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    第三章 糞蠅/Breathless(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)(10)(11)(12)(13)(14)(15)(16)(1) だ……だから……何で何で何で、こんな事になってしまったんだ?
     ほほほほ……ほんの昨日まで……何なら1時間ちょいぐらい前まで……全ては巧く行ってる筈だった。
     でも……今は……。
     俺は、恐怖で腰を抜かし……目の前には「永遠の夜エーリッヒ・ナハト」なんて中二病丸出しの「正義の暴徒」が居て、俺を殺そうとしてる。
    「待てっ‼ 命が惜しくば、武器を捨て、手は頭の後ろ……えっ?」
     ああああ、助かったお巡りさん、この「正義の暴徒」を撃ち殺し……あああああっ、違う、マズい、俺、お巡りに追われてる最中だった……ああああっ。‼
     気付いたら、永遠の夜エーリッヒ・ナハトの姿が無い。
     周囲には一〇人近い県警のお巡り……えっ?
     既に2人がやられていた。
     そして、永遠の夜エーリッヒ・ナハトは……。
     おい、そこのボケお巡り、何、ぼ〜っとしてるッ?
     永遠の夜エーリッヒ・ナハトは、いつの間にか、拳銃を構えたお巡りの1人の背後に回り込み……そして、奴の両手が、拳銃を持っているお巡りの両手を包み込み……。
     銃声が何度も……。
     お巡りの悲鳴がいくつも……。
    「俺も、さっき童貞を捨てたばかりなんで、先輩づらするのも変だが……これで、あんたも俺と同じ殺人者だ。あんたが巡査でも歓迎するよ。地獄へようこそ」
     永遠の夜エーリッヒ・ナハトは、おどけた調子で、お巡りにそう言った……。
     って、お前が無理矢理お巡りに拳銃を撃たせたんじゃね〜かっ⁉
    「ぎゃああああっ‼」
     一番デカい悲鳴。
     お巡りは拳銃を落し……。
     うわああああっ‼
     永遠の夜エーリッヒ・ナハトの両手が……お巡りの両手を握り潰していた……。
     お巡りの足下のアスファルトが……お巡り自身の血で赤黒く染まり……。
    「待て……何をしている?」
     その時、若い女の……いやメスガキと呼んだ方がいいぐらいの齢の奴の……でも、俺に向けられてないのが判るのに……それでも背筋が凍り付くような声……。
     俺を助けに来た者の声じゃなかった。
     声の主は……新手の「正義の暴徒」どもだった。
    (2) 声のする方には……4人の「正義の暴徒」が居た。
     多分……全員が女。
     一番背が高いのと、一番背が低いのは、似たような格好……青い迷彩風の模様のプロテクター付のスーツ。
     1人は……肩のプロテクターに梵字のような模様が描かれた明る目の茶色の革ジャン姿。被っているヘルメットには青い竜が描かれていた。
     最後の1人は……こいつが一番、コスプレっぽい姿だ……。そう、何と云うか……「機械仕掛けの天使」「機械仕掛けの聖騎士パラディン」とでも呼びたくなるが……でも、明らかに強化服パワードスーツには見えないオレンジ色のプロテクターを付けていた。
     全員が顔をフルヘルメットで隠し……そのヘルメットの「目」に見えるモノは小型カメラのようだった。
    「何をしていると言われても……何と言うか……ああ、そうだな、君達の手伝いだ。ちょっとしたゴミ掃除だよ。バイト代は要らない。無報酬のボランティアだと思ってくれ」
    「わかった……。まず、君と君の家族に起きた事態を防げなかった事を謝罪したい」
     そう言ったのは……さっきの凍り付くような声の主……。一番、体が小さいメスガキだった。
    「前々から思っていたが……お前は頭が良過ぎて論理的過ぎる。頭のいい悪党の裏をかくのは得意でも、この手の馬鹿が考える事を推測するのは苦手だ。違うか?」
    「確かに……」
    「まぁ、いい。俺と俺の親の件は……予想出来る者など、まず居ないだろう。悲劇ではあるが……防げなくても仕方ない事だ」
    「では、本題に移っていいかな?」
    「本題とは?」
    「この惨状は何だ? 自分の復讐に何人巻き込んだ?」
    「俺は、お前ほど、頭が良い訳でもないし、手慣れてる訳でもない。初体験で緊張し過ぎて、イチイチ数えてなかった」
     沈黙……。
     たしかに……こいつらが仲間同士だとしても……ドン引きの台詞だ。
     いや……待て……何か……こいつらの会話は変だ。
     こいつら……知り合いではあるが……仲間では……クソ……考えるのは後だ。
    「まぁ、北米連邦アメリカあたりの青春ドラマみたいに『初体験でゲロを吐く』なんて事は無いから安心してくれ」
    「ふざけるな……」
    「そっちこそ……ふざけるな」
    「何?」
    「お前は、前に言った筈だ……。『真の悪とは愚か者が力を手にしている状態の事』だと。ならば、お前達の『正義』を遂行しろ。この愚か者をお前達の手で血祭りに上げろ」
     そう言って奴が指差したのは……。
     違う。
     違う。
     違う。
     違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。
    「お……俺のどこが、馬鹿なんだよッ⁉」
     俺は、理性的で合理的で現実的で冷静で感情に囚われない大人の男らしい的確な反論をした。
     ……。
     …………。
     ……………………。
     無視かよっ‼
     いや、待て。
     無視するしか無いのか?
     無視するしか無いって事は……やった。
     つまり、俺が奴らを完全論破したって事だっ‼
     ざまあ見ろ、悔しがれ、クソどもがっ‼
     ……って、ちょっと待て。
     俺が、こいつらを論破して……何か状況は……あ、良くて±ゼロだ。
    「お前達がお前達の『正義』を遂行しないなら、代って俺がやらせてもらう。ただし、俺のやり方でな」
    「お前のやりかた?」
    「ああ、真綿で首を絞めるように、じわじわと苦しめる……。こいつが自分で死を願い……自分が人間として生まれて来た日を呪うようになるまで追い詰めた後で……こいつがもっとも苦しむ方法で殺してやる。そうだな……こいつが一番知りたくない事実は、こいつを殺す直前に教えてやる事にしよう。ああ、こいつは今日だけは見逃してやるが、帰ったら、ゆっくりプランを立てる事にしよう。今夜は楽しい時間を過ごせそうだ」
    「やめろ……」
    「おい、お前らしくも無い。何を待ってる? 待ってても何も起きないぞ。『自分に助けを求める人々に危害を加える輩が居たならば、この世では最も惨い死を、あの世では最も重い罪を犯した者が地獄で受けているのと同等の苦しみを与えてやろう』……それがお前が名乗っている名前の意味だろ、羅刹女ニルリティ。さぁ、せめて、こいつを楽に死なせてやりたいなら……そして、これ以上、俺の復讐に巻き込まれる者が増えるのが嫌なら……お前の『正義』を遂行しろ……『悪鬼の名を騙る苛烈なる正義の女神』よ」
     永遠の夜エーリッヒ・ナハトは……おどけた様子で……えっ?
