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GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

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    しおり
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    しおり
    花占いは当たらない「……おい若造、なんだねこの大量のブロッコリーは」
    「うるせえクソ砂、お前なら何かしら美味く料理できんだろ」
    「それは地球が回りリンゴが地に落ちジョンがかわいいのと同じくらい当然の事実ではあるが、そうじゃなくて!」
     ベムンと勢いよく冷蔵庫の扉を閉めるも、悲しいかな、非力な私の「勢いよく」は全く勢いなく、手は砂になって冷蔵庫の扉はいつもの通り静かに閉じた。独身男の部屋には勿体ない、ちょっと良い冷蔵庫を選んだだけはある。選んだの私だけどさ。
    「昨日はこんな冷蔵庫ギッチギチになっとらんかったろうが、お使いもまともにできんくせに大量安売りには飛びつきおって! どうせ『なんか安いしいっぱい買っちゃお料理するのはドラ公だし~』とか思いながら買ったんだろバカバカ愚物、パンツ三枚五百円男」
    「パンツは関係ねえしブロッコリーは安売りでもなかったわ死ね」
     シュッと飛んできたテレビのリモコンに驚いて死んだ。それより今のは聞き捨てならない、安売りでもなかったんだって? だのに買ってきちゃったの、ドケチのロナルド君が? 特選高級牛乳の一本や二本をカートに入れただけで切れ散らかすロナルド君が?
    「君……ブロッコリーに呪われでもしたのか……?」
    「呪われてねえよ! なんだブロッコリーの呪いって……いやまあ、うーん、似たようなもんかも」
    「怪異! 野菜に呪われた退治人~悪夢はセロリに限らない~」
    「縁起でもないこと言ってんじゃねえぞハゲ!! 今週のラッキーアイテムだったんだよ!!」
    「うわっ」
     再び飛んできたゲームのパッケージにびっくりして死んだ。いちいち殺すなスカタン。ていうかなに、ラッキーアイテム? 占い? こいつそんなの信じるタイプだっけ? 前々から壺や絵画を買わされそうな奴だとは思ってたけど、本格的に霊感商法に引っかかり始めたっていうのか。ヤバおもろ、しかしそれで私の城にまで害が及ぶのは看過できん。
    「んんっコホン……いいかねロナルド君、買うだけで運気を呼び込んでくれるアイテムや物事が解決するグッズを売ってくれる人を、世間では大体詐欺師と言ブエー」
    「知ってる」
     なぜそんなに投げる物が散らかってるのかと言いたくなるほど種類豊富なロナルド君の投擲、充電ケーブルはやめろやケーブルは、下手すると絡まっちゃうだろうが。
    「あーもう、殺してばっかいないでブロッコリーの片付けくらいせんか。これじゃ他の食材出すのも邪魔だし、君が乱雑に突っ込んだせいで一個取り出すと全部が落下する仕様になってる」
    「えっそれはごめん……今日は生姜焼きがいいです……」
    「どさくさに紛れてリクエストしてんじゃないよ」
     パンパンに詰め込まれていたブロッコリーを買ってきた張本人に一旦回収させて、一袋くらいは今晩のおかずにするかと取り分ける。他は全部冷凍保存じゃ。明日からはしばらくブロッコリーご飯だと思え。
     手伝いのため一時的にキッチンへの侵入を許したが、なぜかロナルド君はブロッコリーを取り出した後もそこから動こうとしない。「なんだね」と視線を向けると「へ、へぁ、えへ……」とモジゴリ君になってしまった。邪魔だ。バナナやるからどっか行きたまえ。
    「あのさ、ドラ公……ブロッコリー見て何か思いついたりしねえ……?」
    「かさばるし邪魔って感情以外ないが……?」
     するとロナルド君は肩を落としてあからさまにしょげてしまった。なんだこいつ、今日は一段と意味が分からんな。
    「もしかして褒めてほしかったの? こんなことで?」
    「ちげえよ……っかしいな、確かにラッキーアイテムは緑黄色野菜って言ってたのに……」
    「……ねえ、そのラッキーアイテムって何? お天気お姉さんに釣られてお出かけ前の朝の占いとか見るようになったのか」
    「違うわ! あー……実は新横の駅前に占い師が来るようになってさ」
    「占い師?」
     占い、あるいは卜占といったら、古くは占星術や風水のように他の学術と密接に関係していたらしいが、現代においてはその信憑性や意義も薄い。好きな人は好きなんだろうけど、まさかロナルド君がそっち側の人間だったとは。ガチャ以外の占いを信じない私には驚きだ、いやガチャは占いではないが。
