popping the question 偏屈な相手に思いを伝えるには、カインは自分が素直すぎると感じていたし、きちんとした対策が必要なように思っていた。
カインは早足で街を歩いていた。賑わう屋台には脇目もふらず、ある店を目指す。
ここは中央の国の北に位置する街である。カインは箒をすっ飛ばして、普段生活している北の国から、この街へとやって来た。
目的の店に辿り着く。小さいカフェだ。混み合っていたものの、先に来店していたクロエとラスティカに呼ばれ、カインはすぐに座ることができた。
久しぶり、とあいさつを交わし、カインはコーヒーを注文した。
「悪い! 遅くなっちまった」
カインが謝ると、ラスティカは優雅な微笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ。いろんなお茶を楽しめたしね」
「それより、『折り入って相談がある』って言ってたけど、どういう話なの?」
クロエが緊張した面持ちでカインに聞いた。
カインは、クロエとラスティカが北の国に遊びに来るという報せを聞き、二人に手紙を出していた。その手紙で、「北の国に来る二日前にこの街で会いたい」「折り入って相談がある」と伝えていたのだった。
カインはさっそく切り出した。
「うちに来てくれるってのに、わざわざ俺の相談のためにここに来てくれて、ありがとう。単刀直入に言うと、相談っていうのは——俺、オーエンと結婚したいと思ってるんだが、どうしたらいいかなって、それを聞きたくて」
カインの言葉に、クロエとラスティカは目を見開き、やがてきらきらと顔を輝かせた。
「おめでとう! カイン、オーエンと結婚するんだね!」
「素晴らしい。挙式はいつ?」
「あ、違うんだ。結婚したいと思ってるのは俺だけで、相談ってのは、プロポーズについてなんだ……」
クロエはきょとんとした。
「えっと、プロポーズはまだってこと?」
「ああ。どうやったらオーエンは俺のプロポーズ受けてくれるかなって、それを相談したかったんだ」
クロエとラスティカは互いに顔を見合わせた。
ラスティカがティーカップを手にしながら、軽く首を傾げる。
「カインの気持ちを伝えれば、オーエンは承諾すると思うけれど」
クロエもうんうんとうなずいている。
「そうだよ。カインなら難しくないよ! それとも、なにか不安があるの?」
カインは膝の上で手を握って、うつむいた。
「……オーエンって、北の魔法使いだろ? しがらみになるものは作らない。だから、結婚には消極的なんじゃないかって……」
「ああ……」
クロエの表情が少しくもった。
北の魔法使いは、孤高の存在だ。大事な存在はしがらみとなり、弱みになってしまうから、一人で生きる。なににも心を預けないことが、北の魔法使いの強さの源泉だった。誰も愛さないから、北の魔法使いは強い。
カインは、オーエンは結婚に興味がないのだと思っていた。
ゆっくりと紅茶を飲み終えたラスティカが、口を開く。
「カインは自分が、魔法使いとして弱いと思う?」
カインはばっと顔を上げる。
「弱いとは思わない。オーエンに修行をつけてもらっている身だ。俺より年上の魔法使いにだって、勝てる自信はある」
カインがまっすぐな瞳をラスティカに向けると、ラスティカはふっと笑った。
「きみを強くしたのは、オーエンの愛なんじゃないかな」
カインは戸惑う。
「愛……。愛かは分からないけど、俺を鍛えてくれることは感謝してるよ。オーエンがいなかったら、俺は生きられなかっただろうから」
「あっ、カインを死なせたくないのもそうだし、オーエンは、カインがオーエンにとっての弱みにならないように、カインを強くしたんじゃない?」
クロエが言った。
ラスティカがうなずく。
「カインが強かったら、カインがオーエンの弱点になる要素が減るからね」
「なるほど〜!」
クロエは笑顔になったが、カインはまだ不安だった。
「でも、やっぱり約束ってなると……」
「もし僕たちが、オーエンは結婚しない主義だから望みは薄いって言ったら、カインはプロポーズを諦める?」
「!」
「カインの結婚したいって気持ちは、それでなくなってしまうものなのかい?」
カインはラスティカを見た。それから、膝に目を落として、まぶたを閉じた。カインは自分の心に問いかけた。
