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    いつものように執務室に入り、次々と降りかかってくる仕事に優先順位を片付けていく。大統領であるベンジャミン・アッシャーの日常だ。
    補佐官や長官たちの日例報告が終わり、緊急の案件をいくつか片付けて午前が終わりかけていた。
    休憩でもとろうと、ベンは書類を片付けて席を立った。護衛官が控える場所に目を向け、今日はマイクの姿を見ていないことに気が付いた。
    マイクは朝から勤務の予定だったはずだ。彼は出勤してくるとまずベンの元へ挨拶に来るし、いつでも一番近くで護衛に当たっているので、非番やトレーニング期間以外で彼の姿を見ない日というのはないのだ。
    それなのに、今日はまだ姿を見かけていない。珍しいこともあるものだな、とベンは深く考えずに休憩に入った。
    軽食をとって執務室に戻り、ベンは予想もしていなかった光景に目を丸くした。
    「大統領、おはようございます。」
    休憩中に出勤してきたらしいマイクが、何事もなかったように一礼する。ベンはその姿に目を瞬かせた。
    「マイク……その姿は……?」
    「業務に支障はありません。お気になさらぬよう。」
    マイクは聞いてくれるな、と苦い顔をして言う。そうは言っても、気にするなという方が無理な話だ。
    彼の精悍な顔には大きめの絆創膏が貼られ、袖口からは包帯がのぞいている。なにより目を引くのは松葉杖だった。足を痛めているのか、片足は革靴ではなくサンダルだ。
    はっきり言って、かなり重傷に見える。だが、マイクは何事もない普段通りの様子で立っている。マイクの全身を眺め、見るからに痛々しい姿に、ベンは顔を歪める。
    「その言葉に説得力が感じられないんだが。」
    マイクは怪訝な表情を見せ、自らの姿を見下ろした。そして、何か問題が、とばかりに肩をすくめる。そんなマイクの様子に、ベンは溜息を吐く。
    「どうみても重傷だ。何があった?」
    「医者が大げさなんですよ。普通に動けます。むしろ包帯が邪魔なくらいで。」
    医者に行く、もしくは連れて行かれるくらいの怪我のはずなのだが、マイクは全く堪えていないようで、今にも包帯やテーピングを引き剥がしそうな勢いだ。そして、武器を公然と携行できるのはありがたいですが、と松葉杖を振り回そうとするからこの男は恐ろしい。ロンドンで、角材を使って敵を窒息死させていたことを思い出し、薄ら寒くなる。ベンは思わず自分の首をさする。ベンの様子を見たマイクがニヤリと笑う。
    「通常装備にナイフはないからな。」
    「思い出すからやめてくれ。」
    ベンが渋い表情を作ると、マイクは愉快そうに笑う。まったく性格の悪い護衛主任である。
    「マイク、それよりも、説明を。」
    やられっぱなしも気分が悪いので、反撃に出る。どうも先程から、マイクは話題を怪我からそらそうとしている様子が見える。ベンの追及に、マイクが目を逸らし、小さく罵声を零した。
    「さすが大統領、追及に容赦がない。」
    「君が妙にはぐらかそうとするからだろう。」
    彼の真似をしてニヤリと笑って見せると、マイクは深い溜息を吐いた。そして、渋々と口を開く。
    「――昨夜、車に撥ねられたんです。」
    「………はぁ?」
    車に撥ねられた人間がこうもぴんぴんしているものだろうか。聞き間違えかとマイクを見るが、彼は苦々しい顔をしている。冗談を言っている顔ではない。
    「撥ねられた? 車に?」
    「そう言ったでしょう。」
    何度も言わないでくれ、とマイクの顔には書いてある。しかし、護衛官の怪我ともなると追求しないわけにもいかないし、業務上の怪我ならば保障なども必要になってくるはずだ。
    「業務中に何か問題が?」
    「まさか。業務中なら装甲車だろうと跳ね返しますよ、俺は。」
    冗談とも本気ともつかない顔で彼が言う。仕事中のマイクならば、ぶつかった装甲車の方が壊れるかもしれないと思えてしまうから恐ろしい。
    「じゃあ、プライベート?」
    「そうです。」
    「……なんでまた?」
    「……リンが道路に飛び出して、それを庇っただけです。」
    「それは一大事じゃないか、リンちゃんは無事なのか?」
    「俺が守ったんです当たり前でしょう。」
    おかげでこのザマですが、とマイクは苦々しく溜息を吐いた。そんな事情があったのならば、やはり無理に仕事をさせるわけにはいかない。
    「マイク、今日は休みなさい。」
    「だから、業務に支障はないと言ったはずです。」
    「……ふうん。」
    強情に言い張るマイクの傍に歩み寄る。マイクは梃でも動かない、という決意を固めた目でベンを見ていた。ベンは溜息を吐き、マイクには悪いが、と思いつつ足を振り上げる、そして、サンダル履きのマイクの足を軽く蹴る。マイクが言葉にならない悲鳴を上げ、足を押さえてしゃがみ込んだ。マイクも痛がるんだ、と不思議な感動を覚える。
    「ベンっ……っ!!!」
    「ごめんごめん。」
    涙目のマイクという貴重な姿に、少し罪悪感を覚える。だが、この様子では今日は無理をさせない方が良いだろう。
    「とにかく、マイク、今日は休みなさい。そして、ちゃんともう一度医者に行くこと。わかったかい?」
    諭すように言う。しかし、マイクは納得できない、という様子でむくれた顔をしている。まったく、言うことを聞いてくれない護衛主任である。
    「マイク、気持ちは嬉しいが、私の心配事を増やさないでくれ。」
    「俺の警護がない方が、心配事が増えるだろうが。」
    今にも噛み付きそうな顔でマイクが言う。大した自信である。彼の言う通り、マイクがいないのは色々な意味で不安が多いが、今の状態ならば彼がいる方が不安である。だから、休んでほしい、そう正直に伝える。それでもマイクは納得していない様子で、首を縦に振ろうとしない。こうなれば最終手段だ。
    「ちゃんと治ったら、君の気が済むまで警護させてやるさ。」
    「ほう、言ったな、ベン?」
    マイクの目に何かよからぬ色が閃いている気がする。これは、失敗だったかもしれない。ベンは自らの失策を悟った。だが、一度言い出してしまったものは取り下げるわけにもいかない。ベンはマイクの様子には気が付かなかったことにして、肯いてみせた。
    「ああ、二言はない。だから今日はおとなしく帰りなさい。わかったね?」
    「わかりました。」
    ようやくマイクが肯いた。そして、失礼します、と足を引き摺りつつ執務室の出口へ向かう。さすがに蹴るのはまずかったか、と思い、マイクに一言謝ろうと口を開きかける。その時、マイクが何かつぶやいているのが聞こえてきた。
    「速攻で治して戻ってこよう。」
    謎の執念を感じる呟きに、ベンは口を閉ざし、目をそらした。
    マイクが何を狙っているかはわからないが、とにかく自分の覚悟ができるまでは戻ってきませんように。
    密かに願うベンであった。




