『きゅん』という音が聞こえた
弦心は物静かで、穏やかな少年だ。
否、独創的な世界を彼もまた持っているといるだけなのかも知れないが。
無論、誘われれば皆の輪の中にするりと入り、協調性を乱すことなど決してしない。
彼は正に、『静』を顕現したような存在というべきだろうか。
慌てる姿など、相方関連でなければ見せる筈がないのだと。
そう、誰もが思っていたというのに。
「どうしよう、ない…っ、どこに行ったんだ…!」
『相方』が『居ない』ではなく、何かが『無い』、と。
朗らかな休日にて、余程重大な事件が起こったのだろう。
久方ぶりのオフを寮で満喫していた十夜の耳に届いた、最近よく話すせいか聞き慣れてしまった弦心の声は、酷く慌ただしいものだった。
だが何故か、そんな彼に声を掛ける者は居ない。
(あぁ、今は俺と清水しか寮に居ないのか)
レッスン、部活、娯楽を理由に、気付けば広い寮には二人きり。
そうでなければ、十夜もまたカフェにでも足を運んでいたかも知れないが。
まさか、彼があそこまで騒々しい様子を見せるとは。
余程大事な物であれば、自分も手伝った方が無難だろうか。
本来であれば気にせずトレーニングへ向かうものの。
いかんせん、困り果てている相手は、普段から自己管理がしっかりしている、他人にあまり頼ろうとはしない弦心だ。
冷静で居られないからこそ視野は狭くなり、その結果、探し物が見つからない可能性もある。
今日は彼もオフ。
一日中慌てていたら、疲れ果ててしまうだろう。
「おい清水、一体何が…」
状況によっては、諦めさせることも視野に入れて。
十夜は声を張り上げながら自室の扉を開いた、その時。
「紙…?ん、歌詞、か?」
一度しか見たことはないものの、丁寧な文字と美しい言葉が並べられた羅列は正しく弦心本人の物だと、十夜は直ぐに理解した。
そして、恐らく彼が探しているものは、これだということも。
だが、何故廊下に放置されていたのか。
「す、すみません、騒がしくて…って、あ!」
「やはり、これを探していたのか」
「はい…!ありがとうございます、宗像さんっ。あの、どこでこれを…」
「廊下に落ちていたぞ」
「あ、ありがとうございます…。実はさっき、プロデューサーと鉢合わせて、紙をばら撒いてしまいまして…」
まさか、拾い損ねていたとは。
「お恥ずかしい限りです」と震える声のまま俯く弦心は、徐々に顔全体を赤く染め上げた。
むしろ、耳や首も染まってしまっていると言っても良いだろう。
ただ、紙を一枚見られただけで。
まるで初心な生娘に似た反応だと、彼が俯いていることを良いことに、思わず十夜は視線を僅かに逸らした。
心なしか緩みそうになる頬を、片手で上手く覆い隠しながら。
何だか、恥ずかしがる姿をまじまじと見てはいけないなどと、そんな錯覚に囚われて。
十夜さんはきゅんきゅんよりは『グワッ』ときて、目を『カッ』て開きそう。
というか最後の二人誰だよ、中学生カップルかよ(二人はまだ高校生)