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    砂糖とシュガー 
     諸君はバレンタインデーが好きか。
     私は好きだ。いや、好きだったと言ったほうが正しい。
     まずもって私は製菓が好きだ。私は由緒正しい古き吸血鬼として当然の教養を具えているため、料理全般が得意ではあるけれども、見た目にも華やかな菓子類を作る喜びは格別である。食材や温度の管理、グラム単位の計量など気を遣わなければならないところは多いが、世紀をまたぐ大天才こと私の手にかかれば何ら難しい事ではない。盛り付けやラッピングも、いくらでも工夫のしようがあって、創作意欲を掻き立てられる。
     その理屈でいくと、バレンタインデーなど最高の日ではないか! チョコレートを使った菓子は種類が豊富だし、見た目だってイベントにかこつけていくらでも華やかにしていい。数を作るのは手間ではあるが、そこを上手くこなすのも畏怖されるポイントであるので、私は日本に、いや新横浜に来て以来、このバレンタインデーという日を大変心待ちにするようになった。
     それが過去のものとなってしまった。あんなに楽しかったバレンタインデーが、今年は憂鬱でたまらない。何故か分かるか。いや分かるまい、私の苦悩は誰にも分かるまい。けれども、そう、分かってくれようとするならば──ああ、そうしなければいけない。私の懊悩を理解しようとしたまえ、君たちにはその義務がある。そうだろう?
    「ありません」
    「ない。餌をくれ」
    「ヌー」
    「ウオオオ薄情者どもめ! 一体だれが日ごろ世話をしてると思ってるんだ!」
    「ぐぶ、お主の世話は拾った貴様らの義務だ」
    「大体どうしたんですか師匠、着替えてきたと思ったらいきなり一席ぶつとは」
     ぐぬぬ、この無機物と魚の分際で……と思わなくもないが、自分でも唐突すぎたなとは思うので反論しないのである。自分を客観視できるドラドラちゃんであるからして。
     しかしこのまま引き下がるわけにはいかない、何せ有料相談所、もとい野球拳大好きをはじめとする吸血鬼集会所の連中には軒並み「家でやれ」と突っぱねられたバレンタインデーの話題だ。やつらはどうせ私がまた惚気てる~とでも思ってるんだろうが、違うぞ、これは断じて惚気ではない。正当な怒りである。もちろんあのゴリ造に対しての。
    「ま~たロナルドさんの話ですかぁ? それこそ当事者同士で話し合ってくださいよ」
    「当事者同士じゃ解決しないからこんなことになってるんだろうが! うえーんジョンだけは見捨てないで! 私の話を聞いてくれ!」
    「ヌシヌシ」
     我々のごたごたに一番巻き込まれているのに、ジョンは何だかんだと言いながら私の話を聞く姿勢を持ってくれる。やはり愛のマジロ、この世の全ては万能の丸でしか解決できない。
    「ぐぶ……しかしこの頃は順調そうではないか。イチャイチャと紙一重の喧嘩しか見かけないし、ロナルドもようやく初めての恋人に対する接し方を覚えてきたようだし。お主もクリスマスのデートは最高だったとニッコニコではなかったか?」
    「そうそれ、それなんだよキンデメ!」
     そうとも、諸悪の根源はロナルド君だ。
     私とロナルド君が同居人という枠を超えて、恋人同士の座に収まってからしばらく経つ。下半身をハイレグにされてすね毛むき出しの美青年がボロボロになったバラの花束を抱えて、号泣しながら「俺と付き合って……」と懇願してきた時には思わず笑ってしまったが、好意自体は純粋に嬉しかった。なんてったって、私はドラルクキャッスルが爆破されたあの日に、真っ赤な退治人に一目惚れしていたんだから。
     押しかけて散々世話を焼いた甲斐があったというものだ。どこまでも計画通りだった。面白すぎる告白も想定内だったし、なんなら想像以上で最高だった。動画も撮って外付けハードディスクに保存したから、この先どうすれば永遠に残せるか手段を探している途中である。
     そうとも、計画通りだったのだ、当初は。あわあわワタワタ照れ照れしている童貞くさいロナルド君と、それをエレガントかつ紳士的に、完璧にエスコートする畏怖い私。それが思い描いていた恋人同士の私たちだったはずだったのに、それがいつからか、少しずつ狂ってきた。
