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    しおり
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    ハートが帰らない

     ドラ公は帰ってきた瞬間から不機嫌だった。一体何が気に食わないのか、俺どころかキンデメや死のゲーム相手にもむっつりと押し黙ったままで、嫌そうに歪む表情を隠そうともしなかった。キッチンに立つでもなくやけくそ気味にネッフリを漁るでもなく、「ただいま」の次に聞いた言葉は「もう寝る」だ。こんなことは珍しいどころか初めてで、情けないことに俺は棺桶の蓋を閉じるドラ公に声一つかけることもできなかった。
     棺桶の中からは物音ひとつない。この不気味さは普段温厚な人が怒ると怖いって言う、あれに近い。いつも鬱陶しいほどにテンションが高く、何事も楽しんでしまう享楽主義の吸血鬼が不愉快の感情を露わにしているのに、正直俺はビビっちまった。食べかけていた最中アイスの皮が口蓋に張り付いたのをどうにか飲み込んで、そろりとドア横の金魚と目を合わせる。
    「……き、キンデメ、俺また何かやっちまいましたかねぇ……?」
    「……ぐぶ……我輩には分からん……」
    「キンデメに心当たりがなけりゃもう詰みじゃん!!」
    「前から思っていたが、貴様ら二足歩行のくせに金魚を頼りにしすぎでは?」
     キンデメの言う貴様らの中にきちんとドラ公が含まれていることに安心して、とりあえず心当たりを探すべく俺は冷蔵庫の中を覗いてみた。いつもの牛乳はまだ残っているし、汁物のタッパーをひっくり返した痕跡もない。次いで本日一日の自分の言動を振り返ってみたが、いつも通りドラ公に煽られていつも通りドラ公を殺しただけで、あいつが不機嫌になるような出来事は思い出せない。うーん駄目だ、やっぱ詰みだ。しゃーないから諦めて明日を待つぜ。
    「なんだ、寝るのか」
    「おう。明日になったら機嫌も直ってんだろ。そん時に殺しつつ理由聞いてみるわ」
    「ロナルドさん、師匠を殺しつつっていうのはさりげなくって意味じゃないんですよ」
    「いや同じようなもんだって」
    「……いいのか、あんな状態の同胞を放っておいても」
    「ガキじゃねえんだから」
    「……」
     キンデメと死のゲームからの視線が痛い。俺だって分かってるよそんなこと、逆の立場ならドラ公は「ヘイヘイヘーイしょぼルド君! 今度は一体何がどうしたというんだね、君の不幸を肴にブラッドワインでも開けさせたまえ!」とか言って、何度も殺されながら俺を煽り倒して、とうとう抱えてるもんを吐き出させてしまうんだろう。それをされた俺は腹が立つけれども思考のループは負の方向から抜け出せるし、翌朝もすっきり起きることができる。
     あれがドラ公なりの優しさとか思いやりなんじゃないかと気付けたのはごく最近だ。容易にそうと悟らせない辺りが年長者っぽくて気に食わない。俺にもああいう芸当をやってみろと言いたいんだろうが、みくびりやがれ、俺にできるわけねえだろう。精々がダチョウ衣装を着て一緒に踊ってやるくらいだぜ。
     でも、当の本人があの調子じゃダンスどころじゃないだろう。どうにかしてやりたい気持ちはあるけれどもどうにもできないのが現状だ。そうやって心の中で言い訳をしながら明かりを消して布団に潜り込む。現状維持に下降思考、だから俺はダメなんだわエーン泣きたい……グンナイどうしようもない俺。
     今日は下等吸血鬼の退治案件がいくつも重なって昼からずっと駆け回っていたから、体は重怠く、すぐにでも眠れるはずだった。しかしどうにも寝付けねえ。ソファベッドの隣に鎮座している棺桶がこんなにも気になるのは久しぶりだった。
     何度か寝返りを打って、ようやく眠気らしきものの尻尾が見えてきた時、ふと頭の横に温かな気配を感じた。目を閉じたまま手で探り当てると、相手は切なそうにヌーと鳴いて俺の布団に潜り込んできた。
    「……ジョン? どうしたの、眠れねえのか」
    「……ヌー……」
     囁き声で尋ねてみてもジョンは悲しそうに鳴くばかりだ。そりゃそうか、だって大事な主人があんなになってるんだから、ドラ公に忠実な使い魔であるジョンが悲しむのも道理だろう。俺のところに来たのは聞いてほしい話があるからだろうか。よく手入れされた、滑らかな甲羅を撫でながら、腕の中の温みが心地よくて上下の瞼がくっつきそうになるのをどうにか堪えて、ジョンの気持ちがまとまるのを待つ。俺よりずっと歳上のはずのアルマジロは、ただハラハラと涙をこぼすばかりだった。
     ジョンがどうにか泣き止むのと、俺の意識が途切れ途切れになってきたのはほぼ同じころだった。よじよじと俺の胸の上を登ってくる感触ではっと我に返って、小さな体を見下ろす。再び俺の頭の横までたどり着いたジョンは、内緒話をする時のように俺の耳に顔を寄せてきた。
    「……ヌヌヌヌヌン」
    「うん、ジョン、ドラ公になんかあったんだな」
    「ヌヌヌヌヌヌ……ヌヌヌヌヌヌ……」
     ジョンは再びぽろぽろと泣き出したが、今度は俺の肩口に擦り寄って懸命に話をしようとしている。無理しなくていいよと宥めると、意を決したように顔を上げて、俺の顔を小さな手で撫でながら悲しみの原因をそっと打ち明けてきた。
    ──あのね、ドラルク様、心臓を盗られちゃったの。
     
     吸血鬼の心臓は、正しく急所の一つだ。抉り出して火で炙ったり、ワインで煮たり、あるいはそのまま杭で貫いたりしてしまえば吸血鬼は絶命するという。吸血鬼退治人の自著伝や退治マニュアルには、今でも首を切り落とすよりも確実な退治方法として紹介されている。
     新横浜で吸血鬼退治人として働く中ではほとんど意識したことのない話ではある。ここで湧く敵性吸血鬼といえばカクレツチグモやヤツメヒル、スラミドロといった下等吸血鬼ばかりだ。敵性と言っても高等吸血鬼の大半はポンチか変態で、たまにいるアラネアや吸血鬼アンチエイジングのような危険性の高いやつでも、基本は麻酔銃や暴力で武力の無効化の後、VRCに収容する。本当の意味での退治、つまり伝承に出てくるような吸血鬼の命を奪うような真似はしたことがなかった。
     厳密に言えば吸血鬼は生き物ではないらしい。生と死の間とか、不死者とか、いろんな呼ばわれ方をする。けれども俺たち人間と同じように動いて喋って物を食べ、泣いたり笑ったり怒ったり、恋愛したり結婚したり、子どもが産まれたりするんだから、生き物との垣根は結構低いんじゃないかと思う。だから、吸血鬼にとっても心臓は最も重要な器官だ。それなしでは生きていかれないくらい。
     ドラ公が心臓を盗られたと聞いたとき、俺の頭に浮かんだのは見慣れた砂の山のイメージだった。流石のドラ公も心臓を失っては死んでしまうはずだと思った。それが不機嫌さを全開にして元気よく帰ってきたのだから、俺はジョンの言った「心臓」の意味を測りかねてしまった。
     昨夜のジョンは、「心臓を盗られちゃったの」と言うなり再び泣き始めて、それ以上を聞き出すことができなかった。一夜明けた今は泣き疲れた表情のままドラ公と同じ棺桶で眠っている。俺はといえば、何度もこっそり棺桶の蓋をずらして中を覗き込んで、そこに見慣れた吸血鬼のおっさんが砂にもならずに眠っているのを確認していた。なんとなく、そのままドラ公を放って出て行く気にもなれなくて、さっきからずっとロナ戦の原稿を進めている。珍しくクソ砂の邪魔も、吸血鬼絡みのアホらしい(と言っては申し訳ないんだが)相談もない原稿タイムだというのに、目の前の画面は変わらず白い。いっそこの新雪のような白さを保つべきではないだろうかと血迷った考えが一瞬脳裏を過ぎったが、すぐに亜空間を渡って現れるフクマさんの姿も想像できたので、俺は再度気合いを入れてノートパソコンの画面に向き合った。……こんなに真剣に向き合ってるのに何一つ良いネタが浮かばないのは、いつもながらに不思議だぜ。
    「……吸血鬼の心臓、なあ」
     手元の文献を少し漁っただけでも、十分にネタになりそうな響きだった。心臓を二つ持つ奴もいる、吸血鬼の心臓は動いていない、吸血鬼の殺し方、心臓は焼いた杭で生きたまま……。
     やっぱり気乗りしなくて、再び本を引き出しの一番下に放り込んだ。単に吸血鬼の生態について調べてるんじゃなくて、同居している吸血鬼の心臓が盗られたという話なんだ。それをネタにするのは流石に倫理が狂ってるというか、普通に良くないことだろう。プライベートなことをネタにするという点では、半田やカメ谷が俺の高校時代の恥ずかしい写真を人に見せびらかすのも咎められるべき所業なんだろうが、あれとはまた訳が違う。盗られたと言うからにはドラ公は被害者だ。
    「あー……飯、食いに行くか」
     ドラ公が昨夜何もせず寝てしまったから、朝食どころか昼食も用意されていない。ジョンはずっと一緒に寝ていて飯も食ってないんだから、当然っちゃ当然だ。あの気分屋の吸血鬼は俺が勝手に外食してくるのにはあまりいい顔をせず、ここ数ヶ月はよっぽどのことがない限り俺の三食はドラ公の手で用意されていたから、なんだか変な気持ちになる。
    「っし、パトロール行って、そのままついでに飯食って……おーい、キンデメ」
    「ぐぶぶ、随分と遅い時間に起こすな」
    「あ、うん……ドラ公まだ寝てるみたいだから」
    「……そうか」
     キンデメはチラリとドラ公の棺桶に目をやってから、水面に浮かんだ餌を突き始めた。居住スペースは相変わらず静かだ。普段我が物顔でソファーやテレビを占領しているやつがいないから。
    「……パトロール行ってくる。そのままギルドで飯食ってくるから、クソ砂が起きたら連絡くらい入れろっつっといて」
    「ぐぶ、承った」
     外へ出るとすっかり日は落ちていた。吸血鬼ならばこの時間帯からこそが活発に動き回れる。すれ違う人波に当然のごとく溶け込んでいる一般市民の吸血鬼やダンピールを横目で見ながら、俺はギルドへ足を運んだ。
     
    「心臓ですか」
    「なんというか、物騒な」
    「……でも、確かに見たことないや」
     ギルドで「吸血鬼の心臓って見たことある?」と聞いたらこれだ、一様に怪訝な顔をされた。ワードチョイスのセンスがなかったことは認めるけれど、「またドラルクか?」と呆れられたのには驚いた。
    「お前、前の上半身と下半身みたいに、ドラルクを心臓と他に分割したのか? 正直どうかと思うぜショットさんは」
    「ちっげえよ! あれはその、俺も今じゃやり過ぎだったなって思うし……実際に見たって話じゃなくて、これは本当に興味本位で……」
    「まあ、退治人として知っておくのは無駄ではないでしょう」
     注文したガパオライスを俺の目の前に置きながら、マスターがそう言った。ライスってついてたからオムライス的なやつかと思ったら全然違った。「いただきます!」と手を合わせてスプーンで食えば、うん、あんまり食ったことない味だけれども妙に舌に馴染んで美味い。目玉焼きを二つもつけてくれたので、隣のサテツが「いいなあ……」と羨ましそうな、いや、恨めしげな顔をした。お前は炒飯山盛り食ってきたところだろうが。
    「しっかし、ドラルクでも心臓と体が分けられたら致命傷になるんだろうなあ」
    「どうでしょう、ロナルドさんなら本人に聞けそうですが、ちょっとセンシティブな話題ではあるでしょうね」
    「そんな積極的に知りたいわけじゃないんで、もう忘れてください……」
     今更ながらギルドでこんな話題を出してしまったのが恥ずかしくなる。万一VRCにこの話が知られるようなことがあれば、あの所長が黙っちゃいないだろう。ドラ公に後から文句を言われるのは俺だから、どうかこの話は内々で済ませてほしい。
    「……そういえばドラルクさん、今晩は遅いのかな」
    「え?」
    「あー確かに、いつもならふらっと来てる頃だな」
    「え、え、ちょ、あいつそんな頻繁にギルド来てんの」
     ショットとサテツが互いに目を合わせて黙る。バーカウンターの向こうで成り行きを見守っていたマスターが「三日に一度は立ち寄っておられますよ」と代わりに答えた。三日に一度って、燃えるゴミの収集より頻度高えじゃねえか! もしかしてその度に俺のツケで飲んでるんじゃないか、恐る恐るマスターの顔色を窺うと、意味深な笑みが返ってきた。あいつ絶対ぶっ殺すからな。
     大体、吸血鬼が退治人ギルドに何の用があるんだ。依頼を引き受けるわけじゃないし、冷やかされて店も迷惑していることだろう。あいつ存在自体がうるせえんだから。
     なんかウチのがすみませんと謝れば、マスターはちょっと目を瞠ってグラスを磨く手を止めた。
    「すみませんだなんて。店の立場で言うならば、むしろドラルクさんは良いお客様ですよ」
    「え? どういうことですか、あいつ何しに来てんだ?」
    「そうですね……バーの軽食メニューの案を出したり、たまに試作をしてくださったり」
    「でも一番は聞き役だよなあ」
    「確かに、ドラルクさん聞き上手だから」
    「聞き上手て」
     あのドラ公が? 一つ文句を言えば十や百にして返してくるドラ公が? いやあそりゃないだろと笑い飛ばそうとしたら、ショットが片方の口端を吊り上げて「まあ原因は分かってるけどな」と言った。
    「原因?」
    「ドラルクのやつ、いっつも俺らの退治の話を聞きたがるんだよ。下等吸血鬼の退治はともかく、駆除活動には自分が着いていけないから」
    「ああ、まあ……でも面白いことなんか特にねえだろ?」
    「そうなんだけどさ、でも聞きたいことがあるらしいっていうか」
    「ぶっちゃけロナルドのこと聞いてばっかだよ」
    「俺の?」
     意外なことを言われてスプーンを動かす手が止まる。あいつ、ギルドに来てまで俺の醜聞を集めようとしてるのか。陸クリオネならまだしも、普通の下等吸血鬼の駆除でそこまでの恥を晒したことはない……はずだ、多分。チクショウますます殺すぜという確固たる殺意がみなぎる。
    「マスター、会計お願いします」
    「おや、もう行かれるんですね」
    「ドラ公ももう起きてるだろうし、もう一回だけ見回り行って帰ろうかと……俺のいないところで随分ご迷惑おかけしてるみたいだし、あいつマジでしばくからな……」
    「……ドラルクさんは、ロナルドさんや他の退治人のご活躍を聞きにくるだけですよ」
     マスターが気の毒そうに目を細めた。まるで俺の方が悪者じゃないかと思ったが、あいつは本当にただの客として来ているだけらしい。
     パトロールに行かなければいけないのは本当だけど、この空気感にいたたまれなくなったのもある。なぜかいつぞやにシーニャに言われた言葉を思い出した。「ビジネスコンビだからって甘えてないで、もうちょっとドラちゃんを大事にしなさいよ」と言われたって、お互いもう少し歩み寄って、多少は気を遣い合ってって、俺たちには無理な話だ。初めのうちこそロナ戦のためだったけれども、ロナ戦が完結したってあいつが出て行くイメージもできないし、今はそれだけじゃないような感じもする。そもそもビジネスで組んでるコンビの相方は、自分が履きもしないパンツを洗ってくれたり、使い魔が食べきれないほどのからあげを揚げてくれたりするんだろうか。
     そういや俺たちってなんなんだろう。
     いや、これ以上は開けちゃいけない蓋を開けてしまう気配がする。ドラ公じゃねえんだから俺は怪しげなボタンとか絶対押さねえ。
     財布をしまって立ち上がった時、マスターが思い出したように話しかけてきた。
    「新メニューのガパオライスはお口に合いましたか」
    「はい! めっちゃ美味かったです」
    「それは何よりです。実はあれ、ドラルクさんが提案してくださったレシピ通りに作ったんです」
    「え、ドラ公の?」
    「ええ、先月来られた時に試作してくださって、『しまった、これじゃ若造好みの味付けだな』と。ナンプラーを使っていないんですよ」
     ナンプラーってなんですかと反射的に聞き返しながら、俺は頭の中でマスターの言葉を反芻していた。俺好みの味付けって、なんじゃそれ。まるでドラ公がわざわざ俺の好みに合わせて料理の味付けを変えてるみたいじゃないか。
     
