消えた草紙 ほか作品紹介「消えた草紙」
テーマ『涙』『蔵書閣』
本編終了後の雲深不知処での物語。ギャグ。
神字書きな魏無羨の話。
「また同じ景色を」
テーマ『身長』『嘘』
雲深不知処での忘羨の日常話。
(無羨は「竹ぽっくり」というおもちゃに乗っています。描写が分かりづらかったらすみません……)
「吐息」
テーマ『目隠し』『汗』
雲深不知処での日常話。ツイスターゲームをする忘羨。
ギャグです。R-18描写はありません。
「悪戯(いたずら)」
テーマ『りんごちゃん』『らくがき』
ギャグです。
りんごちゃんに眉毛が落書きされていた!
果たして犯人は――?
消えた草紙
「どこだ? どこなんだ!?」
魏無羨は息を切らしながら、乱雑に棚を漁る。
彼が必死に、蔵書閣で草紙を探すことになったできごとは、一刻ほど前にさかのぼる。
藍家の門弟たちと話している時に、誰かがある草紙のことを思い出した。
その内容は、このようなものだった。
蔵書閣はその名の通り、膨大な蔵書を抱えている。数年前、その中から藍家にまつわる歴史的な書物が発見され、ちょっとした騒ぎになった。
藍家の先祖である非の打ち所のない公子が、天真爛漫な美しい女性修士に翻弄される物語だ。
「泣ける」「感動する」と門弟たちの間で話題になり、さらには写しも大量に作られ、あっという間に広まっていった。
もちろん「低俗だ」と顔をしかめる者もいた。しかし、どんなに手のかかる者もこの草紙を読んでいる間だけはおとなしく、また多少の脚色はあるものの、読んでいるうちに藍家の歴史が自然と身につくということで、半ば黙認されていた。
中には写しをさらに書き写して一言一句を味わうもの、勝手に続編を書くもの、脇役同士の物語を書く者もいたという。
魏無羨は、はじめは門弟たちのおしゃべりを呑気に聞いていたが、どんどん顔が青ざめていった。
魏無羨の頭には、雲深不知処で座学を受けている時の光景が蘇った。その草紙は、蔵書閣で書き写しをさせられた時に、彼が退屈しのぎに書いたものだったからだ。
古びて見えるように紙に細工をして、こっそり戻したのだが、すぐに誰かに気付かれて捨てられるだろうと思っていた。それがまさかこんなことになっているとは……。
魏無羨は門弟たちの会話が一区切りついたところで、できるだけ自然に切り出した。
「それで、その草紙の原本は誰が持っているんだ?」
門弟の一人が口を開いた。
「それが、発見された後、しばらくして原本はなくなってしまったんです。うわさでは誰かが蔵書閣の適当な場所に戻したのではと」
「発見されてすぐに写した先輩方のおかげで、私たちは読むことができたのですが」
魏無羨は心の中で、「余計なことを」と思った。
門弟たちは久しぶりに草紙の話ができて嬉しかったのか、気に入った場面について話し出した。
「雲深不知処の塀の上で、夜間に抜け出した修士と見回りの公子が出会うところが良い」「修士が罰として、蔵書閣で書き写しをさせられることになり、二人っきりで過ごす場面が良い」「公子の剣に二人で御剣するところがいい」「修士が本当は目が覚めているのに、眠っているふりをして公子にもたれかかるところがいい」などと、口々に言い出した。
それを聞いていて、魏無羨はもう一つ思い出したことがあった。
物語を盛り上げるために恋愛の描写は欠かせなかった。しかし、当時の彼は恋愛なんて知らなかった。どう書けばいいのか分からなかった魏無羨は、自身を修士に、藍忘機を公子に当てはめて書いたのだ。
それがどういう意味なのか、魏無羨は今になって気付いた。
(せめて、俺が書いたという証拠だけでも消さなければ……!)
