Twitter SSまとめ 18篇◆ お話 一覧 ◆
※お話概要の「平和なアース」は、「細かい時系列を特にそこまで気にしてない」という意味です。ただしEG後が前提のもの多目です。
文字数は280~3500弱とバラバラです。
◆食事はバランスが大切(ソーバキ)
平和なアースのふたり。
◆凪と衝動を知る(ティチャ→←バキ)
平和なアースの両片思い。
診断メーカーで「書き出し」「書き終わり」「文字数」指定で書いたもの。
◆雷よりも早く、遅く(ソー→バキ)
ステ(→)←バキ 前提で、平和なアースの片思い。
診断メーカーで「書き出し」「書き終わり」「文字数」指定で書いたもの。
◆とける夜(ティチャ→←←バキ)
平和なアースの両片思い。一夜限りのお話。
診断メーカーで「書き出し」「書き終わり」「文字数」指定で書いたもの。
◆体温(ティチャッキー)
平和なアースのふたり。
◆専属シェフのさりげなく甘い誘惑(Broソーバキ)
平和なアースのふたり。
◆人間の性(ステバキ)
平和なアースのふたりの初めて。
診断メーカーで「書き出し」「書き終わり」「文字数」指定で書いたもの。
◆前哨戦(サムバキサム)
平和なアースのふたり。
診断メーカーで「書き出し」「書き終わり」「文字数」指定で書いたもの。
◆群青モンスター(サムバキサム)
平和なアースのふたり。
「#文字書きワードパレット」でいただいたお題で書いたもの。
◆好奇心に惜敗(ピタバキ)
平和なアースのふたり。
「#文字書きワードパレット」でいただいたお題で書いたもの。
◆雨は気まぐれ(ソーバキ)
平和なアースのふたり。
「#文字書きワードパレット」でいただいたお題で書いたもの。
◆慌ただしくマイペースな始まり(サム→←バキ)
平和なアースの両片思い。
「#文字書きワードパレット」でいただいたお題で書いたもの。
◆短き休息(ティチャッキー)
平和なアースのふたり。
「#文字書きワードパレット」でいただいたお題で書いたもの。
◆夕立(ステバキ)
平和なアースのふたり。
タイトル、CPはフォロワーさんのリクエストです。
◆珈琲味の想い人(バキサム)
平和なアースのふたり。
「#ばきつば深夜の創作60分一本勝負」のお題「初恋」で書いたものです。
はるぱちさん(Twitter: @happymodok)の御本「Home.」(2020年5月発行)にゲスト参加し寄稿した「誰かが待つ家」の後日談です。
「誰かが待つ家」はGALLERIAにて公開済みです。→
こちら
◆世界一おいしい朝御飯(鷹バキ)
平和なアースのふたり。
◆You Are My Steve!(ステ←バキ)
現代AU 売れない画家?のスティーブ×某アメコミキャラクターの大ファンのバッキー。
「You Are My Hero!」の前日譚。バッキーの独白。
◆You Are My Hero!(ステバキ)
現代AU 売れない画家?のスティーブ×某アメコミキャラクターの大ファンのバッキー。
「You Are My Steve!」の後すでに付き合っているふたりになります。
ひとつでも萌えや癒しになりましたら幸いです。
食事はバランスが大切
ソーバキ
平和なアースのふたり。
うわ、またかよ。──と思ってみても遅かった。
「っ……、ぁ」
ぬろり、と首筋を這う舌は、くすぐったいと思うのに、気持ちいいが勝る。太い血管の真上辺りを、唇で優しく吸い付かれるのもぞくぞくして好きだ。全身から緩やかに力が抜けていく気がする。ソファの背もたれに寄り掛かるより、ソーのシャツの肩辺りを掴むことを選んだ。
「ベッド、行きたい」
この台詞を言わされるのは大抵こちらだ。これに対しても、またかよ、と思う。ソーの腕がバーンズの肩を支え、もう片腕は両膝の下へ。バーンズは自然とソーの首元へ腕を回す。こうして運ばれるのにも慣れてしまった。視界が高くなる前に、ローテーブルの上のコーヒーカップを見やった。まだ湯気が立ち上っていて、もったいないな、と思った。
いつもだ。ソーといる時、空気は何の前兆もなく一気に甘くなる。昨日の買い物で肉が安く買えたという話をしていたはずだった。だから、今夜はステーキを焼いてやろう、と。ソーは楽しみだと笑って、テレビを見ていたバーンズの頬にキスをした。そこまでは普通の空気だったのに、気が付けばこれだ。プリンセスのように抱えられ、きらきらと瞬く瞳に見下ろされたまま、我が家のベッドまで運ばれている。
この状況を素直に、なんてスマートな誘い方なんだろうと受け止められればいいのだが、バーンズも若い頃はそれなりの回数、女性をエスコートしベッドにお邪魔していた身である。一人の男として何だか妙な敗北感を感じてしまうのも許してほしい。どうせ、あと十数分もしない内に、そんなことは考えていられなくなるのだし。
「……まただ。また、こうなってしまった」
「……ん、ふあー……あ、何が?」
あくびをほとんど抑えきれないまま、聞き返す。良い夢が見れそうだなぁと思う。ベッドの縁に腰掛け、そっぽを向いているソーの背中のカーブはまだセクシーに見えて興奮するが、もうその元気はなかった。しっかり二セットも運動してしまったので、気分もすっきりしたし、眠気がひどいのだ。もうひとつあくびが出そうになった──が。
「夜まで我慢するつもりだったのだ」
「え?」
あくびは引っ込んだ。頭だけこちらを振り返ったソーは、何故かさっと目を逸らしてしまい、首の後ろをぼりぼり掻きながら溜め息をついた。ちなみにその少し下にバーンズが引っ掻いた痕が残ってしまっていて、申し訳なく思った。おそらく、バーンズがつけられた痕と同じくすぐ消えるのであまり気にすることもないだろうが。
「ステーキを早く食いたいなぁと思っていたら、バーンズを先に食いたいと思ってしまった。いつもこうなる」
「……、……えっと、何の話かさっぱり……」
そう答えながら、何となく言いたいことは理解していた。要は、バーンズの、またかよ、と似た感情をソーも抱えているらしい。
「我慢しようとしたのだが、バーンズに、ベッドに行きたいと言われたら、もう、敵わない」
「……」
バーンズは、どっちが先に我慢できなくなっているのかを議論する気はなかった。そんなことより、ソーの耳が真っ赤になっているのを見て、可愛いなぁとドキドキしていた。いや、しかし、このまま三セット目をねだるは無理だ。いろんな意味で。
そこで間抜けな音がした。ソーの腹が空腹を訴える音だ。ソーは、「すまん」と慌ててベッドのシーツを掻き寄せたが、それが何ら意味もないのは二人とも分かっていた。バーンズを存分に召し上がっていただいたところで、残念ながら腹は膨れないものである。
「えっと……とりあえず、ステーキ焼くか」
「!」
ソーが勢いよく振り返る。体を捻り、犬がじゃれついてくるかのようにこちらに飛び掛かってきた。重いが、これからここに五百グラムほど追加しなければならない。あくびなどしている暇もない。料理を始める前に冷めたコーヒーを飲んで、思い込みでもいいから眠気を飛ばしておこうか。
「いいのか。すまん」
「いいに決まってるだろ。俺も腹減ったし」
「サラダも作るだろう? 手伝う」
「うん」
ちゅ、とひとつキスをしたが、それ以上は止めておいた。また、どちらかの我慢が利かなくなっては困るからだ。
終
(改行・空白除いて1676文字)
凪と衝動を知る
ティチャ→←バキ
平和なアースの両片思い。
診断メーカーで「書き出し」「書き終わり」「文字数」指定で書いたもの。
知らないふりをしていたのだ。君と他愛ない話をしている時の、心落ち着かせる凪のおとずれを。君の夢を見てしまった夜の、心突き刺す衝動とやましさを。それらの正体に、気付いていたのに。私は知らぬ顔をした。鈍感な男の顔をして。
だから君の気持ちすらも、知らないふりをした。友情だと思い込んだ。別のものだと分かっていたのに。
いよいよ我が国を離れゆく君の背を、しばらく眺めていても構わないだろうか。少し伸びた君の髪だけが、私達が過ごした時の長さを語る。
今更君を引き留めはしない。けれど、例えば、後ろ髪が風に揺れる様子だけでも、見ていたくて。あと少し、もう少し君を知りたかった。
終
(改行・空白除いて280文字)
「知らないふりをしていたんだ」で始まり、「もう少し君を知りたかった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば2ツイート(280字程度)でお願いします。
#書き出しと終わり
あなたに書いて欲しい物語
雷よりも早く、遅く
ソー→バキ
ステ(→)←バキ 前提の平和なアースの片思い。
診断メーカーで「書き出し」「書き終わり」「文字数」指定で書いたもの。
知らないふりをしていたのだ。お前の、スティーブへの想いなど。疑念が確信へ変わるのを認めたくはなかった。嘘だと思いたかった。お前の心は俺と出会う前から既に決まっていて、俺が入り込む隙間など一切ない。
知るならばもっと早くが良かった。俺がお前の笑顔を欲してしまう前に知るべきだったのだ。お前は「俺、そんなに分かりやすいか」と鼻の頭を掻き、頬を赤く染めた。それは、俺の知らない、初めて見るカオだった。