「いや……俺は諦めない」
クロエがカインの手を取る。
「カイン。オーエンがどう答えるかは分からないけど、まずは伝えてみようよ。一回失敗したら、もうだめってわけでもないし」
クロエの温かい手に包まれて、カインは勇気が出てくる。
「そうだな。伝えるよ。ありがとう、背中を押してくれて。……それとクロエに、もう一個相談があって」
「え?」
カインはクロエの手を握り返した。
「プロポーズの指輪の用意を手伝ってくれないかな?」
「! いいよ! もちろん! 喜んで!」
「光栄だね、クロエ」
ラスティカがにこにことクロエに笑いかけた。クロエは頬を紅潮させている。
「プロポーズが成功するよう、力を尽くすね!」
「クロエのセンスに頼るなんて、カインは見る目があるね」
ラスティカにそう言われて、カインは指で頬をかいた。
「あ〜……。センスはもちろんだけど、その前の段階でどうしてもクロエの力が必要でさ」
「?」
「オーエンの指輪のサイズを調べるのに、クロエの仮死魔法を使わせてほしい。頼む!」
「……ええ⁉︎」
カインは指輪を準備するにあたって、オーエンの指輪のサイズを調べようとした。すでに所持している指輪があれば、それと同じサイズのものを用意すればよい。だが、カインが家でオーエンの指輪を探そうとすると、オーエンはめざとく気づいた。そのときはカインは適当にごまかしたが、カインはオーエンに嘘をつくのが得意ではない。また探すときに気づかれたら、本来の目的を伏せて取り繕えるか自信がなかった。オーエンが自分の持ち物に魔法をかけて、カインが触れれば分かるようになっている可能性もある。
オーエンが寝ている間に指のサイズを測るのも難しかった。一度試そうとしたものの、手に触れただけでオーエンは目を覚ました。オーエンには隙がない。
「そこで、クロエの仮死魔法だ、って思ったんだ。仮死の状態にさせて、その間に指輪のサイズを測る!」
カインはクロエを見つめる。
クロエはラスティカに聞いた。
「俺の魔法、オーエンに効くかな……?」
「うーん。僕とカインが手伝えばなんとかってところかな」
「できそうか⁉︎」
カインはクロエとラスティカを交互に見た。クロエは決心したように、背筋を伸ばした。
「うん。俺、頑張るよ」
「なにを頑張るって?」
——急に、ぞっと冷たい声がした。その声は、カインのものでもなく、クロエやラスティカのものでもない。
「ふうん、なんか楽しそうだね」
カインが振り返ると、オーエンがいた。
「へ、オーエン……⁉︎」
カインは驚いて椅子から転げ落ちそうになった。白い帽子に白い外套のオーエンが、おばけみたいにヌッと立っている。
今日は一日中オーエンは外出しているはずだし、オーエンが用事を早く終えて帰ってきても問題ないよう、カインは手早く相談を進めていたつもりだった。
オーエンはカインが家にいないことに気づいて、気配を追って来たようだった。
オーエンはカインを見て、薄笑いを浮かべた。
「おまえのその顔、最高。なにか悪だくみしてたんでしょう? 僕にばれて、無様に青くなってる。ふふ」
「悪だくみではないぞ……!」
悪いことをしていたわけではないが、オーエンに秘密のことなので、カインはどう弁解しようか焦った。
オーエンは魔法で椅子を引き寄せて、カインたちのいるテーブルに加わった。
カインが顔を引きつらせると、オーエンの笑みはさらに深くなる。
「僕が来たら、迷惑?」
「そ、そんなことはないが……」
「オーエン、久しぶりだね」
ラスティカがのんびりとオーエンに言った。
クロエは、はっとしてオーエンに笑顔を向ける。
「久しぶり、オーエン! 今日はオーエンともカフェでお茶できて嬉しいな」
オーエンが事前に注文していたのか、ケーキがいくつも運ばれてきた。テーブルに、びっしりとケーキの皿が並べられる。
「おい……」
「おまえは僕に文句を言える立場じゃないでしょう」
オーエンに意見しようとしたカインは、そうオーエンに制された。
カインは冷や汗をかきながら、オーエンとクロエ、ラスティカの会話を黙って聞いていた。