     まず、いってらっしゃいのキスやお帰りなさいのキスを笑顔で受け取るようになった。私がそれを提案した時には、瞬間湯沸かし器かお前はと言いたくなるほど真っ赤になって殴り殺してきたくせに。かわいい童貞だった私の男は、童貞を捨てたらたったの数週間でボディタッチや日常のキスに慣れ切ってしまい、毎日体よくからかうためのネタにしようと提案したキスは当然のスキンシップになり下がった。挙句の果てには「おーいドラ公今日のチュー忘れてんぞ」と自ら催促してくる始末。私が洗い物やゲームで手が離せないと言ったら逆に若造の方からキスしてくるようになった。高確率で死ぬからやめろって何回も言ってるのに。
     またロナルド君は家事を手伝うようになった。触れるものすべてを破壊し、鍋を真っ黒に焦がし、フライパンを楕円に変形させた悲しきゴリラはもういない。調味料の場所や種類は永遠に覚えるつもりがないようだが、片付けや洗い物、洗濯物の取り込みやアイロンがけ程度なら何も問題なくこなせるようになった。点数稼ぎのつもりかとからかってやれば、はにかみながら「そうだよ、悪いかよ。……それに、お前の家事の時間が少なくなれば、もっと一緒にいられる時間が増えるだろ」と言われた。んもー死んだ、普通にかわいくて死んだ。死んでるのに「なあ食洗器買おうぜ、この最新モデルのやつ」とか言いよるからオーバーキルじゃとキレる羽目になった。
     極めつけに、あのロナルド君が、ハムカツ童貞男が、女性にスマートに接することができるようになったのだ! 彼が女性と言葉を交わす場面は基本的に退治依頼の時が多いとはいえ、「助けてくださってありがとうございます!」という賛辞に「ンハ、ふ、へ、いや全然……ドモ、そんな……ぃや……」という感じの受け答えしかできなかった、ロナ戦のロナルド様のイメージはどこへ置いてきたんだという感じのロナルド君が、「とんでもない、当たり前のことですよ。お怪我はありませんか?」と一度もつっかえることなく言えるようになってしまった。
     それはロナルド君自身の成長では? むしろ喜ばしい事では? そう思うかもしれないけれども、一度だけその対応を褒めた時に「お前っていう好きなやつがいるし、しかもそいつが俺を好きでいてくれるんだなって思ったら、なんか落ち着いて対応できるようになった」と言われたのだ。なんだそれは、本命がいるから他に目移りどころか視界にも入りません宣言か? こっちが照れたわ。
     そんな調子で、今や顔面と同程度のスマートさを手に入れたロナルド君は、私をパートナーとして公言しているにも関わらず爆モテなわけだ。
    ロナルド君の顔の良さに惹かれつつ、でも中身がアレじゃな……と敬遠していたお嬢様方も、ワンチャン狙いではなく純粋に「べらぼうに顔が良い退治人さんとお話してみたいな♪」みたいな気軽さでロナルド君に話しかけるようになってきた。分かるぞその気持ち、よく分かる。ガチの恋愛狙いでなければ、パートナーがいるイケメンとのお喋りなんて楽しいに決まっている。ただし、ニブニブチンチンレーダーはどこへいったのか、ロナルド君は相対する女性から少しでも「ロナルドさんともっとお近づきになりたいな……♡」の下心を察知した瞬間に対敵性吸血鬼時もかくやという顔面に変身するようになったため、以前より女性に話しかけられる頻度自体は落ちてるんじゃないだろうか。恋人としては安心すべきだろうが、切り替えの凄まじさにぶっちゃけ私もドン引きしてる。
     つまるところ、私は全く面白くない。愛すべき私を愛するのは当然のことだけれども、恋人としてのロナルド君はそつがなさすぎて、全然面白くない。毎日私に新鮮な笑いを届けてくれた愉快なゴリラはいずこ、ベタベタ甘えて甘やかしてくるイケメンなんか私の求めてたロナルド君じゃない!
    「いやいや師匠、そんなこと言ってロナルドさんにべた惚れじゃないですか、『やだ私の恋人が格好良い……♡』っつって」
    「配信でもずっと自慢しているではないか。『見てよこれ、私の彼氏が買ってくれた最新モデルの食洗器なんだけど』とか言って炎上したの知ってるぞ」
    「ンハーーー言ってない言ってない!! そんなこと言ってない!! 言ってたとしてもそれとこれとは別問題じゃ!!」
    「お主らのバカップルぶりとバレンタインは相性抜群では? 本命彼氏に何を作るべきか迷って決められないからバレンタインデーが憂鬱だとか抜かすなら今すぐ吾輩を鶴見川に放流してくれ」
    「お、おおう……」
     いつになくキンデメさんが饒舌だ。ごめんて、今までそういうのにばっか突き合わせてきたからって怒らないでくれたまえ。
