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    呉藍
    この歳になって女物の小袖を着ることになるとは。ハンゾウは自らの姿を無感情に見下ろしていた。若い時分は女性に化けての仕事も多くこなしたが、二十を少し過ぎた頃にはそういう仕事は回ってこなくなっていた。それなのに、なぜ今更この手の仕事が来るのか。ハンゾウはよどみなく手を動かして装いを整えていく。変装は隠密の仕事の基本であるし、しばらくやっていなかったとはいえ、若い時分は慣れる程やっていた身繕いだ。やるべきことなど体に染みついている。普段は総髪にしている髪を、どうにか町人の娘らしく見えるように整える。登城の度に城勤めの者達に月代を整えろと口うるさく言われていたのをのらりくらりとかわしておいたのが役に立った。髭を落とした顔に、軽く化粧を施す。全ての身支度を整え、ハンゾウは自身の姿を確認する。
    昔取った杵柄というやつか、女性の中に混ざっても、違和感はない見た目に仕上がっている。問題は、ハンゾウの背が女性としては高すぎることなのだが。先方の指示とはいえ、無茶が過ぎるのではないか。そんなことを考えつつ所作の確認をしていると、部屋の前に人の立つ気配があった。ハンゾウが襖を開けると、配下の驚いた顔があった。
    「どこのお嬢さんが迷い込んだのかと思いましたよ。」
    「こんなでかい娘がそうそういるものかよ。何用だ。」
    「頭領の引き受けた仕事について、話があるという御仁がお待ちです。」
    「まったく、間が良いのか悪いのか。」
    ハンゾウはぼやきつつ部屋を出た。その後ろ姿を見送った配下の者が零した、可憐だ、という呟きはハンゾウの耳には届かなかった。


    「良い出来じゃねえか。」
    「これくらい造作もない。が、いくらなんでも無理があろうよ。」
    ハンゾウは目の前に座る客人へ半眼を向けた。同心姿で笑っている客人は、本来は城勤めの役人だ。城勤めをするような真っ当な武士は、ハンゾウのような忍びを忌み嫌う者が少なくない。この客人はかなりの重役に任じられている者なのだが、お上からの仕事の繋ぎとしてハンゾウをはじめとする白井流の者達の元へよく顔を出すような男だ。繋ぎだけでなく、何かと白井流の者達が不便をしていないか気に掛けるような変わり者である。本人曰く、先の戦でハンゾウに助けられた恩があるとのことで、色々融通してくれているそうだ。ハンゾウには彼を助けた覚えが全くないのだが、先の戦の様を思い出すと、覚えのない恩の一つや二つはあるのだろう。そんな経緯で、客人とはそれなりに長い付き合いではあるので、お互いに気安いやりとりをする程度の間柄ではある。
    「無類の大女好きなど、長いことこの手の仕事はしているが、聞いたことがない。」
    「俺も冗談かと思ったんだが、本当なんだよ。だからお前さんにしか頼めないって言ったんだ。」
    客人はハンゾウの姿を眺めて肯く。先程整えたばかりの町人の娘に化けた姿である。
    「背丈、器量の条件がそろって、お前さんの手練手管があれば余裕だろ。」
    こころおきなく落としてやれ、などと無責任なことを客人が言って笑う。ハンゾウは暢気なことを言う客人を無言で睨む。
    「すまん、落とせというのは冗談だ。ああでも懇ろになって誑し込むのも手としては有りか。」
    「貴様から落としてやっても良いのだが?」
    「うっわ怖い。一瞬それも良いかなと思えるのが怖い。」
    軽口を叩く客人に、ハンゾウは溜息を吐く。この男は一度痛い目に遭わせてやったほうが良い気がする。そのうち部下達に色仕掛けの練習台として使わせようと考えつつ、本題から外れすぎていた話を元に戻す。そもそもこの男は仕事の確認に来たのだ。