    三日後
    今日は忙しい日だ。朝食後のコーヒーもゆっくり飲む時間がなかった。行儀が悪いとは思ったが、タンブラーに入れてもらったコーヒーをすすりつつ執務室へ向かう。
    「大統領、おはようございます。」
    執務室の前で出迎えた護衛官の姿に、ベンはコーヒーをふきだしかけた。すんでのところで抑えたが、変なところに入ったらしい。むせて激しくせき込むベンに、マイクが呆れた様な顔を見せた。
    「ベン、行儀が悪いぞ?」
    「誰のせいだと……」
    どうにか息を整えてマイクを見る。まだ多少包帯が見えるが、松葉杖は不要になったようで、スーツに革靴といういつも通りの隙の無い姿だった。提出させた診断書には骨にヒビが入ったと書いてあったはずなのだが。
    「俺のせい? あなたが心配でたまらないから死ぬ気で休んで治してきたのに?」
    マイクは溜息交じりに肩をすくめる。死ぬ気で治すというわけのわからないことを真顔で言うこの男はなんなんだろうか。あと怪我というのはそういう気合のようなもので治るものなのだろうか。マイクが意味の分からない発言をすることは、わりとよくあることなので、ベンは追及しないことにした。
    「それにしてもマイク、体は良いのか?」
    「だから、死ぬ気で治したって言ったでしょう。問題ありません。」
    マイクは真顔で言う。顔の絆創膏はなくなっているが、擦り傷の痕がまだ痛々しい。本当に本調子なのかは見た目からは読み取れないが、先日に比べてしっかりとした立ち姿なので、心配はないのだろう。それにしたって死ぬ気で休むというのはやはり意味がわからない。
    「君が大丈夫だというのならば、信じるよ。」
    本音は半信半疑というところだが。ベンは執務室に入るために、マイクの前を進む、そして、軽く足を振り上げる。マイクが愉快そうに笑った。そして、足元に軽い衝撃。マイクに足払いをかけられたのだと気が付いた時には体が傾いていた。
    「!?」
    マイクはベンの腕をとって支える。周囲から見れば、少し躓いただけに見えるだろう。マイクが意地の悪い笑みを浮かべていることに気が付かなければ。
    「ベン、問題ないと言っただろ?」
    「そうみたいだね。」
    先日のように蹴りを入れようと思っていたのがばれていたらしい。問題がないことを伝えるためにこういった仕返しをしてくるのだから、意地の悪い護衛官である。おかげで、マイクが無駄に元気らしいということはよくわかった。
    ベンは溜息を吐いてマイクから離れる。
    「この通り、俺は元気ですからね。」
    念を押すようにマイクが言う。先日口を滑らせたことをしっかりと覚えていたらしい。ベンは苦い顔をしてマイクを見る。
    「わかっているよ、約束は守るさ。」
    マイクが嬉しそうに笑う。気が済むまで警護、という条件でなぜそこまで喜ぶのか、ベンにはよくわからない。
    小さくガッツポーズまでしているから本当に意味が分からない。ベンはマイクから目をそらし、執務室の扉を開ける。なぜかマイクもそれに続こうとする。
    普段は待機場所に控えているはずなのだが。ベンは怪訝な顔でマイクを見上げる。
    「俺の気が済むまで警護させてくれるんでしょう?」
    「気が済むまでってそういう意味なのか?」
    「他にどういう意味が?」
    マイクがきょとんとした顔でベンを見下ろしていた。ベンは色々とどうでもよくなった。そして、今日はマイクのことは気にしないようにしようと決心し、執務室へ入った。



