Surprise!Surprise!
「クリスマスイブは会えないかもしれない」
そんな事前申告を受けたのが前回のデートの分かれ際だった。先々週の木曜日だ。ソーはとても申し訳なさそうな顔をしていた。それはもう、この世の終わりのような。バーンズは見たこともない表情に驚きつつ、「そうなんだ」と答えた、と思う。いつも、「次は来週の終わりに会いに来る」とか、会える日を教えてくれていたのに、会えないかもしれない日を告げられたことにも驚いていた。それと、悲しかった。十二月の夜風が頬を撫で、寒さを紛らわすつもりで鼻先をマフラーに埋めたけれど、本当は、鼻の奥がつんとしていたのを隠したかっただけだ。勝手に、クリスマスは共に過ごせるものだと思っていた。ぽっかりと空いたスケジュールを思い浮かべると虚しくなった。
ソーはそんなバーンズの戸惑いを察したのか、ずれたニット帽を整えるついでに頬を暖かい掌で包んでくれた。
「……時間が遅くなっても良ければ、会いに来ても構わないか?」
「あ、ああ。もちろん。待ってる」
それは慰めに聞こえた。何か用があるならわざわざその日に来させるのはソーの負担になるかも、と後悔が過ったのは「待ってる」と答えてしまった後、マフラーを引き下ろしてきたソーにキスされた時だった。
実を言うと、スティーブ以外の、家族や恋人のような「誰か」のいるクリスマスが久しぶりで、子どものように舞い上がっていた。ソーに美味しいものをお腹いっぱいに食べてほしくて、イブにレストランを予約していた。二人とも地球の酒では酔えないけれど、味わうことはできるのでシャンパンも頼んでおいた。スティーブはシャロン・カーターの実家に行くらしい。だから、レストランの後はホテルじゃなくてバーンズの家に帰る予定だった。プレゼントも渡して、ベッドに入って、クリスマス当日はだらだらと家で過ごしながらまたターキーでも食べようかと。そんなことを考えていた。
「バーンズの名前で席を予約してるから。良かったらロマノフと行ってきてくれ」
レストランの名前と場所、電話番号を書いたメモは、ずっと財布に入れていた。それを手渡すと、バナーは口元を弛ませながらも、少々遠慮がちに言った。
「いいのかい? これ、僕でも名前を知ってる店だ」
「あー……、有名らしいな」
雑誌で評判の店を調べた、なんて口が裂けても言えなかった。
「ソーもひどいな。君がせっかく予約してたのに、用事があるだなんて」
「いや、予約は勝手にしたんだ。サプライズのつもりだったけど……ちゃんと予定を聞かなかった俺が良くなかった」
「そんなこと……。でも、ありがたく有効活用するよ。僕はこういう、サプライズとか……得意じゃないからね」
小さなメモを大切そうに折り畳むバナーを見てほっとする。彼に断られたら、もう当てがなかった。スターク夫妻はもっともっとハイグレードなクリスマスを過ごすに決まっているし、あとのみんなはレストランの個室ではなくて家族と家で過ごしそうなメンバーばかりだ。
じゃあ自分は、一人で何をしよう。──そう考えている内に、二四日がやってきた。
チャイムが鳴ったのは夕方だった。長い昼寝から目覚めた後だ。
「サプラァイズ」
「……」
教会の献金かと思ったので、財布を持って玄関に出たバーンズは、そこにスーツ姿のロキが立っているのを見て、自分は寝惚けているんだなと判断した。そして一度、ドアを閉めた。
「おい、何故閉める。客人に対して失礼だな」
どんどん、とドアが叩かれる。
「いや、幻でも見たのかと」
「……あー、では、幻聴も一緒に楽しませてやろう」
「!」
聞こえてきたのは、ここ一週間恋しくてたまらない声だった。思わずバーンズはドアを勢いよく押し開けたが、やはりそこに立っているのはドアに押し退けられたロキだけだ。ロキはにんまりと笑う。やられた。
「分かりやすいな、お前。そんなに兄上が恋しいか」
ロキの口からソーの声がして、ドアを閉められないように長い長い足で押さえられてしまった。
「そういう悪ふざけは止めてくれ」
「とりあえず玄関までは入れてくれよ」
「その声で喋るな」
「はいはい」
ロキは自らの喉をさっと撫でて魔法を解いた。黒いマフラーまで高級そうに見えて、それが嫌味なく似合うのが少し羨ましい。肌寒いので、ロキの言う通りドアの内側に入れてやる。
「何しに来たんだ」