カインは、オーエンはいつから相談の件を聞いていたのだろうと考えていた。現れる直前の、クロエの仮死魔法のあたりだろうか。聞かれていたとなると、オーエンに仮死魔法を使うのは困難になるなとカインは思った。それより、もっと前から聞かれていたのだとしたら——カインは頭を抱えたかった。指輪の用意も難航するし、オーエンが勘づいて、カインのプロポーズを避けるよう動くかもしれない。カインが気持ちを伝える隙すら、与えてくれないかもしれない。
しがらみ自体はもちろん、しがらみを作るかどうか検討することも、北の魔法使いにとってはわずらわしいことなのだろう、とカインは認識している。北の魔法使いは、心を惑わされることがうっとうしいのだ。乱れない強固な心が、魔法を強くする。
オーエンはテーブルに乗っているケーキの半分を食べ終わった頃、カインのほうを見た。
「これ、おまえにやるよ」
「え?」
不意に、オーエンがなにかを投げてきた。
「っと……」
カインは、オーエンが投げたそれを両手でキャッチした。
——両手で包み込めるくらいの、小さい立方体の箱だった。
ベルベットで覆われていて、表面は柔らかい触り心地だ。
「なんだ?」
「……えっ⁉︎」
クロエが驚いた声をあげる。ラスティカは目を見張っていた。
カインは息を呑んで、箱をじっと見た。そのあとオーエンに視線をやると、カインはオーエンと目が合った。
「おまえの魔法で開くようになってる」
オーエンに言われ、カインは手の中の箱に向かって呪文を唱えた。
「……グラディアス・プロセーラ」
貝の口を開けるみたいに、箱がゆっくりと開いていく。戸惑いと緊張に包まれながら、カインはそれを見守る。
「え……指輪?」
カインの声が驚きでひっくり返る。クロエも小さく「あっ」と声を漏らした。中には、指輪が収められていた。
カインは指輪を凝視した。
カナリアの羽の色のような、鮮やかなイエローの宝石がリングに輝いている。
オーエンはいたずらが成功したみたいに、上機嫌な早口で喋った。
「人間たちの流行りでは、無色透明のダイアモンドが、こういうときにはふさわしいらしい。でも僕は、太陽の光を溶かして煮詰めたような、そのイエローダイアモンドが、おまえにはお似合いだと思った」
光を反射してきらっと光る石が、カインにはだんだん、ぼやけて見えた。カインの目頭が熱くなってきた。
「オーエン、これ……」
「結婚してあげようか」
オーエンは得意げに口角を上げて、カインに言った。
カインの胸に、こみ上げてくるものがあった。
「……ほんとうに? 夢じゃなくて?」
「僕の気が変わらないうちに、返事して」
「っ、オーエン、俺と結婚してほしい……」
「ふん。仕方ないな。いいよ」
「よかったねカイン! よかった……!」
ぼろぼろと泣くクロエが、カインの背をさすった。泣いているクロエを見ていると、カインも涙があふれてくる。
「うん……」
「おめでとう」
ラスティカはまばゆい笑顔で、カインとオーエンを祝福している。
それからしばらく、カインはクロエと泣き続けていた。
ラスティカがオーエンに言った。
「カインにプロポーズを諦めないよう言ったけど、オーエンが結婚に乗り気なのは意外だった。愛するひとのために、北の魔法使いの矜持を曲げたのかい?」
「はっ、違うけど。——ふふ、全然ロマンチックじゃなかったのに、あんなに喜んで、馬鹿みたい」
オーエンはケーキを食べるのを中断して、足を組んだ。オーエンは泣いているカインを見つめる。ラスティカだけに聞こえるように、オーエンは声の音量を落とした。
「この前、そこそこ強い北の魔法使いの不意打ちを食らった。それで僕が死んだとき、カインはその魔法使いに向かっていった。僕の仇だって言って。僕がすぐに生き返らなきゃ、カインはそいつに殺されてたくらい、そいつは強かった。……僕が生き返るのを待ったらいいのに、すぐ熱くなって、カインは馬鹿だよ」
「……それがどう影響して、結婚に?」
「カインに、僕の知らないところで勝手に死にそうなことするなって、約束させる。だって、もし今後、カインが僕じゃないやつに気が移ることがあったら、そいつのためにあっさり死ぬ可能性があるだろ。せっかく鍛えてやったのに、呆気なく死ぬなんて許せない。それなら、一生僕に縛りつけておこうと思った。僕はしがらみを作ったわけじゃない。僕が、あいつを縛るんだ」
オーエンは満足そうに笑うと、ケーキの甘ったるいクリームを口に運んだ。