     チビの姿が消えた……。
     何だ……どうなってる?
    「手を出すな……」
     チビは永遠の夜エーリッヒ・ナハトと戦いながら……冷たい声。
    「何だ? どうした?」
     永遠の夜エーリッヒ・ナハトも……チビと戦いながら、おどけた声。
    「自分から私に喧嘩を売ったクセに呑気なモノだな……」
    「んっ?」
    「あのダサい渾名は大嫌いでね」
    (3) おいおいおいおい……。
     何が……どうなってる?
     どうやら……スピードは永遠の夜エーリッヒ・ナハトの方が上に見える。
     体格は、もちろん、永遠の夜エーリッヒ・ナハトが上だろう。
     力も多分、永遠の夜エーリッヒ・ナハトが上。
     なのに……押されてるのは永遠の夜エーリッヒ・ナハトだ。
     えっと……これ、喜んでいいのか?
     どっちが勝っても、俺はロクな事にならない。
     でも、俺を絶対殺すマンの方が……少なくともやられかけてるようだ。
     永遠の夜エーリッヒ・ナハトのパンチ。
     それをチビのメスガキが高い蹴りで受け……って、えっ?
     何で、それだけの事で、永遠の夜エーリッヒ・ナハトがよろける?
     チビが飛び上がり、顔面狙いの回し蹴り。
     ギリギリで避けた、永遠の夜エーリッヒ・ナハト……だが、元からバランス崩してる所で、相手の攻撃を避けようとして、見事に転ぶ。
     ざまあ見ろ……悪は滅んで、正義は勝つ……いや、待て、正義の暴走は悪い事じゃ……ああ、訳が判んなくなった。
     チビは永遠の夜エーリッヒ・ナハトに馬乗りになり、脇腹のホルスターから拳銃を取り出し……。
    「愚か者を私達の手で血祭りに上げて、私達の正義を遂行しろ。それが、あんたの要求だったな」
    「なるほど……俺も……力を持った愚か者と云う訳か」
    「その通りだ。久しぶりに会えたと思ったら、あんた、言ってる事が、イチイチ、馬鹿っぽくなってるぞ」
     お……おい……あのチビ……ガチで永遠の夜エーリッヒ・ナハトを殺す気……うわああああっ‼
     お……お巡りさああああん……って、そうだ、その手だっ‼
     俺は、古川のおっちゃんに電話。
    『どうした? おい……』
    「すぐに警察幹部に命令してっ‼ 俺の居場所はGPSで判るよねっ? そこにありったけの警官隊を寄越して……そして……クリムゾン・サンシャインのコスプレをしてる奴以外は、全員、問答無用で射殺するように言ってっ‼」
    『ちょっと待て、何を言って……』
    「やれってんだよ、ボケ爺ィっ‼」
    『おい、何を……』
    「早くやんね〜と、副市長の娘に違法薬物クスリ飲ませてレ○プした事をバラすぞ、ボケっ‼」
    『ま……待て、それは、君が俺を罠にハメて……』
    「あんたを罠にハメたのは俺だけど、メスガキの@#$に○△×をハメたのはあんただっ‼ 早くやれっ‼ 俺の破滅は、あんたの破滅の筈だ、わかったかっ⁉」
    『あ……ごめん、俺は、別の穴の方が専門……』
    「今、やる話か、このボケ老人ッ‼」
    『や……やるよ、やればいいんだろっ‼』
     だが、次の瞬間……誰かが、俺の首根っこを掴み……。
    「話をややこしくしてくれたね……キミもズラかれ」
     「正義の暴徒」の1人が、俺の体を雑に持ち上げた。
    (4) あああああ〜ッ‼
     くそ、くそ、くそ……。
     これだから、「正義は必ず暴走する」「自分の正義を盲信する奴は、どこまでも残酷になれる」とか言われてるんだッ‼
     あの「正義の味方」を名乗る暴徒どもは……独り善がりな「正義」に取り憑かれ……世にも恐しい真似をしやがった。
     俺を助けるフリをして……あの時、俺が携帯電話ブンコPhoneを落したのに、何も言わなかったのだ。
     ちくしょう……「正義の暴徒」どもによる俺への包囲網はどんどん狭まりつつある。
     何とか……しなければ……なんとか……。
    「あの〜、緒方さん。緒方さんの携帯電話ブンコPhone、見付かりましたけど……」
     何とかマンションに戻ると、山下がそう言い出した。
    「へっ?」
    「ここです」
     山下は、自分の携帯電話ブンコPhoneの画面を見せる。
    「ちょっと待て、ここって……? よし、今から行くぞ」
    「い……いや、待って下さい、もうすぐ夜の一一時っすよ」
    「うるさい。行くぞ、車を出せ」
     そして、車の運転を快諾してくれた山下と共に、俺の携帯電話ブンコPhoneのGPSが指し示している場所に向かった。
    「あ……あの……何で、あそこで落した緒方さんの携帯電話ブンコPhoneが、ここに有るんですか?」
    「古川のおっちゃんが拾ってくれたんだろ」
    「い……いや、どうやって?」
    「でも、ここに有るんだろ。それ以外、考えられない」
    「でも……」
    「だから、古川のおっちゃんに話を聞けば、全て判る筈だ」
    「あ……あの……どちら様ですか?」
     何故か、俺が落した携帯電話ブンコPhoneが有るらしい場所……。
     それは、市長親父派の市議会議員の中の長老格である古川のおっちゃんの自宅だった。
     だが、当の古川のおっちゃんの家の前で、車から降りた俺達に背後うしろから声をかけた者が居た。
    「そっちこそ、先に名乗……ん?」
     一瞬、お巡りかと思った。
     だが、そいつらの片方が着ている制服は……警察のものに似ているが、ビミョ〜に違う。
     そして、警官の制服に似てる服を着てる奴以外に、もう1人。
     こっちは作業着みたいな服装だ。
    「警備会社の者です。詳細は言えませんが、この近辺で、ウチの会社と契約してるお宅で異変が起きた可能性が……」
    「異変って何だ?」
    「会社の規則により言えません」
    「そうか……」
    「で、貴方がたこそ、どなたですか?」
    「俺は、この久留米市の次期市ちょ……」
    「あああああッ‼」
     何故か、山下が大声で俺の声を遮る。
    「何だ、おい?」
    「何なんですか?」
    「あ……あの……この市の市長の選挙事務所の者で、この辺りに住んでる市会議員のかたに用事が……」
    「その市会議員って、古川亮さんでしょうか?」
    「へっ?」
    「あの……何で、こんな時間に、市長さんの選挙事務所の方が……」
    「あ……あの、ウチの事務所の者が、市会議員の古川さんのお宅に携帯電話ブンコPhoneを忘れてしまって、取りに来たんです……は……はい」
     おい、山下、山下のクセに、何、俺に無断で話を進めてる?
