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    しおり
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    しおり
    逸るか添うか 幸か不幸か光の中に居た。少し離れた向こうには人があった。
    平服姿の兵達と、二三にさん顔の知れた将と、常の面子。その中にはよく見慣れた高身の銀もあり、吉継は声を掛けようとした。
    おおい、とまで口に出し、はたと気が付き思わず顔を顰めた。人がたかる中心には光があった。眩い金色の光は暖かく人々を包んでいるが、自らの元にはその残余だけが辛うじて届いているだけだということを自覚する。よく見れば己の身の半分は薄い影が掛かっており、なるほどこれは断絶されていると卑屈めいた笑みが口元に浮かぶ。
    その時、くるりと誰かが振り向く。その銀糸は黄華鬘きけまんに淡く色付きながらも鮮明に輝き、吉継の胸に仄かな瞬きを齎す。中黄と化した鶸色の瞳は吉継を捉えると僅かな微笑みに歪む。その一連の動作を目の当たりにした吉継は思わず息を呑んだ。
    刑部、と金に染まったしろがねが聞き覚えの無い声で聞き慣れた名を呼ぶ。同時に人の塊がまるで怪物の口のように開く。その中心には吉継が考えた通り、嫌悪してやまない『太陽』―――徳川家康の姿があった。
    家康は何かを持っていた。傍らに立つ兵が負傷した腕を家康に預けていた。恐らく刀によって一直線に切り裂かれた左腕の傷は吉継ですら痛々しく感じるほどで、例え元通り動かせるようになったとしても消えない痕が残る程度の深手であることは遠目からでも分かった。その傷に目を伏せる家康の感傷は吉継のよく知るものであり、常のことながら馬鹿らしいと冷笑するものでしかなかった。が、次の瞬間、吉継はぎょっとした。
    籠手を外した家康の手が傷を覆う。そして何事かを呟くと腕を覆った骨太の手が光を放ち、目をくらませるほどの閃光へと変わる。次に見えたのは、傷が跡形も無くなった健康な兵の左腕であった。
    わっと家康の周囲の人々が湧き上がる。流石です家康様と讃える兵の声が聞こえる。やっぱりアンタが居なきゃと興奮した新前の声が聞こえる。君の力がこれほどまでとはと感服した眼差しで消えた傷を見つめる賢人の姿が見える。見事であると称揚する眼差しで家康を見据える太閤の姿が見える。
    三成、と発そうとした吉継の声は霧散する。やはり貴様こそが私の『友』だと、菫星は太陽に微笑んで言った。


    吉継は飛び起きた。闇夜の中で光を盲しいた目を見開き、絶え絶えの呼吸を繰り返す。先程までの景色が悪夢であることを認識するとようやく自分の思い通りに肺を動かすことが出来た。意識して深呼吸をすると、未だに荒々しく胸を叩き続ける脈動に手を当てる。夢、そう夢であると吉継は繰り返し繰り返し自分に暗示を掛ける。しかしながらも手は震え、汗となって放出されるべき熱が体の真中に居座り続けている。吉継はようやく自分が豊臣に参じての数年間で悪夢を見なくなっていたことを自覚した。
    吉継が悪夢を見なくなったのは、三成の副官として働き出して以降夢を見る暇が無かったからだった。考えてみれば病身にはあまりに過酷な大任であることを今更ながらに悟った吉継は、それを笑顔で任じた白髪はくはつの賢人の顔を思い出し些か呆れたような息を吐いてしまう。それから唇を締め直すと、連鎖的に悪夢が再来した理由にも気付いてしまい、思わず苦々しい表情を浮かべた。吉継は首を振って、先の景色を払おうとする。
    それから闇の中に漂う吉継の白い瞳は障子の向こうの色を見ようとした。狭いながらも整理の行き届いた仮宿の離れは、あの頃とは違い外の光が見えたが、夜が明けるにはまだ遠いようだった。
    もう一度眠ろうと吉継は考えた。後詰めとは言え、明日は戦である。あの夢とて気が急いて見ただけだろう。吉継はそう思うことにし、再び体を横たわらせて目を閉じる。暗闇の中で思考を空にすることは吉継にとって容易く、また直ぐ様意識の底へと落ちていった。

    豊臣傘下・石田軍の軍師である大谷吉継は、豊臣の軍門に下る前は或る小国の城代を勤めていた。本来であれば不治の病かつ罹患の危険性がある業病を宿す吉継に、一部とはいえ領地の支配が命じられる状況が異常である。
    しかしながら仕えていた大名家に何故か家督争いが発生し、泥沼化した結果生まれて間もない嫡男だけが取り残され、その上何故か同じ時に家臣の間でも公私大小を問わない小競り合いが頻発し、やがて国を巻き込んだ騒動に発展する寸前でこれを収めてみせたのが、床に臥せても尚忠義に生きんとする吉継であった。
    病を宿す前から白眉の美丈夫として褒めそやされていた吉継の智謀はたちまちに近隣諸国へ知れ渡るところとなり、当時急速に勢力を広げていた豊臣軍の天才軍師・竹中半兵衛自らが吉継の元に向かい帰順を求めた。というのが吉継の表向きの経歴である。
    無論実際は、吉継がこの世の不幸を齎す前準備として行った復讐の結果がそうであっただけで、吉継自体は地位にも権力にもまるで興味が無かった。吉継は自らが夢に見た悪夢を誰かに押し付ける為に行動しただけのことだった。
    吉継は友に裏切られた。家に裏切られた。親に裏切られた。竹馬の友は病が知れると同時に疎遠となり、天真爛漫な許嫁は崩れた顔に慄き逃げた。そして徐々に体が弱り仕えていた大名家が関わる戦に出られなくなった自分を、表では励ましながら裏では穀潰しと囁き合っていた親兄弟の姿は、それまで信頼と誠意を第一として真摯に生きてきた吉継へ計り知れないほどの精神的打撃を与えた。
    この世のありとあらゆるものから見捨てられ、毎夜悪夢に苦しむ吉継を慰めるものは何も無かった。衰弱した手足では身動き一つ取れず、感染防止の名目で押し込まれた部屋には窓一つ無く、劣化した瞳は蝋燭の光すら目を焦がすほどに感じられた。その中で吉継は深淵の闇底と悪夢の往来を無為に繰り返し、やがて己が根本を醜く変質させてしまった。
    吉継は呪った。病を呪った。人を呪った。世を呪った。己と同じ不幸がこの世全てに降り注げば良いと願った。病を癒す為に掻き集めた古今東西のありとあらゆる術法は、病に陥っても尚明晰な吉継の脳内にて連結し、世に不幸を齎す為の奸計へと変じ続けた。更にそれを用いて自らを貶めた者達に復讐をすれば、形ばかりの信頼と誠意は呆気なく崩れ去り、小さな国一つが三月も無く滅びてしまいそうになるほどだった。人々が抱える悪意と我欲は当人達の破滅を招き、それを見事に引き寄せてみせた吉継はいつしか人智を超えた念動力を手に入れ、遂に病の進行を極めて遅滞させることに成功させた。まことを妬み、しんを嫉み、滅に順うことこそが吉継の力の根源であり、生きる全てであった。
    吉継は過去の話をしなかった。こと病を発してから豊臣に参じるまでの話は今なお誰にも話したことがない。経歴ゆえに半兵衛と秀吉の知るところではあったが、かの二人は過去を捨てたと嘯き未来を見るという仰々しい目的に邁進しており、配下である吉継の過去を殊更見ることはない。吉継はそれを気に入って豊臣に属した。
    豊臣の軍門に下って早々に吉継が命じられたのは、年若き将・石田三成の副官業務であった。新参者でも箔が付くようにと刑部職も合わせて任ぜられたが、勧誘した半兵衛が自分に望んでいる主な働きは三成の手綱役であるというのは本人から聞かされていた。が、吉継は当初半兵衛の思考が理解出来なかった。
    間接的とはいえ、人心を煽って仕えていた国一つを滅亡の淵に立たせた人間に、何故策謀でなく人の面倒を見させようとするのか。人の悪意を糧に生き長らえている者に、よりにもよって最近城持ちになった程度の弱卒を宛てがうのか。答えは数日も経たずに出た。業病で歪んでしまった性格を抱える自分以外では到底務まらないほどに三成の存在と思考が異質であり、起こす行動全てに詳細な収拾が必要なほどに御しがたい人間であったからだった。
    筋肉が欠片も無さそうな細身でありながら、三成は人の数倍の速さで動き、人の数倍首級くびを獲る。性格はそんな戦働きよりも苛烈で、主君である秀吉とその頭脳である半兵衛以外の言葉に決して従うことは無く、相手がどのような身分であろうが主への不敬があれば容赦無く滅多に打ち据える。
    主以外は不要と吠え、礼を無視し、縁を蔑ろにする。血脈としがらみで成り立っているこの日の本においてそんな凶的な番犬染みた男の補佐役など、体が幾つあっても足りはしない。加えて仕えている豊臣軍自体の躍進も目覚ましいものがあり、吉継は多忙に多忙を極める日々の中でいつしか悪夢を見なくなっていったのだった。



