きよしこのよる 不死川家にとってクリスマスとは家族で過ごす日だ。今年もまた、幼い弟妹たちが飾りつけした部屋で、いつもより少し豪勢な夕食を囲み賑やかなひと時を過ごした。
食後の団欒の後、それぞれが入浴も済ませ後は眠るだけとなったころ、実弥と玄弥はクリスマス最後のイベントの準備のために二人の私室で額を突き合わせていた。
「もっかい確認しとくぞォ。これが弘、こっちの丸いのがことで、赤いリボンのやつが就也」
二人の前にはプレゼントの包みが三つある。弟たちが寝た頃合いを見計らって枕元にプレゼントを置くのが、長男と次男の役目だった。ちなみに妹二人の姉妹部屋は母の担当だ。年頃になってきた妹たちの部屋に無断侵入するのは憚られた。
「あいつらどのくらいで寝るかなぁ」
「朝からはしゃいでたからなァ。疲れたろうしすぐだろ」
疲れているのは二人も同じだ。昨日から玄弥は学校、実弥は仕事が終わってから食材やケーキを手分けして買いに回り、料理も忙しい母に代わって二人で用意した。少しでもクリスマスらしく、と盛り付けも工夫して、楽しくはあったが頭の普段使わない部分を働かせた疲労感があった。
実弥はちらりと玄弥を見る。すっかり弟妹たちを楽しませる側に立っているが、玄弥自身も遊びたい盛りの高校生だ。
──どっか連れてってやりゃ良かったなァ。
買い物に料理にと忙しかったが、少しくらいの時間は作れたはずだ。玄弥があまりにも普段通りだから、何も気付かずいつも通りのクリスマスを過ごしてしまったことを実弥は少々悔やんだ。
二人の関係が恋人になったのはほんの数カ月前だ。長年抱えてきた想いを些細なきっかけで伝え合うことになり、紆余曲折の末に結ばれた。
実弥にとってはクリスマスは家族と楽しむ日だが、世間では恋人と過ごす日という扱いでもある。短い時間でも恋人らしいことをしてやれたのでは、玄弥も内心それを期待していたのでは。そんな思いが頭の片隅でもやもやと渦巻いていた。
「……あのさ、兄貴」
遠慮がちに潜めた声が兄を呼ぶ。同じ色をした目を覗き込むと、逃げるように瞳が逸れた。みるみるうちに赤らんでいく頬に、これは照れているな、とわかる。
「え、えっと……五分だけ、その、くっついていい……?」
恋人らしいことをしてやれなかったと悔やんでいたら、向こうから来た。玄弥が求めてくれた喜びと、やっぱり何かしてやればよかったという反省の念が同時に湧き上がる。
「……ん」
胡坐をかいたまま両腕を広げる。真っ赤な顔を綻ばせ、いそいそと長身が腕の中に収まった。背中に回された腕が温かい。実弥も同じく背を抱いて、高校生になって劇的にしっかりとしてきた肩に顎を乗せた。
「悪かったなァ、付き合ってんのに何もしてやれなくて」
「へ?いいよそんなの、兄貴仕事もあったろ」
あっけらかんと返す声には嘘も遠慮もない。これは本当に何も求めていない声だ。
「俺、家族でクリスマスすんの毎年楽しみだし。兄貴とはこうしてられたら、それで十分」
「欲がねえなァ……」
「ん、ていうか、兄ちゃんと両想いになれた、ってだけで嬉しすぎて、なんか……」
なんか、の続きは口の中でモゴモゴと消え、実弥に届くことはなかった。視界の端に見えた耳が真っ赤に染まっていた。
そんなもの、俺だって同じだよ。言葉にする代わりに、熱の上がった頬を摺り寄せる。
実の兄弟だ。道ならぬ想いと生涯秘めておくつもりだった心を、玄弥が受け取ってくれただけで至上の幸せだった。
とはいえ、何かしてやりたいという気持ちは大いにある。やはり来年はどこかに連れて行きたい。クリスマスと言わず、これからは機会があればいつだって、二人で過ごす時間を心掛けて作っていこうとひっそり決意する。
「玄弥」
「うん?」
「プレゼント配り終わったら、眠くなるまでこうしてようや」
「へ、ぁ……う…………うん」
サンタの服より真っ赤になった鶏冠頭がぎこちなく頷く。
恋人になったといっても、あまり積極的に触れ合うようなことはない。なにせ教師と生徒、成人と未成年である。節度は必要だと線を引いたのは実弥のほうだ。玄弥が高校を卒業するまではハグと軽いキスだけ。その線引きを破るつもりはない。
ただ、時々は──たとえば今日のような日は、少しばかりじっくり触れ合ったっていいだろう。
「……いいの?」
「明日から冬休みだろ。ちょっとくらいの夜更かしは見逃してやらァ」
くつくつと笑って背に回した腕を強くすると、玄弥もおずおずと抱き返してくる。
「やったぁ」
小さく小さく呟いた声は、きっと実弥にも聞かせないつもりで言った独り言だ。だが生憎こちらは玄弥の一挙一動に敏感で、些細な声だって拾い上げる。
はにかみ交じりの声は、恋人同士で抱き合っているという状況とは思えないほどあどけない。胸の奥がきゅうっと甘く痛んだ。
「玄弥ァ」
「なに?」
「キスさせてくれ」
「……う、うん」
背に回していた腕を緩めて顔を寄せれば、瞼も唇もぎゅっと閉じているのが目に入る。まだ付き合って数カ月とはいえ、いつまで経っても初心な様子が微笑ましくて愛おしい。といっても実弥だって玄弥が初恋の男である。兄としての矜持で余裕があるように取り繕っているだけだ。
ちゅ、と軽く触れるだけの口付けをする。夢のように柔らかい感触に、思わずもっと深くと望みそうになる。やはり線引きを定めておいてよかった。自制しないと際限なく求めてしまう。
「……そろそろ皆寝たんじゃねぇか?様子見てくるわ」
欲望に蓋をするために、恋人としての時間を終わらせる。弟たちの話題を出せば玄弥もハッと兄の顔に戻り、そそくさと実弥の腕の中から離れた。
「そ、そうだよなっ。見てきて兄貴」
温かい体温が離れたことで少し肌寒くなる。暖房のない廊下に出ればなおさらだ。頭を冷やすのにはちょうどいい。
ふーッ、と長い息を吐く。
あと、おおよそ二年。その間は、きちんと己の欲求を飼い慣らさねばならない。今すぐに全て奪って喰い尽くしたい、なんて苛烈なものではないのだ。ただ少し、時々ほんの少し線を越えたくなるだけで。
想いが通じただけで幸せだ。けれど、それだけで何もかも満たされるほど実弥は慎ましくはない。恋人らしいことをして喜ばせてやりたいし、玄弥が成人したら自制もやめる。
「……まずは正月かねェ」
一緒に初詣をして、その後はどこかへ遊びに連れて行ってやろうか。それとも早起きして初日の出でも見に行こうか。さすがに外ではどこに人目があるかわからないのでやらないが、帰ってきたら冷えて赤くなった顔にキスがしたい。
ざっくりと脳内でいくつかの計画を立て終えると、再び息を吐いて頭を切り替える。本日最後の重要任務を玄弥とともに完遂するため、足音を殺して一歩踏み出した。
end