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    invitation



    その日、ホワイトハウスは久し振りの華やかな雰囲気に包まれていた。
    あのホワイトハウス陥落事件の後、大規模な修繕が行われ、元の美しい白亜の館の姿を取り戻した。
    そのお祝いとして、ささやかなパーティーが開かれていた。かなり規模の大きなものを実施する計画だったのだが、大統領の意向により、あの事件の功労者を招いての小規模のものとして開催されていた。
    晩餐会のような堅苦しいものではなく、セミフォーマルな立食パーティーである。ホワイトハウスの再建祝いだけでなく、あの事件での労いの意味もあるのだろう。
    あの事件でひどいPTSDに悩まされた関係者も少なくない。ホワイトハウスが元の姿に戻ることで、事件の爪痕も薄れ、多くの関係者もあの事件を過去のものと見ることができるようになったということだろう。
    そんなパーティー会場の片隅で、マイクはタキシードに身を包み、警護に当たっていた。
    マイクの他にもタキシード姿の男性護衛官や、ドレス姿の女性護衛官達がパーティー会場の片隅に控えていた。
    護衛官どうしで連絡を取り合いつつ、会場内の様子を見守る。来賓達は多くは政府や軍、議会の高官たちで、顔なじみの者が多いようだ。また、同じ困難を乗り越えた仲間達であるおかげか、全体的に和やかで活気がある雰囲気だった。
    ホストである大統領は、グラスを片手に来賓たちの間を挨拶して回っていた。
    「マイクも少しは混ざってきたら?」
    と、声をかけてきたのは、大統領の一人息子、コナーである。マイクは会場に目を向けたまま、苦笑を浮かべる。
    「気持ちは嬉しいが、職務中だ。」
    「父さんもリンも参加して良いって言ってたんでしょ?」
    むしろ参加してほしそうだったけれど、というコナーの言葉に、マイクは肩をすくめる。
    マイクもこのパーティーの主賓の一人として招待を受けてはいた。だが、マイク自身は、大統領の護衛官(当時は元だったが)の一人として、成すべきことをしただけで、このような場でわざわざ持ち上げられるためにしたわけではない。
    今は護衛の一環として会場にいるだけで、主賓としての参加は固辞していた。
    「こういう華やかなのは苦手でね。」
    「パーティーでの護衛なんて何回もやってたじゃない。」
    コナーが不思議そうにマイクを見上げた。マイクは小さく溜息を吐く。
    「護衛として参加する分には構わないさ。俺達は壁になっていれば良い。だけどな……」
    「だけど?」
    「議員でも高官でもない、ただの護衛官が主賓としてって言われてみろ。」
    場違いにも程があるだろ、とマイクは渋面を作る。コナーがくすくすと笑い声を漏らす。
    「あの時、護衛官でもなかったのにホワイトハウスに乗り込んできた人の言葉とは思えないよね。」
    「それはそれ、これはこれ。」
    澄ました顔で言えば、コナーが楽しそうに笑い声を上げる。
    「でも、父さんからの頼みを断っちゃって良かったの?」
    さすが大統領の息子、痛いところをついてくれる。
    大統領から直接招待状を手渡され、ぜひ参加してほしいと期待のこもった目で言われてしまい、その場ではさすがのマイクも断り切れなかったのだ。
    わざわざ一護衛官である自分を招待してくれる彼の気持ちは嬉しくはあったが、あの事件の関係者が集まるとなると色々と厄介で、大統領には悪いが招待客として参加はしたくないというのが正直な気持ちだった。
    結局、少し考えますと曖昧に回答を保留し、後日シークレットサービス長官のリンを通して断ってもらったくらいなのだ。
    「まあ、この通り職務があるから仕方ないさ。」
    「ふうん」
