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    しおり
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    好きこそもののファイトだぜ! 真祖にして無敵の高等吸血鬼、ドラルク様の夜は早い。先週発売されたゲームに夢中になって昼夜を問わず棺桶に引きこもっていたところを同居ゴリラに叩き起こされ、渋々ながら起き上がって家事に取りかかる。この時点で時刻は二十時。まあ、早い。私が早いと思ったら早い。「ドラルク様が楽しいことしてるのはいいけど、そのゲームはこのヌンよりも優先されるものなんですヌ」と嫉妬の丸と化した我が使い魔をあやし、「俺とジョンが腹空かしてんのにゲームにばっかしてんなよぉ」と怒り泣く五歳児をなだめ、二十七時間ぶりくらいにエプロンを身につけて台所に立つ。三食作り置いてあげたのに、私の顔を見ないと安心できないなんて……甘やかしすぎたとは思わない、これもひとえに魅力的すぎる私の罪ゆえ。
     一匹と一人に急かされて素早く身支度を整えてから、食材は残っているのかと冷蔵庫を開ければ、ぎっしりと詰め込まれた鶏肉の群れが目に飛び込んできた。うーむ、これは「買い物しておいたぜ」と照れくさそうに言いよるゴリラによる犯行とみて間違いない、唐揚げ以外の夕食を許さぬという圧を感じるぞ。期待されると俄然裏切りたくなっちゃうな。
    「…………よし、今晩は鶏肉のクリーム煮にしようか」
    「ええっ!?」
    「ヌエッ!?」
    「なんだなんだ、若造もジョンもがっかりした顔をして……あーはいはい、唐揚げね、分かったよ、分かったってば! その顔やめなさい君たち!」
     雨に降られた子犬のように瞳を潤ませてくる若造とジョンに呆気なく敗北したので、ガタガタと天ぷら鍋を取り出した。この鍋の登場率は異常だぞ、ロナルド君に適当に買いに行かせず私が気に入ったものを買ってもらって本当によかった。
     漬け込む時間がなかったからいつもと違う味かもしれんぞ、と忠告しながら差し出した唐揚げの山がたちまちに消えていく。いやあ、何度見ても不思議な光景だなあ、人間って体の半分くらいが胃でできてたりしないかしら。行き倒れ寸前だった者のような勢いでご飯をかき込む若造に、思わず「唐揚げは逃げないからゆっくり食べなさい万年欠食児童」と余計なことを言ってしまった。ヤッベ殺されると思って目をつむったのに、いつまで経っても拳が飛んでこない。そろそろと目を開いた先で、ロナルド君は真っ赤な顔をして不貞腐れ、自分の拳を必死で抑え込んでいた。
    「我慢ができてお利口ちゃんでちゅねぇ」
    「てっめ……! んだよ、俺だってゆっくり食いてえのは山々なんだよ!」
    「じゃあ何だね、この後に予定でも入ってたか?」
    「この後っていうか、明日。一週間くらい大阪の方へ出張することになって」
    「……はあ!? 明日!? もっと早く言わんかバカたれ! 冷蔵庫の中どうすんだ!」
    「仕方ねえだろ、俺だって今日聞いたんだし」
    「だったら分かった時点で連絡するとかあるだろアンポンタン、君が買ってきたものだってほとんど生鮮食品で、あーもう……!」
     なおも何かを言い募ろうとする若造を放って、私は冷蔵庫に飛びついた。あ〜、やっぱりロナルド君のやつ消費期限とかよく考えず食べたそうなものばっかり買ってやがるな。肉も魚も野菜も、ジョンだけで消費するには多すぎる。
    「もー……冷凍していくっきゃないな、これは。若造、駅弁は諦めなさいよ。冷蔵庫の中身消費したいから、ドラちゃん特製弁当を持っていきたまえ」
    「えっ作ってくれんの? 普通に嬉しい」
     食べ終わった食器を持ったゴリラがのそのそと台所へ侵入してきた。随分と急いで食べたなと思いながらそれを横目で眺めていると、なぜかロナルド君はこちらにじっとりとした視線を寄越してくる。
    「なに、弁当のおかずのリクエストは聞かんぞ」
    「や、そうじゃなくて……その、明日からしばらく俺いねえし、飯早く終わったし……あの……」
     ロナルド君は背後を一瞥したかと思うと、そろそろと私の腰に手を伸ばしてきた。ははーん、なるほど、寂しんぼうゴリラめ。相変わらず誘い方も下手くそだ。気の利く使い魔は箸を止めて「残りは明日の朝にいただくヌ」と呆れた顔をした。ごめんねジョン、君だって私といっぱい遊びたいだろうに、お兄ちゃんしてくれるんだね。
