答が飛ぶ。情を知らず論理で生きる三成らしい言に家康は苦笑いを含めた溜息を吐いた。
    「刑部はワシが豊臣に必要だと判断したということか?」
    「それは秀吉様と半兵衛様がお決めになられる事項だ。刑部はそれに従っている。」
    「何故そう言い切れるんだ?」
    「貴様は何が言いたい。刑部は豊臣の臣だ。刑部に限らず豊臣に属する全ての者は秀吉様と半兵衛様の御言葉に従う。当然の話だ。そのことに何の疑問を差し挟む余地がある?」
    三成の研ぎ澄まされた眼差しに苛立ちの色が閃く。これ以上は話していると口論になると理解していながらも家康は口を出さずには居られなかった。
    「三成……何度も言っているがワシは秀吉殿と考えを異にしている。軍門に降った限り命には出来る限り従うが、ワシの信条に反することは抗う。お前も」
    「貴様の信条など知ったことではない。豊臣に在するのであれば貴様も秀吉様方の御命令に従い行動しろ。御二方が求められるのはそれだけだ。そこを退け、私は半兵衛様へこの度の遠征の御報告をせねばならない。」
    三成は血で斑になった布を家康の胸鎧に押し付ける。家康は昼に浴びた城主達の返り血のことを思い出し、言葉に詰まる。その家康の反応を見向きもせず、三成は足早にその場を離れていった。


    通り掛かった三成の小姓に手拭いを返した家康は、大坂城に登城した際の定宿へ戻る為に外へ出た。秋晴れの夜は少し肌寒く、後数日で満ちる月は地面を薄い白に塗り潰している。夜番の兵に軽く声を掛けてから門を出た家康は、ふと熱の残る小指を見た。
    山城での別れ際、三日三晩はこのままにしておけと告げた吉継の姿が頭を過ぎる。何の感情も籠もっていないあの瞳は確かに三成が言う通り、豊臣に必要だと判断してのものだったのかも知れない。半兵衛の言う通り、帰順したばかりの自分に配慮して先に大坂へ戻らせたのかも知れない。そうなればあの男は、あの大谷吉継という人物は、将としてかなり優秀な部類に入るのだろう。
    だが人としてはどうだろうか。あの城主同士の争いをただ黙ったままで見つめ、その結果が目も背けたくなるような惨状になったというのに。足を止めた家康は左手で小指を握り締める。
    あの男は笑っていた。互いの不信が齎した不幸を嘲笑っていた。それを糺せる立場に居ながら何もしなかった。まるで闘鶏を見るかのような笑みでただ見ていただけだった。一人でも多くの人間をこの戦国の世で生き延びさせたい家康にとっては理解し難い行為であり、許し難い思想だった。
    籠手布で覆われた左手では包帯の下の紙までの感触しか伝わらない。いっそのこと結び目を解いてしまおうかという衝動が心に浮かぶが、昼に感じた激痛が引いている事実がそれを押し止める。
    何であれあの男は自分を救ったのだ。混乱する他軍の兵を一瞬の内に取り纏めるだけでなく、急遽陣形を組み直し窮地に陥った自分を救った。そればかりか斬り落とされた指を手当した。例え思想が合わぬ相手ではあっても、受けた恩を忘れてはならない。冷静になれと自分自身に言い聞かせながら、家康は左手の平に右手を重ねた。
    白磁の光に色は無く、黒の指から落ちる影は長い。影に隠れた小指の白布をしばらく見つめた後、家康は両手を解いて再び歩き出す。一先ず三日後に佐和山へ行こう。出会すであろう三成の小言をどうするか考えながら、家康は幾望の夜道を進んでいった。