    「えっと……あの……お宅で異変が起きた可能性が有るお客様は……その……市議会議員の古川さんなんですが……」
    (5)「古川さ〜ん、居らっしゃいますか〜? NNR警備保障の者です〜」
    「あのなぁ、家の灯りが点いてんだぞ、居るに決ってんだろ」
    「でも、電話に出なくて……」
    携帯電話ブンコPhoneをどっかに落としたんだろ」
    「いえ、携帯電話ブンコPhoneと固定のIP電話のどっちにも……」
     3分経った……返事が無い。
     5分待っても……反応が無い。
     待てない。
     俺は玄関のドアノブに手をかけ……。
    「ちょ……ちょっと……」
    「鍵かかってないぞ」
     そして、玄関を開けると……ドアの裏側には……。
    「な……なんだ、こりゃ?」
    「あの……そこの監視カメラに……これのコスプレをした奴が玄関から入ってく映像が映ってたんです」
     玄関のドアの裏には……スプレーか何かで、デカデカと赤い色で、こう書かれていた。
    「悪党誅戮の為、クリムゾン・サンシャイン参上」
     その時……遠くから……聞き覚えの有る音がした……。
     あ……あれは……俺の携帯電話ブンコPhoneの……着信音。
    「あ……あの……緒方さんの携帯電話ブンコPhoneにかけてみたんですけど……」
    「な……なんか……嫌な予感しか……」
    「久留米第3本部、場合によっては、応援要請をするかも知れないので、準備、お願いします。可能なら、警察への連絡の準備も……。はい、映像送ります」
     警備会社の2人も慌て出した。
     ともかく、俺は……音のする方向へ……どこだ……あと……何だ、この臭いは……そして……。
     俺は、自分の携帯電話ブンコPhoneの着信音を辿り……着いたのは……居間。
    「だ……大丈夫ですか……」
    「は〜い、どっきりカメラで〜す」
    「あ……あの……何言ってんですか? 大丈夫ですか?……えっと……」
    「こんなの……どっきりに決ってるだろ。古川のおっちゃん、いい齢なのに、いたずら系の動画配信でもやってるようだな」
    「どこがですかっ⁉」
    「いや、良く出来たメイクだな……。最近は、その手の特殊メイクやる人達って、素人の動画配信にも協力してくれんの? ウチでも雇おうか?」
    「あ……あの……認めましょうよ、現実ですよ、現実」
    「いい齢して、家族まで巻き込んで、何やってんの、古川さん?」
    「だから、どう見ても……」
    「あ……もしかして、俺がさっき、ちょっとキれちゃったから怒ってんの? ああ、ごめん、ごめん。謝るから許して」
    「だから、死んでんですよ、死んでんです」
    「でも、流石に……切り裂かれた腹から出たクソの臭いまで再現すんのはやり過ぎだと思うよ、うん。動画配信だと臭いまでは……」
    「だから、どう見ても、ここ殺人現場……」
    「山下……」
    「何ですか?」
    「……取り乱し過ぎ……」
    「あ……あの……」
     俺の携帯電話ブンコPhoneは……古川のおっちゃんので着信音を鳴らしていた。
     おっちゃんのカミさんは、頭に深々と出刃包丁が突き刺さり……おっちゃんの息子夫婦は夫婦仲良く床に正座して手に何重にも巻いたガムテープで止められた包丁で切腹。
     孫達は……流石にここは手を抜いてるみたいだな……。特に傷は無く……死んだフリ。
     しかし、良く出来た特殊メイクだ。
    (6)『またしても、久留米市を中心に活動していた独立系御当地ヒーロー「クリムゾン・サンシャイン」のコスプレをした者による殺人事件が発生しました。被害者は久留米市市議会議員の古川亮さんと、その御家族の計6人です。なお、被害者の御自宅の監視カメラの映像から、ここ数件の事件の犯人とは明らかに体型が違い……』
     クソ……嘘だろう……。
     「正義の暴徒」どもは……自分達と敵対していたクリムゾン・サンシャインの評判を地に堕とすと同時に……自分達の邪魔になる俺の味方を排除する……そんな一挙両得の手段を取り始めたようだ……。
    「あ……あの……このままじゃ次に狙われるのは……」
     ネット配信の地域ニュースを観ながら、選挙事務所の警備顧問である猿渡のおっちゃんは、真っ青な顔になっていた。
    「親父達だな……」
    「じゃあ……」
    『次のニュースです。福岡県警久留米署と、複数の広域警察の久留米支局で、警察官がストライキを始めました』
     はぁっ?
    『ストライキを起こした警察官の代表は、久留米市内では、ここ数日、警察上層部による不可解かつ理不尽な命令が相次ぎ、それにより死傷者も出ており、警察上層部が納得のいく説明を行なうまで業務を遂行する事が出来ない、と発表しています』
    「やったぞ、これで俺の家族を護る者は居なくなった」
    「あ……あの……な……なにを言って……?」
    「古川のおっちゃんを殺したのが、俺を狙っているアイツ……あの『永遠の夜エーリッヒ・ナハト』なんて中二病な名前を名乗ってる『正義の味方』なら、奴は俺を最後に殺すとか言っていた。なら、次に死ぬのは俺の家族だ。親父も死ぬ。クソ義弟おとうとも死ぬ。万が一、親父が正気に戻るか、これまた万が一、クソ義弟おとうとが回復したら、俺の次期市長の座が脅かされる。だが……俺を狙ってる奴が、わざわざ、俺に都合の悪い奴らを始末してくれるだろう。馬鹿め、俺に何の恨みが有るか知らないが……お前が何をしようと、全て俺の手の上で踊る哀れな猿だ」
    「あ……あんたねぇ……」
    「それは、そうと……何で、後援会の皆さんは、誰も来てない?」
    「みんな、副市長の古賀さんに付きましたよ」
    「何でだっ⁉」
    「何でもクソも、何で、誰もあんたを応援しない理由が判んねえんだよッ⁉」
     そ……そんな……何て事だ……。
     きっと……親父の後援会の皆さんまで……あの恐るべき「正義の暴徒」どもに……洗脳されてしまったのか?