やがてその想いが叶う瞬間、お前はどんな風に笑うのだろうか。恋人をどんな目で見つめ、どう愛し、愛されるのだろうか。それらを俺が知る術はない。もう少し、お前を知りたかった。
終
(改行・空白除いて280文字)
「知らないふりをしていたんだ」で始まり、「もう少し君を知りたかった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば2ツイート(280字程度)でお願いします。
#書き出しと終わり
あなたに書いて欲しい物語
とける夜
ティチャ→←←バッキー
平和なアースで両片思い。一夜限りのお話。
診断メーカーで「書き出し」「書き終わり」「文字数」指定で書いたもの。
貴方は気付いてくれるだろうか。気まぐれ屋の悪魔の顔をして、誰にも語られぬ過ちとして終わろうとするこの夜に、俺が大人げなくすがろうとしていることに。
覚悟するどころか、油断していたんだ。貴方の瞳は、火遊びの若い炎にしては熱すぎる。貴方の汗は、いっそ溺れたくなるような海に似て塩からい。焼き尽くされたいのか、それとも、もう戻れないところまで沈めてほしいのか。そのどちらもなのか。
俺は自分の望みを確かめたくて貴方の唇に噛みつこうとする。貴方の広い背に回した片腕にめいっぱいの力を入れて。もう、互いの肌で触れ合っていない場所はひとつもない。まざり合い、とける寸前だった。
終わりたくないと言ってしまいたかった。好きだと告げてしまいたかった。貴方は俺が吐き出す煙も泡も呑み込み、残酷な優しさだけを口移しする。果てる瞬間の甘美を永遠にできたなら、という願いは叶わない。それでも、貴方が優しさと共に情けも与えてくれるのならば、せめてこの夜のことを覚えていて。
終
(改行・空白除いて420文字)
「君は気付いてくれるかな」で始まり、「この夜のことを覚えていて」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば3ツイート(420字)以上でお願いします。
#書き出しと終わり
あなたに書いて欲しい物語
体温
ティチャッキー
平和なアースのふたり。
「俺はあの瞬間、貴方のことを──」
知らないままでいられたら良かった。「いつの間にか好きになっていた」と言えるような恋であれば彼の期待に応えられた。時たま、バーンズが暮らす村を訪れてくれる彼のことを、淡い熱を持って待ち焦がれたことなどなかった。交わす言葉は必要なものだけ。距離が近付くのでもない。だんだんと彼を好くようになった訳でもない。ただただ、それは唐突に起こる。
正確に言えば今から六年と半年前のことだ。バーンズにとっては約一年半前。世界の命運は一部の者たちの手に委ねられ、未だ誰も知る由はなかったが、バーンズや彼を含む半分が消え失せようとしていた。
「君にも、戦ってほしい」
彼はそう言った。バーンズは箱に収められた鉄の左腕を見下ろした。覚悟はできている。理由は何であれ、この世から戦いがなくならない限り、再び自分が使われる日が来るだろうということくらい分かっていた。スティーブの手助けでも、自由の国からの命令でも、そして若き国王からの頼みでも。勇んで臨むことはない。この腕とこの体を、誰かを殺めるために使わねばならないのだから。気がすすむはずがない。それでも、働きを見せるしかないのだ。
新しい腕の着け心地は悪くはなかった。神経を接続する際に多少の痛みは伴ったが、それだけだ。生まれる前からバーンズの肉体であったような面をして、真に生身の右腕と同じ軽やかさで左腕は動いた。五本の指を曲げたり伸ばしたりしていると、彼が不意にその手を取った。
「……気に入ってもらえれば、この腕はそのまま、君に使ってほしいと考えているんだ。だが、まずは力を貸してくれ。共に戦おう」
彼は両手で丁寧にバーンズの手を包み、甲を撫でた。それは彼なりの、祈りのあらわれだったのかもしれない。戦いを前にして、軍を率いる彼の心の内など誰にも分かりはしない。唯一言えるのは、バーンズに重みの一部を投げようという風には見えなかったということ。彼が口にした言葉の通りだ。共に。それ以上でも以下でもない。
左手を通じて、彼の手の温度が伝わってきてくれたなら良かったのにと思った。そうしたら、彼と同じだけの熱を返せるのにと。その思いが恋であると自覚するのに時間はいらなかった。バーンズは何も口に出せず、ただ頷いた。
「──好きになったんです」
左腕は手放せなかった。気に入ったというよりも、あった方が良いからという体裁を保って装着したままでいたが、その本当の理由はバーンズ本人しか知らない。左手の甲に右手で触れてしまう癖はいつの間にか身に付き、スティーブにそんな癖がお前にあったかと不思議がられた。結果的に、サムとの任務のために必要不可欠となった左腕。一度は肉体と同じく塵になったが、いまだにあの瞬間の彼の手を覚えている気がしてならないのだ。
しかしバーンズはもう、左手の記憶だけに頼る必要はない。ソファの背もたれをなぞるように体を左へ傾けると、肩がごつりとぶつかる。そのままだらしなく首もかしげ、彼の肩を枕にしてしまう。この部屋の中であれば、不敬だと誰かに叱られることはない。肩から伝わる体温がいつもより高く感じるのは気のせいではないと思う。彼がこうも分かりやすく焦るのを久々に見たので、バーンズは嬉しくなった。
彼はまさか、こんな返事がバーンズから返ってくるとは思っていなかったのだろう。こんな、今後触れることすら胸を高まらせてしまう告白。質問自体は単純だった。「君はどうして私のことを?」と。きっと彼が本当に聞きたかったのは、バーンズが彼のどこを好きか、だ。ぼんやりとした答えから、甘いやり取りを楽しみたかったに違いない。求めていたのはバーンズが告げたような明確な答えではない。けれどこれは事実だった。あの一瞬で、彼はその自覚無しに、バーンズの心を熱く染め上げてしまったのだから。
「君はずるい」
「……何のことやら。質問に答えただけです」
涼しい顔をして見せて、キスまでの戯れのために鼻先で彼の頬を擦る。頬骨の辺りが熱い。彼はすぐにこちらを向き、唇で髭をくすぐってきた。
「後で、ダンスでも踊ってはくれないか」
「ダンス?」
細やかな囁き声がしっとりと耳に染み込んでいく。
「君の手を取りたいという意味だよ」
そう言いながら彼の右手はバーンズの頬を包んだ。
「ああ、そういうことでしたら、喜んで」
彼らしい誘い文句だと思った。どこか負けず嫌いで一本取りたいと考えている者のそれだ。尚且つ、こちらを喜ばせることに関しても申し分ない。
しかし、バーンズにも彼の行動をわざわざ待ってやる余裕はなくなってきていた。今度は、バーンズが左手で彼の右手の甲を撫でる番だ。愛してる、欲しい、という意思が伝わるのは簡単だ。数インチの間も空けずに彼と見つめ合う。履き古した靴でゆったりとしたステップを踏むか、それとも靴を脱がされてしまうのか、行く末は彼に委ねた。
終
(改行・空白除いて1986文字)
専属シェフのさりげなく甘い誘惑
Broソーバキ
平和なアースのふたり。
バケツアイスは週に一個まで。ケーキも金曜日だけで、ホール丸ごとは禁止。ステーキは週に三キログラム以内。ハンバーガーのコーラLサイズセットはご褒美の時のみ。ビールは一日おきで、缶三つまで。ニュー・アスガルド産の場合は一瓶だけにすること。バーンズとワインを飲む日は要相談。おつまみのスナック菓子は一袋。そして、一日の内二食、サラダをしっかり食べること。ドレッシングは控えめに。朝食であればスムージーも可。以下省略。
一般的に見れば意味を成さないものが混ざっているルールも、ソーにとってはかなり厳しい。あのスティーブでさえ「もう少し軽い制限から始めた方がいいんじゃないか」と眉を寄せた。ソーにはまだまだ情緒不安定な部分があるからと体調を気遣ってのことだ。しかしこのルールを細かく決めたのはソー自身であった。ひとまず今は戦士として生きることを止めているソーは、地球や宇宙のあちこちを見て回りたいと身軽になったが、それは行動力の話であって、体のシルエットはそのままだった。変わり始めたのは三ヶ月ほど前から。ソーにバーンズという大切な存在ができてからの話だ。
バーンズは素晴らしい恋人であり、二人の関係はとてもうまくいっている。バーンズは「俺はそこまで痩せてほしいって特に思ってないけど、健康に気を遣ってほしいとは思うよ」と言った。つまり、太っていようが構わないが、今はちょっと太りすぎで、健康的とは言えないということだ。バーンズがこちらの体のことを本当に心配していると分かってとても嬉しかったので、ソーはダイエットすることを決意したのである。バーンズはほとんど毎日バランスの良い料理を作って協力してくれている。
ちなみに、同じベッドに入っている時に重くないかと問うたところ、バーンズは顎の先を掻きながら、その点に対しては何も困っていないと答えた。
最初の頃は食欲をそそらないと思っていた緑色にも、もはや愛着すらわいてきている。どろどろの液体をミキサーグラスからジョッキに一滴残らず注ぐ。今日は、バーンズが買ってきてくれたりんごとオレンジも投入した。かなり飲みやすい味になっていると思う。もちろんグリーンスムージーだけでは足りないので、チーズを乗せたトーストと、ハチミツを垂らしたヨーグルトも用意すれば完璧だ。
