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    そんな悲しいこと言うな 原稿に追われた悲しきゴリラがバリバリ深夜にクローゼットの片付けを始めたせいで、今夜のクソゲー生配信は中止となった。三分に一度は私の元にクソダサい服を持ってきて「なあこれに合う靴を買いに行きたいんだけど」とか言うもんだから仕方ない。いい加減謎のドラゴンと無駄に装飾がついたフォントから卒業したまえ。
    「なーなードラ公、中学の時のアルバム出てきた!」
    「はいはいはい一々持ってこんでよろしい、なんか食わせたるから大人しく寝……」
    「返事は一回って教わらなかったのか!?」
    「アーッノータイム暴力!」
     食べ物で釣って脱走を図る試みはあえなく失敗した。テスト前に限って部屋の掃除をしたくなる学生のような心理はギリギリ理解してやろう。それにしても整理整頓くらい一人でやっとれと思うが、放っておくとまた私の持ち物まで複数巻き込んでガンダムになりかねないから目が離せないのだ。子育てって本当にままならないことばっかりだわ、ワンオペ育児なんてもうこりごりだっつの。
    「見てみジョン、これ中学の時の俺」
    「ヌヌヌヌヌン、ヌヌイー♡」
    「えっほんとぉ? 俺かわいいかなあエヘヘ」
     優秀な使い魔が上手くロナルド君の気を引いている隙に台所へと逃げ込む。手早くエプロンを身につけて目についたお玉を握れば、逃亡者を殺さんと後を追ってきたゴリラも悔しげに撤退していく。我が家では料理をする私を殺してはいけないという厳格なルールがあるのだ、つまり今からはドラドラちゃんの無敵時間! ジョンが「ヌンを囮にして逃げましたね……?」という顔をしているが許してほしい。ジョンのパンケーキはロナルド君のより分厚くしてジャムも乗せちゃう。明日はダイエットな。
    「さてホケミと牛乳、ホケミって略し方相変わらずあれだな……なんだ若造、リクエストは聞かんぞ」
    「見ろ、給食の時間の写真」
    「あ? ああ、そうだね中学のアルバムね」
    「給食が食いてえ」
    「はあ?」
    「三色丼と千切り大根の煮物! 瓶の牛乳! なんか甘い粉!」
    「うわっうるせえ!」
    「三色丼! 三色丼!」
    「ああああもうマジでうるせえ」
     ついにはテーブルをボンゴボンゴし始めた若造の鳴き声に耐えかね、突発的に給食っぽい献立を考えさせられることになった。手間が千倍に増えたとこっそりジョンと顔を見合わせる。
     しかし、現在の冷蔵庫の中の食材は種類に乏しい。丁度今夜でほとんど使い切ってしまったんだった。キャベツや卵といった普段通りの買い置き食材はあるが、肉類がハムしかないじゃないか。こんな時にからあげでも口に放り込むことができれば一発で黙っただろうに、生憎ムネ肉もモモ肉も見当たらない。ハムカツでも食ってろと思うが、ボケナスはさっきから「三色丼! たこ焼き! グラタン!」とやかましい。うるせえ、たこ焼きもグラタンも給食と関係ないだろうが、多分。
    「ジョン、悪いけどもうちょっとお兄ちゃんしててくれ。急いで買い出しに行ってくるから」
    「敵前逃亡! 敵前逃亡であります! 敵前逃亡には死あるのみ!」
    「うっぜえなスカタンどんどん正気を失うな! ママ買い物に行ってきまちゅからねえ! いい子でお留守番しててね!」
    「お前はママじゃねえだろきめえ」
    「んお~~~急に冷静になるなカス願わくばそのまま寝ろ!」
     俺も行くぜとやかましいロナルド君をどうにか居住スペースに押し込み、エコバッグの中に財布だけ突っ込んで急いで家を出た。こんなときにやたらと吸血鬼の多い新横浜は助かる。徒歩圏内に二十四時間営業のスーパーがあるのはさすがと言わざるを得んだろう。いや、そんな店が多いから吸血鬼が増えてくるのか、どっちか分からんがね。
     自動ドアに感知されずに一度死んだが、無事に買い物を終えてスーパーを出た。深夜は人が少なくて助かる。精肉が残っているかだけが心配だったが、絶妙に管理が雑なおかげでギリ割引肉を入手することができた。鶏じゃなくて合挽しか残っていなかったが、どうせ頭パッパラパー状態の若造に食わせるんだから、茶色くなればなんでもいいだろ。
    「……ん? 何やら騒がしいな」
     少し離れたところから、数人が悲鳴を上げているのが聞こえる。合間に哄笑と怒号も聞こえる。こんな時間に騒いでいるのはポンチかヤンキーかポンチしかいないのだが、どうにも楽しく騒いでいるようなのでそわそわする。冷凍食品は買ってないし、ちょっとくらい寄り道してもいいんじゃない? その間にロナルド君が寝てたらもうけものだ。
    「ま、危なかったら死ねばいいし、愉快なポンチが見られるといいんだがなあ!」

    「……で、退治ついでに死んでたドラルクを回収してきたんだが」
    「お、おお……」