     どうせ明らかに怪しい風采の占い師に「お客さんがいないんですよォォ」と泣きつかれて、そのまま通い続けてるオチだろう。そう思ったのにロナルド君はさっきから随分と嬉しそうにその占い師のことを喋り続ける。
    「すっげえいい人でさ、話もちゃんと聞いてくれるし、占いは結構当たるし。店構えてるわけじゃねえからいつでも気軽にとはいかねえけど、俺はもう何度か占ってもらってて」
    「……ふうん。ロナルド君は何を占ってもらってんの?」
    「えあっ!? ぉ……た、大したことは……」
    「ふーん」
     なんだ、つまらんな。これがポールダンス占いとかリンボー占いだったら面白いだろうに。それほど興味もそそられないから無視して作業をしようとしたら、何を勘違いしたのか若造が「お前にも場所教えてやるから拗ねんなよ」焦り始めた。別に拗ねてないし占いごときに左右されるドラちゃんの生き様ではないし、と断っても食い下がってくる。こいつ本当に催眠とかにかかってんじゃないだろうな。
    「だーから、私は別に興味ないってば!」
    「そんなこと言わずにさ、一回くらい行ってみろよ。なんかすげーレシピとかバグ技思いつくかもしれねえし! あ、明日の夜とか、どうよ、一緒に行ってやるよ!」
    「はあー? ……まあ、暇してるしいいけど」
    「ッシャ!」
     なぜか小さくガッツポーズをしたゴリラをキッチンから押しやる。そんなにその占い師を信用してるのかね、そりゃロナルド君みたいな人間、素直すぎて占い師からすればいいカモだろうな。いいけど。ロナルド君の人生なんだから、誰にだまされて痛い目見ても私には関係ないし。別に、直接占い師に会ってうちの純真無垢ゴリラを騙してないか見極めてやろうとか思ってないし。
     ちらっとカウンターの向こうに目を向けると、ロナルド君は笑顔のお手本にしてもいいくらいニッコニコでキンデメさんに報告をしていた。本魚は「助けろ」という目で私の方を見てるんだけど、それすら気づかない。どっからどう見ても浮かれゴリラ、新横のポンチどもに勝るとも劣らないぞ。
    「…………妙に機嫌がいいな、若造」
    「エ!? そ、そんなことないぜ!? なっジョン!!」
    「ヌ?」
    「こらジョンを巻き込むな! 茹でブロッコリーでも食っとけ!」
    「えー、肉がねえ」
    「マヨでもつけときなお子ちゃま舌」
     ぶーぶー文句を垂れてたくせに皿に盛ったブロッコリーを出してやったらいそいそと食べ始めた。ジョンはさっきおやつ食べたはずなんだけど、お野菜だからまあいいか。マヨネーズのつけすぎには注意ね、とかわいらしい口元を拭ってやるのを、ロナルド君が何やら熱のこもった目で見ていた。

    「いや吸血鬼かい」
    「ィイーッヒッヒ! こんばんは迷える子羊! いや子羊っていうよりナナフシみたいだけど」
     占い師に会いに行くと言いながら「そういやあっちの夜景はキレイらしいぜ」とうろちょろ寄り道しようとする若造をジョンと夜食で釣り、どうにかこうにか駅前に着いたらこれだ。なにが凄腕占い師じゃ、ただの変態吸血鬼じゃないか。はい解散。
    「待て待て待て! まだインチキって決まったわけじゃねえだろ!」
    「インチキじゃなくてもトンチキだろ新横駅前の占い吸血鬼とか」
    「それはまあ……そうかも……」
    「退治人さんまでひどくないかね!? 私はただ自分の能力を使って皆に幸せをお届けしたいと思っている善良な吸血鬼ですよお!」
    「善良な吸血鬼は自分のことを善良って言わないだろ!」
    「まあ、実際この人が誰かに迷惑かけてるとこ見たことはないし、そういう相談もないから問題ねえだろ」
     若造に正論を吐かれてぐぬぬと黙った。顔のほとんどを覆う黒いヴェールに同じく黒いローブ、人の頭ほどある大きな水晶と、風貌は見るからに占い師然として怪しいが、逆に格好がベタすぎて信じてしまいそうなところはある。
    「……では同胞、あなたの能力は未来視とか、そんなすごいものなのかね? VRCにちゃんと許可取ってる? 通報した方がよくない?」
    「あそこ怖いからやだ……」
    「うん、私もやだ……」
    「じゃあ話題にすんなや。あー、占い師さん、今日はこいつのこと占ってみてやってくれよ」
    「同胞を? 別に構いませんが」
     じゃあそこに、と勧められるがままに椅子に座り,よく磨かれた水晶の表面をつるつるとなぞる。吸血鬼は水晶にも映らない。私も、占い師の同胞も、どこまでも透き通った大きな水晶玉をのぞき込んだ。
    「さてさて、では何を占いましょうか」
    「いや私は占いとか別に……」
    「……おや、へえ……同胞、あなたは恋をしていらっしゃる」
    「!?」
    「ヌア!?」
     ビックリして一度死んだ。なに!? こいつの能力本物なのか!?