「今日はミッドガルドの祭りの日なのだろう。家族と過ごすというこの日に、兄の恋人に会いに行ってやろうかと思うのは普通だと思うが」
「……普通か?」
聞き間違いでなければ、「家族」と言ったか。喜ぶべき一言なのだろうが、寒気がした。どう表現すべきか、とにかくロキはこんなことをするキャラではないはずだ。ソーから「改心したようだ」とは聞いているが、うろ覚えの北欧神話によるとロキは悪戯の神様である。関わるのは少々危険が伴う。
バーンズのそんな警戒心に気付いたのか、ロキははーっと溜め息を吐き、降参するように両手を挙げた。そんなジェスチャーさえ、どうしてもオーバーに見えてしまうのはそのスタイルの良さの成せる業だろう。
「分かった、ちゃんと話そう。兄上に頼まれた」
「ソーに?」
「お前を今日一人にしてしまうから、家族として一緒に過ごしてやってほしい、と。まあ、どうせ、浮気の心配でもしてるんじゃないか? キャプテンと過ごしていたら私にどうさせるつもりだったのやら」
「……何だそれ。一人にしたのはソーだろ」
ぽつりと呟いたそれは、バーンズが俯いてしまうのに従って、玄関の床にべちゃりと落ちた。喉が詰まる。こんなことをロキに言ったって仕方ないのに。ロキが無条件にソーの言うことを聞くとは思えない。何か褒美があるはずだ。ソーはそんなものを弟にぶら下げてまで、バーンズのことを独占しようと言うのだろうか。そこまで、しなくとも──。
「俺ははなから、ソーと過ごすことしか考えてなかったのに」
「……」
がさりと音がした。見ると、いつの間にかロキの肘に緑の紙袋が引っ掛かっていた。さっきまで絶対に存在しなかったそれの中から取り出されたのは酒のボトルだ。コルク栓の真下に金と赤のリボンが巻かれていて、ラベルにはアスガルドの文字らしきものが書かれている。受け取ると、緋色のボトルの中で酒がちゃぷりと揺れた。
「すごい、魔法って何でもできるんだな」
「何でもではない。しかし、愚兄への愚痴くらいは聞けるぞ。……魔法無しでも聞けるが」
「そりゃ助かる」
酒を冷やすためにキッチンに向かう。ロキも後ろをついてきた。
クリスマスにふさわしいディナーを食べるのは明日の晩にするつもりだったので、家には大したご馳走などなかった。その点を先に謝っておくと、ロキは「別にもてなしを受けに来たのではない」と笑ってくれた。こうして二人で話すのは初めてだが、スティーブ達から聞かされているほど嫌な男ではないようだ。
「ピザって食ったことある?」
「ない」
「だろうな」
酒を冷蔵庫にしまってから振り向く。さっきまでバーンズが昼寝していた我が家のソファにどっかりと座ったロキ。何だか現実味のない光景だった。スーツはどこかのブランドものっぽいし、外されたマフラーはやっぱりカシミア製だろうか。シンプルなセーターにジーパンで部屋をうろうろしていたバーンズとは大違いだ。魔法で着替えているのだろうからもっとカジュアルな格好に着替えてほしいが、頼みづらい。それに、カジュアルな格好をしたロキ、というのも想像がつかない気がする。黒のTシャツに黒のパンツでも世界一うまく着こなしてしまいそうで恐ろしい。
「アスガルドにも似たような料理はある。兄上から、ミッドガルドのものの方がうまいとは聞いてるよ」
「ハードル上げないでくれ、冷凍のやつなんだから」
マルゲリータと、ターキーの切れ端がちょっとだけ乗ったもののどちらを焼こうか悩む。
「あんた、食は細い方?」
「兄上よりかは」
「ソーと比べたらみんな細い」
「ごもっともだ。細くはない、人並みだな」
「人並みね」
では二枚とも焼いてしまおう。ロキがギブアップしたら自分で食べるし、何ならソーの夜食に置いておくのもいい。
結局着替えを頼むこともなく、ソファに並んで座ってテレビを見ながらピザとポテトをつまむことになった。酒はロキが持ってきたものが冷えるまでは適当に炭酸飲料でも飲むことにする。実を言うとソーと飲むつもりのシャンパンが冷やしてあったが、それを出す訳にはいかなかった。テレビでは歌番組をやっていて、クリスマスソングを世代別に紹介している。一九四〇年代までは遡ってくれなさそうだ。
「ロジャースは? 外出しているようだが、帰ってくるのか?」
「いや、今日は泊まりだよ」
「あいつも恋人がいたのか」
ロキが意外そうに笑う。どうやら、一〇〇年以上も恋人がいなかった親友は、神様からも「いなさそう」に見られているらしい。
「恋人……ではないらしいけど。複雑なんだ、いろいろ」