    戦の趨勢は決した。既に掃討段階に入っているという部下の報告を聞いた吉継は最小限の伴いだけを連れて陣を出る。
    敵方が布した陣が見渡せる高台に向かうまでの道中に、同伴の者へ戦の後処理を指示して徐々に減らしていく。吉継の意図を察している側近達は無言で従う。自陣から小高い丘を抜ける頃には御輿で悠々と進む吉継だけが残った。
    吉継の想定通り、褪せた土色の崖の上には男が一人立っていた。黄梔子きくちなしの短羽織に頭巾を深々と被り、泥と煤に塗れながらも五体満足に立っていた。
    背に負う円形の羊歯の葉は夢で見た男の姿を思わせる天陽の形をしている。吉継は逆光に陰るその模様を、固く包帯を巻き付けた右の人差し指ですいと指した。
    「ぬしの手が人を殺す手で良かったことよ。」
    空気の動きで気配を察した男は振り返り、吉継の言を真正面から受ける。胸の前に組んだ両腕の手甲は塗した金が血の飛沫に濁り、拭い損ねた赤は変色して頬に張り付いていた。それを見た吉継は内心で安堵しつつ、口端を押し上げた。
    刑部。低く抑えた声にははっきりとした敵意が含まれている。それにも気分を良くしながら吉継は指を下ろし、男の隣に並んだ。
    「ぬしらのお陰で首尾は上々、これで小田原までの諸国は悄々しょうしょうよ。」
    「……無意味に城を落とすべきでは無い、民を戦に巻き込む必要は無かった筈だ。」
    「何を言うか。この城はかの堅固たる小田原城へ至るには重要な布石、豊臣の天下の為には必要な犠牲よ。」
    自分から目を逸らすように再び崖下に目を伏せた家康に吉継は上機嫌で喉を引きつらせて笑う。その特有の高笑いにも顔を顰める家康の良心が吉継にとっては目障りだった。
    「本当にそう思っているのか?」
    「はて、本当にとは如何なる意味か。ぬしもわれも豊臣に仕える身の内同士、言わずとも戦の意図など解するとわれは思うが。」
    「ワシには分からん。」
    短い一言には主君に対する否定も含まれていたが、生憎一般的な忠義は過去に打ち捨てている吉継は何も思わなかった。家康の拒絶するような物言いに「そうか」とだけ答えると、自らも隣に倣って眼下を見た。
    見下ろした先には城までの一本道があり、開けた場所のそこかしこには敵方の骸が散らばっていた。この度の戦で攻めた城は周囲のものに比べれば小さい部類に入るが、その分領主領民の間柄が密であり、一方的な残虐を目の当たりにし耐えきれぬとばかりに戦いへ参じた無謀な農民の亡骸もちらほらと見受けられた。その全てが刀傷で肉塊へ化しているところを見れば、対した相手が家康でなく三成だったことが容易に知れた。
    秀吉と半兵衛以外の存在を全て同列に考える三成にとって、将も兵も民も目的の前に立ち塞がるのであれば只の斬り捨てるべきしとみに過ぎない。恐らく自分とて裏切ればそうなることは吉継にとっては思いの外腹に落ちる想定であった。
    いつ何時でも揺るがぬ三成の忠心は、信頼と誠意を夢想した若き日の弱さを吉継の眼前に突きつける。その針の筵の如き細やかな疼痛は、己の不当が慈悲にも救済にも晒されぬことを証しているようで心地良かった。そして腹立たしいことではあったが、恐らく隣の男も同じような居心地を三成に求めていることを吉継は見抜いていた。
    吉継は横目で家康を見る。頭巾に隠している表情は厳しく、常の輝くような笑みでは無い。当人はあまり好ましくないと感じている表情のようであったが、吉継は普段の張り付いた微笑みに比べればよっぽど似合っていると感じていた。
    苦悩、懊悩、堅忍。余計なことを口走らないように唇を固く閉じ、己の中の陰に流し拭う。そうして体の奥底に沈む澱みを隠す為に、まるで太陽のように明朗に振る舞う。吉継はその根拠が自身以外のみなであることが白々しく思えて仕方なく、いっそのこと三成のように明確な偶像を提示するのであればもう少し譲歩した話をしても良いと思っていたが決して家康にはその条件を口にしなかった。何故ならば三成にとっての秀吉が、家康にとっての民であるならば、自分の非力では到底揺るがすことの出来ないものであると考えていたからであった。
    やがて家康は溜息を吐き、踵を返して歩き始める。いつもであれば移動を任せる配下の本多忠勝はこの数日の報告を抱えて大坂に向かったばかりで居らず、そのほか主をよく慕う自軍の兵達も戦場で散り散りになってしまったのか不在であった。珍しく家康の周囲には吉継以外の誰も居なかった。
    日をとざすように生い茂る木々の影を纏った黄金の衣はくすんで遠ざかって行く。ぬしにはそれがお似合いよなと内心で含み笑いを浮かべつつ、殲滅戦を終えた三成を恙なく迎える為に、吉継も家康の後を追って陣に戻ることにした。


    吉継は家康を嫌っていた。しかしよく理解していた。恐らく同軍の中ではよく共に居る左近や三成よりも、家康の置かれている状況や環境から当人の内情を当人以上に理解している節があった。だからこそ嫌っている面も大いにあった。
    豊臣の傘下に下っても尚、家康は理想を掲げ続けた。絆こそが人の救いであると説き続けている。それは力で統べる事こそが是とされる豊臣、そしてこの乱世において極めて異常なものであったが、三成で他人の異常さには慣れている吉継にはどうでもいいことだった。
    しかしながらその思想に若干の危機感を感じ取った半兵衛の指示で経歴を辿れば、よくぞこれで絆を題目に掲げられるなと吉継が感心するぐらいにはお互い似たようなものであった。しかし吉継と家康には一つだけ違う点があった。
    それは家康には幼い頃から忠勝が居たことだった。戦国最強と称される忠義者を従えるのであればあのような大言壮語も難なく吐き出せることであろう。吉継は羨ましいとさえ思わなかった。持てる者は手にしているからこそそれを持ち得ている。家康と忠勝の中に何があるかは終ぞ知り得ぬが、吉継が永劫に手にすることが出来ないものがあることぐらいは分かっていた。
    恐らくそれが家康の宣う『絆』なのだろうと吉継は憶測していた。しかし自分は家康の言うそれを否定してここまで生き延びてきた。即ち、家康が『徳川家康』であること自体が吉継にとっては否定すべきものであった。悪夢を見るのも一種当然のことのように思えるほどには、吉継は家康を嫌っていた。
    あの夜に見た夢は、ある意味で家康の理想そのものだったのかも知れないと吉継は後に気が付いた。人を傷付けるのではなく、人を癒す為の力を持ち、対立する指向の秀吉ですら組み入れてみせるのであればそれは確かに『ふもだし』に相違ないであろう。
    力を掲げて強きを目指す者のみを取り込んでいく秀吉と、絆を掲げて全ての者を取り込んでいこうとする家康の両者は、間近で見ている吉継にとっては同じようなものだった。掲げている言葉と選別の有無が異なるだけで、己が才こそが正当であると主張していることには変わりがない。しかしながら吉継は家康を否定しなければ生きられない為、当然のことながら秀吉の側に付く。ではもしあの夢のように秀吉さえも取り込まれるのであればどうするかと思いが至ったところで、ふと吉継の脳裏によぎったのは三成のことだった。
    吉継は秀吉に対する三成の忠心を好んでいた。揺らがないその根本を慈しんでいた。凡庸な人々が神仏に寄せるそれよりも圧倒的に篤い信仰で以って、秀吉と半兵衛を崇め奉るその姿にはこれまで随分と辟易とさせられてきたが、決して嫌いではなかった。崇拝する者達以外は全て等しく価値を持たないという三成の極端な思想はいっそ清々しく、またそれが口だけでは無い部分が心地良かった。
    秀吉に出会ってからが自分の人生の始まりであると高らかに謳う三成の過去は自分や家康の比にならないほどに残酷なものであった。秀吉に出会って以降も世の幸福と比較すれば手放しで喜べるものではないことを吉継は知っていた。それほど三成の中には何も無い。豊臣が掲げる力と、その原動力たる崇拝と憎悪と憤怒だけがあの今にも折れそうな体の隅々を満たしている。
    だが三成は不幸では無かった。当人がそう思っているのであれば、所詮他者である吉継には否を示す理由が無い。吉継がかつて捨てざるを得なかった細やかな情緒も親愛の情も、初めから手に出来てない三成からすれば無価値にすら見えないのであろう。苛烈の裏に潜む儚さは恐らく、そうした客観性の喪失と独立性の希薄さに起因するものであると吉継は察していた。
    したがってもし秀吉が家康に取り込まれるならば、三成は何も考えずに秀吉に従い、秀吉を通して家康が望むようなあの微笑みも見せることだろう。吉継は自分がその結論に達したことに何も不思議には思わなかった。元々自分の手の内に無いものをこいねがっても仕方がない。元より詰んだと見て了を投じた最中に生きているようなものだという自覚が強い吉継にとって、今更ながらの望みなど生じる筈も無かった。
    しかしながら悪夢の諦観と共に自らの胸には這い寄るものがあった。その微熱はまるで火傷のように喞々しょくしょくと胸の隅に居座り続け、吉継の体内に不可解なざらつきを広げていた。思えばこれが虫の知らせだったのだと知る事には、全てが遅きに失していた。