    刑部入るぞ、という声と共に襖が開く。眠れないながらも瞼は閉じていた吉継はやれやれと仕方なく目を開いた。
    不躾な入室者は吉継の枕元に座ると、手にしていた紙束をその傍らに置いた。吉継が顔を横に向けると、目の前が積み重なった紙で埋め尽くされた。
    「何用か三成。見ての通りわれは寝込んでおる。」
    「体には安息が必要だろうが頭は暇だろう。臥せたままで良い、私の問いに答えろ。」
    「やれ選ぶ余地すら与えられぬか、御城主様は無慈悲なことよ。」
    「私に慈悲を求めるのか? 相当に疲れていることだけは理解してやる。」
    そうとはついぞ聞こえない三成の軽口に吉継はヒヒヒと薄く笑う。そして許可は得たので、床に身を預けたまま三成からの問い掛けに答えることにした。
    遠征に伴って積まれていた各種の書状を機械的に、そして迅速に処理していく三成の姿を眺めていると、時折問いが飛んでくる。やれ夏前の土砂崩れ対応の為の普請が仕上げ段階に入っているが、木柵の高さは報告書通りで問題無いか。やれ今年の収穫に対する税率は昨年を踏襲すべきか調整が必要か。
    軍事いくさごとでは脇目も振らず大将首へ一直線へ駆けていくばかりの男ではあるが、それ以外では度が過ぎるほどの几帳面と生真面目で組み立てられているのが石田三成という人間であった。巧緻な玻璃細工にも似たその明瞭で鋭利な立ち振る舞いは、誠実に生きている者には冷たくも優しく、そうでない者には不都合かつ厳しい平等として佐和山の民へ授けられる。
    胸に抱く大一大万大吉の言葉に決して背くことのない公明正大なまつりごとは三成抜きには成立し得ない。故に吉継が行うものは助言に過ぎず、大抵の場合専門的な内容を除けば、三成の考案を肯定することが殆どだった。
    今回も普請周りの数字に口を出しただけ終わった吉継は、それでも自分という第三者の視点を律儀に毎回求める三成の公正さを愉快だとすら思っていた。例えもし自分が何かの私利の為に間違った答えへ進ませようとしても、三成はきちんと自分で計算した上で正しい道へと戻っていく。そして言うのだ、『働き過ぎならさっさと休め』と。
    三成は疑わない。自らがそうであるように、この大谷吉継という男も豊臣秀吉の御為に生きているのだと信じている。そしてそれ故に、秀吉が信頼する半兵衛に認められている自分を無条件で信用している。三成にとって正しさとは秀吉と半兵衛そのものであり、その責は二人を信仰する自分に課せられるものだと当然のように受け止めている。愉快なものだ、と吉継は思っていた。

    「ところで刑部。」
    「次は何だ。」
    「今寝込んでいるのは家康を治癒したせいか。」
    そんな気を抜いていた瞬間に限って、思ってもいない方向から三つ羽の征矢そやが飛んでくる。二の句を継げ損ねた吉継は内心の動揺を隠しながら三成の様子を伺うが、その目は残った書状の比較に向けられており、不幸中の幸いだと胸を撫で下ろす結果になった。
    「何故そう思った。」
    「貴様が戦の後に寝込むのは戦場で私を治療した後だけだ。此度の遠征では貴様の加療を受けていない。大坂城にて家康に遭遇した際、奴から手当を受けた旨聞いている。」
    淡々と答える三成に吉継は深い溜息を吐く。確かに術を用いて治療を行うと自分の体力をそのままそちらに振り向けてしまうことになる為、戦が終わって佐和山へ戻るといつも寝込んでしまっている。その因果関係については悟られていないと思っていたが、案外この男は敏いらしい。
    だが同時に、その鋭さが機微に繋がるかと言えば必ずしもそうでないことを吉継は把握していた。念の為、吉継は釘を刺しておくことにする。
    「それはアヤツに言っておらんだろうな。」
    「どれのことだ。」
    「われが今寝込んでおるということと、治療をすると寝込むということよ。」
    「貴様も分からんことを言う奴だな。貴様が寝込んでいるのは今佐和山に帰ってきて初めて知ったというのに、どうやって家康にそのことが言えると考えた?」
    「そうか、ならば良い。そして今後もその旨はアレに言うな。」
    「何故だ。」
    口止めの理由を求められた吉継は一瞬その意図を考えかけて、ただ単に理由が必要であるだけだと思い直す。そしていつもの軽い口調で続けた。
    「恩は着た者と着せた者だけが知っておれば良いのよ。」
    「貴様は家康に恩を着せたつもりで居るのか。」
    「左様。何せ着けねばアレはいつまでも小指を落としたままよ。指切り一つ出来もせぬモノに成り下がるところであった。」
    「……私にはよく分からんが、貴様がそう宣うのであれば従おう。」
    やはり三成は疑わなかった。それでこそぬしよなと考えながら、吉継は笑い混じりに返す。
    「オォ三成よ、恩に着るぞ。」
    「私は着せた覚えなど無い。意味の分からんことを言うな。」
    じろりと三成の目が吉継を睨む。日常よなと薄く笑いながら吉継は視線を天井に向けた。
    秋晴しゅうせいの陽射しが障子越しに溢れる部屋は、いつまで経っても慣れない穏やかさに満ちている。落とされた者だけが存在するこの安寧が吉継の居場所であった。