     マズい……ならば、次の手段は……。
    『臨時ニュースが入りました。先頃「御当地ヒーロー」により壊滅させられた暴力団「安徳グループ」の残党を名乗る集団が、佐賀県唐津市内の老人ホームを占拠しました』
    「へっ?」
    『ネット上の動画サイトで犯行声明と見られるものが公開されましたので、こちらでも流させていただきます』
    「な……なんだ? どうなってる?」
    「ま……まさか……」
     猿渡のおっちゃんの顔から更に血の気が引き……。
    「おい、心当りが有るのか?」
    『安徳ホールディングスの元副CEOの酒村孝太郎と申します。皆様、御存知の通り、我が安徳ホールディングスおよび関連会社の実態は、いわゆるヤクザ・暴力団でした。それについては潔く認めます。しかし、残念ながら、我々に覚えのない罪まで、我が安徳グループの関係者に着せている者が居ます。それも警察関係者の中に』
     えっと……何が起きてんだ?
    『福岡県警の本部長殿。御存知の通り、我々が占拠した老人ホームには貴殿の御母堂様が入所されていらっしゃいます。親御さんの命が大事であれば、我々に濡れ衣を着せている、以下の3つの事件の真犯人を二四時間以内に逮捕していただきたい。1つ、久留米市内のミニコミ誌の編集者失踪事件。1つ、久留米市市長の娘さん御夫婦の拉致監禁事件。1つ久留米市副市長の娘さんの失踪事件』
    「えっと……どう言う事?」
    「あ……あのねえ……何、呑気な表情ツラしてんですか? 全部、あんたがやらかしたけど、俺が元の職場に働きかけて、あいつらに濡れ衣着せた事件でしょう」
    「あ……あんたこそ、何言ってんだ? 俺は何1つやってね〜ぞ。大体、何で、ヤクザの残党が、県警のエラいさんのお袋さんが、どこに居るかなんて事を知ったんだ?」
    「あのねえ、まだ、気付かないんですか?」
    「何を?」
    「あんたが、散々利用した、警察上層部の個人情報のデータベースですけどね……」
    「それが、どうした?」
    「あれを最初に作ったのは……あいつら……安徳グループなんですよっ‼」
    (7) 俺は全てを理解した。
     なんて事だ……判れば単純な話だが……しかし……。
     久留米を中心に活動していた暴力団「安徳グループ」は、少し前に「正義の味方」どもの手により潰された。
     一般には、そう信じられている。
     しかし、事実は逆だ。
     「正義の味方」どもと暴力団「安徳グループ」は裏で繋っていたのだ。
     そして、「正義の味方」どもの邪魔になる俺と初代クリムゾン・サンシャインを倒し貶める為に、暴力団「安徳グループ」を潰したフリをしてヤクザどもを地下に潜らせ、ゲリラ活動を行なわせていたのだ。
     何と言う狡猾な連中だ……。
     このままでは、俺は……ミニコミ誌の編集者を殺し、俺の妹夫婦を拉致監禁して、妹の腹の中に居た子供を流産させ、義理の弟を廃人にして、副市長の娘を誘拐した挙句、違法薬物クスリを飲ませて、古川のおっちゃんにレ○プさせた、と云う濡れ衣を着せられてしまう。
     俺は……どうなってもいい。
     だが……「正義の味方」を名乗る暴徒どもとは違う「真のヒーロー」であるクリムゾン・サンシャインが貶められるのだけは許せない。
     このままでは、クリムゾン・サンシャインは「サイコパスのクセに異様に頭と手際が悪い連続殺人鬼」に仕立て上げられてしまう……。
     どうする? どうする? どうする?
     「正義の味方」を名乗るテロリストに反撃する方法が何か有る筈だ……。
     そもそも……「正義の味方」とは、どこの何者だ……。
     しまった……。
     クソ……。
     この前、「正義の味方」の一味らしい親子に極めて穏当な尋問を行なった時……そうだ、あいつらは「正義の味方」どもから洗脳か脳改造をされていて……何も情報を吐かなかった。
     そこで手掛かりは途切れ……あっ‼
     もう1人、「正義の味方」の手先となっている奴が居た。
     副市長の古賀だ……。
    「おっちゃん、車貸してっ‼」
    「嫌です。どうせ、また、ロクデモない事を思い付いたんでしょ。何をやる気か知りませんが、自分の車使って下さい」
     猿渡のおっちゃんは即答。
    「いや、俺の車、ブッ壊れた」
    「あのね。貴方がやった犯罪に俺の車が使われたら、俺にまで類が及びます」
    「俺がやろうとしてるのは、犯罪じゃない。『正義の味方』を名乗る暴徒どもの『正義の暴走』を止めようとしてるだけだ」
    「何が『正義の暴走』だっ‼ ネットで覚えた阿呆なフレーズを意味も判んないまま使いやがってッ‼ あのなぁ、あんたが一番、暴走してるだ……ぐえっ‼」
     何て事だ……猿渡のおっちゃんまで「正義の味方」どもに洗脳されていたとは……。
     しかし……助かった。
     猿渡のおっちゃんは……警察を辞める直前に大怪我をして……それ以降、外を歩く時にはステッキが欠かせなくなっていた。
     俺は、猿渡のおっちゃんが座ってる椅子に立て掛けてたステッキを奪い、猿渡のおちゃんを撲殺葬。
    「な……なにしやがる……」
     くそ……流石は元警官……体だけは丈夫だ。
     なぐった……。
     なぐった……。
     なぐった……。
     なぐった……。なぐった……。なぐった……。なぐった……。更になぐってなぐってなぐってなぐってなぐりまくった。
     すまない。
     許してくれ、おっちゃん。
     おっちゃんにかけられた洗脳を解いて、おっちゃんを正気に戻す為なんだ。
     その為には……おっちゃんを殺すしか無いんだ。
     わかってくれ……。
     わかってくれ……。
     仕方がないんだ……。
     やがて……。
     多分……俺の気のせいなのだろう……。
     けど……それでも、おっちゃんの死に顔は……俺に「殺してくれて、ありがとう」と言っているように思えた。
    (8)「おい、山下、すぐに選挙事務所まで車で来い。あと、クリムゾン・サンシャインのコスチュームと『道具』も、ありったけ持って来い」
    『あの……何をやるつもり何ですか?』
    「お前が余計なことを考える必要は無い。つべこべ言わずに、来いッ‼」
    『お……お願いです。もう、俺達……緒方さんと……』
    「うるさい、来い。判ったな?『正義の味方』どもが俺を犯罪者に仕立て上げるのに成功したら……お前らも共犯だぞ。判ってるよな?」
    『は……はい……』
     何としても……副市長の古賀と穏当で理性的で現実的な大人の男同士の話をして、「正義の味方」どもの情報を知ってる限り自白ゲロさせる必要が有る。
     幸いにも……警官がストライキをやってる最中……その間に全てを解決する必要が有る。
     やがて、やって来た山下が選挙事務所のドアを開け……。
     ……。
     …………。
     ……………………。
     じょぼじょぼじょぼじょぼじょぼ〜っ……。
    「な……なんすかッ⁉ なんなんすか、これッ⁉」
    「お前こそ、何、いい齢して小便漏らしてるっ⁉」
    「い……いや、これ、死んでる、死んでる、死んでる、猿渡さんが死んでる……」