テーブルの向かいのキッチンでは、バーンズがフライパンを操ってハムエッグを焼いているところだった。
「今月は、しっかり守れてるじゃないか」
ヨーグルトを一箱食べてしまうか悩んでいると、バーンズが振り返ってにこりと笑う。その顔を見て、ヨーグルトはバーンズと半分こにしようと決めた。
「ああ。服のサイズも、そろそろひとつ落とせそうだ」
「じゃあ、これ、ご褒美」
フライ返しに乗ったハムエッグが、ソーの皿のトーストにスライドしてきた。ヨーグルトを我慢した分がパーになるが、ハムエッグの誘惑には勝てない。
「いいのか?」
「作りすぎたから。来週、服買いに行こうか」
「あ、ああ」
ハムエッグを作りすぎることなどあるのだろうかと疑問に思う。が、そんな疑問はごま油の焦げる香りにかき消されてしまった。
「はい、あーん」
「あー……」
至福とはこのことを言うのだと思う。スプーンに乗ったチョコクッキー入りアイスクリーム。その向こうにはバーンズ。シャワー上がりのアイスというだけでも格別なのに、バーンズの機嫌が良いのか食べさせてくれるというのでお言葉に甘えている。ちなみに今日はバケツアイスではなくごく一般的なサイズのカップアイスだ。まとめ買いがお得だったからとバーンズが買ってきた。大きなスプーンを使うとすぐに食べ終わってしまうので小さいスプーンを使っており、本来であれば一口くらいでは食べた気がしないのだが、バーンズに食べさせてもらうとなると話は別だ。
「うまい?」
「んん、うまい!」
自然な甘さとバニラの風味がたまらない。口の中でアイスが溶けて、しっとりとしたクッキーを噛み締める。
「そっか」
ふにゃり、とバーンズが笑う。可愛いし、愛しい。しかし不思議だ。アイスを食べているのはソーなのに、バーンズまでうまそうなものを食べたような顔で笑うだなんて。
「バーンズはいらないのか? せっかく、たくさんあるのに」
「んー、俺はいいや。晩飯で十分だから。はい、二口目。あーん」
「……」
スプーンを咥えながら、バーンズの腹をちらと見る。晩御飯はサーモンのバター焼きにタルタルソースをたっぷりかけて食べた。バーンズ特製のタルタルソースは茹で玉子も玉ねぎも大きめに切られていて食べ応えがあり、一欠片も残さずに食べた。が、食事そのものの量が多かったとは思わない。現に、バーンズの腹もあまり膨らんでいるように見えない。
すとん、と何か重いものが胃の中に落ちてきた気がした。
「……なるほど、だからバーンズは太らないんだな」
「え?」
「バーンズは無意識にセーブできているのに、俺は食べ続けてしまうから、だから痩せないんだ……。今朝も、バーンズがくれたとは言え、ハムエッグを我慢できなかった……。うう、このままでは……」
「え、おい」
ハムエッグだけの問題ではない。心構えの問題だ。このままでは健康的な体型や生活にはほど遠い。ひとつサイズダウンできそうなくらいで喜んではいられない。サラダをもっと食べないと、母上も呆れるかもしれない。
気持ちが焦り始めると、心臓がバクバクする。喉が詰まる。バーンズの前でこうなるのは初めてではない。
「ソー、落ち着けって。ソーは頑張ってるし、結果も出てるよ」
アイスを傍らにおいて、バーンズが肩や背を擦ってくれる。頬にキスまでしてくれた。大丈夫だから、と囁かれるとほっとする。しばらくそうしてもらうと、息が楽になってきた。
礼を言おうと見ると、バーンズが困り果てた様子で視線を下げていた。これは初めてのパターンだ。
「ごめん。ソーが頑張ってるのに、俺……」
「……? 何故バーンズが謝るんだ」
「それは……だって」
バーンズはもぞもぞと顎を掻く。照れるというか、恥ずかしがっている時のバーンズの癖だった。
「……ソーがうまそうに何か食べてるとこ、好きなんだよ」
それは意外な告白だった。
バーンズが言うには、ソーがにこにこと飯を食う様子が愛しくて仕方ないのだとか。それが自分の作った料理ともなると喜びもひとしお。そして、肉や少々ジャンキーなものであればあるほど、普段我慢しているソーがじっくり味わっているのがよく分かるので、ついつい、今朝のハムエッグやこのアイスのようなことをしてしまうらしい。
「そういうことだったとは……」
「だから、ごめん。……けど、ソーは我慢しすぎてるって思ってるのも事実だ。ご褒美だって言って俺が甘やかしてる分くらいは、良かったら食べてくれないか? 笑ってるのが一番健康的って言うだろ」
スティーブが言っていた言葉を思い出す。いきなりきつい制限は良くないと。たしかに、健康的になりたいという思いが負担になって胃や心を痛めていては本末転倒とも言える。スティーブはもう少し運動を取り入れるべきだとも話していた。その方向性も考えた方がいい気がする。朝に散歩をしたいと言ったらバーンズはついてきてくれるだろうか。
とにかく。とにかく、だ。
「つまり……その、そのアイスは、食べても良いのか?」
「うん、いいさ。もちろん」
バーンズよりも早くアイスのカップを手に取った。冷凍庫から出してある程度時間が経ち、表面がとろりと溶けたアイスはますますうまそうに見える。独り占めしてしまうのがもったいないくらいに。
「……バーンズも良かったら一口食べてくれ」
「え?」
「本当にうまいんだ、このアイスは。バーンズにも食べてほしい」
スプーンで一口分掬って差し出すと、バーンズは「そこまで言われちゃ気になるな」と微笑み、ぱくんとスプーンにかぶりついた。スプーンの曲線を撫でるようにバーンズのピンク色の唇が引いていき、アイスがさらわれていく。目を伏せてもごもごと口を動かしながら、バーンズは口の端についた分をぺろりと舐めた。満足そうに頷く。
「……」
「んん、たしかに。うまい。甘さがちょうどいいなぁ」
「……」
「ソー?」
なるほど、バーンズが言うことも少し分かった気がする。思い出したように「うまいだろう、うまいだろう」と返しつつ、ソーは自分の分も慌てて口に放り込んだ。さっきの何倍も早く、口の中のアイスは溶けてしまった。
終
(改行・空白除いて3407文字)
人間の性
ステバキ
平和なアースのふたりの初めて。
診断メーカーで「書き出し」「書き終わり」「文字数」指定で書いたもの。
僕達は人間だった。そんな単純な事実を認めざるを得ない夜だった。
軍人としての功績を称えられ、崇められようと。この冷静さを時に恐れられ、血の温度さえ疑われようと。どんな要素も、僕達のこの人間らしい熱や欲望を、ひっくり返すことなどできやしない。胸の内の衝動を、抑えられるはずがない。
僕は今夜、初めてお前に触れた。
知らなかった。お前の目がこれほど燃え盛るとは。指先で辿った頬も、吐息も、火傷しそうな熱さだった。お前だって初めて知ったはずだ。僕が鋼の魂など持っていないことを。あったとしても簡単に熔けてしまう。お前が興奮気味に僕の名を呼んだ、あれがスイッチになった。
そうして今夜のことを思い返すと、僕達の心はもはや野生動物に近しいのではないかという気がしてくる。互いの体についた爪痕や歯形が全てを物語る中、汗も拭かず、眠りにつこうとしているのだから。
僕はお前の背に抱きつき、どうにか人間のままでいようと窓の外に目をやった。
「バッキー。月が綺麗だ」
終
(改行・空白除いて418文字)
はるめるさんには「私達は人間でした」で始まり、「月が綺麗ですね」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば3ツイート(420字程度)でお願いします。
#書き出しと終わり
あなたに書いて欲しい物語
前哨戦
サムバキサム
平和なアースのふたり。
診断メーカーで「書き出し」「書き終わり」「文字数」指定で書いたもの。
あーあ、言っちまった。
言うつもりはなかったんだ。だって、言ったら何かが崩れる予感がしたから。俺とサムの全てが終わるとまでは思わない。お互い大人なんだからうまく折り合いをつけてこれからもやっていくさ。絶妙な距離感を保って、今まで通り、手を繋いで、キスして、同じベッドで眠ったりして。そう、今のままで満足してるんだ。少なくとも俺はしてる。たぶんサムも。だからこれ以上を望むつもりはなかった。どこまで俺達の関係が続くかも分からないけど、これでいいと思ってる。わざわざ将来の確証を得る必要はないと。その気持ちに嘘偽りはないから、これはもう、魔が差したってやつだと思う。
それと言い方も悪かった。「今日の晩飯、何?」くらいの軽さで聞けたなら良かった。実際は重苦しくなってしまった。ちょうど、ホラー映画のCMが流れた瞬間の出来事だったから仕方ないと言い張らせてくれ。
それでもサムには同情する。突然、「同じ墓に入るのってどうすんのかな」と問われたのだから。他でもないサムに聞いてしまった時点で、言葉はとても大きな意味を持った。サムはちらと俺を見て、意外にも冷静に「さあ。今時、いろいろ方法あると思うけど」と打ち返してきた。会話は一旦途切れる。俺達は普段、死に関する話はしない。暗い話になりがちだから。ただ、本当に理由はそれだけだろうか?