門弟たちの議論が白熱する中、魏無羨はそっと立ち去った。
後ろから、「修士が鈍感過ぎて、公子がかわいそうだ」という声が聞こえた。
魏無羨は必死に蔵書閣で探し続けたが、見つからない。誰かの足音がして、魏無羨はとっさに手を止めた。
「魏嬰」
「藍湛か……どうしたんだ?」
「捜し物はこれか?」
藍忘機は冊子を魏無羨に渡した。表紙に見覚えがある。魏無羨はぱらぱらとめくり、江楓眠に「味がある」と言われた自分の字であることを確認した。
「ありがとうな」と魏無羨が草紙をしまおうとすると、藍忘機に奪われてしまった。
「お、おい?」
「魏嬰、やはり君だったのか」
「あ……いや……」
魏無羨はごまかそうとしたが、それは無理な話だった。
「私は、今も懲罰担当だ」
追い詰められた魏無羨は、一か八かの勝負に出ることにした。目に涙を溜めると、
「藍兄ちゃん、許して~」
と甘えた声で、忘機に縋りついた。
藍忘機の瞳が怪しい光をたたえた。
魏無羨は、その夜、別の意味で泣かされることになった。
「藍湛、気付いてたなら、こっそり処分してくれったっていいだろ!」
魏無羨は、すねたように言った。
藍忘機はため息をついた。騒動の様子を思い返しているようだった。
「私はそういった情報に疎くてな。気付いた時には雲深不知処中に広まっていた。原本だけは回収したものの、写しは、研究資料として藍先生の元へ……」
「藍じ……藍先生まで読んだのか!?」
魏無羨は頭を抱え、藍忘機は拳を握りしめた。
「藍先生のお体のことを考えると、どうしても言えなかった……! それに……」
「それに?」
藍忘機は、はっとして口を噤んだ。
「気にするな」
魏無羨は「なんだよ! 気になるじゃないか」「教えろ!」「藍湛!」と、しつこく食い下がった。
「君のしわざだと知ったら……捨てられなかった」
そう言うと、忘機はそっぽを向いてしまった。
「ふーん、藍湛がね」
魏無羨は満更でもないない様子だ。直接は見てなくても、彼がニヤニヤとした表情を浮かべているのは分かるようだ。
ムッとした藍忘機はこう付け加えた。
「兄上は気付いておられたぞ」
「え!?」
魏無羨はそれっきり黙り込んでしまった。
それから数日間、魏無羨は雲深不知処の掟を一つも破らず大人しく過ごしたので、みな心配した。
<後日談>
魏無羨は、様子があまりにもおかしかったので沢蕪君に呼び出され、そこで白状した。
彼は、やはりとっくに気付いていたようだった。顔面蒼白な魏無羨に同情し、手を貸してくれた。写しの大半は回収され、真相が大人たちには知られることはなかった。
しかし、門弟たちには事情を説明せざるを得なかった。書物の内容にも厳しい藍家だが、この草紙だけは個人でこっそり楽しむ場合に限り、不問とされることとなった。
これまでほど大っぴらには楽しめなくなったものの、草紙を取り上げられずに済んで、門弟たちは安心した。
その夜のことだった。
人の気配に、魏無羨は目を覚ました。
「誰だ?」
「魏先生にお話が」
「『先生』!?」
戸を開けると、例の草紙の愛好者だという。藍景儀を中心とした門弟たち数人が来ていた。藍景儀に付き合ったのか、一番後ろには困り顔の藍思追もいた。
「夜分遅くに失礼いたします。オ……僕たちは先生の作品の愛好者で、ご迷惑にならないように少人数で参りました。僕は代表ですが、あくまでも形だけのもので、作品への愛は門弟たちみな同じで」
「景儀、長いよ」
藍思追はいつの間にか藍景儀の隣に来ていた。
