お友達にあげるジクパー
「……手慣れているな」
そう口にしてから、パーシヴァルは自分の失言に気付いた。
思わず舌打ちしそうになって、慌てて止める。
気まずい思いでジークフリートを見ると、気を悪くした様子もなく、ただにこりと微笑まれた。
「怒られずに済んでよかった」
「は?」
「いや、お前のことだから、手際が悪いと怒るのじゃないかと思っていた」
「そんなことは……」
ない、と言いかけて、いつもの自分であれば確かに言いそうな台詞だと自覚し、パーシヴァルは口を閉ざした。
効率を求める自分の性分は自覚している。それが最善であるとも思っている。
だがしかし、その考えを恋人との関係に、ましてやベッドの中にまで持ち込むつもりはなかった。
「俺とて、そこまで無粋ではない」
「そうか。悪かったな」
謝られてから、つい今しがた無粋な発言をした自分を思い出し、パーシヴァルは気まずくなる。
ジークフリートも男であるし、年齢的にもいい年だ。
朴念仁に手足を生やしたような中身にはいささか問題があるが、見た目は極上であるし、何より強い。
断る面倒はあっても、相手に不足するということはあるまい。
第一、ジークフリートがフェードラッヘを出てから戻ってくるまでのことを、パーシヴァルは未だよく知らないのだ。その間に、愛した女性なり男性なりがいてもおかしくはない。
もっとも、ジークフリートの性分を考えれば、救国の機をうかがっている期間に、そんな腑抜けたことへ気を割いたりはできなかっただろうが。
「……くだらん」
自分の頭をよぎったとりとめのないことを、パージヴァルはそう断じた。
過去をほじくり返してもいいことなどない。つまらない嫉妬など邪魔でしかない。
「そんなに機嫌を悪くしたか」
「あ、いや……」
しかしパーシヴァルの何気ない独り言を、同じ部屋にいる男は聞き逃してはくれなかった。
濡れたタオルで身体を拭いたジークフリートは、パーシヴァルが横たわるベッドに乗り上がってくる。
木製の粗末なベッドがぎしりと鳴った。いい加減、買い換えるかなにかしないと壊してしまいそうだと、パーシヴァルはふと不安を覚える。
「別に、お前に言ったわけじゃない」
「そうか?」
人の話を聞いているのか聞いていないのか。
ジークフリートは機嫌良さそうにパーシヴァルの頭を撫でた。
子供扱いされているようで腹立たしいが、実際、この男の前では手も足も出ないのだから文句の言いようがない。
惚れた弱みとかそういう意味ではなく、パーシヴァルが全力で戦ったとして、いったいどれほどこの男にダメージを与えられるだろうか。
「……少し、悔しいのかもしれん」
「悔しい?」
どんなに追いかけても、一時とはいえ袂を分かった過去は戻ってこない。
どんなに追いかけても、野に下り泥水をすすりながら生き延びてきたこの男にはかなわない。
無論、そのようにありたいと望んですらいないし、それはパーシヴァルが進むべき道でもないのだが、一抹の寂寥感はどうにもぬぐえない。
「お前といると、面倒な感情があれこれと湧き上がってくる」
「そうか」
「こうありたいと願う俺と、かけ離れていくような気がする」
こんな弱音も、本来であれば口にしてはいけない。だが、口を塞ごうにも漏れ出てしまう。
パーシヴァルは、これではいけないと眉間にしわを刻んだ。
その淡いみぞを、ジークフリートの無骨な指が撫でる。
「嬉しいな」
「嬉しい?」
「お前はいつも高潔で揺るがないからな。そうして惑ってくれるなら、それは嬉しいことだ」
惑ってくれている間は、捨てられなくて済みそうだと、ジークフリートは無邪気に笑う。
「俺はそう安易に伴侶を捨てたりなどしない」
「わかっている」
嘘だな。
パーシヴァルはますます眉をきつく寄せた。
この男は、どこか達観が行きすぎているところがある。
どうせ、ウェールズのことがどうとか、十年先のことはどうとか、自分が衰えたらどうとか考えているのだろう。腹立たしい。
「手慣れていたのは」
「は?」
「フェードラッヘを出たあと、各地を転々としながら、それでも宿が必要なことがあってな」
そこまで語られてから、先般の自分の発言を受けての話だとようやくわかった。
そしてその語り口に、なんとなく嫌な予感を覚える。
「どうしても怪我をしたりしたときには、雨風をしのげる場所が欲しくて、何度か軒先を借りた。その時に宿賃がわりに、そういうことをしたこともあった。それだけだ」
誰かに心を寄せたことはない。そんな気にもなれなかった。
どうということもない口調で、ジークフリートはそう言った。
「お前な……」
呆れてものが言えなかった。
力仕事とか魔物退治ではなく、性行為を宿賃がわりにするなど、パーシヴァルの貞操観念からは考えられない発想だった。
いや、ジークフリートも自ら発想するとは思えないから、おそらくはその屋根を貸した相手がねだったのだろう。
ねだる方もどうかと思うが、ねだられるがまま与える方もどうかしている。
そしてこの話を聞いてパーシヴァルが納得すると思っていることも、ますますもってどうにかしている。
「……軽蔑するか?」
思っていたことが丸ごと表情に出ていたのだろう。
ジークフリートは穏やかな顔つきのまま聞いてきた。
気に食わない。
フンと、パーシヴァルは鼻を鳴らした。
どうしてこう、この男は自分を試すようなことばかりするのだろうか。
お互いに相当なものを抱えていることなど、言わずとも知れたことだというのに。
それを推しても共にいたいと願い、その願いを認め、抱えていくことを決めたのは、ほかならぬパーシヴァル自身だ。
それをこんな風に試されるなど、気分が悪い。
「軽蔑して欲しいのか?」
「うむ……されたら、さすがに落ち込む気がするな」
冷ややかに問えば、ジークフリートは珍しく顔色を曇らせた。
本気で軽蔑される可能性に、ようやく思い至ったらしい。
この男は、どうして肉体のみならず精神も鈍感なのか。
だが、相手の言動に振り回されてしまうのが自分だけではないとわかり、パーシヴァルは少しだけ安堵した。
「……軽蔑などしないさ」
ジークフリートの頰にかかる髪を指でのけながら、パーシヴァルがつぶやく。
「ただ……」
「ただ?」
「自分のことを、もう少し大事にしろ。過ぎたことについてはもう何も言わんが……これからは、粗末にあつかってくれるな」
俺の大事なものでもあるからなと笑うと、ジークフリートはぽかんとしたあと、目を丸々と見開いた。
それから、ひどくバツの悪そうな顔をする。
「……わかった」
眉を垂らしながら、ジークフリートはパーシヴァルの首筋に顔を埋める。
そのまま強く抱きついてきた大男に、どうやらこれは甘えられているらしいなと、パーシヴァルは首をかしげる。
どうしてかは全くわからないが、珍しくしおらしいジークフリートに、機嫌は少々上向いた。
だが。
「……重い」
数分とかからず根を上げたパーシヴァルに、ジークフリートは小さく声を立てて笑った。
そのまま横にごろりと転がったジークフリートと嫌なきしみを立てるベッドに、やはり早々に新調しようと、パーシヴァルは決心した。