    「ロナルド君、ジョンにお礼言いなさいよ」
    「え? あ、あー! すみませんジョンさん……!」
    「ヌヌッヌリ」
     死のゲームとコンビニスウィーツを抱えて、ジョンは事務所へと続く扉の向こうに消えていった。取り残されたキンデメは「予備室に行け」と死んだ顔をしている。いたたまれないから、そういうあけすけな言い方はどうかと思うがね。
    「君さあ、本当に段取りとか根回しとか苦手だね」
    「だ、だって最近お前ゲームばっかでずっと棺桶引きこもってたじゃねえか……なんか言うタイミングなかったし」
    「それで出発する前に私とイチャイチャしておこうって? 本当に情緒が五歳児だな!」
    「……悪いかよ。一週間もお前と会えねえの寂しいんだよ」
     んまっ、このゴリラ言いよる。ストレートな物言いが珍しくて、しげしげとその顔を眺めてしまった。ロナルド君は段々と顔を赤く染めて、「煽るなら煽れや殺すぞボケ」と凄んできた。今から恋人とイチャつこうとしてる奴が凄むな。
    「んー……洗い物と明日の下拵え終わったら行くから準備しといて」
    「俺も手伝う」
    「いいよ、それより君溜まってるなら自分で抜いといてよ、私あんまり付き合えないから」
    「は!? な、なんでだよ」
    「明日のお弁当作るから体力残しておきたい」
    「え、や、じゃあ別に弁当なくても」
    「食材が無駄になるじゃないか、君も嫌だろ」
     発情ゴリラはぐうと唸って押し黙ってしまった。いつの間にか拘束するように回されていた腕から抜け出し、さっき洗ったばかりの鍋を水切りかごから取り上げる。私が黙々と下拵えの準備を始めたのを見ると、ロナルド君は渋々といった体で予備室の方へ向かっていった。
    「お風呂も入っちゃいなさいよ」
    「もうジョンと入ったわ」
     あらら、じゃあ本当にロナルド君はご飯食べた後に私とイチャイチャするだけだったのか。そこまで気合いを入れてたんならちょっと悪いことをしたかもしれない。ブロッコリーを茹でながら、せめてキャラ弁にしてやろうかな、なんて思い始めた自分の情け深さに、私は一人感心して頷いた。

     翌朝早くにロナルド君は旅立っていったらしい。私は棺桶の中でガッツリ(というよりぐったり)寝ていたから家を出た気配すら知らん、あの若造加減しろと言ったのに全力でがっつきやがって、おかげで私の寝起きは最悪だ。昨晩終わった後も何度死んでも腰を中心とした怠さが抜けきらなくて、弁当は根性で作り上げたものの、白米の上のメッセージは予定していた「がんばって♡」ではなく「クソボケ」になってしまった。折角ロナルド君に「物珍しさだけの駅弁なんかよりドラ公の作ってくれた愛情たっぷり弁当しか勝たんぜドラルク様畏怖〜!」とか言わせようと思ったのに、計画がパーだ。
     しかし改めて思うに、あの美丈夫がこんなガリガリの貧相な体のおっさんに夢中になって、汗を滴らせながら懸命に腰を振るのは、悪くない。他人にはびっくりするくらいお人好しのくせに、私にはちょっとくらい無体を働いていいとでも思ってるのか、昨日だって何度ももう無理だと伝えたのに「ごめん、もっかいだけ……」と言うことを聞かなかった。そういうところも、うむ、悪くない。ちょっと気分が上向いてきた。
     ごろりと寝返りを打ってスマホを確認すれば、時刻はすでに夜だった。ロナルド君は今頃、新大阪の駅構内で肉まんを買おうか買うまいか、いやこういうのは帰りがけに土産に買うもんだしな改札内にあるし、なんて迷ってそわそわしているんだろう。講演会だか研修会だかは明日からと聞いている。
    「……さて、久しぶりに我々だけの夜だねえ、ジョン」
    「ヌ!」
     一緒に棺桶に潜り込んでくれていたジョンを優しく撫でると、愛らしい使い魔はとっくに目を覚ましていたのか、元気に返事をしてくれた。蓋を押し開け伸びを一つ、背中がパキッと鳴って死んだ。寝起きの一死でしつこかった体の怠さもようやくマシになったようだ。