真実を知った門弟たちが文句を言いに来たのだと思った魏無羨は、藍忘機に助けを求めたが、「自分で解決しなさい」と言われてしまった。
「続きを書いてくれとは、言いません。もちろん、書いてもらえたら嬉しいですが!……じゃなくって、公子と修士は離れ離れになってしまうわけではないですか。『先に行って。追いかけるから』『隠すな。怪我をしているんだろ!? そんなことできるはずがない』。二人は熱い口づけを交わし……」
藍景儀が情感たっぷりに語り出した。魏無羨は過去の自分を猛烈に恥じた。
「景儀」
藍思追の呆れた口調に、藍景儀は我に帰ったようだった。
「結末だけでも教えてくれ! 二人は最後どうなったんだ!?」
「なんだ、そんなことか」
魏無羨は心底ほっとしたようだった。
「決まってるだろ。『二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ』」
また同じ景色を
「よし、このくらいだな」
魏無羨は満足げに頷いた。
「魏先輩、何をされてるんですか?」
「また、おかしなことやってるのか」
藍思追と藍景儀は、魏無羨に声を掛けた。
魏無羨は、短く切った竹に足を片方ずつ乗せていた。竹筒には穴が開いており、紐が通されている。
その紐を握りながら、片足ずつ踏み出して、雲深不知処内を歩き回っていた。
魏無羨は二人に気付くと、手を振った。パカパカと音をさせながら、近付いてくる。
「どうしてそんなことを?」
藍思追に理由を聞かれた彼は、一瞬だけ戸惑った後、答えた。
「あー……さっき町で子どもがやっていたのを見て、俺もやってみたくなったんだ」
「そんなことだろうと思ったぜ!」
藍景儀が呆れると、魏無羨は頭をかきながら、へらへらと笑った。
「あ、藍湛!」
魏無羨は遠くに藍忘機を見付けると、近付いて行った。
「魏嬰」
藍忘機は魏無羨の足元に視線を落としたが、なにも言わなかった。
「いいところに来た」
魏無羨は藍忘機の隣に並び、彼の方を見ると、大きく頷いた。
「藍湛、散歩に付き合え」
「うん」
魏無羨は藍忘機が視線を動かすたびに、自分もその方向へ顔を向ける。ニコニコと笑う彼を見て、藍忘機も優しく微笑む。
時折、魏無羨がよろけそうになると、藍忘機が支えた。
二人はそんなことを繰り返しながら、ゆっくりと歩いて行った。
「あれ?」
藍思追は、何かに気付いたように声をあげた。
「どうしたんだ、思追?」
「今の魏先輩、含光君と同じくらいの背丈になってるなって」
吐息
はぁ、はぁ。
思わず吐息が漏れる。肌は汗でしっとりとしている。
「藍湛、無理。無理だって!」
「くっ」
「そ、そんなところ……俺、もう駄目かも……」
藍曦臣は、静室の方をちらちらと見る門弟たちの姿に気付いた。
「みな、どうしたんだ?」
「澤蕪君。静室から……あの……その……」
「えっと……その……なんと申しますか」
門弟たちはもじもじとしていたが、一人が答えた。
「静室から声が……その……声が聞こえるものですから」
藍曦臣が静室の前まで行くと、息も絶え絶えな二人の声が聞こえた。
「藍湛、そんなところに来られたら……俺、もう……」
「魏嬰」
藍曦臣は、中の様子を窺おうとしたが、衝立に遮られて見えなかった。
「あっ……藍湛、俺、もう無理……」
意を決した藍曦臣は、部屋に踏み入った。
彼がそこで見たのは、何色かの円が描かれた紙の上で奇妙な姿勢をとる、魏無羨と藍忘機の姿だった。二人は額から汗を垂らしていた。