    蓑虫@2/3CC福岡O53b Link Message Mute
    Mar 15, 2019 5:53:04 PM

    小指を断つ/繋ぐ

    ※損傷・欠損注意 家康が豊臣に帰順したばかりの時期かつ原作ではない世界線
    というか家康の小指が吹っ飛んだ世界線で刑部がどうだったかという題名そのままの話。ただの趣味です。
    ぶっちゃけ最後まで読んで頂けると分かるんですけど、これで家吉のつもりなんですよ私……エピローグ完全に三吉じゃんとは自分でも思います。でも家吉です(圧)
    何て言うんすか……刑部身内激甘男なんで滅茶苦茶優しい(完全無意識)のに、所詮豊臣の常識に過ぎない優しさだから家康が微塵も分かんない(どころか受け入れがたいぐらいに思われてる)みたいな感じなんすよ……半兵衛は家康が嫌いだから嫌がらせに甘やかしてると思ってて、三成は作中通り秀吉様の臣だからで片付けてる……刑部が家康に複雑怪奇な感情抱いてるのは公式だと思ってるんですが、家康が刑部に複雑な感情を抱いててもいいと思う……個人的な願望です……。

    #戦国BASARA #家吉 #大谷吉継 #徳川家康 #石田三成 #竹中半兵衛

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    • 逸るか添うか 幸か不幸か※4家康ドラマルート準拠 ※欠損他暴力描写 ※豊臣・徳川以外の滅亡 ※刑部の経歴捏造
      好きなルートに好きなものブチ込んだ結果です。達成感が凄い。家吉かと言われると難しいけど家吉です(いつもの)
      2/3追記:この話の小ネタとか書いてる最中のあれこれまとめ→https://privatter.net/p/4225799

      2/3(日)ComicCity福岡48に参加します。この話を含めたWeb再録3本+書き下ろしの小説本と学バサの突発コピー本です。詳しくは→https://galleria.emotionflow.com/69491/480839.html

      #戦国BASARA #家吉 #大谷吉継 #徳川家康 #石田三成 #島左近
      蓑虫@2/3CC福岡O53b
    • 妬め、嫉め、滅に順え※病み権現 ※各種描写注意(主に暴力・流血・欠損) ※推しの不登場・ナレ死・展開キメラ注意
      家→吉(→)三で3軸関ヶ原 伊達・長曾我部もちょっと出ます

      3軸で『もし家康が元々刑部と仲良かったら』ってことで書き始めたんですけど、書いてる内に家→吉(→)三の片想いを拗らせすぎた感じになってしまいました マジゴメン家康
      裏テーマは地味に『信長・秀吉と同じことをする家康』です 俺の関ヶ原はこれや(火炎瓶を投げながら)

      #戦国BASARA  #BSR  #家吉  #徳川家康  #大谷吉継  #石田三成
      蓑虫@2/3CC福岡O53b
    • 牽強付会学バサ:家(→)吉(→三)
      刑部が三成を好き(Like)な事を知ってて本人に警告する家康と、意味が全く分からない刑部の話。学バサの家康はサイコパスなんだかまともなんだか分かんないのヤバいっすね……今後この二人の絡みがあるかどうか分かりませんけど……無いな多分……。
      3か4話で刑部が家康にあっさり話し掛けたのと、伊達や真田には選挙活動するのに刑部にはやらなかったなっていうのが捻じ曲がった形でくっついた結果だったりします。
      #学園BASARA #家吉 #大谷吉継 #徳川家康 #学バサ #戦国BASARA #BSR
      蓑虫@2/3CC福岡O53b
    • 卯の花腐し※4小説・西凶丁半編ED後前提 ※家康がお化け ※CP未満の筈
      ネタバレして申し訳ないんですが、刑部が生きてて家康が死んでる展開を中々見なかったので感情のままに書き殴りました
      確か西凶丁半EDって秋ぐらいだったよな……と題名考えてる最中に読み直したら、島津のじっちゃまが『夏はまだ先』って言ってるし、そもそも関ヶ原やったと思ったらやってなかった(4で言うなら小牧長久手だった)ので「もしかして初夏ぐらい……??」となってこの題名になりました 「うのはなくたし」と読みます
      #戦国BASARA #BSR #大谷吉継 #徳川家康
      蓑虫@2/3CC福岡O53b
    • 或る秋の日BSR:CP未満の家吉
      これ本当は豊臣天下統一後の薄暗い家吉になる筈だったんですけど、咎狂(舞バサ咎狂わし絆)があまりにもしんどかったので普通に傘下期で仲良くしてる家康と刑部の話になりました。CP味は無いつもりだけど念の為タグ入れ。
      咎狂マジしんどい……しんどいけど家吉担的には超絶燃料なのでみんな見て……家康対刑部戦大体いつも私が言ってる家吉像を5000倍ヤバくした奴なんで是非見て……BSR君裾野広過ぎかよ……
      #戦国BASARA #BSR #家吉 #吉家 #徳川家康 #大谷吉継 #石田三成
      蓑虫@2/3CC福岡O53b
    • 悔恨、それから※3三成青ED後前提 ※欠損表現注意 ※推しのナレ死・展開キメラ注意 ※伊達がちょっと格好悪いかも知れない注意
      『三成と忠勝の話書きたいな〜』と思ってたら何か壮大な話になってしまったみが凄い ぶっちゃけ最初と最後が書きたかったってのは秘密やぞ
      書いてて思ったんですけど私が考える三成ちょっと薄情すぎやしないか……後なんか筆頭が被害者過ぎて申し訳無い……この後何だかんだ言って三成と距離保ちつつ良い仲になると思う……ラスパの逆版みたいな感じで……