    「マイク、いい加減に気は済んだだろう?」
    「まだです。」
    夜、居住区の入口である。ついてこようとするマイクをどうにかとどめようと、二人は扉をはさんで言い争っていた。どうにか扉を閉めてマイクを帰そうとするベンと、その扉に足をねじこんで絶対に閉めさせてなるものかとよくわからない執念を感じさせるマイクである。
    「今日一日あれだけべったりだったのに、まだ気が済まないのか!」
    ベンが呆れた顔を見せても、マイクはお構いなしである。執務室での書類仕事中もずっと見ているし、会議にもぴったりとくっついてくるわ、議員や長官との個別の相談にも同席するわで警護なのかなんなのかもはやよくわからない何かになっていた。そして、周囲もマイクに対して何もつっこまないから恐ろしい。ベンとマイクのことを周囲がどう思っているのかとても気になるが、聞きたくない気もする。
    そんな感じの一日で、どうみても十分すぎるくらい十分な警護をしたはずなのだが、護衛主任殿はまだ足りないらしい。
    「あなたがきちんと眠るところまで見届けたら満足です。」
    「やめてくれよ子供じゃないんだから。」
    真顔で言うマイクに若干ひきつつ、ぼそりとこぼす。マイクが敬語で言っているので、これは冗談ではなく本気らしい。
    「しょっちゅう不眠になっているじゃないですか。心配なんですよ。」
    「それはそうだけど、最近はちゃんと寝てるし、今ももう眠いから。もうすぐに寝るから。」
    頼むからこれで勘弁してくれ、と言ってもマイクは首を縦に振ろうとしない。むしろさらに足をねじこんできている。こわい。
    「それなら好都合です。ちゃんと寝顔を確認したら帰りますから。」
    「どこがどう好都合なのかまったくわからない!」
    ベンの嘆きもマイクには伝わらないようで、足をねじ込むだけでは足りなくなったマイクが、扉の端を片手でつかんだ。そして、片手でぐいぐいと扉を開いていく。ベンが両手で全体重をかけて閉めようとしていたのに、マイクは軽々と開けていく。軽くホラーである。だがここで負けるとマイクが寝室まで警護にきてしまう。寝顔を見られるのは少し恥ずかしいかななんて思っている場合ではない。
    ベンは必死の抵抗をこころみるも、テロリスト100人も簡単に蹴散らす護衛官の前では無力だった。なすすべもなく開く扉を、ベンは呆然と見ていた。
    全開になった扉の前で、マイクが爽やかに笑う。
    「さあ、ベッドに行きましょうか?」
    ベンは頭を抱えてしゃがみ込んだ。そして、二度とあんな提案はするまいと固く誓った。




    七宝明 Link Message Mute
    2022/07/05 21:49:19

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    「ベンと怪我らしい怪我をしたマイク」というお題をいただきました。ロンドン事件後1~1年半くらいの気分。
    ただひたすらに軽いおはなしです。 #OHF #LHF

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