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    いくつものお祝いを ぼくが事務室から出ようとして踵を返したとき、扉の近くにもたれかかった上司は「なにを隠している?」と訊いた。ゆるく腕を組んで目を細め、疑う素振りを隠そうともしない。
    「なんのこと? なにか気になるのか」
     ぼくの白々しい返答に眉を上げ、彼は横目で視線を投げかける。もう気づかれているのだし、言ってしまってもいいのではないかと思うのだけど、すでに個人的な隠し事ではなくなっている。ぼくは笑顔を見せて口をつぐんだ。
    「おれに言えないことなのか」
     自分の手元に視線を落とした彼の表情は悲しげに見えた。そんな顔をさせるようなたぐいの秘密ではないのだ。というより、秘密だなんて言葉すら仰々しい。
     ぼくは息を呑み、洗いざらい話すために歩み寄ろうとした。
    「あなたの……」
     彼のそばの扉が開いてホイーラーがぼくを見とがめた。指差してズカズカと音がなるようにして部屋に入ってくる。
    「ニール、サボってたでしょう、あんたがいないと──」
     扉を開けたすぐそばに「目標」がいることに気づいたホイーラーは、傍目にもわかるようにビクリと震えて言葉を飲み込んだ。
    「……こんなところでなにしてるんですか。今日は書類仕事が多いとか言ってませんでしたっけ」
     自分の執務室に帰れと遠回しに言う。彼はホイーラーとぼくを順に見て、軽くうなずくと部屋から出ていった。悲しげに曇った表情のままこの場を去らせてしまい、思った以上に後悔した。申し訳なさで胸が詰まる。彼にぼくを疑わせてしまうなんて。
     扉がきちんと閉まり、足音が聞こえなくなるのを待ってホイーラーが快活に笑う。
    「あせった、バラしちゃうところだった。ほら、さっさと準備する」
     背中を押されるようにして部屋から出た。彼の伏せられた目を思い出して気分がしずむ。ぼくのようすをまったく気に留めずにホイーラーは歌うように言った。
    「今夜決行だ、楽しみだねえ」

     準備はつつがなく進んだ。あれ以降、彼は部屋から出てこない。ようすを伺うためにコーヒーを両手に持ち、足で扉を叩いた。部屋のなかにポットはあるので顔を見るための口実だとすぐにわかるだろうが、いま、彼がどうしているかが気になっていた。
    「ニールだ、開けてもらえるかな」
     少し待つと静かに扉が開く。
     休憩する? とカップを掲げると、上司はかすかに微笑んで身体をずらして招き入れた。
    「仕事は終わった?」
     デスクの上には雑然と紙の束が重なっている。彼は机に戻らずにソファに座り、ぼくから受け取ったカップに口をつけた。
    「記録を残さないようにするなら、事務作業からは解放されると思っていたんだがな。ダミー会社の経営にこんなにわずらわされると思わなかった」
     言って、目を閉じて目頭を押さえる。事務室にいたときのような鈍い緊張感はない。疲れているようだが悲しげではなかった。彼の向かいに腰掛けて、ほっとした気持ちでコーヒーをすする。
    「お疲れさま、なにか手伝えることはある?」
     目を覆っていた手の間から、静かな視線が投げかけられた。ぼくの内側に染み入ってくるまっすぐで凛とした視線だ。射すくめられて、自分が矮小で無力な存在になったような気がした。澄んだ茶色の瞳が美しくて目が離せなくなる。促されるようにして言葉が口をついて出た。
    「もうすぐわかるよ」
    「言わない気なんだな」
    「あと少しだけ付き合って」
     彼は不満そうにひとつ息をつくと、残ったコーヒーを飲み干してぐうっと伸びをした。
    「なにを企んでいるにしろ、危ないことはするなよ」
     うん、とうなずいてほほえみ返す。手の中のカップが温かい。彼の気遣いに、ほんのりと胸も温かくなった。
     ノックの音と同時に扉が開き、マヒアが顔をのぞかせた。
    「ども、ニール連れていきますね」
     マヒアは渋い顔をして手招きする。ぼくはチラチラと上司のほうに目をやりながらその場を後にした。扉を閉めるなり背中を小突かれる。
    「話してないだろうな」
    「もう良くない? 気づいてるって」
    「ばーか、もう用意は終わるんだから」
    「黙っているのがつらいんだ」
    「今日まで黙ってたのになんだっていうんだよ」
     笑いながら軽く体当たりをされてよろめいた。
     直接、面と向かって問われて答えられないのがこんなにつらいとは思わなかった。誠実な友でいたいと思っているのに。マヒアがぼくのようすを見て眉をひそめる。
    「ニール、あんたそんなに……」
     うっそりと頭を向けると肩を摑まれて揺すぶられた。
    「しっかりしろ、あと一時間ってところだ、黙ってられないなら姿を隠してろ」
     大袈裟なようすに思わず口元がゆるむ。
     頭を切り替えないといけない。部屋で待つ上司にはおかしな心配をさせてしまったのだから、必ず成功させるのだ。

