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    eat me 男に身体を預けると、首筋にふう、と息がかかった。湯を割って後ろから抱きかかえるようにして腕が回ってくる。引き寄せられるまま男の肩に頭を乗せた。すでに髪も身体も洗ったあとで周囲にはソープの香りが広がっている。濡れた髪が顔にあたるのはうるさくないだろうかと思い、ちらりと横目で表情を確認すると、男は重たげなまつげを伏せてニールに頬を寄せていた。ニールは深く息をついて浴槽から飛び出している四つの膝に目をやった。自分の白くて毛の生えたゴツゴツした脚が二本。それを挟むようにすらりと伸びる脚が二本、ライトを明るく照り返して黒く光っている。
     湯を貯めて入浴した経験が大人になってからはないと言う男を説得して初めて一緒に湯煎に浸かったときのことを思い出す。あのときもお互いに頭と身体をきれいに洗い、泡が浮いてぬるりとした湯に身体を投げ出した。男は言った。
    「油で揚げられる肉になったみたいだ」
     それもあながち間違っていないかもしれない、と手で水面を波打たせながらニールはひとりごちる。ぬるい湯のなかでは普段と違った感覚で肌と肌が接触する。肩に回された腕や背にあたる弾力のある胸、腰元にあたる硬い毛の感触、脚を挟む力強い筋肉の張りを受けて、自分たちは肉の塊だと再確認させられる気がした。
     最初に一緒に入浴したときから、浴槽から水を抜いたあとにしっかりと身体を洗い流すのでないと、男は気が済まなかった。男の言うとおりにしさえすればニールの希望は叶うので従っていたが、そこまで気にする必要はないと思っていた。自分は多少ぬるついていても気にならないし、なにより、洗い流してしまうのはもったいないではないか、と。今日もそうするのだろう、けれど、それまではゆったりとした時間を過ごせる。
     ぴたり、と自分の頬を彼のつややかな肌に押し付ける。離したり押し付けたりを繰り返すたびに、皮膚はしっとりと肌に張り付き、離れがたく伸びる。感触が楽しくてこれは癖になるな、と思っているとくすぐったそうな声が降ってきた。
    「無精髭が伸びてきてるぞ」
     上目遣いに目を向けると男が笑って見下ろしていた。ついたり離れたりをやめてニールが言う。
    「朝に剃っても一日と保たない、面倒だよな」
     男の顎周りに生えた髭と唇を見つめながら、キスがしたいな、と思うが口にはしない。浴槽のなかでは性的な触れ合いをしないようにすると、最初に入った日にどちらからともなく決めていた。ここはリラックスする場所で、どんな緊張も持ち込まないようにすべきなのだ。だからニールはどれだけ自分がそういった感情に突き動かされそうになってもそれを気取らせないようにしたし、相手も気づかない振りをした。それに、ここから出さえすればどういったアプローチも許される。
     ──本当に、なんでもさせてくれる。
     勝手に物欲しげになってしまう目を閉じて後ろにもたれかかった。男はニールに腕を回すのをやめてふちに手を添わせる。
     静かだった。耳を寄せなくてもニールを支える男の心臓の鼓動が感じ取れるほどだ。ことことと規則正しく音をたてるのが首裏から伝わってくる。より密着するために浴槽を足で押して身体を寄せると、男も同じようにして身体の位置を調整した。
     浴槽に押しつけた足の上に男が足を伸ばしてくる。やわらかい足裏の感触がして両足とも踏まれたような形になってちょっと可笑しい。指を動かして小さく抗議をする。
    「閉じ込められた」
    「逃げられないな」
     男はそう言って足の親指と人差し指の間に上から指を割り入れてつかんだ。意外と器用なんだよな、と考えながら足指を動かそうとする。ピクリとも動かなくなっていた。
     すらりと長い脛がニールを挟んでいる。それを見て、何度か想像したことが頭によぎった。
     彼はとても美味しそうに見える。引き締まった身体には必要なだけの肉がきれいについていて無駄がない。さらさらした皮膚に歯を立てれば簡単に噛み切ることができて、少ない脂肪は、きっと、とろりと溶けるようなアクセントになる。
     ニールはひっそりと唾液を飲み込んだ。これ以上はやめておこう、と自制する。その代わりに自分の脚に目を向ける。生白い脛には毛が生えていて彼の脚と違って美味しそうには見えない。