    「そ、それもあるけど……そうじゃなくて……」
    「ヌヌヌヌヌヌ?」
    「うう……ぶっちゃけ、ロナルド君が余裕ある彼氏すぎて腹立たしいっていうか……今の調子だと、バレンタインにチョコ贈ったところで、去年ほど面白く喜んでもらえる自信がないっていうか……」
    「自信がないなんて師匠らしくもない! ロナルドさんはいつも師匠のことで頭ポンチじゃないですか!」
    「そりゃそうだけど、ほら、付き合う前のバレンタイン覚えてる? 小さなハート形のチョコをお情けだぞ~って渡してやっただけで窓から飛び出して、なぜかパン一で三角コーン両脇に抱えて帰ってきたじゃん」
    「ヌアー」
     ジョンが「あったヌそんなこと」と言わんばかりに頷いた。そうとも、付き合う前の、つまり両片思いの我々を振り返ってみれば、そりゃあ甘酸っぱくもどかしいやり取りばっかしてたわけで、バレンタインデーなんてイベントでは互いに乙女も恥じらう少女漫画っぷりを発揮していたのだ。まあ当事者たちは気持ちに余裕がないから、ごくごく真面目にアホを繰り広げてたんだけど。
    「でも今年のロナルド君は、女性の依頼人からのお礼を兼ねた義理チョコも受け取るくらいの余裕っぷりなわけだ。もちろん既製品に限るがね」
    「あー、何日か前からそんなの貰ってましたね」
    「ヌイシヌッヌヌ♡」
    「ジョンは後でどれだけおすそ分け貰ったのか申告しなさいね。あー、だからほら、私からのチョコも、こう……すんなり受け取るんじゃないかと……それって嫌じゃない!?」
    「嫌ではないだろ」
    「嫌だ! この私からのど本命チョコをさらっと受け取って『本当にありがとうな、愛してるぜドラ公♡』とか言われてみろ……私のプライドはずたずただ!」
    「なんのプライドですか、素直に喜んでくださいよ」
     いーや、このままでは高等吸血鬼たる私が人間の男ひとりに振り回されている気がする。そんなの我慢ならんのだ。完璧な私は、他人を振り回せど振り回されはしない。
    「というわけでロナルド君にはバレンタインドッキリを仕掛けようと思う」
    「ぐぶぶ……普通にいちゃついてくれてる方が楽だった……」
    「つまりバレンタインデーなのに、あえて本命チョコをやらない作戦だ!」
    「それドッキリですか?」
    「ギルドや知り合い用に作る大量クッキーもわけてやらん。ロナルド君を完全にバレンタインの輪から外す!」
    「ヌヌヌヌヌン、ヌヌイヌヌ……」
     同情すべきではないよ、ジョン。ロナルド君にだけは負けられない。バレンタインデーという、私の得意なお菓子が絡むイベントで、イニシアチブをとり返してやるのだ。
     さて、そうは言っても事前の心構えが大切だ。チョコを作らないだけだろうと思いきや、無意識にロナルド君用のチョコを用意している可能性は大いにある。クッキーやブラウニーを個別にラッピングして「あれ、なんで一個余ったんだ?」ともなりかねない。「え、俺のチョコないの……?」と雨に濡れた子犬のような瞳で悲しそうに言われて、私が耐えきれない可能性もある。そんな無様は許されないぞ、私はやるなら徹底的にやるタイプだ。
    「……ということで、死のゲームには付き合ってもらう。ロナルド君にチョコを用意しないバレンタインのシミュレーションをするぞ」
    「ああ、いつぞやの乙女ゲーみたいに? いいですよ、ロナルドさんと付き合う前はよくやってましたもんね、告白されて畏怖く返事をする練習」
    「ンアー忘れて!」
     自分でも忘れたい黒歴史を突き付けられて死んだ。いやほんと、あの時の私は恋心を拗らせておかしくなっていたに違いない。毎晩死のゲームが用意したバーチャル空間で様々なシチュエーションを用意して、まがい物のロナルド君に告白してもらってたなんて! 今までもこれからも絶対に知られたくない。キンデメが「やることに進歩が見られない」という顔をしているが、無視だ無視。
    「くっ……とにかく、最新のロナルド君のデータは収集してるな?」
    「ええと、一応。場所はこの家で、登場させるのがロナルドさんだけでいいなら、明日には用意ができますけど」
    「うむ、結構。それで準備してくれたまえ」
     さあどこからでもかかってこい、ロナルド君! 君が想像しているような、恋人同士の甘々いちゃいちゃなバレンタインなどないと思え! 