「人間の男と私の兄上が付き合っている事実ほど複雑なことなどそうそうない」
ロキは、ふん、と鼻息をふく。ピザは順調に食べ進められているので、気に入ってもらえたらしい。
「……今までにいなかったのか、その……」
「人間が、という意味ならジェーン・フォスターがいる。男が、という意味なら私の知る限りではいない。兄上はこれまで女しか好きになっていなかったからな。私は最初、ジェームズ・バーンズという名の女ができたのかと思った」
「へえ。……、ロキは……えっと、男とか女とかあんまり関係ないんだっけ」
そんな話をソーから聞いたことがある。バーンズの周りにはバイセクシャルの人間がいない。バーンズ自身も、ソーのことは好きだが他の男を見ても何とも思わない。テレビから視線を逸らしてバーンズを見たロキは、ニヤリと口角を持ち上げた。兄に似て美しい笑みだが、これは良くない笑みだ。余計な首を突っ込むんじゃなかったと思っても遅かった。
「今さら警戒する必要はない。兄上の男を取って食おうだなんてしないとも。お望みなら考えるが……」
「からかうなよ。みんなから聞いてた通り、洒落にならないジョークを言うんだな」
「お前は思っていたより変わり者だ。ところで、この、今歌っている女の声は良いな。アスガルドに招待して歌わせよう」
「無茶苦茶言うな、あんた」
そろそろ、酒が飲みたくなってきた。まだ冷えきっていないかもしれないが、どうせすぐにぬるくなってしまうのだから飲んでしまおう。
──そうして、冷蔵庫に酒を取りに行ったところまでははっきり覚えている。
溜め息混じりに、「重いな」と言われた。バーンズは少なからずショックを受けた。同じ超人でも、スティーブのそれと同じ血清ではないと知っていたし、体質的にもスティーブよりか肉の付きやすい体だと知っていたので、それなりにダイエットはしていたつもりだったからだ。それでも、いつもソーはバーンズを抱き上げて「軽い」と笑う。「重い」と言ったのはロキだ。ロキみたいな細身と比べられると敵わない。それにしても、どうして自分はロキと肩を組んで、体重を預けているのだろう。
「おい、まだ寝るな。寝室はどこだ」
「……あっち」
「あっちじゃ分からん」
ロキに支えられ、よたよたと靴底で床を擦りながらリビングを後にする。視界の端に、空っぽのワイングラスが映った。二杯飲んだはずだ。たった二杯、されど二杯。スティーブから聞いていた。アスガルドの酒は強いと。ロキも言っていたじゃないか。スティーブという前例があったので、よく効く酒を持ってこられたと。甘い、カシスのような味がして、アルコールとはまた違った風味が喉にしみた。頭がふわふわしてきたけれど、隣でロキが平気な顔をして飲むので、同じペースで飲んだ。若い頃を思い出した。ああ、酔うってこんな感じだっけ。眠くて眠くて仕方ない。あれだけ昼寝したのに。いや、そもそも、昼寝の前、昨晩がよく眠れなかった。やっぱり、一人で過ごすのが寂しくて。ロキが来てくれて助かった。
ぐるぐると、ぐちゃぐちゃになった思考が脳内を巡る。それが止まったのは、体が空中に投げ出された瞬間だ。浮遊感はすぐに収まった。ベッドに落とされたのだと気付いて、仰向けになると、スーツのシワになった部分を魔法で整えているロキがいた。ひょいと指を動かすと、リビングからマフラーも飛んできてロキの首に巻かれる。もう帰ってしまうのだろうか。せっかく恋人の弟が遊びに来たのに、家主の自分が酔い潰れてしまうだなんて情けない。
「帰る、のか」
「ああ。兄上に頼まれた用事は無事に遂行できそうだからな」
「頼み……?」
「お前は何も考えなくて良い、バーンズ。眠っていればそれで良いんだ」
ふわりと掛け布団が浮いて、バーンズの体に覆い被さる。部屋は寒いのに布団は暖かい。そう思ったら、寝室の暖房の電源も勝手についた。全てロキの仕業だ。ここにあとはソーがいたら最高なのに、と思ったところで、ソーが遅くに会いに来てくれると言っていたのを思い出す。
「だめだ、ソーが来るまで起きていないと」
「いじらしいな。だが、サンタクロースからプレゼントを貰えるのは良い子だけだと教えられなかったか? 良い子は寝て待つものだろう」
良い子とは失礼な。一〇〇歳を越えた人間にそんなことを言うなと叱ろうとして、止めた。たしか、ソーは一五〇〇歳だった。ロキも似たようなものなのだろう。