     ちょっとばかり寄り道をして家に帰ると明かりがついていた。慌てて階段を駆け上がってドアを開けると聞き慣れた「おかえり」の声が聞こえてきて、ドラ公がキッチンに立って夜食を作っている。その姿を目にした途端なんだか気が抜けて、そこでようやく俺がこいつを心配していたのだと知った。悔しいけれどもこの光景がほっとする。
    「……おい何だね若造、ただいまも言えんのか」
    「ぁ……た、ただいま……じゃねえ、連絡入れろっつったろうがてめえ!」
    「そうだっけ?」
    「そうだっけじゃねえわボケ、あのなあ、人がどんだけ……」
    「なに?」
    「…………なんでもねえわクソ雑魚!」
    「ウワーッ投擲! キッチンで殺すなバカ造!」
     左手に提げていたエコバッグから買ってきた品物を取り出して、袋をそのままドラ公目がけて思い切り放り投げた。ジョンが前にガチャガチャをした時の空きケースが入っていたおかげで思ったより真っ直ぐ飛んだ。飛翔してくる蛍光ピンクにビビったドラ公はたちまちに死んで、俺は鍋に砂が入らなかったかだけが気になる。俺がクソ砂の心配をしていたなんて死んでも知られたくねえ、数週間は擦られるに決まっている。
     一度死んだドラ公は怒りの表情のまま耳を塞ぎたくなるような罵倒を連ねる。俺じゃなかったらもう一度殺されてたところだぜ、俺が「雑魚は何を言っても雑魚」の精神を獲得していなければ聞き流すのも難しかったところだ。おかげでさっき俺が言いかけたことなんか忘れている。そのまま気付かずいてくれ。
    「まったくもう……あ、牛乳? もうなくなってたっけ」
    「あ」
     慌てて後ろ手に隠すがもう遅い。砂山を寄せ集めるようにして復活しかけていたドラ公は俺の買ってきたちょっといい牛乳にめざとく気が付いたらしい。クソ、と舌打ちしたい気持ちを抑えて、まだ再生途中だった砂山にズムンと突き刺した。再び悲鳴とジョンの嘆き声が響き渡る。
    「なんだなんだいきなり!」
    「あー……その……」
    「あっしかもこれちょっといいやつじゃないか。くれるの? なんで?」
    「な、なんでとか聞くな! いらねえなら俺が飲むからいい!」
    「いらないとは言ってないだろ。ありがたくもらっておくよ、ありがとう」
     絶句した。ドラ公が素直に礼を言うなんて……いや、こいつが押しかけてきた直後くらいにもこういうことがあった。その時もこんな風に、普通に礼を言われた。驚いたのは、最近そういう素直な反応をされた覚えがなかったからだ。いつもならここで「ようやくゴリラも私を崇め奉る気になったか、少し人間に近付いたんじゃないか?」とひとしきり俺を煽って、もうひと殺されしているはずだ。折角人が買ってきてやったのにと腹立たしく思いつつも、こいつに何かをしてやるという気恥ずかしさを紛らわすにはちょうど良かった。
    「……ロナルド君?」
    「おあ……てめ、あの、ありがたく思えよこのロナルド様を!」
    「なぜいきなりロナルド様に? だからありがとうってば。明日のシチューにでも使おう」
    「え、いやお前が飲まなきゃ意味ねえだろ!?」
    「そう? ……じゃあそうするけど」
     ドラ公はそれきり、ちょっといい牛乳について触れようとはせず、「手洗ってきなさいよ」と俺を洗面所へ追い出した。手を洗って、ついでに冷たい水で顔を洗いながら、俺はどうしてもさっきのドラ公への違和感を拭うことができずにいた。
     夜食は他人丼だった。ドラ公は配膳しながら「なんでかジョンが赤ちゃん返りしてねえ」と満更でもなさそうな顔で、今日は家事に割く時間があまりなかった理由をつらつらと述べる。まったくいつも通り、むしろジョンとたくさん触れ合ったせいかつやつやピカピカと元気そうな様子に少し安心を覚えて、適当に相槌を打ちながら箸に手を伸ばした。ドラ公の丼って卵がとろとろで美味いんだよなあと涎を飲み込みつつ湯気の立つ丼を覗き込むと、なんだろう、なんか……?
    「……なあドラ公、なんか今日少なくねえ?」
    「いつも通り五合炊きだぞ。足りないならおかわりしろ」
    「いや、量っていうか、肉? いつももっと多かったじゃん」
    「……そうだっけ?」
    「あ、ちが、文句とかじゃねえんだけど! なんか違うなって感想ってだけで!」
    「……」
     釈然としない表情をしたドラ公は、ちょっと考えるような素振りを見せてからキッチンに戻っていった。うわうわうわ、やっちまったぜ、冷や汗が止まんねえ。
    「ご、ごめんなさいジョンさん……ジョン?」
    「ヌ……」
     俯き加減に窺うと、当然激怒しているはずのマジロはなんだか落ち込んでいる様子だ。ヌシャヌシャとスプーンを動かす手も遅い。どうしたんだろう、七味唐辛子入れすぎたのかな? 俺のと交換してあげたいけれどジョンすら躊躇う辛さに俺が勝てるわけがないんだよな。せめてちょっと甘めの味付けならワンチャン……ないかも、エーン迷ってるうちにドラ公が「片付かんから冷めないうちに食え」って言ってきた。これ以上あいつの機嫌を損ねるのもまずい。
    「……あれ」
    「今度はどうした文句垂れ造」
    「だから文句じゃねえって、なあ味付けいつもと変えた?」
    「? 特に変えてないぞ。ポンチ催眠かギルドでの食事内容が影響してるんじゃないか」
    「えー、そうかな……いやめちゃくちゃ美味いけど」
    「けど?」
    「……もうちょっと甘くてもいい、かも」
    「ふーん。どうぞ」
     カウンターから差し出された小鉢の中身は、茶色くて甘辛いやつだ。これも美味いやつ! とさっそく箸を伸ばす。今度は甘すぎた。
    「マダム長田にいただいたレトルトがまだ残ってたのよ。お肉が足りないのならそちらを召し上がれ」
    「……この、あの、茶色いやつ、白米がもっと欲しくなるやつでございますわね」
    「おかわりは丼空けてからでしてよ。あとそちらは牛肉と牛蒡のしぐれ煮というお料理ですのよ五歳児」
    「アウトッお嬢様ナンバーワン決定戦、勝者ロナ子!」
    「ギュワー! 茶番を勝手に選手権にすな!」
     テーブルの上にあったコルクコースターを投げればドラ公は呆気なく死ぬ。肉が少なくて不満ってわけじゃねえよと言わなきゃいけない場面だったのに、また殺して逃げてしまった。他人丼はやっぱりいつもと味が違う気がする。俺の舌ではどう違うのか分からねえけど、ジョンにはそれが分かっているのか、相変わらず元気がないのがかわいそうだった。
     
     ドラ公の変調が続いて数週間。やはりどこか変だ、以前とは違うという漠然とした思いを抱えているにも関わらず、生活はつつがなく続いている。ドラ公は体調を崩すこともなく、あの夜以来変にイラついてたり不機嫌だったりすることはなかった。いつも通り調子乗ってんのを冷静に指摘すれば憤死して、無駄に話しかければ腹を立てて死に、ついでに中指も立ててくる。青白い悪人面に、小憎たらしい笑みやプーンととぼけた表情を浮かべて、相変わらずアホばかり晒していた。
     ギルドの奴らも再びちょくちょく顔を見せるようになったドラ公に安心しているらしかった。メニューには新たに季節のパフェが加わり、第何回になるのか分からないダチョウ肉大盤振る舞いの会が開かれ、ドラ公は元気にはしゃいでよく死んだ。ドラ公の死は元気な証拠だ。
     けれども外出の機会はぐんと減った。これは俺の気のせいではない。ほぼ毎晩家を空けて、やれ河原だのやれ公園だの(そんなとこで何をしてんのかは絶対に教えてくれなかった)やれクソゲー漁りだの、それがなければ大して役にも立たねえくせに俺の退治にちょこまか着いてきて、とにかく落ち着きのなかったドラ公が、ここ最近出かけたのは河原だけだ。
     「どこか出かけねえの」と聞いても、ちらっと俺を見て「私がいない間に何しようってんだ」と顔をしかめる。そんなんじゃねえわと殺した。そんなんじゃねえ、ただお前が毎日随分暇そうにしてるから、それが変だと思っただけだ。この街は退屈しないんじゃなかったのかよ。
     仕事に出た先で、スーパーに買い出しに行った先で、ふと気がつくとドラ公が遠くにいることがある。それはしくじって胡麻の粒を数え始めてしまった時だとか、吸血アブラムシと奮闘する退治人たちよりもジョンがダンゴムシ転がしてるのを見る方が面白かった時だとかだったのに、ここのところはどうやらそうでもないらしい。じゃあ何だと言われても説明できるものではなくて、ただなんか変だな、と思うのだった。
     
