イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

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    しおり
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    しおり
    勝手に恋してもいいぜ「俺は行くぜ俺は行くぜ!」
    「そうか行くのか、行くなら止めねば」
    「俺はやるぜー!!」
    「グワーッ! 止まれや三徹ゴリラ!」
    「止まるんじゃねえぞ!!」
     ガリ砂おじさんが全力で体重をかけて俺を引き留めてくるが、こんなもん何の障害にもならねえ。暴れた自覚も特にないまま、気がつけば玄関には立派な砂山ができていた。綺麗な山の形にテンションが上がってビニール傘を差して事務所を飛び出す。楽しいんだか悲しいんだか疲れてんだか分からねえが、いてもたってもいられない。俺はもう止まらねえぜ! 
     そんな調子で事務所を出たはいいが、五分も歩けば多少の正気が戻ってきた。ドラ公が(本人比)必死に引き留めてきたのも分かる。俺はここ一週間、ロナ戦の原稿締め切りと遠方からの退治依頼、夏祭りの警備なんかでほとんど眠れていない。さっきドラ公は三徹とか言ったけど、一時間程度の仮眠はどうにか取ってるし、昼の間に意識が飛んでいる瞬間もあるから完全な徹夜ってわけではない。大丈夫だろ、俺強いし。
     それでもまあ、睡眠不足が集中力の欠如に繋がるのは間違いない。ギルドで何か仕事を受けようと思っていたが、途中で引き返して軽いパトロールのみにとどめておくことにした。決してドラ公に珍しく心配されたからとかではない。俺のコンディションが悪かったせいで助けられるものも助けられないなんて事が起きたら、申し訳なさすぎるからだ。
     ところが、道中三回も道を聞かれ、「吸血鬼退治人のロナルド様ですよね?」とサインだの握手だの写真だのを求められ、子どもが深夜に近い時間帯にも関わらず平気で出歩いているものだから、注意して回ることになってやたらと時間を食われた。ようやく帰れると思ったら「変態吸血鬼だー!!」の叫び声。
    「クッソ、吸血鬼かよ……しかも変態確定じゃねえか!!」
     悲鳴が聞こえた方に走っていけば、なるほどドラ公みたいなマントを羽織って呆然とたたずむ吸血鬼がいた。どの辺が変態なのか分からねえが、変態だと叫ばれてんなら間違いないと思う。新横の八割は変態吸血鬼だからな。先手必勝暴力常勝、「帰れー!!」と叫びながら吸血鬼叩きを振りかぶって飛びかかると、そいつは初めて俺に気付いたらしく慌てた様子で振り返った。吸血鬼は全裸だった。
    「ガチの変態じゃねえか!?」
    「ああっ違うんだ! 私はこう……ありのままの自分を見てほしくて……!」
    「ゼンラニウムでもギリ隠してんのにお前はモロ出しじゃねえか! 先パンツはけ!」
    「違うんだ、違うんだぁ!」
     何やら様子がおかしいので話を聞いてみると、そいつは自分の能力が暴走したのだと語った。その結果着ていた服がはじけ飛び、こうして深夜の路上で途方に暮れていたのだという。
    「能力の暴走って……何があったらはじけ飛ぶんだ」
    「うう……聞いてください退治人さん、私は今夜、一世一代のプロポーズをする予定だったんです!」
    「プロポーズが全裸に繋がる過程が全然見えねえぞ!?」
    「ちが、私はただ、彼女にありのままの自分を受け入れてほしくて……本当の姿だけを見てほしくて……!」
     だからって生まれたままの姿にならなくても、と俺のジャケットを被せようとするも、見えない壁に弾かれたようにすっ飛んでいく。なるほど、変態だけど本当に困ってる方の変態だったのか。疑って悪いことをした。
    「能力がまだ安定していないのか……」
    「お前の能力ってなんだ?」
    「……私の能力は元々、本音のみが聞こえるようになるってものなんですけど」
    「あー……それが暴走して、本当の姿っていうか全裸にしかなれなくなったってわけか……」
    「うーん……そうだ退治人さん、助けてくださいよ! 一度能力を使えばコントロールが戻ってくるかも!」
    「はあ? 俺に術をかけんのか? ……いいけど、すぐ効果切れる程度にしろよ」
    「ありがとうございます!!」

     事務所に帰り着いたのは朝日が昇る一時間前だった。もう色々と限界、あの後術のかかりが悪いだのもうちょい出力すればコントロールがだの言う吸血鬼に付き合ってやったせいで、頭が痛くてくらくらする。腹減った、寝たい、眠い、そんなことしか考えられない。
    「ただいまー……メビヤツぅ……」
    「ビッ!」
