きっと、うさぎのせいだ【軽度な性的描写があるため、15歳未満の閲覧非推奨】
鬼腕にまつわる事件の一つが決着した後、魏無羨が藍忘機を冗談半分に飲みに誘うと、思いがけず誘いに乗った。
しかし、例のごとく、藍忘機は一杯飲んだところで、眠ってしまった。「含光君を道端で寝かせた」となれば、大騒ぎになる。
なんとか、宿まで連れて行こうと、魏無羨は藍忘機の腕を引っ張るようにして、歩いていた。
「やっぱり、寝てから酔うのか。ほら、歩いて、藍湛」
「うん」
魏無羨が話し掛けると藍忘機は返事はするのだが、すぐに立ち止まってしまう。
そんなやりとりを何十回か繰り返した頃、魏無羨の脚に何かがまとわりついた。
「うわっ」
恐る恐る足元を見ると、それは白いうさぎだった。
大声を出してしまい、魏無羨は恥ずかしかったが、幸い藍忘機は気付いていないようだった。
「どうしてこんなところにうさぎが?」
「うさぎ……もらう」
「寝ぼけているのか? 懐かしいな」
二十年程前になるが、魏無羨は藍忘機に二羽のうさぎを贈ったことがある。
今も、雲深不知処では数羽のうさぎを飼っている。普段は弟子たちが世話をしているが、藍忘機自身が世話をすることもある。大切にされているのは、毛並みや人懐っこさを見ても明らかだ。
(藍湛ってば、何にも関心ないみたいな顔して、うさぎ好きなんて)
思わず笑みがこぼれる。
「ちょっと待っててな」
魏無羨は藍忘機に声を掛けると、うさぎを抱えて懐に入れる。
再び藍忘機の腕を引っ張り、歩き出した。
うさぎがぼうっと青白く光って見えたのは、月明かりのためだけではない。
宿の藍忘機の部屋にたどり着くと、魏無羨は彼を寝床に座らせ、自分も隣に腰をおろした。
「藍湛、こっち見て」
藍忘機が顔を向けると、自身の懐に手を入れている魏無羨に一瞬戸惑ったが、すぐに落ち着いた表情を取り戻した。
「じゃーん、うさ……あれ?」
うさぎは衣にしがみついて離れず、魏無羨はただ藍忘機の注目を集めただけだった。
ふわふわとした長い毛が、脇腹に擦れてくすぐったい。
「うさぎ、どこ?」
「こ、衣の中に……ふふっ、くすぐったい……あはは、やめろって」
魏無羨は、笑いが止まらなくなった。
藍忘機にはうさぎの姿は直接は見えていないのだが、魏無羨の衣が奇妙に動いているのと、長い耳が見え隠れするので、いることは分かったようだ。
表情の変化が分かりづらい藍忘機だが、いつもより口元が緩んでるのは魏無羨にも分かった。
(藍湛って、本当にうさぎが好きなんだな)
うさぎは警戒してしまったのか、衣の中で暴れて続けている。
「お、おい!?」
掴もうとすると、するりとすり抜けてしまう。
「あっ……」
うさぎの毛が胸の突起に触れ、魏無羨は思わず声が出てしまった。
全身から力が抜けていく。
魏無羨は自分の出した声が恥ずかしくて、顔を赤らめる。
(今の、藍湛に聞こえてないよな?)