     汚れ格好良い退治人ことショットさんは、砂になった私を事務所の床にドサリと下ろした。珍しく今夜はまともな格好のままだなと思いながら再生すると、身内以外の人間に極限状態を見られて正気に戻ったらしいロナルド君に「うちのが迷惑かけたな」と言いながら殺された。詫びのつもりで殺してるんじゃねえぞ。
    「いや、気になるのは現場に吸血鬼がいたことなんだが……見たところドラルクに被害はないみたいだな」
    「暴れてた吸血鬼ってやつも、もうVRCに収監されてんだろ? 催眠ならこいつ耐性あるし大丈夫だ。それより遅くに悪いなショット、なんか食ってくか? ドラ公に作らせるぜ」
    『ッカー! 作らせるって何だ亭主関白か!? いいけどねショットさんには助けられたし、ただしリクエストとかは聞けんぞ』
    「それこそ悪いぜロナルド。俺もさっさと帰って寝るわ、お前はその、原稿頑張れよ」
    「ウン……」
     心なしか青ざめたロナルド君の肩をぽんと叩いて、ショットさんは帰って行った。やれやれ、ちょっと首を突っ込んだだけなのにえらい目に遭った。いきなり「波ァ!」ってされて死んでからずっと死んでたぞ。
    『おいロナ造、夜食作ってやるからさっさと食って、寝るか仕事するかにしろ。ジョンもお疲れなんだ』
    「なあドラ公、結局三色丼は作ってくれんの? 作るんなら食ってから寝るわ。原稿も寝かせた方が渋みとコクが出ると思うし」
    『はいバカ完全無欠のバカー原稿が寝るわけないだろうが。というか人の話を聞け、とりあえず散らかした部屋を片付けておくんだな』
    「あ? なんだよてめぇ、無視すんなや」
    『誰が無視してブエーッ!』
     背後から飛んできた拳の風圧で死んだ。砂になった私の上を跨いで居住スペースに戻った若造は、散らかしたクローゼットの中身を再びせっせと収納していた。いや捨てんのかい。戻す場所まで変わってないじゃないか、ただ引っ張り出しただけか。
    『おいバカ造、せめてその訳分からん趣味の服くらいは捨てろ。ぞうきんにしていいならまとめて袋にでも入れておいてくれ』
    「あっジョン手伝ってくれるの? 嬉しいぜ!」
    『聞いてんのかコラ』
     くすんだ銀糸の後頭部を叩いた反作用で右手が砂になり、突然それを頭からひっ被った若造はワァだのギョアだの悲鳴を上げた。「何すんだボケ!」とノールックで殺された辺りで違和感に気付く。
    『おいロナルド君、さっきから聞こえてる? 追い詰められて耳からバナナ生えてきたか? バカアホウホウホ今度陰毛レインボーに染めていい?』
    「ったく、ドラ公のやつマジで余計なことしかしねえよなあ」
    『返事がなければ許可したと捉えるが、三色丼の緑の部分セロリにしてもいいかな』
    「……ヌア!? ヌヌヌヌヌヌ!?」
     愛のマジロが勢いよく私の足下まで転がってきて、よじよじと胸元めがけて登ってくる。つぶらな瞳には涙が湛えられていた。
    『……ジョン、私の声が聞こえるかい』
    「ヌー! ヌヌヌヌヌン、ヌヌヌヌヌヌヌ!」
    「えーなにジョン、ドラ公がどうしたって?」
     振り向いたロナルド君とようやく目が合った。その状態のまま『やーい暴力極振り知能育成どん底ルド』と指を突きつけ舌を出して煽るも、ロナルド君は怪訝そうに顔をしかめるばかり。
    「なにお前ミュートになってんの」
    『ウウーンなるほどね』
     知能指数五兆の私だから気付いてしまったが、これはあれだな。さっきの吸血鬼の「波ァ!」のせいだな、どう考えても。

     翌朝私が寝入る直前に、昨夜の吸血鬼を連行してくれたショットさんから連絡が入っていた。いい年して真夜中の公園ではしゃぎ回っていたあの吸血鬼は「我が名は吸血鬼まるでこの世に一人きりみたいだね!」と名乗っていたらしい。売れないポップスの歌詞か? 今まさにプロポーズしようとしていたカップルの片方とか、見つめ合っていちゃいちゃしているカップルの片方に術を仕掛け、パニックに陥った様子を眺めるのが趣味なんだとか。絶対恋人できないやつじゃないか。ご丁寧にぜーんぶ大声で説明していたらしいが、そんなものろくに聞かずにノコノコ近づいてしまった自分の軽率さが嫌に……ならない! なぜなら好奇心旺盛な私はかわいいので。
     ところが今時のこじらせた少年少女にすら刺さらないであろうダサい名乗りのくせに、その吸血鬼の能力は厄介だという話だ。そいつに「波ァ!」とされると、周りに自分の声が一切聞こえなくなるという。声が出ないのではなく聞こえない。一種の結界のようなものだ。いや無駄にすごい結界術だとは思うがね、なんで新横はこんなポンチがその辺に転がってるんだ。現に私は自分の声が聞こえていたし、発声している自覚もあった、だからこそ吸血鬼の能力をくらったということに気付きにくかったのだろう。
     さらに面倒なことに、能力の解除は時間経過しかないとか。かわいそうなのはジョンだ。私の麗しき美声で愛らしい名前を呼ばれることが何よりの喜びだったというのに、しばらくはそれが叶わないのだ。昨夜からニュンニュン泣き続けて、棺桶の中にまで潜り込んで離れようとしなかった。こうして夜になって目覚めた今も私の胸元で寝息を立てているということは、昼間に外出するのも控えたらしい。今日は公園にクレープのキッチンカーが来ると楽しみにしていたのに、申し訳ないことをした。