    「この二百歳児また変な意地張って……」
    「巻き込まれる人間かわいそう」
    「外野、うるさいぞ!」
     
     さて、今晩は下等吸血鬼の大量発生だとかで、ロナルド君の帰りも遅くなるという。持久戦が予想できるためか、ロナルド君は「お前はついてこねえの? 時々俺を応援してくれるだけでいいから……」としきりに私を退治に誘ってきたけれども、心を鬼にして(というか私は吸血鬼だった)突っぱねた。クッ……顔が良い。私のように耐性を持つ者でなければ絆されるところだった。気を付けて行ってらっしゃいのキス五連発と夜食の煮込みハンバーグにチーズを入れるだけに留めたのはさすがと言う他ないだろう。
    「さて……仕込みも終わったし、死のゲーム、準備はできてるか?」
    「ばっちりですよ師匠!」
     幻覚見える君は事務所内で幻覚相手にわちゃわちゃするが、広くスペースを取っておかないとソファの角とかに足をぶつけて死ぬ可能性がある。その点、死のゲームによるバーチャル空間は、実際に手足を動かす必要がなく、頭で「動くぞ」とイメージしただけでその通りの行動ができる。簡単なシミュレーションをするだけならこれで十分だ。
     さらに安全と、誰かが訪ねてきてしまった時に「いやちょっとオーロラが見たくて」という言い訳を可能にするため、棺桶に横たわる。よし、準備は万全。ゴーグルを装着して、レッツ仮想空間だ。
     
     かすかな駆動音と共に視界が明滅する。瞬きのような感覚。……ふむ、単にロナルド君への対応をシミュレートできればと思っていたが、なかなかどうして出来が良い。まるでいつもの居住スペースにそのままいるようだ。
     不意に事務所へと続くドアが空いて、退治人衣装を着たままのロナルド君がひょっこり顔を出した。私の方をまっすぐに見て「ただいま!」と言外にお帰りなさいのキスを要求してくる。うーん、ちゃんと最新のアップデートをされてるな。見ろあの顔、私からのキスが当たり前って感じのにこやかな表情! かわいくてムカつく、まあチューはさせてもらうけどな。
    「……ん、お前昨日からめっちゃ甘い匂いする」
    「ああ、バレンタインのお菓子たくさん作ったしね。ギルド用のブラウニーも持ってってくれたんだ、ありがとう」
    「おう、皆喜んでたぜ」
    「さて、じゃあ食事にするぞ。手を洗ってこい五歳児、今日は卵使い切りたかったから……なに?」
    「え、あ」
     身を翻してキッチンに行こうと思ったら、何かにひっかかったみたいに視界が揺れた。振り返るとそこには、私の手を掴んで引き留めてくるロナルド君がいた。なんだね、ともう一度聞き返すと、手袋をしたままの手は戸惑ったように離れていく。
    「……ギルドに持ってったバレンタインのお菓子、全部に宛名書いてあったじゃん。同じバスケットに入ってたクッキーも、武々夫とか半田とか、全部付箋あったよな。ジョンのは冷蔵庫にあったし」
    「あ、そう? えーとそうだね、誰に渡したか分からなくなったらアレだし……みたいな配慮だろう、多分、うん」
    「そうかよ。でさ、あの……俺のは、どこ?」
    「ん?」
    「だから、俺のバレンタインのお菓子はどこだよ。冷蔵庫にはなかったから……皆にドラ公の本気のお菓子見てみたいって言われたし、写真撮ろうと思って」
     ははあ、なるほど。そういう感じね。ロナルド君の分だけバレンタインを用意しないってこういう感じにすればいいのか。しかしロナルド君の表情ときたら、純粋に不思議のみが浮かんでいる。不安なんか微塵もなくて、ただ家のどこにもなかったから隠し場所が気になるって顔だろう。そういうところだぞ若造〜、愛はともかく、私への感謝と畏怖が足りんのではないか。
    「ないよ」
    「?」
    「だから、君の分のバレンタインチョコはないよ。作ってない」
    「……え、な、え? な、なんで?」
    「別に理由はないけど。そういう気分だったんだよ」
    「……おい、しょーもねえことでからかってんじゃねえぞ。俺が何かしたかよ」
    「プーン、知らんわ。とにかく手を洗ってこい、今晩はふわとろ親子丼だ」
    「……」
     おや、俯いてしまった。さあどうするロナルド君、泣くか? やっぱ泣いて駄々こねちゃうか? そういえば五歳児の五歳児っぷりも久しくお目にかかっていない。そうだな、みっともなく泣き喚いて私のバレンタインチョコが欲しいと懇願してくるなら、考えてやらんこともない。ドラドラちゃんは慈悲深いのだ。
    「……ほんとに、俺の分のチョコねえの」
    「しつこいなあ、作ってもないし買ってきてもないよ。チョコなら依頼人さんやヒナイチ君からもらった義理チョコあるだろ。……まあ? ど〜してもって言うんなら? 今から私の言う材料を自分で買」
    「そっか、じゃあしゃーねえな」
    「えっ」
     ロナルド君はさっさとブーツを脱いで洗面所へ向かう。え、あれ、何? 私からのバレンタインチョコがないんだぞ、それなのにどうしてあんな落ち着いていられるんだ。……いやいや、ゴリラの強がりかもしれん。今頃手を洗いながらエーンて泣いてるかも。うん、きっとそうだ。ならばその現場に突撃隣の晩ごはん、足音を殺して洗面所に近づき、首を伸ばして中を覗き込んだ。ロナルド君は「ふわ♪ とろ♪ ふわとろ♪ ふわっふわとろとろ親子ドンドン♪」と自作の親子丼の歌を口ずさんでいた。やだかわいい……じゃない!!