そっと藍忘機の様子を窺う。無反応だが、顔を背けている。
ゴクリと唾を飲み込む音が響く。
その横顔を見て、魏無羨は余計に恥ずかしくなってきた。
うさぎは衣の中で逃げ回っている。
再び、毛が繊細な場所に触れる。うさぎは動揺しているのか、やたら同じ場所を行き来している。絶え間ない刺激のせいで敏感になり、より大きな声が出てしまう。
「んんっ……藍湛、見てないで、捕まえてくれよ……うさぎが……はぁっはぁっ」
涙目で助けを求める。
頬は上気し、息も絶え絶えになる。
声を抑えようとすればするほど、余計に刺激に意識が向いてしまう。
藍忘機は、「うん」というと、抹額を外した。
そして、魏無羨の両手首を掴んで縛った。
「え!? 違うって。俺を捕まえるんじゃないって!」
「?」
「いや、意味わからん、みたいな顔するなよ! ……んんっ」
また毛が触れたため、魏無羨の抗議の声は遮られた。
手首を縛られてたことによって自由がきかなくなり、さらに目の前には藍忘機がいるため身体をよじってかわせなくなり、体を電撃のような快楽が走る。
「あぁっ……」
(藍湛にこんなところ見られるなんて……)
恥ずかしくて、顔から本当に火が出そうだ。
藍忘機は「うらやましい」っとぼそっと呟いたが、それどころではなかった魏無羨には聞こえていなかった。
藍忘機は衣の上からうさぎを捕まえようとするが、逃げ回ってうまく捕まらない。
「んんっ……早く。藍湛、どこ触ってんだよ……んっ」
「魏嬰、許せよ」
藍忘機は魏無羨の襟を掴むとかばっと開く。白くきめ細かい肌が、露わになった。上気してほんのりと桃色に色付いている。
うさぎは驚きのあまり動けなくなったのか、魏無羨の胸の上で丸まっていた。
藍忘機が「美しい」とぼそっと呟く。今度は、魏無羨にも聞こえたようで、あきれた声を出した。
「藍湛、俺がこんな目に遭ったっていうのに『うさぎかわいい』かよ」
「違う」
「違うって、なにが?」
藍忘機が魏無羨の胸にいるうさぎを抱き上げようとしたが、直前でうさぎが逃げたため、手元が狂って前のめりになり、二人とも折り重なって寝床の上に横たわってしまった。
二人は見つめあった後、はっとしたが、うさぎの姿はなかった。間一髪、逃げたようだ。
重なり合った体は、ドクンドクンと一つの鼓動を奏でる。
(藍湛の心臓の音、うるさいな……あれ? 俺か?)
二つの音が、一つになっていく。
「藍湛、大丈夫か?」
藍忘機が顔を上げると、魏無羨と目が合う。
「藍湛?」
魏無羨は何故か視線を逸らすことができず、思わず見つめ合ってしまう。
酒の強さには自信があったのに、やはりこの体は脆いな。頭がぼうっとしてきてしまった。いや、さっきの騒動のせいか?
藍湛の瞳の奥には、なにがあるのだろうか、と魏無羨は考える。探している答えが、そこにあるような気がした。
彼の瞳を覗きこもうとして、思わず唇同士が触れ合ってしまった。
魏無羨は、そのまま口づけた。そうしなければいけない気がしたのだ。
柔らかいな、と思った。
唇を離すと、よりいっそう、頭がぼんやりとしてきた。
そのまま互いに見つめ合う。
視線を逸らせずにいると、魏無羨は寒気がして「ハクション」っとくしゃみをした。
その音で酔いが醒めた藍忘機は「また妙な夢を見てしまった」と呟くと、自分の頭を殴って意識を飛ばした。
魏無羨も睡魔が押し寄せ、気を失うように眠りに就いた。
「卯の刻だ」
頭上から声がして、魏無羨は目が覚めた。藍忘機は身支度を整えていた。
藍忘機が抹額を締めるのを見て、魏無羨はハッとして、自分の体を見たが、両手は自由になっており、衣もいつも通りだ。
部屋を見回しても、うさぎの姿も、その形跡もなさそうだ。
藍忘機に「昨夜、うさぎを見なかったか」と聞くと、じっとにらまれた。
魏無羨は「またふざけていると思われたのか」と解釈した。
(酔っぱらって、変な夢でも見たのかな)
雲深不知処に戻ると、藍忘機は兄に報告に行った。
魏無羨が散歩していると、藍思追と藍景儀が向こうからやって来た。二人とも、どことなく疲れて見える。
藍思追が口を開いた。
「最近奇妙な妖が出ていて騒ぎになってるんです。被害に遭った人が多くて、その対応に追われているんです」
「どんな妖だ?」
「欲望に反応して、悪さをするそうです。といっても、妖術で変化したものは、数刻で元に戻るのですが。実体はなく、見た目は、その時々によって違うそうなんです。動物の姿を模したり、植物に似せたり……。そうやって、人に近付いて、強く秘めた欲望を妖術で叶えるとか」
(ってことは、昨夜のことは夢じゃなくて……?)
一連の生々しい記憶と感覚が蘇る。
妖のせいとはいえ、藍忘機に恥ずかしい姿を見られてしまい、挙句の果てに、口付けまでしてしまったのだ。
「あれ? もしや熱が……?」
藍思追が言い終わる前に、魏無羨は足早に立ち去った。
藍景儀が不思議そうに呟いた。
「妖は満足すれば、姿を消すし、大して強くもない妖なのに、なんでこんなに騒ぎになってるんだ?」
「景儀、この妖の恐ろしいところはね、人間関係を変えてしまうところなんだ」