     もぞもぞと身じろぐ甲羅を優しく撫でると、寝ぼけ眼でこちらを見上げてきた。
    『おはよう、ジョン』
    「……ニューン、ヌヌヌヌヌヌ……」
     挨拶をした途端にぽろぽろと涙をこぼし始めたから、まだ結界から解放されていないようだ。ジョンがこうして泣いているというだけで、あの吸血鬼に対して言いようもない怒りが沸いてくる。我々の絆は永遠不変ではあるが、愛を交わすのに言葉は必要不可欠だった。ジョンが不安になるのも分かるし、言葉が届かないことにショックを受けた私が死ぬのもむべなるかな。私もお父様のようにテレパシーが使えれば良かったのに。
     今度ジョン用のスマホでも買うかと真剣に検討していると、棺桶をノックするものがある。しまった、もう若造が帰ってくる時間だったか。
    「ドラ公、起きてんのか」
    『起きとるわ、というか予定より早く帰ってくるなら連絡くらいしたまえ』
    「……ドラ公?」
     トントン、トントンと控えめなノックが続く。そういやそうだ、私の声は聞こえんのだ。蓋を少しずらすとほっとした顔のロナルド君と目が合った。
    「さっきVRCに寄ってきたんだけどよ、やっぱり例の吸血鬼は自分で能力解除できないってよ」
    『その連絡なら私も……ああ待て待て』
     唸れ私の指さばき、素早くスマホを操作してRINEでメッセージを入れる。ロナルド君はそれを読んでああ、と頷き「行けんなら今日にでも検査受けに来いってよ」と言った。絶対嫌だが。
    「……あ? 我が儘言ってんじゃ……早いわクソ! スタンプ爆撃すんな!」
    『グエッ口より手が早いなこいつ!』
     殴られて死んだせいでジョンが起きてしまったじゃないか。これ以上泣かせるなジョンが干からびちゃうだろうが。
     なおもファイティングポーズを取る若造に両手を挙げて降参の意を示し、家事に取りかかるから退けというつもりで分厚い身体を押しのけようとした。すると、若造が驚いた顔をしながら私の手を取り、そのままひょいと私を助け起こした。えっなに、突然のジェントル。
    「……え、違った? 起こせって意味じゃねえの?」
    『えー……』
     あたふたと慌て始めるロナルド君に、じわじわと頬に血が集まるのを感じる。そうだ、こいつ根は善のゴリラだから、こういうことを平気でしてしまうのだ。私が黙ったままでいるのをどう捉えたのか、勝手にネガティブ思考に転がり「ドラ公相手とはいえ望まれてもいない余計なことを」と頭を抱え始めたので、つむじの見えるその頭をふわりと撫でる。
    『ありがとね』
    「……あ、え? 駄目じゃなかった?」
    『とんでもない、感謝しているさ』
     そう言いながら手元のスマホで「感謝ウホ」のスタンプを送る。服を引っ掴んでなるべくロナルド君の顔を見ないようにして予備室に逃げ込んだ。背中を預けた扉の向こうで「結局VRCどうすんだよ」と聞こえてきたが無視をした。
    『……ロナルド君の頭撫でちゃった……!』
     いやあ役得! まさか私の声が聞こえないというのがこんな方向に転がるなんて! ロナルド君への恋心を自覚してからというものの、端から叶わぬ望みだと分かっていたので特に自分の中で取り上げようとはしなかった。まあ彼の最期を看取るくらいを許されたら嬉しいな~くらいで考えていたのに、ここへきて唐突にもたらされたときめきに、私の心臓も珍しく元気な音を立てている。普段であればつい余計なことを口走って殺されてしまうが、黙っているとなんとも良い方に解釈してくれるもんなんだな。私に優しいロナルド君も悪くないじゃないか。
    『とはいえ、コミュニケーションとしてはちょっと不便だな』
     なんせ殺し殺されないとテンポがずれる我々の会話だ。さっきも少し物足りなくはあった。そうだな、もっとスタンプの種類を増やそうかな。ゴリラとマジロだけじゃなくて、半田君が作った動くセロリスタンプを使う時がきたのかもしれない。
    優ルド君を堪能するのはもう少し先でも良いだろう。彼の中に私への優しさや配慮というものが存在することを知れただけで重畳だとも。

     さて、手紙やメールといった伝達手段が発達した今でも、対面での会話以上に手っ取り早いコミュニケーション手段はないと思っている。また私にとって話術とは、自分の身を守る第一の手段でもあった。訳のわからない、言語能力を欠いた下等な生き物相手ならまだしも、多少の知能を有した生き物相手ならばこのドラドラ話術で私の虜にすることくらい造作もない。
     その手段が封じられた今、私の身は霞や蜻蛉に負けず劣らず儚いものになってしまうはずであった。ところがどっこいそうはいかん。なぜなら私は魅力カンスト吸血鬼なのだから。