     でも、ローストしたらどうだろう。
     部位はどこがいいだろうか、肉のついたところとなると、やはり脚だろう。腕だと不便が多くなるが、片脚ならば諦めもつくか、と候補にあげる。
     断ち切った膝から下の部位を丁寧に下ごしらえしてからオーブンに入れる。味付けはオーソドックスにバターとオイルと塩コショウで。ローリエやタイム、なによりローズマリーは絶対に欠かせない。何分か置きにオイルでしっとりとさせながら全面に焼き色を付ける。きれいに茶色くなったら脛に生えた毛のことも気にならなくなるはずだ。ナイフを入れれば閉じ込められた肉汁が溢れ出て、もしかしたら彼の手を汚すかも。
     そう、ぼくは自分の脚を調理して彼に美味しく食べてもらう。きっと彼は正装に着替えてテーブルについてくれるだろう。なにを着てくれるだろうか、黒のタキシード? さすがに堅すぎる。あのシルバーの三つ揃えがいい、彼によく似合っていたから。
     机の上にはひとりぶんの赤ワインと付け合せの揚げたポテトも用意してある。席についた彼は鼻をひくつかせて香草の効いた料理を一瞥したあとこちらに目をやり、よくやった、というような表情をする。
     彼はナイフとフォークを構えてあくまでも上品にごちそうに向き直る。皿の上にはきれいに盛り付けられたぼくの脚が、彼の口に入るのをいまかいまかと待っている。
     ナイフはすんなりと通るだろう。時間をかけて火を入れたのだ、そうでなくてはいけない。肉汁が滲み出て香りが深まる。ふくらはぎの位置にある筋肉が骨から削がれていく。ひとくち大に切り取った肉をしずしずと口元に運ぶ彼の仕草を一瞬も見逃さないように、瞬きも惜しんで目を開く。
     ぼくは厚い唇を越えてやわらかな舌に迎え入れられる。ひと噛みごとに味わいは深まり彼はたまらず舌鼓をうつ。しっかりとした白い歯に噛み締められて、ぼくは小さく小さくなっていき、唾液と混ぜ合わさって嚥下される。
     そうして、ぼくは名実ともに彼の一部となる。新たな細胞を作り出し、血液になり、巡り巡って彼を幸せにする。ぼくが彼を生かし、彼はぼくに生かされる。
     自然とニールの頬が緩む。体温が上がった気がした。ぬるい湯でものぼせるものだろうか。
     ニールの変化に気づいたのか、男が顔を覗き込んだ。
    「どうした、もう出るか?」
     ニールは夢うつつといった様子で首を振る。
    「いや、まだこうしていたい。ものすごく気持ちがいいんだ」
     身体が赤らんでいるのを感じた。指を絡められたままの足先から息のかかる頭の先まで、全身が男に囚われたように思えて気分が良かった。
     そうだ、彼が言うように、いまみたいにぬるい温度の油でじっくりと揚げられるのもいいかもしれない。小さく切り分けてフライにした自分をひとくちで頬張ってもらうのもたまらないではないか。
     思わず、声に出していた。
    「なあ、ぼくのこと、食べてくれる気はあるか?」
     ニールはこのように、男にとって意図の読めない急な質問をすることがあった。そのたびに男はどう返答するか頭を悩ませ、毎回しっかりと考えてから答えた。ニールは彼を悩ませるために質問をするわけではないのだが、軽い気持ちで口にした質問にも正当に対応する態度を好ましいと思っていた。
     男は黙ってニールの手に指を絡めて水面を波打たせる。
    「それは、文字通りの意味で言っているのか?」
    「もちろん。ぼくの肉を食べてくれと言ったら、そうしてくれるかな?」
     音を立てながら水面で遊ばせていたニールの手を自分の口元に持っていき、ひとつうなって男は口を開く。
    「なぜだろう、いやな感じはしないな。これは仮定の話だよな」
    「そう、実際には起こり得ない、もしもの話だよ」
     軽い素振りで言葉を返したニールだったが、男の応答を受けて心の底では喜びに身を焦がしていた。ゾクゾクとした感覚が身体の中心から背を這い登り首を熱くする。吐息はつられて熱くなり、それに気づいて赤面する。なにやら下半身にも熱が溜まるような気がした。これはよろしくない。拘束された足を自由にしてもらうべく動かすと、男はすっと退けてくれた。ニールは膝を合わせるようにして小さく脚を折りたたみ気持ちを落ち着ける。男はまだ、もしもの話について考えてくれているようで、質問が続く。
