肘鉄砲より種子島|逃げるな久々知、告白の続きを言え!「おい」
「はいはい」
「好きだ」
「はいは……あ?」
火薬倉庫。夕方。夕食前。
火薬委員の仕事で、久々知と残って下級生には難しい作業を二人でこなしていたら、唐突にそんな事を言われた。
はて? 一体何の話をしていたのやら。豆腐の話をしていたはずはないのだが。直前まで交わしていたのは火薬委員会の業務についてで、しかも今さっきまでお互い無言であったはずだ。
念のため記憶の糸を手繰り寄せてみるものの、残念ながらやはり久々知に声をかけられるまで私と彼は会話をしていない。そう、話は唐突に始まったのである。
一体何だってってんだ。というか主語を入れろ主語を。どうせ今日の夕飯に久々知の好物である豆腐が使われているかどうかの話なのだろうが、作業中にぶっ飛んだ話を投げられても全て拾えるほど暇じゃない。
「久々知……?」
土井先生から午前中受け取った火薬の資料を手に、そのまま私はぐるりと後ろに振り返る。私の後ろで作業をしている久々知も、同じ資料片手に在庫の計算をしているので、これは至って自然な動作……の、はずだった。
「って、おい、こら、待て久々知!」
「待たない」
「こンの、何仕事放棄しようとしてんだ! まだ残り結構あるの知ってんでしょうが! それ全部私に押し付ける気!?」
「悪い」
「悪い、じゃ、ねえ!! 悪いと思ってるならやってから帰れ! お腹が空いたなら私だって空いてんのよ! いいから早よ戻って来い!」
「断る」
「ふざけんなあ!!」
嗚呼、何と言う事でしょう。
振り返った先に居た彼は、職務怠慢を今正に実行しようとしていた真っ最中。私が後ろを向いていた間に、そそくさと火薬倉庫を出ようとしていたのであります。
マジで怒り沸騰5秒前。これは助走をつけて飛び蹴りを入れることも辞さない。
私だってさっきから乙女にあるまじき勢いで、盛大にお腹が鳴っているのだ。できることなら先に夕食を食べてからこの作業をしたい。
しかしながら夜に火薬倉庫へ入るという事は、灯りを持って入らなくてならない。
他の委員会ならいざ知らず。そんな事火薬委員会は何があっても許される訳ないのである。
爆発されたら溜まったもんじゃない。そしたらまた会計委員会に揚げ足取られて予算を減らされるだけなのだ。
よって、少しでも明るいうちにこの作業は終わらせておかなければ、明日の朝練の前と朝練の後の貴重な身支度の時間を私は奪われることになる。
それこそ乙女にあるまじき状態で授業に出ざるを得なくなる。それだけは勘弁願いたい。
私は火薬倉庫を飛び出して、逃げる久々知を追いかける。
「おいこら豆腐小僧、ちょっと待たんかい!」
「無理だ」
「んじゃ止まれ!」
「それも無理だ」
「こンの、阿呆久々知! 話が有るなら火薬倉庫に戻ってきちんと言え!」
「……」
「無視かこの野郎!!」
夕食時の学園の人ごみに紛れ、中庭を二人してかなりの勢いで走り抜ける。
流石い組、成績優秀なだけあって、奴は脚も速い。
加えて久々知は上手い事人や建物を利用して私との間を広げて行く。
さて、私はと言えば、だ。
それなりに足の速さも知識も有るが、残念ながらそこまで肉体戦の実習成績は上位ではない。奴の動きを止めるために絞技をかけても、早々に振り解かれてしまうのが関の山。同い年の久々知相手では、奴の方が身長があるだけに精々背負い投げして池に投げ込めれば良い方だ。
このままでは人が多いこの状況、下級生はおろか、同期、上級生にまで私の実習の出来の悪さ見られてしまう。要は晒しもんである。この世の中一体どこに喜び勇んで恥を晒す者が居るだろうか。勿論私にしたって、この態勢は嬉しくもなんともない。寧ろ泣きたい。
「あぁ、もう!」
久々知を追うのを止め、私は一寸の間考えるとそのまま鐘突き場に向かった。
鐘を撞き終わり、降りて来たヘムヘムが吃驚した顔で私を見るが、そんな事を気にしている暇などない。
一気に鐘の元まで駆け上がり、私は学園を見下ろす。
勿論久々知はしっかりこの隙に隠れているので、上に登っただけで彼を見つけられるなんて甘い話は転がっていない。