     ぐっと力を入れた作用でパラリと砂になっていった指先を見て一つ頷く。キッチンカウンターの引き出しから小さなタンバリンを取り出して鳴らした。途端に事務所の方でガタンと物音がして、三秒もしないうちに不機嫌そうなロナルド君が顔を見せる。
    「なんじゃクソ砂」
    『なんじゃとはなんだクソゴリラ』
     蓋を固く閉ざされたはちみつの瓶を持ち上げて、不機嫌ゴリラにむかってウィンクを一つ。それだけで私の意図を察したロナルド君は、大仰なため息をつきながらこちらへ向かって手を伸ばし、瓶を受け取る。蓋は呆気なく開いた。うーんさすが私、視線一つで若いゴリラを使役してしまう己の魅力が恐ろしい。
    「おいてめえ、今余計な事考えたんじゃねえの」
    『当然だろうが、ヘイロナ造グッボーイ』
     礼を言うのに一々RINEを開く必要はない。瓶を受け取る際に親し気な笑みを浮かべて、するりとロナルド君の手の甲を撫でればそれだけで十分だ。褒められたり、他人に色を含んだ接触をされたりする経験が極端に少ないこの男は、それだけで耳まで真っ赤にして私を殺すために振り上げた拳の行き場をなくしてしまう。
     いやあ面白い、言葉がなくともこんな簡単に翻弄されてくれるなんて、ロナルド君はなんて純情なんだろう。昨日はこれをやる度にバカスカ殺されたが、『一々メッセージ送ってられるかめんどくせえ!!』と言えば、渋々といった体で受け入れるようになった。私は合法的にロナルド君に触れられて大満足、ロナルド君は煽られもせず素直に謝意を受け取ることができて恐らく満足。意外と良いことづくめのコミュニケーションだと思う。
    「ヌヌヌヌヌヌ、ヌニヌヌヌヌ?」
    『うむ、今日のデザートははちみつリコッタパンケーキにしようと思ってね。昨日二人でテレビを見ていただろう?』
    「ヌー!」
     ジョンが歓喜の声を上げるのを聞いて、ドアから出ようとしていたロナルド君がそわそわと振り向いた。不思議なことだが、いつの間にかジョンには私の声が届くようになっていた。結界術とは相当厳しい縛りがあるはずだが、やはり私とジョンの絆に勝るほどのものはないのだろう。私たちは永遠だからね。もちろん、面倒くさいのでVRCには報告していない。勝手に採血されたり腹毛をバリカンで刈られたりしたら黙っていられんからな。
    「な、なあジョン、ドラ公なんて?」
    『んふふ、食い意地ゴリラは仕事終わってからのお楽しみだって言ってやって、ジョン』
    「ヌヌヌヌヌヌヌ、ヌンヌーヌヌイヌヌヌヌッヌ!」
    『んもうジョン! 別にロナルド君のためじゃないんだから!』
    「ヌヒ~♡」
    「……」
     おかげでロナルド君には知られずジョンといちゃいちゃ会話できるが、私たちがいちゃつく度にお子様ゴリ造は拗ねて唇を尖らせる。それがまたかわいいから懲りずにやってしまうのだが、度を過ぎると本格的に落ち込むから様子をよく見極めなければならない。今の段階は「百合に挟まる男は死ななきゃいけねえってショットが言ってたし……」と訳の分からない理屈で自分を納得させようとしているところだろう。百合とは何なのか、退治人の間の暗号か何かだろうとは思っている。
     いつまでもぐずぐずと未練がましくこちらを見てくる若造が鬱陶しいので、しっしと手を振って事務所側へ追い払った。それだけで半分涙目になるのがまた面白くてかわいい。口が滑っても言わないだろうけれど、寂しさを感じているんだろう。ぎしりと椅子がきしむ音と、情けなくメビヤツを呼ぶ声が聞こえてきたのを確認して、RINEにメッセージを打ち込んだ。
    ──どうにかこうにか机にしがみついて泣きべそかきながら仕事を頑張っているであろう締め切りギリルド君、あと一時間したら居住スペースに入ってきてもよろしい。美味しいパンケーキをふるまってやるから、歓喜にむせびながら食しなさい。
    「……殺す!!」
     事務所から元気な咆哮が聞こえてきて、ジョンと二人で笑い合う。目の前にぶら下げられた餌に全力で釣られていくタイプのロナルド君のことだ、多少は原稿の進捗も見られることだろう。

     私がポンチの結界に囚われて、さらに数日が経った。相変わらずジョン以外の吸血鬼にも人間にも、私の声は聞こえないらしい。術者がすでにVRCに収容されているにも関わらずこれだけ効果が継続するということは、あの吸血鬼は相当な結界術の使い手だったらしい。その辺りの解析はどうなっているのかと一度ロナルド君が電話で問い合わせていたが、「実験台もとい被害者であるドラルクをこちらに引き渡さない限りは、現状以上の解析は難しい」と言われてしまったようだ。助けを求めてもジョン以外の誰にも声が届かない状態で、どうして私がサイコ犬仮面の元へのこのこ出かけて行かねばならんのだ。さすがのロナルド君でもその辺は哀れに思ってくれたのか、VRCに無理やり連れて行くような真似はしてこなかった。そういう優しいところが好きだ。自分の声が周りに聞こえない状況で本当に良かった。
