BANG!BANG!
こうして、一戦交えた後、二人でくつろぐ時間がバートンは好きだった。バーンズが眠さを紛らわそうとぽつりぽつりと話すのが可愛らしくて。あくびに似た吐息に流され、湯気がゆらゆらうごめく。
「的を見ずに真ん中を射ることができるって本当?」
「本当」
「目隠ししてても、的が動いてても?」
「ああ」
「ゴルフは一ラウンドのスコアが一八って」
「任せろ」
「トロンボーン吹けるんだっけ」
「……それ誰から聞いたんだ?」
バーンズがくすくす笑う声が浴室に響く。バスタブの両端──両端と呼べるほど離れていないが──に向かい合わせで座る二人の間で水面が揺れた。ぷかぷか浮かぶプラスチックの水鉄砲も右往左往し、最終的に壁面にかつりとぶつかった。
せっかく誇らしい気分で全ての質問にイエスと答えていたのに。まあ、トロンボーンを吹けるのも特技のひとつとして自慢したいけれど、他とはちょっとタイプが異なる。
「ロマノフ」
「だろうと思った」
鉄色の左腕が、ざぶん、と湯の中から出てきた。バーンズは濡れた前髪をかきあげ、火照った顔を撫で下ろす。普段はひんやり冷たい左腕も浴室では人肌のように感じられる。バートンも身体はもう暖まっていたが、まだ出たくなかった。指先がふやけてしまうまでここにいたい。
「銃は使わないんだな」
「使うよ? たまには」
「嘘だ。見たことない」
嘘ではなかった。銃を扱うことはできる。どうしても弓が使えない時や矢を切らした時に備えて、訓練はしてある。実践経験はなかったかもしれないが。いずれにしろ、武器を銃に変えろと言われても目の前の男には敵わないだろうけど。
バートンは、バーンズが遊び尽くしてタンクを空にした水鉄砲に手を伸ばす。ビビッドカラーの本体は、作りは単純だし、こんなに小さいのに、一度「弾」を込めてしまえば二〇発近く打てる。そう考えれば、銃としては優秀ではなかろうか。取り外したタンクの接続部を上に向けて湯に沈めると、こぽこぽと空気が上がってきた。バーンズが「銃ってそっちかよ」と水面を指で弾く。
タンクをセットし直したそれをバーンズに向けても、彼は身動ぎひとつしなかった。バートンは躊躇いなく彼の左胸を撃つ。
「構え方がなってないな」
冷静な指摘だった。バートンは水鉄砲を片手で雑に扱っていた。
「腕伸ばして構えられるほど広くないからな」
「狭いのは二人で入ってるせいだ」
「でも別々に入りたくないだろ」
「……まあな」
バーンズの唇が尖る。耳がさっきよりも赤くなったのは、のぼせはじめているせいだということにしておこう。バートンは引き続き、バーンズの首筋を撃つ。狙うは、レーザーポインターのそれにも似た赤い印。ほんの一時間前、バートンが刻みつけた印だ。びしゃりと湯が命中する。次に喉仏の近く。右肩。左肩のケロイド部分。右の鎖骨。背中側にあるのは狙えない。
「くすぐったい」
もぞりとバーンズが動いたが、構わずに、水面からのぞく膝の頭を撃った。ようやくバーンズは何を狙っているか察したらしい。膝に吸い付いた時、ぴくんと反応したのに「そんなところ気持ち良くないから止めろ」と嘘をついたのを思い出したのだろう。
「的にするために付けたのか? キスマーク」
照れ隠しのつもりなのか、バーンズは水面を叩いてこちらに水を散らした。
「そのつもりなら、心臓か眉間だけに付ける。でもそれってロマンチックじゃないだろ」
「膝ってロマンチックか?」
「微妙だな。足の甲の方がまだ良い」
「……付ける?」
「は?」
バーンズはバートンが持つ水鉄砲を取り上げ、狭い中で器用に片足を上げた。眼前にぷかりと浮かぶ、バーンズの右足。指の先まですらりと伸びて、艶々とした肌が、浮かび上がる血管の陰を残して湯をはじいている。色はいつもより赤らんでいた。バートンは視線を下に逸らす。バーンズがそういう気分なのかを確かめたかったのだが、性器にその兆しはなかった。と思ったら、足の指がクイと動いた。
「おい。どこ見てんだ」
「そりゃ見るだろ」
「で? キスしてくれないのか」
これだけ血流の良くなっている部分に施したところで、はたして綺麗に印を残せるのだろうか。ただでさえ、バーンズの場合は首につけたものもすぐに消えてしまうのに。そんな疑問は残ったが、バートンはこの誘いを断るほど冷たい男ではない。バーンズの踵と足の先を両手で支え、親指の付け根に近い部分に唇を寄せようとした。──その瞬間。
びゅ、と間抜けな音と共がした。頭頂部を撃たれたと気付いたのは、ぬるくなった湯が額に垂れ落ちてきた後だった。顔を上げるとすぐそこに銃口があった。バーンズが口角を持ち上げる。ロマンチックとは何だったのか。そう呆れもしたが、バーンズが楽しそうなので良しとした。しかしやられっぱなしでいるのは性に合わない。
「油断したな。ハニートラップとか引っ掛かるタイプ?」
恋人にそこまで言われては黙っていられなかった。長年のエージェント生活で培った──しかしこちらも一度もバートンが実践することはなかった──ハニートラップの技術をこんなところで活かすことになるとは。今夜の目標は、「膝も気持ち良かったです」とターゲットに白状させることだ。
バートンは触れたままだった足先をガッチリと動かないように掴んだ。バーンズの笑みが固まったが、もう遅い。
「お前相手なら掛かっちまうが、残念ながら、脳天をぶち抜かれてもただで死んでやるタイプじゃない」
「うあ、おいっ、危な……」
お望み通りキスしてやったものの、本格的に印を付けるのは後にした。まだまだ夜は長い。
終