幸福之王子「藍湛!」
木陰で草紙を読んでいた魏無羨が、近くを通りかかった藍忘機に気付き、声を掛ける。
「またいかがわしいものを読んでいるのか」
藍忘機がため息をつきながら、近付いてくる。
「藍湛も、ようやく興味が出てきたのか? ……なんてな。違う違う。珍しいものが手に入ったんだ」
藍忘機は、手を伸ばして、草紙を受け取りかけたが、手を引っ込める。
「……」
「春画じゃないって! 俺がそう毎回毎回、見え透いた悪戯をすると思うか? これは、遠い国の物語を訳したものだそうだ。まー、藍公子は、俗世の書物なんか読まないか」
魏無羨の言葉にむっとしながら、草紙を受け取った藍忘機は、表紙の文字を読む。
「『幸福之王子』?」
「藍湛、どうだった?」
読み終えて、草紙を閉じた藍忘機に、魏無羨が話しかける。
「私は普段こういったものは読まないのだが、これはなかなか良かった。遠く離れた地にも、すばらしい物語があるのだな。王子も燕も気高い魂を持っていると感じたよ」
「はー……やっぱり、藍公子は期待を裏切らないな」
「どういう意味だ?」
「確かに俺も、この話は面白いと思った。ただ、納得いかねーなー」
「ん?」
「困ってる人や苦しんでいる人を助けるのは、当然だ。でも、それって、自分の幸福があってのことだろう? 自分が幸せじゃないのに、他人を幸せにすることなんか、できねぇよ」
「では、もし、大切な者か自分かを選ばなくてはならなくなったらどうするんだ」
魏無羨は不意を突かれて一瞬驚いた表情を見せたが、まっすぐな瞳で藍忘機を見つめて言った。
「俺は、第三の道を選ぶ」
「第三の道?」
「そうだ。たとえ大変でも、大切な人も俺も助かって、かつ幸せに生きられる方法を探す」
「ふっ、お前らしいな」
「!? 今笑ったのか?」
藍忘機は、無言のまま足早に立ち去る。それを、魏無羨が追いかける。
「藍湛、笑ったのか? 藍湛、こっち見ろよー。なー、藍湛!」