「追放冒険者の成り上がり」もしくは「ファンタジー世界版『藪の中+落語・半分垢』」Side A:(1)「悪い。俺は、レプティリアでは、まだ、お尋ね者なんだ……」
ボクは王都に有る冒険者組合の新米手配師だ。
ここから馬で一週間ほどの所に有るレプティリアの同業から来た仕事をベテラン冒険者のドレイクさんに紹介しようとしたら……地名を聞いただけで、そう言われてしまった。
「えっ……? どう云う事ですか?」
「思い出すのも嫌な……つまらん昔の話だ……」
その夜、仕事も一段落し、近くの宿屋 兼 酒場で夕食をとっていると、ドレイクさんが入って来た。
カウンターに座り、荷物と……剣と矢筒を床に置いた。
「あの……昼間言ってた……」
「レプティリアでお尋ね者になった話か?」
「ええっと……良かったら……その……」
「聞きたいのか?」
「は……はい」
「お前……本当は手配師じゃなくて、こっち側になりたかったんじゃないのか?」
「え……っ」
「なら、その夢を諦めるな……。俺も……冒険者として成功する夢を諦めかけた事が有る。……レプティリアで仲間から、追放された時にな……。だが、かろうじて踏み止まる事が出来たから、今の俺が有るんだ」
Side B:(1)「あのなぁ、あいつの言う事を真に受けて、変な夢を見るんじゃねぇ。この稼業は、そんなに甘くねぇんだ」
ガルダスさんは愛用の戦斧と槍と弩弓の手入れをしながら、弟子入りを願ったボクにそう言った。
「ど……どう言う事ですか?」
「なぁ、あいつの愛用の武器は何だ?」
「えっと……長剣と弓矢です」
「ヤツが使ってる長剣は……文字通りの『諸刃の剣』だよな……。『腕がねぇヤツが使えば、自分が怪我をする』って喩えに使われる代物だろ?」
「ええ……」
「弓だってそうだ。マトモに使えるようになるまでは、結構な訓練が要る。だから、俺は、若い頃からコレを使ってるんだ」
そう言って、ガルダスさんは愛用の弩弓に視線を向けた。
「弓をちゃんと使える同業が居たとするなら……そいつの前の稼業は……猟師や専門の弓兵か……」
「あとは……辺境の遊牧民……」
「もう1つ有るだろ……。ちゃんとした弓術を身に付けられるような生まれ育ちが……」
「えっ?」
「あいつの……いつもの悪い癖だ……。若い頃……芝居やらを良く観に行ける御身分だったんで、話を作るのも巧いんだよ」
Side A:(2) あれは……まだ……俺が二十前……お前ぐらいの頃だ……。
王都の下っ端役人の三男坊だった俺は……家を継げる見込みもねぇんで……子供の頃からの夢だった冒険者になった。
もちろん、甘い稼業じゃねぇ。
この稼業を始めて1年間だけでも生き延びられたのは奇跡に近い。
ほんの1〜2年だけ、先に同じ稼業についたばかりのヤツらと組んだが……その「1〜2年」の差が、どうすりゃ追い付けるか判んねぇ位のとんでもない差に思えたよ。
ずいぶん、「可愛がられた」しな。
俺には才能がねえ。
これを最後に、この稼業をやめよう。
そう思った最後の仕事を終えて王都に帰る途中、たまたま出喰わしたんだよ。
王都のある貴族のお姫様の一行がゴブリンに襲われてる場にな。
そのお姫様は……レプティリアの領主に嫁入りに行く途中だった。
Side B:(2) んな訳ねぇだろ。
レプティリアの今の領主の奥方は、前の領主の実の娘だ。
今の領主こそ王都の出身の入婿なんだよ。
亭主の方が婿入りの旅をする必要は有っても……奥方の方が嫁入りの旅をする必要なんざねぇんだよ。
それに、ヤツは、どこで嫁入りの御一行をゴブリンが襲ったって言ってた?
聞いてない……。見当も付かない……。
そうだろ。
ほら、あいつは、わざと、その事件が起きた場所がどこかボカして話してただろ?
大体、あいつが若い頃でも、この国のデカい街道にゴブリンなんて出るか?
山道や裏道ならともかく。
Side A:(3) 今でも、良く死ななかったと思うよ。
仲間ん中で、一番、デカい怪我をしたのが俺だった。
まぁ、その頃の仲間ん中では……俺が一番弱かったしな……。
だが、たまたま、その光景を見たお姫様は……俺が一番必死に戦ってたように見えたらしい。
お姫様みずから俺の怪我の手当をしてくれたよ……。
そして、俺達はレプティリアまでの護衛を頼まれた。
レプティリアに着けば……結構な額の礼金が出るっても言われたよ。
旅の2〜3日目で、お姫様は気付いたんだ。
お姫様の護衛の兵士や身の回りの世話をする召使も……そして俺の仲間達も……お姫様からすりゃ「田舎もの」だ。
王都出身のヤツは、ほとんど居なかったんだ。
だが、俺は……王都出身で……小役人とは言え、一応は役人の子なんで、そこそこは学が有った。
お姫様と話が合うのは……俺だけだった……。
翌日には、お姫様は気がふさいでるような様子になってた。
これから嫁入りする相手は、とんだ田舎者じゃないのか?
