At a coffee shop 2
「マイク、父さんになんかした?」
久しぶりに会ったコナーの第一声はそれだった。マイクは苦笑を浮かべる。
「コナー、久しぶりに会って一番の言葉がそれか?」
「え、ああ、ごめん。マイク久しぶり、元気そうだね。」
とってつけた様な挨拶にマイクは肩をすくめる。コナーから向けられる視線は、なんとなく刺々しい。
「それで、マイク、父さんになんかした?」
「なんかって、何を?」
漠然とした問いかけすぎて、答えようにも難しいものがある。コナーもそのことに気が付いたようで、少し考え込み、口を開いた。
「例えば、食べ物関連とか。」
「思い当たる節はないなあ。」
「そう? コーヒーショップでなんかやったとかない?」
「コーヒーショップ……あ。」
そういえば、数日前に、ちょっとした悪戯をしてベンに拗ねられてしまった。だが、あの時はクッキーを貢いで機嫌をなおしてくれたはず。コナーに気にされるようなことはないと思う。
「その顔は、なんかやったでしょ?」
「ちょっとした悪戯を……でも、その場でちゃんとフォローしたぞ?」
「マイクがフォローできたつもりでも、父さんは納得してないかもよ。」
「いやいや、ベンに限ってそんな。」
「言っておくけどね、マイク、父さん地味に執念深いよ。地味に。」
コナーは何故か地味にの部分を強調している。実の息子が言うのだから、間違いはないのかもしれないが、マイクから見ると、ベンはそれほどしつこい性質ではないと思うのだが。
「まったく、休みに突然呼び出されてコーヒーショップのメニュー講座をさせられる身にもなってよね。」
「今日はベンの顔を見ないと思ったら、そんなことしていたのか。」
マイクがこの家の警護(ということになっている、一応)につくのは基本的に午後からだ。午前中にシークレットサービスの内勤の仕事をして、午後からは外勤という扱いになっている。マイクのこの家への出入りは自由なのだが、今日は入って早々に『本日マイクは二階立ち入り禁止』と書かれた張り紙を発見し、二階に引きこもっているベンと顔を合わせることもなく、手持無沙汰な気分で一階の見回りをしていたのだ。そして先程降りてきたコナーを発見し、今に至る、というわけだ。
「そういうこと。とにかく、マイク、心当たりがあるんだったらちゃんと謝ったほうがいいと思うよ?」
コナーは有益な助言をくれたが、マイクにはやはり心当たりはない。困惑するマイクに、コナーは溜息を吐いた。
「まあ、僕に害が及ばない程度に二人で好きにやっててよね。」
ひどい言い草である。そしてコナーは用事があるから帰る、と逃げるように去って行ってしまった。残されたマイクはもう一度自らの行動を思い返してみるが、やはり思い当たることは何もない。コナーの勘違いだろう、ということにしておく。
しばらくすると、階段を下りてくる足音がした。マイクが扉の方に顔を向けると、ひょいと顔をのぞかせたベンの姿があった。そして、いつもと変わりのない柔和な笑顔を見せる。
「やあマイク、来てたのか。」
「もちろん。勤務時間ですから。」
マイクは仕事熱心だなあとベンがのんきな笑顔を浮かべた。そして、ベンはあ、と小さな声を上げる。
「そうだ、ちょっと買いたい物があるんだ。」
「ショッピングモール?」
「うん、支度してくるよ。」
ベンは身支度を整えるために部屋から出て行った。やはりいつもと変わりはないように見える。コナーの思い違いだろう。マイクはそう結論付けることにした。
「ベン、ちょっと買いたい物があるって言ってたよな?」
マイクはいつかと同じように、大きな荷物を抱えていた。横を歩くベンは澄ました顔で肯く。
「そうだよ。トイレットペーパーの徳用パック。」