    「人間、いつかは死ぬ。大事なのは『死ぬまでに何をやり遂げるか?』だ。そして、俺にはやらねばならない使命が有る。その為に、まずは、俺が着替えたら、さっさと俺を市役所まで連れて行けっ‼」
    「あ……あのその……」
    「何だ?」
    「あの……っ‼ もう何でも言う事ききますっ‼ ウチの姉貴を差し出せと言われたら……差し出しますッ‼」
    「あんなブス、要らねえよッ‼」
    「……じゃあ、ウチの姉貴の娘だって差し出しますッ‼」
    「俺はロリコンじゃねえッ‼ 酒井の阿呆と一緒にすんなッ‼」
    「ウチの姉貴の娘が、十何年か後に、いい女になってたら、緒方さんに献上しますッ‼」
    「気の長い話だが、悪くないな……。で、そもそも何の話だったっけ?」
    「……ですからッ‼ 俺だけは殺さないで下さいッ‼ 何なら、堤と野口と酒井を殺せ、って言うんなら殺しますッ‼ でもッ‼ 俺だけは助けて下さいッ‼」
    「わかった、わかった、落ち着け。俺が、お前を殺す訳なんてねぇ〜に決ってるだろ」
    (9) 道具が多すぎたんで、選挙事務所に有った台車に乗せてくしか無かった。
     市役所に車椅子用のスロープが有るなんて無駄だと思ってたが……なるほど、こう云う時には役に立つ訳か……。
     その時……。
    「何、ジロジロ見てやがるッ‼」
    「えっ⁉」
     俺は台車から金属バットを取り出すと、俺を監視していた母子連れに突き付けた。
     いや、正確に言えば、一般市民のフリをした「正義の味方」の手先である母子連れだ。
    「いえ……えっと……あの……」
     俺は迷わず母親を撲殺葬。
     俺は優しい男だ。
     子供も母親の元に送ってやった。
     周囲からは悲鳴……。
    「うるせえぞ、ボケどもッ‼ 大人しくしろッ‼」
     続いて、俺は台車から拳銃を2つ取り出し……威嚇射撃。
    「用が有るのは、副市長の古賀だけだ……他の奴は邪魔しない限り殺す気はねえッ‼」
     だが、その時……。
    「待て、武器を捨て、手は頭の後ろに。そして、ひざまづけッ‼」
     声の主は……警備員6名。
     全員がテイザーガンを手にしている。
    「うるせえ、てめえらも『正義の味方』の手先かッ⁉」
    「本部、犯人は何らかの違法薬物を摂取している可能性あり。医療チーム内に専門家が居るか確認願います」
    「だぁ〜まぁ〜れぇ〜ッ‼」
     俺は、両手の拳銃を撃つが……あれ?
     当たんない……。
     当たんない……。
     マジで当たんない……。
     警備員達は、ジリジリ、俺に近付き……。
     マズい……。
     そろそろ……テイザーガンの射程距離……。
     その時、白い何かが、俺の頭上を飛び越えた。
     警備員のリーダー格らしき奴の顔面に……そいつの飛び蹴りが命中。
     乱戦になったので……警備員達は飛び道具が使えなくなった。
     だが……多分、飛び道具無しでは、そいつには敵わないようだ……。
     ほとんど苦戦せずに……そいつは、6人の警備員をブチのめした……。
    「あ……あの……僕も……のファンなんです」
     突如、現われた、は……若い男の声でそう言った。
    「す……すいません、貴方の事、先輩って呼ばせてもらっていいですか?」
    「あ……ああ……そ……そうだな……」
    「一緒に『正義の味方』達の『正義の暴走』を止めて……この久留米から関東難民を追い出しましょう」
    (10)「えっと……お前の事は何て呼べばいいんだ?」
    「そうですね……『見習い』でどうですか?」
    「見習い?」
    「僕なんかが、あのクリムゾン・サンシャインの名前を名乗るなんて、おこがましいですから……」
    「ぎゃあああッ‼」
     次の瞬間……市役所の職員の悲鳴。
     突如現われて、俺を助けてくれた「もう1人のクリムゾン・サンシャイン」が無造作に市役所の職員の1人の鼻をもぎ取ったのだ。
    「そこで腰を抜かしてる職員の皆さん、御協力、お願いします。副市長は、どこですか?」
    「執務室の筈ですッ……場所はッ……」
     どうやら、副市長は人望が無いようだ。
     なら、次の市長選挙は……俺の圧勝だろう。
     ざまぁモノのラノベみたいな展開だ。
     副市長側に付いた親父の後援会の連中め……俺が市長になったら、関東難民どもと一緒に久留米から追い出してやる。
    「御協力ありがとうございます。でも、救急車を呼ぶのは……最低でも二〇分後にして下さいね♥」
     そう言って立ち上がった「見習い」の足下には、見せしめで拷問された……両目を潰され、両手の指を全部折られ、鼻と両耳をむしり取られた市役所の職員が横たわっていた。
     そうだ……。
     俺達は鬼でも悪魔でも無い。
     俺達には正義なんて無い。
     つまり、「正義の暴走」なんてしない。
     独り善がりの「正義」に取り憑かれ……どんな悪人よりも残酷な真似をやらかす事もない。
     この死体……あ、まだ生きてるか……こそ、その証拠だ。
     現実的かつ理性的かつ男らしく、犠牲は必要最小限で済ませている。
     そして……俺と頼りになる「見習い」は……副市長の執務室へと向かった。
    (11) きっと「正義の味方」や、奴らを盲信する愚民どもは……俺達が死体と怪我人の山を築いた、と非難するだろう。
     だが、言うまでもなく、そんなのは不当な非難だ。
     繰り返すが、俺達に「正義」なんて無い。
     有るのは、現実主義だけだ。
     だから、何人もの警備員や市役所の職員が死んだり、怪我して動けなくなってるように見えても、あくまで、必要最小限の犠牲だ。
     無意味な虐殺をするのは身勝手な「正義」に取り憑かれた者どもだ。
     俺達は、理性的で合理的で現実的な大人の男だ。
     必要最小限の犠牲は出しても、虐殺なんてやる訳がない。
     つまり、俺達が大虐殺をやらかしてるように見えても……それは虐殺じゃないって事だ。
     はい、論破完了。
    「き……君達ッ‼ な……何人殺せばッ‼ 気が済むんだッ‼」
     恐ろしい事に、この簡単な理屈を理解出来ない阿呆が、俺の親父の後釜として……次の市長になろうとしている。
     副市長の古賀は……俺達に連行されながらも、俺達を罵倒するのをやめなかった。
     どうやら、俺は重大な勘違いをしていたようだ。
     こいつが「正義の味方」どもの手先になったのは……「正義の味方」どもを恐れていたからでは無いのか? そんな事を思っていた。
     もし、そうなら、こいつには情けをかけてやるべきだろう。
     しかし、こいつは……俺達が出した「必要最低限の犠牲」を、まるで大虐殺のように非難し続けている。
     普通の人間なら、金玉が縮み上がり……あと数日は○△×が勃たなくなるような光景を見ても、俺達を罵倒するのをやめない。
     そうか……。
     こいつもまた、独り善がりな「正義」に取り憑かれた「正義の暴徒」だったのか。
     仕方ない……こいつにも「必要最低限の犠牲」に加わってもらうしか無いようだ。