     私にかかれば、声など聞こえずともメッセージや仕草一つでバカ造を煽り立てることが可能である。当初はいつも通り私を殴ることに戸惑いを覚えていた若造も、次第に調子を取り戻してスマホを覗き込みながら殺してくるという器用さを発揮するようになった。
     もしこのまま、ずっと私の声だけが周りに聞こえない状況になっても、案外上手くやっていけるんじゃないか。ふとそんなことを思うようにもなってしまった。
    『話し相手にはジョンがいるし、若造はいつでもおバカだし、ねえジョン』
    「ヌー……ヌヌ、ヌヌヌヌヌンヌ」
    「なあジョン、今そいつ俺の悪口言ってなかった? 絶対言ってたよな?」
     ずいっとソファから身を乗り出してきたゴリラを押しやって、代わりにジョンを押し付ける。それだけでコロッと機嫌を直したロナルド君は、ジョンの腹毛をくすぐりながらネットフィリップスの番組欄を漁って目ぼしいものがないかとチェックし始めた。
     ふと胸に温かいものが迫ってきた。愛しい人間が、愛しい使い魔を抱いて幸せそうに微笑んでいる。お父様がよく「ドラルクは存在するだけで周りを幸福にしているんだよ」と言い聞かせてくれたのを思い出す。なるほど、愛すべき存在はそこにあるだけで心を満たしてくれるものなのだ。
    「……好きだなあ」
    「え?」
     ロナルド君が驚いたように顔を上げ、きょろきょろと辺りを見回した。そのまま振り向いて私の顔をまじまじと見つめたかと思うと、恐る恐る「ドラ公、なんか言った?」と尋ねてきた。
    「何も言っとらんよ足臭マン」
    「……ジョン、なんて?」
    「ヌニヌイッヌヌイッヌ」
    「んー……そう?」
     ロナルド君は視線を彷徨わせていたが、ちらりと私を見上げてそのままテレビに向き直った。なんだ、私の声が聞こえるようになったのかと一瞬思ったが、そうではなかったらしい。危なかったな、最近の私はロナルド君への好意を隠さなくてもいいという解放感から、以前より頭を働かせて話すということをしなくなっている。思ったことがすぐ口に出てしまうから、ロナルド君が好きだということもすぐにばれてしまうだろう。
    「……グブ、同胞よ」
    「うん? 今度はキンデメさんか、どうしたんだい」
     ご飯の時間だったかと水槽に近づこうとすると、背後のゴリラが「ウワー!!」と叫んでタックルしてきた。私はたまらず砂になる。
    「ブエーッ! いきなりなんじゃ!!」
    「あっあの、ごめんキンデメ! 水換えるって約束してたの忘れてた!」
    「そんな約束をした覚えは……」
    「今すぐ交換してやるからな! おいクソ砂、じゃばじゃば水流すから、あの、しばらく風呂場に近づくなよ!」
    「言われんでも近づかんが……」
    「分かったな!!」
     やれやれと肩をすくめると、ロナルド君は水槽を持ち上げていそいそと脱衣所の方へ消えていった。
    「……一体何なのかね」
    「ヌー?」
    「まあ若造の奇行は今に始まったことではないか」
     明日は事務所も定休日だ。ロナルド君も今夜はゆっくりするつもりで、ネットフィリップスの映画欄を漁っていたのだろう。エプロンを外し、リビングチェアに引っかけてからソファに座る。先ほどまでロナルド君が漁っていた番組欄からひょいひょいと移動し、いつものクソ映画欄を眺めた。今夜のサメはどれにしよう、なんだかしっとりした話を観たい気分だから、やはりここはトルネードだろうかね。

     事件から一週間が経った。そろそろロナルド君がしびれを切らせる頃だろうとVRCにぶち込まれる覚悟をしていたのだが、一向にその気配がない。そればかりか、ここ数日ロナルド君は退治から直帰し、家で過ごす時間を随分と長くとっているように思える。一体どうした風向きだろう。
     今晩だってそうだ。昼に一件、夕方から二件ほど退治の依頼があったはずだが、私が起きて一時間ほどでもう帰ってきた。全身汗だくで、見るからに急いで帰ってきた風の若造に向かって、私の口からは勝手に「大丈夫か?」とロナルド君を気遣う言葉が漏れていた。
    「そんな汗びっしょりで、走って帰ってきたのか」
    「あー……た、ただいまドラ公」
    「うむ、おかえり。……怪我はないようだが。トトロの再放送があるわけでもなし、何をそんなに焦ってるんだ」
     スマホには「はよ風呂入れ汗クサクサゴリラ、ドラちゃんが死ぬぞ」とメッセージを入力する。間髪入れず脱ぎたての手袋が飛んできて私は死んだ。新陳代謝バリ高ゴリラがのそのそと脱衣所に向かうのを見て、ジョンと二人で顔を見合わせる。
    「うーん、しかし毎度引くほどの汗の量だな。よく干からびないね、ロナルド君」
    「ヌンヌン」
    「スポドリでも出しといてやろうか……あ、そろそろ買い物行ってほしいかも」
     冷蔵庫を開けると、肉類が豚バラ以外ない。冷凍室にも鶏むね肉すら見当たらない。大天才ことドラちゃんにかかれば、冷蔵庫に余った食材で美味しい食事を作ることなど造作もないが、連日くたびれた様相で帰ってくるロナルド君が満足できるような食事を作るには、いささか心もとない。やたら急いで帰ってくる様子を見ると、「かーちゃんただいま! 腹減った飯なに!?」と飛び込んでくる運動部の少年のように思えて、美味しいものをたらふく食わせてやりたい気持ちになるし。誰がかーちゃんじゃ。