     
    「ストーーーップ!!」
    「わっ!」
     叫びながらゴーグルをむしり取ったら、勢い余って棺桶の内側に肘をぶつけて死んだ。いや死ぬのはいい、なんかすごく現実って感じだし、さっきのトンデモゴリラが幻影だとはっきり知れた。私のロナルド君があんなんでたまるか。
    「死のゲーム! なんだあれは、本当にロナルド君のデータをインプットしたんだろうな!?」
    「ええ、そのつもりですけど……予期せぬ挙動でも? 突貫工事ではありましたから、顔面が捻れて伸びるくらいの不具合は許してくださいよ」
    「そんなん逆に面白すぎてそのままにしとけ。……じゃなくて、あー……もうちょっと私への好感度上げてくれる?」
    「えー、これ以上ですか?」
    「ロナルド君の私への愛はカンストしてるに決まってるだろう、私だぞ? 数値設定ミスでえらいもん見たわ……あんな現実はないだろ……多分」
    「……はい、数値設定し直しました。まだします?」
    「無論!」
     さあ、今度こそゴリ造が地に伏して私の愛、というかバレンタインチョコを無様に請う姿を拝んでやる。なんかこの時点でちょっと目的変わってきたな、しかし何事も攻略シミュレーションは大事なのだ、攻略なしだと初手で詰むことだってある。
     
     微かな駆動音と視界の明滅、これは先ほどと変わらない。若造が帰ってこないうちにと冷蔵庫の中をチェックすると、冷やされているチョコレートムースを発見した。ガラスの器には「ジョンへ」と私の字で書いてあるオレンジ色の付箋が貼りつけられている。先程のシミュレーションでロナルド君が言っていた通り、ロナルド君宛のものは見当たらない。
     事務所へと続くドアが開いて、ロナゴリ君のお帰りだ。これも先程通り。「ただいま!」と元気に私のお帰りなさいのキスを待つのも先程通り。シミュレーションとはいえ、二回も三回もキスできるのは悪くない……いやそんなことはない! 別にロナルド君に素直に甘えられるのが存外嬉しいとか、そんなんじゃない。
    「……お前まだ甘い匂いするな」
    「あーうん、バレンタインのお菓子たくさん作ったし。ギルド用のも持って行ってくれたんだよね?」
    「おう。……あんなに抱いたのに、匂いなんて簡単に変わらねえか」
    「お、お、おおう?」
     ロナルド君は帰宅の挨拶もそこそこに、するりと私の腰に手を回してきた。なんだこのよく知ったスマートな手つき、こんなところまでアップデートせんでいいわ! というか聞き捨てならんな、「あんなに抱いたのに」って何!? 昨日そんなに盛り上がったって設定なの!?
    「体、大丈夫か? お前ずっとお菓子作ってたっぽいのに……あんま休ませられなくてごめん」
    「い、いや全然平気! デスリセットもしたし!?」
    「お前がお菓子作りに夢中になってるのが悔しくて、いつもと違う匂いがしてて……それで嫉妬するとかほんと余裕ないよな、俺。ごめんなドラ公……」
     ヒエ〜怖、なんだこのロナルド君、私に夢中で余裕がないのは結構だが、なんというか、執着心強すぎない? いつもと違う匂いにやきもち焼くってヤバくない? 私が唐突にアロマとか焚くようになったら発狂するんじゃないか。おもろ、今度試してみよ。
     ロナルド君は私を抱き寄せたまま、ずっと首筋に顔を埋めてくんくんスーハー深呼吸している。くすぐったいのと、そろそろいたたまれないのとで死にそうだ。キンデメさんがいなくて本当によかった、オブジェクトで存在してるだけでもダメージ受けてたかも。
    「ろ、ロナルド君、そろそろ食事の準備をしたいんだが……」
    「ん……今晩は飯より先に、お前を食いてえ」
     ンアーーー誰々だれだこいつ! なーにが「お前を食いてえ」だ鳥肌と顔面の発火がとどまるところを知りませんわ! さりげなく解かれているエプロンの腰紐が小憎い、じゃない、私の若造は天地がひっくり返ってもそんなお誘いはできんわ! ……いやそのうちできるようになっちゃいそうだけど、まだ早いっていうか、もうちょっと初々しく丁寧に誘ってくる期間が続いてもいいと思う。頼む、そっちに成長しないでくれ現実のロナルド君。
    「ちょ、し、死のゲー……」
    「なあ、駄目か……?」
    「ンハァ、だ、駄目じゃ! 先にご飯!」
    「チッ……じゃあせめてチョコ食わせろよ。冷蔵庫ん中にはなかったけど、今日作ってたのか?」
    「あっチョコ、チョコね……!」
     いいぞ、ここへ来て自分の本懐が遂げられそうだ。さわさわと腰の辺りをはい回る手のひらからどうにか抜け出して、ロナルド君と身体的距離をとる。
    「ふう、よ、よし……フハハ、恋人同士になったからといって驕ったな若造! 今年は君へのバレンタインチョコなんて用意してな」
    「は?」
    「うわっ怖」