そう思うようになってたらしいんだ。
Side B:(3) あいつの若い頃の腕か?
誰にだって、得手不得手は有るもんさ。
だが、あいつは剣と弓矢に関してだけは……一流とは言えないまでも二流の上ぐらいの腕は有った。
少なくとも、他の新米のチンピラ冒険者とはモノが違った。
そして……学の方も結構有った。
「小役人の三男坊」……? あいつは自分の事をそう言ってたのか?
いや、それどころじゃねぇ程度の学は有ったぜ。実用的なモノかは別にしてな……。
えっ?
じゃあ、あいつは冒険者になる前に何をやってたんだって?
不良学生さ。
王都の大学に在籍してたが……悪い仲間とウェ〜イとばかりに遊び回ってたいいとこのドラ息子だよ。
Side A:(4) そりゃ、俺も若い頃だったから、悪い気はしなかった。
しかし、マズい事になったのは確かだ。
近い将来、レプティリアの領主の奥方様になる女に……惚れられてしまったんだ。
レプティリアに着いて……領主様直々に報奨金をもらう頃には……領主様も何かを感付いていた。
そして、俺は……仲間に売られたんだ。
そうだ……俺のかつての仲間も……薄々、何が起きたか気付いていた。
あの頃の一緒に組んでた連中にとって俺は……代りがいくらでも居る新入りの若造に過ぎなかった。
領主様の恋敵になった俺は、無実の罪を着せられ……投獄され……しかし、お姫様に逃してもらう事になった。
そうだよ……近頃、流行りの例の吟遊詩人の十八番の詩……どっかの領主の恋敵になったせいで殺されてしまう若い男の悲劇……あれは……あの吟遊詩人に俺の過去を話したら、あいつがそれを詩にしやがったんだ。
そう言う訳で、俺は未だにレプティリアではお尋ね者だ。あの土地には入る訳にはいかねぇ。
ああ……そうだ……。あの時は……もう……何とか逃げおおせたが……人生終ったように思ったもんだよ。
でも……それでも……心の片隅に、ある気持ちが湧き上がったんだ。
俺をこんな目に遭わせた奴らを見返してやろう、ってな……。
だが、それも叶わぬ夢になった。
俺を売りやがった昔の仲間達は……どっかで野垂れ死んじまったらしいんだ……。
Side B:(4) えっ?
なら、ドレイクの野郎は、どこの何者なんだって?
まだ判んねぇか?
ヤツは「龍」って通り名しか使わねぇ。本名を知ってるヤツは、ほとんど居ねぇ。
ところがだ……「レプティリア」って地名の由来を知ってるか?
そうだよ……大昔、あの辺りは今は滅びた龍人種族の都だったからだよ……。
だから、レプティリアの領主一族の家紋は……「龍」なんだよ。
……おいおい、まだ判んねぇのか? 鈍いヤツだな。
ドレイクの野郎の正体は……勘当されたレプリティアの先代領主の長男、現領主の義理の兄、その奥方の実の兄だよ。
あいつは若い頃、王都の大学に留学してた。
けど、酒に女に博打と悪い遊びを覚えて……親父から勘当されたんだ。
そして、あいつの親父が死んだ後、新しい領主になったのは、あいつの妹の亭主だ。
ああ、領主としては、あいつより出来がいいらしく、領民には聖人扱いされてるって話だぜ。
そうだよ……。だから、あいつは、元から貴族の嗜みである剣と弓矢の腕は、一流じゃねぇにしろ玄人ではあったんだよ。
ガキの頃から、一流の師匠に手取り足取り教えてもらったんだから、巧いのは当然だ。
そりゃ、学も有るだろ。元が御貴族サマな上に、サボってたとは言え、王都の大学に入れたんだから。
あいつの言ってるあいつの過去か? そりゃ、若い頃にウェ〜イと遊び歩いてた頃に散々観たり聞いたりした芝居や吟遊詩人の詩を適当に繋ぎ合わせてデッチ上げたモノに決ってるだろ。
そうだよ……今の自分を強くてすげぇヤツに見せ掛ける一番簡単な手は何だと思う? 過去の自分を弱くて駄目なヤツだったと思わせれば……逆に、そこから成り上がれた今の自分を、とんでもねぇヤツに見せ掛ける事が出来る。
ああ、その通りだ。芝居や吟遊詩人の詩の定石の中の定石だ。
じゃあ、何で故郷であるレプティリアに行きたがらないかって?
恥かしいからに決ってるだろ。
悪い遊びをやり過ぎたせいで勘当された先代領主の息子だぞ。しかも……まだ、あいつの故郷には、あいつの顔を覚えてるヤツが山程居るんだぞ。