     ある日ドラ公の師匠、ノースディンがひょっこりと事務所に顔を出したのには驚いた。ドラ公は丁度ジョンのフットサルのナイターがあるとかで出かけていたから顔を合わせることはなかった。俺に……というか人間に対してそれほど友好的でない吸血鬼と相対するのはそれなりに緊張する。お茶の一つでも出すべきか、そんな親しい間柄か俺たちはと迷っているうちに、ノースディンは勝手に居住スペースのドアを開けてキッチンから茶葉を取り出し、勝手に紅茶を淹れてきた。吸血鬼って皆こんな感じなのか?
    「……そこで呆けている退治人」
    「え、あ、俺? 呆けてるって……えっ?」
    「ドラルクならば客人に茶を出す程度の作法は教えていると思ったが、とんだ見込み違いだな。まあ所詮は猿の親戚ということか」
    「……ドラ公なら見た通りいねえよ、あんたを避けてとかじゃなくて、普通に用事で」
    「…………貴様は……ふん、そうか、いやいい。別に大した用事ではなかったのだ」
     ノースディンはそう言って紅茶を一口啜り、事務所の壁、机、メビヤツと順に視線を巡らせて、最後にひたと俺を見据えた。過去に経験した覚えのある冷気が、足元からゾゾゾと這い上がってくる心地がする。
     しかし冷たい眼差しとは裏腹に、髭をたくわえた口元から発せられたのは「ドラルクは元気か」というごく普通の文言だった。それがあまりに普通というか、比べちゃなんだがドラ公の親父さんと同じ聞き方をするものだから、無意識に武器を探そうとしていた手を押しとどめて、改めて目の前の吸血鬼を観察する。敵意はないようだ。さっきの言葉も額面通りに受け取るべきらしい。
    「そりゃ……よく死んでるけど元気だぜ。……いや死んでるのを元気とは言わねえのか? でもあいつ死ぬのがデフォだよな?」
    「相変わらずだな。他に……どこか変わったところはないか」
    「変わったところ」
     そう言われて、思わず口を開きかけた。けれども何と答えたものか分からない。ちょっと料理の味付けが変わったとか、からあげの頻度が下がったとか、退治についてくる機会が減ったとか、振り向いた先にいないことが増えたとか……そういう、俺が感じている「ドラ公がどこか変だ」に根拠はない。あくまで俺がそう感じているだけだ。それをノースディンに報告していいものかと考えて、やっぱりやめた。ただでさえあいつは享楽主義の気まぐれ吸血鬼だ。
    「……なるほど。あー……」
     足を組み替えて額に手をかざす様が、嫌になるほど絵になる。なんかこういうキザったらしいの見たことあるなと考えて、そういや本当に呆れてるときのドラ公にそっくりだと思い至る。なんだかんだと師弟なのかとほっこりしちゃうぜ、帰ってきたら絶対言ってやろ。
     しかしノースディンの口からはなかなか次の言葉が出てこない。おかげでなんだか俺も段々不安になってきた。紅茶冷めるけど、「淹れ直してきましょうか」って言った方がいいのか。俺麦茶しか作ったことねえけど、それでもいいか。てかうちに茶葉ってあったんスね、俺場所知らねえけど……どこにあったか聞いても……? そんなことを思いながら、腰を浮かしたり沈めたりとハムストリングに刺激を与え続けているうちに、ようやくノースディンが口を開いた。
    「……心臓を見たことはあるか、退治人」
    「し……だ…………誰の……?」
    「吸血鬼の」
     吸血鬼の心臓。
     そういや最近もそんな話をしたことがあったはずだと握りこぶしに力が入る。なんだっけ、なんだっけじゃねえ、しっかり覚えてる。ドラ公の心臓が盗られたんだ。まさかこいつは今日その話をしに来たのか? ひょっとしてあいつを連れ戻しに?
     さっき押しとどめたはずの手が動きそうになる。いや待て、武器は良くない。分かってる。そもそもなんでこいつ相手に敵意なんか、ドラ公の心配をしてるだけなのに。心配……ドラ公が心配されている?
    「ドラ公、やっぱなんかあるのかよ」
    「……聞き及んでいるのか。本人……もしくは使い魔の方か。そうか、お前は知っていたのか」
     ノースディンが重いため息を吐いてソファーの背にもたれる。思えばそうだ、思い立ってアポ無し突撃してくる親父さんとは違う。突き放すような言動だけれども、こいつだって過保護で心配性なドラ公の師匠だ。いつもみたいな電話やメールじゃなくドラ公を訪ねてくるっていうなら、それ相応の事件がある。
    「なあ、あいつ心臓盗られたって……でも全然元気だし、死んでも復活するし、本人そんなこと言わねえし」
    「……吸血鬼の心臓というのは、言葉通りの急所器官としての意味と、慣用的な意味がある。といっても古い言い回しだ、最近の若い連中は使わないような」
    「慣用的な意味?」
    「吸血鬼の執着は知っているだろう」
     それは知ってる。それを逆手に取って靴下ばかりを刈り取る変態だって新横にはいる。それがどうしたんだと目線で促すと、ノースディンはすっかり冷め切った紅茶の表面をぼんやり眺めながら続けた。
    「我々の執着はなにも物に限らない。目に見えない……分かりやすいところで言うならば、思い出や感情にすら執着することはある。形のないそれらが奪われることは滅多にないのだから、執着していたことに気付かないのが普通だ」
    「へえ」
    「そこから、万一奪われてしまうような事態が起こると死に至るほど大切にしている心のうちを、吸血鬼の心臓と呼ぶことがある。先程言ったように他人に盗まれるようなことはほぼないのだが、あの子は……」
     ふう、と吸血鬼が再び息を吐く。呆れというより憔悴が見えた。
    「我々に感知できたのは、ドラルクが失われたということだけだった。切り離された感情は当然ドラルクの一部だ。御真祖様やドラウスが動いて、当日中に本人に確認を取っている。あのお方が動かれたのだから事態はどうにでもできたのだろうが、そうしなかったのは、ドラルクが取り返してもらう必要性を感じなかったからなのだろう」
    「必要性って……心臓に例えられるくらいの大事な思い出とか感情なんだろ、なんでいらねえんだよ」
    「さて、それは分からない。これはドラルクの問題だ。私がこの猫の額ほどしかないボロ小屋に来たのは、ドラルク自らが城と称するここにならば理由の一端でもあるのではないかと思ったからだが……」
     そこでノースディンは再び俺をひたりと見据えた。俺を試すような、憎むような、憐れむような目だ。ぞわぞわと背筋に走る悪寒をどうにかやり過ごしながら、俺も目の前の吸血鬼をじっと見つめる。なんか知ってんなら言えよ。あいつが変になっちまったのをどうにかできるなら教えろよ。それをドラ公が望むまいと──ドラ公がいらないって思ったのは、一体何への感情なんだろう。
    「あの子の使い魔は、賢い。ドラルクの現状を嘆いている。お前に心臓の話をしたということは、まあ、そういうことなのだろうな」
    「どういうことだよ」
    「そうか、ならばあとは当事者の問題だ。精々励むといい」
    「何が!?」
    「ああ、土産にこのスコーンを置いていこう。上手く焼けたからな、ドラルクが作るものよりもよっぽど美味だろう」
    「あ、どうも……じゃねえ、おい!」
    「ではな、憐れな退治人」
    「おい待て! こら! ドアから出てけ!!」
     ノースディンはガラッと窓を開けてそのまま飛んで行こうとした。引き止めようとしたが、尻尾みたいなジャケットの裾を掴み損ねて落ちそうになる。ドラ公のようなひらひらのマントの利点は、こういう時に掴みやすいところだ。
    「おいってば! なあ!」
    「まだ何か話すことでも?」
    「あるだろうが! 結局あいつ何を盗られたんだよ! 何へのどんな感情を……」
    「ふん、粗野な脳みそだな退治人。古来より心ある生き物が振り回されるとすれば、一つしかないだろう」
    「あ?」
    「それがために人が死に、人を殺し、女は鬼になる。戦いが起きて吸血鬼も狂う。そう、狂おしいほど胸の内が吹き荒れて、自分が自分でなくなり、一人前の男ですらただ嵐の前に投げ出された小船のように頼りなく、赤子のように無垢な何かへと成り果てる」
    「長い寒いわけ分からん、難しいことを易しく説明できるのが頭の良さだって……」
    「──恋だ。恋心こそは吸血鬼すら死に至らしめるのだ」
    「……こい?」
     予想だにしなかった言葉に脳の機能が完全に停止した。催眠や魅了でも使われた時のように体が言うことを聞かない。恋だと恋。鯉じゃなくて?
     気がつくとノースディンの姿はとっくになく、俺は窓を開けて、ただ馬鹿みたいに夜の新横浜の街を見下ろしていた。わはは、と乾いた笑い声が口から漏れ出る。全然面白くねえのに、人間はこんな時にも笑うことしかできないらしい。
     恋だなんて聞いてないぞアホ。
     帰ってきたドラ公は「うわクソヒゲの残り香!」と叫んで即座に死んだ。俺は気持ちの整理もつかず、ぼんやりとノースディンが置いていったスコーンを食っていた。お帰りも言いそびれた同居人に向かって、ドラ公は牙を剥き出して威嚇してきたけれども、苦々しい目でスコーンを見ながらお茶を淹れてくれた。いつものように取り上げて「こんなもん食ったら女たらしが移るわ! 幼稚園児にはハーレムとか刺激強くて泣いちゃうだろ、バナナ蒸しパン作ってやるからそれ食って寝ろ五歳児」とは言わなかった。
     しかめっ面のまま紅茶を淹れるドラ公の手つきは静かで、なるほど所作だけ見れば立派な紳士と言えるだろう。ジョンを優しく甘やかすこの手が、ジョン以外に触れる時があったのかもしれない。この家を出て、知らない誰かと連れ立って夜を歩く時があったのかもしれない。ドラ公が恋をしていたというのはそういうことで、なんだそれめちゃくちゃ腹立つな。腹が立つと同時に無性にやるせない気持ちになって、俺はスコーンのおかわりを要求した。ドラ公は怒って死んだ。それを見たらちょっと安心した。 
     

     自称畏怖い高等吸血鬼(笑)であるドラ公はともかく、割とかっちりした吸血鬼であるノースディンが言う「恋」は人間のものとは違うのかもしれない。そう思って新横浜のまともな吸血鬼に聞いてみようとしたが、もちろん新横浜には普通の吸血鬼の方が少ない。どうなってんだこの街、沈殿物だけ集めて放り込んだんじゃねえのか。上澄みの層はどこ行ったんだ?
     突然踊りたくなるとか、モノローグで全部説明されるとか、無性に直角に謝りたくなる催眠とかを立て続けに受け、流石の俺も疲れてしまった。ここで一つビキニリセットをするかとその辺りを練り歩いていたマイクロビキニをとっ捕まえて噛ませたところ、泣いて逃げていった。ちょっと悪いことをしたなあと思いつつマイクロビキニ姿でトボトボ歩いていたところに声をかけてきたのが、今日も瑞々しい花を股間にまとったゼンラニウムだった。
     善意百パーセントで種を勧められるのを丁寧に断って、「何やら思い詰めているな」と買ってきてくれた缶コーヒーを啜る。あんまりまともで泣きそうだ。いや、マイクロビキニと股間満開の男がベンチに並んで座ってる絵面は地獄だけど。
    「……時に退治人よ、随分と深刻な悩みを抱えているように見えたが」
    「悩みっていうか……あー、あんたに聞いていいもんか分かんねえけどよ」
    「我に答えられることならば何でも聞くがよい! 知らぬ仲でもないだろう」
    「あ、うん……その…………こ、恋ってなんだと思う?」
    「おおう」
     吸血鬼ゼンラニウムは表情を変えないまま拳一つぶんだけ俺と距離を置いた。待て、置くな、そういう変な話じゃねえ。
    「おい違うぞ、何考えてんのか知らねえが俺は」
    「あいや、皆まで言ってくれるな……! 花と恋とは切っても切れぬ関係と見たお前が、我に恋の相談を持ちかけるのも通りというもの……その苦しい胸の内全て晒すが良い、むんっと受け止めきって見せよう!」
    「ちっがう! ちっっがう!!」
     全裸とビキニがギャンギャンやってても通報はされない街、魔都シンヨコ。俺はどうにか一時間ほどかけてゼンラニウムの誤解を訂正し、あくまでドラ公やノースディンのことは伏せて「一般的な吸血鬼としての恋愛観」を聞き出すことに成功した。
     分かったのは、俺の見聞きしてきた恋愛事情と吸血鬼の恋愛事情に大差はないということだけだった。そりゃそうか、そうだろうな、半田家の様子を見ていればすぐに分かることだ。例え白さんがどれだけ……人外……カタギに見えないとしても、幸せな家庭を築いている様子を思えば、吸血鬼と人間がそれぞれ持ってる感情に大きな違いはない。「年甲斐もなくイチャついちゃって」と決まり悪そうに両親の話をするドラ公と、「またお母さんとお父さんは……」と呆れる半田の表情は、思い返してもよく似ていた。
    「それこそ個体差があるだろうが、一生恋愛をしない吸血鬼もいれば、一年以上決まったパートナーがいなければ不安定になるという吸血鬼もいるだろう。吸血鬼は長命種だから性に奔放だとかいうのは、最近あまり流行らないフィクションの設定ではないか」
    「はあ」
    「同胞の中には永く生きるとポンチにもなるのだと言って好きに過ごしている者もいるが……人間社会で暮らす吸血鬼には、そういう傾向はあまりないように思う」
    「あー、ドラ公の一族もポンチだけど……暮らす場所によって傾向が変わるっていうのは? あんまり聞かねえ習性だな」
    「習性というか、それは人間も動物も同じだろう。過ごす環境に適応していくのだ。人間社会のような、目まぐるしく変わっていく世界では、暇を探す方が難しい。……これは分かりにくい感覚かもしれないが」
     ゼンラニウムはおもむろにかがみ込むと、コゼンラを取り出して公園の植え込みの上に下ろした。ケツの割れ目をこちらに向けたままコゼンラがはしゃぐ気配がする。ゼンラニウムは微笑みを浮かべて、自分の眷属を眺めていた。
    「しかし案ずることはない。吸血鬼と人間といった種族を越え、時には性別すら越えて真摯な思いは通ずる。そういう世の中になってきたのだろう? 真心さえあれば恐れることはないはずだ」
    「……え? なんで俺?」
    「もちろん我は恋路を応援しよう。そしてもし、種族が違うなんて些細な問題が障害となるならば、我が力を頼るがいい」
     ゼンラニウムが俺の手に種を乗せ、そっと握らせた。俺は握った拳でゼンラニウムを殴った。
     
