悪夢の医療アドバイスAI1年目 9月『○○○病なんて、ただの風邪です』
『マスクは不要です。マスクをしても意味が有りません』
俺が作ったAIによる……ネット上で、よく見掛けるが完全に間違った「アドバイス」を見た指導教官は、完全に呆れ顔になった。
去年の末ごろから流行が始まり、今年になって、とうとう日本にも上陸した事が確認された例の病気についての質問に対する回答だった。
「あのさぁ……これ、マズよね?」
俺が、修士論文の為に作っているのは「医療サポートAI」だ。
ある程度の対話能力を持ち、医療や病気に関して、一般の人に簡単なアドバイスをする為のモノだ。
「どこから学習データを取って来たの?」
「ええっと、ネット上から無作為に……」
「……」
「……その……」
「君さぁ……AIの学習って、要は一種の統計だって事は判ってるよね?」
「は……はい……」
「あくまで一般論だけど、統計データの『無作為抽出』って、どんだけの手間がかかるか判ってる?」
「わ……判りました……その……信用出来るデータだけを学習させるようにします……」1年目 12月『「体温が39℃」「出歩くのが困難。医療機関を受診する場合には救急車かタクシーを呼ぶ必要あり」「同居者が居ないと生活に大きな不便が生じる」程度の状態であれば、軽症です。自宅療養して下さい』
「ちょっと待って、いくらなんでも医者に行くべきでは?」
『現在の状況で、軽症の方が医者に行くと医療崩壊の危険性が有ります。社会全体の事を考えて自宅療養して下さい』
「そもそも、その状態で軽症なの?」
『はい。軽症は入院が必要な状態。中等症は回復しても後遺症が残る可能性がある状態。重症はICUや人工呼吸器が必要な状態です』
「ちょっと待って、言ってる事が矛盾してないか?」
「あのさ……このAI、どう考えても医療関係者にとっての『軽症』『重症』と、普通の人がイメージする『軽症』『重症』を混同してるよ」
「あ……ああ……そう言えば……」
「学習データだけじゃなくて、文章解析処理も見直した方がいいね、これ」2年目 4月『P*R検査は偽陽性が高いのでお勧め出来ません。抗原検査をやるべきです。簡易抗原検査キットは騾苦電ショッピングまで。3日以内に結果が出ます』
「いや、待て。偽陽性率がどれ位になるかは、感染者率によって大きく違うから、これだけ感染者が増えた状況では、偽陽性率は下ってる筈……」
『それはニセ科学です。抗原検査をお勧めします。簡易抗原検査キットは、ヤマモトヒロトシ系列のドラッグストアでも販売しています。最寄りのヤマモトヒロトシ系列のドラッグストアへの経路探索を行ないますか?』
「前より酷くなってない……? ちょっとソースコード見せて……」
「は……はい……」
俺が表示したソースコードを10分ほど見た指導教官は溜息を付いた。
「あのさ……この文章解析の部品、処理は軽いけど、文章の意味や文脈まで『理解』してる訳じゃないから、そりゃ変な事になるよ」
「は……はぁ……」
「あと、学習データを選別したと言っても……単に君が信用出来ると思ってるSNS上の意見を学習させただけじゃないの?」
「ええっと……なんと言うか……そうです」
「だったら、単なる君の分身……それも君を頭悪くしたような代物が出来上がるに決ってるでしょ」
「あ……」
「大体、AIの学習って、要は統計の一種だから、現在進行形で起きてる事だと……嫌でも、学習が終った頃には状況が変ってるような事態にならない?」
「ええっと……」
「今、流行ってる例の病気についてアドバイスするAIってのに無理が無い?」
「……すいません……就活のエントリーシートに……『修論のテーマは例の病気についてアドバイスするAI』って書いちゃいました」2年目 11月『笑いは免疫力を上げます。○○○病予防の為には、ワクチンの再接種よりも、お笑いを聞きましょう。吉木シン喜劇公演の予約はこちら』
「どんどん酷くなってない?」
「ええっと……」
「どうすんの? 修論の提出まで、あと3ヶ月だよ」
「このままじゃ……その……」
「流石に受理されないでしょ、これじゃ……。何をやったら、こうなるの?」
「ちゃんとした医学者の論文や著書を学習データにした筈なんですが……」
「『ちゃんとした医学者』の基準は?」
「ええっと……マトモな大学の医学部の教授とか……」
「あのさ……前にも言ったけど……統計における『無作為』は『何もしない』って意味じゃないよ。『無作為』に近付けたければ、大きな『作為』が必要になるの」
「ええっと……どう云う事ですか?」
「はい……これが、ウチの大学の医学部の名誉教授が書いたトンデモ本」
指導教官はWEBブラウザを立ち上げ……何かを検索し……そして表示された本のタイトルは……『笑いは免疫力を上げる』。
「『マトモな大学の医学部』でも、かなり変な研究がやられてて、おかしな教授も結構居るんだよ」
「そ……そんな……」
どうやら、俺は、就職をフイにして、修士課程2年生を2回やる羽目になりそうだ……。