    「面倒だけどメモ作るか」
    「ヌヌヌヌヌヌ、ヌンヌイヌヌヌヌ!」
    「本当? なんて素敵な使い魔なんだろう! でも今晩はいいよ、明日にでもロナルド君と一緒に買いに出てくれ」
    「イイヌ?」
    「夕食と明日の朝食分くらいはどうにかなるさ。とはいえ何作ろうかな、昨日魚焼いたから煮物とか……」
     その時、パンイチのロナルド君がぺたぺたと足音を立てながらリビングに姿を現した。いつもなら問答無用で「髪を拭け!」と怒鳴りつけるところだが、今の私には無理な芸当だ。向こうも私と目が合えば叱られるのがわかっているからか、不自然なほど視線をそらしながらこそこそと冷凍庫のアイスを物色している。ジョンが呆れたようにヌーと一声鳴いた。
    「……ロナルド君」
    「……」
    「はあ……しっかし良い身体だなあ、惚れ惚れしてしまう。目の毒だから服を着てほしいよ、本当に」
    「!?」
     奥の方にダッツでも見つけたのか、ロナルド君が勢いよく冷凍室の奥に頭を突っ込んでプルプルと震えだした。はちみつ食べ過ぎたクマみたいにつっかえても知らんぞと思いながら、鍛え上げられた尻にジョンを乗せる。器用にバランスを取ったジョンは、ロナルド君と一緒になって冷凍室を覗き込んだ。必然的にこちらに向かって突き出された尻を見るともなしに見ていると、派手な柄物パンツに穴が開いているのに気が付いた。こいつ新しいの出しておいてやったのに気づかなかったんだな。
    「あ、ジョン? ジョンもアイス食べるの? へへ、バニラとチョコどっちがいい?」
    「ジョン、穴開いてるところ思いっきりひっかいてやれ」
    「おしり!」
    「うおっ穴開いてる? 嘘だろ、新しいの出しとけよドラ公」
    「君の好きそうな格好良いやつ買ってあるよ、マイハニー」
    「……え!?」
     突然ロナルド君がこちらを振り向いた。その拍子にジョンが広い背中から転がり落ち、ロナルド君本人も扉に頭をぶつけたが、そんなのは構わないとばかりに私の方を凝視してくる。私の声はいまだにジョン以外には聞こえないはずだが、一体何者の気配を感じ取ったのだろう。こちらからも見つめ返してやると、穴の開いたパンツ一丁で落ち着きなく視線を彷徨わせ始めた。風邪ひくぞ。馬鹿は風邪なんか引かないらしいけれど、季節の変わり目なんだから。
    「あ、あの、ドラ公」
    「ん」
    「え?」
     ずいと差し出したトーク画面には「パンツくらい自分で買えルド、脱衣所に置いといたろ」というメッセージが打ち込んである。なおも呆気にとられた表情のロナルド君の目の前で、続けて「邪魔、セロリ、ゴー風呂場」と続けて入力した。セロリの文字を認識したロナルド君は、真っ赤になったり真っ青になったりしながら飛び上がって、脱いだパンツを私に投げつけて脱衣所に舞い戻っていった。家の中とはいえフルチンはやめてほしい。
    「汚いガータートスだねジョン」
    「ヌーヌー……?」
    「…………うむ。ガータートスはその、ちょっと言い過ぎたというか、浮かれてしまったというか。吸血鬼的に身に着けていたものをそのままポイと与えられるのは、プロポーズにも近い判定をしてしまい……」
    「ヌア―……」
    「み、見逃してくれんかジョン……! さすがに私も頭ポンチだなって思ったもん! ジョンしか聞いてないと思ったらつい!」
    「ヌフン」
     ジョンが「ドラルク様ったらしょうがないヌ」と慈愛の笑みを浮かべた。ああよかった、こんな恥ずかしいこと他人に知られたらそれだけで死ねるところだ。脱衣所の方から盛大に物が破壊される音と共に若造の悲鳴が聞こえてきたが、ジョンが見返りとして撫でまわしを要求してきたので、夕食の準備も一旦おいて全力で構わせていただいた。
     今度はきちんと服を着て戻ってきた野蛮人は、私がまだジョンと戯れているのを見ると、すごすごと引っ込んで一人寂しくソファへと腰掛けた。我々のいちゃらぶタイムに乱入する気概はないらしい。哀愁漂うゴリラの背中がなんとも物悲しく、ジョンのお許しを得て、夕食の準備を始めることにした。
    「さて、味見の時には手を借りるが、それまでは寂しんぼうの相手をしてくれたまえ」
    「ヌ!」
    「ふふ、さすがお兄ちゃんだ。……あ、今日のロナルド君、つむじが二つある」
    「ヌフフ」
    「ねえ、つむじがキュートな私の五歳児……うわっ!?」
    「えっ!?」
     若造が突然振り向いたことに驚いて死んだ。気配を読むのが上手すぎる、これも吸血鬼退治人としての経験かとドン引きしながら再生すると、顔を真っ赤にして私を見下ろしていたロナルド君と視線がかち合った。今日はなんなんだ、本当に挙動不審だな。
    「ヘイゴル造、飯作るからジョンに相手してもらえ……っと」