     帰るとドラ公はソファーでジョンとスマヴラをしていた。よほど夢中になっていたのか、俺が大声で「ただいま!」と叫ぶのに驚いて死ぬまで、こっちに気がつかなかった。
    「あー野生動物の鳴き声で死んだわ、ジョン今の勝負はノーカンで……ってロナルド君、またビキニのまま帰ってきたの? そろそろ口コミで書かれてもおかしくないぞ、変態吸血鬼退治人事務所って」
    「うるせえ、どっちの意味にも取れる場所に変態ってつけんな。……今日の飯なに?」
    「ん? ああ、今日はジョンがフットサルの帰りに食事をしてきたらしいからないぞ。いるなら作ろうか」
    「……いい、自分で作る」
     退治人衣装のジャケットを脱いでソファーの背もたれにかける。ドラ公はそれをちらっと見たが、再び視線を画面に戻した。ジョンとの勝負は拮抗しているらしい。
     以前であれば、この時点でドラ公からのお小言があった。帰るなら連絡を入れろと文句を言い、脱ぎ捨てられたジャケットはすぐさま検分して傷や破れがないか確認した。泥汚れや血がついていたら「またお前はこんなものを放置しようとして!」と五歳児だのゴリラだのと罵りながら死んでいたはずだ。俺はそれに拳で返事をして、別にやりたいわけではないけれどもテレビの画面を見てたら、ドラ公はポーズ画面に切り替えて「君もやる?」と聞く。そんで「ゴリラに我が城を壊されては敵わん、夜食作る間ジョンに遊んでもらって待ってろ」と言って立ち上がり、エプロンを身につけてキッチンに立つ。
     今はそれがない。ドラ公が変だ、以前と違う。ドラ公は心臓を、恋心を盗まれてしまったから。
     俺はその二つの出来事をどう関係付けていいものか分からずにいる。
    「あのさドラ公」
    「なんだロナ造」
    「今日の退治の時、衣装破いちまって。繕っといてくんねえ?」
    「ほーん、ドラルク様の素晴らしい能力をボクちんにもお見せくださいヘヘエ~とひれ伏すならそれくらい構わんよ」
    「黙れ雑魚」
    「ンアー死!」
     別にドラ公は意地悪になったわけではない。さっきだって飯を作ろうかと聞いてくれたし、こうやって頼めば煽りながらも繕い物もしてくれる。今まで当たり前のように用意されていた夜食や温かい風呂、清潔な衣装なんかが与えられなくなったのを寂しいと思うのは、罰当たりなことなんじゃないかと思う。けれども気持ちはどうしようもない、ソファーの背もたれに放置されたジャケットが俺への無関心に思えてきて、たまらずリビングを後にした。
     頭を冷やすためにもと入った風呂から上がれば、主従スマヴラ対決は勝負がついたらしく、テレビ画面には何も映っていない。二人はどこへ行ったのかと事務所へと続くドアを開けると、ジョンを抱えたドラ公がぼんやりとした面持ちで窓から外を眺めていた。その横顔に何の感情も浮かんでいないことにまた心が痛む。
    「…………窓開けてボケっとしてんじゃねえぞ砂、またカメムシ入ってきて死ぬのはお前なんだから」
    「はあ〜〜〜? 五歳児にはドラちゃんの哀愁漂う美しい横顔を鑑賞する情緒もないのか! 文化教養のかけらもないとは嘆かわしい、美的感覚が幼稚園レベルで止まってんのか野生児め」
    「センチメンタルジャーニー!」
     びっと足を伸ばして爪先から発射したスリッパがドラ公を襲う。雑魚は死んだ。ヌーと泣いているジョンには悪いが今の死は仕方がねえ。
     再生途中の砂を踏みつけながら窓を閉める。裸足の足裏にうごめく砂の感触がくすぐったい。聞いてらんねえほどひどい罵倒を右から左へと聞き流しながら、俺はドラ公の上にしゃがみ込んで砂をかき集めた。
    「……なあ、哀愁ってなんだよ。なんかあったのか」
    「あ? ……あ。いや何、メランコリックな私も変わらずハンサムだからな、そういう夜もあるというだけだ」
    「意味わかんねえわボケ、ごまかし下手くそか?」
    「ンオーッやかましいわ早くどけ足臭星人」
    「さっき風呂入ったから臭くねえ!」
     ナッススと形を取り戻したドラ公が立ち上がり、ついてもいないくせにスラックスの埃を払う。そのまま俺を跨いで行こうとしたから、タケノコのように伸び上がってそれを阻止した。ドラ公はめっちゃ残酷な処刑をされた人みたいに股間から真っ二つになって死んだ。
    「こらっ人を跨ぐな」
    「吸血鬼を股裂すな」
    「……で、おい、何があったんだよ」
    「はあ? だっから何も……何もない」
    「嘘つけお前! 何もないやつがそんなつまんなそうな面してるわけねえだろ」
     ドラ公の表情が少し変わる。俺をまじまじと見てきたかと思うと、やがて首を振って「まさかゴリラにまでそんなことを言われるとは」と呆れた風に呟いた。
    「なんだか最近、会う人会う同胞にそんなことを言われるな」
    「そんなことって?」
    「最近、つまらなそうですねって」
    「……退屈なのかよ」
    「退屈っていうか、つまんないな」
     胸が嫌な音を立てて軋んだ。ドラ公は「退屈ではないけどさ」と続ける。
    「この間も久しぶりに秋葉原で業ちゃんとクソゲー漁って、新しいハードの展示を見に行って、次々に面白いものが発明されるなあとは思うんだよねえ。でもなんか……そうだなあ、正直家にいる時間はつまらない」
    「じゃあ、どっか連れてってやろうか。前に行きたがってたテーマパークとか、別に俺休みとってもいいしさ」
    「いや別に君には関係なくない? あんまり外出したいとも思わないんだよねえ。つまらないって言っても家事が前ほど楽しくないって思うだけだし。なんでかなあ、料理したり掃除したりは普通に好きなんだけど。そこが自分でも不思議で、まあ、アンニュイドラちゃんなのだ」
    「……」
    「さ、この話は終わり! 私らしくもない。吸血鬼的にそういう周期もあるんだろ、知らんけど」
     パンと手を叩いて、ドラ公は今度こそ事務所を後にして居住スペースへと戻ろうとした。ドアをくぐる直前、ドラ公の腕にいたジョンが飛び降りて「ヌンはちょっとロナルド君にお説教があるヌ」と断りを入れる。ドラ公は一瞬だけ不思議そうな顔をしたが、特に気にした様子もなくドアの向こうに消えていった。
     ドアが閉まった瞬間、ジョンはハラハラと丸い涙をこぼして俺の胸へと飛び込んできた。お説教なんかのためにこちらへ残ったわけではないことは一目瞭然だった。
    「ジョン……」
    「ヌヌイヌ、ヌヌイヌヌヌ、ヌヌヌヌヌヌ!」
     これではあんまりだ、かわいそうだとジョンが泣く。最近ドラ公は、ジョンに向かって「新たな刺激でも求めて、そろそろ引っ越しする?」と尋ねたそうだ。ジョンは「ドラルク様が望むなら」と覚悟を持って答えたが、結局引っ越しの話は有耶無耶になったらしい。どうにも棺桶をうちから動かそうとしただけでドラ公が死にまくったらしく、原因は分からないままドラ公は吸血鬼退治事務所を離れられない吸血鬼になってしまった。
     自分がやりたいこと以外は死んでもやらんとのたまうドラ公が、一族も認めるところの享楽主義が、退屈は死だとうそぶく吸血鬼が、つまらない思いをしながらもこの家から出られずにいる。大好きな主人がしたくもない我慢を強いられているのを見守らなければならないのは、ジョンにとってどれほどの苦痛だろう。
     俺だってそんなドラ公の姿は見ていられなかった。さっきみたいな顔をしているドラ公は痛々しい。他人の幸不幸を勝手に決めんなって話だけど、少なくとも俺たちは同居人なんだから「君には関係なくない?」と切り捨てなくったっていいじゃないか。
     そうだ、今まで俺はドラ公から随分多くのものを受け取ってきた。元はあいつの気まぐれだとしても、俺にはそれが死ぬほどありがたかったし嬉しかった。それに報いたいとか、同じものは無理でもせめてお返しがしたいって思うのはおかしいことじゃない、と思う。俺はただ、ドラ公には前みたいに楽しく笑っていてほしい。俺はあいつのおかげで笑っていられることが増えたから。
    「なあジョン、俺ドラ公が盗られた吸血鬼の心臓ってのが何なのか、あいつの師匠に聞いちまったんだ」
    「ヌア!?」
    「ああああごめん黙ってて、だってドラ公も怒ると思ったし……それでその、ノースディンは、ドラ公が盗られた心臓は誰かに恋する心だって言ってたんだけど」
    「……」
    「ジョンは……多分、それを取り返してやりたいんだよな? ドラ公のために」
    「ヌ……」
    「ドラ公が好きだったのって誰? その人への気持ちが盗られたからドラ公があんなになってんだろ? なあ、相手の人……吸血鬼? を説得してドラ公と話してもらったら、元に戻ったりしねえかな」
    「……ヌヌヌヌヌン」
    「うん」
    「ヌヌヌヌヌン」
    「なに、ジョン」
    「ヌヌヌ、ヌヌヌヌヌン」
    「えっ、あの、どしたのジョン」
    ──ドラルク様が好きだったのはロナルド君だヌ。
    「え……えぇ……」
     ドラ公が俺のことを好きだった。驚きや衝撃よりも納得の方が大きかったのは、最近のドラ公との距離の遠さはそれだったのかと理解できたからだ。
     ドラ公が俺のことを好き。だからノコノコ退治についてきて、ジョンの分がいらなくても俺の飯を作ってくれて、帰ってくる時に連絡を入れなかったら怒って、外でも呼べばすぐに近付いてこれる距離にいたのか。なんだそれかわいいな。えっどうしよう、今まで変だ変だと思ってたことを振り返るほどドラ公がかわいいことをしてたってことになっちまう。やべえ、ドラ公がかわいい!
     ここまではっきりと誰かに好きになってもらうのなんか初めてで浮かれちまいそうになる。けれどもジョンは厳しい目で俺を見上げてきたので、慌てて居住まいを正した。
    「ヌヌヌヌヌンヌ、ヌヌヌヌヌ」
    「え、どうするって?」
     ドラルク様の気持ちに応える気はあるの? とマジロの真剣な目で貫かれて言葉に詰まる。俺は、ドラ公には楽しそうにしててほしくて、だから俺を好きな気持ちを取り戻してほしくて、それだけじゃ駄目なのか。
     ジョンはかぶりを振った。
     ドラ公はあの事件があった昼、夢を見たらしい。ドラ公は俺を好きで、俺もドラ公が好きで、吸血鬼に転化した俺に発現したのがまさかのセロリを操る能力だという夢。知り合いのタピオカを操る吸血鬼と強制的にバトルさせられることになった俺はセロリとタピオカにまみれて情けなく泣きじゃくって、ドラ公はそんな俺を見て爆笑して、ジョンも親父さんもお袋さんも、爺さんや退治人連中、新横浜中のポンチ吸血鬼までがその場にいて、皆が俺たちを見て楽しそうに笑っていたり、心配そうにしていたりする夢。賑やかで楽しい夢のような毎日が、ずっとずっと続く夢。
     目覚めたドラ公は夢だと理解して泣きまくったそうだ。「私は彼が好きなだけで満足しているはずなのに、叶うあてもない夢を見るなんて最悪だ」と恨み節を吐いたらしい。
     ジョンは敵を見るような目で俺を見つめる。ドラ公の心臓を取り戻したとして、その責任が取れるのか。ドラ公の気持ちに応えるつもりがないなら、その役目は守護者たる自分が担うから手を出すな。
     どうしよう。正直迷うところではある。ドラ公は無意識下の自分の願いを見せつけられて辛い思いもしているし、既に「心臓を取り返す必要はない」と爺さんにも言っている。ジョンはドラ公とドラ公の幸せを守ることに全力だ。思い人に自分の気持ちを知られるドラ公の苦痛を考えれば、俺はジョンにとって自分勝手な敵にしか見えないのかもしれない。
    「……でもなジョン、俺ドラ公にも責任があると思うんだぜ」
    「ヌア!? ヌヌヌン!! ヌイ!!」
    「あっあっ違、違うんだ! あの……た、例えば俺、俺はこんな、贅沢な人間じゃなくて、ハンバーガーセットのポテトが揚げたてだったとか、そういうので幸せになれちまうやつだったんだけどさ」
     疲れ切って帰宅した時、部屋が真っ暗で冷えていても平気だった。原稿が進まなくて頭がおかしくなりそうな時も、フクマさんに迷惑をかけるわけにはいかないから、徹夜だろうがエナドリチャンポンだろうができた。不味い飯でも構わなかった。一人で寂しいなんて思ったこともなかった。
    「それをドラ公が、揚げたてのサクサクポテトよりもあいつがレンチンで作ったポテトチップの方がいいって、ドラ公がそんなにしたんだ、俺を」
     本人には口が裂けても言えねえ。万一聞かれれば、あいつは偉そうにガリガリの胸を張って「ヒョーッホホさすが私五歳児ゴリラの胃袋を掴むなんて夜飯前でしてよ!」と言うだろう。
     けれども今のドラ公はそうじゃない。多分眉をひそめて「なんだね、ポテトフライでも作ろうか」と的外れなことを言うし、それは全然楽しそうに見えない。幸せかどうかなんて本人しか決めちゃいけねえことだってのは分かってるけど、美味い料理に俺がびっくりしてる時とか俺の醜態がツボに入った時、俺が褒められてるのになぜかあいつがドヤっとしてる時の顔、あれがドラ公の楽しい瞬間じゃないかと思う。青白い顔の血色がちょっとだけ良くなって、柔らかい目をする、そんな表情を、俺はもうずっと見ていない。ドラ公には楽しそうにしていてほしい、ああいう顔をしていてほしい。
    「家族以外で、ずっと一緒にいて笑っててほしいなんて思ったの初めてなんだよ。ズルくね? ドラ公には俺をこんな風に育てちまった責任があるだろ」
    「ヌ……」
    「ごめんなジョン、俺がそうしたいからそうすんだ。俺が楽しそうに笑ってるドラ公を見たいから、あいつの心臓を取り返そうと思うんだよ。いい?」
     言葉にすると随分と自分の気持ちに整理が付いた。何につけても楽しそうで、愉快に日々を過ごすドラ公がまた見たいから、俺はお前の心臓を取り戻してやる。俺の行動原理はそれで十分だろ。
    ジョンはしばらく黙っていたが、ぺしゃんと床に潰れて「ヌンだって、ドラルク様は毎日愉快そうにしてるのが一番だって知ってるヌ」と泣いた。