    「ダッッッどっ、な、マ」
    「しかもこれは……えーヤダおイケ、男だけど同胞ってば面食い? それも……へえ~……」
    「まままま待て同胞、何が見えてるんだお前に!? とうか誰が占ってくれって言った、勝手に人のプライベート覗いてんじゃないよ!!」
    「イーッヒッヒ、私には全てまるっとお見通しさ! ……で、同胞が一番気にしているのはこのイケメンとの恋の行方だろうが……ふうん」
    「!」
     吸血鬼が何も映っていない水晶を熱心にのぞき込む。私までつられてのぞき込む。ただただ赤いクッションと机に広げられた粗末な敷布が拡大されて見えるだけだ。両方無地なのはいいけれどもあんまり目が粗いと、あっ数えちゃう、なんでデニム生地にしたんだ馬鹿だろこいつ、やだぁ私がめちゃくちゃ真剣に占ってもらってる人になっちゃう!
    「く……ぐぬ……」
    「ど、どうした同胞」
    「いや拡大された布の目が粗くて……目をつむるからちょっとタンマ」
    「お前も数えてんのかい! ちゃんと見ろコラ! 誰を占ってると思ってんだ!」
    「うぅ~でも心眼で見える、うん、同胞! 貴様の恋は……実らない!」
    「えっ」
    「絶対に! なんか、相手はおっぱいの大きいお姉さん系の女の子と結婚するっぽい!」
     やけにデカい声で同胞が私の失恋を断言した。普通にショックで死んだ。
     ……そりゃあ分かってたさ、ロナルド君みたいな若くて健康な男が私のようなガリガリの雑魚吸血鬼を選ぶはずないってことは。いくら私が完璧でかわいくてファビュラスであっても、でっかいおっぱい大好きルド君の好みと一致しないというのはこの上ないディスアドバンテージなのだ。この魅惑の股下三角ゾーンも、あの若造に響かないのであれば意味がない。
     気づいた瞬間から諦めていた恋だ。今更どうこうなろうとは一ミクロンたりとも思っていない。分の悪い勝負はしない、それが楽しく生きるコツだ。病弱な体質だって、いくら血を飲んでも肉の付かない体だって、お父様やお母様、お祖父様のような素晴らしい能力に目覚めなかった時だって、私はそうやってより楽しく明るい道を見いだしてきた。
     ……それはそれとして、他人にそこを指摘されるのはどうなんだ? クッソ腹立つが。ヒゲの所にいた頃もそうだったけど私のできることできないことを人から決められんの死ぬほどむかつく。死んだ。ここで粛々と失恋を受け入れるとか、そんな楽しくないことするわけないよなあジョン、ジョンさんも「そうだそうだ」と言っています。
    「同胞よ、そう気を落として何度も死ぬな……同胞ちゃんなら、きっともっと素敵な人がいるって!」
    「表面的な付き合いしかないOLみたいな慰め方をやめろ! ……ところで、若造の結婚相手って誰かね」
    「え? 若造? あれ、もしかしてこの人……」
    「髪の色は? 長さは? 顔立ちや身長はどんなもんだ、結婚するなら六月か?」
    「いやそこまでは……というか知ってどうするつもりですか」
    「使えんなあ貴様! 決まっとろうが、絶対邪魔するわ」
    「えぇ……」
     占い師はドン引きして「好きな人の幸せくらい祈れないの」と言うが、馬鹿かねこいつは、吸血鬼が何に祈ろうというんだ。
     ロナルド君と私が結ばれないとしても、それはまあ五億歩譲って仕方のないことだとしても、あいつに彼女ができるのを遅らせまくって「もう結婚とかいいかな、ドラ公いるし」くらい言わせることは可能だろう。そうなればドラちゃん大勝利、若造との面白おかしい生活なんか誰にも譲ってやるもんか。
    「まったくいい加減な占いばかりしよって、見とけ、貴様の占いなんかこの私に通用するわけないんだからなあ!」
    「占いって通用するしないじゃ……」
    「……おいドラ公、長くね? いつまで喋ってんだよ」
     離れたところで私を待っていたロナルド君が、いつの間にかすぐ後ろに迫っていた。背後からぬっと姿を現したのにびびって死にそうになった。
    「ウオーッ! 見るなゴリ造! どいつもこいつもドラちゃんのプライバシーを蔑ろにして!」
    「な、見てねえ! てか何見るんだよ、なんも見えねえよ」
    「……それはそう」
     思わず水晶を背後に庇うようにして立ち上がってしまったが、同胞ならまだしもロナルド君に何かが見えるはずもない。それでも気持ち的には仕方ないだろ、なんか見られたら嫌だもん。