    コナーはあまり納得していない様子でマイクを見ていたが、マイクは警護任務中であるという顔を会場内に向ける。半ば強引に誤魔化す姿勢だった。誤魔化しついでに大統領の様子をうかがうと、トランブル議員に注がれたワインを口にしているところだった。彼はあまり酒に強くないはずだが、今日は随分と飲んでいる。まさか泥酔するようなことはないだろうが、少し心配になる。
    マイクの視線に気付いたのか、ベンが顔を上げ、マイクとコナーのいる方へ目を向けた。一瞬、彼が眉をひそめ、咎めるような視線を向けたような気がする。さすがに断っておいて会場警護をしているのはまずかったか、などと考えている間に、彼は普段通りの人当たりの良い笑顔を作り、コナーに手招きをした。
    「コナー、呼ばれてるぞ。」
    「大統領の息子はつらいね。」
    冗談めかした口調で言うコナーを笑って見送り、会場の警護任務に戻る。
    ちらほらと帰り支度を始める者も見えている。あと30分もすればお開きになりそうだ。
    マイクは姿勢を正し、警戒を強めた。




    パーティーが終わり、客たちが帰った部屋に、ベンが疲れ切った様子で座り込んでいた。片付けはホワイトハウスのスタッフ達が済ませてくれたので、部屋はもういつも通りに片付いている。コナーは遅い時間だからと10分ほど前に部屋に返されている。
    護衛官達は既に配置場所に戻っている。部屋に残っているのは、今日の大統領付き担当であるマイクくらいのものだ。
    普段のパーティーではほとんど酒を口にしないベンだが、今日はかなり飲んでいたようで、終盤には少し足元がふらついていた。
    マイクはスタッフに用意させておいた水をベンに差し出した。
    「今日は随分と飲んでいましたね。」
    「ああ、ホストともなると、どうしてもね。」
    ベンが苦笑を浮かべてマイクから水を受け取る。アルコールのせいか、普段は白い頬に赤みが差し、理知的な青い瞳はどこかぼんやりと緩んで見える。水の入ったグラスを受け取ったまま、ぼうっとした様子を見ていると、かなり不安になる。
    「大統領?」
    声をかけると、ベンはぼうっとした様子でマイクに目を向けた。彼がここまで酔っているのは初めて見る。
    「少し、水を飲んだほうが良いかと。」
    「え、ああ、そうだね。」
    大丈夫だろうかと思いつつ、水を勧めると、彼は素直にグラスに口を付ける。彼の様子を見ていると、医務室のスタッフを呼んだほうが良いように思えてくる。マイクとしては珍しく、判断に迷っていた。
    「――マイク、どうして断ったんだ。」
    「は?」
    突然のベンの問いかけに、考え事をしていたマイクは思わず抜けた声を返してしまった。声の主に目を向けると、少しむくれた顔をして、マイクを見上げていた。
    「今日の。」
    「いや、その、職務が」
    短く告げた鋭い声に、少しひるむ。マイクが口ごもっていると、ベンが不機嫌そうな半眼を向けた。
    「職務のことなら気にしなくて良いと私もリンも言っただろう。」
    納得させられるだけの答えを言ってみろ、そう言わんばかりの視線である。コナーに言ったような言い訳では、彼は納得しないだろう。マイクにしてみれば、なぜ彼がそこまで自分をパーティーの場に呼びたかったのかが謎で仕方ないのだが。
    「護衛官も、不足しているわけではないんだ。それでも抜けられないような仕事があったと?」
    「確かに、十分というわけではないですが、あの頃のように不足しすぎているというわけではないです。」
    マイクは彼の指摘に正直に答える。あの事件で大勢の護衛官が殉職し、事件直後は補充もままならず、常に人員不足だった。今は通常シフトで回せるくらいには人手は足りている。ベンの指摘の通り、マイクばかりが警護している必要はないのだ。
    「だったら、どうして。着ていく服がないとでも?」
    「そういうことにしておいて下さい。」
    彼の軽口に乗って、この話題は終わらせたかったが、ベンの視線は、今着ているタキシードはなんなんだ、と言いたげであった。何故彼がここまで追求してくるのか、マイクには本当に理解できない。うやむやにするよりは、きちんと聞いた方がお互いのためには良いのだろう。マイクは小さく溜息を吐く。