     身支度を済ませ、ゲームの続きでもしようかと思ったが、あれほど熱中していたはずのゲームも若造の邪魔が一切入らないとなるとなんだか物足りない。いや邪魔してほしい訳ではないが、ゲームだけに集中できる環境だと、逆に集中したくなくなるんだよな。家事の合間に時間を見つけてやるとか、食事を作ってやらなきゃいけないのを放っておいてやるとか、そういう追われてる感が必要なのかもしれない。うーん、見事に毎度締め切りギリギリで生きてるロナルド君に感化されている。
    「ううん、じゃあ散歩にでも行こうか」
    「ヌヌヌヌヌヌ、ヌヌ」
    「えっ雨? ロナルド君洗濯物干しっぱにしてないだろうな……取り込んだ? さっすが私のジョン! それじゃ事務所の掃除でもしようか。机の中覗いちゃお」
    「ヌン!」
     ロナルド君の事務机の引き出しの中は宇宙が広がっている。学生時代からそのまま使ってんじゃないかというケースのない丸い消しゴム、ペットボトルのお茶にでも付いてきたんだろう知らないキャラクターのキーホルダー、埃のついた輪ゴムに五年前の日付のレシート。これは経費にするか迷ってやめたのだろう。それらが一緒くたになって、引き出しの隅に追いやられている。私とジョンはこの小さな宇宙を盗み見るのを密かな楽しみにしていた。宇宙を構成するラインナップは折々で変化しており、そこにロナルド君の暮らしぶりを見ることができる。
    「ご覧ジョン、折り畳まれまくった付箋だ」
    「ヌーン」
    「あれだな、こういうのは大抵私の……ほらやっぱり! 誕生日プレゼント候補のリストだ! えーと、トマトジュースに牛乳……わはは、指輪と花束だってさ。結局買ってきたのはガーベラだったっけ?」
    「ヌシシ!」
    「カーネーションじゃないだけ成長したのかね。さて、もっと面白そうな……うん?」
     引き出しをさらに引っ張ろうとしたら、奥の方で何かがつっかえる感触がした。どんぐりでも引っ掛かっているのかと手を突っ込み、ずるりと取り出したのは男性向けのファッション誌だ。雑誌なんて週チャンくらいしか購読していないロナルド君にしては珍しい。どの記事に惹かれたのかとページをパラパラと捲ってみるが、折れ目がついていたり付箋が立ててあるままだったりと、なかなか読み込まれていた様子だ。相変わらず変なところで生真面目なことだな。
    「絶対デート特集とかじゃない? ドン引きされない勝負服とかキスのタイミングとか……ん?」
    「ヌ?」
    「『彼女との憂鬱なセックス特集』……?」
    「……ヌヌヌヌヌヌ?」
    「憂鬱な……ゆ、憂鬱? 私とのセックスが……?」
     あ、と思った時には突然視座が低くなって死んでいた。よろよろナスナスと再生を果たし、もう一度雑誌の特集ページに躍る文言を見る。「彼女との憂鬱なセックス特集」。耐えきれずに私はまた死んだ。
    「ヌヌーッ!!」
    「ご、ごめんよジョン……まさかロナルド君がこんな雑誌を買っていたなんて……」
     しかもそこそこに読み込んで、捨てもせずに引き出しの奥に突っ込んでおくなんて。いいや、普段買わない雑誌なのだから、目当ての記事が別にあるのかもしれない。そうだとも、常に完璧で若造を虜にして止まない私が、床事情で恋人に不満を抱かせているなどあり得ない! ……最初の方はよく死んでたけれども、最近ではほとんど死んでないし!
     しかし、こんな雑誌を恋人に見つけられてる時点でロナルド君に非があるのでは? 恋人を不安にさせる男なんか最低ではないか? そうだとも、私は悪くない、特集されている「憂鬱なセックス」とやらも、私の場合は当てはまらんだろう。睨みつけるようにして雑誌の表紙を見下ろす。うむ、私は悪くない、悪くないが、もしかすると今後の参考になるかもしれないし……? ロナルド君がこの特集に対してどう思ったのかも気になるし? まあ、私には全く関係ないんだろうけれど、ちょっと目を通すくらいはした方が……いやしてもいいのでは? 一つも参考にはならないだろうけれど?
    「ど、どれ……ランキング形式なんだ、ふーん……」
    「ヌンヌンヌ?」
    「トップファイブねえ……まあ、どれもこの私には関係ないだろうけど! えーなになに第五位『喘ぎ声がデカい』。あっ」
    「ヌー!!」
     一瞬にして体が崩れ落ちて死んだ。喘ぎ声がデカいと萎えるの!? もしかして私の声いつも大きい!? そりゃあ確かに、キンデメさんには「お主らうるさい」って文句言われるけれども、どちらかというと騒がしいのはロナルド君の方じゃない!?