    「な、なあ、ドラ公は何占ってもらったんだ? 当たってた?」
    「うるさい馬鹿プライバシーの概念無し男、誰が言うか。君はどうせ恋愛運でも占ってもらってるんだろ。俺は何歳で結婚できますかーとか」
    「パエッッ」
    「うわっ跳ぶな!」
    「うわっ人間ってそんな跳ぶんですか」
     垂直に跳び上がったロナルド君はしばらくこちらを警戒して、ビルの壁にへばりついたまま降りてこようとしなかった。一体何が癪に障ったのか知らないけれども、多分私の指摘が図星だったんだろう。面倒くさいから放って帰った。ロナルド君が占いで何を知りたいのかなんかこれっぽっちも興味ないからな。

     というか自分の運勢? 人生? 生き方? そういうのを人に委ねるって、あんまり馬鹿げてるじゃないか。好きな人ができたなら自分でチャンスを作って告白すればいいし、プロポーズのタイミングが分からないなら優秀なお兄さんや既婚者であるマスターを頼ればいい。この間はラッキーアイテムだなんだと言ってブロッコリーを冷蔵庫に詰め込んだ男が、今更スピリチュアル的助言で何かを変えられるわけないだろうが。アホ過ぎる。もう、見てらんないくらい間抜けな浮かれポンチで、あんなの同居してるのが私じゃなかったら三日で家出されてるからな。
    「ねえジョンさん、ジョンさんもそう思いませんこと!?」
    「ヌー」
    「マジロはいいえと言っています」
    「ジョンにも見放されたぁ!」
     爆散して死にたくなるのをこらえた。ドラちゃん偉すぎ、折角若造が帰って来るであろう時間に合わせて最高の料理をテーブルに並べたのに、ドラドラパウダーがけとなったらさすがに食卓に出せないしな。私のポリシーに反するので。
    「というか同胞、なんだその……なにその量? パーティーか?」
    「はあ? んなわけないだろうキンデメさん」
     私の返事を聞いて、賢い吸血金魚はぶくぶくと泡を吐いて黙った。料理の写真を撮っていた死のゲームが代わりにとばかりに叫ぶ。
    「でも師匠! これじゃまるで正月とクリスマスがいっぺんに来たような豪華さですよ! 今日は誰の誕生日でもないんでしょう?」
    「まあ、そういうわけじゃないし」
    「じゃあ何なのだ、この所狭しと並べられた料理は。退治人のリクエストはからあげ丼だったろうが」
    「……や、これはまあ、ジャブっていうか」
    「……」
     あ、ああ~三匹の視線が痛い! だって仕方ないじゃないか、あのボケ最近は以前にも増して占いに頼りっきりで、「今週は肉類を食うと魅力が下がるらしい」「家を出るときは左足を先に出さなきゃ息が臭くなる」「ピンクを常に身に付けておくとラッキースケ……いいことがあるって!」など一々面倒くさいことったらない。毎日の星座占いで一喜一憂してる方がなんぼかかわいげと面白さがあるというものだ。
    挙げ句の果てには先日、真っ赤な顔でどもりながら「お、ド、お前、ドラ……これっやる!」と言いながら紙袋を差し出してきた。ちょっとだけ期待して、いや母の日的なアレかな日頃の畏怖とか感謝かな、と思いながら開けた中身はお線香だった。さすがに笑う気力も起こらずただ死んだ。あの時はなんだったかな、そう、「だっていい匂いのするものをプレゼントするといいって言ってたからぁ!」と涙ながらに(拳を交えて)訴えられたが、キレた私は束のまま火を点けて事務所で焚いた。火災報知器が鳴って消防や警察ではなくオータムの社員さんが駆けつけたため、ロナルド君はそのままメイデンされていった。……占いの内容いかんというよりロナルド君の解釈が超次元すぎる可能性はある。
    そのロナルド君が昨日からそわそわガサガサうろうろと落ち着きがなく、どう見ても封を開けたばかりの鏡と櫛をこそこそポケットに入れて、数日前から洗面所に隠していたメンズブランドの香水まで持って出かけて行ったのだ。こんなん絶対なんかあるだろ。退治に行くフリ……いや仕事は本当かもしれん、ロナルド君だし、でもあからさまに「今日仕事終わったらイベントあるんです~」て準備をして出て行かれると、さすがに私も黙っていられない。