     世界一かわいい帽子かけが心配そうな目つきで俺を見上げてくる。あんまりかわいいから泣きそうになる。メビヤツは余計にパニックになったようでビービー鳴きながら俺の周りを転がるが、なんかもう一歩も動きたくねえ。横になる気力もない。
    「あー……飯……風呂……ねむ…………飯……」
    「……ロナルド君?」
     居住スペースに繋がる扉が開いて、寝間着姿のドラ公が姿を現した。夜明けまでもう時間がない。てっきり眠っていると思っていたのに、こいつこんな時間まで起きてたのか。スリッパのまま近づいてきて「午前様じゃないか、おかえり」なんて言うもんだから、色々な感情が溢れてどっと涙が出る。
    「うわっリアル五歳児!?」
    「うっせえお前が待ってるから悪いんだろうが!」
    「はあー? ──!」
    「……あ?」
     ドラ公が何か言ってるけれども聞こえない。ミュートした動画を見ているみたいに、大げさに口を開いているだけだ。
     そうか、本音しか聞こえねえんだっけ。てことはこいつ、今本音じゃなくて嘘ついてんのか。でも何言ってんのか分かんねえ、なんで隠すんだよ、俺にくらい本音で話してくれたっていいじゃねえか。泣くぞコラ、もう泣いてるけどよ。
    「……にしても、本当にひどい顔だぞ君。ほら寝よう」
    「うー……ドラ公のボケ……」
    「なんで!?」
     冷たくてすべすべした手のひらに引かれて、ふらふら居住スペースに入る。「はいくっくぬぎぬぎね」「ジャケットないないするからね」などと幼児言葉で話しかけられて、腹が立つ前にちょっと安心してしまった。こいつ本気で俺を五歳と思ってるんだな。多分殺した方がいいやつなんだろうけど、そういう気分じゃないからやめておくぜ。
    「風呂は……溺死するかもしれんな。もういいやとりあえず寝ろ寝ろ、顔くらい拭いてやる」
    「ん……ドラ公……」
     俺をソファベッドに寝かせたドラ公は、台所からおしぼりを持ってきて俺の顔を拭き始めた。俺が自分でやったらがしがし適当にやるのに、こいつは非力すぎるから優しく撫でられてる感じだ。気持ちいい。眠い。何も考えたくない。
    「ドラ公……ドラ公……」
    「はいママでちゅよ~、お腹ひえひえだからタオルくらいかけまちょうねえ」
    「ドラ公……俺のこと好き……?」
    「はあ? 何言ってんだお前」
    「好きって言えよ……」
    「あー……ポンチ催眠か?」
    「そうだけどそうじゃねえ……なあ俺のこと好きって言えよ、いいから」
    「嫌だが」
    「……うううぅー! 言え! 好きって言え! 世界俺を愛せ!」
    「だー!! 暴れんなおねむゴリラ!! 分かった分かった愛してる! 大好き!」
    「……ほんと?」
     ソファの上で暴れるのをやめると、何度か俺の拳に当たって死んだドラ公が今のうちとばかりに俺の顔を拭い終えて、首や足の裏におしぼりを持っていく。
    「なあ、俺のこと好き? 愛してる?」
    「ほんとほんと、愛してるよロナルド君。だからおやすみ」
     仕上げに頭を一撫でして、ドラ公はおしぼりを片手に脱衣所の方へ消えてしまった。俺はすっかり幸せな気持ちになっていた。ふうん、あいつ俺のこと好きなんだ。愛してんだ。だから優しくしてくれたんだ。
     もう指の一本も動かせそうにない。瞼を閉じれば急に身体が重く感じられる。明日、明日の予定はなんだっけ。いつまで寝てていいんだろう。覚えてねえなあ、だって今俺最高の気分だから、難しいことも何も考えたくねえ……。

     自分の腹の虫が鳴く音で目が覚めた。妙にすっきりしている頭とは対照的に身体は強烈な空腹を訴えてくる。腹が減って力が出ないよ、どうにかしやがれクソ砂……と思ったが、時刻はしっかり真昼だ。外の気温が一番高い頃だろう。念のためにスマホで今日の予定を確認したが、何の用事もなかった。そういやドラ公が俺のスケジュールを見て「絶対ここでぶっ倒れるからこの日はオフにするぞ」と勝手にリスケしまくったんだっけ。あの時は普通に殺しちまったけれど、今現にこうして助かってるんだよなあ……。
     のそのそ起き上がると衣装が肌に張り付いて気持ち悪い。そうだ風呂にも入らず寝ちまった。よくそんなの許したなドラ公。とりあえず全部脱いで、パンツだけ履き替えて冷蔵庫をのぞき込んだ。
    「おっチャーハンあるじゃん」
     冷蔵庫の一番手前に鎮座していた大盛りのチャーハンを温めてかき込めば、塩気と糖質が身体に染み渡る。台所で立ったまま完食して、ようやくまともに頭が動くようになった。どんぶり一杯分はあったけれどもまだ小腹が空くな、とコンロの上の小鍋を覗けば、中華スープがある。ご丁寧におこげまで横に。ドラ公のやつ本当にこういうところは気が利くというか、俺のこと大分見透かしてるというか、あいつ本当に俺のこと好きなんだなっていうか……あ? 好き?
