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    目を閉じて、温かな世界へ ニールは眠るのが得意だ。どのような環境であっても寝入るのが早く、静かに深く眠る。おれにとっては二度目の出会いを経て「初めて」共に日をまたぐ任務にあたったとき、彼は何のためらいもなくおれのそばで眠りについた。睡眠時間を交代で取る手はずになっていたため、起こしたときに疲れているのかと訊いてみた。ニールは、なぜそんなことを訊くのかと不思議そうにしていた。

       *

    「ニール、そんなところで眠るんじゃない」
     声をかけるが起きるようすはない。ソファの肘掛けに頭を乗せて、足はだらりと座面からはみ出ている。もう少しで尻も落ちてしまいそうだった。無理な姿勢の割に表情は穏やかだ。口が少し開いていて歯と舌が見えた。ほんの数分、電話に出ていただけなのに戻ってきたらすでに熟睡している。
     最近は、頭に受けた傷の後遺症も落ち着いており、日常生活を無理なく送っていた。帰宅したおれを迎えたときは普段と変わらず、にこやかに振る舞っていたが、今日は新しい部署での顔合わせがあったとかで彼なりに気疲れしたのだろう。
     膝を付き、肩を揺らそうとして手を伸ばしたが、ニールのあまりに健やかな表情を見ると起こすのはためらわれた。目にかかるほど長い髪がうるさくはないかと後ろに流してやる。地肌より明るい色をした凹凸が現れた。ニールは傷跡に触れられるのを嫌がらない。むしろ好んで触らせた。当初の傷口を知っているだけに、ずいぶんと肌に馴染んだその跡を触るのは、命そのものに触れているようで毎回じわりと感慨が湧いた。
     指の背で額を撫でる。
    「ベッドに行かないと風邪を引くぞ」
     ピクリとまつげが震えるがそれだけで、息を深く吐いて再び眠りに戻っていく。
    「まるで子どもだな」
     自分より図体の大きい人間に対して言う言葉ではないと思いつつも、あまりに警戒心のない姿に微笑ましくなる。同時に、最近の自分の振る舞いを思い出して胸が冷えた。
     彼の時間の流れにとってすれば過去の、この時間に合わせれば現在の、若きニールに出会ったのは七ヶ月前だ。当たり前に強気で、当たり前に余裕がなく、当たり前に一生懸命な姿を見ると、これから彼に起こることを知っていながらなにも伝えない自分の身勝手さにゾッとする思いがした。「かつての彼」に対して感じる負い目を少しでも減らすためにおれはニールを必要とするのだろうかと内省する。
     いっそ責め立ててくれればいいのにニールはそうしなかった。銃口に向かい合って以降、闘病し、生活を取り戻すまでの間に何度かおれとの距離をあけようとしたが、一度も責めはしなかった。むしろ、どうしておれが自分の世話をするのかと訝しんでいたようで、その都度、ニールのそばにいたいからそうするのだと伝えた。そして、いま、彼は目の前で気持ちよさそうに眠っている。
     愛おしさがどっとあふれた。何度も自分に問いかけたことを再び尋ねる。自分が彼の立場であったら、彼のように行動できるだろうか、いくら考えても答えは出ない。静かに上下する胸の上に頭を乗せる。目を閉じて心臓の音を聞く。気持ちが落ち着いて不安が消える。
     胸が動き、息を大きく吐く音がした。
    「あれ、寝てた。どうしたの、そんなところで」
     ニールは胸の上に乗った頭を邪魔そうにするでもなく、そっと触れてそう訊いた。
    「おまえが起きないから、圧力をかけていた」
    「優しい起こし方だな、気分よく起きられる」
     おれは胸から頭を起こし、幾分とろんとした表情のニールに向き合う。
    「風呂は明日にすればいい。寝るなら寝室に」
    「わかってる。歯を磨かないと」
     ニールは大きくあくびをして顎を掻く。ちらりとおれに目をやり両手を伸ばした。
    「起こしてよ」
     仕方がない、という振りをして腕を引く。ニールは引き寄せられるままに身体を起こすとおれにしがみついてきた。背中に手が回され、ぎゅう、と抱きしめられる。
     おれの不安を感じ取ったのだろうか、大丈夫だというように揺さぶられた。目を閉じてしばらく身を委ねる。起き抜けの身体は温かく、つられて眠くなってしまいそうだった。腕から抜け出せなくなる前にニールの背を軽く叩いて言う。
    「明日も早いんだろう? もう寝ないと」
    「そうだね、そろそろ離してやるよ」
     にやりと笑うニールの腕の中から解放されたときには、自分が若き日の彼につく嘘や、これから彼が受ける傷への思いを胸の底に沈めて蓋することができた。