    家で宇宙規模にかわいい同居吸血鬼が愛情込めた夜食を用意して待ってるってのに、クソゴリラはどこの馬の骨とも知れない小娘と乳繰り合ってるかもしれないのだ。もしかすると今晩こそは、とその小娘を家に連れ込む可能性だってある。いーや骨の髄まで童貞が染みてる男だから、初手ホテルなんか絶対無理だ。まずはお食事やお茶でもと思うも、時間的にいい感じのレストランも難しく、最終手段には美味しいお茶やお菓子や絶品料理が出てくる、ぐるなびにも掲載されている吸血鬼退治事務所ことリストランテ・ドラドラを選ぶに違いない。あっ駄目だ想像だけではらわた煮えくりかえって死ぬ。死にました。
    「……それで牽制ということか」
    「師匠……」
    「ヌエー……」
    「な、なんだなんだ! 仕方ないだろ、だって嫌なんだもん! ロナルド君が連れてくる彼女だか彼女候補だかと会うのも話すのも……いや私の話術をもってすれば逆にドラドラちゃんに夢中にすることも不可能ではないが!」
    「やり方が回りくどい上に陰湿だな」
    「そもそも連れてくるって決まってるわけじゃないのに、お金と食材が勿体ないですよ」
    「あーん魚とゲーム機が正論吐く!」
     最早私の見方はジョンだけだと抱きしめたら「ドラルク様も浮き足立ってるヌ、ちょっと落ち着いて」と慰められた。なんでここにいる全員私より冷静でいるんだろう。私はさっきから死んでは蘇生を繰り返して全く落ち着けないのに。
    「……いーや、君らに何を言われようと、この高等吸血鬼ドラルク、不安の芽はみじん切りにして煮込んで跡形もなくさなければ気が済まないのだ。もうじき若造が帰ってくる、君たちは高級餌と新しいクソゲーで時間を潰しつつ私の優雅な勝利を見ていたまえ」
    「ぐぶぶ、見て見ぬ振りをせよということか買収ご飯うまうま」
    「わっすごいクソ仕様! メニュー画面の使いづらさといったら芸術級! さすが師匠ですね!」
     ようやく大人しくなった外野を視界の外に追い出した途端テーブルの上のスマホがぶるぶると振動する。「今事務所のビルの下」というロナルド君からのメッセージだった。メリーさんかお前は、私じゃなけりゃ帰宅の五分前に言われたって食事の準備もできないんだからな。私だからパーフェクトなだけでほうれんそうとしては大失敗もいいところだ。
     私はロナルド君のように野生の聴覚を有しているわけではないので、ドアの外の足音が複数人のものか、その中にヒールの音が混じっているか、そんなことを聞き分けることはできない。けれども場を制すならば先手必勝、すなわち捨て身のドラドラ戦法である。今思いついたけど。
    「…………った、ただいま! ドラ」
    「おかえりルド君今日もお疲れ様!!」
     若造の帰宅の挨拶を皆まで聞かず、顔も見ずに素早く抱きつく。「これくらいいつもやってますけど?」てくらい自然にハグするのが牽制のコツだとも。同胞の気配なし、背後に人なし、女物の香水の匂いなし。嗅ぎ慣れないシプレ系の香りは……ロナルド君が持っていった香水だろう。なんだこのロナルド様くさいの、こんなセクシー系の香り、五歳児がつけるべきじゃないだろ。
    「ぁ……あの…………ど、ドラ公さん……?」
    「……ふむ、今日ではなかったか。まあいい、先に食事にするか若造」
    「えあ、あ、はい」
     チッ運が良かったな、まだ顔も知らぬ小娘め。香水とかつけないタイプなのかもしれんし、後でロナルド君の退治人服のポケットというポケットをひっくり返して確認しなければならない。そんなことを考えながらぺいっと若造を突き放して、さっさと居住スペースに戻る。
    「じゃあコースで出さなくてもいいか、写真でも撮って……ロナルド君?」
    「はえっ」
     後ろからのこのこ着いてきてるだろうと思ったロナルド君は、なぜかまだ事務所の入り口で直立不動のままだった。私に声をかけられて初めて気がついたようで、右手と右足を同時に出しながらようよう居住スペースに入ってくる。
    「どうした挙動不審ゴリラ、文明に触れるのは初めてか? 火がなくても明るいの、不思議だねえ」
    「どっっどどどどうしたはこっちの台詞じゃクソ砂! なんださっきの、あの……何この皿の群れ!?」
     配膳ロボットみたいにガクガクとした動きをしていたロナルド君が、テーブルの上に広げられた料理の数々を見た瞬間に人間に戻った。しまった、スペースが足りなくてロナルド君がキャンプ用にと買ったアウトドアテーブルまで持ち出したのはさすがにやり過ぎちゃったかな。怒られるのが嫌で目をそらしながら「…………別に」と答えたら、完全に正気を取り戻したゴリラに詰められた。