    「逆にお尋ねしますが、なぜ俺にそこまで出席させたかったんです?」
    マイクの問いに、彼は不思議そうに瞬きをした。
    「命の恩人を労いたいと思うのはおかしいのか?」
    「命の恩人だなんて、大げさです。あれは……」
    言いかけて、マイクは言葉を止める。
    振り返ってみれば、あれは何だったのだろう。護衛官としての職務、それよりも先立つ何かがあった気がする。それ以前に、あの時はただの内勤職員に過ぎなかった。それでも、ホワイトハウスの変事を聞いて駆けつけずにはいられなかったのは何だったのか。多分、友として、だったのだと思う。そういうことにしておこう。
    だが、これはマイクが一方的に抱いている思いに過ぎない。だから、ここで言うべき答えは決まっている。
    「――職務として、です。」
    マイクの答えに、彼がわずかに目を伏せた。
    「――それでも、救ってくれたことには変わりないだろう。」
    ぽつりと呟く声に、どこか寂しそうな色を感じたのは、マイクの感傷だろう。
    彼の友でありたいという思いはある。だが、立場が違いすぎる。そして、自分は護衛官だ。彼に何かがあった時に、盾として死ぬのが役目だ。自分が死んだ時に、彼に負担をかけるわけにはいかない。だから、距離を作っておくべきだ。あの事件で殉職した者達を見て、そう思ったのだ。
    「そんなに言うのだったら、命令でもなんでもすれば良かったじゃないか。」
    突き放すように告げる。彼への忠誠は、ずっと変わらない。むしろ、あの事件があったからこそ深まったと言える。だから、彼のためにもある程度の距離は必要なのだ。そう、自分に言い聞かせる。
    マイクの言葉に、ベンが目を上げた。青い瞳には、酒精の熱だけではなく、強い感情の熱が込められていた。それは、怒りだった。
    「君は、私を、そんなつまらない男だと思っていたのか。」
    「ベン?」
    「友を命令で従わせるような、つまらない男だと思っていたのか、マイク・バニング?」
    ベンの言葉に、マイクは額を押さえる。
    ああ、この人はいつもこうだ。いとも容易く人の懐に入り込み、その決意を揺るがせる。とんでもない人タラシだ。
    「命の恩人なんてただの口実だ。ただ、誇るべき友を招きたかっただけだ。そんな小さなことも許されないような立場なのか。」
    彼の静かな言葉が刺さる。
    とっくに彼は、自分を友だと思ってくれていたのだ。それなのに、突き放すような真似をして、何が彼のためだ。盾になって死ぬ、違う、殺される前に殺してやればいい。死ぬ気で生き抜いて、最後まで彼の横で笑っている、それが自分のあるべき姿だ。こんなことに気付いていなかったなんて、自分はなんて大馬鹿者なのか。
    マイクは笑い声を上げた。
    「マイク、聞いているのか?」
    ベンの咎めるような声に、マイクは笑いながら肯く。
    「聞いている。俺が悪かった。次は、断らないから。」
    「本当だな?」
    「ああ、約束する。」
    マイクが真面目な顔で肯くと、ベンは嬉しそうな笑顔を見せた。この笑顔が見られるならば、どんなことでもできる気がしてくるから恐ろしい。
    「――良かった。」
    ベンがなにか小さく呟いたような気がしたが、マイクにはよく聞こえなかった。聞き返したが、何でもない、と彼は曖昧な笑みを見せるだけだった。
    「さて、そろそろ部屋に戻ろうかな。」
    「そうですね、明日も早いですよ。」
    立ち上がろうとしたベンが、よろめき、元の椅子に腰を落とした。彼は何が起きたのかわからない、といった様子で瞬きをしている。
    「……ベン?」
    「なんだろう…ふわふわする?」
    自分の状態を疑問形で言われても困る。マイクは溜息を吐く。
    「もしかして、まだ酔っている?」
    「そうかなー、なんか立てそうにないかも。」
