燦々と 参加者たちは各家の入場口に待機し、開始を今か今かと待ちわびていた。
今回の巻狩は金家主催ということで、まさに豪華絢爛。きっと、入賞者へ贈られる記念品も相当なものだろう。腕に覚えがある者も、そうではない者も、つい期待せずにはいられない。
衣擦れの音でさえ反応してしまうほどの緊張感の中、バサッという音がした。
みなが反射的に音のした方に振り向くと、藍忘機の姿があった。おそらく、背中に投げつけられたのであろう花を、片手で受け止めたところだろう。少し離れた場所に、あさっての方を向いている魏無羨もいる。
藍忘機は丁寧に花をしまうと、口を開いた。
「魏嬰、位置について」
魏無羨は藍忘機の反応に満足したように笑みを浮かべると、彼とともに藍家の入口へ向かった。
みなが呆れた顔をする中、声を上げる者がいた。
「おい、邪道の使い手がいるじゃないか!」
鬼道の技術の一部は、以前より仙門百家で利用されている。また、金光瑶の件など、魏無羨の活躍によって見直されてきている。昔のように「禁忌の術」と捉えられることは少なくなってきており、修行の一環としてならば黙認されている。
それでも、いまだに「鬼道」や「夷陵老祖」に良からぬ感情を抱いている者も少なくない。
一人が声を上げると、我も我もと続き、騒ぎは大きくなってきた。
俺って相変わらず嫌われてるな……。苦笑いしつつも黙っていようとしたのだが、視界の端に壇上でうろたえる金凌の姿が映った。若くして宗主の座に就いたが、近頃は江澄や金家の側近たちの手を借りることは減ってきているという。些細なことで動揺しやすいのは経験不足によるものだが、彼の年齢を考えれば、年相応とも言えることだろう。
横の江澄は昔のことを思い出したのか、あからさまに苛ついている。金凌はそれを、自分のせいだと勘違いしたようで、さらに委縮してしまっていた。
見かねた魏無羨が、声を上げた。
「藍湛、手を貸してくれ!」
みなの注目が集まる中、魏無羨は藍忘機の抹額へ手を伸ばした。
藍家の者を中心に、息を飲む気配がした。
藍忘機の瞳は一瞬だけ揺れたが、何も言いはしなかった。
「みんな興味があるのか? 冗談だよ」
魏無羨はにやりと笑った。自分の手首に巻いていた黒い帯を解くと、何かに巻き付けた。
「どうだ? これで文句はないだろ?」
魏無羨はそう言うと、右手を上げた。その手は、隣にいる藍忘機の左手と結ばれていた。お互いの指はしっかりと絡められている。
どよめきが起こる中、江澄は口を開いた。
「含光君、それでいいのか?」
藍忘機は「問題ない」と落ち着いた声で応えた。
彼は質問の意味を「戦いが不利になるが問題ないか?」という意味で捉えたのかもしれない。もちろん、江澄は別の意味で聞いたのだが。
不公平だと騒いだ者たちは、とんでもないことになったと顔を真っ青にした。お互い顔を見合わせ、最初に騒いだ者を小突いた。
金凌は江澄の怒りの矛先がずれたのと、騒ぎが落ち着いたので、ほっとした顔をした。
藍曦臣と聶懐桑はにこやかに微笑んでいた。
江澄だけが、あからさまに顔をしかめた。
「藍湛!」
「うん」
魏無羨が弓を構えると、藍忘機が上から手を添えて引く。
呼吸を合わせて、放つ。何本もの矢が同時に飛んでいく。怪物に命中した。
結んだ手に避塵を握り、振り下ろす。妖獣が倒れた。
魏無羨と藍忘機は、それぞれ片手が使えないのをものともせず、むしろ、お互いがお互いを補う合うように、次々と獲物を狩っていった。 その様子は、さながら熟練の軽業師のようだった。
森に入ると、魏無羨は適当な木に腰かけた。
「鬼は任せろ!」
「うん」
藍忘機も隣に腰かける。
魏無羨はたとえわずかな間でも絡めた指を離すのは嫌なのか、器用に顎を使いながら片手で陳情を吹いた。
ひとしきり吹いたところで、周囲を見回すと、魏無羨はその場所に見覚えがあった。
適当な木に腰かけたつもりだったが、妙に開けている。背の低い木が多く、よく見ると、随分前に折られた形跡がある。
魏無羨は
悪戯っぽく笑った。
「藍湛、俺思い出したことがあるんだ」
魏無羨は彼の抹額をほどいた。片方の端を口でくわえ、もう片方の端を手で押さえながら、目元に当てた。
「昔、ここで俺が目隠しをして笛を吹いて……」
全部言い終わる前に、魏無羨の唇は奪われた。
「んっ……」
藍忘機は魏無羨を引き寄せようとしたが、片手ではうまくいかなかった。勢い余って、魏無羨は幹に背をぶつけた。