     ロナルド君の顔面の圧に負けて死んだ。というか、うわ怖、人間がしていい面じゃねえだろこれ! こわ! 殺されるどころの話じゃない! 普通の恐怖を通り過ぎて、生き物としての本能的な恐怖を感じるぞ。いつの間に人間やめて野生に帰ってたんだこの若造マジで怖、ってなんだなんだ、どうして私の砂をかき集めてるんだこいつ。
    「ろ、ロナルド君……? 一体何を……」
    「ドラ公……なんで……どうして……」
    「え、え、何? 何がどうした」
    「……やっぱり、外に出しちゃ駄目だったんだ……ギルドの奴らにも……バレンタインなんて、皆浮かれて…………恋人、なのに、他に面白いもん見ちまうから……」
    「どうしたどうしたロナルド君、落ち着……よーしよしよし、ロナルド君大好き、愛してるからね、だから今しがたハンマースペースから取り出した瓶は、一旦手の届かないところに置いておこう。ねっ」
    「…………二度と外へは……」
    「ウアーーー助けてジョーン!」
     
     恐怖のあまり砂になったことでゴーグルが外れた。助かった……。
    「どうしました師匠?」
    「どうしましたもこうしましたもない! 若造の好感度だけじゃなくて性格とかSAN値までいじっただろ!? とんでもない闇を見たぞ!」
    「いじってませんよ、それもロナルドさんが秘めてる一つの可能性なのでは?」
    「なん……なんてクソな進化先しかないんだあのゴリラ……現状維持、というかちょっと前の状態に戻ってくれればいいだけなのに……人間難しい……」
     たまごっち育てるの得意だったはずなんだけどな、私。生き物を育てるのって本当に難しい……私という完璧な存在が完璧なまま健やかに育ったのがどれほどの奇跡だったのか、改めて考えさせられるところである。ありがとうお父様、歯ブラシ髭は知らん。
    「……いや、実際の若造はもうちょっとこう、私の指導もあり自己肯定感も高いはずで……ちゃんと自分に自信がある、だろう。最近のそういう振る舞いが鼻につく……まあいいや、死のゲーム、ロナルド君の自尊感情をもうちょっと高めに設定してくれ」
    「まだやるんですか? ……よし、師匠への好感度はマックス、自信はそれなり、このロナルドさんでちゃんと現実的なシミュレートができるといいですね!」
    「うむ、マジで頼む」
     三度目の正直、今度こそ私のチョコが貰えないと知って泣いちゃうロナルド君の面を拝んでやるぞ!
     
     やはり微かな駆動音と視界の明滅、すかさず冷蔵庫をチェック。チョコレートムースにジョンへの付箋……条件は同じようだ。あとはロナルド君への出方次第なわけだが、お帰りなさいのキスを断ってみるか? いいや、普段に近い振る舞いでないとシミュレーションの意味がない。お帰りなさいのキスを断る理由もないし……料理で手が離せないなんてことは、あーあ、ばっちり作り終わってる。さすが私。若造の帰宅にきちんと合わせていく完璧なスケジュール調整能力。
     自身への畏怖で若干気持ちよくなっているところに、ロナルド君の帰宅を知らせるドアの音が響いた。「ただいま!」とこれまた元気なご挨拶、分かってますよとばかりに頬を差し出してくる。んま~ほんと、当然って顔して、もうこの顔つねってやろうかな。
    「……ドラ公?」
    「ん、ああ、お帰り……」
    「うん……へへ、ドラ公からチョコの匂いする」
     ん~~~かわいっ、この調子で「チョコは?」て言われたらジョンの名前書いた付箋剥がしてあげちゃいそう。駄目だぞ私、我慢だ。目的達成のためにはいかなる甘やかしも許されない。
    「ん、んん……そのバレンタインチョコだがね、ロナルド君」
    「ああ、丁度いいや。俺もお前に渡そうと思ってたんだよ、これ」
    「えっ」
    「吸血鬼も食べられるチョコ、種類増えたよな。味見はできねえけど、せめてお前の趣味に合うパッケージのやつをって探してたら、帰んのちょっと遅くなっちまった。ごめんな」
    「えっ」
    「……面と向かって、ちゃんと言える機会ってあんまないけど、ドラルク、俺はお前と会えて本当に幸せだ。一生かけて愛したいって本気で思ってる。大好きだ、これからもずっと」
    「……死のゲームぅ!!」
     
     ぶつんと目の前が暗くなる。私はいったい、何を見せられていたんだ。心臓がドキドキを通り越してバッコンバッコン鳴っている。吸血鬼の心臓がこんな元気にはしゃいでていいわけないだろ死ぬぞ。
    「師匠? 今度はどうしたんですか」
    「ぁ……悪夢……」
    「えっ何がです」
    「逆チョコを用意してるロナルド君なんて解釈違いだ……! 自分の執着心で死ぬところだった!」
    「……ぐぶ、お主、何なら満足するんだ……」
     いい加減現実に向き合ってやれ、と遠い目をしたキンデメさんが泡を吐く。「でないと努力したロナルドが報われない」だって。