    「遠征先にて、太閤の軍が壊滅したとの報せが入った。」
    自分で口にしておきながら、まるで夢現ゆめうつつの只中のようであると吉継は感じていた。
    目の前に立ち尽くす男から一瞬全ての色が消える。そしてそれから徐々に怒りの色がともり出す。反して纏う温度は急激に下がり、口から吐き出される言葉には冷気が迸っていた。
    「なん…だと……? 刑部、いかに貴様とてその冗言は赦さない……!」
    「……まことの話よ、生憎だがな。しかも戦場に、足利以外の軍が攻め入った形跡がある。」
    「誰がそのような不遜な真似を……ッ!」
    半兵衛が放った影が報せた書をひらりとかざして見せるが三成は見向きもしない。吉継は目を細める。よくここまで出来るものだと感心すらした。不幸を認識出来なかった男は、今この時を以って不幸の奈落へと真逆様まっさかさまに落ちた。ここまで鮮やかな手腕で人を業火の底に叩き落とす行為はさしもの吉継とて見たことが無い。
    青褪めた顔はやがて吉継の含意に気付き、混迷と驚愕の色に染まる。その時確かに、ぱきりぱきりと薄氷が踏み割られる幻聴が吉継の耳に届いた。
    「……まさか、家…康……?」
    吉継は書をもう一度読み直す。その内容と三成が達した結論には相違が無いことを確認すると、折り畳んで懐に仕舞った。これから始める手筈を頭の端で順に浚いながら、改めて吉継は三成を真正面から見据えた。一度も交わらなかった視線は結局最後まで変わらないままであることを惜しいと吉継は感じたが、もうそれは既に過去でしかなかった。
    「そう……何故か居合わせた徳川のみが残り、今この地に迫りつつある、と来れば……。」
    吉継が言葉を続ければ、三成は聞きたくないとばかりに両耳を塞いで蹲る。
    ああ、と悲鳴が聞こえた。嘘だ、と慟哭が聞こえた。無数の傷跡が見えた。割れてしまった器が見えた。その破片を寄り集めながら、吉継は三成が理解できない『因果』について思いを馳せつつ行動を開始した。

    賽の帝・足利義輝が支配する京の中でも自領に近い泉源寺を奪取せしめんと、豊臣秀吉自ら出向くとそこに陣取っていたのは足利軍に供している松永久秀であった。兵数練度共に最大勢力を誇る豊臣軍に対し、神出鬼没を主とする松永軍は圧倒的に不利であった。加えて秀吉の頭脳である竹中半兵衛も出陣したとあれば、最早負ける要素を見つけることが難しい。家康との決戦に備えて佐和山城に居た吉継ですら、今回の遠征は非常に楽観視していた。
    だが戦場には大番狂わせが次々と生じた。風魔小太郎。かつて小田原にて主と共に滅ぼした筈の黒き亡霊が目の前に現れ立ち塞がる。徳川家康。かつての臣下が反旗を翻して戦場に割り入る。力で押し進んで行った因果が招いた歪みであることは火を見るより明らかであった。
    さしもの賢人もこの二つの力が加わることは完全に想定の範囲を超えていたのだろう。切り拓いた山の上という狭小な土地での激戦は混乱に混乱を招き、風磨と半兵衛は相討ちの形でそれぞれ倒れた。そして秀吉と松永も壮絶な戦いの末に討ち死にし、残ったのは家康と中途で合流した前田慶次のみ。
    そして戦の決着が相討ちとなった直後、家康は忠勝の背に飛び乗り関ヶ原の方面に向けて進路を取ったというところで半兵衛の手の者からの書は終わっていた。本来家康に送り付けていた宣戦布告は関ヶ原にて雌雄を決する旨を三成自らがしたためていたので、それに応じる為であろうというのは吉継にも理解出来た。律儀な男だとも嘲笑混じりに思った。
    家康にとっては三成は『友』なのだといつか何処かで吉継は聞いた覚えがあった。家康は三成を理解しようとし、三成も無意識ながらそれに応えようとしていた。空の三成に『友』の概念を植え付けようとした男は、無惨にも自らの手でそれを剥ぎ取り、三成の身を抉った。あの律儀な男はその清算をする為に戦場いくさばから戦場いくさばへ転がり続けるつもりらしい。それが己の過去の写し鏡であることには気付いてないことが吉継には滑稽で滑稽で仕方が無かった。

    豊臣との一時休戦を条件に呼び寄せた武田軍の真田幸村と合流し、急ぎ関ヶ原に陣を構える。前もって陣図を定めていたこともあり、主要な将を集めた軍議のかんに布陣が終わる。吉継は三成に告げたものと同様の説明を繰り返し、三成と同じような反応を得た。
    三成を慕う島左近は三成と同じように絶句した後、怒りに打ち震えていた。家康と同じく武田信玄の薫陶を受けている幸村は信じられないとばかりに目を見開き、それから主君を亡くしたばかりの三成を慮る様を見せた。火を焚き付け終えた吉継は左近・幸村・三成と共に本陣に残り、家康の到着を待った。
    軍議の間中も三成は黙り込んだままであった。血が出んばかりに強く下唇を噛み締めては、時折堪え切れない現世の拒絶を吐き出す。それを隣で聞く左近は深切と激憤の間を落ち着きも無く行き来している。同盟を差し向けたばかりで赤の他人である筈の幸村もそれにあてられてか頻りに三成を心配している。吉継は二人に三成を任せ、用兵を一手に引き受けた。
    前衛に左近を含む精鋭隊を置き、視線をそれに引き寄せている隙に左右の陣から自らと幸村が挟撃する。退路は断たない。断ったところで忠勝に乗って空中移動が可能な家康には意味が無い。となれば戦力を忠勝と家康の分断及び足止めに回した方が良い。
    念の為幸村にはなるべく忠勝を優先する様には伝えてあるが、幸村自身の因縁と三成への配慮を考えると単独での対応策も考えておかなければならない。幸村には悪いが毒塵針の使用もやむなしと吉継は判断する。三成を一人本陣に残し、右陣にて戦前いくさまえの采配を終わらせた吉継は空を見上げ、それから天に向かって右手を伸ばした。
    もうすぐだ、もうすぐだ、もうすぐ不幸がやってくる。空の彼方から列を成し、ぞろりぞろりとやってくる。太陽と月が揃った穹窿きゅうりゅうは晴朗と宵闇に二分され、その相中を裂くように一筋の白が現れる。吉継は手を下ろすと、半眼でそれを見つめた。
    われには見える。死が見える、飢餓が見える、無情が見える、疫神が見える。本人にその自覚があるのかどうか、吉継は問わずとも理解していた。だが同時に、己のその期待が裏切られることも望んでいた。
    次第に白は高度を下げる。一点の黒が上空に突如生じ、兵達は色めき立った。やがて黒点は雲を裂き、空気を裂き、やがて地を揺らがす。巻き上がった土煙の向こうにはくろがねの巨体と黄金の煌めき―――戦国最強・本多忠勝とその主、徳川家康が立っていた。
    仇敵の登場に張り詰めた緊張感は最高潮を迎え、数多の感情が一気に爆発寸前にまで膨れ上がる。敵意と熱気の渦中にある戦場の中心に位置していながらも、吉継の内側に生じたのは紛れも無い疎外感であった。