       *

     生身の人間である以上、任務の際に怪我をするのは当然と言っていい。
     今回は、背後に忍び寄った人間に驚いた相手が振り向きざまにナイフで切りつけてきた。刺したことに相手自身も驚いたようで、その隙をついて肘鉄を食らわせ昏倒させた。おれの肩にできた傷口からの出血を見たニールはこちらが不憫に思うほど落ち込み、言葉もなくじっとしていた。それは目的を果たして情報を得たあと、傷の治療を受けて帰る段になっても変わらなかった。
    「気にするな、と言っても気にするんだろうな」
     苦笑して若きニールの顔色をうかがう。こんな傷では付き添いなど必要ないのは明らかだというのに、自分が刺されたのかというほどに白い顔をしてずっとおれのそばにいた。
    「どうしてぼくをかばったんだ」
     痛々しいほど消沈して治療を受けた肩のあたりを見つめる。どうやって慰めるべきかと答えあぐねていると、「少しも動けなかった」とうなだれた。おれはなんでもないというように軽い調子で声を出す。
    「相手の動きが見えたから咄嗟に、な。おまえに当たらなくてよかったと思っているのは本当だ。今後は気をつけてくれればいい」
     当たり障りのない言葉ではニールの固まった心をほぐすことはできないようで、彼は下を向いて暗い表情のまま唇を噛みしめた。
     ──君と食事がしたい。とびきりおいしい夕食を食べよう。そうしたら、許してやるよ。
     かつてニールが言った言葉が頭に浮かんだ。その日は気が立っていて、苛ついた気持ちを何の関係もない相手にぶつけてしまったのだった。まず彼はおれを心配した。その態度に対して余計に腹を立てたおれは、より、きつく当たった。
     ニールは冷静だった。おれが自己嫌悪でひどい気持ちになる前にまともな状態に戻してくれた。そして、食事に誘ったのだ。
    「今日は昼を食べていないな、腹が減った、夕飯を食べないか」
     目の前の相手は、そんな可能性が自分に残されていたのか、と不意をつかれた顔をした。気の張らないダイナーにでも行くかと追い抜きざまに彼の細い背中を二度叩き、ついてくるようにと促す。温かい食事で腹がふくれれば、たいていのことは気にならなくなる、そういうものだろうから。
     振り返ってきちんとついてきているかを確認する。ニールはこちらと目が合うと、きゅっと眉を寄せたが、嫌そうでも面倒くさそうでもなく、しっかりと後に並んで歩いていた。にやりと口角を上げると、ニールも苦笑するように口を歪めて笑顔を作った。