    「別にってレベルじゃねえぞ!? 石油王か誰か来るのか!?」
    「うるせえ! ちょこーっとだけ気合いが入ってしまったごく一般的な家庭料理じゃ! さっさと手を洗ってきなさい!」
    「お前のちょこーっとのレベルが分かんねえよ、どうすんだこれ、これ全部……えっこれ全部俺とジョンで食っていいやつ? マジ?」
    「マジ」
    「やったあ!」
     うーん、単純で扱いやすくて助かる。見慣れぬ豪華な料理に一瞬理性が働いたんだろうが、一番大きな皿に盛ったからあげタワーを前にその理性も蒸発したらしい。チョロいとかいう時限じゃない。私が差し出した手にジャケットをかけて、ロナルド君はルンタルンタとツーステップを踏みながら洗面所の方へ消えていった。危ないところだった。
    「……ジョン、匂いチェック」
    「ヌンヌンヌン……ヌー!」
    「よし、各種ポケットに名刺アクセ包装用リボンの類いなし、ティッシュ丸めたの入れたままは後で叱る」
    「ヌッ」
    「GPS仕込まれたりしてないかな……半田君のだけかな……メビヤツにスキャンしてもらうか」
    「……餌代の分はと黙っていたが、お主、そこまでやると普通に怖い」
    「黙っておこうかなと思ったんなら最後まで黙っているべきだぞキンデメ」
    「あれ、ドラ公? どっか汚れてた?」
     手を洗って戻ってきたロナルド君に、なんでもないよと笑顔で答える。また胡散臭いとか何企んでんだとか言われるかと思ったが、食欲が脳の大半を占めている現在のロナルド君は一刻も早くご飯を食べたいという思いでいっぱいらしい。それでいい。五歳児に色恋沙汰はまだ早い。
    「いっただっきまーす!」
    「はい召し上がれ。ところでロナルド君、今日は何か変わったことあった?」
    「変わったこと? ……いや、別に」
    「ふうん」
     嘘をついてるようには見えないが、それじゃあ今日お洒落して出かけた意味が分からない。それともその女性とのやり取りは「変わったこと」にカウントされない日常的なものになってるのか。ひょっとすると、顔も知らない小娘どころか私のよく知ってる女性だったりするのかね? ならばなおさら引けないぞ。吸血鬼の執着を知ってはいても実感したことなんかないだろう。
    「ロナルド君さあ、今日つけてた香水あるじゃん」
    「ブッッッフォ」
    「ぎょえっ吹き出すな、ばっちい」
    「いや、おま、気づいて……アワ……」
    「気づいたっていうか、んん、あれちょっと君には合わないと思うな。香水つけてみたいなら、私が間違って買っちゃったやつあげるよ」
    「え、そ、そう? でも一番のモテ香水だって……」
    「万人にモテるウケる香りより、その人の魅力をもっと引き立てる香りの方がいいだろう? 私には合わなかったけど君には似合うと思うんだ。今度からそれをつけなよ、ね」
    「……お前が嫌いな匂いじゃないなら」
    「ううん、匂いは好きなんだよ」
    「ふ、ふーん、しゃーねえからもらってやってもいいぜ」
     へへっと機嫌を良くしたロナルド君の左右の頬は芸術的なまでにソースで汚れている。完璧すぎる、どこに出しても恥ずかしくない五歳児だ。あー、こんな子やっぱり絶対他のやつに渡したくないなあ。どうしたら同胞の言った未来をねじ曲げられるのかしら。次なる危機に備えて様々なシミュレーションをする私を、三対の物言いたげな目が見つめてくる。やかましいわい。

     
     最近の俺はすこぶるツイている。ツイてるっつっても、宝くじで一億円当たったとかロナ戦にそのまま書けそうな変態絡みじゃない依頼が舞い込んでくるようになったとか、そういう運のツキではない。俺がツイてるのは、そう、まさかの恋愛運だ。
     今思えば、普段ならスルーしちまうような路地裏の胡散臭い占い師の言葉に耳を傾けたのも運命だったのかもしれない。よくやったぜあの時の俺、低下した判断力でもあの吸血鬼の呼び声に応えることができてよかった。