    「どういったシチュエーションでそうなるんだ?」
    「それこそ、好きに考えてくれたらいい。美味しく料理してやるよ」
    「きみが作るのか? なんというか、倒錯しているな……」
    「どんなシチュエーションだと思った? ファンタジックな感じ? それとも現実的な想像をした?」
     ニールは期待を込めて訊いた。男はニールの指を口元にあてたまま眉をひそめる。
    「我が子を食らうサトゥルヌスみたいな感じかと」
     目を丸くしてニールが言う。
    「ゴヤの? 生のままじゃないか。……まあ、美味しく食べてくれるならどんな食べ方でも文句は言わないよ」
     くすくすと肩を震わせてしまう。
     その場合、できることなら頭は最後まで残してもらえるとありがたい。腕や脚が一本ずつ彼に取り込まれていくのをきちんと見届けたいではないか。最後に残された頭を飲み込まれるときに、自分はなにを考えるのだろう。
    「まるごと食べてもらうのも悪くないな」
     薄く開いた目には、バリバリとニールを食いちぎり、血にまみれた男の姿がおぼろげに見えた。はっきりと想像できないのは、彼がやりそうもないとわかっているからだろうか。
     だらりと弛緩しきった身体に刺激が走った。驚いて目を開く。
     振り向くと、男はニールの指を口に含んで歯を立てていた。噛まれた人差し指に痛みはない。口内の粘膜や挟んだ唇のやわらかさと指を噛む歯の対比が鮮烈だった。男はじっとニールを見つめている。力を込めれば噛みちぎることができると言わんばかりだ。
     温かいはずなのに鳥肌が立つ。このまま歯を立てられたとしても、自分は逃げないだろうという確信があった。呆然と血を流し、咀嚼される指をうらやむのだ。
    「……なんてな」
     男はすぐに口から指を出すと湯をかけて唾液を落とした。ニールはその間も余韻から抜け出せない。気のせいにできないほど感じ入ってしまっていた。
     解放された自分の指を確認すると、歯の跡がうっすらと残っている。指輪みたいだった。
    「いますぐここを出よう」
     男から身体を離して呼びかける。急なニールの変化に戸惑いつつも、男は栓を抜いて水を流し始めた。
    「構わないが、ちゃんと洗い流してから出るんだぞ」
     わかってる、と言いながらゆっくりと振り向き、ニールは男の顔を覗き込む。
    「出たらセックスをしよう。派手なやつを」
     男は顔をくしゃりとさせた。
    「なんだそれは」
    「きみもしたくなってきたろ。ほら、早くシャワーで洗い流してくれよ、いつもみたいに」
     ソープまみれのぬるついた湯と一緒にさっきまでの夢想が流されていけばいいと思った。頭にちらついていたあの考えは、この排水口に流れ落ちて消えるのだ。彼は自分を食べるのに抵抗はないと言ったのだから、もう想像して身もだえる必要はないじゃないか。
     そうだ、とニールは自身に提案する。
     今度、まとまった肉を食べに行こうと誘ってみよう。牛肉のステーキだとか鳥肉か豚肉のローストやなんか、とにかく肉厚で大きなものがいい。彼がそれを口にするのを確認すれば、きっとそれで気が晴れてこの夢想にケリをつけられるはずだ。
     清い水が背中を洗い流す。浴室から出たあとのことはできるだけ考えないようにしていた。少なくとも、この場所では控えなければならないから。
     シャワーの水が身体から離れていく。ニールは男に背を向けたままカーテンを開き、浴槽をまたいで出ていこうとした。不意に、耳元に静かなささやき声があたる。
    「本当は、どこをかじってほしいんだ」
     声の吹きかけられた耳と首筋が粟立ち、とっさに耳をかばうようにして手で覆った。一度強く目をつぶってから恨みがましく男を振り向く。
    「ルール違反だろう」
     男は顎をしゃくってニールの足元を示す。
    「もう出てるだろう」
     片足だけ浴槽から踏み出していたニールは納得がいかないといった様子で残っていた足も外に出した。腕を組んで男に正対する。
    「……そんなことをしてると返り討ちに合うぞ」
    「お好きにどうぞ」