さあ、問題はここからだ。
「久々知! 聞こえてる!? 今からアタシが十数えるまでに出て来なさい。それが出来なかったら、火薬倉庫の残りの作業は今晩アタシ一人で勝手にするわよ!」
「馬鹿を言うな!」
大分慌てた久々知の声がどこからか聞こえて来た。思っていたよりも近くにいるようだが姿を見せる事はなく、まだ私から逃げる事は諦めてはいないらしい。
「なら出て来なさい。これはお願いじゃないわ、命令よ」
応答は、なし。
悩んでいるのか、逃げているのか。
ここから地上の細かい様子は解らないので、これ以上会話の間を空けるのは危険だ。
よって、実力行使執行である。
「一、二、三、四、五……」
これでもかとばかりに、大きな声で数を数えてやる。下の方では学園の生徒達が何事かとざわつきはじめてきた。
早い所片付けないと、マジでこれはヤバいな。思ってた以上に恥ずかしい。
心なしか数を数える声が早くなる。
「六、七、八、きゅ……」
「解った! 解ったから、数を数えるのは終わりだ! 作業もすぐにこれから終わらせる!」
「そこに居たのか」
一体何処に隠れていたのかと思えば、まさかの鐘突き場の屋根の上。つまり私の頭上。
腕を組み、久々知が素直にこちらに降りてくるのを待つ。
「強引にも程がある」
「自業自得よ。で。どういう事なのか、しっかり説明して貰おうじゃない」
「いや、説明するとまでは……」
「うふふ、手間を取らせて悪かったわね。それじゃあ、今晩火薬倉庫で会いましょうね、久々知くん」
「解った。話す、話すからそれは駄目だ」
「当たり前でしょ。只でさえ予算ないんだから、そんな危険な事やってらんないわよ」
腰に手を当て鼻を鳴らす。
久々知も私のその様子を見てやっと逃げられないと悟ったのか、顔を手で覆って溜息をついた。
「……お前が好きなんだ」
「あらそう」
「あらそうって、お前……」
「知ってたわよ、そんな事。アタシを誰だとお思いで?」
「……いや、だけどな」
「ばーん!」
「なっ!?」
種子島を持ったフリをして、久々知に向かって一発撃った。勿論フリなので、本当に撃ってなどいない。
それでも私の突然の大声に、久々知は驚き目を見開いている。
普段淡々とした顔しか見られない彼の顔が崩れ、少年らしい表情になった。元々綺麗な顔をしているけれど、まあるく目を見開きこちらを見つめてくる。その顔を見たのは、一体いつが最後だっただろうか。
「どう? 改めて胸を射抜かれた気分は」
「気分はって……」
「……いやあ、結構前から久々知に私から弾は打っていたんですけどねえ? なかなか気付いて頂けなくて困ってたんですよねえ?」
一体誰を追いかけてズボラな私が火薬委員会に立候補したとお思いか。「撫子が火器に興味があるなんて知らなかったよ」なんて言われて、どれだけ肩を落としたとお思いか。
顔の良い相手の隣に並んでも良いように、化粧の勉強に加えて体磨きも人一倍頑張って。声をかけて来る男たちを適当に転がした回数も、今じゃあ数を忘れてしまった。お前に振り回されてる私が、くのたまたちの毎月開催されてる飲み会の酒の肴にされたことは、ちょっと恨んではいるけど。
「……」
「で? 威力はどうだった?」
「それ、威力を聞く意味はあるのか?」
「え〜、酷いな。結構自信あったのに」
「火薬も無いのに、随分威力のある種子島だ」
「でっしょー? 頑張ったんだから。どっかの誰かさんが振り向いてくれるように」
「そうか」
「でもまさか逃げ出すとは思わなかったけどね」
抱きしめられ、背中に腕を回しながら久々知の肩に顎を乗せてぼやく。いつの間にこんなに力強い腕になったのだろう。初めて会ったときはまだお互い細っこい腕と脚で、まだ取っ組み合いの喧嘩でだって私は彼に勝てていた。今じゃきっと、色んな意味で私は久々知に勝てそうにない。いつもの彼よりも体温が高いその体は、しばらく私を離す気配もなさそうで。
だから、少しだけ。私の名前を呼んでちゃんと言ってもらうのは、見逃してあげよう。私もまだ、彼の腕の外に出るのは気が向かないから。