    「…………好き?」
     途端に昨晩の記憶がフラッシュバックする。
     えっ、俺は昨日本音しか聞こえないビームに自主的にやられて、くたくたのまま帰宅してドラ公と喋って……ドラ公は俺を、あい、愛してるっつって、それがバッチリ聞こえて……。
    「え!? なんで!?」
     思ったよりもでかい声が出たことに自分で驚いて、咄嗟に自分の口を両手で覆う。幸い棺桶の中からは物音一つ聞こえない。そのままそろそろと忍び足で脱衣所に滑り込み、ぬるいシャワーを頭から被った。排水溝に流れるお湯を呆然と眺めながら、覚醒した俺の頭は一つの言葉でいっぱいになっていた。
     愛してるよロナルド君。

     愛。愛とはなんだ。恋は盲目、じゃ愛は? 愛とはため息でできた煙だそうだ。そんなことを聞いてるんじゃねえよシェイクスピアがよ、なんでネット上に正解が載ってねえんだよ。デジタルネイティブ世代ではないが、俺もそれなりにヌヌってものを調べたことのある人間だ。知りたいことの答えは大体インターネットにあるはずと信じて生きてきた。
    「愛……愛して……ええ……?」
     頭を抱える俺に、先ほどからビッビとメビヤツが心配そうに声をあげている。メビヤツ、愛。メビ愛。そうとも、メビヤツは俺を愛してくれている。だからこんなにも心配してくれるし、頭を抱える俺の力になれやしないかとコロコロ動き回ってくれている。
     じゃあドラ公は?
     俺が頭を抱えて何か悩んでいたら、あいつは初手でサンバだ。面白そうなことならその次に事態を余計に引っ掻き回す。どう考えても愛じゃねえだろ、あれは。愛ってもっとこう……暖かくて優しくて柔らかくて、さながら大きなおっぱいのような……いや俺はおっぱい揉んだことないけどさ。とにかくそういうもんじゃないのか。肉体的にも精神的にも満たされる気持ちのことを愛と言うんじゃないのか。
     愛、愛には種類がある。それは知っている。例えばこんな俺でも兄貴やヒマリには愛されている……と思う。それは俺たちがかけがえのない家族の絆で結ばれていることからもわかるだろう。兄貴が困っているなら助けてやりたいし、ヒマリが泣いているなら慰めるし、原因が男ならそいつをこの世から消し去るのも辞さねえ。そんで多分、兄貴とヒマリも俺のことを心配してくれる瞬間があるし、誕生日前後には二人からプレゼントやメッセージが届く。俺は二人に愛されている。そりゃあ俺たちは家族だから、何があっても……倫理に反すること以外なら味方になりたい。家族愛ってやつだ。メビヤツからもそれに近しいものを感じる。
     俺がここで問題にすべきは、赤の他人を愛することについてだ。つっても、ノーカン扱いの高校時代の出来事を除けば、俺に彼女と呼んでいいような彼女ができたこともないから、そういう意味で俺は恋や愛を知らない。愛を知らない退治人って格好良いな、「ロナルド様」時代ならぜひ使っていきたい言葉ではあるが。
     頼りにならねえと閉じたノートパソコンを再び手元に引き寄せてみた。書きかけのロナ戦を開いてみれば、限りなく白に近い原稿の数行を読んだだけで「愛を知らない退治人」なんて名乗ろうものならギャグにしかならねえということがわかる。どれだけ格好つけてみても、最近はどんな変態を相手にしたのか読者にバレてるんじゃないだろうか。折角作り上げた「ロナルド様」のイメージではあるが、ネタ切れによる日常パートの増量、そこへ出てくる愛の丸だのクソ雑魚吸血鬼だのの描写からどうしても実物のイメージが抜けきらないから、ほとんど素の俺に近づいてしまっている。この間はネットで「高等吸血鬼と吸血鬼退治人のハートフルコメディ」とか紹介されてて泣いた。そんな中で「愛を知らない退治人」とか、正しく童貞の告白でしかないだろう。没!
     こう考えてみると、ハードボイルドなロナルド様がいなくなっちまったのはドラ公のせいと言えるんじゃないか。ギリギリ実害が出ねえから黙認してやってきたが、ここへきて害が発覚した。かくなる上は訴訟、勝訴、暴力しかねえ。ドラ公が来て飯や掃除をしなければ、今でも俺は鋭いナイフのような色気あふれる退治人でいられたに違いない。五歳児だのゴリラだの言うが、それもこれもあいつが美味い飯を作ってくれるせいだし、五歳児なのはあいつが遠慮も容赦もない本音しかぶつけてこねえからだし、色気どころか健康的に見えちまうのは衣装や家をきれいに管理してくれるやつがいるおかげで……。
     待て。いくらなんでも家賃代わりにそこまでやるか?
     そういや、シーニャに「ドラちゃんほどの家事スキルを持つハウスキーパーなんて、よっぽど金を積まないと仕事を引き受けてくれないわよ」と言われたことがある。時給に換算してみると、あいつは結構俺のために働いてくれてることになるんじゃないか。
    ……いやいや、いやいやいや。あいつに限ってそんな殊勝なことあるわけがねえ。大体好きなこと以外死んでもやれんとのたまう奴だ、飯だって気分じゃないときは作らねえし、掃除は趣味みたいなもんだって言ってたし、トイレや風呂掃除は余計な事考えなくて済むからって……えっあいつトイレ使わないのに掃除してんの? それってやばくね? 俺のためじゃね?