      #戦国BASARA #石田三成 #本多忠勝 #長曾我部元親 #伊達政宗 #真田幸村 #片倉小十郎
      蓑虫@2/3CC福岡O53b
    • 無明の黒点※黒権現(ゴリラ解釈)注意 ※相変わらずの殺傷沙汰注意
      新年あけましておめでとうございます。成長と共に完全に精神を摩耗しきって人々の幸せの為のシステムとしての生き方を自ら望むようになった家康と、そんな家康が齎す世の中を不幸だと理解して秘密裡に手伝うけど自分の三成への感情を知っているのでその辺だけは守ろうとする刑部の話です(一息)
      ちなみにこの後長曾我部緑展開です。書いてる本人はとても楽しかったです。今年もよろしくお願いします。
      #戦国BASARA #家吉 #徳川家康 #大谷吉継
      蓑虫@2/3CC福岡O53b
    • 52019.2.3(日)ComicCity福岡48 お品書き2/3のCC福岡に参加します! スペースはO53bです!
      温度差の激しい家吉本と既刊のテニプリ8937中心本を持って行きます(無配ペーパーもある予定)
      小説本は4本中3本がWeb再録ですが加筆修正しまくったので大分話の輪郭が違うものもあるようなないような……暗さが増しただけかも知れない……

      以下サンプルページ
      [或る秋の日]https://galleria.emotionflow.com/69491/468426.html
      [落日]https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9941729
      [逸るか添うか 幸か不幸か]https://galleria.emotionflow.com/69491/480837.html

      #戦国BASARA #BSR #家吉 #大谷吉継 #徳川家康
      #テニスの王子様 #テニプリ #8937 #柳生真 #柳生比呂士 #真田弦一郎 #柳仁 #幸赤
      蓑虫@2/3CC福岡O53b
    • 蝶様借景※病み権現注意 ※4半兵衛D後家康豊臣帰参かつ豊臣天下統一の世界線

      刑部へある贈り物をする家康の話。書き始めた時はただのヤンデレ想定だったのに、何だかミステリーとかホラーみたいなことになってしまった……家康の歪みは乱世が終わってから分かるものだと面白いなという気持ちも無きにしもあらず

      #戦国BASARA #家吉 #大谷吉継 #徳川家康
      蓑虫@2/3CC福岡O53b
    • 無の目※咎狂後 ※余計な設定付加

      支部に上げた『有の目』(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11059748)の家康・伊達間の好感度が高かった場合の話 原作3刑部第一みある話になってしまったのは私が家吉担だからです(謎アピ)
      というか書いてて思ったんですけど、咎狂家康にとって伊達ってワンチャン豊臣の系譜で言う友ポジ(自分の進むべき道を時に糺すことの出来る存在)に成り得るんじゃないかなって……まあ全部妄想なんですけど……
      途中まで暗かったんですけど伊達が最後ハッピーな形でまとめてくれたのでホンマ苦労かけるな……って感じでした 私は幸せな家康が見たいです(地獄に落としてるのお前定期)

      #戦国BASARA #政家 #伊達政宗 #徳川家康
      蓑虫@2/3CC福岡O53b
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