「ソーはサンタクロースじゃない。とにかく、起きて、待つんだ……」
服の袖で目元を掻く。酔いが治まりさえすれば眠気も飛ぶはずだ。
「……全く。お前自身に魔法は使うなと言われたからここまで苦労をしたのに……。いいか、これは兄上には秘密だぞ」
ロキがベッドに腰掛け、バーンズの額に手を当てる。目の前が暗くなる。意識がどこかに吸い込まれる瞬間、耳元でロキの声がした。
「おやすみ、バーンズ。良い夢を」
ロキの言葉通り、良い夢を見た。
レストランの個室でソーがターキーにかぶりついている。バーンズが当初思い描いていた光景だった。頼んでおいたシャンパンの味は格別で、酔えもしないのに何杯も飲んだ。家に、クリスマス用のラッピングが施されたシャンパンも冷やしていることを告げると、ソーは蒼い瞳を輝かせ、楽しみだと笑った。今度はアスガルドの酒でも持ってきてやろうと言うので、バーンズは丁寧に断った。
レストランを出た後、手を繋いで帰路を歩きながら、バーンズはこれが夢であることを自覚していた。ロキの魔法がどういった作用をもたらすかは分からないが、バーンズは少しだけ、普通の人間よりも脳への攻撃に対して耐性がある。腹がいっぱいだと満足げに胃の部分をさするソーに抱きついてみせた。人通りが多い外でもお構い無しだ。だって今夜はクリスマスイブで、しかもここは夢の中なのだから。
「来年はこうやって過ごしたい」
バナーとロマノフはデートを楽しんでいるだろうか。スティーブはカーター家の人々と何を話しているだろう。スターク夫妻はパティシエを呼んでケーキを作らせたかも。サムは聞いたことないけど彼女がいそうだ。バートンやラングは今ごろ、こっそり子供部屋にプレゼントの箱を置きに行っているはずだ。
「俺がロキとピザ食ってたって聞いたらみんな大笑いするだろうな。まあ、けっこうおもしろかったよ」
でも、とバーンズは続ける。ソーは固まったまま動かない。
「でも俺は、ソーと過ごしたいんだ。一秒でも長く。どれだけ遅くなったっていい。起きて待っていたかった。俺がずっと起きてるつもりだって分かってたんだろ。待たせてしまうから弟に頼んで眠らせておこうだなんて、ソーらしい考えだけどさ」
目が覚めると、横向きに寝転がっていて、後ろから誰かに抱き締められていた。部屋の中は明るい。もう朝なのだろう。心地よい体温に再び夢の世界に引き込まれそうになるが我慢する。視線を下げて、「あれ?」と思った。胸の辺りでソーの手が組まれていた。それだけならいい。問題はその服だ。赤い、もこもこのコート。袖口は白くふわふわとした毛があしらわれている。ソーはこんな服の趣味だったか? ロキのようにスーツを着るイメージではないが、それにしても、こんな、サンタクロースみたいな──。
「起きたか。おはよう」
頭頂部で声がした。ぐいと首を上に向けて、あんぐりと口を開ける。
「何その帽子」
「何って、サンタだ。メリークリスマス、バーンズ」
「え……?」
「本当にすまなかったな、昨日は」
謝られるようなことは何一つない。そんなことより、と腕の中で身を捩って体を起こす。絵に描いたような赤と白の服で上下揃えている。髭はないが、今のソーはどこからどう見てもサンタクロースだった。コスプレと呼ぶには似合いすぎである。昨晩会えなかった理由とは、まさか。訳も分からず部屋を見回すと、ベッドの横に白い布の袋が置かれていた。よくソリに乗っているあれだ。しかし中身はもう少ない。シルエットから、箱がひとつ入っているように見えた。
「バーンズ……。すまない、怒っているんだろう。俺が結局明け方までかかってしまったから」
「いや。全っ然、怒ってない……」
何をどこから聞けば良いのやら。バーンズは頭を掻いた。おかしい、ソーが来たらすぐにでもベッドでいちゃつくつもりだったのに、ちょっとこれは、それどころではなさそうだ。
結論から言うと、ソーはサンタクロースではなかった。サンタクロースが恋人だなんて、そんな昨日のロキの「サプラァイズ」が小物に思えるようなサプライズは待ち構えていなかった。ソー曰く、サンタクロースの起源はソーが生まれる少し前の東ローマ帝国──現在のトルコにあたる場所らしい──にあるのだとか。聖ニコラスと聞くと、バーンズも名前は聞いたことがある。せっかくだから、来年のクリスマスまでに調べておこう。
「ただ、詳しいことはよく分からんのだが、父上や俺が、クリスマスやサンタの風習の元になっている部分があるらしい」