    「オッ……!」
     オーケイ、落ち着けロナルド。俺は冷静な男だぜ。部屋やキッチンならまだしも、ドラ公自身は絶対に使わないトイレを毎日掃除してるからといって、それがすなわち俺のためって話にはならねえはずだ。そもそもジョンだってトイレ使うし。十分条件の可能性はあるけれども、必要条件ではない。そのはずなのに、妙に顔が熱い。ああクソ、ジャージ脱ぐか。机の上は壊滅的に散らかってるから、椅子にかけ……柔らかくてさわやかな匂い。俺が一人で暮らしてた時には存在自体も知らなかった、柔軟剤の香り。ドラ公自身は香水をつけるからか、香りのある柔軟剤は使わない。洗剤も、無香料のおしゃれ着専用洗剤とか使っている。つまり実質このいい香りのする柔軟剤は、俺のために購入されたものだ。えっそんなことある? 俺の服洗うためだけに買ったの、愛じゃん。
    「愛じゃねーよ!!」
    「ビッ!?」
     メビヤツが慌てているが、ごめん、動揺しすぎて上手くフォローできねえ。本当にごめんメビヤツ、と一言断ってから居住スペースに続くドアを開ける。落ち着け。多分腹が減って力が出ねえから変なことも考えちまうんだ。一旦腹を満たせば十分な思考力を取り戻せるはずだ。
     カップ麺……はお湯が沸くのを待っていられない気がする。状況は一刻を争うのだ。バカンと冷蔵庫を開ければ規則正しく整列したタッパーの群れ、ドラ公の作り置きおかずたちが鎮座していた。いつからうちの冷蔵庫はこんなに物が詰まってるようになったんだっけ。ダメなことに気付きそうになった意識を無理やりそらし、努めて空腹を意識しながら冷蔵庫に顔を突っ込むと、片隅にさっきは気づかなかった皿があった。多分バナナの入ったマフィンと、付箋に書かれたメモ。『冷めてても勿論美味しいが、二十秒ほどチンするともっと美味いぞ若造』
    「愛じゃんバカ!!」
     完敗じゃねえかチクショウ、こんなん愛だろ。

     それからはもう大変だった。だって俺を、あい、愛……愛してると言った吸血鬼が、一つ屋根の下で一緒に暮らしているわけだ! まずどんな顔をして対峙すればいいのかさっぱりわからん。
    おまけにそいつは今まで通り、料理だの洗濯だの掃除だの、どう考えても自分自身には必要なさそうなことを機嫌よくこなしている。お、俺のためみたいなことを、嬉々としてこなしている! これが冷静でいられるか。パンツ一つ洗濯に出すのもめちゃくちゃ勇気が必要になった。ドラ公のくせにどうしてくれやがる。
    一番参ったのが、外から帰ってきた時だ。それまで気にも留めてこなかった一々を意識せざるを得なくなった俺に、ドラ公の笑顔つきの「おかえり!」は効きすぎた。玄関で茫然としてしまい、続けられた「今日の夕食はおこちゃまランチだよ旗立ててあげようか」にも反応することができず殺しそこなった。おまけに「皿洗いしてくれるんならデザートを付けてやろう」だってよ。なんだそれ、俺のこと大好きかよ。そんな奴がいるとわかっている我が家に、どんな面下げて「ただいま」って言うんだ。
    「同居クソ雑魚吸血鬼に愛されすぎておちおち家にも帰れねえ」
    「なに? ラノベ?」
    「えっ何が?」
    「いやいい、そういやお前はそうだったなロナルド……で、なんでこんな時間までギルドにいんだ」
     ショットの言うとおりだ。今夜の仕事はとっくに片付き、ギルドでだらだらしてるのは出迎えてくれる家族もない独身男のみ。サテツは手伝いが残ってるとかでさっさと帰ってしまった。
     ドラ公が押し掛けてくる以前は、俺もマスターに追い出されるまでギルドで煙草をふかしていることが多かった。ロナ戦の連載が始まってからは眠れずに夜更かしする場所が事務所に移っただけで、間違っても「今日の飯何かな」とうきうき帰ることなんかなかった。ショットが言わんとしているのはそこだろう。早く帰らないと、今夜も家ではドラ公が飯を用意して、温かい風呂を沸かして「ジョンと一緒にさっさと入っちゃってよ」と待っているんだろう。というかそういうメッセージが来ている。
    「……ドラ公が家で俺の帰りを待ってんだ」
    「あ? ああ、そう」
    「エーン!! 帰れねえよお!!」
    「えっ!? なんだ、またドラルクの棺桶に勝手に入ったとか?」
    「今月はまだセーフ」
    「月の使用回数決まってんのか? じゃあなんだよ」
    「……実はさあ」
     にっちもさっちもいかなくなっていた俺は、ショットに全部ぶちまけてしまった。終始何ともいえない顔をしていたが、とにかく最後まで聞いてくれた。ショットのそういうところ大好きだ。
     メロンソーダを飲み干したショットは、最後に残ったさくらんぼを口に放り込んで言った。
    「……ロナルド。俺も愛を知らない退治人だが、お前と違ってその話の解決策を知っている」
    「え!? マジ!?」
    「ああ。今すぐ帰ってドラルクに好きだって言ってこい。それで大体解決する」
     そのままカウンターに札を置いたショットは、マスターの「足りない分はロナルドさんに請求してよろしいですね」という声に、きざったらしく片手を上げて去っていった。
     ドラルクに好きって言ってこいって? 誰が? 俺か?
     いやいやなんでだよ。俺がドラ公を好きなんじゃなくて、ドラ公が俺を好きなんだよ。俺は別にあいつのこと何とも思ってねえよ。間違ったって好きじゃない。好きってもっとこう……否応なくときめいて、相手が輝いて見えるやつなんだろう? ドラ公は全然そんな感じじゃない。それに、好きな相手とはやらしいこともしたくなるはずだ。あいつのどこにえっちな要素がある?