    「……誰がゴルゴじゃ、俺の背後に立つんじゃねえ」
     煽りに対する返しにもキレがない。さては全裸のまま脱衣所でウホウホ暴れていたせいで腹でも冷やしたのだろう。さっきから顔は赤いままだし、ちらちらと何か言いたげな目で私を見てくる。体調が悪いのを察してほしいけれども、素直にそれをやると私にからかい倒されると思って我慢しているときの顔に似ている。その視線に向かって思いきり舌を突き出して馬鹿にしながら中指を突き付け、もう一殺しされてから完全な復活を果たした。
    「……ふう。もしかして調子悪いのかねロナルド君。昨日も腹出して寝てたもんな、豆腐みたいなシックスパックを気軽に晒しおってからに」
    「ヌー……ヌシヌヌ」
    「まったく世話が焼けるな、そういうところが好きだけど」
     どっこいせと立ち上がり、煮物用の鍋とは別にミルクパンを取り出して湯を沸かす。ミルクティーでも淹れてやろうと思ったのだ。今日は特別に来客用の良い茶葉で淹れてやろう。存分に私を畏怖し、ついでに元気になるがよい。
    「ん、よし、マイラブマイスウィート、お茶はいかがかね」
     そう口ずさみながら、RINEでは「ジョンがゴリラとお茶してくれるって」と打ち込む。またヌンを言い訳に使って……というジョンの視線が痛いが、私の騎士、それくらいは勘弁してほしい。スコーンを焼くのは癪だが作り置いていたクッキーを食べることは許可しよう。
    「夕食前におやつを食べるのはどうかとは思うが……って何ー!?」
     顔を上げた先では、ロナルド君がソファに座ったままテーブルに頭を打ち付けてヤムチャになるという器用な芸当を披露していた。驚いたように駆けつけたジョンに向かって「何でもないぜ……」と親指を立てるも、相変わらず顔は真っ赤だし、声もプルプル震えているようだし、どこからどう見ても平気じゃない。こりゃ今日は早めに飯を食わせて寝かせてしまおう。
    「おい本当に熱はないのか若造。ジョンさん体温計取ってくださる?」
    「体温計? 俺平熱だぜジョン……え、いや、ヤムチャにはいろいろと訳が……」
    「ヌヌシイ」
    「怪しい!? いや本当に何でもねえ……えっちな動画は見てない!! これはマジ!! 信じてくれドラ公!!」
     ロナルド君はなぜか私に向かって必死の弁明を繰り広げてきた。若造の好みはおっぱいの大きな優し気で年上の女性で、ソファの下に隠してあるつもりのDVDやクローゼットにまとめてしまいこまれている本にもその傾向は如実に表れている。今更すぎて嫉妬もへこみもしない、ただただ縋り付いてくるのが邪魔だ。それを一々RINEするのも面倒だったので、私は手っ取り早く死んでロナルド君の腕の中から逃げ出した。
     砂の状態のままキッチンまで逃げ延び、ようやく全身の形を得て振り返ると、ロナルド君はまだジョンに叱られていた。「今日のロナルド君、なんだか変ヌ」と指摘されて、見ていて哀れになるほど狼狽している。お茶とクッキーを出してやると、私をちろりと見上げてますますしょんぼりと項垂れる。うーむ、絵にかいたような挙動不審。「俺は何か隠してるぜ!」と大声で叫んでいるも同然だ。とはいえ、善のゴリラのことだ、いつまでも上手くものを隠しきれるはずがない。問い詰めるのは明日以降で構わないだろう。なんなら私の声が聞こえるようになってからでも問題あるまい。
     そうと決まればデザートは後回し、身体の内側から温まるよう、メニューを変更して余った野菜と豚バラ肉の生姜煮だ。ロナルド君はわさびは好きじゃないけれど生姜は好きらしい。少し多めに下ろし入れても文句はないだろう。手際よく調理した料理をテーブルに並べ、ジョンにロナルド君を連れてきてもらう。お説教はようやく勘弁してもらえたようだ。
    「お、この匂い生姜? ご飯大盛にしてくれよ」
    「はいはい。ジョンは駄目だよ、二人ともさっきクッキー食べたでしょうが」
    「ヌア……」
    「しょんぼりしても許しませんっ」
    「なに、どうしたのジョン? またドラ公がいじわる言ってるんだな? 俺の焼き豆腐ちょっと分けてあげるからね!」
    「……豆腐ならいいか」
     美味い美味いと言い合いながら食べ進める一人と一匹を眺めていると、畏怖欲にも似た私の中の何かが満たされていくのを感じる。ジョンは口の周りに小口切りにした青ねぎをくっつけている。お兄さん風を吹かせてそれを指摘するロナルド君自身も、口の端にお弁当をくっつけている。顔立ちは折角のハンサムだというのにな。
    「……まったくかわいいね、ロナルド君」
    「!? っゲホ!」
    「うわ誤嚥? 死ぬなよ五歳児」
     なおも咳き込むロナルド君に、仕方ないなと立ち上がって背をさすってやる。お茶を手渡せば一息に飲み干してしまった。
    「ごっくんも満足にできんのかね~ロナ君は」
    「な……っ! だっ、おま、お前……かわいいはねえだろ!!」
    「…………あ?」
    「アッ」