    此度の仕事は、ある商家の主に接触して情報を引き出すこと。仕事としては、よくあるものだ。わざわざ担当者にハンゾウを指名した上で、町娘に扮して近付くこと、という先方からの指定がなければの話だが。最初に内容を聞いた時は、発案者の正気を疑い、何度か確認したのだが、指定内容は変わらなかったため、今ハンゾウは指定された姿に扮しているわけだ。
    「要約すると、大女好きとかいう標的を籠絡して、情報を引き出せということだな。」
    ハンゾウがざっくりとした概要を口にする。先に知らされていた内容と、先ほどまでの雑談と追加の説明を聞いた上でのまとめだ。
    「ああ。今回は殺しじゃなくて継続的な情報収集が目的だ。」
    客人は肯き、言葉を付け足した。
    「期間は?」
    「必要な情報を全て引き出せるまで。」
    「曖昧だな。」
    別件の仕事も入っているので、あまりこの妙な仕事にかかりきりになるわけにもいかないのだが。渋い表情を作るハンゾウを見て、客人が苦笑を浮かべる。
    「隠密に焦りは禁物と前に言っていなかったか?」
    「それを覚えているのならば、仕事を回す量を調整してもらいたいものだな。」
    「別件の方は後ろ倒しで良いと許可をとってある。安心してのんびり取り掛かってくれ。」
    「調整済みだというのなら構わん。ただ、あまり長引くようなら短縮させる手段をとるのでそのつもりでいるように。」
    「それはお前さんの手腕次第だろうよ。大丈夫だっていけるいける。」
    無責任なことを言う客人を張り倒したくなるが、どうにか堪える。
    「あと知っておくべきことは?」
    「標的との接触場所は押さえてあるから、準備ができたら何時からでも始めてくれて構わない。途中経過の報告は三日に一度。繋ぎの方法は別途知らせる。こちらからは以上。」
    「承知した。」
    「ちなみに、接触場所はこれ。」
    客人から差し出された紙を受け取り、ハンゾウは目を瞠った。
    「これは……!」
    「そう、団子が美味いと密かに評判で、隠れた名店のとある茶屋だ。今回はその売り子の枠を押さえておいた。」
    「だんご……。」
    「売り子の仕事を頑張ると賄いでいっぱい食べられるかもな?」
    「いや、別に団子のためではないぞ、お役目だからしかたなく、だ。」
    「わかってますよ。それじゃ励んでくださいな。」
    客人は軽い調子で言って立ち上がり、去っていった。受け取った紙をしばらく見つめていたハンゾウは、それを丁寧に折りたたんで懐に入れた。そして、善は急げとばかりに猛烈な勢いで仕事の支度を始めるのだった。



    「姉さんこっちにお茶一つ!」
    「こっちも頼むよ。」
    「はい、すぐにお持ちします!」
    あちこちから飛ぶ注文の声を、ハンゾウは次々と捌いていく。隠れた名店、どころか、普通に流行の店として通るくらいの繁盛である。繁盛する店で売り子の完璧に仕事をこなしつつ、隠密としての仕事を遂行する。誰だこんな無茶な案を提案した奴は。ハンゾウは頭の中で話を持ってきた客人を叩きのめしつつ、笑顔を貼り付けて茶店の客達に注文の品を配膳して回っていた。配下の者でこの仕事に対応しきれる者は少ないだろう。なるほど、自分が指名されるわけだ。ハンゾウは客の中に標的がいないか、目を配りつつ茶店の仕事をこなしていた。
    訪れる客の注文を受け、品物を渡し、代金を受け取って器を下げる。作業手順は多くないが、絶え間なく客が出入りするこの店ではかなりの激務である。ハンゾウがこの店に潜入する前には数人の売り子で回していたらしい。しかし、数週間前に売り子が立て続けに辞めてしまったそうだ。労働環境的な問題ではなく、縁談がまとまったやら、病気の家族の世話をしなくてはならなくなったやらと個人的な事情がそれぞれ重なったことが原因とのことだ。ハンゾウの仕事のためのお上の根回しではないかと疑ったものだが、店主夫婦に話を聞いた上では不自然なことはなかったので、偶然が重なったのだろう。その偶然のおかげで、客人からの紹介状を手に訪れたハンゾウはあっさりとこの店で働くことが決まり、こうして激務に追われているわけだ。