    左近を虫の息に追い込み、幸村に膝を屈させた男は、ただ一人で戦場に立ち尽くしていた。
    吉継は家康に相対する。あの時と同じように頭巾を深く被った家康は俯いたまま吉継を見ない。何とも腹立たしいものだと、怒りと呼ぶには些か乾き切ってしまった感情で眺めていると、意外なことに家康の方から口火を切った。
    刑部、と呼ぶ声に吉継は悟る。自分がこの男を理解しているように、この男も自分を理解しているのだと気付く。それが例え一部であったとしても、一部すら理解出来ないよりかは余程意味があることを、吉継は苦々しく感じた。
    「その様子だと、粗方察しているのだろうな。」
    「憶測だがな。」
    吉継にとっては秀吉が陣没したことと、その場に家康が居合わせたことは全く無関係な事実同士であった。何故なら秀吉が目指した先は足利派の松永であり、松永が幾ら狡猾であったとしても秀吉の信念から考えれば家康などに余所見をする理由が無い。加えて吉継は軍議の際に前田慶次の存在を削っていた。秀吉と因縁があると噂される慶次まで現れた戦場で、人と人との関係を最も重視する家康が漁夫の利を得るとは三成以外の人間であれば疑問に思う筈だと判断して、あえて口にしなかったのだが、どうやら正しかったらしい。
    そうなるとこの男は、と吉継は改めて家康を見る。切らした息には苦悶はあれど苦痛は見当たらない。しかし金の衣をけがす血の飛沫は前身の箇所箇所にこびりつき、まるで体中に塞がらない穴が空いているようで、吉継は不意に笑い出したくなってしまった。
    吉継は笑いを噛み殺し、両手で印を組む。背後に八つの珠を背負いつつ下から藪睨んでみれば、ようやく視線が交わり家康は胸の前に手甲を揃えて構えた。混戦の関ヶ原の中心でこの場所だけがぽかりと浮かび上がったように吉継は思えた。

    吉継は輿を前に滑らせ、それを見た家康も一気に距離を詰める。右腕を横に開いた吉継の動きに合わせて背面の珠が家康を横一閃に薙ぐように襲い掛かる。家康はそれを手甲で受け流し、右の拳で吉継に殴りかかる。
    しかしそれを予測していた吉継は残りの珠で簡易的な結界を張って受け止める。物質的な力と精神的な力を拮抗させながら、改めて言うとしよ、と吉継は切り出した。それに反応した家康が吉継の顔に目を向ける。吉継は奥歯を噛み締めて家康の渾身に耐えながら、吐き出すように続けた。
    「ぬしは底抜けの偽善者よ。」
    吉継の一言に家康ははっとした表情に変わり、狼狽えるように視線を揺らす。その一瞬の隙を狙った吉継は輿を翻して距離を取り、両腕を広げて家康の胸に向かい蝶紋の呪印を刻む。そして投げ付けるような仕草で珠を家康にぶつけると、最後の一つに呪印への接着を施して手元へ帰って来るように仕組む。反射的に投げつけられた珠を殴り落とした家康であったが、最後の一球だけは殴る前に不可視の力で引き寄せられ、気付いた時には吉継の手に首を掴まれていた。
    気道を潰す指は枯れ木のように細いが握力は充分だった。家康はそれから逃れようと吉継の鳩尾に拳を入れる。鎧越しの超近距離ながらも力の籠もったそれに吉継は唸るが、決して首を絞め上げる手は離さなかった。
    家康は鳩尾に入れた右の拳の手首が掴まれ追撃が阻止されていることに気付くと、空いた左手で吉継の右手を離そうとする。吉継は上下の歯を食いしばって体勢を維持しようとするが、病苦に長期間晒された己と健全かつ白兵戦に特化した家康とでは筋力の差が明白であり、次第に首から手が離されていく。解放された呼吸を整えながら、ワシはただ、と今度は家康が口にした。
    「ワシはただ、最も効く手を打とうとしているまでだ……ワシの首よりも、お前の支えよりもずっとな。」
    吉継は間近で頭巾に隠された家康の目を見た。気味が悪いほどに柔らかいそれは一種の狂気に満ちていた。そしてそれが理解出来てしまう自分にも吉継は腹が立った。苛立たしさのまま舌打ちをして、全ての力を抜いてくるりと回転する。振り解かれた家康はその場に留まり、反撃が可能な構えを取った。
    「……徳川よ、ぬしは変わった……どちらにせよ、コノマシイとは思えぬが。」
    所詮この男も凡庸な人間に過ぎなかったのだと吉継は思った。揺らがぬ根本を最期まで抱えられる人間では無かったのだ。それは失望によく似ていたが、吉継にはよく慣れた諦観であった。
    何にせよ家康の意図は充分理解できた。目の前で珠を円状に並べながら、吉継は考える。左近の怪我の具合は相当に悪い、幸村も懸命に忠勝を抑えてはいるがかなり消耗が激しい、これ以上戦う必要は無い。そう判断して、忌々しいながらも家康に先を譲ろうと口を開いた、筈だった。

    「……太閤と賢人は、どのような顔をして逝った?」
    口から溢れたのはかつての主君達への感情だった。そこでようやく吉継は自分の裏側にあった火傷の理由に気付く。自分は諦めていなかったのだ、信頼を、誠意を。そして、真摯に生きることを希ってやまなかったのだ。二度と出来ない生き方を見たいと、知らず知らずの内に望んでいたのだった。
    吉継は目を伏せ、家康から感情を隠す。家康はそれを理解しているのか、まるで昔を懐かしむような声で答える。
    「安らか、とはいかなかったな……所詮は道半ば、満ち足りてなどいなかっただろう。」
    「……左様か。」
    木漏れ日のような暖かさのある声に偽りは無かった。慈しみに富んだ瞳は一度強く閉じられると、再び開けられた時には寒々しい光だけが瞬いていた。
    捨てなければ生きていけない、と吉継は己の中で繰り返す。捨てなければ生きていけない、だが捨てることすら知らないあの男には最早死ぬこと以外の道など残されてはいない。それを知っていて自分は、自分とこの男は、生かそうとしている。たった一人を生かす為に、この世全てに不幸を招かんとしている。それを好ましいと思えなかった自身の翻意にも驚いたが、後悔する時間は既に無かった。

    短く息を吐き、吉継は浮かせた珠を頭上でぐるりと回転させて戦輪のようにして家康に投げる。反応した家康は直ぐ様それを薙ぎ払い、地を蹴った。珠を回収する一瞬で家康の打撃範囲に入ってしまうことを察した吉継は、わざと珠から意識を離して腹部に力を込めた。
    押し上げられた内臓が食いしばった歯の隙間から零れ落ちそうになる。予想以上の衝撃に目の前が一瞬黒に染まり、視界が戻った後もじわりじわりと体中の力が抜けていくのが分かった。
    吉継は残りの力を振り絞って、懐に入り込んだ家康の短羽織の背を掴む。意思とは裏腹に項垂れた吉継の上体を家康はまるで包み込むように抱き留める。呼吸すらままならない吉継の目には家康の腕に燦々と煌めく三つ葉葵だけが映る。
    「刑部、お前を手に掛けはしない……その後のしるべとなれるのは、きっとお前だけだろうから……。」
    輿が宙から落ち、家康の手が吉継の包帯越しの肌に触れる。それでも尚吉継は、われすらも利用するか、と叩き慣れた軽口を発することが出来た。続けて、われもまた憎むぞ、と呪詛を吐き出したところで視界が無くなる。多重の布に阻まれて尚伝わる熱は暖かく、吉継はあの夢が正夢でなかったことに安堵しながら、意識を失った。