品数は少ないからちょっとだよね、と悪びれる様子もなくベンが笑う。言葉だけではベンの言う通りなのだが、かさばりすぎていて、ちょっとというには大きすぎるのではなかろうか。というか、この間の買い出しで買ったはずでは。色々と言いたいことはあるのだが、ベンは荷物を抱えたマイクのことなどお構いなしにするすると進んでいく。いつもならもう少し気遣ってくれるものなのだが。コナーの言葉が脳裏をよぎる。ベンに限ってそんなことはないだろう、と頭を振り、大荷物を抱えつつベンの後を追う。
「マイク、ちょっと寄り道。」
振り返ったベンが、どこか悪戯めいた笑みを浮かべて控えめに道へ指を向けていた。指し示された方へ顔を向けると、先日立ち寄った、セイレーンの看板がおなじみの、あのコーヒーショップだった。
「それは構わないが、こんな荷物抱えてたら買えないぞ?」
「私が買ってくるよ。」
マイクは適当に座ってて、と言って、ベンが迷いなく店に入っていく。先日はあれ程ためらっていたというのに。随分と頼もしくなって、と変な感慨に浸ってしまう。
いや、ベンの成長を喜んでいる場合ではない。ちゃんと頼まれたことをしておかなくては。マイクは少し遅れて店内に入る。ベンが注文の列に並んでいるのを確認し、出入り口に近い席に腰を下ろす。ベンの様子を見守っていると、堂々とした注文っぷりで、とても十年以上もコーヒーショップに行っていなかった人間には見えない。コナーのコーヒーショップ講座が効いたんだなあとぼんやり考える。少しして、カップを二つ手にしたベンがやってきた。
「お待たせ。マイクはカフェラテだろ。」
「ああ、ありがとう。」
先日頼んだものを覚えていたらしい。こういう細やかな気配りはさすがだな、と感心して正面に座ったベンを見る。ベンが手にしているのは、なんとかフラペチーノとかそう言った類のものだろう。マイクはほとんど頼まないのでよくわからないが。
「ちゃんと買えたな。」
「一応ね。この店の注文はややこしいよ。スピーチを覚える方が簡単だ。」
ベンが苦笑を浮かべつつ自分の飲み物に口を付けた。そして期待通りの味だったのか、嬉しそうな笑顔を見せる。その姿に、マイクも頬を緩ませ、ベンが買ってきてくれた飲み物に口を付けた。
そして、予想外の味に、むせた。
せき込むマイクに、ベンが口の端をつり上げ、にやりと笑った。
「……っ…なんだこれ!?」
「カフェラテだよ。」
「嘘だろ、なんか形容しがたいものすごい味がする!!」
「そんな大げさだなあ。」
砂糖を5袋くらいぶちこんだだけだよ、とベンが笑顔で言う。糖分量をざっと計算して思わず天を仰ぐ。通りで飲み物のくせにじゃりじゃりとした食感がしたわけだ。ベンが買ってきてくれた飲み物は、甘いものがそれほど得意ではないマイクにとっては致命的な飲み物と化していた。
「マイク、食べ物の恨みは根が深いんだよ?」
軽い口調でベンが言う。糖分による大ダメージを受けたマイクは、どんよりとした半眼をベンに向けた。ベンはいつも通りの笑顔ではあるが、何となくどす黒い印象を受けるのは何故だろう。
「じゃあこれは、この間の仕返し?」
「そういうこと。」
笑顔のままベンが肯く。
「マイク、せっかく私が買ってあげたカフェラテなんだから、残したりしないよね?」
屈託のない笑顔でベンが言った。マイクは机に置いた変な食感のある激甘カフェラテを見下ろす。そこらのテロリストよりも強敵だった。だが、ベンが残すなというのだから、残すわけにはいかない。
コナーの言う通りだった。ベンは地味に、そう、地味に執念深い男だった。
ベンには二度とあの手のいたずらはしないようにしよう、マイクは固く誓い、決死の覚悟でカフェラテに手を伸ばすのだった。