     あの占い師に初めて会ったのは、退治帰りじゃなくてフクマさんとの打ち合わせの後だった。新しいロナ戦の方針、ごく一部で話題になっているというドラ公との相棒路線のマンネリ化、ヒロインへの期待……フクマさんはより良いロナ戦の形と俺の意向をいつも考えてくれている。だからネット上の少数意見でも、ロナ戦の良い刺激になるかもしれないことについては必ず俺の耳に入れてくれる。その上で「全てを真剣に受け止める必要は全くありません、目や耳に入れたくもないということでしたらオータム式情報統制を」と言ってくれる。以前の俺なら「ファンがそれを望んでるなら」と言って全部の意見を原稿に盛り込もうとしてたかもしれないけど、今はそうじゃない。
     特にドラ公との相棒路線は譲りたくない。だって俺は、今やドラ公のいない人生なんか考えられないほどあいつに惚れ込んでいるのだ。
     その日も、一部のネット上では「ドラルクはロナルドの相棒にふさわしくない」という意見が根強く残っている、という話を聞かされた。読者にそう思わせてしまうのは、まったく俺の力不足だと思う。だからフクマさんにもそれを伝えて、「そういう読者にも楽しんでもらえるロナ戦を書いていきたい」と宣言してきた。
     しかし、「ドラ公は俺の相棒なので!」と宣言しておきながら俺は新横浜の駅で頭を抱えていた。なぜなら俺はドラ公のことがガッツリ恋愛的な意味で大好きで、人からそれを指摘されるほど言動に気持ちがだだ漏れているらしい。
     この間も死んだ目のショットに「ところでいつドラルクに告るんだ?」と言われた。まさかバレてるとは思わなかったから、反射的にショットの意識を奪ってしまった。ごめん。
     ショットだけならまだしも、同じようなことをサテツにも半田にもカメ谷にもマスターにもヒナイチにも兄貴にも言われ、極めつけにはドラ公の親父さんから「貴様のような男にうちのかわいい息子はやらん! ってやつ、あれ私やってみたいな、ポール君まだなのかい」と言われた。普通そこは血の涙を流して怒るところだろうが。そう言ったら「その時期はもう終わった」らしい。俺の知らないところで、俺とドラ公の仲が親公認のカップルになろうとしている。
     ところが現実はどうだ、俺はドラ公に好意を伝えるどころか毎日殺意にしか目覚めてない。「ほんとにデリカシーがないな」とは耳にたこができるほど言われた。俺は必死で隠してるつもりだけど、周りの人に分かっちまうくらいなら、俺のドラ公への気持ちが本人にバレちまうのも時間の問題だ。そうなったら「私のことそんないやらしい目で見てたんだ……もう同居とか無理出て行きます」なんて事態になりかねない。やめろ! 出て行くな想像上のドラ公! 殺して瓶に詰めるところまでめちゃくちゃリアルにシミュレートしちゃったけど、駄目だろ普通に。
     じゃあこのまま頑張って隠し通せばどうなるか。「ロナルド君よりよっぽど面白い人間いたからそっちに引っ越すね、今までお世話になりました」と言われかねない。同居するのか、俺以外の男と……送り出せる気がしない。部屋にガソリンまいて心中するって騒ぐかも、もう俺は自分が恐ろしい。
     そういうわけで俺の恋は、進むも地獄戻るも地獄の恐るべき窮境に立たされていた。こうなったら、ドラ公が俺のことを好きになってくれるような奇跡が起こる以外、事態が好転する望みがねえ。ところがそれが一番難しい。この世に生まれ落ちて今の今まで、ずっと清廉な身で生きてきた男をなめないでほしい。えーん助けて!
    そんな時に、あの占い師に呼び止められたのだ。
    「イッヒッヒ……そこのお兄さん、お困りのようだね……」
    「え、お、俺? いやあ、大したことじゃないんで」
    「む、むむむ、見えます……どうやらかなり深刻な……そう……恋の悩みと見た!」
    「ええ!? なんで分かったんですか!?」
     そこからはもう、プースのスライダーのごとく話が進んだ。俺がにっちもさっちもいかない恋の迷宮にドハマりしていること、そいつがいかにクソ野郎で恋が叶う可能性が低いかということ、でも好きで好きで諦められないこと……占い師さんは真摯に耳を傾けてくれた。そうして最後に「つまりあなたは、この……あの……吸血鬼のおっさんと…………まあよし、私がその恋路を応援して差し上げましょう!」と言ってくれたのだ。
     水晶を覗き込んでしばらくウンウン唸っていた占い師さんに勧められたラッキーアイテム、料理酒を手土産に家に帰ると、ドラ公が目を丸くして「嘘、丁度なくなりそうでお使い行ってもらおうと思ってたんだけど。ありがとねロナルド君、助かったよ」と嬉しそうに微笑んでくれた。ドラ公が! 俺の行動で! 喜んでくれた!