サムは、くいと下唇を突き出し、顎を掻く。俺の言った「同じ墓」がセンスのないプロポーズの前哨戦だと気付いている。実は将来のことも視野に入れてるって意思表明だ。サムの反応は悪くない。喉の奥がかっと熱くなるのを感じながら、追い打ちをかける。
「方法って?」
これから何かが始まる予感がした。
終
(改行・空白除いて700文字)
「あーあ、言っちゃった」で始まり、「これから何かが始まる予感がした」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば5ツイート(700字)以内でお願いします。
#書き出しと終わり
あなたに書いて欲しい物語
群青モンスター
サムバキサム
平和なアースのふたり。
「#文字書きワードパレット」でいただいたお題で書いたもの。
「そろそろ起きないと」
ジェームズは笑みを浮かべてそう言ったが、そうするつもりなど毛頭ないことは明らかだった。サムも同じだった。窓の外はもう明るいだろうに、自分達の視界はまだ暗いままだ。二人の体温だけが存在する狭苦しい世界。つまり、二人で掛け布団を頭までかぶっているだけなのだが、こうして膝や肩、時には鼻先まで当たるくらいに密着していると、心が落ち着く。これまで知らなかった、不思議な感覚だった。
「まだいいんじゃないか」
囁いたつもりでも、声がやけに響く。互いの呼吸の音さえ聞こえるほどだった。ジェームズの左手が頬に触れる。黒鉄色のそれは、よく知らないものにとっては冷たい義手でしかないだろうが、サムはこの手も暖かいことをよく知っていた。寝起きは特に。親指が、むにりとこちらの唇を押し上げてくる。
「サムって、時々、ギリギリまでベッドから出ようとしないよな」
「らしくないか?」
「んー、少し意外だ」
自分の顎をぽりぽりと掻きながら、ジェームズは身動ぎする。互いの膝が擦れて、シーツの衣擦れの音がやかましくなる。ふわりと立ち上った香りは、シーツと、群青色の掛け布団が吸ってしまっていた汗のにおいだ。きっと今の自分達をベッドの脇から観察したら、群青色の物体がもぞりと動いているように見えるのだろうと思う。
やがて、ジェームズがあくびして、腹が減ったと言い始めた。そろそろ、ぽかぽかと心地よいこの場所に別れを告げなければならないようだ。二度寝なんてしたら、本格的に抜け出せなくなってしまうから。
「朝は何食いたい?」
「ピーナッツバタートースト」
「そればっかりだな」
冷蔵庫で眠るピーナッツバタークリームは、サムが同僚から貰ったものだった。いまやジェームズのお気に入りだ。大きめの瓶なのに、ジェームズがトーストに厚く塗ってしまうせいでどんどん中身が減っていく。食パンも二、三枚ずつ減っていく。
「今度こそ起きよう、サム」
やることはたくさんあった。シーツを洗濯しなければならないし、朝食の支度と片付けも。適当に服を選んで、天気予報をチェックする。それと、ジェームズのために、買い物リストに食パンを追加する。
やることはたくさん、あるのだけど。
「……いや、まだ大丈夫だ」
サムはジェームズを腕の中に閉じ込める。何故そうしたかは分からないけれど、ジェームズも「やっぱり意外だ」と笑いながら受け入れてくれたので良しとする。あと五分だけ、群青色の物体のままでいることにした。
終
(改行・空白除いて1017文字)
お題No.3 ヤロ・プペン 「声」「香り」「別れ」
好奇心に惜敗
ピタバキ
平和なアースのふたり。
「#文字書きワードパレット」でいただいたお題で書いたもの。
耳をすませると、ぱちぱち、グラスに注がれていく炭酸が跳ねる音が聞こえてきた。ピーターはカフェインレスのコーラを好んで飲む。ここ最近は檸檬の風味がついたものが彼のブームらしく、甘さ控えめだからとついついたくさん飲んでしまうらしい。
部屋でぼんやり光るのは、テレビ画面だけ。目に悪く、誉められる環境とは呼べない。ピーターとバッキーだからこそ問題がないだけで。電灯を消す時、「こっちの方が映画館っぽくて雰囲気が出る」とピーターは嬉しそうだった。このためにポップコーンも買ってきたのだからピーターの意気込みは相当だ。
制作会社のロゴ表示が終わり、映画のタイトルが表示される。ピーターが見たがっていたが、上映期間中は時間がなく断念したアクション映画だ。ようやくダウンロードレンタルが始まったので、今夜こうして、お家映画デートが決行されている。二人でゆっくり過ごすのは一週間ぶりだった。
バッキーも、ピーターが抱えるポップコーンのバケツに手を突っ込む。映画館よりも贅沢な環境だなと思う。ピーターの部屋のソファは座り心地が良い。背もたれはもちろん、少し体が傾いてピーターに寄りかかってしまっても許されるのが特に有り難い。ちら、とピーターを見やる。すでにその視線は映画に釘付けだ。バッキーと違い、ピーターの方はべたべたといちゃつく気はないらしい。仕方ない。それほど映画が楽しみだったということだろう。コーラを一口もらうと、たしかに甘さ控えめだった。もう少し甘い方が好みだな、と思った。
終
(改行・空白除いて631文字)
お題No.21 クラン・ドゥイユ「視線」「跳ねる」「檸檬」
雨は気まぐれ
ソーバキ
平和なアースのふたり。
「#文字書きワードパレット」でいただいたお題で書いたもの。
雷と雨は密接な関係にあるが、必ずしも互いを必要としている訳ではない。まるで気まぐれな恋人同士のようだと言ったら、ソーは苦笑いした。今の例えは、「雷」本人である彼には合わなかったようだ。「気まぐれな」という言葉の意味を誤解されたかもしれない。しかし、バーンズに訂正する気もない。思ったことをそのまま言っただけなのだから。ただ、見た目より繊細なソーの精神をフォローしてやるのは、恋人の役目でもある。
「なあ、例えばだけど。俺が、ソーがいないと生きてけない、って言ったら嬉しい? リップサービスみたいなのじゃなくて、真剣にさ」
問えば、ソーはビールジョッキの持ち手を指で撫で、唇をへの字に曲げた。賑やかな店内の中でも、隣に座っていれば、彼が「んー」と唸るのくらいは聞こえた。ソーの、こういった質問に対する反応はいつも極端だ。すでに答えを持っていて即答するか、初対面の問題に対してじっくり考えるか。今回は後者で、ビールの水面を見つめる瞳が揺れている。バーンズは宝石でも眺めるかのようにその輝きを楽しむ。こうやって考え込む姿を前にすると、彼がいつ何時でも誠実な男であると実感できるから。
「……嬉しさはあるかもしれないが、実際問題としては困るな」
それでいい、とバーンズは頷く。この辺りの価値観が揃うことは、「気まぐれな恋人同士」を長く続ける上で重要だ。
店のドアの磨りガラスを見ると、まだ重い雨粒に打たれ続けていた。今夜はこの雨は止まないだろう。これは雷の神であるソーが降らせたものではない。今日のニューヨークの空模様がよろしくなかったというだけ。人々は早く止んでくれと嘆く。喜んでいるのは店の前に連なる花壇に植えられた紫陽花くらいだ。
ソーがもう一〇杯も飲んでいたので、そろそろ帰ることにした。家までは歩ける距離だ。来た時と同じく、傘の姿になったムジョルニアの下で肩を寄せる。大きさの調整はきかないらしく、男二人で──しかも片方は大男だ──使うには少し狭い。ソーは、バーンズの左肩が濡れることを心配していた。
「それにしても、ひどい雨だ」
雷の神がそんなことを言うなんて、とバーンズは笑う。足下を見ると、歩を進める度に水溜まりが跳ね、二人ともジーンズの裾が悲惨なことになっていた。
「けど、雨のお陰でこうやって同じ傘に入れる」
「それは、そうだが……」
相合い傘など頻繁にするものではないので、何気なく言ったが、ソーは不意討ちを喰らった気分だったようだ。彼がくすぐったそうに鼻を鳴らすと、傘から静電気の音がした。バーンズは、これ以上何か言うのは家に着くまで控えておこうと決めた。
終
(改行・空白除いて1074文字)
お題No.6 トリクル トリクル 「歩く」「宝石」「紫陽花」
(「歩く」を「歩ける」としています)
慌ただしくマイペースな始まり
サム→←バキ
平和なアースで両片思い。
「#文字書きワードパレット」でいただいたお題で書いたもの。
聞き間違いや思い違いでなければ、告白された。あのバッキー・バーンズに。サムを驚かせるためのいたずらではないということは簡単に分かる。バーンズに「付き合わないか」と言われてからたっぷり三〇秒、サムは何も言えないでいる。例えばこの喫茶店のどこかにスティーブが隠れているならばそろそろ出てきて「驚かせたな、ごめんごめん」と頭を下げるべきだ。だから、これはいたずらではない。いや、そんな理由付けは必要ないだろう。そもそも、バーンズもスティーブもこんな質の悪いいたずらをするタイプではない。
バーンズの話を聞きながら、途中から口が開いてしまっていたせいか、口内がひどくかわいている。チキンサンドと一緒に頼んだジンジャーエールに手が伸びたが、もう残っていなかった。氷が溶けた後の僅かな水がカップの底に溜まっているだけ。それが窓から射す夕焼けに照らされ、テーブルにきらきらと淡い模様を描いている。