    人の出入りが落ち着いた頃、ハンゾウは空いている席に腰を下ろして一息ついていた。茶を飲みつつ、賄いの団子を堪能する。働き始めてから毎日食べているが、飽きない味だ。
    「いい食べっぷりだねえ、なかちゃんは。」
    団子を食べるハンゾウを見て、女将が笑った。『なか』、というのはハンゾウの偽名だ。
    「旦那様の作るお団子、とっても美味しいから、つい食べ過ぎちゃうんです。」
    ハンゾウは笑って答える。ハンゾウとしては珍しく、素直な感想である。
    「それは団子を作ってるうちの人が喜ぶ言葉だねえ。」
    女将が嬉しそうに笑う。その様子に、仲の良い夫婦なのだろうな、と思う。独り身のハンゾウにはよくわからない感覚だ。
    「そうだ、なかちゃん、休憩が済んだらちょっとお使いを頼みたいのだけれども。」
    「それなら、すぐに行きますよ。」
    ハンゾウは残っていた団子を平らげて、ごちそうさまでした、と手を合わせてから女将に向き直った。言いつけられた用事は、団子の配達だった。常連客相手に、ものは試しと始めたそうだ。こうした努力を惜しまない姿勢が日々の繁盛につながっているのだろう。
    ハンゾウは三軒分の配達用の団子を受け取ると、すぐに店を出た。今は凪の時間だが、あと二刻もすればまたどっと客が押し寄せることだろう。それまでに店に戻らなくては。
    ハンゾウは周囲に不自然に思われない程度の速足で街を歩く。目立たない速度で進んでいるはずなのだが、妙に視線を向けられている気がする。ハンゾウが不審に思いつつ視線を巡らせると、周囲の男性達から視線を向けられていた。奇抜なものを見るような視線ではなく、どちらかと言えば好色な気配を感じる。さすがにこの姿の自分を見て、懸想するような男はいないと思っていたのだが、そうでもないらしい。
    「世の中はわからんな……。」
    ハンゾウは小さくぼやいて通りを進む。視線を向けられるのはあまり気持ちの良いものではないが、害はないものと判断して無視しておく。
    ハンゾウが通りを進んでいると、やけに目立つ長身の人影が見えた。ハンゾウも町衆に比べればかなり背が高い部類に入るのだが、それよりも更に背が高い。なんとなく嫌な予感がする。ハンゾウは恐る恐るその人影に目を向けると、見慣れた顔があった。異国の隠密、ビ・ハンだ。あの男と遭遇すると、ほぼ確実に戦闘になる。ハンゾウは反射的に身構えかけたが、今の自分の姿を思い出した。そう、ちょっと大きいが、無害な町娘の姿である。化粧のおかげで顔の雰囲気はいつもとかなり違うし、髪型も変えている。服装だってその辺の娘に溶け込めるようなものだ。これなら誤魔化せる。下手に隠れようとしたらかえってバレる危険がある。いっそ堂々とすれ違えばいいのだ。ハンゾウは町娘としてそのまま通りを進む。ビ・ハンも真っ直ぐにハンゾウの方へ進んでいた。ハンゾウは真っ直ぐ前を向いたまま、その横を通り過ぎた。すれ違って数歩進んでも、刃が飛んでくることもなければ、呼びかけられることもない。気付かれずに済んだらしい。ハンゾウは心の中で安堵の溜息を吐きつつ、平静な顔で通りを進んだ。
    しかし、このまま大通りを進むと他の顔見知りとすれ違いそうだ。ハンゾウは少し考え、人通りの少ない路地へ入った。この辺りは裏道まで知り尽くしている。用事を済ませて、早く茶屋に戻るためにも近道を使ったほうが良いだろう。軽い足取りで進んでいると、道を塞ぐ人影があった。
    「こんなところを一人歩きなんて感心しねえなあ、おねえちゃんよ。」
    見るからにごろつきといった風体の男達である。そういえば、この辺りは仕事にあぶれた武士崩れがよくたむろしている区域だ。普段の姿ならば絡まれることはないし、絡まれたとしても叩きのめせるので、あまり警戒せずに通っていた。しかし、今のハンゾウは町娘の姿だ。上背があったとしても、女性の姿ならどうにかできると思うものらしい。
