気まぐれの理由「なあ、含光君、それ弾かせてくれよ」
魏無羨は、明日の打ち合わせのために、宿の藍忘機の部屋を訪れていた。
去り際にふと思いついたように忘機琴を指す。
「これは無闇に人に触らせていいものではない」
「なあーなあー」
「断る」
「じゃあ、俺の笛を吹いてみてくれよ。それならいいだろ?」
「……別に面白いものではないぞ」
根負けして、藍忘機は笛を受け取った。
藍忘機が吹いたのは、幾度となく合奏した、あの曲だった。
「さすがは、藍家。これくらいは、お手の物か」
「それほどでもない。始祖が楽師であったが故に、家の者は、楽器はひととおり教わるというだけだ」
「謙虚だな。はー、藍公子に苦手なものはないのか……。今度は琴、弾かせてくれよな!」
部屋を出た魏無羨は、そっと外へ出る。
辺りを見回すと、人気のなさそうな場所を探す。
「はー……このあたりまでくれば大丈夫か」
笛を構え、そっと唇を近付けようとする。
だが、唇が笛に当たる直前に離してしまった。
(あー、うるさい、うるさい! 心臓が頭の中にあるんじゃないかってくらい、うるさい!)
(それに、なんだか、熱くなってきたし)
(胸が苦しい。締め付けられる)
(俺、変じゃなかったよな)
(この気持ちは、知られたくない。でも、知ってほしい……やっぱり、知られたくない!)
(いや、そんなこと、どうだっていいんだ)
(俺はただ、ただ……)
(間接的にでもいいから、お前に触れてみたかったんだ)