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    とある祠についての話 それは、随分と暑い夏だった。
     父の祖母の三回忌だというので田舎に連れて行かれたが、目新しさには三日で慣れた。自然豊かな場所で良いと父は言うが、コンビニも僕が歩いて行ける範囲にはないし、そもそも店もない。退屈だからタブレットで動画でも見ようと思えば、こんな所に来てまで見るなと取り上げられる。
    「散歩でも行ってくる」
    「ああ、そんならこれ被ってけ。暑いでな」
     家に居ても退屈だし、とそう言えば、婆ちゃんが笑いながら僕の頭には少しデカい麦わら帽子を被せてくれた。つばが広くて、僕をすっぽりと影が隠してしまいそう。ちょっと面白い。
     お腹が空いてもお店ないし、おにぎりと水筒を用意した。虫除けスプレーたくさんふって、行ってきます、と引き戸を開けて外に出る。畔道の踏み心地、コンクリートより好きかも。見回しても見えるのは草、草、ビニールハウス、軽トラ、草、あと山。空。そんくらい。なぁんもないや。でも蝉はよく鳴いてる。ミンミンじゃわじゃわジージー言ってる。うっさい。
    「……、あっ」
     階段と石で出来たでかい名札みたいなやつだ。読めない漢字で名前っぽいものが書かれて下に神社ってある。行ってみよ。ミンミンじゃわじゃわジージーの中、僕は階段を登る。意外と長い。ひいひい言いながら登り切って、やっと見えたのはボロボロの神社だった。屋根、穴開いてるのかな。ブルーシートの端っこが見える。誰も居ないし、壊れてるし、なんかここ怖い気がする。でもせっかく登ってきたし、と怖いもの見たさでぐるっと境内をまわったら奥に更に道があった。昼間なのに薄暗い。思い切って進んだら、洞窟?みたいなのの中にボロボロの祠を見つけた。誰か来たのか、新しそうな葉っぱのついた枝が飾ってある。名前知らないけど、神社でよくお供えされてるあの葉っぱ付の枝、多分あれ。
     僕も何かお供えしたほうが良いのかな? 少し考えて、おにぎりをお供えして手を合わせた。よし、戻るか。立ち上がって振り向いて、そばで何かが動いたような気がした。壁んとこ……
    「ギャア!!」
     蛇だ! デカい! 思わず下がったら何かがぶつかって、そのまま後ろに……祠に向かって思い切り倒れた。バキッ、とイヤな音がする。恐る恐る振り返れば、ボロボロの祠がもっとボロボロになっていた。
    「~~~ッ!?」
     どうしよう、壊しちゃった!? 神社の人に言わなきゃ……でも居るかな……どうしよう、お母さんに怒られる……!
     原因の蛇は居なくなっていた。僕は走ってもと来た道を戻る。神社には人が居なかった、どうしよう、急いで帰って……でも、誰も、居ないなら……バレない?
     ――いや、ダメだ! だいたい漫画とかだとこういうこと隠そうとして余計悪いことになる! お母さんに言おう!
     悪い考えを頭から追い出して、階段を駆け下りる。早く帰らなきゃ。だって、いつの間にかミンミンじゃわじゃわジージーが、聞こえない……

    「あっれぇ~? どこの子? 君」

     階段を下りきる前に、階段を登ろうとしていたお兄さんが声をかけてきた。
    「あ……」
    「あ~、待って待って、大丈夫! あやしいもんじゃないから俺! 防犯ブザーとか鳴らさないでね!? 前の台風で本殿の屋根壊れて危ないから遊んじゃダメって学校の先生に言われたでしょ?」
    「僕、田舎の婆ちゃんとこに……」
    「あっ地元の子じゃないのね、それでか」
    「あの! 神社の人ですか!?」
    「う~ん……そうね、まぁそんな感じかな~♪ どしたの、僕ちゃん」
     お兄さんは背が高くて、あと何か変な髪型してた。右側だけ髪が長くて、そっち側は真っ白だ。にこにこしてて優しそうだし、僕は意を決してお兄さんに告げた。
    「神社の奥の、ちっちゃい神社……壊しちゃって……今からお母さんにどうすればいいか聞きに……」
    「……壊したの? あの祠を?」
    「蛇にびっくりしてぶつかっちゃったんです……」
    「あ~……そっかァ、壊しちゃったか~……あれ……」
    「ごめんなさい! どうしたら……!」
    「そうね~、わざとじゃないんでしょ? こっからでいいから、先ずはごめんなさいしよっか」
     お兄さんが僕の頭を撫でる。それから僕は階段の上に届くように、大声で叫んだ。
    「壊しちゃってごめんなさい! わざとじゃないけど、でも、ごめんなさい!」
    「は~い、よく出来ました♪ 神さまも良いよ~、ってさ」
    「えっ!?」
    「さぁ~てと。こっから先のことは大人の俺がやっとくから、帰っていいよ。お母さんにも内緒でいいし」
    「でも……」
    「んじゃ、追加でお供えしておくからおにぎりもう一個ちょうだい? それでもう大丈夫だから」
    「はい!」
     鞄からおにぎりを出して渡す。お兄さんの手にのったら、おにぎりがちっちゃく見えた。
    「今日はもう帰って、おうちでゆっくりお風呂にでも入ったらいいよ~」
     じゃあね~、とゆるい返事をしてお兄さんは僕に手を振った。手を振って僕も歩き出して、気付く。お兄さん、僕がおにぎりお供えしたこと何で知ってたの? 振り返る。お兄さんは居ない。ミンミンじゃわじゃわジージーと蝉はよく鳴いている。
     僕は明るい日差しの中、叫びながら家に帰った。