     それから俺とジョンによるドラ公の心臓探しが始まった。
     とはいえまず手がかりがない。ジョンはなぜかドラ公の心臓が盗られる前後の記憶がぼんやりとしかないらしく、それもヌーヌーと自分を責めて泣いている原因だった。ジョンは悪くない、多分絶対悪くない。きっとそういう催眠とか結界が効いていたんだ、おそらく犯人は吸血鬼だろうということは分かっている。ジョンの鼻に匂いが引っかかっていたそうだ。
     メビヤツの録画にもドラ公が家を出ていくところしか映っていなかった。行き先ぐらい言えばいいのに「さあて今夜もロナルド君の弱み……もとい武勇伝でも探しに行こうか」と言いながら姿を消したから、あの夜どこにいたのかも分からない。常に人の弱みにつけ込もうとするんじゃねえわという気持ちと、こんな時でも俺のこと考えて出かけたんかよという気持ちで、心の中は複雑だ。ジョンには一発かまされた。
     こうなったら事情を知ってるはずのドラ公の親父さんや爺さんにRiNEでもするかと思ったけれども、それはジョンに止められた。「ヌンたちは今、ドラルク様の意に沿わないことをしてるんだヌ」と言われれば引き下がるほかない。
     外へ出ればジョンの言うことを聞き取れる人や吸血鬼も少ない。必然的に聞き取りは俺の役割になった。事が起こったのは夜だから、毎晩パトロールだ依頼だと言いながら外へ出て、駅の周りや吸血鬼のたまり場まで足を伸ばす。県外に出て夜明け前に帰ることも時々ある。ドラ公は何か言いたげにしていたけれども、結局いつも何も言わずに俺を見送った。一度だけ「着いてこねえのか」と聞いたけれども、こちらを見ようともせず「今日配信あるんだよね」と機材をガチャガチャ鳴らしながら予備室に消えていった。
     そうこうしているうちに一週間も二週間もあっという間に過ぎた。俺は魔都シンヨコをなめていたんだと思い知らされる。「不審な吸血鬼を見なかったか」という聞き方も良くない。寄せられる目撃情報は大体が変態かポンチで、俺の今月のVRC通報件数はトップだとヨモツザカに面倒くさそうに言われた。面倒くさそうにしてんじゃねえぞ、俺だって全然嬉しくねえ。
     今日もせっかく東京まで赴いたというのに、現れたのは「吸血鬼逆むけおじさん」だった。どれだけ丁寧に手指をケアしていても、おじさんのビームを浴びれば十本中三本の指には逆むけが出来てしまうという恐ろしい能力の持ち主だったので、迷惑行為について丁寧に説明し、管轄の吸血鬼退治人に連絡を取って身柄を預けた。
    「それにしても、ロナルドさん最近こちらまでパトロールに来られること多いですね。凶暴な吸血鬼でも追ってるんですか?」
    「え、あ、いや、そういうんじゃなくて、ほんとたまたま……ほら、今日だって退治人服で来てるわけじゃないし」
    「確かに……遊びに来られた感じで?」
    「いや、まあ、うーん……そんな感じかな……すみませんお仕事増やして」
    「とんでもない! 実は我々も今晩はパトロールを強化してるんですよ。なんでも、強大な吸血鬼が駅近辺に潜んでるって話が出てて」
    「強大な吸血鬼」
     最早顔見知りとなってしまった退治人がそんなことを言う。改めて辺りを見回すと、確かに同業者らしき人影も多いし、連絡してからこのおじさんの身柄を預けるまでもスムーズだった。
    「それは凶暴な吸血鬼ってことですか? 俺一応今日はこんな格好ですけど、できることがあるなら……」
    「いや、そこまでしていただくのは申し訳ないです。ダンピールの退治人が言うには、かなり大きな気配が、ずっと東京駅構内にいるらしく」
    「駅構内!? 大変じゃないですか、大事になる前に見つけなきゃ」
    「そうなんです、けれども能力を使った形跡もないらしくて」
    「うーん、潜伏して機会を狙っている……?」
    「ええ……本当に気配だけは大きいのに、かれこれ数時間は改札からも出ずにうろついているようで」
    「……」
    「一般市民の吸血鬼から『さっきからテレパシーで助けを求める声がうるさい』という通報もいただいているので、愉快犯の可能性もあるんですけどね」
    「ちょっと待ってくださいね」
     俺はスマホの画面を操作して、しばらくは呼び出すこともないだろうと思っていた番号に電話をかけた。
    「……もしもし親父さん? あんたもしかして今東京駅で迷子になってる?」
    『エーーーーンポール! いいところに!』
    「……すんませんその吸血鬼についてはこちらの方で引き取ります。なんか、お手を煩わせて申し訳ないです……」
     
     東京駅で迷子になっていたドラ公の親父さんを回収し、精神疲労の回復がてらスナバでデカくて甘いやつを奢ってやった。最初はティッシュだの側溝に捨てられた吸い殻だのへこんでいた親父さんも、段々と立ち直ってイチゴ味のフラペチーノをニコニコ啜っている。
    「いやあ、丁度良いところにいてくれたなポール! 改めて礼を言うぞ」
    「いいよ別に……それよりどこへ行くつもりだったんだ? また迷子になられちゃ困るし、分かるところまで送るわ」
    「エッアッ……いや……」
    「?」
     親父さんは途端に挙動不審になってプラスチックのカップをきゅっと握った。ストローから中身が噴き出してテーブルにこぼれるのを見て、またあわあわと取り乱す。ガキかよと思うも口には出さず、さっさとお手拭きで拭ってやった。歳を取ったら子どもになっていくって言うしな。
    「あーもう、手袋も汚れたんじゃねえの? 外してトイレで洗ってくるか?」
    「……」
    「ていうか手ベタベタするだろ、洗ってきた方がいいぜ」
    「……ポール、吸血鬼の心臓を探しているそうだね」
     中身がこぼれたカップを手にしたままの間抜けな格好のまま、親父さんが静かに呟いた。一瞬テーブルを拭く手を止めて、また新しいお手拭きを袋から出す。親父さんの顔は見られなかった。
    「なんでそんなこと知ってんの」
    「えっ!? あ、いやノースが……じゃない、なんかこう、風の噂的なあれで私の耳にも……一応次期当主だしっこんなだけど一応竜の一族だし……!」
    「……あっそ」
     多分ノースディンに聞いたんだろう。もしかするとあのおっさん、あれからもずっとドラ公の様子を監視してたのかもしれない。いや、監視されてたのは俺かな。ドラ公の親父さんは多分、あいつを連れ戻すかなんかのために家に来るつもりだったんだろう。
     ドラ公が出て行くかも知れない。それを思うとなぜか心臓がぎゅっと痛くなる。自分からは出て行けなくても、連れ出されたらそうじゃないかもしれない。つまらない思いをしなくて済むならドラ公が家を出るのも選択肢の一つであるはずなのに、いざそういうことになったら、俺の方が耐えられないんじゃないだろうか。あいつに楽しくいてほしいはずなのに、逆のことを願おうとする、自分の心が分からない。
    「ポ、ポール君?」
    「あっ、ごめ、ぼーっとしてた……あの、まあいろいろあって探してるんだけど」
    「うむ。そのう、ね、あの、それについてだが……こ、高等吸血鬼としての専門的な助言が必要な頃ではないかと思ってだね!」
    「え?」
    「退治人とはいえ、吸血鬼の心臓を見たことがある者なんか少ないだろ? 少しでも手がかりがあった方がいいのではないかと……」
    「……なんで」
    「えっ」
    「なんでそんなこと言うんだ。俺がどういうつもりでドラ……吸血鬼の心臓を探してるのか、知ってんだろ?」
     ああヤバい、俺ドラ公の親父さんに嫌な気持ちを向けてる。こんなこと思う筋合いもないのに、それは分かってんのにやめられない。案の定、親父さんの眉間にしわが寄る。ごめん今のなし、なんでもねえから忘れてくれ、そう言わなきゃいけないのに、口の中が粘ついて上手く言葉が出てきそうにない。俺はドラ公の親父さんから浴びせられる罵倒を覚悟して身を固くして俯いた。
     しかし、いつまで待っても親父さんは何も言わない。恐る恐る顔を上げると、そこには親父さんの困り切った顔があった。
    「そんな顔をするなポール。私は君の事情など何も知らないし、息子に起こった出来事にも干渉しない」
    「……ど、して……嘘だ、知ってんだろ全部、あいつのことも、俺が何してんのかも」
    「知らないったら知らない。私はただ、ろくな知識もない愚かな退治人にマウントを取りがてら助言をしてやる、粋で親切な高等吸血鬼なのだ!」
    「……」
    「……お、愚かとか言ってごめんネ……」
    「いや謝んなよ」
     私は剥がし忘れたまま五年ほど放置されたセロハンテープ、と再び面倒くさい落ち込み方をし始めた親父さんを、慌てて抱き起こした。衆人環視の中ソファーの上で胎児になられちゃ困る。マントの上からぐっと肩を掴んだ俺の手に、親父さんの手が重なる。幼い子どもを諭すような穏やかな顔をして、ドラ公の親父さんは俺を見上げた。
    「息子を頼むぞロナルド君。業腹ではあるが、君しか頼れないんだ」
     親父さんはさっきまでの胎児仕草が嘘のように、軽やかな身のこなしでソファーから立ち上がると、俺の心臓辺りをトンと人差し指で突きながら言った。
    「愛を知る吸血鬼の心臓は臓器とは似ても似つかない。血のごとく赤く、宝石のように輝いている。何物にも替えがたい美しさだ。君の目にもきっと……たいそう魅力的に映るだろう」
     バサリと派手にマントを翻して、高等吸血鬼はスナバを後にした。俺はしばらくその場に突っ立っていたが、数分後に「す、スマホ忘れた……終電っていつ……?」と戻ってきた親父さんを見て、長距離タクシーを呼んでやることにした。
     結局今夜は俺も終電を逃した。タクシー代もバカにならないから、始発で新横浜に帰るしかない。明日の昼からは依頼が入ってたはずだけど、多分間に合うだろう。無駄な出費だなと思いながらネカフェの看板を探しているとポケットの中のスマホが震えた。メッセージを送ってきたのはドラ公だった。『今晩遅いの』と、たったそれだけのメッセージで、不意に泣きそうになる。
    あいつがどういうつもりでこんなメッセージを送ってきたのかは分からない。もしかすると今からクソゲー配信をするから俺の帰宅時間を知りたかったとか、それだけの理由かもしれない。けれども俺は、ドラ公が俺のことを気にかけたというだけで、こんなに気持ちがめちゃくちゃになる。たまらず電話をかけると、ドラ公はすぐに出た。
    「……もしもし、ドラ公?」
    『若造、まだ帰らないのか。えーっと、今日は東京の方に行ってるんだっけ』
    「うん。終電間に合わなかったから、朝に帰ると思う。……ごめん」
    『あっそ、了解』
    「あの」
     俺が何か言う前に通話はブツリと途切れた。ひょっとすると俺を心配してくれたのかもしれないという淡い幻想は、見事に打ち砕かれたわけだ。いいけど、別に。俺のことを好きだったというドラ公なら、この後「お休み毛布がなくてもねんねできまちゅか」くらい言ってきたってだけだし。……そういうやり取りを思い出す度に、自分がどれだけドラ公に優しくしてもらっていたのか、甘やかしてもらっていたのかを実感する。ドラ公の愛は分かりやすかった、いや、俺が鈍かっただけなのかもしんねえけど。
    「……ドラ公のやつ、心臓見つけたらどうすんだろ」
     何度も考えた、ドラ公に心臓を返す場面を想像してみる。あいつは笑うんだろうか、雑魚のくせにプライドだけは高いから怒るかもしれない。元の場所に戻してきなさいって言うかもしれない。いらないって言われたら、どうしよう。俺のことを好きな自分の気持ちなんかもういらないって本気で言われたら、俺は、どうしたらいいんだろう。
    「寒……」
     都会の夜は意外と冷えるもんだ。適当に歩き出した俺の目にネカフェの看板が飛び込んできたが、それをスルーしてビジネスホテルに入る。いつぞやドラ公に言われた「いい加減ソファーじゃなくてベッド買いなさいよ、今は良くてもすぐに歳取るんだぞ君たちは」という言葉を思い出していた。
     安っぽい……もとい値段相応のベッドに転がり、適当に服を脱いで床に放り投げる。思っていたよりも体は疲れを訴えてきて、すぐにでも眠ってしまいそうだ。ヤベえ、シャワー浴びたい、ああでも面倒くせえな……こんな寝方をするのは、久しぶりだ。今夜はきっと、夢も見ない。
     
     