    関ヶ原の戦は家康が中途で兵を引いたことで、形式上は豊臣方の勝利であった。しかしながら圧政の支配者であった豊臣秀吉と実質的な司令塔であった竹中半兵衛の死により、軍としては崩壊の瀬戸際を迎えていた。
    元が力によって抑圧された諸侯の集である。例え不平不満があったとしても秀吉の圧倒的な武力の前に力づくで押さえつけられていた将や兵達が、この絶好の機会を逃す訳が無い。そして秀吉達の後継者たる三成は家康への復讐に囚われ、軍のことなど見向きもしない。戦処理を終えて大坂城に戻り、翌日の評定以降の行動について一計を案じていた吉継の元に届いたのは一通の密書であった。
    差出人は毛利元就。予てより交流はあったものの天政奉還以降は毛利軍として足利派に属したこともあり、連絡を差し控えていた。しかしながら仕えていた主を失ったこの時を狙って送り付けてくる書の内容など見ずとも吉継は分かっていた。そういう男だからこそ交流を持っていたのだが、ここまで一貫していると却って清々しいとすら感じた。
    『安芸へ下れ』。居もしない主から離れ、自分の軍へやって来い。人を利用価値でしか測らない元就の性格から考えれば破格の評価ではあったが、吉継は受ける理由も意味も無かった。しかしながらその申し出を無下にするのも悪いと思い、一つ行動することにした。そしてそれは見事に成功した。
    ―――吉継は元就の密書を利用して元就を討った。それは吉継から元就へのある種の返礼であった。
    元就は人を信頼しない。しないからこそ生き残り続けた。吉継はそんな元就に自分を見ていた。だからこそ最期に元就が求めていたものを与えたのだった。
    元就は愚者を厭う、不確定を拒む、情を嫌う。なればこそ吉継は巧者として、確立されている元就の思考をていとして、情による策を用いた。対立する四国の長宗我部元親の元へ毛利水軍を装った自軍の兵に攻め込ませ、怒り狂った元親が偶然居合わせた家康と共に元就の船へやってくるように仕組んだ。火急の策を実行するには随分骨が折れたが、目を閉じれば吉継は今でも鮮明に元就の最期が思い出せた。
    堅牢な戦船の一室で言葉を交わしていた時に突如割り入ってきた月光に照らされたあの焦燥を覚えている。船を飛び渡り逃げようとしたその脚を沼らせたことを覚えている。全ての謀りに気付き、激昂の余り叫んだ声を覚えている。そしてそれを終わらせたのが家康と自分だった。
    吉継は見ていた。船上という限られた空間では長物を振り回す元親よりも徒手空拳の家康の方が機動力に優れていた。そして元就の側で宙に浮かんでいる自分は良い目印になった。
    四国襲撃の報を聞いた段階で吉継の謀策に気付いていたらしい家康は吉継の想定の通りに動き、その結果運悪く元就は死んでしまった。これがぬしの不幸かと思えば、吉継はあまり悪いようには思わなかった。

    そうして一夜にして元就を暗殺した吉継ではあったが、本来の目的はそれでは無かった。吉継は元就が影武者を用いていたことを知っていた。翌朝、絶対的君主を失ったことを知った毛利家は崩壊寸前の豊臣と変わらない混迷を見せており、そこに吉継は元就直筆の勧誘書状を持って現れた。当然のことながら元就暗殺の容疑者として疑われるが、複数の兵達が元就と共に家康と戦っている吉継を目撃していた為、吉継は悠々と城に入り、評議の場に潜り込むことが出来た。
    不安げな表情で互いの顔を見つめるだけの毛利家の家臣達を前に吉継は提案した。この天政奉還の真っ只中で元就が死んだことが判明すると、直ぐ様毛利軍は足利派から切り離され、官軍の箔を無くした中国は隣国の長曾我部軍や大友軍に攻め込まれることになるであろう。ならば影武者を用いて元就はまだ生きてることにし、未だ巨大な兵力を誇る豊臣軍と同盟を結んではどうかと。元就には今の窮地に声を掛けてもらった恩義もあると吉継が目を伏せて付け加えれば、元就よりは情があるらしい臣達は困ったように唸った。
    次いで吉継が豊臣も家康には恨みがあり、近々大掛かりな戦を興す予定であると口にするち、家臣達はたちまちに右往左往を始める。元就に従うことで成り立ってきた国が、果たして元就無しで生き残れるのか。頂点を失った組織の脆さを熟知している吉継は『われらは内政に干渉せぬが、戦事いくさごとはわれらに関わる故多少口出しさせてもらう』とだけ告げ、連絡用の忍びを残して大坂城へと戻った。そこからはとんとん拍子で進んだ。
    内政には関わらないと言い切ったのが随分と功を奏したらしく、毛利家は直ぐに元就の影武者を立て、密かに秀吉と半兵衛の葬儀に参席させた。そこで今なお豊臣に残る兵力と財力を目の当たりにした毛利家は後継者である三成へ秘密裏に同盟を求めた。秀吉の存命時に臣従しなかった毛利軍に三成は不信感を抱いていたが、そこは手慣れた吉継が執り成してみせる。猛将にして酷烈であることで名高い三成が吉継の一言で結論を翻す様を見た毛利家は吉継への信用を高め、同盟締結後は都度都度相談にやってくるようになった。吉継はそこまで来てようやく目的を果たせたと肩の荷を降ろしたのだった。
    秀吉は失ったが、毛利を取り込んだことで豊臣の支配領域は大坂以西全域にまで広がった。形ばかりでも威勢を誇るには充分である。対して家康は元親だけでなく奥州の伊達や羽州の最上とも同盟を結びつつあった。鬼追い事をするには充分だが、準備が万端とは言えない。天下に興味は無くとも天下は獲れる。吉継が次なる策を考えている内に、秀吉と半兵衛の喪に服する期が明けた。


    するとその途端、三成は家康への殺意を爆発させた。まだ日も明けきらぬ内に何事かの騒ぎ声で吉継が目を覚ました時には、既に単騎での出陣を止めようとした配下達が数名斬り捨てられていた後だった。状況を理解した吉継が眉間に皺を寄せると、三成は家康への怨嗟をおどろおどろしく吐き出して応えた。
    奴は秀吉様の威光を亡きものとした、半兵衛様の偉業を亡きものにした、そしてこの私の心を亡きものにした。あまつさえ天下を統べて見せると嘯いた。不幸を巻き散らかす奴が統べる世に幸福など存在しない、未来など無い。奴が統べる世など私は認めない、私は許さない、私は必ず家康を殺す、殺さなければならない、私が殺さねばならぬのだ。前にも増して狭窄的な視界になっている三成に吉継は辟易したが、家康の残した置き土産のことも考えれば無理も無いかと諦めていた。三成の怒りが倍増した原因、それは葬儀と前後して昏睡から覚醒した左近に残されていた根深い後遺症だった。
    目覚めた左近は関ヶ原前後の記憶が無く、また新しいことは全く覚えられなくなってしまっていた。元々物覚えは良い方では無かったが、今では三成が言ったことすら数刻も経たない内に忘れてしまい、初めて訪れる場所では入口に戻ることすら出来なくなっている。それでも元来の明るさで以って受け入れられてはいるが、元のように一人気ままに生きることは難しいであろうことは左近に接する誰もが気付きながらも口を噤んでいた。それだけであればまだ良かっただろうと嘆く周囲の声を吉継は思い出す。
    左近の後遺症は記憶だけでは無かった。殴打された際に骨が歪んでしまったのか、子供のようにくるくると形を変えていた右目はすがめとなり、右足を引きずって歩くようになった。戦場を先駆けようにも陣の場所が分からず、非力を隠していた手数も振るえないとくれば三成を守ることなど、ましてや隣に並んで戦いに出ることすら出来る筈も無い。
    それでも左近は健気にも三成の為に戦おうとしていた。足を引っ張らないようにと懸命に元通り動けるようになろうとした。だが一度砕けた体と頭が元に戻ることはない。吉継にとってはよく見知った諦めではあったが、左近と三成にとってはこれまで以上にない絶望であることを理解していた。
    そうして家康によって生きる目的を失わされた左近の存在は三成にとって、ただでさえ人の身に余るほどに抱え込んでいる瞋恚しんいの炎を燃え上がらせる根拠となった。自らに反した味方すら斬ってのけるという想定を超えた三成の怒りに吉継は当初戸惑ったが、意外なことに対策はすぐに思い付いた。賽の帝こと将軍・足利義輝の存在だった。

    武芸に長けた義輝は予てより三成の常識外れな剣技を噂に聞き、一度目にしたがっていると毛利家の影武者越しに伝えられていたことを思い出し、吉継はそれを使って三成の気を逸らそうとした。結果は成功だった。
    吉継は怒りに目を曇らせている三成に囁いた。天下統一を目論む家康は東を纏め四国も押さえ九州にも手を出そうとしている。しかしながらその足掛かりたる中国は密かにわれら豊臣が抑えている。だが家康はそれを知らない。だとすれば恐らく家康は毛利が仕えている足利の元に向かい、あの忌々しき絆とやらを説いてどうにか穏便に事を進められないか相談するであろう。しかしあの姑息な狸がそれで事を済ませるとはわれは思わぬ。あわよくば隙を見て将軍を倒し、天政奉還の理をも手に入れ、己こそが正当なる支配者であると振る舞うつもりなのではないか。そこまで述べてからふと思い出したように「そう、『あの日』のように。」と付け足せば、事はそれで済んだ。
    大坂と京は近い。しかし三成の神速に追いつける進軍は不可能である。吉継は三成を宥めながら出陣準備を行う傍ら、直ぐ様書状をしたためた。吉継は伝聞で聞いた義輝の性格を鑑みて、『面白い案を思い付いたので申し訳ないがこれからお目に掛かりたい』とだけ記すと、草を用い先んじて二条御所に送り付けた。念の為、城を任せる形で左近を大坂に残してから、最小限の兵だけを伴って出立した。