     こんな奴が権力を握れば……自分の「正義」に従って、恐るべき暴走をするだろう。
     それを防ぐには……殺すしかない。
    「そうか……こいつは単なる『正義の味方』どもの手先じゃないらしいな」
    「お……おい……何を言ってる?」
    「じゃあ、こいつは『正義の味方』についての重要な情報を知ってる可能性が高いですね」
    「だから、何を言ってるんだ、君達はッ⁉」
     古賀は「見習い」の鋭い指摘にも白ばっくれていた。
    「『正義の味方』を名乗るテロリストどもの情報を全て自白させて……それを撮影して動画サイトに流す。『正義の味方』どもの強みは……正体不明な事だ。正体がバレた『正義の味方』など、潰す手はいくらでも有る」
    「いいっすね。でも、どうやって自白させます」
     待てよ……そうだ……良い手が有った。
    「い……いや、ちょっと待て……。おい、そっちのデブの方のクリムゾン・サンシャイン……」
     古賀がまた何か言い出した。イチイチ、うるさい奴だ。
    「何だ?」
    「君の声に聞き覚えが有る気がしてたが……思い出したぞ」
    「へっ?」
    「たしか、市長の緒方さんの息子……ぎゃあああッ‼」
     俺は余計な事を言い掛けた古賀の息子を手で握り潰してやった。
    (12)「や……やめましようよ。あの、あそこには絶対に警察が……」
     見習いと古賀と一緒に車に戻って、俺は山下にある場所へ行くように命令した。
     だが、山下は俺に逆らおうとした……。クソ、山下のクセに生意気だぞ。
    「あのな……警察は今、ストライキ中だ」
    「それは久留米だけの話でしょ。あそこは鳥栖とす市内ですよ。管轄も福岡県警じゃなくて佐賀県警ですよッ‼」
    「佐賀県警は、ヤクザが起こした老人ホームの占拠事件で手一杯の筈だ」
    「ちょっと待って下さい、同じ佐賀でも鳥栖と唐津って、どれだけ離れてると思ってんですかッ⁉」
    「大丈夫だ……あそこに置いてるアレが見付かればニュースになる筈だ。ニュースになってない以上……あそこには、どの警察機構けいさつの手も入っていない」
    「あと、そいつ誰ですか?」
    「あ……僕は……クリムゾン・サンシャインの一ファンです。『見習い』って呼んで下さい」
    「変なの連れて来ないで下さいッ‼」
    「いや、こいつは、中々、優秀だぞ」
    「やめて下さい」
    「あ……あの……先輩と先輩のお友達の仲を悪くするのは……ちょっと気が進まないので……何でしたら……僕……」
    「おい、山下。何、自分より優秀な新入りに嫉妬してんだッ⁉」
    「何を言ってんですかッ⁉」
     だが、俺の予想通り目的地……つまり、鳥栖市内に有る古川のおっちゃんの別荘には、警察は居なかった。
    「どうだ、俺の言った通りだった……ん?」
     「それ」を入れていた、おっちゃんの別荘の物置の戸を開けた途端……嫌な臭い。
     「それ」は……まだ生きていた……。
    「あっ‼ あっ‼ あっ‼ あっ‼ あああああッッッッ‼」
     ただでさえ、金玉を潰されたせいで具合が悪くなっていた古賀は……「それ」を見ると……完全にパニック状態。
     男のクセにしっかりしろ、と言いたいとこだが……しまった、こいつを「男」じゃなくしたのは俺だった。
     「それ」の肌や唇は、かさかさ……糞小便を撒き散らし……目は虚ろ……体の周囲を蠅が飛び交い……。
     しまった……。
     誘拐した古賀の娘……違法薬物クスリをどっさり飲ませて、ここに閉じ込めたまではいいけど……ここ数日、縛りっぱなしで物置に放り込んだっきり……存在そのものが忘却の彼方だった……。
     飯は食わせてない、トイレには行かせてない……もちろん、風呂にも……。
     ああ……えっと……控えめに言っても酷いな……。人身売買やってるヤクザにさえ、売っても相場より1桁は安い値段で買い叩かれるような状態だ。
    「は〜い、感動の親子の再会でぇ〜すッッッ‼」
     俺はヤケクソ気味に、そう叫ぶしか無かった。
    (13)「すいません、証拠は上がってるんです」
     ポキっ♪
    「さっさと自白してもらえませんか?」
     ポキっ♪
    「あの……古賀さん……僕達は、貴方が憎い訳じゃないんです」
    「いや、俺は憎いぞ」
     ポキっ♪
    「えっと……それはともかく、少しぐらい、僕達に歩み寄ってもらってもいいじゃないですか……」
     ポキっ♪
    「娘さんピアノが御上手だそうですね……コンクールに何度か入賞したって……」
     ポキっ♪
    「あ……あの……左手の指は……ちゃんと適切な治療をすれば元に戻るような折り方を心掛けましたが……これ以上、僕達に御協力いただけないのであれば……あの……右手の指は……その……すいません、僕、こう云うの慣れてないんで、話がくどくなりましたね。僕のミスです、ごめんなさい。手短に言いますね。ちゃんと真実を貴方の口から言ってもらわないと……娘さんは、今後、左手だけでピアノを弾く事になりますよ」
     「見習い」の誠実で穏当な説得の結果、虚ろな目になって床に座り込んでいた古賀は首を縦に振った。
    「おい、撮影開始だ」
    「はいッ‼」
    「ああ……そうだ……君達の言う通り、私は……『正義の味方』を名乗るテロ組織の一員だ……」
    「じゃあ、『正義の味方』どもの本名と住所を言え」
    「知らない」
    「知らない筈が有るかッ‼」
    「言いたいんだが……」
    「すいません、それを言ってもらわないと……困るんですよ」
    「い……い……言えない……知らない……判らない……」
    「駄目ですね……」
     「見習い」はクリムゾン・サンシャインのマスクをしたままなので……顔は見えない。
     だが、声からして「打つ手なし」と思ってるのだけは判った……。
    「そうか……洗脳だ……ひょっとしたら脳改造かもしれない」
    「ああ……そ……そんな……ここまで来て……。ああ、『正義の味方』を名乗るテロリスト達が、僕達のクリムゾン・サンシャインを殺した証拠が、もう少しで手に入る所だったのに……」
    「どうすればいいんだ……あと一歩だったのに……」
    「でも……『正義の味方』を名乗るテロリストの一員が市長になるかも知れない……そんな危険な事態だけは……防ぐ必要が有りますよね……ちょっと待って下さい」
    「どうした?」
    (14)「じゃあ、古賀さん。あそこのカンペに書いてある事を読み上げて下さいね。そうすれば……娘さんだけは助けてあげますよ」
     「見習い」は古賀にそう囁いた。
    「は……はい……」
     古賀は……右手に出刃包丁を握らされ……更にその手をガムテープでグルグル巻きにされている。
    「じゃあ、山下さん。僕の姿は……UPする前に画像処理で消して下さいね」
    「い……いや、こんなモノ流石に……」
    「やれ」
    「でも……」
    「やれと言ったら、やれ。責任は全部、俺が取る」
    「は……はぁ……」
    「じゃあ古賀さん、『撮影スタート』でカンペを読み上げて下さい。はい、撮影スタート」