     ショットはいい奴だが、今回のアドバイスはさすがに的外れだった。だって俺たちお互いに愛を知らねえ退治人だもんな。言っててつらくなってきた。

    「遅いじゃないか若造。マスターから引き取りに来いって連絡あったぞ」
    「ぴえ……」
     なんてこった。ネグリジェの上にエプロンを着けたドラ公がお玉片手に俺をなじってくるのに否応なしにときめいて、吹けば飛ぶような邪悪な要請の姿がエフェクトかかってんのかってくらい輝いて見える。バグってんじゃねえぞ俺!
    「まったくどこほっつき歩いてたんだ……いいかね、スーパーでも飲食店でも閉店間際に粘る客はたいそう嫌われるぞ。閉店時間っていうのはその時間までいていいって話じゃなくて、その時間には店を閉めるっていう」
    「お前、じいさんの変な薬でも飲んだ?」
    「はあ? 今日は珍しく血液パック全部飲み干せたんだぞ! 褒められ畏怖されこそすれ、若造にドン引きされる筋合いはない。飯抜きの刑をご所望かね」
    「あ、いや……飯はもう、ギルドで食ってきて」
    「……あっそ。じゃあ明日の昼にでも食べてね」
     ドラ公はエプロンを放り出してさっさと棺桶に入ってしまった。「もう寝るのか」と言えば「おやすみ」とだけ返ってきた。なんだよ、俺のこと愛してるんじゃねえのかよ。なぜか胸がずきずき痛んだが、ふと思いついてコンロに乗っていた鍋のふたを開ける。途端にふわりと湯気が立つ。ドラ公のやつ、俺が帰ってすぐに飯食えるよう温めなおしてくれてたらしい。
    「……うまそ」
     ギルドで飯を食ってきたのは確かだ。でもドラ公の飯は別腹だろ。鍋から直接食おうと、口うるさいのは見ていない。甘めに味が調えられている肉じゃがは温めなおしたばかりだからか、作り立てと同じくらい美味い。胃ではなく胸が温かくなる。明日の昼と言わず、今全部食っちまおうと鍋を持ち上げて、ふと思いとどまった。
     これはドラ公の愛なんだろうか。だとしたら、俺はこれを平らげちまって本当にいいんだろうか。普通に飯を食うのと、ドラ公が作った飯を食うのとを、俺の中で同列に扱ってしまってもいいのか?
     温かくなったはずの胸がぐうっとつまる。箸をおいて、再び鍋にふたをした。
    「明日、ギルドに持ってくか」
     ギルドへ持っていって皆で食べれば、少なくとも俺一人のために作られた料理ではなくなる。そうすれば俺への愛ではなくなるはずだ。……めちゃくちゃ嫌だが、にんじんの一かけらも他人に与えるのは惜しい気がするが、仕方ない。あいつが俺に向けている愛を知ったうえで何でもない風にものを享受するのは卑怯だ。せめてもう一回、ドラ公の口からきちんと言われなければ、どんな形の愛であれ、俺に受け取る資格はない。
     
    「よっすロナルド……ってなんかしなびてねえ?」
    「やめとけマリア、突っ込むと馬に蹴られる話だぞ」
    「ああ、そういう」
    「……なんだよぉ、お前ら冷てえじゃん……」
     ギルドのバーカウンターに突っ伏した俺を小突いたマリアは、「またしょーもねえことしてんなお前ら!」と豪快に笑って女子会テーブルへと戻っていった。
    マリアの指摘はもっともである。あの夜以来、ドラ公が整えてくれる俺の生活空間がなんとなく居づらくて、意識して家を空けて仕事を詰め込むようにしていた。夕食や夜食だってあれ以来ほとんど食べていない。ジョンのおやつにと作られたパンケーキを一口恵んでいただいたくらいだ。腹は減るからギルドで食わせてもらったり、コンビニで買ってきた弁当を事務所の下で食ったりして済ませている。そのせいか知らないが、多分そのせいなんだろうけれど、急に体重が落ちた。仕事着のウェストに指一本分の隙間が存在している。
    ドラ公ともほとんど顔を合わせていない。「ギルドで飯食ってくるから」と連絡だけ入れておけば、俺が帰ってくる頃にはドラ公はすでに棺桶に入っている。吸血鬼のくせに早寝だと思うが、ジョンいわく昼ふかしして周回をしているそうだ。夜食が作ってあったり作ってなかったりするのは完全に気分で、作ってあった夜は翌日こっそりギルドへ持ちだすようにしていた。
    「なあ、今日はドラルクの飯ねえの?」
    「あー、どうだろう、俺今日はオータムから来てるから……」
    「缶詰め? よく出てこられたな」
    「メイデンじゃなくて普通の執筆部屋だからな……外界とは完全に遮断された個室がいくつもあるんだよ、オータムは」
    「外界と遮断って言い方が怖えよ」
     オータムのライト版執筆部屋は、オータムパンが襲ってきたり、サクサクとんかつになったりする普通の執筆部屋とは違う。大きめの机と椅子、ウォーターサーバーがあるだけの、何の変哲もない個室だ。うっかり発狂しないようにと、数時間おきに編集者の誰かが声をかけてくれる。もちろん作家が執筆に集中できるように完全防音の完全遮光、例え核爆弾が落ちてきても執筆部屋だけは無事な設計らしい。俺はここ三日ほど、このライト版執筆部屋に泊まり込んでいる。原稿がヤバいのはいつものことだというのもあり、ドラ公も納得しているらしい。ちなみに執筆部屋にこもっているからといって原稿が優良進捗になる気配は見られない。不思議な力が働いているに違いない。