    ハンゾウは絡んできた男達をまじまじと観察していた。過去に何度か叩きのめしたことがある顔だ。
    「通りてえなら、どうしたらいいかわかるよな?」
    ハンゾウは男達を眺める。揃いも揃って下卑た笑みを浮かべている。大方金か、色事かの要求なのだろう。近道のつもりが回り道になりそうだ。ハンゾウは溜息を吐き、対応を考える。金の手持ちはないし、色事も論外だ。となると、武力になるわけだが、この動きにくい姿では少し厄介だ。制圧は問題ない。しかし、返り血で汚れると面倒だ。どうしたものか、と考えていると、しびれを切らした男達がじわじわと近寄ってきた。制圧するしかない、ハンゾウがそう決めて、身構えた時だった。ハンゾウの背後から、ものすごい速度で何かが飛んできた。掌におさまる程度の大きさの小石だった。飛んできた小石は、行く手を塞いでいる男の顔面に当たった。よほどの速度だったのか、男は仰け反って倒れ込む。ハンゾウは反射的に建物の方へ体を寄せ、壁に背をつけた。そして、石が飛んできた方へ顔を向ける。背の高い人影だった。ハンゾウはそれを見て顔を顰めそうになるのを必死で堪えた。ハンゾウが目を向けた先には、先程知らん顔ですれ違ったばかりのビ・ハンが立っていた。
    「何だてめえは!」
    ごろつき達の注意がビ・ハンへ向いた。ビ・ハンは男達へ退屈そうな目を向けていて、ハンゾウに注意を払っている様子はなかった。ハンゾウに気付いて追いかけてきたわけではないらしい。ビ・ハンは男達に対して、何か言葉を返していたが、相変わらず異国の言葉だった。ハンゾウにすらわからないのだから、こんな場所でたむろしている男達にわかるわけがないだろう。案の定、男達はわけのわからいことをぬかすな、などと激昂している。完全にハンゾウのことは眼中から消えたらしい。
    ハンゾウはこの好機を逃さず、男達の横をすり抜け、路地を通過した。ビ・ハンがなぜやってきたかは知らないし、興味もない。暇つぶしをするなら自分とかかわりのないところで勝手にやっていればいい。背後から聞こえてきた様々な破壊音は気にせず、ハンゾウは路地を抜けた。追いかけてくる者がいないか注意しつつ通りを進む。しばらく歩いて、問題がないと判断したハンゾウは、手早く用事を済ますべく、歩みを速めた。
    ハンゾウは歩きながら先程の路地でのビ・ハンの様子を思い返していた。ビ・ハンが何故あそこにやってきたのかは謎だが、あれの言動はいつもよくわからない。気にするだけ無駄だろう。かなりの至近距離での遭遇だったが、あの男はハンゾウに興味を示した様子はなかった。ビ・ハンがハンゾウの存在に気付いていて、何の興味も示さないことはないはずだ。多分、あの男はただの町娘と思ったのだろう。あれに気付かれずに済んだのならば、この仕事は上手くいく。そんな確信を抱くハンゾウだった。



    「報告は以上だ。」
    団子を食べつつ、ハンゾウは言った。隣の席には、またも同心姿で現れた客人が座っていた。ハンゾウは町娘姿ではなく、着流しに帯刀した男の姿だ。
    大女好きを籠絡して情報を引き出す、という無茶な仕事は三週間程で片が付いた。その後、一週間で仕事の後始末を終え、最終的な報告を済ませているところだった。場所は、ハンゾウが売り子として働いていた茶屋である。
    「さすが、完璧な仕事だな。」
    客人は目を通していた報告の文書を懐に収め、冷めた茶に口をつけた。
    「最初に話を持って行った時あんなにごねてたのになあ。そんなに町娘はイヤかい。」
    笑って言う客人に、ハンゾウは肩をすくめる。
    「成功する可能性が見えない仕事を持ってくるなと忠告していただけであって、内容に対するこだわりはないさ。」
    「へえ、それなら今度は色仕掛けの話でも持ってこようか。」
    「それが最善の方法というのなら構わんが。」
    「冗談だって。お前はもうちょっと自分を大事にしろよ。」
    「捨て駒扱いの仕事を避けるくらいの分別はあるさ。」