     そりゃあドラ公は俺のせいでよく笑う。でもその大抵は俺が面白いから笑ってるだけで、俺に何かをされたのが嬉しくて笑うなんてレアだ。誕生日とかクリスマスとか、そういうイベントでないとお目にかかれない。イベントですら下手すると笑わせるんじゃなくて笑われることになる。それがどうだ、難しいと思っていたことが、こんなに簡単に叶うとは。
    「……もう俺にはあの占い師先生しかいねえ」
    「? ロナ造どうした、食べないのか」
    「あっいや食うぜ! 俺が買ってきた料理酒? で作った角煮だもんな!」
    「言われる前にお使いできただけで調子乗りよるわこのゴリラ~……でも、その調子で家のことも気にかけてくれたまえ。気配りされて嫌になることなんかないからな」
     そう言ってドラ公はまた満足そうに笑った。かわいい! 好きになった相手を笑顔にさせられることがこんなに幸せなことだとは知らなかった。
     きっとあの先生なら奇跡を起こすことが出来る。ドラ公が俺なんかのことを好きになる、そんな驚天動地の奇跡を……!
     
     そうして新横浜の駅に足繁く通うようになり、占い師先生の助言を真面目に実践し続けた結果、俺とドラ公の仲は結構進展してきたんじゃないかと思う。大体はその週や次の週のラッキーアイテムを占ってもらって、物によっては「とうとうこいつマジもんのポンチになっちゃったのかな」という視線を浴びながらも、俺は必死でドラ公にアピールしてきた。この間は「めちゃくちゃ恋愛運の高まりを感じます……告白するなら今週中かも!?」と占い師先生に言われたのを信じて、ちょっとでも格好良いと思ってもらえるように身なりに気を付けてみたら、帰宅早々ドラ公からハグされて昇天するかと思った。ラッキースケベは突然に。あまりの幸福に「今日こそ絶対告白するぜ!」と心に決めてたのも吹っ飛んでしまった。
     しかもそれ以降も、ドラ公は香水をプレゼントしてくれたり、ネクタイを選んでくれたり、一緒に服を買いに行ってくれたりと、もういつ告白してもいいんじゃないか!? と思うような出来事ばかりが続いている。逆に俺の恋心を抑える方が苦労する。好きだドラ公、お付き合いを前提に結婚してくれ。
    「もういっそ告れよお前、こんなとこでくだ巻いてねえでよ」
    「お前が珍しく自信もって両思いだ! て言うくらいなんだから間違いないだろ、早くドラルクさんに言いなよ」
    「うー……だって占い師の先生、最近全然見かけなくて……告白する日が決めらんなくてさあ……」
     ファミレスの薄いメロンソーダをがぶがぶ飲んでたショットが呆れたようにため息をついた。俺だって何でもかんでも人任せは良くないって分かってるけど、ここまで上手くいったのはどう考えても占い師さんのおかげだ。最後の最後でどんでん返しとか、そんな悲しい結末はどうやったって避けたい。
    「はあ……どこ行っちゃったんだろう、カリスマ占い師」
    「勝手にカリスマにすんなよ、そもそも吸血鬼なんだから飽きてどっか行っちまうなんてこと想定済みだろ」
    「うえーん……俺を見捨てないでぇ……」
    「……占いをやる吸血鬼といえば、この間VRCに新しい吸血鬼が収監されてたよな。変態っぽくはなかったけど」
    「ああ、なんか人が頭の中で一番強く思い浮かべてることが分かる能力だっけ? 犯罪者を捜すのに役立ちそうだな」
    「でも目の前に座ってもらって水晶を見なきゃ分かんないってさ。所長さんが文句言ってた」
    「ふうん、確かに占いっぽい」
    「ロナルドのそれも、別に占いとかじゃなくてお前がそうなったらいいのにな~て思ってることを言われただけだったりして」
     だったらとっくにドラ公と付き合っててもおかしくねえじゃん、俺占い師さんのとこ行く時いっつもどうやったら俺のこと好きになってくれるかな~ってことしか考えてなかったし。
    「……あ、逆むけ」
    「俺も最近よくできる、乾燥してんのかな」
    「この逆むけを……キレイに剥けたら……今日の晩飯はからあげ!」
    「ロナルドって何でもそうやって考えるよな、ガキのころ横断歩道の白いとこしか踏んでなかっただろ、落ちたらマグマってやつ……そんな吸血鬼いたな確か」
    「あーいたわ、誰だっけあれ」
     そんな話をしながら慎重に逆むけを引っ張ったら血が出て失敗した。くそう、今日の晩飯は魚かもしれねえ。望みをかけてドラ公に「今日からあげがいい」とRiNEしたら「オッケー任せて、帰りに塩鮭買ってくるように」と返事が来た。絶対鮭じゃん、やっぱ占ってもらえなかったら俺なんか駄目だ。ドラ公とらぶらぶ両思いはまだ遠い……。
    うめみや Link Message Mute
    2023/03/28 12:23:30

    花占いは当たらない

    #ロナドラ

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