     とはいえ、そろそろ一度家に帰らねえと。洗濯物はコインランドリーで済ませるようになったが、退治人衣装のほつれや破れは自分で修復できない。前のようにプロに頼んでもよかったけれども、とにかく時間がかかる。申し訳ないがこればかりはドラ公にお願いするしかない。あいつの器用な指先にかかれば、十字に切り裂かれたジャケットも穴の開いたパンツも元通りだ。
    「あー……マスター、ごちそうさま」
    「ロナルドさん、今夜もオータムの方に?」
    「いえ、今日は家に帰ります。ちょっと……衣装がどうしようもない感じに破れてきたし」
    「そうするといいでしょう。夕食もちゃんといただいた方がいいですよ。それに仮眠用のベッドなんかで寝ていないで、きちんと家で休んでください」
    「はは……」
     マスターはグラスを磨き上げながら、ちらりと目線を上げた。俺の疲労は見透かされているらしい。そうできたら嬉しいんだけどな、と思う。ドラ公が掃除してくれた部屋に帰って、綺麗な風呂で汗を流して、作り立ての食事を頬張り、ほこりひとつ落ちていないソファベッドでゆっくり眠ることができたら。改めて、俺が当たり前に享受していたものたちのありがたさを実感する。同時に、その環境を簡単に用意してみせる吸血鬼の手腕に嘆息する。
     もっと苦労しているふりをしてくれればいいのに。そうしたら、俺だって鬼じゃないんだから、同居する吸血鬼のおっさんにだって「大変だろ、ありがとうな」の一言くらいが言えるだろう。
    「……やっぱ荷物だけ持ってオータム泊まったら駄目かなあ……」
     ギルドを出てぼやいた瞬間、ふと脳裏にドラ公の顔が浮かんだ。またか、と俺は頭を振った。この頃頻繁にドラ公の顔が思い浮かんでくる。それも見たことないような柔らかい表情で。
    あいつが俺を愛しているなら、もしかすると俺の知らないところで、俺にああいう顔を向けていることがあるんだろうか。だとしたら勿体ねえ……いや何が勿体ねえんだよ。くそう、想像の中のドラ公め、俺がチョロい童貞だからって好き勝手しやがる。帰ったら一言文句を言ってやろう。
     とはいえ、数日ぶりの我が家というのは、オータム缶詰の帰りとは違った緊張感がある。たった数日帰っていなかっただけで、事務所がなんだかよそ様のお宅に見えた。
    もし、ここが俺の家じゃなかったら。ドアを開けると、全く知らない誰かが俺の机に座って、「こんばんは、ご依頼でしょうか」なんて言って、ドラ公はいつも通り器用に片方の眉毛を上げてお茶を……。
    「だーっ! そんなわけねえわ俺の事務所じゃ!」
     ドアを引きちぎる勢いで開けると、鼻先をビームが掠める。驚いたメビヤツの仕業だ。ごめんなメビヤツ、さすがに不審者だったよな。ごめんな。
    「ビーッ! ビビビ!」
    「おーよしよしメビヤツ、メビヤツ丸いなあ……かわいいなあ……」
     思わず両手で抱えて頬ずりすれば、メビヤツもうっとり瞳を閉じてくれたけれども、すぐに慌てた様子で俺を押しやった。俺がショックを感じる間もなく、一目散に居住スペースへ走っていく。まるで「早く中に入って!」と言われているようだ。
    「な、なに? 何が……もしかしてドラ公かジョンが倒れてんのか?!」
     様々な最悪の事態が頭をよぎって、急かされるままにドアを開いた。しかし予想した暗い空気と違い、室内には同居人たちが勢ぞろいしていた。ドラ公もジョンも、キンデメや死のゲームも息災だ。ただしソファの後ろは広い空間が広がっている。ドラ公の、棺桶がない。
    「……あ?」
    「ただいまも言えんのかゴリラゴリラゴリラ」
    「誰がニシローランドゴリラじゃ……って、お前なに、棺桶どうしたんだよ」
    「……ここにはもう不要だろうから送った。ロナルド君、私たち実家に帰るから」
    「はあ!?」
     靴を脱ぎ散らかして駆け寄る。ドラ公は何か言いたげに俺の後ろを見やったが、細い両肩に手を置いて無理やりこっちを向かせた。
    「突然なんだよ、実家に帰るって!? な、何日くらい? もしかして吸血鬼も法事とかあんのかよ……あ、あれか、またおふくろさんとかじいさんが何か」
    「出ていくって言ってんだ。金輪際ここへは寄り付かない。世話になったね……いや私の方が世話してやってたわ」
    「居候の分際で何言って……! 違う、いきなり何言ってんだてめえ、ふざけんなよ!」
     ドラ公は頑なに目を合わせようとしない。ふいと横顔を向けてくるばかりだ。堀の深い顔に落ちた影が、今まで気にもならなかったはずの陰鬱さを感じさせる。ドラ公のはずなのに、知らない吸血鬼のような顔をしている。