     男は眉を上げて機嫌良く笑って言う。いたずらの成功を喜ぶ姿を見ていると肩の力が抜けていき、つられて眉を下げて笑ってしまった。
     タオルのある場所に目をやって彼が言う。
    「身体を拭いて待っていろ、すぐに向かう」
     切り替えが早いのが彼の美点だよな、とうなずき、ニールは言われるままにタオルをかぶって扉を開けた。
    「髪も乾かすんだぞ」
     釘を刺すような男の声に振り返ってうなってみせる。
    「きみが乾かしてよ」
    「だめだ、待てない」
     男の言葉に、ニールはきょとんと目を開いてまじまじと相手を見つめてしまう。男はむっとしたような表情で顔をうつむかせた。
     ニールは無言で浴槽まで近づき、カーテンを完全に開いて男に向き直って問いかける。
    「ここでするのもありじゃないかな」
     シャワーのお湯が顔にかかった。すぐにノズルを壁に向けた彼は、きっぱりと言う。
    「ルール違反だ」
     濡れた髪の間から男を見つめ、ニールは口をとがらせた。
    「また濡れた、これじゃ乾くのに時間がかかる」
    「だったらできるだけ早くドライヤーをあてるんだな」
    「濡れたままでも良くないか?」
    「きみに風邪をひかせるわけにはいかない」
    「これから裸で運動するのに?」
    「……だからだろう」
     ふむ、と首をかたむけたニールは仕方がないというように両手を上げた。
    「ここはきみに従うことにするよ。ちなみに、噛んでほしいのは脚だ」
    「検討する」
     あとの要望に短く応える男に笑いかけ、ニールは洗面台に向き直る。ドライヤーの熱を受けながら後ろで身体を洗い流す音を聞いた。
     脚だと言ったが本当は身体中を噛んで欲しくなっていた。じわじわと期待がこみ上げてくるのを頭を強く振って抑える。さっきの夢想は、もしかしたらしばらくは消えないかもしれない。癖にしてしまうとやっかいな気がした。彼の言うように、あれは少々倒錯している。
     シャワーの音がやみ、カーテンを開いて彼が出てくる。身体を拭きながらニールに話しかけた。
    「準備はできたか?」
    「ああ、場所を譲るよ」
     移動しようとすると男が行く手を阻むように前に立つ。温かい空気が彼の方から流れてきた。
     惹かれるようにして近付けた顔は両手で挟まれる。
    「わかってる、きみの髪を乾かすまではお預けなんだろう」
    「そうでもない」
     男はそう言うとニールの唇を軽く吸い、歯で挟んで引っ張った。硬い感触が去っていく。ニールは溢れる唾液が垂れないように口を引き結んだ。薄く口を開けてぼやく。
    「こういうのを、自分のことを棚に上げる、と言うんじゃなかったか?」
    「例外は必ずある」
    「今日は調子がいいね」
    「きみのおかげでな」
     にやりと口の端を上げると、男は髪にタオルをあてながら扉を開けて寝室へと向かった。
     ニールの喉がごくりと鳴る。洗いたての背中や筋肉のついた腰回り、つややかなお尻、きれいな腿にすっと伸びたふくらはぎ、くるぶしはきゅっと細く、その先の足裏が意外にもやわらかいのは先ほど感じ取ったばかりだ。
     寝室の扉に手をかけて、男がニールを振り返る。見られていると知った顔だ。声を出さずに口を動かす。
     ──はやく。
     ニールはふっと息を吐く。
     声を出さないひことこで、ひとつの鋭い眼差しで、やわらかなひと噛みで、現実は、どんな夢想も追いやってしまう。
     寝室に入ろうとしている男を勢いよく捕まえてぎゅっと抱きしめた。彼は笑ってニールをなだめる。
     寝室になだれ込むふたりの後ろで、扉がゆっくりと閉ざされた。
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    2024/04/12 20:38:54

    eat me

    初出:pixiv 2022/5/7(6484文字)

    「肉を食べるプロタゴニストとそれを見ているニール」というお題から。
    自分の肉を食べてもらいたいと思うニールの話。

    #主ニル #ニル主

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