     あーあ嫌な夢見た! 今夜はとんでもなく最悪な夜だ。あんなくだらない夢を見て目覚めるなんて本当に気分が悪い、最悪、いや私が生きてるだけでこの世の万物万象は喜びを感じるので最悪ってことにはならんが。なるほど今夜も完璧な夜では? なーんだ、じゃあいつも通りだなあ解決!
     ネグリジェのままエアーマントでポーズを決める。そう思わんことにはやってられんわ、マジで。
     大体なんっで私があんな夢見なきゃいけないんだ! ロナルド君が私を好いてるという設定は、まあこのまま私が完璧を更新し続ければ、万が一の事態もあり得なくはない……なくなくなくもない……ことではあるが! ロナルド君が吸血鬼になんて、そんなことあり得るわけがないだろう。大体あの子の生き様のまぶしいことといったら、夜なんかとてもじゃないが似合わない。いくら吸血鬼生が楽しくったって、ロナルド君自身はそういう生き方を選ぶはずがない。彼のそういう所が好きだし、惹かれたし、そんな私の気持ちに偽りなんかあるわけないのに、なんであんな、あんな……。
    「……ロナルド君、なんであっという間に死んじゃうのかな」
     あ~あ口に出すんじゃなかった、余計に気分が落ち込むわ。まだ死んでないっつの。ロナルド君はこれからも末永くバカやって私と一緒に面白おかしく生きるんだから、楽しくない先々のことなんか一々考えてられるか。全然建設的じゃない。
    「ったく、えーと若造は昼からずっと退治ね。帰るの遅くなるのか。……鶏肉あったっけ」
     冷蔵庫を開けると、うーむ、お腹ペコペコで帰ってくる食べ盛りを迎えるには少々心もとない。今からRiNEしてロナルド君食材買ってきてくれるかな、いや、何時になるか分からないし、散歩のついでだと思えば手間でもないか。
     どうせ家にいてもクサクサするだけだ。いまだに私の胸にしがみついて離れないジョンをどうにか剥がして、顔の前まで持ち上げる。
    「私はもう大丈夫だよ、ジョン。それより今日も楽しいことを探しに行こうじゃないか」
    「ヌ……」
    「なあに、こんな気持ち、君のためのケーキでも焼けば吹っ飛んでしまうさ! ……ダイエットしてもらわなきゃとは思うんだけどね、明日から頑張ってくれるかい、私のナイト」
    「ヌ、ヌヌヌン!」
    「ふふ、ありがとうね」
     ──さて、それがどうしてこうなった。確かに、私は多少、ほんのちょっと、注意力散漫になっていたかもしれない。けれどもダチョウの群れに追っかけられて死ぬのはここ新横での日常だし、そんな折に我が使い魔だけでもと逃がしてやる己の判断が悪かったとは思わない。悪かったのは、そうだな、タイミングとかかな。泣きっ面に蜂なんて言葉があるように、悪いことは続くものらしい。
    「さて──どうしても私のジョンを返さないつもりか、貴様」
    「ははあ、返す返さないではなく、返せないのだよ同胞」
     食いしばった歯がギリと鳴る。私が目を離したのがいけなかった。ジョンが誘拐されたとき、もう二度と離れるものかと誓ったのに、十年も経たないうちにこれだ。マーベラスな私の脳もさすがに夢見の悪さで働きが悪くなっていたようだ。
     いつも通り散歩に出たところをいつも通りオッサンアシダチョウの群れに襲われた、そこまではいつも通りだったけれども、通りすがったものの価値も分からない愚鈍な人間にジョンを拾われるとは思わなかった。変態だったらジョンだって油断しなかっただろう、この街は吸血鬼やその使い魔に寛容すぎて、皆が皆善人であると、私ですら少し錯覚してしまっていたのだ。
     どうにか再生しきった後、ジョンが見当たらなかったときの私の絶望っぷりといったら!
     必死に名前を呼びながら走り回って、ようやくこの路地裏で見つけた。ぐったりと目をつむっているのを見たときには、さすがに私も竜の一族だと思わされるほど凶悪な血の力が自分の中で渦巻くのを感じた。ジョンが寝言を言わなかったら、私は自分が死ぬのことを分かっていてこの怪しげな吸血鬼に飛びかかっていただろう。
    「大体、なぜジョンが貴様の物々交換天秤に乗せられてるんだ。自分の意志で乗っかったわけでもあるまいし!」
    「物々交換天秤じゃない! もっと良い感じの格好良い名前を付けてたのに、この街にきてからクソガキに散々バカにされ……そんなことどうでもいい! このマジロはその辺を歩いてた男がエアポッツの片方と交換に置いていったのだ」
    「ウギ~~~エアポッツの片方くらい楽天とかで買えや!」
     眠るジョンを天秤の片方に乗せたまま、吸血鬼は自身もゆらゆら揺れている。天秤の皿は簡易的な結界になっているのか、さっきから私の声もジョンには届いていないようだ。
     さて、どうしたものか。吸血鬼は「返してほしければ交換だ、同じくらいの価値のものと交換だ」と歌うようにささやく。ジョン以上に大切なものなんてそう簡単にありはしない、自分の命ですら釣り合うかどうか分からんくらいだ。このままジョンを取り返すことが出来なければ──想像するだけでざらりと身体の一部が崩れる。私はきっと本当に死んでしまう。
     交換だろうが取引だろうが、恐らくジョン自身の意志を無視したやりとりだ。ならば守るべき約束事もない、こうなったらゴリラを召還して……ん? ゴリラ?
    「……おい、エアポッツの片方と私のジョンとの交換が成立するなら、物と物の交換でなくてもいいってことだな?」
    「ふむ、私はただ交換していった先がどうなるのかを見てるのが面白いだけだから……同胞がこのマジロと釣り合うと本気で思っているものならば交換が成立するはずだ」
    「ふうん、じゃあちょっと、できるかな……多分できるけど、うん……愚かな同胞よ! 刮目するがよい! 天地万物どんな財宝でも、私のジョンほど価値あるものなどありはしない! そもそもジョンに価値をつけようなんて発想が愚かしいのだ、唯一釣り合うとすれば、そら、こちら!」
     私は自身の胸辺りに手を突っ込んで、掴んだ物を身体から引き抜いた。輝きを存分に放つカット、血の色よりも鮮やかな赤、愛の形をしたこれはまさに「吸血鬼の心臓」だ。
    ああ、やっぱり私の中にあったのか。ロナルド君への思いが、こんなに美しい執着の形を得ていたなんて。
    「……なんと、それは、まさか…………この使い魔が、そんなにも?」
    「当たり前だろう、私とジョンは永遠だ」
    「なんとまあ、驚いた。生きている間に同胞ほど由緒ある吸血鬼の心臓にお目にかかれるとは」
    「ふん、存分に畏怖したまえ。これでは足りんなどと言わないだろう、むしろ釣りがくるレベルでは」
    「まあそれはそれだ、天秤は重さを量るだけ。ではこちらの皿にその心臓を」
     吸血鬼がズズイと天秤を差し出す。ジョンは幸せそうに眠っている。そうだ、この愛しの丸とならば、何を引き換えたって構わない。それが私の叶わない恋心だとしても。ううん、むしろお得では? 私はロナルド君を愛する苦しみから逃れられて、最愛のジョンを取り戻すことができるんだから。
    「さあ、皿に」
     つるつるとした金色の皿に星空が反射して映る。もう一度だけ自分の「心臓」を握りしめて、心の中で別れを告げる。ああクソ嫌になるなあ、さっき取り出したときも「あ、ロナルド君の色じゃん」とか思ってしまった。好きだ、好きだよロナルド君。その思いがこんなどうしようもない物になってしまうほどには、君のことを愛してる。
     天秤の皿に心臓を乗せようとしたまさにその瞬間、「ドラ公」と聞こえるはずのない声がした気がした。幻聴だとはすぐに気づいた。まったく、昼間の夢はどれだけ私を苛めば気が済むのだろう。まあ苛むもなにも私の深層心理なんだろうけれど、やってらんない、今晩だけで何度そんなことを思えばいいんだか。
     そういやみりん頼むの忘れてたな。カランと音がしてそんなことを思い出したけれども、瞬き一つの間に世界がまるっと変わっていた。腕の中にはジョン、ここはしみったれた路地裏。私は今晩も、散歩に出て、ええと……なんだったかな、どうでもいいことだったかしらん。
     
     

     一泊して帰ってきた我が家は、明るいけれども生き物の気配が薄い。玄関を開けてまずメビヤツに挨拶をして、朝日が入り込まないように気を付けながら居住スペースへの扉を開けた。ドラ公とジョンはもちろん眠っている。キンデメは起きてたらしくて、遮光布の下から「おかえり」と声をかけてくれた。
    「キンデメ、昨日あいつ何してた?」
    「ぐぶぶ、普通に数時間前までゲームしてたぞ。あとはキッチンに立ってなんやかんやしていたな」
    「マジ? 飯残ってたらいいな」
     ちょっとだけ期待しながら冷蔵庫を開けると、見慣れたタッパーが一つだけ鎮座していた。中身はなんか強そうなカレーだけど、カレーの割には量が少ない。いつも分量通りに作るのがどうのと言って鍋いっぱいに作るのに、丁度一食分しか残らなかったらしい。
    「ジョンはカレーパだったのかあ、いいなー」
    「……カレーも食べていたが、それだけではなかった。同胞は結構長い間キッチンに立っていたはずだぞ」
    「え?」
     キンデメに言われてもう一度冷蔵庫をのぞき込むも、やっぱりタッパー一つしかない。野菜室やチルドも開けてみたけれども、すぐに食えそうな料理は置いていなかった。
    「じゃあ十時間くらい寝込んだカレーかもな、これは」
    「それは病気のカレーだが」
     久しぶりに食べたドラ公のカレーは、強そうな見た目に反してなんかやたらめったら甘かった。リンゴとはちみつが大量に余ってたのかってくらいに甘くて、俺は申し訳ないと思いながらもタバスコを入れて食べた。
     遠方での退治依頼が舞い込んだのはその日の夕方だった。なんでも緊急だとかで今夜にでもきて対処してほしいらしく、それなら近くの退治人ギルドを頼ってくれと思ったけれども、電話口でそれを言えるはずもない。ドラ公はまだ寝てて、起こそうと棺桶の蓋をノックしたら「ドラドラちゃんはまだ寝てまーす」という返事があった。泊まりの準備がてら棺桶の横でビートを刻むと砂になった音がしたので、完全に目は覚めただろう。
    「ああもうこのボケ、今何時……って十七時にもなってないじゃないか! 吸血鬼にとっては早朝だぞ!」
    「ドラ公、俺今日からしばらくいねえから」
    「あ? ……あっそ、一々報告しなくても大丈夫なのに、律儀だね君は」
    「……俺がいねえ間に事務所改造されてたら困るだろ。いいか、メビヤツという監視がついてんだからな、勝手に表の看板をドラルクキャッスルマークⅡにしてたらぶっ殺すぞ」
    「するか、そんなくだらんこと」
     大きく口を開けてあくびをしたドラ公は、二度寝に入るべく再び棺桶の蓋を閉めてしまった。いってらっしゃいくらい言えねえのかという言葉をぐっと飲み込んで棺桶を見下ろす。どうにも同居人としての距離まで遠くなってんじゃないかと思う。あんまりじゃねえか。別に好きじゃなくても、むしろ嫌いでも、一つ屋根の下で一緒に暮らすなら挨拶くらいはちゃんとするべきだ。うちに転がり込んできた時にお前が言い出したことだろうが、ドラ公め。
    「ヌー」
    「んあっジョン! ジョンはお見送りしてくれるの? 嬉しいなっ」
     アルマジロの温かい声援を背に、吸血鬼叩きを手にして事務所を出る。一人でこの扉をくぐるのだって慣れたものだ。ドラ公の心臓の手がかりだって教えてもらったんだから、多少ショックを受けた程度で傷ついちゃいられない。
    「……弁当くらい、作ってもらえばよかった」
     また数日はドラ公の飯を食えないことに気がついて、直前の決意とやる気がへにゃへにゃと勢いをなくしていく。からあげが食いたい、ハンバーグも、オムライスも、この際あの邪悪な野菜が入ってても頑張って食べ……いや無理かも、最近は半田に仕掛けられるトラップでしか対面してないから、口に入れる機会が減っている。耐性がないから最悪死に至るかもしれん。
     最早ドラ公の心臓を取り戻すのは俺のためでもあった。馬鹿にされてもいいし、仕事を邪魔されてもいいし、邪悪な野菜を振り回されても殺すだけで勘弁するから、前みたいにバカ騒ぎする毎日が戻ってきてほしい。駅へ向かって走りながら、俺はそんなことを思っていた。
     
     ドラ公のスマホを通じてジョンから電話が来たのは、依頼された下等吸血鬼の巣を根こそぎ潰し終わった後だった。民家に住み着いていたにしては巣を隠すのが巧みで、勘を頼りにするも思った以上に時間がかかってしまった。こんな時にドラ公がいてくれたら多少は楽だったのに、と心中でぼやいたタイミングで着信があったから、驚いて何度かスマホを落っことした。
    「も、もしもしドラ公? なんだよ」
    『ヌー! ヌヌヌヌヌン!』
    「あ、ジョン? どうしたの電話なんて……」
    『ヌヌヌヌヌン、ヌヌヌヌエッヌヌヌ!』
    「え……」