「痛いじゃないか」と魏無羨が不満を言うより早く、再び口付ける。
藍忘機の舌が魏無羨の口内を舐めまわす。貪るように夢中でお互いの舌を吸い合う。吐息がくすぐったい。
魏無羨は自分の頭がぼんやりとしてきたのに気付き、慌てて彼から体を離した。
「待ってくれ! 続きは、また後でな」
藍忘機は名残惜しそうに、魏無羨の唇を舐めた。
魏無羨は藍忘機の手を借りて体を起こすと、身なりを整えた。
「俺も成長したもんだ。昔と違って、腰砕けたりしないもんな」
と誇らしげに言った。
「腰砕けたのか……?」
藍忘機の視線は、魏無羨の腫れてぽってりとした唇に釘付けになっている。
藍忘機の瞳が怪しい光を帯びたのに気付き、魏無羨は慌てて彼が抹額を結ぶのを手伝った。
巻狩終了を告げる信号弾が上がり、参加者たちは広場に集まってくる。
飄々とした様子の魏無羨と、冷静な忘機が入ってくると、みなついちらちらと視線を向けてしまう。二人の手を結んでいる帯は、巻狩がはじまる前からほんの少しもずれていないように見える。
近くにいた藍家の者だけが、藍忘機の抹額がわずかに乱れていることに気付き、動揺した。
集計の最終確認が終わると、金凌に結果を記した巻物が手渡される。
「同率一位 魏無羨と藍忘機!」
金凌の「この二人については、両者の合計を二で割った数である」という補足は、みなの声にかき消された。
「さすがだな!」
「普通にやったって入賞するのは難しいのに、あの不利な状況で……?」
純粋に賞賛する者、恐ろしく感じる者、それぞれだった。
相変わらず指を絡ませたままの二人は、みなより少しだけ遅れて勝利の実感を得たようだった。
「やったぞ! 俺たちが一番だ!」
魏無羨は藍忘機に抱き着くと、そのままぐるぐると回りだした。
少しずつ軸がずれて、右に左にと揺れるので、そのたびに付近の者は避けていった。
「藍湛、お前は最高のどうりょ……」まで口にしたところで、人前であることを思い出して、顔を赤らめた。
周囲の者は「気にするところはそこなのか」と、呆れた顔をした。
金凌が大袈裟に咳ばらいをしたあと、三位以下を読み上げだしたので、みなそちらに注目した。
金家の門弟たちが、金凌の脇の台の上に次々と品物を乗せていく。
この巻狩で優秀な成績を収めた者に贈られる、記念品の盾だった。
金家らしく、贅を凝らしている。芸術に疎い者であっても、その美しさにはため息をつかずにはいられない。不安そうな顔をしていた金凌だが、みなの反応を見るや否や、当然だろうという顔をした。
順位の低い者から、順に前に出て受け取っていく。
名前を呼ばれるたびに歓声が上がり、当人たちは表情が崩れそうになるのを必死に保っていた。
台の上には、
一際輝きを放つ盾が残されている。
「魏無羨と藍忘機!」
みなのごくりと唾を飲み込む音がする。
二人の姿はまだ見えない。
「魏無羨! 藍忘機!」
もう一度金家の者が名前を呼んだが、二人は出てくる気配がない。
みなの視線は、彼らが先程までいた場所に集まるが、姿はない。
「せっかく一位になったのに」
「こんな名誉な場にいないなんて」
「一生に一度あるかどうかって者だっているのに」
ざわめきは大きくなっていった。
金凌はうろたえ、江澄はあからさまに嫌な顔をした。
聶懐桑は扇子を口元に寄せ、何か考えるそぶりを見せた。しばらくしてから、金凌に近付き、そっと耳打ちした。
他の二人も加わり、何やら宗主四人で話し合っている。
騒ぎが少し落ち着いたのを見計らって、金凌が「二人は翌年から殿堂入りなので参加しない」と堂々と宣言したので、みな納得した。
「ここどこだ?」
魏無羨と藍忘機は、ぐるぐると回っているうちに、
人気のないところへ出てしまったようだった。
気を取られた魏無羨は足がもつれた。肩を組んでいた藍忘機も彼につられ、二人とも草の上にしりもちをついた。
「藍湛、見ろよ」
藍忘機に跨ったまま、魏無羨は彼に声を掛けた。
太陽の光が燦々と降り注ぎ、あたりはまぶしい眩しいくらいに輝いていた。
二人は周囲をゆっくりと見回した。
一周した後に視界に入って来たのは、何よりも輝くお互いの笑顔だった。
魏無羨は彼をゆっくりと草の上に押し倒した。
柔らかい草が顔に当たるのをこそばゆく感じながら、指に抹額の端を絡める。
魏無羨は藍忘機に軽く口付けた。
「藍兄ちゃん、ご褒美をちょうだい」