ごく少量の唾を飲み込んで、バーンズを見た。つい先ほどサムに愛の告白をした男は、斜め下を向いて俯いていた。視線の先には喫茶店のメニューがある。さすがに、ホットケーキをもう一枚頼もうとはしていないだろうが、サムが作り出してしまった沈黙に耐えきれず店員を呼ぼうとしていても無理はなかった。バーンズはきっと、既に「この告白は失敗だった」と思っているだろうから。
サムが咳払いすると、バーンズはぴくりと肩を震わせた。
「……バーンズ。今の、って──」
「──あー、いや、忘れてくれ、うん」
「えっ」
バーンズはサムよりうるさい咳払いをすると、メニューを手に取り、店員呼び出しボタンを押してしまった。さっきまで死んだ蛍みたいな虚ろな目をしていたくせに、今は苛立ちや後悔を爆発させるかのようにぎらぎらした目でメニューの最後の方のページを開いている。つまりデザートのページだ。このままだとホットケーキにアイスクリームを乗せかねない。
「忘れろって言われても……」
「ここは俺が払うから」
「おい。話聞けよ」
「……」
つい言葉尻が尖ってしまった。何が悲しくて、「俺も好きだよ!」と返事する前に怒らなければならないのだろうか。バーンズも唇を尖らせてしまった。
そう、答えは単純だった。「付き合わないか」の返事は「是非、付き合おう」一択である。ただ、ちょっと理解が追い付かないので状況を整理させてほしいだけだ。分かりやすく言うと、サムの頭は驚きと喜びでいっぱいでパニックに陥っていた。それとあと、疑問もあった。
「俺のことが好きってことか? どこが?」
「はぁぁ?」
サムの質問にバーンズは目を丸くした。そりゃあ、彼からしてみれば突拍子もなかっただろう。しかしサムは大真面目だった。バーンズが自分をそういう意味で好いてくれるなど夢のような出来事だった。てっきり仕事の上での相棒かつ親友止まりだと思っていた。何か「好き」にステップアップさせるような出来事があった記憶もない。なので、どこを好きになってくれたのか知りたかった。
「それマジで聞いて──」
そこで店員がやってきた。バーンズはサムをちらちら見ながらホットケーキとコーヒーを追加で頼んだ。サムもついでにジンジャーエールを頼んだ。
「お前ほんとこういうところあるな……」
店員が下がった後、バーンズはメニューに突っ伏し、深い深い溜め息をついた。サムは今さら、「是非」と答えるタイミングを逃したと気付いたが、とりあえずジンジャーエールがくるのを待つことにした。
終
(改行・空白除いて1417文字)
お題No.7 カロケリ「水」「蛍」「夕焼け」
短き休息
ティチャッキー
平和なアースのふたり。
「#文字書きワードパレット」でいただいたお題で書いたもの。
彼の鼻先が、耳の後ろをつついてくる。
「この髪はもう伸ばさないのか?」
訛りのある英語がしっとりと響き渡る。一人用の浴室の壁に吸い込まれていったその声色は、どこか沈んでいるように聞こえた。体力的な疲れからくるものではなく、落ち込んでいるかのようで、バーンズは意外に思う。ふと、湯に髪が一本漂っているのが視界に入った。長さや髪質から察するに自分のものだろう。彼と知り合った頃よりも短くなったそれを周りの湯ごと両手ですくい、バスタブの外に捨てる。
「もしかして、長い方がお好きでした?」
問うと、彼は「うーん」と唸った。かかる息が熱い。狭い空間でくっついていてなおかつ胸の辺りまで湯に浸かって、かれこれ一〇分は経つ。彼もバーンズも、だいぶ体が火照ってきている。
「君の髪を乾かしたり、寝起きの頭を梳かすのは楽しかった」
言われてみると、懐かしさが胸によぎる。たしかに、彼は逢瀬の度にバーンズの髪の面倒をみてくれた。彼の指が頭頂部からうなじまでするりと下りていくのは、心安らぐと同時にくすぐったかった。やがて彼は木製の小さな櫛を使い始めた。聞けば、シュリが使っているものをひとつ貰ったのだと話してくれた。髪のほつれを引っ張ってしまわないように、丁寧にゆっくりと櫛を通すあの手を思い出す。二人きりで、何にも邪魔されない時間だった。ワカンダのあの村の小さな家を、彼はいつも誰にも知られないように訪ねてくれた。厳密には「誰にも」とはいかないだろうが、今でも、彼とバーンズの関係があの頃から続いているものだと知る者は極僅かだ。
「以前よりだいぶすっきりしたが、こちらもよく似合う」
髪を短く切ってしまった今も梳かせないことはないだろう。しかし、切った長さと同じだけ、楽しみは減ったはずだ。それでも彼はバーンズの濡れた髪を撫でてくれた。
彼に後ろから抱き締められて若干身動ぎしづらい中、バーンズはどうにか後ろを振り返る。互いの額が触れ合うほどの距離だった。どちらからともなく唇を重ねる。
「誉めてくれるのは嬉しいですけど。やっぱり、長い方が好きだったと言ってるように聞こえる」
「……ばれたか」
彼は誤魔化すように笑った。肩と水面が揺れる。
「はっきり言ってくれて構わないのに」
恋人の好みの髪型くらい知っておきたい気がした。もちろん、実際に再び伸ばすかそうでないかは別の話だ。バーンズが何もかも彼の好みに合わせたりするような男ではないと、彼もきっと分かっている。
「いいんだ。君がどんなでも、どの道、すぐに好きになるから」
「それは光栄です」
甘い言葉と、後頭部に添えられた彼の手に引き寄せられるままに、再び唇を寄せた。彼の白い歯が下唇をやわく噛んでくる。終わってしまったと思っていた夜はまだ長く続くらしい。今はただの休憩。そんなことを予感させる淡い痛みが走り、息が震える。噛みつき返してやりたいところだが、どうにか持ちこたえた。
「そろそろ出ませんか。このままだと俺も貴方ものぼせてしまう」
そろそろ出たい理由は、何より、狭くて抱き返せないからなのだが、それを伝える必要はないだろう。バーンズは初めて、一人暮らしだからと安くて狭い部屋を借りたことを後悔していた。そうでなければこのままバスタブで湯を跳ねさせながら愛し合えたのに。
彼は、ベッドに戻る前にタオルでバーンズの髪をよく乾かしてくれた。その時の彼があまりにも楽しそうにしていたので、バーンズは「どうせまたこれから汗をかくのに」といった野暮なことは言わないでおいた。
終
(改行・空白除いて1435文字)
お題No.24 マル・ダムール「夜」「伸ばす」「火照る」
(「火照る」を「火照って」としています)
夕立
ステバキ
平和なアースのふたり。
タイトル、CPはフォロワーさんのリクエストです。
嫌な音がして、体を起こした。窓を見ると、思った通りだ、雨が降り始めていた。見る見る内に雨粒は大きくなり、外の景色はぼやけてしまった。音もばたばたと派手なものになる。空はそこまで暗くなっていないように見えた。今日の予報は一日中晴れだったはずなのに。
「……ファック」
ベッドから下り、充電中だったモバイルを手に取る。スティーブが出掛けてから三〇分が経っていた。おそらく、今頃帰路についているはずだ。メッセージアプリを開く。
『雨が』
それだけ送って数秒待つと、既読マークがついた。反応が早かったということは、すでに屋根のあるところにいるのだろう。ひとまずほっとした。さらに数秒待つ。返事が送られてきた。
『すぐには止みそうにないな』
バッキーは窓に顔を近付ける。通りを見下ろすと、アスファルトはすでに色を濃く変化させていた。じきに水溜まりが出来上がるだろう。これは傘を届けてやるべきだ。ベッドの端に丸められていた衣類に手を伸ばした。下着とカーゴパンツを着る。とりあえず、『今どこ?』と書き込もうとしたところで、スティーブからさらにメッセージが届く。
『走って帰りたいけど、荷物が濡れる』
メッセージの最後に、口をヘの字に曲げた絵文字がついていた。スティーブの出掛け先は画材屋だ。買ったものが雨に濡れると困るはず。きっとスティーブは、どこかの軒下で、ビニール袋を大事そうに抱え、眉を寄せて空を見上げていることだろう。哀れなスティーブ。救ってやるべく、『今どこ?』のメッセージを送った。
『画材屋から二つめの交差点の、靴屋』
頭の中で地図を辿って、大体の位置は把握した。もっと家の近くまで戻ってきていると想像していた。画材屋に長いこといたのであれば、荷物も多いかもしれない。
『本屋の隣?』
『そう』
黒いティーシャツにジャケットを着たところで、スティーブがジーンズパンツに白のティーシャツだけで出ていってしまったことを思い出す。もしこのままスティーブが雨に濡れてしまったら、すれ違う人々は透けたシャツにぎょっとすることだろう。バッキーは、紙が水に弱いという単純な事実に感謝した。通行人の心の内はさておき、スティーブのあの、普段はお堅いスーツに隠されている肉体が無防備に晒されるのは、何となく気分が良くない。友人として。あるいは恋人として。念のため、スティーブに『そこを動くな』と送った。送ってから、何だか脅しているみたいだなと思った。
二人分の傘と、ついでに上着も持っていくことにした。家を出れば、さっそく雨粒が傘を強く打ちつけてきた。一定のリズムで、どこか心地よささえ感じるやかましさに包まれる。ワイパーで水を弾き飛ばしながら進む車たちをいくつか見送り、横断歩道を渡る。
スティーブが待つ靴屋まで早歩きでも一〇分かかった。スティーブは軒下ではなく、入り口の自動ドアから見える位置で、靴が並ぶ棚を見ていた。やけに真剣そうな横顔。彼が絵を描いている時の顔に似ていた。そういえば二人とも、最近新しい靴を買っていない。
傘をたたんで店に入る。ようやく雨のやかましさから解放された。店内では流行りの曲が流れていた。
