秘密【軽度な性的描写があるため、15歳未満の閲覧非推奨】
魏無羨は藍忘機と酒を飲むのが好きだ。
藍忘機は、酒を飲むとすぐに眠ってしまう上に、酒癖も悪いのだが、単純にひとりで飲むのばかりではつまらない。
再会してからというもの、してやられっぱなしだから、たまには仕返ししてやりたいという理由もある。
藍忘機を酔わせては、たわいもない質問をするのが、魏無羨の密かな楽しみとなっていた。
無口な藍忘機が、何でも正直に答えてくれるのが、面白いのだ。別に秘密を暴いてやろうとか、告げ口してやろうとかいう意図はない。
自分だけが一方的に知っているという優越感に浸りたいだけなのだ。
魏無羨は、藍忘機を宿の彼の部屋まで連れて帰り、寝床に腰かけさせた。
自分も傍らに掛けると、口を開いた。
「今日はなにをきこうかな」
あらかたのことはきいてしまっていた。
魏無羨はひらめくと、まるで悪事を働く前のように笑みを浮かべた。
「口付けしたことはあるか? ……なんてな。昔聞いたことがあるが……」
魏無羨は、「きっとないんだろう」と言いかけたが、藍忘機の「うん」という返事に遮られた。
「え? 聞き間違いかな。もう一度言うぞ。口付けしたことはあるか?」
「うん」
「それ、相手はちゃんと人か?」
「うん」
藍忘機はさも当然のように答えた。
(まさか、藍湛、この前のこと覚えてるのか!?)
魏無羨の心臓は、一度だけ強く脈を打った。
先日、酔った勢いで藍忘機に口付けしてしまった時のことを思い出した。もし彼が覚えているのなら、今後共に行動しづらくなる。
(いや、魏嬰、慌てるな。覚えてるはずない)
深呼吸すると、「藍湛は、昔と比べて雰囲気が和らいだし、きっとなにかあったのだろう」と自分を落ち着けた。
魏無羨の関心はこの間のことを、藍忘機が覚えているかどうかに移っていった。
魏無羨は咳ばらいをすると、続けた。
「これまで何回、口付けした?」
「一度だけ」
「それは相手から? それとも自分から?」
「私から」
魏無羨は心の底から安堵のため息をついた。酒の勢いでしたことを、誤解されては困る。
心配事がなくなると、その一度きりの口付けを、藍忘機からしたことに驚きを感じた。
(へー、あの堅物だった藍湛がね。どうりで雰囲気も柔らかくなるはずだ)
相手はどんな女の子なのだろうか。藍忘機から口付けたくなるなんて、きっとかわいらしい感じの子だろう。魏無羨はそんなことを考えた。
(この間のは、初めてってわけじゃないのか)
魏無羨は、藍忘機のはじめての口付けを奪ってしまったのでという罪悪感はなくなったが、同時に落胆もしていた。
それは、大胆な悪戯をしたと思っていたら、もっと大それたことをやった者がいたと知った時のような気分だった。
それならば、その者を越えるものを仕掛けるだけだと、彼は思った。
魏無羨は、藍忘機の淡い色の瞳をのぞき込むと、優しく話しかけた。
「藍湛、酔ってる?」
「酔ってない」
「よし、酔ってるな」
酔っ払いこそ、「酔ってない」と答えるものだ。
魏無羨は藍忘機の肩を抱いて引き寄せると、唇を重ねた。
「……」
藍忘機は、意識はあるものの、まだ酔いが醒めていないのか、大人しくされるがままになっていた。
この間と同じ柔らかい感触がして、魏無羨の胸の中に甘酸っぱい感覚が広がる。
自分だけがこの感覚を知っていることが、腹立たしく思えた。
(どうせ、覚えてないんだろ)
魏無羨の中に、悪戯心がわく。
藍忘機の首に手を回すと、軽く開けられた彼の歯と歯の間に、そっと舌を滑り込ませる。
もし藍忘機の酔いが醒めたら、大変なことになるだろう。気まずいどころの騒ぎではない。それを分かっているのに、好奇心の方が勝ってしまう。
魏無羨の頭はぼんやりとしてくるのに、唇と舌の感覚は鋭敏になっていく。
「んっ……」
魏無羨はその声が自分が漏らしたものだと気付くと、ぱっと藍忘機から離れた。
幸い、藍忘機は醒めていないようだった。
魏無羨は自分の顔が急激に熱くなっていくのを感じた。心臓が早鐘のように鳴っている。
魏無羨は、藍忘機をそっと寝床に寝かせると、音をたてないように細心の注意を払いながら、部屋を出た。
その間、彼は自分の心臓の音で、藍忘機の酔いが醒めてしまうのではないかと気が気ではなかった。