    三成と引き離された謁見の間で、吉継は玉座に座する義輝の前に跪き、こうべを垂れたまま案を述べた。そも天政奉還とは将軍様が世に滾る熱が無いことをうれいて行われたこと。なればこそこれからお目に掛かる菫星はこの世の全てを焼き尽くさんばかりの熱を抱えております。迸発する火の山が吐き出す猛火はやがて日ノ本全てに熱を齎し、人々は己が生の為にその力を燃やし尽くすことになりましょう。久方振りの道化としての振る舞いには自分でも多少の誇張を感じずには居られなかったが、吉継には手応えがあった。
    義輝はその提案を聞くと一言「其之方、もしや予を利用する気ではあるまいな?」と吉継に尋ねた。その目は鋭いが吉継は動じない。最悪の事態に備えることこそ軍師の責務であると言うのは容易いが行うことは難しいと、吉継は半兵衛の死後常に思考の軸に置いていた。
    流石は帝様、われの浅慮を御承知で謁見頂いたとお見受け候。そう、当方が求めるのは、燎火を更に燃え上がらせる為の薪炭。ぬし様がもしわれらの星と立ち会われるのであれば、命ある限り何度でも立ち上がり、その度に炎の大きさと強さを増していくことでしょう。吉継がそう高らかに歌い上げるのと、その背後で厚い壁が破られる音はほぼ同時に義輝の耳に届いた。
    吉継はくるりと振り向く。鎧を着込んだ足利軍兵を引きずっているのは三成だった。何があったのか両手にそれぞれ首のない死体を持ち、刀を口に咥えている。しかし特に重傷を負っているようでは無いので、吉継は胸を撫で下ろして義輝に向き直る。義輝はちらりと視線だけで三成を見遣ると、尚も泰然とした様子を崩すことなく「朋よ」と吉継に話し掛けた。
    「其之方の心を言い当ててみせようか? ……裏切り染みた真似など、これきりとしたいのだろう?」
    「……はてさて、何を仰られるやら。これも全ては不吉の為、乱世を果て無く延ばす為……。」
    キヒヒと吉継は笑ってみせる。そして後ろでどさりと何かが落とされる音が二つした。それを合図に吉継は床に着いていた輿を少しだけ浮かせ、一尺ほど下がった。
    刹那、吉継が下がることで生じた間合いに三成の背中が現れる。刃同士がぶつかる音がけたたましく響く。
    「刑部下がれ!」
    三成の怒声にあいあいと応え、吉継は素直に居合の範囲から退いた。耳が割れるような三成の糾問と、鷹揚に褒め称えながらも敢えてその激昂を逆撫でするような義輝の回答が聞こえる。
    が、ゆっくりと移動していた吉継の目の前に突如義輝が出現する。吉継は一瞬背筋が冷えるが、それを表に出さないようにして先に声を掛けた。
    自分を殺す者を自ら育てるのも一興かと。吉継が声を潜めてそう嘯けば、あれは余では無い者を殺す目だと義輝は答えた。なればこそ、と吉継は続けた。
    何もかもを手にしてきたぬし様が今更手に入れられぬものが何処にありましょうぞ。吉継の言の最中、ぴくりと義輝の眉が動き、手にしていた笏が弓へと変形する。謁見の間のほぼ中央に位置していた三成の姿がまた消えかかったところで、義輝は天井に向けて矢を放った。
    床に幾十の矢が突き刺さるがその先に三成は無い。それを目視した義輝は一歩足を引き、笏を槍の状態に切り替える。数多の矢の向こうに立っていた三成が霧と化したのを見届けてから、吉継は義輝の傍を通り過ぎる。次の瞬間、激しい剣戟の音が始まった。
    それを背にして吉継は場を辞する。帝が飽きる頃には帰ってこれるだろうと考えながら、三成によって斬り倒された足利軍兵達が散乱する緋毛の廊下の上を滑るように進んでいく。その間に吉継は、義輝から擦れ違い様に放たれた『其之方が求めるものは、予と同じなのやも知れぬな』という言葉は忘れることに決めた。



    わあ、と左近が歓声を上げる。祭りの為に彩られた街道は華々しく活気に溢れている。吉継は左近が引く馬の上からそれを眺めつつ、先に進むようにと手綱の根を揺らしてそれとなく急かした。
    「すげえっすねぎょーぶさん、おれこんなにお店続いてんのはじめて見ましたよ。」
    「そうかそうか。まあこの辺りでは名の知れた湯もある故、こういった催しも慣れておるのであろ。」
    左近は落ち着きなく道の左右を見回しながらゆっくりと進む。祭りが始まるのは日が落ちてからの為まだ人混みにはなっていないが、それでもあまり邪魔にならないようにして早く旅籠に着きたい吉継は再度手綱越しにその旨を伝えるが、馬の速度は変わらない。
    「三成様も来れば良かったのになー。」
    「三成は太閤と賢人との軍議で忙しいのよ、裏切り者の狸が何処ぞの穴に消え隠れたせいでな。」
    「えっ!? じゃあ何で俺らこんなとこ居るんすか?! 早く帰って家康の奴探すの手伝わないと!!」
    「落ち着け左近、ここは家康の潜伏先の一つよ。もしかすればぬしが大手柄を立てられるやも知れぬと三成がわざわざわれとぬしをここに差し向けてくれたのよ。」
    「ええー、三成様そういうことしないっすよー。……しないっすよね? いやでも、もしかしたら……」
    秀吉と半兵衛が死んだことすら忘れた左近はぶつぶつ独り言を呟いた後、少しの期待を込めて吉継にへらりと笑ってみせた。すると吉継の目には数本欠けた犬歯と、眇になった右目が奇妙に歪んだ様が見える。そして耳には健康な左脚に縋るかのように引きずられる右足の草履の裏が地面を削って、ずりずりと立てる音が聞こえた。
    片端かたわに病人の組み合わせは明らかに異質ではあったが、祭りの高揚で誰も見向きはしない。人を隠すのであれば人混みの中とはよく言ったものだと吉継は感心しながら、尚も興味深げに辺りを見つめている左近に溜息を吐いた。

    大通り側に向けられた障子を開けて下を見ると、丁度出入り口から見上げて来た左近と目が合った。行ってきますねえと大声を張り上げながらぶんぶんと振った右腕の内側にはこの旅籠屋の名を墨で書いておいた。祭りの真っ盛りに開かれる賭場には心配があったが、この度においては国長直々の公認とあって問題が起こったとしても対応するだろうという下調べが付いていた。吉継が手を振って見送ると、左近はにこりと破顔してみせてから足を引きずり引きずり駆け出して行く。部屋の中には吉継一人になった。
    祭り囃子が遠くで聞こえる。子供達の楽しげなさざめきが聞こえる。故郷からも本拠からも離れた地は、今となっては懐かしいばかりの穏やかな活気に溢れていた。吉継は開け放った障子の枠に凭れ掛かりながら、夕闇の中で鮮やかに灯る光の道を眺める。


    「何を見ているんだ?」
    ぼんやりとしていた吉継に隣から声が掛かる。聞いたことのない疲れ切った声色だと吉継は判断したが、特に慮ることはしなかった。
    「ぬしこそ何を見ておった?」
    「……空を見ていた、星が無いかと思ってな。」
    「星か? この明るさでは見えぬだろうて。働き過ぎならくと休むが吉よキチ。」
    馬鹿にしたように笑われたというのに、隣の男は部屋に戻る気配も無く吉継と同じように障子戸の枠に体を預けた。旅籠の厚くもない壁越しにみしりと木が軋む振動が伝わり、吉継は今背中合わせになっていることに気付くが、特に何もしなかった。
    「……さっきのは左近か。」
    「おお、ぬしが残した置き土産よ。」
    含みを持たせて応ずれば、隣室の男は黙り込んだ。吉継は愉快な気持ちで次の言を待つ。