「スティーブ」
「!」
こちらを向いたスティーブはかなりの大きさのビニール袋を提げていた。思っていた以上に大きな画用紙を買ったようだ。珍しいなと思う。どんな大作を描くつもりなのやら。
「助かった。上着も持ってきてくれたのか、ありがとう」
「まあ、うん、一応」
動機は説明しなかった。そこまで寒くないけど、シャツが透けたら困るから。──と言ったところで、スティーブが困惑するだけだ。スティーブはやはり、雨が降ってすぐにここに駆け込んでいたようで、肩も濡れずに済んでいた。荷物をバッキーに一旦預け、上着を羽織るスティーブ。外を見て、やっぱり眉を寄せた。
「一時間くらいは降るかな」
「たぶん。靴、見ていくか?」
「ああ……、これが、バッキーに似合いそうだと思って見てたんだ」
「俺?」
ぽかんとしてしまう。あんな顔で見ていたから、てっきり自分用かと。それにスティーブはあまりこういう発言をしない。こういう、というのはつまり、相手がいないのに相手のことを考えていたと分かってしまう類いのものだ。実際がどうあれ、一般論としてもわざわざ「あなたのことを考えていたよ」と口にすることは少ないはず。バッキーは背筋にむずむずとしたくすぐったさを感じたが、それは、言ってしまったスティーブも同じだったようだ。彼は口元の辺りを掻いて俯き、咳払いした。
「迎えに来てもらってあれだけど。雨が止……、……弱まるまで、見ていかないか」
バッキーは外を見た。相変わらず、強めのシャワーが降り注いでいる。ついでにさっきまでその下を歩いていた自分の足元も見る。靴の中で指をぐにぐにと動かして、靴下までは濡れていないことを確認する。こんな雨の日に靴を買おうとするのが得策なのかそうでないのかは分からなかったが、どちらにしろ、思いがけず受けたデートの誘いを断る理由にはなり得なかった。
終
(改行・空白除いて2047文字)
珈琲味の想い人
バキサム
平和なアースのふたり。
「#ばきつば深夜の創作60分一本勝負」のお題「初恋」で書いたものです。
はるぱちさん(Twitter: @happymodok)の御本「Home.」(2020年5月発行、2020年8月通販再開予定)にゲスト参加し寄稿した「誰かが待つ家」の後日談です。
「誰かが待つ家」はGALLERIAにて公開済みです。→
こちら
十四歳のサム・ウィルソンはアメリカン・フットボールに夢中だったらしい。チームメイトらと肩を組み、カメラに見せるその笑顔は、少なくともジェームズの目には今の彼とほとんど変わらないように見えた。ただし、体格は全然違う。
「すごい。ちっさいサムって感じだ」
思わずそうこぼせば、集合写真の入った額縁が取り上げられてしまった。サムは片眉を上げて、何だか変な味のものでも食べたような顔をしていた。
「そりゃ……そりゃそうだろ、俺なんだから」
「取るなよ、まだ見たいのに」
「片付け終わらせるつもりあるのか?」
たしかにサムの言う通り、物置部屋をジェームズの部屋にしようという計画の第一段階はあまり進んでいない。まだ部屋の一角がすっきりした程度で、ダンボール箱を移動させる度に埃が宙を舞う。今のように、壁にかかっていた写真一枚一枚に気を取られているようでは終わりは見えない。
「分かるけど。でも、今みたいなのって、片付けしてる時の醍醐味みたいなもんだろ」
ジェームズの反論を聞いているのかいないのか、サムは空き箱の隅に額縁をがちゃりと仕舞う。サムの、エレメンタリースクールの頃の参考書などと一緒に、適当に。物置部屋にあったとは言え、ずいぶんぞんざいな扱いだな、とジェームズは驚く。
「リビングに飾り直してもいいのに」
「……いや、止めとく」
「?」
妙な反応だな、と思ったのは直感だった。もしかして、と変な風に捉えてしまったのも、何となく。しかし一度気になれば聞かずにはいられない。ジェームズは淡々と箱の中を整理しようとするサムの肩に顎を乗せ、そっと声をひそめた。
「ひょっとして、チームメイトの中に元カレでもいた?」
サムはぎょっと目を見開いてこちらを見た。至近距離でその瞳を見ても、図星かどうかは分からない。サムがその頃からゲイだと自覚していた、という話は前に聞いた。だから、勘ぐってしまっただけ。
「隠さなくてもいいのに。どんなヤツかなとは思うけど、引きずるみたいに気にしたりはしない」
それは本心だった。今付き合っているのはジェームズで、しかも一緒に暮らし始めたばかりなのだから、三十年近く前の男に嫉妬したって仕方ない。
サムはジェームズの頭を押し退けながら、ふーっと溜め息をついた。
「……なら言うけど、ただの俺の片想いだよ。あいつには彼女もいたし」
「そっか」
ということは苦い思い出だ。物置部屋という微妙な場所に放置されていたことに納得できる。フットボール大会の思い出を大切にしつつ、写真を見れば複雑な気分になるのも分かる。付き合って喧嘩別れした相手ならともかく、片想いのまま終わった相手のことは、諦めがつこうが嫌いにはならないだろう。
ダンボール箱の奥へと向けられたサムの視線は、遠い過去を見つめているように見えた。十四歳の少年の静かな失恋。感傷的な空気が流れているのを感じつつ、ジェームズはあえてにかりと笑う。
「サムに好かれるってことは、いいヤツだったんだ?」
「否定はしないが、それ、お前が言うか?」
くすくす笑いながらジョークに乗ってくれたサムは少し話をする気になったようだ。
「チームのキャプテンじゃなかったけど……縁の下の力持ちって感じのやつ。女にもモテてた」
「へえ。若い時の俺に似てるな」
サムはまた難しそうな顔をする。呆れるでもなく、困るでもなく。
「……、あのな……。とにかく、俺はまだ何となく女より男が好きだなって思ってただけだったのに、そいつのことだけは目で追ってたんだ」
だけは、という言葉に、ジェームズの胸中にほんの僅かな嫉妬がじくりと沸いた。ついさっき、三十年前の男には、と思ったばかりなのに。そんな心情を隠そうと、ジェームズも壁の片付けに戻る。
「それじゃあ……初恋ってやつか。なかなか遅いけど」
「まあ、そうなる。ジェームズは初恋早そうだな?」
「あー……覚えてる限りだと、四歳の時、近所のジェシーちゃんと結婚するって親に報告してたかな」
「ふうん、可愛らしいじゃん」
そこでその話は終わった。そろそろ本腰を入れなければ、本当に片付けが進まないからだ。
◆
チョコクッキーをつまみながら珈琲を美味そうに飲むジェームズを、テーブルに肘をついたままじっと見つめる。
片付けの進捗はいまいちだが、十六時というのはどうにも眠気が訪れ、小腹も空いてくる時間である。休憩するには最適だ。とは言え、陽も落ちてきた。たぶん、片付けの続きは明日か来週になるだろう。時間はたっぷりあるので、のんびり進めばいいと思う。
それにしても、さっきは焦った、とサムは一息つく。
──若い時の俺に似てるな。
ジェームズはおそらく、「女にもモテてた」という点についてそう述べたのだろう。サムはそれを察するまで数秒かかってしまった。
サムは先ほど箱の一番奥へ仕舞い込んだ集合写真を思い出した。マシューという名の彼の髪型や輪郭を。ふんわりと淡い弧を描いて不器用そうに笑む唇を。フットボールクラブに入って、初めて出会った時に思ったのだ。参考書に載っていたセピア色の写真の、とある軍人に似ているな、と。
「このクッキー、美味いな。また今度買いに行こう」
クッキーの屑を口の端につけたまま、ジェームズが笑う。十四歳の少年に今教えてやれるとするならば、にかりと歯を見せた笑顔の方が可愛いものだぞ、ということである。
終
(改行・空白除いて2160文字)
世界一おいしい朝御飯
鷹バキ
平和なアースのふたり。
がぶりと大きく一口食まれたハンバーガーは、クリントの歯列の曲線に沿って削り取られた。よほど腹が減っていたのだろうな、という食べっぷり。バーガーの縁から、追いやられたソースやみじん切りのトマトがだらりと垂れる。バーンズだって自分のバーガーをちゃんと食べているのに、クリントが食べるそれはその百倍はうまそうに見えた。
ハムスターみたいだ、と言ったら怒られるかもしれないが、咀嚼に合わせて忙しなくふくふくと動くクリントの頬はどうしてもそれに似ていた。数秒も経たず、クリントの喉が膨らむ。ごぎゅり、と音が聞こえてきそうな嚥下。よく詰まらずに呑み込めたな、と思っていたら、やはりもう少し噛んだ方が良かったらしく、クリントはコーラの紙カップに手を伸ばした。ストローの中をコーラがぐいぐいと上がっていく。炭酸の飲み物は、そんなに勢い良く飲んで食べ物の嚥下を助けるのに使うものじゃない、とバーンズが口を挟もうとしても遅かった。ごほ、とクリントは咳をした。
「そんなに急がなくたって、食い物は逃げない」
ポテトをつまみながらついに忠告してやる。クリントは片方の眉を上げつつ、もうひとつ咳をした。
「腹減ってるんだ」
そして二口目。学習はしたのか、一口目よりは控えめな大きさに。
「分かるけど。お疲れ、連勤」
「んん」
もごもご、とハムスターが答える。ぷっくりとした頬の触り心地が良さそうだな、と思いながら、バーンズはもうひとつポテトをつまんだ。