    「私は私のいたいところにいるんだ」
    「はあ? なんだよそれ、だってお前、お前俺のこと……」
     はっとして口をつぐんだが遅かった。ドラ公はようやくぎょろりとした目を俺に向けて、眉を吊り上げて牙をむく。
    「原因ならお前も分かってんじゃないか青二才め」
    「げ、原因て……なんだよ、知らねえよそんなもん」
    「はん! 君、先月のクソ忙しい時期、いつも通り乱心してるのかと思ったらポンチ吸血鬼の能力をくらってたんだってね? 本音しか聞こえないだとかいう?」
    「あ……」
     一瞬手の力が緩んだ。ドラ公はその隙にするりと後ろに下がって俺と距離を取る。誰から聞いたんだろう、ショット? サテツ? マスターにだってあの夜のことは愚痴ってしまった。どうしてこいつにバレるはずがないと思ってたんだろう。
    「心当たりがあるって顔に書いてあるぞ。どうだね、同居おじさん吸血鬼からの、思いがけない愛の告白を聞いてしまった気分は」
    「え、あ、いや」
    「ほらな、最悪だろ」
     ドラ公はそう言い捨ててマントで口元を覆った。臭気や吐き気をこらえているときの酷い顔をしている。違う、最悪なんかじゃない。そんなんじゃない。ジョン、ジョンは……ジョンは悲しそうな顔をしていた。俺はようやく、ここ最近の自分の行動がドラ公やジョンからどう見えていたのかということに思い至った。
    「さ、最悪とか言うなよ。自分の気持ちを……」
    「君だってここ最近私と顔も合わせていなかったじゃないか、十分説明がつくだろう。」
    「違う、そういうわけじゃねえ、一回聞けよ俺の話を」
    「この期に及んで話すことなんかあるか! 君の人の好さや我慢強さにも閉口してしまうよ。高等吸血鬼たる私にこんな屈辱的な仕打ち、これ以上耐えきれると思ってか」
     そう言うなり、ドラ公は死のゲームを抱き上げて俺を押しのけた。そのまま玄関から出ていこうとする。キンデメの水槽の下にあった、マントやジャケットと同じ真っ黒な鞄を提げて。こいつが出かけるときは大体手ぶらなのに。ちょっと遠出となっても必要なものは全部俺に押し付けて、自分は財布とジョンだけで身軽なもんだった。持つとしても軽いものしか入ってねえエコバッグくらいで、あんな大きな旅行鞄を持ってるところなんか、一度も見たことがないのに。
     出ていくのか? この部屋に俺を置いて?
    「……あ、冷蔵庫の食材は全部処理したからな。一週間くらいは持つだろう、ギルドにでも持っていけばいいんじゃないの……いつもみたいに」
    「てめえ!!」
    「ブエーッ!?」
     ドアノブに手をかけながらこちらを振り向きかけたドラ公を瞬時に抱きしめ殺した。腕の中ではじけ飛んぶように砂ったドラ公をそのまませっせとマントに包み、急いでドアから引き離す。キンデメが「同胞がちょっと入ってきたんだが」と水槽の底を尾びれでかき混ぜたが、後で本人に回収させるから我慢してほしい。
    「おい新横豚ゴリラ!? さすがにこれはキレるぞ!?」
    「お前……っお前、そう、そういうの、よくないと思う!」
    「いや殺す方がよくないと思う」
    「だってお前、俺に黙って俺を愛するとか、そんでバレたら出ていくとか、失礼じゃね!?」
     ばっしゃばっしゃとかき混ぜると、人型を取り戻そうとうごめいていた砂山全体が震え始めた。痛いとか苦しいとかじゃなくて、怒っているんだと伝わってくる。
    「何言ってんだお前、じゃあ許可を取ればいいとでも言うのかね!? 錯乱しすぎだぞボケナス! いいから離せ若造、私はもう、今日は死に疲れたんだ!」
    「いいから言え、もう一回俺のこと愛してるって言ってみろや!!」
    「はあー!? 黙れバカ単細胞考えなしゴリラ、分らんちん、そんなの君、が……」
     暴れるようにうごめいていた砂山がぴたりと動きを止める。砂の粒たちが俺の指の隙間からさらさらとこぼれて、明確な意図をもって集まり始めた。俯く俺の下で再生したドラ公が何か言いたげに俺を見上げてきたが、何かを言われる前にもう一度殴って殺した。
    「愛を乞うた唇と殺してくる拳が同じ身体の持ち主なの、詐欺じゃない?」
    「黙れ、お前が悪い」
    「ふうん……許可がいるんだったかね」
     冷たくて滑らかな感触が俺の手の甲を撫でた。びくりと肩が強張ったのも無視して、そのままそろそろと指先まで滑っていく。幼児が親の指に手を絡めるような仕草で、ドラ公の指が俺の人差し指を握った。
    「君が好きだよ、ロナルド君」
    「あ……」
     ドラ公の言葉は驚くほど俺の心を満たした。いや、そもそもこいつが俺に許可なく、勝手に好きになってきたのが悪いはずなんだが、そんなことが頭から吹き飛ぶくらいの衝撃だ。ドラ公が、俺を好きだと言った。俺はドラ公に愛されている!