    「ワシは殺すつもりだったんだ。」
    通りに人が増え、行き交うのも苦労する程度の混雑を見せる頃になってようやく隣の男は口を開いた。吉継は若干の喉の渇きを思い出し、酒の一つでも遣わせれば良かったと思いながらそう出来ないことにも思いが至っていた。後で水でも持ってこさせようと思いながら、聞き慣れた硬い声に耳を傾ける。
    「左近は三成に懐いていただろう。三成も悪くは思っていなかった。だからあいつを殺せば三成はもっとワシを憎むと思った。」
    「気にしやるな。寧ろ今の方が良き炭木よ。何せ墓にれば忘れ薄れるものが、常に付き添うゆえなァ。」
    ヒヒヒと吉継は笑う。隣の男の表情は見えないが大体分かっていた。今はあの険しい顔だろうと判断すれば、不思議と気分が良かった。
    「……三成はどうしてる。」
    「あれは京に置いてけ堀よ、武衛陣をぐるりと囲む堀の内にな。」
    「足利公の……!? お前何でそんなことを……!」
    「そうでもせぬと来れぬでな。あれはぬし以外見えておらぬ、見る気すら無い。三成も左近も豊臣も世話せわねばならぬわれの身にもなれ。」
    潜められた声での非難に、吉継は些か不機嫌なそれで答える。すると相手は虚を衝かれたような短い呻き声をあげて、再び黙り込んだ。しばらく会わない内に随分盆暗になったものだと吉継は心の中で評する。
    「あれは遂に身の内すら斬りよったわ。その内にぬしと纏めてわれも斬られるやも知れぬ。」
    「……それだけは無いだろう。」
    「ぬしは羊羹よりも甘きなァ。われの謀りがあれに知れれば、さしものわれとて真っ二つの筒切りよ。」
    何せ、と言い掛けて吉継は続きの言葉を飲み込む。嘘は吐かぬが真も言わぬ。全て舌の上の事よと自分に言い聞かせている間に、今度は向こうが口を開いた。
    そんなに酷いのか。初めて知ったような口調に吉継は何百回と抱いた苛立ちを覚える。それが気に食わないと初めて言葉を交わした時から言っているにも関わらず、終ぞ治らないのは吉継にとって全く以って腹立たしいことの一つだった。
    「ぬしはいつも他人事よな。誰よりもあれを理解しておる顔をしながら、その実何も理解しておらぬと見える。」
    吉継はこれみよがしに深く深く溜息を吐き出す。窓枠沿いの虚空でそれを受けた相手は恐らく苦虫を噛み潰している顔になっているであろうことは想像に容易かった。
    しばらくまた無言が漂う。すっかり夜になってしまった街は祭りの最高潮に向けて順調に湧き上がっているようだった。そんな中に吹く風は生温く、隣の男も同じものを感じているかと思うと、吉継は妙に落ち着かない気持ちになった。
    刑部、と名前を呼ばれる。ぎしりと座っている枠が揺れ、隣人が立ち上がったのが分かった。幾つか物音は聞こえるが何をしているのかは分からない。最後にこつりと音がして、再び声が響いた。

    「……お前は三成を理解しているのか。」
    「ぬしよりかは遥かにな。」
    「なら、」
    ぼそりと滲み出るような一言が壁の向こうから零れ落ちる。吉継は一瞬眉を顰めるが、直後にああと納得をした。不幸が数多に降り注ぐ、等しく全てに降り注ぐ。あれにもわれにもこれにも、不幸は須らく降り注ぐ。降り注ぐゆえに不幸なのだと吉継はつい癖で空を見上げる。炎のように燃える街の上に見えるのは何も無い紫黒の闇だった。
    星が見たいと吉継は思った。真黒の闇の中でも輝きを失わない星の光をずっと見ていたいと願っていた。その為なら地獄に落ちても構わないと思った。どうせ地獄に落ちることは世界を呪ったあの日から決まっているのだから、怖いことは何も無かった。ただ此岸に置いていくことだけが恐ろしかった。それはこの男も同じだったのだと吉継は理解する。
    吉継は自嘲した。よりにもよって地獄の伴いがこの男とはと笑った声は隣にも届いたらしいが、応えは返ってこなかった。密やかな忍び笑いは遠くから響く篠笛の音に掻き消され、その内に吉継は笑みを止めて、窓枠から足を降ろす。そして背にしていた壁にしなだれかかり、答えを返す。
    「われはぬしに更なる不幸を与えようぞ。」
    必要最低限の厚みだけがある壁は冷たく、しかし手入れが行き届いており柔らかい手触りだった。吉継は壁に額を当てて瞼を閉じる。何もかもを捨てた先には何が残るのだろうと吉継はあの日以来で初めて考えた。
    得たものを全て捨て、与えられたものを全て捨て、その果てに辿り着く先には何があるのだろうか。何も無くなった自分だけが残るなら、与えられることや得ることに意味はあるのだろうか。生の果てに何も無ければ、死の果てにも何も無い。それでも生にしがみついて生きている。なんと醜いことかと吉継は思う。人を殺す手で生かしておきながら、この世の全てを殺すとは、何と救いようのない。
    「……これ以上の不幸があるのか?」
    奪った男が失ったことを嘆く。失った男の虚無を嘆く。まるで自分にはこれ以上の罰など無いといった具合の声色に、ぬしはやはり愚かな男よと吉継は内心でほくそ笑んだ。
    人を癒したいと、人を殺す手で願う男。だが人を殺す手でなければ、人を癒せはしなかった。それが例え自分を否定する者であったとしても、その人殺しの手は確かに人を癒やしてみせた。ゆえにこの男は救われず、尚も不幸が湧き満ちる。
    それから吉継は慈しむような眼差しで以って、板壁の木目をなぞる己の指先を見た。外の灯りを点した白布はまるで落ちる陽光ひかりに溶けてしまったかの如き炎の色をしていた。捨てかがりになる街の紅が何処までも鮮やかなれば、それを覆い隠す黒は真実まことを閉ざさんばかりに深い。己の指から伸びる長い影を一指ずつ上へ伸ばせば、伝わることの無い熱が宿った。
    見えぬ未来を一人で行くのはさぞ恐ろしかろ、ならばいっそ道連れよ。吉継は口に出さず、心の中だけでそう呟く。それから普段の軽口のように、さてな、と口遊くちずさんだ。

    「われにもとんと見通せぬ。」

    蓑虫@諸々準備中 Link Message Mute
    2019/01/19 9:06:42

    逸るか添うか 幸か不幸か

    ※4家康ドラマルート準拠 ※欠損他暴力描写 ※豊臣・徳川以外の滅亡 ※刑部の経歴捏造
    好きなルートに好きなものブチ込んだ結果です。達成感が凄い。家吉かと言われると難しいけど家吉です(いつもの)
    2/3追記:この話の小ネタとか書いてる最中のあれこれまとめ→https://privatter.net/p/4225799

    2/3(日)ComicCity福岡48に参加します。この話を含めたWeb再録3本+書き下ろしの小説本と学バサの突発コピー本です。詳しくは→https://galleria.emotionflow.com/69491/480839.html

    #戦国BASARA #家吉 #大谷吉継 #徳川家康 #石田三成 #島左近

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    • 妬め、嫉め、滅に順え※病み権現 ※各種描写注意(主に暴力・流血・欠損) ※推しの不登場・ナレ死・展開キメラ注意
      家→吉(→)三で3軸関ヶ原 伊達・長曾我部もちょっと出ます

      3軸で『もし家康が元々刑部と仲良かったら』ってことで書き始めたんですけど、書いてる内に家→吉(→)三の片想いを拗らせすぎた感じになってしまいました マジゴメン家康
      裏テーマは地味に『信長・秀吉と同じことをする家康』です 俺の関ヶ原はこれや(火炎瓶を投げながら)

      #戦国BASARA  #BSR  #家吉  #徳川家康  #大谷吉継  #石田三成
      蓑虫@諸々準備中
    • 卯の花腐し※4小説・西凶丁半編ED後前提 ※家康がお化け ※CP未満の筈
      ネタバレして申し訳ないんですが、刑部が生きてて家康が死んでる展開を中々見なかったので感情のままに書き殴りました
      確か西凶丁半EDって秋ぐらいだったよな……と題名考えてる最中に読み直したら、島津のじっちゃまが『夏はまだ先』って言ってるし、そもそも関ヶ原やったと思ったらやってなかった(4で言うなら小牧長久手だった)ので「もしかして初夏ぐらい……??」となってこの題名になりました 「うのはなくたし」と読みます
      #戦国BASARA #BSR #大谷吉継 #徳川家康
      蓑虫@諸々準備中
    • 悔恨、それから※3三成青ED後前提 ※欠損表現注意 ※推しのナレ死・展開キメラ注意 ※伊達がちょっと格好悪いかも知れない注意
      『三成と忠勝の話書きたいな〜』と思ってたら何か壮大な話になってしまったみが凄い ぶっちゃけ最初と最後が書きたかったってのは秘密やぞ
      書いてて思ったんですけど私が考える三成ちょっと薄情すぎやしないか……後なんか筆頭が被害者過ぎて申し訳無い……この後何だかんだ言って三成と距離保ちつつ良い仲になると思う……ラスパの逆版みたいな感じで……