    「くるめし……ふくしちょうの……こがでございます……。わ……わたしは……くるめしみんのみなさまに……おわびもうしあげます……。わたしは……せいぎのみか……たをな……のる……てろりす……とのてさ……きでした。わた……しは……しせ……いをの……っとり……せい……ぎのみか……たをなの……るてろり……すとの……めいれいで……おそろしい……けいかくをじっこうする……てはず……でした」
     そうだ……それこそが……俺達が苦労して掴んだ「真実」だ。
     それを今、奴らの一味である古賀が自白している。
    「どんな……けいかくかは……もうしあげられませんが……とにかく、おそろ……しいけいかくです」
     ああ、そうだ。この動画を観た者は……「正義の味方」どもが裏でどんな恐しい犯罪を行なっていたかを知り……そして、「正義の味方」どもを、この社会から排除する事を決意するだろう。
    「しみんのみなさま……つぎのしちょう……せんきょ……では、げんしちょうのごしそくである……おがたいちろうさまに……きよき……いっぴょうをおねがい……します」
     やったぞ、これで、俺は久留米市長だ。
    「あと……やくざさんの……あんとく……ぐるーぷが……ぬれぎぬをきせられた…みっつのじけんですが……すべてわたしのしわざです……わたしが、みにこみしのきしゃをころし……しちょうのむすめさんごふうふをらちかんきんし……じぶんのむすめをじぶんでゆうかいしたのです」
     何て奴だ……俺とクリムゾン・サンシャインを陥れる為だけに、こんな恐しい真似をやった奴が……俺達が生まれ育ち住んでいる町の副市長……そして、市長である俺の親父の腹心だったなんて……。
    「どうか……ふくおかけんけいほんぶちょうのおかあさんがはいっている……ろうじんほーむをせんきょしているやくざのみなさん……。あなたがたが……ぬれぎぬをきせられたじけんのしんはんにんは……ここにいます。どうか……ろうじんほーむのにゅうきょしゃのみなさんを……かいほうしてさしあげてください……」
     だが……「正義の味方」どもの恐しい悪事は……全て裏目に出た。
     これで、俺は、親父の跡を継いで、次の久留米市長だ。
     しかも、今、起きている事件を解決して……県警のエラいさんに恩を売る事さえ出来た。
     俺の未来は……光に満ちている。
     俺の完全勝利だ。
    「あの……カンペに書いてある『おわびにせっぷくします』ってどう云う事ですか?……ぎゃああああッ‼」
     古賀の断末魔が轟き渡った。「見習い」が古賀を介錯……いや、介錯とは何か違う気がするが……ともかく、古賀の手にガムテープで固定した包丁を、古賀の腹に突き刺した。
     古賀は「正義の味方」の組織の末端に過ぎないだろう。
     それでも「正義」は死んだ。
     俺は久留米市長を最初の足掛かりにして……いつか再建される日本政府の首相にまで上り詰めてみせる。
     そして、俺の手で……「正義の暴走」が一掃された日本を現実のものにしてみせる……。
    「あ……あの……」
    「どうした山下?」
     阿呆が、人が感傷に浸ってるのを邪魔しやがって……。
    「この死体、どうすんですか?」
    「娘の死体と一緒に近くのダムに捨ててこい」
    「……あ……あ……あ……あ……」
    「おい、落ち着け、はい、深呼吸」
    「あのですね……流石に……」
    「ああ、俺も流石にうっかりしてた……」
    「へっ?」
    「娘の方は、まだ死体じゃなかった。生きたままダムに捨てるか、死体にしてからダムに捨てるかは、お前たちに任せる」
    (15) そして、自分のマンションに引き上げ、シャワーを浴びて、酒を飲みながらいい気分になってた所に、携帯電話ブンコPhoneの着信音。
     この携帯電話ブンコPhoneを取り戻した時には、「正義の暴徒」どもによって惨殺された古川のおっちゃんの血と脳漿に塗れていたが、何とか問題なく動いている。
     俺が市長になったら、必ず古川のおっちゃんの無念を晴らし「正義の暴徒」どもに然るべき制裁を加えてやろう。特に、あのチビのメスガキは犯罪組織に性奴隷として売り払ってやる……そう決意を新たにしていたら……。
    『すいません、アカBANされましたぁ〜ッ‼ 俺が悪いんじゃないですぅ‼ お願いですぅ、殺さないで下さいいいいいッ‼』
     携帯電話ブンコPhoneから聞こえてきたのは山下の泣き声。
    「おい、ど〜ゆ〜事だ?」
    『副市長の古賀を殺した時の映像を動画サイトにUPしたら、その5分後には運営に見付かって、アカBANされました〜ッ‼』
    「いや、メジャーどころでは、一番、規制が緩いとこだろ」
    『どんなに規制が緩くても、流石に人殺してる動画をUPしたら、アカBANされますよッ‼』
    「殺しって何だ? どう見ても自殺だったろ」
    『あのねえ、どんな画像処理やっても、無理が有りますよ。プロが、今、俺が使ってるのより1〜2桁は高い値段のアプリ使って加工しないと、殺人犯の姿を消してるようにしか思えねえ映像になりますよ』
     おかしい……。
     何か、話が噛み合わない。
     副市長の古賀は、自分の罪を認めて、善良な市民(ヒトモドキの関東難民は除く)へのお詫びとして、自分で切腹した筈だ。
     とは言え、古賀が切腹するのは少しばかりショッキングな場面だったのは確かだ。
     山下は、それを間近で見て、ショックの余り、気が動転しているのだろう。
     しかし……動画サイトのアカウントをBANされたのはマズい。
     「正義の味方」を名乗るテロリストどもの脅威を善良だが無知なる一般大衆に伝える手段が失なわれてしまった。
     ……他の動画サイトでは規制が厳しくて……ああ、くそ、俺が市長になったら、本物のレ○プ動画や自殺動画や殺人動画をUPしてもアカBANされない「表現の自由」に最大限配慮した動画サイトを市の予算で作……。
    『ぎゃああッ‼』
     携帯電話ブンコPhoneから聞こえてきた山下の悲鳴が、俺の思考を現実に引き戻した。
     くそ、市長選挙の公約を考えてたところだったのに、余計な真似をしやがって。
    「うるせえぞ、ボケ、考え事してたんだから、静かにしろ。切るぞ」
    『ちょっと待って下さい』
     ん? 山下の声じゃない。
    『先輩、僕です、「見習い」です』
    「おお、君か、どうした?」
    『山下さんも「正義の味方」達に洗脳されてました』
    「えっ?」
     そ……そんな……いや……待て、まさか……。
    『先輩が副市長を殺した、って事にして、警察に先輩を逮捕させる陰謀に加担してたみたいです』
     な……なんだと、いや……そんな……「正義の暴徒」どもの包囲網は、そこまで迫っていたのか……。
     マズい、「正義の暴徒」どもに対抗する為に……一刻も早く、俺が親父の跡を継いで市長になるしか無い。
    『すいません、緊急事態だったんで、先輩に断わりなく、僕の判断で山下さんを粛清しておきました。先輩は、早く身を隠して下さい』
    「判った。もう、頼りになるのは君だけだ。ありがとう」
    (16) 何故……こんな事になってしまったんだ?