    「準備は済んだのか」
     書類に目を通しながら彼が訊く。ぼくはドアから顔を出した状態でにやりと笑った。
    「つつがなく。さあ、行こうか」
     彼は、ふん、と鼻から息を出して立ち上がる。ぼくの隣に並ぶとしかつめらしい顔をしてトントンと足を鳴らした。これは不満なことがあるときの彼の癖だ。すまないと思いつつも彼をいざなって、しん、と静かな廊下を進んだ。
     隣を歩くひとは小首をかしげてぼくに問いかける。ひとつ笑って口を一文字に結んで言わないよ、とポーズを取ると、彼は呆れた振りをして瞳をくるりと回し、ぼくに付き合ってくれた。おどけるようすに笑みが溢れる。
     突き当りの部屋の前で足を止め、どうぞ、と扉を開くように促した。彼はちらりとこちらを振り返り、フロアに入る。
     暗闇だった。分厚いブラインドを下ろした窓の外はすでに日が落ちている。明かりがないと夜に放り出されるようだ。広い部屋のなかにひとけはなく、遠くに車のエンジン音が聞こえる。
     入るなり扉を閉めると真っ暗で、明るさに慣れた目では歩きにくくなった。
    「手を取って」
     隣に手を差し出すと上からしっかりと握られた。
     ちょうど七歩分歩いて部屋の中央で足を止める。そこには台座で支えられた丸い鉄製の機械が据えてあった。球体の下部についているスイッチを押す。
     天井と壁に多数のごく小さな光が放たれた。ちらちらと瞬き、本物らしく見えるようになっている。小さな無数の光に照らされて、部屋のなかが少しだけ見えるようになった。デスクや椅子は端に集めて寄せられ、ぼくたちは中央にぽっかりと空いた空間で小さな星々に囲まれて浮かんでいた。お互いの顔の上にも星がちらついている。
    「前に、ぼくが言ったことを覚えてる? あなたが、お祝いらしいお祝いをすることがなくなったと言ったときのことなんだけど」
    「覚えはあるが……これは祝い事なのか?」
     うん、とうなずいてつづける。
    「あのとき、ぼく自身も誕生日や祭日なんかを祝うのをやめていたと気づいたんだ。自分なら構うことはないのに、あなたもそうだと聞くと、なんだかお祝いをしたい気持ちになってさ。言ったよね、それなら、今日を記念日にしようって」
    「祝い事をしていないと気付いた記念日に」
     ふ、と表情を緩めて彼が言う。手を握り直して正面から向き合った。
    「あれから一年経ったんだ。わかる範囲で日数を数えていた。あなたの身体に流れる時間で三六五日が経過した。ぼくたちが一緒に生きた時間だよ。できたら本物の星空のほうがよかったんだけど、ここは都会だから見えないと思って借りてきたんだ」
    「どうして星空なんだ?」
    「好きだって、みんな知ってる」
     破顔して言う。どうやってお祝いをしようかと考えたときに、彼の好きなものはなにかと皆に聞いてまわったのだ。食べ物の好みやスポーツの趣味などは皆の知るところだったけれど、ほかにあるかと訊いてみると、口々によく空を見上げていると言う。それにはぼくも気がついていた。
    「アイヴスには星座について教えたんだって? ぼくにも聞かせてくれればいいのに」
    「おまえは興味がないかと思って」
    「あなたが好きならぼくも好きになるよ」
     レプリカの星を反射させてキラキラと光って見える茶色の瞳を覗き込んだ。星空を好きな彼のなかに星があった。宇宙はこのひとの内側にあるのだ。ものすごく近く感じたかと思えば心を読ませるものかと彗星みたいな速さで遠ざかる彼の心。いまのように隣に立って手をつないでいても、内側は読み切れない。天体の構成物よりも複雑だ。