    「……こんな感じで良かった~?」
    「おう。悪ィな」
    「思ってない癖にぃ~。あ、こっちのおにぎり俺もらうからね」
     子どもが叫びながら去ったあと、階段を下ってきた気配に青年――あさぎりゲンは振り返る。そこに居たのは、淡く緑に光るよう染まった白髪を逆立てた奇妙な出で立ちの若者だった。額から生える角、牙、仕立ての良い和装に勾玉の首飾り。それらすべてから、おおよそ人ではなさそうだと察することが出来る。
    「礼を言おうとしただけだったんだが……」
    「地元っ子じゃ蛇くらいじゃ驚かないだろうけどさ~、俺ら都会っ子はフツーにビビるから」
     そう。子どもを驚かせた蛇は、あの祠の主だったのだ。ここいらの者ならば、あの神社で蛇を見かければ神の使いだ、良いことがありそうだと喜ぶ。けれど彼は地元っ子ではなかったので起きた悲劇だったのだ。流石にこのままではバツが悪いので、案ずるなと子どもへ伝えたくて縁のある青年を召喚した……というのが真相だ。
     ちなみにこの召喚は不可思議で非科学的な超常現象によって行われ、家に居た筈のゲンは一瞬の目眩の後に階段下に突っ立っていたし、そこに着いた時には概ねの現状が頭の中に入っていた。実は家の中に居たから裸足のままなのだが、幸い子どもには気付かれず不審に思われなくて密かにゲンはホッとしていた。
    「俺にも予定あったんだけど?」
    「そりゃ俺の召喚より大事な予定か?」
    「まぁ今回の件よりは大事じゃなかったけどさ~! てか、別に俺じゃなくても自分でフォローしてあげられたでしょうに」
    「こういうのは俺よりテメーのが上手いだろ」
    「それはそうだけど」
    「あとは口実だな、テメーを呼び出す」
    「……千空ちゃんてば、ジーマーで俺のことお気に入りだよね~」
     呆れたような、どこか照れくさいような、そんな顔でゲンが言う。千空はその顔をずっとずっと昔、それこそ人間の一生何回転か、というくらい前に見たことがある。
    「言ったろ。昔の知り合いによく似てんだよ、テメーは」
     その知り合いとは、この目の前の男と全くそっくりな見目形をして、同じように彼を『千空ちゃん』と親しげに呼ぶ、この男にはない狐の耳と尻尾を持つ変化の生き物だった。鬼と呼ばれ祠に封じられた自身を、逆に人から不可侵とするために命をもって封印をねじ曲げた男。
    『起こすまで待っててね。おやすみ、千空ちゃん』
     そう告げた、愛しい狐の声はいまだ消えずに耳の奥に残っている。そして狐は約束を守った。当人はすっかりそんなことを覚えてもいないが、確かに千空を起こしに来たのだ。
     残念ながら彼の今生は人である、時を同じく生きるのは難しかろう。それでも千空は、可能なだけ共に過ごすつもりでいる。
    「……俺はその知り合いじゃないんだけどなぁ」
    「ん? なんか言ったか?」
    「いいや~、別に? ところで千空ちゃん祠壊れたけど、どうなんの?」
    「自由に動けるようになる」
    「へえ~……えっ!?」
    「つまりテメーに憑けるっつー訳だ」
    「ジーマーで!?」
    「世話になんぞ、よろしく頼む」
    「ええ~……まぁいっかぁ。楽しそうだし。よろしくね、千空ちゃん♪」
     あっけらかんとゲンは了承した。途端、袖を引かれるような気配が霧散する。これで完璧に千空と祠との縁が切れたようだ。共に在る切っ掛けをくれたのだから、あの子どもには加護のひとつもくれてやるべきだろうか、なんぞを彼は思う。
    「じゃあ、出ようか。千空ちゃん」
    「あ゛あ゛。行くか、ゲン」
     声を掛け合い、並んで歩く。何百年かぶりのやりとりに気分が上向く。見上げた空は夏らしい青空で、眩しさに涙が滲んだ。
    桐人 Link Message Mute
    2024/10/14 19:00:00

    とある祠についての話

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    ここ数日の旧Twitterで流行っている『うっかり祠を壊したら「あの祠を壊したの?」と聞いてくる云々』に乗っかった話。千ゲ的な何か。百鬼夜行コスのパロがちょっと。
    10/14の神戸イベントにて配るつもりが印刷する時間がなくなって無配になりそこなったものです。

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