     そんなの私だって分かってるさ。ロナルド君があんなおイケになったのも、自分に対して自信を持つようになったのも、全部私のためだ。「今はまだウホウホ五歳児でいいけれど、そのうち私に釣り合うパーフェクトな彼氏に進化してくれたまえよ」とは言った。言ったけど、私とてあと十年くらいはウホラブする覚悟でいたんだぞ! その予想を上回る速度で成長されると、今度は私の方が追い付かなくなっちゃうじゃないか。
    「……あんな生き急いで、急成長しなくたっていいじゃない……」
     お互い恋人ができたのなんて初めてで、ゆっくり楽しく、私たちのペースで愉快にやっていこうねって言ったのに。ロナルド君ばかりがめきょめきょと成長して私を追い越していく。
    「それの何が悪いのだ」
    「……だって、ロナルド君の恋愛観が成熟しちゃったら……私に恋したのが、行き当たりばったり的な、恋と情をはき違えたものだって気づいちゃうだろ……」
    「……」
     こぽぽ、と空気の泡が水面に吸い込まれていった。キンデメさんも死のゲームも、「何言ってんだこいつ」と呆れた顔をする。貴様らは恋してないから分からないんだ。私だってこんなことになるとは思わなかった。恋人同士のバレンタインデーなんて、とろけるほど甘くて楽しいだけだと信じてたのに。
     あーあ、ジョンがいたらな。昼間にお弁当を持って出かけて行ったであろう丸を思う。こんな時にジョンがいれば、あの揺るぎない愛を湛えた腹に思いっきり顔を押し付けて、地面とお日様の匂いをこれでもかってくらい吸い込んでやるのに。やだ、涙が出ちゃう。吸血鬼だもン。

     泣いても笑っても駄々をこねても時は過ぎる。その後もロナルド君不在の時間を狙ってシミュレートを繰り返したが、バレンタインプロポーズに監禁騒動、「今日ってなんかあったっけ?」のラノベ主人公ムーヴ、果てには「お前の負担になるだろうしバレンタインとか特別なことはしなくていいぜ」と私の気持ちも聞かずに全否定。どれもろくなものではなくて、私はその度にショックで死んだ。
     死ぬ度に「何がしたいんだ」と言われた。そりゃそうだろう、私が望まないような方向へ進化したロナルド君という、近いうちに訪れる未来を見せつけられて、いたずらに傷ついているだけではある。あらかじめメタメタに傷ついておいたら、しかるべき日が来ようとさほどダメージは受けないだろうと、振られる練習をしている気にすらなってきた。
    「私ってほんと馬鹿……」
    「うむ、馬鹿だ」
    「ヌヌ」
    「えーんジョンまで……」
    「ヌシヌシ」
     愛のマジロは一生懸命に「ドラルク様が思うような日はきっと来ませんよ」「ロナルド君だってバレンタインを楽しみにしてるに決まってるヌ」と慰めてくれる。けれどもそのジョンにだって、あの若造は浮かれたところ一つ見せず、年上ぶった振る舞いをする余裕があるのだ。ジョンにはあんなデレデレで、こんな小さくてかわいい一玉に弟扱いされてたのに。
    「はぁ……っらぃ……家にある手首全部切るわ」
    「できもしないメンヘラムーヴやめてくださいよぉ、ていうかそろそろロナルドさん帰ってきますよ」
    「うん……はぁ……気が進まない……」
     ソファで寝そべっていた体を無理やり起こしてキッチンに向かう。たった数メートルの道のりでざらざらと手指の先が砂になった。流しの中は散らかったままだ。昨日ギルドや吸対の皆さんにお配りするバレンタインを作ったその時のまま、疲れすぎて片付けるのも後回しにしてしまった。「絶対勝手に片すなよ」という私の厳命をロナルド君も守ったらしい。
     そもそもバレンタインデーに、ロナルド君にチョコを渡したいのかどうか。もちろん渡したい、私の持てる製菓技術をこれでもかというくらい詰め込んだ至高の一品で、度肝を抜いて喜ばせてやりたい。まあ、現状それが望めなくて、結局今日まで何も用意せずに来てしまったのだが。
     ロナルド君が受け取った義理チョコたちは、「目につくところにあると無限に食べちゃうから……」という理由でキッチンの棚に収納されている。中には義理とはいえ有名店のバレンタインチョコだってある。ブランドものは強いよな、なんてったってカカオの段階で厳選して、ミルクやバターにもこだわって、一つ一つ丁寧に……ではないかもしれないけれども、確実に高いクオリティが保証されている。見た目のパッケージだってこんなにお洒落だ、すべすべして、模様も華やかでかわいらしくて……私の製菓技術が劣っているだなんて全く思わないけれども、こういう既製品と比べた時に強みになるはずの付加価値、すなわち私の手作りだという点は、今回からきっと強みでもなんでもなくなってしまうわけで……ああ嫌だ、馬鹿か私は。何と何を比べようっていうんだ、愚かにもほどがある。
     なんだか後片付けだけで疲れてしまった。今日はカップ麺か何かで……げ、若造の買い置き切れてる。いつの間におやつで食べたんだ。仕方がないからホットプレート出してもらって適当に冷蔵庫の中のもの焼いてもらおう。鉄板焼きパーティーじゃ、バレンタインだし。