      #戦国BASARA #石田三成 #本多忠勝 #長曾我部元親 #伊達政宗 #真田幸村 #片倉小十郎
      蓑虫@諸々準備中
    • 牽強付会学バサ:家(→)吉(→三)
      刑部が三成を好き(Like)な事を知ってて本人に警告する家康と、意味が全く分からない刑部の話。学バサの家康はサイコパスなんだかまともなんだか分かんないのヤバいっすね……今後この二人の絡みがあるかどうか分かりませんけど……無いな多分……。
      3か4話で刑部が家康にあっさり話し掛けたのと、伊達や真田には選挙活動するのに刑部にはやらなかったなっていうのが捻じ曲がった形でくっついた結果だったりします。
      #学園BASARA #家吉 #大谷吉継 #徳川家康 #学バサ #戦国BASARA #BSR
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    • 或る秋の日BSR:CP未満の家吉
      これ本当は豊臣天下統一後の薄暗い家吉になる筈だったんですけど、咎狂(舞バサ咎狂わし絆)があまりにもしんどかったので普通に傘下期で仲良くしてる家康と刑部の話になりました。CP味は無いつもりだけど念の為タグ入れ。
      咎狂マジしんどい……しんどいけど家吉担的には超絶燃料なのでみんな見て……家康対刑部戦大体いつも私が言ってる家吉像を5000倍ヤバくした奴なんで是非見て……BSR君裾野広過ぎかよ……
      #戦国BASARA #BSR #家吉 #吉家 #徳川家康 #大谷吉継 #石田三成
      蓑虫@諸々準備中
    • 風下る いちしの花は いなのみのBSR:バトパ想定家+吉
      バトパ絵巻家康編で三成を『救いたかった』って言う家康は、じゃあ刑部に対してどうだったのかという想定に想定を重ねた謎話 一番難しかったのは題名(何故なのか)
      関ヶ原ストではまだ言ってない(言わない?)ので今後どうなるか楽しみです って言うか関ヶ原スト追加あんのかな……(現在イベ2戦目開催中)

      #戦国BASARA #大谷吉継 #徳川家康 #BSR
      蓑虫@諸々準備中
    • 小指を断つ/繋ぐ※損傷・欠損注意 家康が豊臣に帰順したばかりの時期かつ原作ではない世界線
      というか家康の小指が吹っ飛んだ世界線で刑部がどうだったかという題名そのままの話。ただの趣味です。
      ぶっちゃけ最後まで読んで頂けると分かるんですけど、これで家吉のつもりなんですよ私……エピローグ完全に三吉じゃんとは自分でも思います。でも家吉です(圧)
      何て言うんすか……刑部身内激甘男なんで滅茶苦茶優しい(完全無意識)のに、所詮豊臣の常識に過ぎない優しさだから家康が微塵も分かんない(どころか受け入れがたいぐらいに思われてる)みたいな感じなんすよ……半兵衛は家康が嫌いだから嫌がらせに甘やかしてると思ってて、三成は作中通り秀吉様の臣だからで片付けてる……刑部が家康に複雑怪奇な感情抱いてるのは公式だと思ってるんですが、家康が刑部に複雑な感情を抱いててもいいと思う……個人的な願望です……。

      #戦国BASARA #家吉 #大谷吉継 #徳川家康 #石田三成 #竹中半兵衛
      蓑虫@諸々準備中
    • 無明の黒点※黒権現(ゴリラ解釈)注意 ※相変わらずの殺傷沙汰注意
      新年あけましておめでとうございます。成長と共に完全に精神を摩耗しきって人々の幸せの為のシステムとしての生き方を自ら望むようになった家康と、そんな家康が齎す世の中を不幸だと理解して秘密裡に手伝うけど自分の三成への感情を知っているのでその辺だけは守ろうとする刑部の話です(一息)
      ちなみにこの後長曾我部緑展開です。書いてる本人はとても楽しかったです。今年もよろしくお願いします。
      #戦国BASARA #家吉 #徳川家康 #大谷吉継
      蓑虫@諸々準備中
    • 翹望※暴力注意
      幸村伝軸の家(→吉)+信之 タイトルの『翹望』は「首を長くして待つこと」 分かりにくいけど刑部に永遠に片想いし続ける家康の話(分かりにくいせやな)
      個人的に信之は家康自身を見てないことに家康も気付いてる奴が好きなのでその辺もブチ込んでます お前で言えば刑部のような者……

      #戦国BASARA #家吉 #徳川家康 #真田信之 #大谷吉継
      蓑虫@諸々準備中
    • 沼るな天津甕星※病み権現 ※各種描写注意(主に死亡・欠損・損壊) ※3軸関ヶ原家康勝利
      3軸(左近と信之が居ない)世界線でもし家康が刑部を慕っていたらな離反話と、関ヶ原後の家康の様子のダブルパック

      地味に以前書いた『妬め、嫉め、滅に順え』(https://galleria.emotionflow.com/69491/463325.html)の前日譚と後日談が一緒になった奴だったり 離反話のくだりは前作『帰すな熒惑』(https://galleria.emotionflow.com/69491/504839.html)の家康視点でもあります 前2作読んでなくても読めるようには書いたつもり……つもり……

      #戦国BASARA #家吉 #徳川家康 #大谷吉継 #雑賀孫市
      蓑虫@諸々準備中
    • 52019.2.3(日)ComicCity福岡48 お品書き2/3のCC福岡に参加します! スペースはO53bです!
      温度差の激しい家吉本と既刊のテニプリ8937中心本を持って行きます(無配ペーパーもある予定)
      小説本は4本中3本がWeb再録ですが加筆修正しまくったので大分話の輪郭が違うものもあるようなないような……暗さが増しただけかも知れない……

      以下サンプルページ
      [或る秋の日]https://galleria.emotionflow.com/69491/468426.html
      [落日]https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9941729
      [逸るか添うか 幸か不幸か]https://galleria.emotionflow.com/69491/480837.html

      #戦国BASARA #BSR #家吉 #大谷吉継 #徳川家康
      #テニスの王子様 #テニプリ #8937 #柳生真 #柳生比呂士 #真田弦一郎 #柳仁 #幸赤
      蓑虫@諸々準備中
    • 常の通り※4半兵衛D後豊臣天下統一 ※豊臣以外の滅亡 ※病み気味家康で家(→)吉
      かつて自分が欲しかったものを全部くれる刑部に人知れずずぶずぶと溺れていく家康と、それをせせら笑いながら都合が良いのでそのままにしてる刑部の話 メッチャ短いけど気に入ったので
      地味に[落日](https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9941729)の前日譚イメージだったり

      #戦国BASARA #家吉 #徳川家康 #大谷吉継
      蓑虫@諸々準備中
    • ※幸村伝ベース史実ネタ入り ※損壊注意 ※現パロオチ
      刑部の持ってた短刀が某美術館にあると知り、色々確認したところ諸々の事情で私が爆発した結果の話 刑部が死んだ後に病む家康が好き過ぎないか私

      #戦国BASARA #家吉 #徳川家康 #大谷吉継
      蓑虫@諸々準備中
    • 帰すな熒惑BSR:家(→)吉 刑部視点
      もし家康が傘下期時代に刑部と仲良くなってたらな離反前話 ちなみに題名の読みは「きすなけいこく」です

      #戦国BASARA #大谷吉継 #徳川家康 #BSR
      蓑虫@諸々準備中
    • 一知半解BSR:4半兵衛D後家吉+三
      それぞれ少しずつ見てるものが違うことに気付かないまま無為を過ごす星月日の話 視差はいいぞ
      #戦国BASARA #家吉 #徳川家康 #大谷吉継 #石田三成
      蓑虫@諸々準備中
    • 無の目※咎狂後 ※余計な設定付加

      支部に上げた『有の目』(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11059748)の家康・伊達間の好感度が高かった場合の話 原作3刑部第一みある話になってしまったのは私が家吉担だからです(謎アピ)
      というか書いてて思ったんですけど、咎狂家康にとって伊達ってワンチャン豊臣の系譜で言う友ポジ(自分の進むべき道を時に糺すことの出来る存在)に成り得るんじゃないかなって……まあ全部妄想なんですけど……
      途中まで暗かったんですけど伊達が最後ハッピーな形でまとめてくれたのでホンマ苦労かけるな……って感じでした 私は幸せな家康が見たいです(地獄に落としてるのお前定期)

      #戦国BASARA #政家 #伊達政宗 #徳川家康
      蓑虫@諸々準備中
    • 蝶様借景※病み権現注意 ※4半兵衛D後家康豊臣帰参かつ豊臣天下統一の世界線

      刑部へある贈り物をする家康の話。書き始めた時はただのヤンデレ想定だったのに、何だかミステリーとかホラーみたいなことになってしまった……家康の歪みは乱世が終わってから分かるものだと面白いなという気持ちも無きにしもあらず

      #戦国BASARA #家吉 #大谷吉継 #徳川家康
      蓑虫@諸々準備中
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