     いや待てよ、私も初めの方は理性を保っているけれども、若造が二、三度達したあとは分からんぞ。いつも揺さぶられて気持ち良くなりすぎて、前後不覚になってる場合がほとんどだし。私ってばなんかそういう時になると割と小っ恥ずかしいことを口走ってるらしくて、終わった後に目を覚ますとロナルド君はやたらと機嫌良いし……え、うるさいのかな。そういえば前に、後片付けしてるロナルド君がめちゃくちゃにやけながら「お前、結構喘ぐのな」とか言ってきたな。あの時は若造もにやけっぱなしだったから気分良いんだろうと思ってたけど、今じゃそうでもない……?
     よく考えれば私とて立派な男性体の吸血鬼だ。初めてのセックスに溺れきってた頃のロナルド君ならまだしも、少し慣れればおっさんの喘ぎ声なんか聞いても興奮できないのかもしれない。むしろやかましくて憂鬱と思うようになっていても……いやいや、そうと決まったわけではない。ロナルド君だってこの理由には共感できんだろ。
    「ほら、ね、逆に声を抑えようとして歯を食いしばり死して怒られたことだってあるし」
    「ヌ、ヌー……」
    「やっぱほら、関係ないさ私には、ねえ……ええと、第四位『後片付けを押し付けてくる』。うわっ」
    「ヌー!!」
     やっぱり死んだ。ロナルド君と初めて事に及んで以来、後片付けなんかしたことがない。二人分の色々な液体を拭うのも、ぐっちゃぐちゃになったシーツを洗濯機に突っ込んで朝に干すのもロナルド君がやっている。
     でもさあ、それは仕方がないんじゃない? だってロナルド君とのセックス後で私に動く体力なんかほとんど残ってないだろう。あの体力ゴリラがギリ満足するまで付き合ってやってる私の温情に感謝してほしいくらいだ。だから体力の有り余っているロナルド君が片付けを引き受けるのも道理なわけで……え、もしかしてこういうところ? 抱かせてやってるんだから準備や片付けはやって当然みたいな考え方だと思われてる?
     確かに最近はロナルド君も力加減を覚えたのか、やろうと思えば丁寧に優しく抱けるようになってきたと思う。私が「もう無理」と泣き出しても止めてくれないのは相変わらずだが、ベッドの中で死ぬ率は格段に減った。事後もだらだら寝そべっていられるから、見ようによっては「こいつ本当は動けるくせに後始末面倒くさがって動こうとしない」と思えるかもしれない。もしそうだとしたらひどい誤解だ! 元気そうに見えるだけで内心めちゃくちゃ疲れてるし、腰から下なんか余韻で時々ピクピク痙攣してるし、お尻の中はいつまでもロナルド君のものが入ってるような気がして、ちょっと動いただけで声が漏れそうになってるし! そういうのに気付かれると間違いなくあの若造が調子乗るから、なるべく事後は動きたくないんだ。
    「そもそも、私は一度も後始末しろとか言ってないだろ! 全部ロナルド君が自主的に動いとるだけだろが!」
    「ヌウン……」
    「やたら肌触りのいいティッシュ買ってきたのも、小さめの冷蔵庫買ってきて予備室に置いたのも、そこで水やら牛乳やら冷やしてるのも、私が頼んだことじゃないぞ! ……押し付けてはいないだろ、まあ、私も多少何かした方がいいのかもしれないけどさ……」
    「ヌヌヌヌヌヌ、ヌイヌーヌ?」
    「ああジョン、大丈夫だから気にしないで……で、第三位が『自分からは誘ってこない』。ウギーッ!」
    「ヌアー!!」
     死んだわ。私からなんて誘えるかコンチクショウ! というか誘う暇がないわ、あの性欲つよつよゴリラが三日と空けず「今日だめ……?」とか聞いてくるから。勿論三回に一回は断らせてもらっているがね、こっちの身が持たない。別にロナルド君とのセックスが嫌という話じゃなくて、むしろ楽しいし気持ち良いし好きな部類だとは思うけれど、私の体質なのかなんなのか、あんまり連日になるとこう……日常生活に支障をきたすというか……ぶっちゃけ感度が上がりすぎて困るのだ。着替えてるだけで乳首が擦れて「んっ」て声が出ちゃった時には恥ずかしくて死んだぞ。そうでなくとも、高等吸血鬼たる私が「今夜セックスしない?」と誘うなど、はしたないにも程がある。
     でも、恋人同士なら違うんだろうか。相手から求めてこないってことは本当は乗り気じゃないと思ってしまうんだろうか? あり得そうだなロナルド君だし、「ドラ公本当は嫌々付き合ってくれてんのかもしれねえ……」くらい考えてそう。ふざけんなよ馬鹿造、私が嫌々体を差し出して無事に生きてるわけないだろうがぶっ飛ばしたい気持ちになるぞ! いやここに本人いないけど! 何でもかんでも言わせるな察しろそれくらい!