    「ヌヌヌヌヌン、ヌヌイヌ」
    「え、ああ……そういえば遅いな、連絡もないのに。ジョン、ちょっと事務所の方見てきてくれる?」
    「ヌン!」
     ジョンはすぐさまトコトコ駆けて扉から出て行った。数分もしないうちに再びドアが開いて、どこか嬉しそうな様子で私の元へと戻ってくる。
    「どうしたのジョン、ロナルド君まだだった?」
    「ヌヒ、ヌヌヌヌヌヌ、ヌッヌヌヌ!」
    「ジョン?」
     呼ばれるがままに事務所へと顔を出すが、もちろん誰もいないし何もない。どうかしたのかとジョンを抱き上げると、外へ続くドアから話し声が聞こえてきた。誰か来ているのかと耳を澄ますと、会話のように聞こえたのは全部独り言のようだ。
    「……バレンタイン、ありがとな! いつも嬉しいぜ……駄目だ、顔がにやけちまう……うう、不細工。んんっ……え、バレンタインって今日だっけ? ……いやわざとらしいな。絶対ドラ公にバレるじゃん……あーチクショウ、スマートな喜び方ってなに? ……それはなロナルド、間違っても嬉しさをドラミングで表現しないことじゃ。あと脱がない。五歳児禁止。窓からバーンてしない。分かったぜ兄貴、俺は兄貴みたいな、落ち着きと余裕があって大人な色気をまとった完璧な男になるぜ……! ……なるんだぜ!」
    「……」
     そっと扉を閉めてジョンと顔を見合わせた。なにあれ、何の儀式? 最後の方なんか一人二役でお兄さんまで憑依させてたし。
    「……もしかしてロナルド君、いままでずっとあんなことしてたのかね」
    「ヌヌン」
    「そっか、ふうん。……本当はドラミングで感情を表現して、五歳児みたいにはしゃぎながら素っ裸で窓バーンてして飛び出したいくらい嬉しいのかな、私のチョコ」
    「ヌンヌン!」
    「ふふ、そっか。なんだ、それならそうすればいいのに。私は別に、落ち着きがあって大人な男を好きになった覚えはないんだから。……しっかし、面白い男だな! 私の彼氏は!」
     そういえばデートの前日や夜のお誘いの前、ほぼ毎回風呂が長かった。ジョンを一緒にお願いしても先にジョンだけがお風呂から上がってくることが多かった。もしかして、毎回こんな風に自己暗示みたいな真似をしてたのか? 面白すぎる、こんなのいじらん方が失礼だろ。物音を立てないように気を付けながらドアを開ける。ロナルド君は薄暗い廊下で一人、なおもぶつぶつ言いながらうずくまっていた。
     この広い背中に跳びついてやろうか。今なら付き合いたての頃みたいに、飛び上がって驚くんじゃないか。そう思ってじりじり近づき、ロナルド君の呟く内容が聞き取れる距離まで来た。私に気付く様子は一切ない。いつでもいけるぞ、と膝を曲げた時、「頑張らないと、ドラ公に振られる……イケてる彼氏にならなきゃ……」という泣きそうな声が聞こえた。……あっ、駄目だ。
    「……ギャッ!? なに……あ、ど、ドラ公!?」
    「……」
    「お、お帰りのハグ? ぇへぁ……じゃない、えっと、お出迎えありがとな、かわいいことしてくれるじゃねえの」
    「……」
     しまった、思わず跳びついてしまったが、なんか上手いこと言えそうにない。すっかり冷え切ったジャケットと、うっすら汗の臭いがする首筋に、さっきまで頭の中に浮かんでいたあらゆる語彙が吹っ飛んで行ってしまった。どうしよう、愛しいな、かわいくて好きでたまらない。
    「ドラこ……ドラルク、どうした? もしかして何かあった?」
    「……ロナルド君さ、ケーキ作ったことある?」
    「え、ケーキ? ねえけど……」
    「じゃあ明日一緒にチョコレートケーキ作ろう、材料は足りると思うから。バレンタイン一日遅れになるけど、ごめんね」
    「えっ、バレンタイン……! あ、でも、俺ケーキなんか……いや、それ来週でもいいか? 練習、じゃない、来週ならゆっくり時間とれるから……」
    「やだ、明日がいい。練習したところですぐ作れるようになるわけないだろ、誰がいつぞやの泥こねクッキー手直ししてやったと思ってるんだ。ねえ、一緒に作ろうよ」
    「……間違っても、嫌いにならない?」
    「ならないならない。動画撮って皆にシェアする」
    「ぜってえ間違えねえからな! 塩とソルトって容器にちゃんと書いとけ!」
    「ンッッッフ、いいよ」
     暗い廊下に向かってギャンと吠えたロナルド君の肩から身を乗り出すようにして、お帰りなさいのキスを鼻先に落とす。不意を突かれたロナルド君は、それでも嬉しそうに笑って見せた。君、そんな顔して、耳が真っ赤になってやんの。下手にとりつくろえない分、体は正直ね!
    うめみや Link Message Mute
    2023/03/28 12:24:53

    砂糖とシュガー

    馬から落ちて落馬する
    #ロナドラ

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