     自分なんていらないと言わんばかりに他者に自分の価値、時間、能力を与え回るのに、彼のなかには愛情という名の星がいくらでも際限なく生まれて明るく外側を照らす。ぼくたちを照らす。
     悠久の星空にあって、傷なんかひとつもついていないように硬く見えるのにそっと触れれば驚くほど柔らかい、彼の真ん中にある星も光っているのが見えた。
     その瞬間、星を散らせた顔が少しうつむく。照れさせてしまったらしい。どんな表情をしているのか確かめたくなったけれど、こらえて言葉をつなぐ。
    「お祝いをしていない記念日、おめでとう」
     彼はうつむいたまま何度かうなずいた。それに合わせてつないだ手を振り、そして離した。空気が揺れる。
     ドアが開いて廊下の明かりがなかに差した。
    「おめでとうございまーす!」
     飲み物を片手に抱えたホイーラーがのしのしと入ってきて電気をつけた。視界が一瞬真っ白になる。後ろから食べ物を乗せた大きなトレーを持ってアイヴスがつづく。マヒアとデスクを適当に並べ、そこにトレーやドリンクを乗せるとパーティーの様相となった。
    「今日がこういう日で良かったねえ」
     マヒアがニコニコと笑って酒をグラスに注ぐ。
    「動く日だとこうもいかないからな」
     アイヴスがぼやくとホイーラーもまったくだ、と深くうなずいた。
    「お祝い、迷惑じゃないよね?」
     大丈夫? と、グラスを渡しながらマヒアが訊く。彼は黙ってじっとしていたが、グラスを受け取ると思いついたことがある、とばかりに部屋から出ていってしまった。三人は顔を見合わせる。
     ぼくはずっと隣を見ていたからわかっていた。扉が開いて、彼はパチパチとまばたきして困ったように眉を下げた。それから、すごく愛おしいものを見るようにして準備をするホイーラーたちを見ていた。すぐそばにある投影機に目を向けて、でも、ぼくのことは見なかった。その代わり、離した手をもう一度、ぎゅっと握ってくれた。
     できればこの場で抱きしめてしまいたいと思ったけれど、これも手を握り返すことでなんとかこらえたのだった。
     足音が近づいてきてドアが開く。ウイスキーのボトルとグラスを得意げに掲げて彼が現れた。
    「あ、それ、こないだ盗ってきたやつ!」
     ホイーラーがそそくさと近づいてボトルを見る。
    「人聞きの悪い、ありがたく頂いてきたんだろう」
     ロックグラスに注ぎながら彼がうそぶく。もう紙コップしかないや、と用意するホイーラーの声を背景にして彼はぼくのそばに来る。ウイスキーを注いだグラスを手渡し、口を開いた。
    「気にかけてくれてありがとう」
     グラスを受け取り、わけもない、とばかりに肩をすくめてぼくは答える。
    「いくらでも、どんなことにでも、お祝いをしよう。皆こういうのが嫌いじゃないってことが今回わかったんだから」
    「今度からは隠すなよ」
    「ぼくも話せないのはいやだった」
     苦笑するように笑い合った。
     電気消してみようよ、と、マヒアが明かりを消すと、フロアは再び夜空に飲み込まれたようになった。
     めいめいが星を映したグラスを持ち上げ、彼が発する言葉に耳を傾ける。
    「これから祝う、いくつものお祝いに」
     ──乾杯。
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    2024/04/12 20:26:14

    いくつものお祝いを

    初出:インテ無配 2022/1/9(4640文字)

    テネメンが主さんに隠し事をする話。

    #主ニル #ニル主

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