Eye contact 「なあ、エキニシィ。」
成熟した大人がまるで子供の頃に戻ったかのように、呂律の覚束ない甘えた声音で。
わがまま盛りの子供が、まるで新品のオモチャを強請って親を見上げる光景がエキニシィの脳裏を掠める。実際の所、自分には親も子供もいないので、オモチャを欲しがる子供が果たしてどのようなアクションを取るのかは、全くわからないのだが。
これから仕事の報告をまとめるから邪魔をするな、と再三釘を刺したにも関わらずこれである。クレトはソファに座ってスマートフォンを手に作業を進めるエキニシィの元に颯爽と現れ、お咎めを聞くよりも速く、そして事もあろうに膝を枕にして寝転んできた。駄々をこねるように細腕を伸ばし、液晶画面を見つめる顔に触れてこようとしてくる。
「やめろってば。」
「ははっ。」
クレトが声を上げて笑う。普段の恬淡とした口調ではない、明るく弾んだ声だった。迷惑そうにしているのはポーズだとでも思っているのだろうか、エキニシィの静止を受ける素振りなど微塵もなく、今度は素早い手つきでモノクルまで掻っ攫ってしまった。どうにかして関心を惹きたいというのは充分伝わってくるのだが、時折首筋に軽く爪を立てるようにして指を滑らせる、この形容し難い微妙な触れ方というのがエキニシィには堪ったものではない。集中力を削がれる不快感も勿論であるし、更に言うなら、神経が集まる箇所を無邪気に、無遠慮に触れてまわる、くすぐったくて、とても気持ち良い、
クレトの細い指の感触は。
「なに、なんだよ。」
人が大切な用事をこなしている時くらい、大人しくしていられないのか。そんな利口を期待するだけ無駄であったと諦めをつけ、エキニシィは渋々とした様子でクレトを見下ろした。
「やっと私を見てくれた。」
さも嬉しそうに視線を絡めながらクレトが笑顔を見せた時、エキニシィは静かに息を呑んだ。
白い肌、色素の薄い唇。
指に絡む柔らかな群青の髪。
唇を噛み締めて平静を装う。これは隠さなくてはならない感情だ。
「時々私も、じっと見ていたくなるんだ。」
お前の目。
瞬きを忘れた赤紫色の目にクレトの指が伸びる。シワの濃い目元から目尻をゆっくりとなぞりながら、ほう、と微かな吐息を漏らす。
「本当に、綺麗だなって。」