     俺達は……「正義の味方」を自称する犯罪者どもが裏でやっている悪事を公表する……たった、それだけの事をやるつもりだった。
     しかし、動画サイトの俺達のアカウントはBANされた。……もちろん、「正義の味方」どもの陰謀だ。
     妹の亭主は「正義の味方」どもに受けた暴行が原因で心身ともに廃人、そして、同じく「正義の味方」どもに暴行を受けた妹は腹の中に居た子供を流産。……奴らにとって都合が悪い俺を追い詰める為に「正義の味方」どもは、こんな酷い真似までしやがった。
     そのショックで、久留米の市長だった俺の親父は……まぁ、その何だ……脳味噌が可哀想な事になった。……そうだ、こうなる事を見越して、「正義の味方」どもは俺の妹とその亭主を拉致監禁拷問したのだ。
     市議会の市長親父派の会派の長老格だった古川のおっちゃんは……一家皆殺し。ああ……俺が……「正義の味方」どもの「正義」に屈服さえしていれば……。
     携帯電話ブンコPhoneでネットの地域ニュースを調べてみると……親父の選挙事務所の警備顧問だった猿渡のおっちゃんが撲殺死体で発見されたらしい。ああ、最後に会った時は、ちょっと具合が悪そう程度だったのに……。
     そして……副市長の古賀までもが「正義の味方」に殺されたらしい……。
     これに関しては、いいお報せであると同時に、悪いお報せでもある。
     いいお報せは、最早、市長親父派の次期市長候補は、俺しか残っていない。俺が次期市長になれる可能性は大だ。
     悪いお報せは……俺に古賀殺害の濡れ衣が着せられているらしい事……。
     これを何とかしなければ……。
     残っている仲間の堤と野口に連絡を取ろうとしても……返事がない。まるで、死んだみたいに……。
     あれ? そう言や、山下は……あ、あいつ裏切ったんだな、たしか。
     何とか残る仲間2人に連絡を取ろうと……ああ、そうだ、野口のSNSアカウントが有った……。
     えっ?
     何だ、こりゃ?
     野口がSNSに変な動画を投稿……うわああああッ‼
    『おい……ちゃんと撮影始めてるか?』
    『は……はい』
     野口が投稿した動画に映っていたのは……黒一色のコスチュームの男……それは……「正義の暴徒」どもの中でも、特に俺を執拗に狙っていた……「永遠の夜エーリッヒ・ナハト」だ……。
    『我が名はエーリッヒ・ナハト。紅の夕日が沈んだのちに訪れる「永遠の夜」だ。警察と久留米市内の「御当地ヒーロー」達に告ぐ。お前たちは、何故、市内で「ホームレス狩り」「関東難民狩り」を行なっていた緒方市長の馬鹿息子を殺さなかったのだ? 殺す機会が何度も有ったにも関わらずな。あのような人間の屑に人権を認めるなど、愚かしいにも程が有る』
     いや、待て、何を言ってる?
     ヒトモドキを叩きのめす事は公共の利益の為だ。
     SNSでは、みんな、そう言ってるだろッ‼
    『「クリムゾン・サンシャイン」を名乗り、あの人間の屑どもを他の「御当地ヒーロー」より護っていた愚か者は既に我が手で抹殺した』
     ……えっ? じゃあ、こいつが……俺達のクリムゾン・サンシャインを殺した……真犯人。
    『そして、他の「御当地ヒーロー」達よ。お前達がお前達の正義に縛られ、殺すべき者を殺せないのなら、この俺が……奴らを誅戮する』
    『あの……「ちゅうりく」って、どう云う意味すっか?』
    『……殺すって事だよッ‼ 俺がしゃべってる途中に、余計な茶々を入れるなッ‼』
    『それだったら……その……普通に「殺す」って言った方が判り易い……』
    『うるさい、余計な事は、これ以上、言うな』
    『じゃ……その、最後に1つだけ質問が有るんですけど』
    『わかった、わかった。これが最後だぞ』
    『あ……あの……俺は助けてくれますよね? えっと、広報活動に協力したんで……その……うぎゃあっ‼』
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    2022/03/01 23:58:33

    第三章 糞蠅/Breathless

    独り善がりの身勝手な「正義」に取り憑かれ「正義の暴走」を続ける「正義の味方」「御当地ヒーロー」達から善良な市民を護り続けた数少ない「真のヒーロー」であるクリムゾン・サンシャインは、ついに凶暴極まりない自称ヒーロー達に血祭りに上げられた。
    しかし、偶然にもクリムゾン・サンシャインのコスチュームを受け継いだ平凡な青年・緒方一郎は、初代の遺志を受け継ぎ2代目クリムゾン・サンシャインとなった。
    だが、その2代目クリムゾン・サンシャインの前に「永遠の夜(エーリッヒ・ナハト)」を名乗る謎の暴漢が現われ……。
    ※主人公の主観から見た「あらすじ」であり、作品世界内の事実・真実とは限りません。

    #伝奇 #サイコホラー #ヒーロー #近未来 #ディストピア #不条理ギャグ

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