    「好きだ、愛している。多分向こう五十年は君への好意を引きずると思う」
    「……そこは千年とか言えや」
     すりすりと頬を撫でる手にうっかり甘えたくなって、目を閉じれば瞼にもひやりとした指先が滑らされた。これが、俺を愛してるやつの手なんだ。俺を煽ったり嫌がらせでセロリを仕掛けたり、マジロのついでと言いながら夕食を用意してくれたり、自分は使いもしないのにトイレをぴかぴかに磨き上げてくれたりする手だ。
    「ふふ……気が変わったな。ねえ、この先私が君を慈しむのは許されるのかい?」
    「あ、お……そこまで言うなら、し、仕方ねえな……でも俺を慈しむって、具体的に、何をどうするつもりだよ……」
    「んー、そうだな、まずは快適な生活空間と、かわいいマジロとの楽しい時間と、美味しい食事を用意しよう。時々はべたべたに甘やかしてやってもいい。君が寂しい時には、からかったりおちょくったり馬鹿にしたり慰めたりしてやるし、どうにもならないことからでもなるべく守ってやる」
    「お前が?」
    「いやお祖父様とかが」
    「何でもありのチートはずるいと思うぜ」
    「黙れ。はちゃめちゃな身内に愛されるのも私の完璧なかわいさあってのことだろが」
     するりと伸びてきた腕が、薄っぺらい身体へと引き寄せるようにして俺の頭を抱えこむ。それに抗わず力を抜けば、仏壇の匂いというか、押し入れやタンスの中の匂いというか、ふとした瞬間に香るこいつの匂いがした。胸いっぱいにその匂いを吸い込むと、ドラ公がくすぐったそうに身じろぐ。思わず顔がかっと熱くなった。
    「世界が愛してやまないこのドラちゃんの愛を賜れるなんて今生の幸福だと思いたまえよ、幸せゴリラめ」
    「うっせ、ゴリラゴリラ言うなや」
    「あーほらほら、泣くなロナ造」
     泣いてねえわと言いかけて鼻が詰まった。ずっと鼻水をすすれば、自分の頬がびしゃびしゃに濡れていることに気が付く。いつの間に涙なんかが出てきてたんだと驚いたが、ドラ公が笑いながら涙を拭うのに任せた。多分これも、俺を愛しているがゆえの行動なんだろうし、好きにさせてやろう。不快というほどでもないから、俺が止める理由はない。
     何が楽しいのか、ドラ公はさっきからにやにやと鬱陶しいほどの笑顔を浮かべて俺の顔を覗き込んでくる。しゃらくせえと顔を押しやっても、珍しいことに砂にならず耐えている。うぜえと伝えても余計に笑みを深めるばかりだ。こいつ、いくら人が許可してやったからといって、もっと普通は遠慮というものを……いや、そういえば許可はしてねえな。慈しむ許可をとは言われたが、あ、愛する許可は与えてないぜ。
    「……なあドラ公、いいぜ」
    「ん? 何が」
    「……お、俺を、愛しても……?」
    「んっふ、んふふ、あっははは!」
     なんだクソ、愛していいぜって何様の言葉だ。言ってて恥ずかしくて死にそうだわ。
    ドラ公は声を上げて笑いながら俺の膝に乗り上げてきた。尖った骨があちこちに刺さって痛いが、うっかりひっくり返って死なねえように腰を支える。こいつがガリなのは知っていたはずだし、今までも散々こいつに触れたことはあるというのに、ぞっとするほど細い腰回りに背筋がしびれた。じわじわ熱くなる体の内側から意識をそむけるため、わざとそっけなく「……あんだてめぇ、さっきまで機嫌悪かったくせに」と言った。
    「あは、あー……君、一回鏡見てきた方がいいよ。自分がどんな顔してるのか分かっとらんだろ」
    「誰が鼻たれ五歳児じゃ」
    「わは、鼻が垂れてても愛してるよロナルド君! キスしていい?」
    「ヴォッ!? お、おお……ちょ、ちょっとだけだぞ……」
    「ちょっとだけって何」
     心底愉快そうに笑いながら、ドラ公は俺の顔じゅうに唇で触れてまわる。思わず眉間と手のひらに力がこもって、それをあやすように手で撫でられたから、もう色々と駄目だった。「閉店!!」と叫んだ俺を、ドラ公はばしばしと力の入っていない手で叩いてきた。
    「あーおもしろ……ねえロナルド君、君もその時期が来たらちゃんと私に許可を取りなさいよ」
    「あ? なんのだよ」
    「決まってるだろう、私を愛する許可さ!」
    「ふざけんな、なんでクソ砂ごときの許可がいるんじゃバーカバーカ!」
    「ウギャーッ一千トンの圧力!」
     両手でつかんだままだった腰をそのまま握りつぶす。ドラ公は死んだ。死んだドラ公を見下ろし、形を取り戻そうとするのをかき混ぜて阻止しながら、俺の頭の中は指輪だの花束だのでいっぱいだ。
     薔薇をたくさん買ってこよう。それと、預金の残高確認も。
    うめみや Link Message Mute
    2022/08/24 23:36:55

    勝手に恋してもいいぜ

    #ロナドラ

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