落日騙れば ——人と人の境界とは、自我のあり方から発生する事柄かもしれない。記憶より女振りが増したアニーから、己が二年、行方をくらませていたことを知り「サンダウン・キッド」を騙る者がいることを知った時、サンダウンがまず思ったのは、それだった。もう、終わらせてやっておくれよ、と声を振り絞ったアニーにサンダウンはただうなづき、新たに譲り受けた愛馬にまたがると、サンダウンはサクセズタウンを出た。
まさかな、という言葉はとうに意味をなさない現実逃避でしかない。だから、サンダウンは口から零れ落ちそうになった言葉を殺めた。意味のない戯言は、この時は必要がない。しかし、と心の中で前置いて、サンダウンは口内で言葉を転がす。私の名を騙るのであれば、賞金稼ぎなどやめるべきだろうに、と。
◇◇◇
凄腕の賞金稼ぎ、サンダウン・キッド。あの時から時差のある今この時にサンダウンが戻った時、乾いた笑いが思わず出たのも仕方ないだろう。確か、その名を聞いたのはサクセズタウンに赴く前の酒場だったか。ちゃちな腕前の同類の腕を射抜いた時、そうであるのか、と叫ばれた。そのあと、サクセズタウンに向かってしまったのはやむを得まい。騙るような男とは、サンダウンは思っていなかった。サンダウンは、狂犬と自らを称した男のことを、詳しく知っているわけでない。追い追われるの生活の中、あの青年と交わしたのは銃弾だけだ。
だというのに、騙るような男であったのか。そして、騙る名はなぜ自分のものであるのか。
サンダウンはわからない、と結ぼうとして——やめた。それこそ、意味のない戯言であったから。生きる意味、その意味を、サンダウンは知っていたというのも、あった。
◇◇◇
「…………空が、落ちてきそうだな」
「ハッ、詩人のフリなんざやめた方がいいぜ、らしくねえ」
青年といえた印象を少し越して、煮えたぎる執念を目に宿した狂犬だった男は、サンダウンを前にして、ようやくきたなと笑っていた。名を騙れば、現れると。己の手以外でサンダウンが死ぬはずはないと、男は笑う。
決闘を、と望んだ男にサンダウンは視線だけ返した。この期に及んで、と男はサンダウンに非難の声をかける。
「お前も、私も「サンダウン・キッド」だ。どちらが死んでも名は残る、どちらが死んでも名が残るなら、決闘の意味はない」
「なにが言いてえんだ! こんな様になってまで、俺が望むのはアンタの首ひとつだってのに!」
「それだ、」
「あ?」
サンダウンは、あの迷宮で手に入れた銃に弾を込める。そして、こう告げた。
「サンダウン・キッドとして戦うのか、狂犬。私は、お前の目の前にいるというのに」
男の目が見開く。反射で一歩下がった男の足元に、高らかに吠えた銃の牙の、その跡が残っている。
「お前として、私に対峙しろ」
男の目が歪む。歓びでか、それとも別の感情でか。もう一度、銃が吠える。早撃ちの名手たちだ、実際は一度ではなかったのかもしれない。
サンダウンが落ちてきそうだ、と評した空は太陽を喰って地平を曖昧にする。
咆哮の後に立っていたのが二人だったのか、それともどちらもいないのか。それを知るものは、誰もいなかった。