「部分って?」
「例えば……俺が大昔乗っていた戦車がサンタのソリになったとか。それと、スレイプニルという父上の愛馬がいる。スレイプニルは八本脚なのだが、それがサンタのソリを引くトナカイの元なんだとか。おそらく、ミッドガルドの空を散策していたところを人間に見られたのだろうな」
「そんなのに乗って散策するなよ……」
そして、話はソーがジェーン・フォスターと付き合っていた頃に遡る。サンタクロースにゆかりのある北欧神話の神様が地球に来たと聞いて、グリーンランド国際サンタクロース協会からフォスターの元に手紙が届いた。その中に長々と書かれていた内容をまとめると、どうか、サンタクロースの活動の手伝いを──
「──ストップ。それ以上は……夢が壊れるというか、とにかく、言わないでくれ。素敵な活動だと思うけど」
「……分かった」
「でもそれ、毎年やってるのか? その……イブに、絶対?」
実際に各家庭にプレゼントを運んでいるのか、それとも子どもが多くいる病院を訪ねているのか。詳細は聞かないが、今後も手伝いを続けるというのなら、それはつまり、来年以降もイブには一緒に過ごせないということだ。かと言って子どもの夢を奪うのも心苦しい。どうすべきかと思っていると、帽子を取ったソーがそれをバーンズに被せて、額へキスしてきた。
「去年は手伝えなかったんだ。それで断りづらかったのもあるし、最後にするつもりで、今年だけ。お前に言えなかったのは……協会と連絡を取るにあたって、どうしても、ジェーンに会う必要があって」
「何だ、そんなこと。それより今、最後って言った?」
「子ども達のサンタは全世界にいる。俺一人いなくとも問題ない」
ということは、つまり。
「来年は一緒に過ごせる?」
「もちろんだとも。それより、バーンズ。可愛らしい飾りを着けているな」
ソーが指でピンと弾いたのは、バーンズの首元だった。
「え? うわ、何だこれ!」
触ってみて気付いた。何か巻かれている。リボンが垂れ下がっていて、よく見えないが、小さなベルまでついている。結び目を引っ張って外そうとしたがびくともしない。ソーがバーンズの手を退かした。
「ロキが着けたんだろう。自分では外せない。……プレゼントを贈られた俺でないと」
言われた通り、ソーがリボンを摘まんで引くと、するすると結び目がほどけていった。リボンの裏に何か書かれている。ソーはそれを眺めてふんと鼻を鳴らした。
「何て書いてるんだ」
「演出してやったのだから褒美を追加してくれと」
「ああ、やっぱり何か与えるんだな。大丈夫なのか? アスガルドの法律を決めたいとかそんなこと言い出したら……」
自分を眠らせるためだけに国が傾くなんて堪えられない。バーンズはそんな気持ちで言ったのだが、ソーはそれを笑い飛ばした。
「そんな大袈裟なものではない。ロキは演劇や歌を楽しむのが好きでな。ミッドガルドの歌手や役者を自分の元に呼ぶつもりなんだ」
「……へえ。いいんじゃないか。あんまり大物は無理だと思うけど」
まさか昨日のあの一言が大真面目なものだったとは。もし実現したら自分も観客として呼んでほしいなと思った。
と、ソーの手が首を撫でる。触れるか触れないかの淡い力加減に息が震えたが、ソーには気付かれなかったようだ。
「擦れてしまっているな。痕にならないといいが」
「すぐに治る」
「他に、ロキに何もされなかったか? 魔法を直接かけるのは危険なので禁止しておいたのだが」
ソーの蒼い目がこちらの目を注意深く覗き込んでくる。夢の中と同じ色だ。ロキの囁き声と、「秘密だ」という言葉を思い出した。
「……何もされてない。酒を飲んだだけ」
悪いことは何もされていない。強すぎる酒と、素敵な夢をプレゼントされただけ。ロキには感謝しているが、今バーンズが欲しいものは別にあった。
「なあ。ソーからのプレゼントが貰えるのはロキだけ……?」
ソーと鼻先を擦り合わせる。唇は触れそうで触れない。こっちからはしないだけだ。したいけれど、ソーから動いてくれるのを待つ。
「バーンズにはミッドガルドの子どもに人気のゲーム機を持ってきたのだが……、そういう意味ではなさそうだな……」
ゲーム機って何それちょっと気になる、と聞こうとしたが、ソーにキスされるのが先だった。白い布の袋の中身に思いを馳せつつ、バーンズはまず、大人向けのプレゼントを貰うことにした。
終