夜勤続きのクリントを車で迎えに行って、「家に帰る前にドーナツでも買ってこうか?」と言おうとしたところで、もう半分眠りに落ちてしまいそうな目のまま「たまにはハンバーガーが食いたい」と言われて、僅か十五分でこれだ。持ち帰りにするか悩む暇はなかった。クリントが、一秒でも早く何か食べたかったようで「店内で」と宣言したからだ。ハンバーガーが二つに、ポテトはもちろんLサイズ、ナゲット、コーラ、苺シェイク。クリントにしては多い方だ、と思う。ホークアイの本来のお役目らしく何かの見張りの仕事をしていたらしいが、よほど神経をすり減らしたのだろうな、と。
「……」
「うまい?」
「んん」
バーンズのチョコレートシェイクもほどよく溶けてきて、飲みやすくなってきた頃合い。四、五口食べたところで落ち着いてきたのか、目元に眠気がよみがえってきたようなクリントに問う。これは、家に帰ったらシャワーも浴びずにベッドに倒れ込むコースかもしれない。着替えくらいは何とかできるだろうか。
「帰りの車、寝てていいぞ」
「……起きとくよ。今回の……あー、仕事が、いろいろと面倒で。ちょっと愚痴ってしまいたい気分なんだ」
「珍しいな。俺で良ければ聞くけど」
「助かる」
「帰ったらゆっくり休むといい」
「……の前に」
「?」
クリントは苺シェイクをごくごく飲んだ。
「いつものドーナツ屋に寄ってくれ。毎月の新商品がもう出てる」
「……了解」
「で、帰ったら、あんたにおやすみのキスをしてもらって、寝る」
「……」
クリントはこういうことを平気な顔で言うことがある。たまにだ。不意に言う。いや、今は寝不足で若干頭が回っていないのかもしれないが。現にクリントは、二つめのバーガーの包みを開けながら、大きなあくびをしている。
やはりシャワーを浴びる体力はないのだな、と思いつつ、バーンズはチョコレートシェイクよりも先にバーガーとポテトを食べきってしまうことにした。お疲れの恋人に送るおやすみのキスの味は、少しでも甘い方がいいかと思って。
終
(改行・空白除いて1434文字)
You Are My Steve!
ステ←バキ
現代AU 売れない画家?のスティーブ×某アメコミキャラクターの大ファンのバッキー。
「You Are My Hero!」の前日譚。バッキーの独白。
ぶっちゃけ、俺が子どもの頃、周りの友達はみんなアイアンマンのファンだった。アークリアクターがかっこいい、空も飛べる、スーツを纏うシーンなんか最高だ、って。トニー・スターク自身も、金持ち、頭が良い、女にモテる、と三拍子揃ってた。ヒーローごっこはいつもアイアンマン役の取り合いで始まった。そんな中、俺はクラスで唯一、当時連載が始まったばかりのキャプテン・アメリカのファンだった。キャプテン役はいつも俺。でも見せ場はアイアンマンが取っていくから、ちょっとつまらなかった。
みんなは、キャプテンのスーツをださいって言った。そんなことないだろ、って何度言い返してやったか。星条旗がモチーフで、あの羽はキュートすぎるかもしれないが、青色のヘルメットは超クールだ。戦闘スタイルも、ビームは出せないけど、盾を使いこなすところが気に入ってた。悪をはね除け、正義を守る盾。キャプテンの心を象徴してる気がして、すごく好きだ。円筒形の洗濯籠の蓋に星を描いて、リビングで振り回して、投げて壁にぶつけて、母さんにこっぴどく叱られた経験は二度や三度じゃない。
そう、俺はキャプテンに憧れていた。九歳の俺はその感情を「キャプテンになりたい」気持ちだと解釈していた。それがどうやら違ったんだ。一〇歳の時だ。クラスに転入してきた男の子が、ヒーローごっこでキャプテンをやりたいと言い出した。初めて、キャプテン役を取られてしまった。でも嫌じゃなかった。やっとキャプテンの良さを分かるやつが現れたぞと思って嬉しかった。その日はホークアイ役をやりながら、帰りにこの子を遊びに誘ってみよう、なんて考えてた。俺の部屋はキャプテンのグッズだらけで、見せたら驚いてくれるかなって。ところが、ごっこ遊びが終わる頃には、俺はすっかり、そいつがかっこよく段ボールの盾を振り回して、仲間の俺を守ってくれる様に見惚れてしまっていた。そして唐突に思い付いた。俺は「キャプテンになりたい」のではなく、「キャプテンの隣にいたい」のだと。何だか不思議な感覚で、子どもの俺には深くは理解できなかった。結局、その日は一人で帰った。
本格的に「どうやら自分はゲイで、初恋の相手はキャプテン・アメリカだ」と気付いたのは一六の時。自覚してしまえば、いっそ気分は清々しかった。お気に入りの、盾のデザインの枕を頭の下に敷かずに抱き枕のようにして寝た夜は今でもよく覚えてる。寝たって、つまり、そういう意味だ。すごく興奮した。
たぶん、キャプテン・アメリカがあまり人気ではない理由のひとつには、アイアンマンのトニーのように「正体」が明かされていないから、という点があるだろうと俺は思う。連載開始当初からのファンの俺が言うんだから違いない。もう今年でファン歴一七年だぞ。筋金入りさ。とにかく、キャプテン・アメリカはヘルメットを取った素顔こそは知られていても、彼の名前や出身地、超人血清を打たれた当時のこともほとんど描かれていない、謎の多い人物だった。第二次世界大戦の当時、痩せっぽっちだったらしい彼は軍の実験で血清を打たれ、今のような筋肉が立派な身体になったらしい。任務中の事故でジェットに乗ったまま墜落し、長年氷漬けになっていたところを、現代で発見された。これがキャプテン・アメリカの過去について分かる精一杯の設定だ。しかもどれも、キャプテン本人が台詞として語っていただけだから、痩せっぽっちのキャプテンがどんなだったかすらも分からない。
家はシールドの施設を間借りしてて部屋も地味だし、恋人もいない──童貞説やゲイ説まであるのがちょっと嬉しかったりする──、趣味はランニングと絵を描くこと。まぁ、人気がなくても仕方ない、と思わなくもない。俺は、そういう孤独感とか、ミステリアスな部分にも惹かれているんだけど。
一方、俺の暮らす現実世界には、ブロンドで、青い目で、筋肉がついてる男がスクールにいくらでもいた。もちろんキャプテンほどの肉体を理想にするとレベルが高すぎて見つからないし、謎めいた人物ってのも現実では面倒なことが多いので、そこは妥協はした。幸い、ゲイも珍しくはなくて、何人かボーイフレンドができた。でもあまり長くは続かなかった。やっぱり俺の理想は中身もキャプテン。キャプテン・アメリカグッズだらけの部屋にボーイフレンドを呼ぶこともなかなかできず、他に男がいるんだろうと疑われてフラれたこともあった。呼んだら呼んだで「ここまでだとは思わなかった」って言われたこともある。キャプテン・アメリカ柄のベッドでヤるのは気分が削がれるんだってさ。
俺ももう大人だ。いつまでもキャラクター相手に理想を追いかけてもな、と思わなかった訳じゃない。現実は見ようとした。でも結局、駄目なんだ。
そういう訳で。ここのところ、恋愛はキャプテンのせいでなかなか上手くいっていない俺だけど、仕事の方はというとキャプテンのおかげで上手くいってる。職場はアメコミショップ。学生時代からバイトしてたところで、主にキャプテンに対する膨大な知識と、愛想の良さが気に入られてそのまま正社員として雇ってもらった。好きなことで仕事ができてる。給料もいい。あと、店には昔店長が懸賞で当てたらしい、キャプテン・アメリカの作者であるクリスのサインまで飾ってあって、レジからはそれも眺め放題。幸せ。文句なし。無理にボーイフレンドを作らなくてもいい、キャプテンだけを見ていよう、とまで思ってた。──あの日までは。
平日の真っ昼間は、新刊の発売日でもない限り客がまばらだ。その間は、棚を整理したり、翌週入荷予定の新刊のポップに使う段ボールや厚紙を切ったり、展示用のフィギュアのポージングを変えたりする。ちなみにこの店の一番目立つところには、アベンジャーズの面々のフィギュアがガラスケースに入ってるんだけど、金色のキャプテンのは俺の私物だ。コミコンで買った限定品。店長に見せたら気に入られちゃって、まあいろんな人に自慢できるなら、って店に貸し出すことになった。
この日も、客が一人もいない隙に、ガラスケースを開けてキャプテンの立ち位置を整えてた。アイアンマンと背中合わせにしても楽しいな、盾は背負わせるか、持たせるか選べるから悩むな、とほとんど遊んでた。そうしたら入り口のベルが鳴って、慌てて振り返った。
「いらっしゃ──」
──いませ。って、最後まで言えなかった。危うく、手の中のキャプテンを落っことしそうになった。
やってきた男性客はキャプテン・アメリカそっくりだったんだ。髪型や髪色はコミックのまんま、顔はそっくり、目の色も青、そしてこれまでのボーイフレンド達に足りていなかった肉体美まで、完璧だった。ラフなシャツにジーパン、というかなりファッションに無頓着っぽい服装だったので、余計にその胸筋と腕のたくましさが強調されていた。
「んんっ。いらっしゃい、ませ」
噎せた振りをして、古くてガタがきそうなドアをご丁寧にそっと閉めてくれている彼に歓迎の言葉を言い直した。彼はそんな店員の挨拶をわざわざ気にかけて、俺を見て、どうも、ってよそ行きの笑顔を向けてくれた。少し垂れた優しげな眉。不器用に持ち上げられた口角。人付き合いに慣れてなさそうな感じ。
一目惚れだった。
終
(改行・空白除いて2948文字)
You Are My Hero!