    ──早く帰ってきて、ドラルク様が変なの!
     丁寧に頭を下げ、折角わざわざ横浜から来てくれたのだからともてなそうとしてくれる依頼人への挨拶もそこそこに、俺は新幹線のチケット売り場に駆け込んだ。窓口で「新横浜まで、あの、座席なんでもいいんで一番早いやつで!」と急き込む俺に、売り場のお兄さんも何か思うところがあったのか、気持ち早めにチケットを発行してくれた。改札待ちの列で前のサラリーマンの背中をイライラしながら睨みつけていると、改札の傍らに立っていた駅員さんがそっと俺の肩を叩いた。
    「退治人さん、どうか落ち着いてください。切符が潰れてしまいます」
     自分が切符をぐしゃぐしゃに握りしめていることに俺は初めて気がついた。到底改札に通せないようなそれを、駅員さんは黙って新しいものに取り替えてくれた。
     見上げた事務所には明かりが点いていた。誰か来てるのかもと、走って乱れた息を無理矢理整えてドアノブを回す。開けようとしたら鍵がかかっていた。慌てて鍵を取り出しながら、胸の中には疑問が広がっていく。ここのところドラ公は俺が帰ってきたら初めて家の電気を点けていた。暗い方がよく見える吸血鬼にとってそれは自然なことだから、部屋が暗いときに明かりを点けてくれていたのはドラ公なりの気遣いだったんだと思う。それが今、ドアの向こうには煌々と明かりがともっている。
    「……ただいま」
     ビッと出迎えてくれたメビヤツに帽子を預けると、いつもならそのまま俺の足元にくっついて喜んでくれるのに、今日は後ろに回って俺を居住スペースに向かってぐいぐいと押してくる。愛らしい一つ目には涙が浮かんでいる。
    「ッドラ公!」
    居住スペースへと繋がるドアを開けるのが乱暴になったのは仕方がなかったと思う。敷金のことなんかは頭から吹っ飛んで、とにかく見慣れたひょろ長吸血鬼の面を見ないことには安心できなかった。テレビの画面は暗い。棺桶は蓋が開いてる。ソファーには死のゲームが投げ出されていた。
    「……ったく、帰宅一番にこの私の名前を呼ぶとは、敬うべき私への挨拶にしてももう少し落ち着いてできんのかね!」
    「あ……」
     どうやらドラ公はドアの音に驚いてキッチンの向こうで死んだらしかった。するすると再生された上半身がキッチンカウンターの向こうに見えて、ようやく息を吐く。
    「誰がお前なんか敬うかバカ、つか何してんだよ」
    「……別に」
     ドラ公が視線を逸らして後ろ手に何かを隠したのを、俺は見逃さなかった。さっきからジョンが見当たらないのもおかしい。靴を脱いで近づいてくる俺を見たドラ公はぎょっとした顔をして「イヤーッ来ないでケダモノ! 私の聖域に入るな!」と追い出そうとしてきたが、構わずカウンターの向こう側に回り込む。
     バケツがあった。ドラ公が掃除の時によく使ってる水色のやつだ。ただしそこに詰まっていたのは汚れ落とし用の水なんかじゃなくて、まだ湯気を立てている残飯だった。いや、残飯ですらないのかもしれない。天津飯、ハンバーグ、何かのフライ、からあげ、コールスロー、それらは一口たりとも食べられた形跡がない。姿が見えないと思っていたジョンは、何枚ものキッチンペーパーがはみ出したバケツの隣でポロポロと涙をこぼしていた。
    なんだそれ、と呟いたのは確かに俺の声だったけれども、自分でも全く意識せずに出た言葉だった。
    「なあ、ドラ公、それ」
    「っうるさい、ちゃんと私の財布からお金を出して買った食材なんだから、君に怒る筋合いはないぞ」
    「え……」
    「大体お前が悪いんだろが、若造なんかいてもいなくても私には関係ないのに、ここんところは家を空けてばっかで! 無駄にイライラする!」
    「い、イライラって……仕方ねえだろ、仕事あったんだし、そんなら明日からはなるべく……」
    「家にいたって気にくわないんだからさっさとギルドなりオータムなりへ行って缶詰してくればいいんだ!」
    「気にくわないって、お前なあ! どうしろってんだよ、さすがに言って良いことと悪いことが」
    「なんで私がお前のことなんか気にせにゃならんのだ! なんでロナルド君がいないだけでこんな気持ちにならなきゃいけない!? なんなんだクソ、クソッタレ……!」
     そう叫ぶなりドラ公はバサリと音を立てて死んだ。ジョンは一層激しく泣きながら砂山に取りすがる。ドラ公はしばらく砂の状態でうごめいていたが、やがて疲れたのかピクリとも動かなくなった。
     俺はそっと膝をついてドラ公の砂をすくい上げた。それからバケツの中で湯気を立てている料理たちを見た。それが見えていたはずはないのに、ドラ公は「いくらなんでもそれを拾い食いするなよ猿」と釘を刺してきた。
    「でもさあ、食わねえだろお前、ジョンもこんなに食えねえよ。なんでこんなたくさん作ったんだよ。しかも自腹で」
    「……いいだろ別に。君に迷惑かけてるわけじゃない」
    「迷惑とかじゃなくてお前がこういうの嫌いだろうが。自分が作った飯を自分で捨てるとか。なあ、ラップして冷蔵庫入れといてくれればよかっただろ、俺いくらでも食えたのに」
    「若造に食わせる料理じゃない」
    「……」
     バケツの中に手を突っ込んで、素手でからあげをつまむ。キャベツだのマヨネーズだのあんかけだのが絡んでしまったそれを口に放り込むと、にんにくを使わない代わりにショウガを効かせた、懐かしいドラ公のからあげの味がした。これをずっとずっと待ち望んでいたはずなのに、喉の奥からなにかがせり上がってきて上手く飲み込むことが出来ない。
    「お、俺、ちょっと走って……走ってくる」
     ようやく口の中のものを飲み込んで立ち上がる。ぼやける視界をジャケットの袖でぐいぐい拭いて、死んだままのドラ公の返事も聞かずに飛び出した。
     俺は新横浜の街をめちゃくちゃに走った。退治人服のままだったから通行人の方々も「またポンチが出たのか」とでも思ってくれたんじゃないかと思う。ショットやサテツともすれ違った。たまたま歩いていたカメ谷も追い越した。皆驚いた表情を浮かべて俺に手を伸ばしてきたが、俺は全部振り切って走った。
     脚がもつれて派手にこける。受身を取って転がったけれどもジャケットの肘には穴が空いてしまった。すれ違う人たちが遠巻きに俺を見ている。眉をひそめて、ふいっと視線を逸らして足早に去って行く人や、スマホの画面と俺を見比べて困惑の表情を浮かべる人、幽霊でも見たかのように顔色が青ざめる人。俺はその人達をぼんやりと眺めて、ふと自分が家を飛び出してきた用事を思い出した。
    「……すみません、心臓を知りませんか。吸血鬼の心臓です。あっ想像するような生々しい感じのやつじゃなくて、もっとこう……宝石みたいな、キラキラしてるやつらしいんです。きっと真っ赤な心臓です。俺の、俺の同居吸血鬼の……ドラルクの心臓です。大事なものが入ってるんです、すごく大事な、あいつの幸せのためのものが入ってるんです。すみません、誰か、心臓を知りませんか、吸血鬼の、ドラ公の心臓を……」
     尻ポケットに突っ込んだままのスマホがさっきからけたたましく鳴っている。俺はその音に負けないよう声を張り上げた。街灯の明かりも遠くのビルの明かりも、俺を取り囲むように立っている人たちの顔も滲んでよく見えない。
    「誰か、知りませんか! 心臓を知りませんか! ドラ公の心臓を見ませんでしたか! 誰か知ってたら教えてください、ちょっとしたことでもいいんで、誰か、誰でも……」
     目の奥ががんがん痛む。スマホの着信音がめちゃくちゃ耳障りだ。俺が一歩脚を踏み出せば、ぼんやりとした人の輪がそれに合わせて形を変える。自分がどんな視線を向けられているのかはよく分かってる、スマホのカメラだって向けられてる、それを振り払うためにまた大きな声を出そうとして息を吸った次の瞬間、俺は勢いよく路上にゲロを吐いていた。
     

     俺はひとつ決意をした。そのけじめをつけるまではと、退治依頼は当面の間休ませてもらうことにした。
     SNSに流れた俺の醜態はネットニュースになってもおかしくなかったけれども、オータムのバイオ社員さんが早い内に気づいたとかで、大きな騒ぎになる前に情報統制が行われたらしい。フクマさんからそれを聞かされたときはちびりそうになったが、当のフクマさんに「ロナ戦はしばらく休みましょうか」と心配されて、今度は下げた頭を上げられなくなった。情けなさや恥ずかしさがこみ上げてきて、俺は結局どういう返事をしたのか覚えていない。
     後から居住スペースで話を聞いてくれていたキンデメに「しばらく原稿に追われることはないらしいぞ」と言われて、ようやく申し訳ないと思うことができた。その場でフクマさんに謝罪の電話を入れるついでに、「吸血鬼の心臓を持ってそうな吸血鬼」の目撃情報があれば教えてほしい、とお願いをした。
     あの夜の、尋常でなかった俺の様子は、ギルドの人々にもすっかり伝わっていた。しばらく休ませてもらうと頭を下げに行けば、逆に「何か手伝えることはないか」と申し出てくれた。ショットなんかは「見かけたことない吸血鬼が出たらVRCを呼ぶ前に一報入れるからな」と約束してくれた。多分前の俺なら「そこまでしてもらう訳には……」と答えただろうが、今の俺は溺れる猿だ。藁にもすがる思いでショットの手を握った。
     ドラ公は起きてる時間がぐっと短くなった。日付が変わってからのそりと起き出して、しばらくボーッとしてから風呂に入る。そこから一つ二つの家事をこなして、ちらりと事務所にいる俺の顔を見てから寝てしまう。ジョンはそんなドラ公につきっきりだった。ふわふわの腹毛やつやつやの甲羅はドラ公の手によって守られ続けているけれども、前足も腹も前ほどもちもちとした触感ではなくなった。
     情報収集のためだけに、SNSアカウントをいくつも作った。毎日飛び交う有象無象の目撃情報、その中から正体も分からない吸血鬼の情報を掬い上げるのは難しい。けれども自分の足で調べるにも限界があったし、あんまり家を空けたくはなかった。中には有力そうな情報もあって、これはと思う投稿に飛びついて、なるべく急いで現場に駆けつけては、期待外れにがっかりする毎日だ。それにもすっかり慣れてしまった。
     久しぶりにへんなが来たのは俺が慣れない掃除に四苦八苦している時だった。窓なんか雑巾で拭いてしまいだと思ってたのに、何度拭いても跡が残って、どうせそのうち誰かがここから侵入してきたり飛び出したりして割れちまうだろうと諦めたタイミングで、事務所のドアが開いた。
    「ロナルドさんこんばんはー! どうですかエロ裏アカの運用状況は!?」
    「誰が裏アカ男子だしばくぞ、つかノックくらいしろ! 最低の礼儀として!」
    「あっ失礼、マナー違反さんほど礼儀がなっていませんで……男の自慰には興味ないので、ごゆっくり……」
    「オーッ! 事務所でオナるやつだと思われてんのか俺!」
    「まあまあ、エッチジョークというやつですよ。あ、こちら手土産ディスクたちです」
     紙袋いっぱいのDVDを差し出して、勝手知ったる部屋とばかりにソファーに腰を下ろした。にこにこしながら「お茶は?」とか抜かすから、紙袋の中のDVDを一枚取り出してぶん投げた。ぶにんと顔面にめり込ませるようにキャッチしたのはさすがと言わざるを得ない。へんなはエロに対する心構えがいつでも本気だ。
    「まったく、『パイパイ天国魅惑のホクロ八十八カ所巡礼~ナカのナカまで順打ちに巡って♡~』のパッケージに傷でもついたらどうするんですか! お遍路ってなんだかえっちな響きだと思いませんか?」
    「エロに関わる動体視力エグいなお前、お坊さんとかにしばかれるぞ」
    「フライングエッチディスクは紳士の嗜みでして……おっと、お構いなく」
    「ティーバッグだけど我慢しろよ、美味い茶はドラ公が起きてる時にしか飲めねえんだ」
     ドラ公の名前を出すと、へんなはにこっと笑った。こういう時に余計なことを言わないところは結構好きだ。「ドラルクは元気にしているか」と聞かれて、元気じゃない現状を答えるのもつらい。
    「さてさて、観るならどれにします? 今回はどれもストーリー重視の長編物を持ってきたので、腰を据えてじっくりと……オッフ」
    「変身すんな! つか観ねえわメビヤツでなんてもん再生させようとしてんだ!」
    「まあまあ、これもエッチジョークでして。今日は近くに用事があったからロナルドさんの顔を見に来ただけです、早々にお暇しますよ」
    「え、や、別に邪魔とは言ってねえじゃん」
    「ホホホ」
     へんなはたわいない話ばかりを振ってきた。休載しているロナ戦や退治の話は避けて、最近見た面白い変態やDVDショップで見かけて借りる勇気が出なかった一作、お袋さんに仕掛けられて萎えてしまった裸エプロンお花屋さんバージョンの話……。
     人と話すのは久しぶりのような気がした。馬鹿ほど笑って遠慮なく突っ込めるのも久しぶりだ。「おや、もうこんな時間」とへんなが時計を見るころには、最近詰まっていた呼吸が楽になっていた。
    「じゃ、約束通り観賞会は来週の火曜ということで」
    「約束しとらんわ」
    「それまでに掘り出し物を……あっそういえば、ロナルドさんに聞こうと思ってたんですが、変な天秤を持った吸血鬼の噂って聞いたことありますか?」
    「……天秤? 天秤ってあの天秤か、分銅乗せるやつ」
     理科室で実験したことがある。確か重さが釣り合ってるか確かめるやつだろ、と言えば、へんなはカッと目を見開いて叫んだ。
    「そう! 通常の天秤は重さを量るものですが、その吸血鬼の天秤はなんと価値の釣り合いを量るそうです。なんでも天秤の片側の皿にはいつも何か乗っていまして、釣り合う価値のものを乗せればそれがもらえるんだとか」
    「へえ、交換してくれんだ」
    「ええ、噂じゃ今その天秤の片側には、めちゃくちゃ希少なものが乗ってるらしくて……私が思うに、伝説級にどスケベなDVDなんじゃないかと……!」
    「……伝説級に希少なもの?」
    「そりゃあもう、誰もが喉から手が出るほど欲しがるとの噂ですから、きっとものすごいご禁制レベルの」
    「へんな、それどこで見かけた?」
     存在してるのか分からない肩のあたりをがっしり掴んで揺さぶると、戸惑っていたへんなはハッとした。それから申し訳なさそうに「信憑性の薄い噂ですよ」と眉根を寄せた。多分へんなは、また空振るかもしれない俺の苦労を思ってくれてるんだろう。同じことは今までに何度もあった。これまで百回が駄目でも、百一回目があるならばすがらずにはいられない。
    「何でもいいんだ、ハズレでもハズレってことを確かめたいし、もしどスケベDVDだったらお前にやるから!」
    「……分かりました、どスケベならばもちろん私にくださいね。でも、あなたのお宝であることを祈っていますよ」
     帰る間際、へんなは振り返ってまたにこっと笑った。俺も笑顔で手を振り返した。
     送ってもらった位置情報によると、事務所からそう離れていないいくつかの路地で、いずれもそう遅くはない時間に目撃されたらしい。そのあたりは毎日パトロールしてたはずだけれど、時間帯をずらしてみることは考えてなかった。
     今度こそ、と期待する心をどうにか押さえつける。昔からの癖だ。期待を裏切られるのは、相手が悪いわけではないにせよ落ち込んでしまうことだ。夜食のリクエストとは訳が違う、あいつのは裏切りじゃなくておちょくりで……あー駄目だ、ドラ公の顔を思い浮かべると泣きそうになる。どうか当たりでありますようにと願わずにはいられない。
    「っし……キンデメ、ちょっと出てくるな」
    「ぐぶぶ、承知した……同胞が起きてくれば伝えよう」
    「うん、頼む」
     事務所を出しなに、壁掛けのカレンダーが先月のままだったことに気が付いた。なんなら今月ももう終わるっていうのに、帰ってからめくらなきゃなと思いながら出て、そういえば自分でカレンダーをめくった記憶が最近ない。あれもいつもドラ公がやってたんだろう。そんなことを思う度に胸にこみあげてくる温かさの正体を、俺はもう知っている。
     