    「そういう意味じゃねえんだが。」
    客人が呆れた様子で呟く。彼が何を言いたいのかよくわからない。首を傾げるハンゾウを見て、客人はやれやれと首を振った。
    「まあいいや、次の仕事はしばらく江戸を離れるんだったか。」
    「ああ、厄介そうな仕事だ。」
    「そうか、生きて戻って来いよ。」
    「誰に対して言っているのやら。」
    ハンゾウが不敵に笑ってみせると、客人もそれもそうか、と笑った。そして、茶を飲み干し、彼は席を立つ。
    「さて、仕事が残っているし、俺は戻るよ。お前さんは?」
    「もう少し団子を堪能しておく。」
    「なるほどな、無事戻ってきたら奢ってやるよ。」
    「それは楽しみだ。」
    軽く手を振って去っていく背中を見送り、ハンゾウは店内を見回した。売り子は三人に増えていた。それでどうにか回っているという様子だ。これを一人で一月近く回し切ったのはさすがにやりすぎたかもしれない。
    「お茶のおかわりはいかがですか?」
    「いただこう。団子ももう一皿頼めるか?」
    「かしこまりました。」
    新人の売り子達も頑張っているようだ。なんとなく微笑ましい気分になりつつ、茶をすする。
    「女将さん、なかちゃん辞めちゃったのかい?」
    「そうなんだよ、気立ての良い子だったんだけどね。親父さんの看病をしなきゃいけないって言うんじゃ引き留めるわけにもいかなくてさ。」
    「そうかあ、そりゃ寂しいね。」
    「そうだねえ。でも、お店は続けなきゃいけないからね。新しい子たちも入ったし、今後ともごひいきにね。」
    「逞しいなあ。」
    常連客と女将の会話を聞き流しながら、ハンゾウは団子を口に運ぶ。この調子なら、潰れる心配もなさそうだ。江戸に戻ってきたときの楽しみにしておこう。
    ハンゾウが団子を堪能しつつのんびりと過ごしていると、不意に視線を感じた。殺気はないが、どことなく粘着質な視線だ。こんな視線を向けてくる者など一人しかいない。ハンゾウは視線を感じた方へ目を向けた。予想通り、見慣れた顔があった。ビ・ハンだ。
    路地裏での遭遇以来だ。もしかしたら、茶屋に来るのではないかと警戒していたのだが、彼は一度も姿を見せなかった。どこかで仕事でもしていたのだろう。自分の仕事さえ邪魔されなければどうでもよいことだが。
    ビ・ハンはハンゾウをじっと見つめると、何かを振りかぶった。白い塊が飛んでくる。ハンゾウはそれを咄嗟に受け止めた。投げつけられたのは紙袋だった。ビ・ハンはハンゾウがそれを受け止めたことを確認すると、満足そうに肯いて人混みへ消えていった。あの男はいつも何がしたいのかわからない。
    ハンゾウは手の中の紙袋を見下ろし、少し迷って袋を開け、中身を改めた。出てきたのは、紙切れと――
    「……紅?」
    化粧に使う紅だった。なぜこんなものをあの男が自分に押し付けるのか。首を傾げつつ同封されていた紙片を見る。書かれていたのはハンゾウにも読める文字だった。誰かに代筆でも頼んだのかもしれない。
    「『紅は濃い方がお前には似合う』……。」
    なるほど、バレていたのか。ハンゾウは納得して肯いた。それから、首を傾げる。何故奴から紅を贈られなければならないのか。今後女性に化ける予定はないのだが。ハンゾウは手の中の紅を見下ろし、考える。
    「今度これで遊んでやるか。」
    そう呟いて、紙袋を懐にしまった。

    ハンゾウの企てが実行されたのかは、また別の話である。

    七宝明 Link Message Mute
    2022/07/03 20:22:18

    呉藍

    ハンゾウが町娘に扮してお仕事する話。本編前。2021映画版の情報のみで構築されています。 #映画モータルコンバット

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