ステバキ
現代AU 売れない画家?のスティーブ×某アメコミキャラクターの大ファンのバッキー。
「You Are My Steve!」の後すでに付き合っているふたりになります。
僕らが友人としてどこかに二人で遊びに出掛けたのはたった三回だった。映画館と、服屋と、それと最後は、たぶんこの辺りで一番大きなアメコミショップ。バッキーにとっての聖地だ。
「バッキー。君のことを好きになってしまったんだ」
公園のベンチで、アメコミショップのビニールバッグを大事そうに自分のリュックにしまう彼を見ながら僕はそんなことを言ってしまった。ビニールバッグの中には、不定期発売のキャプテン・アメリカの新刊が入ってる。彼はぴたりと固まったけれど、数秒後、彼の頭は古いおもちゃみたいにギシギシ動いて、隣に腰掛ける僕の方に向けられた。
「……え。え?」
彼の左耳には、四つの同心円と一つの星が重なったモチーフのピアスがついている。彼が愛するキャプテン・アメリカの盾だ。本来は赤白青の三色だけど、このピアスは銀一色。シンプルなデザインながらも、原作のイラストに極限まで寄せるために球面加工されていたり、耳に被って見えない背面の持ち手までもが可能な限り再現されている。七年前、出版社がキャプテン・アメリカ生誕一〇周年を記念して作ったもので、たしか、五〇個しか生産されていない。もちろんシリアルナンバー入り。彼のは四三番らしい。そんな限定品が、彼の耳元で僕の告白を弾き返すようにキラリと光ったように見えた。彼が好きなのはキャプテン・アメリカ。僕はキャプテンに似ているだけ。だから、彼を僕なんかには渡さないぞ、って、盾が彼を守っているような気がしたんだ。
正直なところ、フラれると思ってた。僕はバッキーよりおじさんだし、お金は持ってるんだけど売れない画家だし、彼の将来のことを考えれば、いっそ、フッてほしいとも。でも彼は驚くことにオーケイをくれた。「俺もスティーブが好きだ」って。「スティーブに告白されるなんて夢みたいだ」と笑ってくれたんだ。僕にはこれまで恋人がいたことがないと白状しても、驚いてはいたけど嫌そうな顔はしてなかった。むしろ喜んでたかな。僕と違い、彼は経験豊富だ。過去に付き合った男性の数は具体的には聞いてないけど、意外にも二桁はいってないらしい。それで、彼の初恋の相手はキャプテン・アメリカなんだそうだ。コミックの登場人物が初恋の相手だなんて、あまり珍しくもないのかもしれない。
ここで、彼の愛するキャプテン・アメリカの説明でもしておこう。でも、残念ながら大した情報はない。キャプテン・アメリカ──本名は不明だ──は第二次世界大戦時、痩せっぽっちで病弱な男だった。軍の実験で血清を打たれた彼は、筋骨隆々たる身体を手に入れて兵士として活躍した。その後、任務中の事故でジェットに乗ったまま墜落し、長年氷漬けになっていたところを現代で発見される。これがキャプテン・アメリカの過去について分かる精一杯の情報だとバッキーが説明してくれた。どれも、キャプテン本人が台詞として語っていただけだから、痩せっぽっちのキャプテンがどんなだったかすらも分からないのだとか。では、現代に甦ったキャプテンに関する情報は大量にあるのかというと、申し訳ないことにこちらも、任務中以外の様子はほぼ分からないというのが正直なところだ。分かるのは、家はシールドという施設の居住区を間借りしていて部屋も地味、恋人もいない──童貞説まであるのだとか──ということだけ。友人も任務を共にする仕事仲間ばかりだ。
こうしてキャプテン・アメリカのあってないような情報を連ねていると、キャプテン・アメリカがアイアンマンやソーより人気が出ないのも仕方ない気がする。かく言う僕も、バッキーには悪いけど、昔からソーのファンだ。
でも僕はいまだに彼に聞けたことがない。「僕とキャプテン・アメリカのどっちが好き?」と。
僕らは恋人になってから数えきれないくらい二人で出掛けた。映画館と、服屋と、ちょっとお洒落なレストランと、ホテルと、それとやっぱりアメコミショップ。そもそもバッキーは街の小さなアメコミショップの店員として働いているので、僕は今日みたいに、彼の仕事が終わる頃にお迎えに行くことが多い。このショップはバッキーが子どもの頃から通っている店なんだとか。僕とバッキーが出会った場所でもある。御高齢のおじいさんが店主で、バッキーが大学を卒業する頃、「そんなにキャプテン・アメリカについての知識があるんならここで働かないか」と持ち掛けてくれたようで、彼は「キャプテン・アメリカのおかげで仕事が楽しい」なんて言ってたっけ。
店の前にバイクを停める。彼のシフトが終わる三分前に着いてしまったけど、今日はちょうど、予約していたソーの新刊の発売日だから、久々に「店員のバーンズさん」に会うのもいいだろうとドアを押した。
この店ではコミックだけではなくてフィギュアやキーホルダーなんかのグッズも売っている。ディスプレイされているものの内、一部は非売品で、一番目立つところに置かれているキャプテン・アメリカの金色の像にいたってはバッキーの私物だ。
「いらっしゃ……あ」
レジでお金を数えてたバッキーが僕を見てにこにこ笑う。左耳には相変わらずあのピアス。
「ハイ、……ええっと、ミスター・バーンズ」
僕がそう言うと、彼は一瞬きょとんとしたけど、すぐに察したようで、この遊びに乗ってくれた。
「あー……えーっと、ミスター・ロジャース。こんばんは。ソーの新刊の受け取りですね」
「ああ」
「しまったな、もう俺のバッグの中に入れちゃって……。持ってきますから、少々お待ちください」
レジを締めて、店の裏に消えていく彼の背を見送る。こんな風に店内で彼を待つ時間ができると、僕はディスプレイを見て回る。ラインナップが頻繁に変わって飽きないから。そして、いつも必ず置いてあるものを見たいから。マスターの宝物だという、キャプテン・アメリカの作者であるクリスのイラスト入りサイン色紙。ヒーロー自身に謎が多ければ、その作者も正体不明だ。黒のインクだけで描かれたキャプテンの横顔と、かろうじてクリスと読めるサイン。「クリスってペンネームなのかな。いつかクリスに会ってみたい」とバッキーが目を細めていたのはいつだったか。
僕はその色紙をいつも、懐かしいなあ、と思いながら眺める。これは世界に三枚しかない代物だ。この僕が言うのだから間違いない。
「マスター、俺先に上がりますね! お待たせ、スティーブ」
バッキーの声が聞こえて、僕は色紙の隣にあるソーのフィギュアへと視線を逸らした。バッキーは僕の腕に抱きつきながら、「ソーの新刊、後で渡すよ」と微笑む。僕が色紙を気にしていたことには気付いていないみたいだ。
バッキーは知らない。自分の恋人が、初恋の相手の生みの親だということを。
終
(改行・空白除いて2721文字)
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