     何度か通った末、とうとう今日になって路地裏に人影を見つけた。全身を覆う真っ黒なマントは、ドラ公のようなカチッとしたものよりもいくらからラフで、どこかくたびれているように見える。月も隠れがちの曇り空ので、吸血鬼はこっちを見てんだか向こうを見てんだか分からなかったが、ふいに真っ赤な目が暗闇の中にピカリと光った。
    「やあ、派手な退治人! 私に何かご用かね」
    「え、あ、こんばんは」
    「あっこんばんは」
    「……」
    「……」
     それきりお互い黙ってしまった。敵性かどうかの確証がないなら初手暴力は普通に犯罪だし、そもそも現行犯じゃないと暴力も正当化されない。相手も俺が退治人として襲い掛かったなら応戦くらいするかもしれないけれども、今俺は不躾にガン見してただけだ。普通に気まずい。
    「……あ、あの、私に何かご用がおありで……?」
    「アッイヤッ」
    「アッア、ない? あの、えと」
    「ああ違、その、えっとアレ、て、てん」
    「て!? てん……ああ、この天秤のことか!」
     吸血鬼はあからさまにほっとした顔をして、気を取り直すように咳払いしてからバサッとマントを広げた。マニキュアも塗られていない血色の悪い手に提げられていたのは、金色の天秤だった。俺が知ってるものとは結構違う、神話に出てくる神様とかが持ってそうな立派なやつだ。
     天秤は大きく傾いていた。下がってる方の皿の上で、おもちゃかってくらい大きなハート形の石が輝いている。血の色のように赤い。初めて見たはずなのに、あれは絶対にドラ公の心臓だという確証があった。
     驚いて目を丸くした俺に気を良くしたのか、吸血鬼が上機嫌に天秤を揺らした。
    「なあんだ退治人、貴様もこれを見にきたのか? ただの宝石ではないぞ、これは」
    「……吸血鬼の心臓だ」
    「む……」
     上機嫌が一転、不服そうな面持ちになって、天秤の揺れがぴたりと止まる。慣性で揺れ続ける皿から心臓が零れ落ちないか、そればかりをじっと見てしまう。
    「チッやはり退治人なんてろくでもないな、畏怖の一つや二つくらいないのか」
    「……なあ、それ返してくれよ」
    「返す? なぜ貴様に。これは私が貰ったんだ」
    「嘘つけ! ドラ公とジョンを騙したとかだろ!?」
    「何を人聞きの悪い……いや待て、ジョンて、貴様あの竜の一族の知り合いなのか」
     合点がいったとばかりに吸血鬼は頷いた。どうやらドラ公の心臓を盗った日のことは覚えているらしい。だったら話し合う必要もないだろうとホルスターから銃を抜いて構えると、吸血鬼は絹を裂くような悲鳴を上げてぶるぶる震えだした。
    「イヤーッやめてーっ! 殺さないでー!」
    「うっせえ人聞きの悪い! さっさとドラ公から盗ったもん返せや!」
    「盗った!? ちがわい! これは正式に私が譲り受けたんだ! あのマジロと交換で!」
    「てめえマジロ質までとって脅したのか!? 最低だなクソ、応援呼ぶか……!」
    「あーあー待て待て待って! 私の話も聞いてくれ!!」
     一貫して怯えるだけの吸血鬼に、俺の警戒心もついつい揺らぐ。とはいえ、Y談おじさんやパジャマパーティーのように遠隔で能力を発揮する例もあるから、念のため安全装置は外したまま銃を下ろしてやる。吸血鬼は「なんだこの街バグってるだろ」と泣きながら、自分の能力とドラ公の身に起こったことを説明し始めた。
    「……じゃあ俺は、ドラ公の心臓に釣り合うくらいの何かと交換するしかねえのか」
    「そう、そうです……私の能力とはいえ、そこのルールは絶対なんで」
    「釣り合うまでいろいろ乗せていくのは?」
    「それはなし、一回こっきり、きさ……退治人さんがこの心臓に本気で釣り合うと思うものしか乗せられません」
    「……分かった。ちょっと待て」
     なるほど、自分から心臓……恋する心を差し出すなんて何事かと思ったが、ジョンと引き換えだったというなら仕方ない。むしろドラ公の中で俺への好意がジョンそのものと釣り合うほどだったということに驚いてるのが正直なところだ。
     じゃあ俺は何を差し出せるか。ドラ公が俺を思う気持ち、それと釣り合うほどのものとして、何があるだろう。……例えばピアス? いや、確かに兄妹の絆ではあるけれども足りない。愛用してきた銃なら、駄目だ、吸血鬼じゃあるまいし死ぬほど執着してるわけじゃない。思い出深いけれどもそれじゃ釣り合わない。
    ドラ公の、俺への気持ち。あいつが笑顔で毎日楽しく過ごしてくれるのに必要なもの。それをなくしただけで、気丈でプライドの高いドラ公があんなに弱々しくなっちまうもの。そんなの俺が持ち合わせてるもので足りるのか? 用意するったってできるのか?
    「……」
    「あ、あの……もういいですか? 私明日には実家に帰りたくて」
    「えっ……実家ってどこに」
    「私こう見えて割と古い家柄の吸血鬼なんですよ! だからこそ『吸血鬼の心臓』だってその価値が分かって」
    「どこ行こうって言うんだ」
    「ヒッ!? ろ、ロンドン……」
    「ロンドン!?」
    「チケットももう買っちゃってて……」
    「な……」
     なんてこった、じゃあ俺は今日か明日のうちに交換できるものを用意しなきゃいけない。もっとわかりやすく手っ取り早いものをと考えて、パッと頭に思い浮かんだのは貯金だ、そこそこ貯まってきてたんじゃ……でもそれだとドラ公の思いを金で買い戻したって話になる。こうなったら俺が今差し出せる最大限のもの、それでどうにか釣り合ってくれ。
    「よし分かった! 指をやる」
    「は?」
    「銃を扱う退治人の指だ、それなりに大事なはず」
    「いやいやいや」
    「足りねえか? じゃあ手首……いや腕ごと、でも俺両利きだから両手を」
    「待って待って待って!」
    「だ、だめか? あ……足も? 片っぽがなくなってもいいのって膵臓とかだっけ?」
    「膵臓は一つしかないから大事にしろ! じゃなくて、私にここで人体解体ショーをさせる気か!?」
    「うるせえ! 人間の生皮剥がして剥製作るくらいしろよ吸血鬼!!」
     思わず吸血鬼の胸倉をつかんで路地裏の壁に押し付けた。ぐう、と呻くのが申し訳ないのに手が離せない。俺だってもうこれ以上どうしたらいいのか分からない。とんだ無茶を言ってる自覚はある。でも、これを逃したらドラ公の心臓は二度と返ってこないんじゃないかと思うと、手段も方法も分からないままどうにかしなきゃと焦る気持ちになる。
     だって大事なものなんだ、ドラ公がジョンと同じくらい大切にしてくれたものだ。俺のことが好きって気持ちを、こんなに美しい宝石にしてしまうほどに。
    「ぐう、う……離せ……」
    「は、離せねえよお、なあ、どうしたらいいんだよ……」
    「どうもこうも、私にもどうしようもないんだよぉ! どうしても交換じゃなきゃ、この天秤が……あっ」
     不意に吸血鬼が俯いた。視線の先を追うと、さっきまで心臓の方に大きく傾いていた天秤のうでが、段々と平行になっていく。俺も吸血鬼も目を丸くして、ゆっくりと上昇してくる真っ赤な宝石を凝視していた。
     やがて天秤の両皿は完全に釣り合った。呆然としてそれを見ていると、「おい、さっさと持っていけ」と吸血鬼が言った。
    「も、持ってけって、いいのか」
    「天秤は釣り合ったのだ。同胞の心臓を持っていってもらわんと私も困る」
    「いやだって、こっちの皿何もねえじゃん。空のまんまだぞ」
     片方の皿の上では吸血鬼の心臓がキラキラ輝いてるけど、反対の皿は相変わらず何もない。何も差し出せてないのに持っていくわけにはと手を出すのを迷っていると、吸血鬼はまた「天秤は釣り合った」と言う。
    「それに何もないわけではない、皿の上をよーく見てみろ」
    「え?」
     暗い中でも発光している天秤の皿の上をよくよく見てみると、水が数滴落ちた跡がある。雨なんか降ってないのにと思ったら、また一滴、皿の上にぽたりと落ちた。いつの間にか泣いていた俺の涙だった。
    「天秤に乗せるものは何でもいいのだ。この場合はあの同胞の心臓と、貴様の涙が釣り合ったということだろう。まあ、心臓そのものというより、形を成すまでになった同胞の感情との釣り合いか?」
    「え、え、それってどういう……」
    「いいからいいから持ってけドロボー! 私はもうこんな街コリゴリじゃ!」
    「うおっ!? 危ねえだろてめえ!」
     半泣きの吸血鬼はドラ公の心臓を掴んで俺の方に投げてよこした。咄嗟に両手でキャッチした心臓は夜風に吹かれて冷えているかと思いきや、ほんのり温度を持っている。
    「な、え、おいこれ」
    「あーすっきりした! ものの流れが停滞したっていいことなんか一つもないんだからな。……いや、貴様の涙も今度は何と交換になるか……イケメン退治人を泣かせたときの涙かあ……」
    「泣かされてねえわ! 俺めっちゃドライアイだから、多分!」
    「うーむそう考えるといい土産話ができたな! しかし吸血鬼の執着と釣り合うレベルの人間の涙か、いや、とんでもないな貴様」
     それじゃアバヨ、と古くさい格好をつけて、吸血鬼は路地裏を向こう側へ抜けて消えていった。
     残された俺は、割らないように気を付けてドラ公の心臓を握りしめる。グローブ越しに伝わってくるのは固い石の感触のはずだけれども、俺の手には不思議にぴったりとなじんだ。今まで何度も触れたことがあるような錯覚さえ覚える。俺はそれを帽子に入れて、夜風に晒されないよう、人目にも月明かりにも晒されないよう、大事に抱えて歩き出した。
     
    「ただい、ま……っ!」
    「どこをほっつき歩いてたんだ若造」
     ドラ公は久しぶりに起き出して、着替えてエプロンまで身につけていた。キッチンに立って俺がためっぱなしにしてた食器類を洗っている。ジョンはドラ公の肩の上から身を乗り出して、嬉しそうにドラ公のひらひらをしゃぶっていたけれども、帰ってきた俺が何か持っているのに気がついてぴょこんと小さな両耳を立てた。
    「ドラ公」
     面と向かって名前を呼ぶのはいつぶりか、本当ならこいつ相手にここまで緊張する必要もないのに、乾いた口の中で舌がもつれて、俺は次の言葉を言うのにちょっと覚悟がいった。ドラ公はいぶかしげに俺を見る。……そうか、まだちゃんと俺を見てくれるならよかった。間に合うはずだ。
    「……ドラ公、これやる……いや、返す」
    「ん? 貢ぎ物かね、まあ病気や毒以外なら何でももら…………」
     ドラ公の手が不自然に空中で止まる。俺が帽子の中から取りだしたものの正体が分かるからだろう。スンと澄ました表情がみるみる歪んでいく。
    「……君、それが何なのか知ってるのか」
    「知ってる。取り返してきた」
    「知ってんなら取り返そうとか思わんだろ。自分でお世話できないんだから元の場所に置いてきなさい」
    「茶化すなや。俺は、これがお前の何なのか知った上で、お前に返したいんだ」
     がちゃんと食器同士がぶつかる音がした。コップか何かをシンクに叩きつけたらしい。割れたり欠けたりしてなきゃなんでもいい、それより俺は、ドラ公にこれを受け取ってもらわなきゃ困る。
    「侮辱するのも大概にしないか、君……いや、お人好しなのか? それとも真性の馬鹿か?」
    「お人好しでも馬鹿でもねえよ。これは……お前が持ってるべきだと思ったから、探して」
     ドラ公が手を振り上げたのも、マグカップが飛んできたのもよく見えた。どこを狙って投げたのかは知らないが、あいつにしてはそこそこの力で投げたらしく、緑のマグは俺の額にぶつかって床に落ちた。たらりと液体がこめかみを伝う感触がする。指で拭うと血が付いた。それを見たドラ公はさっと顔色を変えたけれども、何かをこらえるような顔をして、俺から視線を外した。
    「……もっかい言うぞ、いいか、俺はお前にこの心臓を返す。これがお前にとってどういうものなのか、俺は人から聞いた限りでは知ってるけど、本当のところは分からない。これはお前のなんだから」
    「……」
    「それでその、でも、あと三年……二年……半年、半年は待ってほしい!」
    「……は? なに」
    「半年したら、その、お前の心臓に釣り合うくらいに、俺も自分の気持ちに整理つけるから!」
    「はあ? なに、何言ってんだ君」
     本気で呆れた表情を浮かべながら顔を上げたドラ公に、俺の心臓がバクバクと暴れ回る。嘘だろ、伝わんないのかこれじゃ。えっマジ、全部言わなきゃ駄目なのか俺。
    「だっ……おま、お前なあ! いいか、俺はこれがお前にとっての何なのか知ってる!」
    「プライバシーの侵害だわ、汚れたからそんなのいらない」
    「いらないって言うな! 俺はなあ、これがお前にとっての何か分かった上で、お前にはこの心臓を持っててほしいって言ってんだよ!」
    「……なにそれ」
    「っだ、その、だから答えは……半年待ってほしくて……て、手続きとか、挨拶とかいろいろあるし……」
    「…………はあ!?」
     俺が何を言うつもりなのかがようやく伝わったらしく、ドラ公はボバンと爆散して死んだ。なんだよ、死ぬことねえだろ泣くぞ、と言いながら俺はすでに泣いている。俺を泣かしてんじゃねえぞクソ雑魚のくせに、マジで、泣かせるなこれ以上!
    「おま、お前ぇ……頼むから受け取れよおドラ公……うぅ~」
    「はあ、まぁ、ええ……そんなことある……?」
     エプロンで手を拭き拭き、ドラ公が近づいてくる。心臓を持つ俺の手にそっと触れながら、さっきマグカップが当たった方のこめかみを撫でた。そろそろと目を上げると、ドラ公は呆れたような、困ったような顔で笑っている。
    「よちよち、五歳児には大冒険だったんじゃないかね。お使いよりも怖かったでちゅねえ」
    「怖くねえわ俺は強い……」
    「……ふう、仕方ないなあ。まあ、私にとって半年も三年も十年も君の一生もそんな変わらないし、いいよ」
    「ぁえっ」
     なめらかな両手が俺の右手を心臓ごとぎゅっと握る。同時に「その代わり、担保を立てるくらいは許せよ」という声がやたら近くで聞こえて、はっと瞬きしたときには手のひらの上の宝石は跡形もなく消えていた。
    「……これくらいで勘弁してやろう、童貞だし」
     ドラ公は唇を舐めてにやりと笑った。随分と血色が良くなった腹の立つ顔をぼけっと眺めているうちに、さっき唇をかすめたらしき柔らかくてひんやりしたものの正体に気づいた俺は、次の瞬間には垂直に飛び上がって天井裏の蜘蛛の巣とコンニチハしていたわけだが、おい、聞こえてんぞボケ爆笑しながら連写してんじゃねえ。
    うめみや Link Message Mute
    2023/01/27 20:56:01

    ハートが帰らない

    #ロナドラ

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