     腹がふくれると眠くなる、これも当たり前のことである。
     家に帰り着くも、まだ彼は帰宅していなかった。新しい部署での仕事が多いのだろうか。
     先程までニールと食事をともにしていた。彼を励ますつもりだったが単純に楽しく過ごしてしまい、必要以上の量を食べてしまった気がする。料理を食べ尽くす頃には、落ち込んでいた彼もリラックスしたように笑顔をみせていて、肩肘を張らずにこうして過ごせるなら傷つけられるのも悪くないとほんのわずかではあるが、思ったほどだった。それを口に出すような真似は絶対にしないのだが。
     身体が重く、ついベッドの上に身を横たえた。目を閉じるのは五分ほどのつもりだった。まぶたを開くと電灯に明かりはなく、窓から入る月光が自分たちを照らしているのがわかった。いつの間に寝入っていたのだろうか、部屋にひとがいることにも気づいていなかった。
     ニールはおれのそばで、自分の腕を枕にしてベッドに頭を伏せるようにして眠っていた。まるで病床についていた彼を看病していたときのおれ自身のようだった。どうしてこんなところで、と腕に手を伸ばす。毛布を出すほどの気候ではないが、なにもまとわずに眠ると寒い時季だ。身体がひやりと冷えていた。身を起こして肩を揺する。
    「ニール、起きなさい」
     揺さぶられてすぐに目を覚ますと、ニールは目を細めておれを見た。肩のあたりを見つめている。彼のようすに察するものがあったが、あえて訊いた。
    「どうしてそんなところで寝てたんだ」
    「帰ってきたら、珍しく君が先に寝ていて全然起きなかったから、君のすてきなまつげは何本くらい生えてるのかと思って数えてたんだ。そしたら、どんどん眠くなってきて」
    「入ってくればよかったのに」
    「だって、君、怪我をしている」
    「遠慮をしたのか」
    「ぼくのせいだからね」
     視線をうつむかせて言う。やはり、覚えていたのか、と胸がざわついた。
    「ニールのせいじゃない。ナイフを振り回したやつのせいだ。わかるだろう」
    「わかるさ、それはよくわかってる。でも、やっぱり、知っているのに伝えられないのはつらい。だれに止められたわけでもないし、ぼくがそうすることを選んでるのは確かなんだけど、君が傷つくのを見るとたまらなくなる。どうしようもなく無力だと感じる。こういうときは、記憶が戻らなければよかったのに、と思ってしまう」
     ニールはさっきと同じようにしてマットレスに顔を埋めた。そのまま大きくため息をつき、ごめん、とつぶやく。
     その悔恨する姿は己の鏡写しそのものだった。お互いに相手に言えない秘密を抱えながら、重い荷物など持っていないかのように身軽に振る舞う。目の前にいるニールが謝る必要はないのだ、だが、自分だったらと考えるとそうは思えない。堂々巡りをする思考に苦い笑みが浮かんだ。互いのこの感情は、ふたりの知らない未来の先に行かない限りきっとなくならない。
     その日を迎えるまでずっとあると言うのなら、せめて、誠実に向き合おう。真正面から受け止めて、間違えたら訂正して、そのとき選択できる一番の行動を取ろう。これから起きる出来事への悔恨に負けないように、あふれるくらいに愛してしまおう。
     もう夜が深い、眠らなければ生産的な思考もできない。身体を冷やした同居人に対して、いま、おれが取りうる一番の選択肢とは何だろうか。
     ニールがかけてくれたシーツを持ち上げて誘う。
    「入るか?」
     おれに向き直るとニールはうなずき、するりと身体を滑り込ませた。手足の先が冷えているのを足と両手で挟んで温めてやる。
    「温まったら、悲しい気持ちもずっとよくなる」
     指を握ったり離したりして血を巡らせる。真近にあるニールの目が笑った。
    「そうしたら、また君のまつげを数えるよ」
     百本までは数えたんだ、と機嫌よさそうにうそぶく。それはすごいな、と言うと、信じてないだろう、と疑われた。
     徐々に体温が移り、ニールの身体も温かくなる。ニールがまどろみながらささやいた。
    「ジェイのそばにいると、温かくてよく眠れる」
     眠りに落ちるニールの身体を引き寄せる。同じだ、と再び思った。
    「おれもおまえの隣で寝るのが好きだ」
     目を閉じたままニールは満足そうに微笑んで、大好きだよ、と静かに言った。
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    2024/04/12 20:36:27

    目を閉じて、温かな世界へ

    初出:2022/1/27(4542文字)

    寝るのが得意なニールと主さんの話。

    #主ニル #ニル主

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