近くには、風邪盤に似たものが置いてある。代わりに床に敷いている紙と同じだけの色の円と、手と足の絵が左右それぞれ描かれている。
魏無羨が鬼道で針を動かして、針が止まったところと同じ色のところに、対応する手か足を置くようだ。
そこまで察した藍曦臣は、こちらを窺う二人の視線に気が付いた。
「ほどほどに、な」
そう言って部屋を出ると、後ろから魏無羨が息をつく音がした。
「ふぅー、焦ったぜ。思ったより声が出てたのか。気を付けないとな」
「うん」
「みんな、勘違いして騒ぎになったのかな」
言い終わらないうちに、魏無羨は限界に達し、藍忘機の上に倒れ込んだ。そのまま一緒に倒れ、二人の体は床の上で重なり合う。
魏無羨は汗でしっとりとした衣越しに、藍忘機の体格の良さを実感する。
二人の視線が、交差する。
魏無羨は、にやりと笑った。
「誤解じゃなくしちまうか?」
悪戯(いたずら)
「り、りんごちゃんに眉毛が!?」
魏無羨の声は、雲深不知処内に響き渡った。
何事かと門弟たちが集まって来た。
その中には、藍景儀と藍思追の姿もあった。
「おい、騒がしいな。雲深不知処での大声は禁止だぞ」
「魏先輩、どうされたのですか?」
「見てくれよ!誰かがりんごちゃんに眉毛を書いたんだ!」
魏無羨はみなに見えるように、りんごちゃんの顔を向けた。目の上には、墨で書かれた立派な眉毛があった。
門弟たちはこらえきれずに、一斉に笑い出した。
「おい! 笑うな!」
「可哀想な、りんごちゃん」
「いったい誰がこんなことを?」
門弟のうち何人かが、大袈裟に嘆く魏無羨の横を通り過ぎ、りんごちゃんに近付いた。
「ほら、顔を洗ってあげるよ」
りんごちゃんは、一瞬だけ怯えるそぶりを見せたが、みなの顔を一通り見た後、大人しくついていった。
「藍湛! 藍湛、聞いてるのか?」
夜狩の後、いつものように門弟たちと食事に行った。
酒を飲んだ藍忘機は、やはり眠ってしまったのだった。
「りんごちゃん、大丈夫かな?」
魏無羨はぼそっと呟いた。
「あの、驢馬か」
「お前はいなかったっけ。この間、りんごちゃんに眉毛が書かれててさ。それ以降、人の姿に怯えるようになったんだ」
「私だ」
「え?」
「君を運ぶのは、私の方がうまい」
「ええっと……つまり、藍湛、お前がりんごちゃんに落書きしたのか?」
「うん」
「そういえば、この前飲んだ時、お前途中からいなくなったな……じゃなかった、俺はりんごちゃんに乗って移動するのが好きなんだ、だからさ……」
魏無羨が言い終わる前に、藍忘機が顔を近付けて言った。
「跨るのが好きなのか?」
「え?……ああ、まあ?……ってお前、何してんだ?」
藍忘機が突然跪いたので、魏無羨は慌てた。
藍忘機はそのまま両手を床の上につき、馬のような格好になった。
「乗れ」
「ちょ、ちょっと待てよ、藍湛」
藍忘機は魏無羨の腕を掴むと、彼を自分の腰の上に跨らせた。四つん這いのまま、部屋の中をぐるぐると回る。
「藍湛、勘弁してくれよ」
魏無羨はそうは言いつつも、藍忘機の遊びに付き合ってやった。
しかし、藍忘機が戸を開け、そのまま廊下へ出ようとしたので、魏無羨は必死に抵抗した。
「おい! どこ行くんだ!?」
「藍湛! 人に見られたらどうするんだ」
「藍兄ちゃん、お願い〜」
魏無羨は周囲の物に手当たりしだい掴まろうとしたが、藍忘機の方が力が強く、廊下に出てしまった。
ふと視線に気付くと、声を掛けに上がって来たのであろう、藍思追の顔があった。
「わ、私たちは先に戻りますね」
「ま、待て、思追! 今のは……藍湛、降ろしてくれ!」