     ロナルド君の真っ赤な顔に「やっべ」と書いてある。それだけで全てを察した私は勢いよく爆散して死んだ。「うわ、ふりかけみたいになんな!」と文句が飛んできたがそれどころではない。えっ、全くそれどころじゃないが。
    「……ロナルド君」
    「え、あ、ウン……」
    「……いつから聞こえるようになってたの、私の声」
    「……つ、ついさっき」
    「グブ、数日前には結界も解けていたようだぞ」
    「ンーーデメさん!!」
    「数日……?」
     耐えきれずに再び死ぬ。羞恥と怒りのあまりそのまま震え、形を取り戻すこともままならない。頭上から降ってくるロナルド君の泣き言、もとい稚拙な弁明を、私は死に続けながら聞く羽目になった。
    「えーん、だって、お前の声が聞こえねえ間ずっとジョンといちゃいちゃこそこそ喋ってたじゃねえか! しかもチラチラ俺の方見ながら! あんなの、誰だって悪口言われてるんじゃねえかと思うだろ!」
    「わ、私が、誇り高き高等吸血鬼である私が、そんな幼い真似をするわけないだろうが」
    「だって、なんかめちゃくちゃニヤニヤしてたし、やたら楽しそうだし……ま、まさか俺のことであんなに盛り上がってるとは思わなくて、つい言いそびれてよ……いや、でも別に、会話を盗み聞きしてたわけじゃねえからよくね? お前が余計な事いったら録音してやろうとは思ってたけどさ」
    「それでキンデメさんや死のゲームまで巻き込んで、ここ数日聞こえないふりをしたまま過ごしていただと……? ふざけんなよ若造……!」
     どうにか右腕だけを再生させたが、ロナルド君の「うるせえ!」の一言と踏み下ろされた足によって再び死ぬ。こっちは他人に聞こえていないつもりでジョンと会話していたというのに、ジェントル違反にもほどがある。完全個室のつもりが個室の仕切りがペラペラの暖簾一枚だった居酒屋レベルに卑怯だろ。盗み聞いていないから悪くないなんて、小学生以下の屁理屈だぞ!
    「貴様、その理論でいくと階段で女子高生のスカートの中見えちゃった時も、相手のスカートが短かったせいで自分は悪くないって話になるからな!」
    「あ!? そうはならねえだろ! ……ならねえよ、多分! じゃなくて、それよりお前、あの、何?」
    「あ?」
    「だからっ俺のこと、マイスウィートとか、かわいいとか……!」
    「アッ」
     死んだ。完全にやらかしていた。というか前から聞こえてたなら、そんなこと言われてた時点で私を殺しておいてほしかった。もしかして私、今の今まで恥を塗り重ね続けていたんではない? ロナルド君に聞こえてないのをいいことに言いたい放題だったぞ、だって本人の前で堂々とマイスウィート呼ばわりできるチャンスなんかもうないじゃないか!
    「……テ……コロ……シテ……」
    「さっきから死んでるだろ」
    「えーん無理ィ、いろいろ無理……」
    「む、無理とか言うなよぉ……とりあえずよ、あの、ドラ公」
    「……なに」
    「俺、お前のこと、ダーリンて呼んだ方がいい……?」
    「絶対呼ぶな!!」
    「えっお前もハニーがいいとか……?」
    「呼ぶんじゃねえ死ね!! バカ造死ね!!」
     真っ赤な顔のままもじもじすんなクソボケくたばれアホンダラ、情けない鳴き声と共に降ってくる拳で無限に死ねる。いや、実際は若造の拳なんか関係なく私は死に続けている。高等吸血鬼ドラルク生涯最大のミス、恥ずか死のループから抜け出すことができない。
     死に疲れた私は途中で再生をあきらめ、ロナルド君の言葉なんかもう聞こえないという風を装って、砂のまま棺桶に滑り込んだ。だって無理だろ、ロナルド君のこと好きなのがご本人に全部まるっとお見通しで、しかも知られたのは好意だけじゃなく本人の聞こえていないところで勝手にマイハニー呼ばわりする頭パッパラな所業。それを知られた事実だけで向こう十年は思い出して死ねる。アッ無理死んだ。
    「逃げてんじゃねえクソ砂!」
     ああチクショウ、なんて無茶を言う! これが死なんでいられいでか! こうなったらあれだ、どうにでもなーれというやつだ。真摯に祈れば願いはきっと叶うはず。神様仏様お祖父様、あとついでにお父様、起きたらロナルド君が全てを忘れていますように。駄目なら若造の頭が急にわやわやになってマジの五歳まで退化しますように。入眠にはあまりに不向きな棺桶ボンゴにもめげず、私は半ば無理やりに瞼を閉じて意識を手放した。
     翌夜、目覚めて一番に目にしたのは、片膝をついて花束を差し出してくる若造だった。「お目覚めかクソボケ、俺は腹を括ったぞダーリン」などと凄むものだから、私は再び死のループに飛び込んだ。
    うめみや Link Message Mute
    Sep 12, 2022 4:19:57 PM

    そんな悲しいこと言うな

    #ロナドラ
    ドラちゃんの声が周りに聞こえなくなる話

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