    先程までの真面目な態度はどこに行ったのか、ベンが困ったような笑い声を上げる。そして、その笑い声には、普段にはないような妙な抑揚がついている。これは酔っているに違いない。
    「やっぱり医務室スタッフを呼んでくるか。」
    踵を返したマイクのタキシードの裾を、ベンがつかむ。彼に背を向けたまま、顔だけ後ろに向ける。ベンがふにゃりとした笑顔を見せていた。
    「マイク、部屋まで頼む。」
    「頼むって何を?」
    「連れて行ってくれればなんでもいいよ。」
    ベンの言葉に、何を言わんとしているのかを考え、マイクはいやいやいや、と首を横に振る。マイクが彼を部屋まで連れて行くとなると、肩を貸す、担ぐ、おぶる、抱き上げる、の選択肢はあるが、職務中は緊急事態を除いて護衛対象に触れるべきではない。そしてこれは緊急時とは思えない。
    はやく、と言わんばかりにベンが手を差し出す。
    「職務中!職務中ですから!!」
    マイクは首を激しく横に振り、落ち着け、と手をかざす。
    むしろ自分の方が落ち着くべきだと頭の隅で訴える声があるような気がするが無視するものとする。
    「職務じゃないのにあんなところを触ってきた男の言う言葉かな。」
    と、ベンが笑って自らの脇腹に手を当てる。彼の触れているあたりには、銃創の痕がある。ホワイトハウス事件の時に負ったものだ。あの時は緊急対応で応急手当をしたのであって、決してやましいことはしていない。
    「あれは緊急時です!そう意味深に言うのはやめましょうね!?」
    マイクの必死の訴えにベンがけたけたと笑う。なんて厄介な酔い方だ。
    「緊急時なら良いんだね。」
    「はあ」
    「じゃあ、あと二杯くらい強いお酒を飲んだら……」
    「急性アルコール中毒になる気かあんたは!!」
    思わず強い口調でつっこむが、ベンは堪えた様子もなく、相変わらず笑っている。大丈夫かこの酔っ払いは。
    「とりあえず、もう少し水を飲んで様子を見ましょう。」
    「マイクが連れて行ってくれればいいんだってば。」
    「だーかーらー!!!」
    酔っ払いとの堂々巡りという厄介な事態に陥り、マイクは嘆きの叫びをあげた。
    この後、数回同じようなやりとりをして、ベンが寝落ちたため、マイクは無事に彼を私室まで送り届けることができたのだった。







    数日後、コナーに会ったマイクは、ベンの酒癖について尋ねていた。
    「コナー、ベンはあんな厄介な酔い方をするのか?」
    「ああ、あの日はひどかったね。」
    コナーが苦笑を浮かべた。マイクはあの日のことを思い出し、げんなりと肯いた。
    「父さん、基本的にはお酒飲まないんだけどね。近くに信頼できる人がいると飲み過ぎちゃうみたいで。」
    「へえ。」
    「母さんが生きてた時はよくああなってたけれど、この間は、本当に久しぶりに見たよ。」
    信頼できる人が傍にいたんだね、と大人びた口調でコナーが言う。マイクはあの日のことを思い出すが、普段ホワイトハウスでよく見かける人間しかいなかった気がする。
    「そんな奴、あの日はいたかな?」
    「いたよ。今もいるし。」
    コナーの意味深な笑顔に、マイクは首をかしげる。
    「今も?」
    「うん。マイク、父さんにお酒に誘われたら、覚悟しておいた方が良いと思うよ。」
    「は?」
    「じゃあ、僕はアイスを買いに行くから。」
    コナーが身を翻し、軽やかな足取りで去っていく。
    「コナー、今のはどういう意味だ?」
    マイクの問いかけに、彼は手を振るだけだった。
    「マイクって、意外と鈍いよね。」
    廊下を歩きつつ、コナーは小さく呟くのだった。
    七宝明 Link Message Mute
    2022/07/01 22:16:04

    invitation

    OHF後でLHF前な感じです。 #LHF #OHF

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