    「くそう、どうして私がこんな……一人でこんな……」
    「ヌヌヌヌヌヌ……!」
    「ええい第二位は!? 『前にやったのはいつとか覚えてる』。ウボァー!! 数えちゃうだろうがこちとら吸血鬼だぞ!?」
    「ヌー!!」
    「だ、第一位は……? 『いつも二回目を断ってくる』。アーッ!! いいよって言ったことないわ! 一回でめちゃくちゃ気持ちいいもん!」
    「ヌー!!」
    「うぐぅ……」
     心当たりがありすぎて死に直している暇もない。嘘だろう、人間の若い男、こんなことが不満なの? いや知らん、私だって人間の若い男どころか恋人だって初めてなんだから、セックスする上で何が不満なのかも全然分からない。私はいつも満たされてしまうし、終わって疲れることすらまあこれはこれで良いなと思ってしまうけれど、ロナルド君はそうじゃないの? 溜まってしまうから仕方なしに私を抱いてんのか?
    「そんなことが許されてたまるか……! ねえジョン!」
    「ヌアっ?」
    「こーんなかわいくて畏怖で完璧な私が恋人なんだぞ、セックスでもなんでもロナルド君が不満なんか抱いて良いはずないだろうが!」
    「ヌ……ヌンヌン!」
    「こうなったら私だってやってやろうじゃないか、一分の隙もないくらい完璧なロナルド君の恋人になってやる!」
     見さらせ若造、畏怖せよ私を! 憂鬱だとか不満だとかミリでもそんなことを考えた自分を反省して床事情においても完璧な私に改めて惚れ直し、一生の隷属と愛を誓うが良い! えいえいおーと拳を振り上げた拍子に肘がピキッとなって死んだが、うむ、まずはこの死にやすい体質からだろうか。チャームポイントの改善とはいささか納得いかないが、若造にギャフンと言わせるためにも健康的な生活を送ることから始めよう。

     それから数ヶ月、私はとんでもなく頑張った。いや、マジで頑張った。
     まずは出張から帰ってきたロナルド君に久方ぶりの私の料理を振る舞い、温かい風呂に入れ、意味ありげな視線を避けもせず私の方から「久しぶりだし、今夜する?」と聞いてやったのだ。その時のロナルド君の様子といったら! ソファに座ったままの姿勢で十センチは飛び上がって、猿叫めいた声を上げて顔を真っ赤にしていた。なんだ君、私から誘うだけでそんな面白いことになっちゃうの? それならもっと前からやってみればよかったなと私はほんのり後悔したものだ。
     で、若造が「はわわ……」と人語を忘れているうちに重ねて「予備室は準備しておいたからね」の華麗なコンボ。どうだ、全童貞の夢こと優しくて気が利いてセックスに協力的なちょっとえっちでかわいい恋人だぞ、ありがたかろう。本来ならばロナルド君はそんな私を畏怖し崇め奉り丁重にもてなす必要があるが、寛容な私はそこにも目をつむってやった。つまりゴリラ語でテンパりながら私を俵担ぎして予備室に飛び込むという蛮行を許してやったのだ。もう心の広さだけでユーラシア大陸を制覇しちゃうだろう、これは。その日はギラついた目のロナルド君が理性をぶっ飛ばしてしまい私が二回目を提案する間もなく揺さぶられ続け、挙句の果てにガチの失神をかましたため、後片付けどころではなかった。いや、初めての時よりもしんどかった。明け方近くに目覚めたら半泣きの若造が泣きながら謝ってきたから、これもまた許してやった。今までならば特選牛乳等の献上品が必須のところを、土下座ひとつで!
     声も抑えるようにした。通販でこっそりボールギャグを購入してつけてみたが、どうにも顎が疲れて、あれは駄目だった。見るからに嗜虐的でロナ造も萎えそうだったし、早々に捨てた。代わりに何かを口に咥えるといっても、私の牙が邪魔でなかなかちょうど良いものが見つからない。
     最終的に私は体位を変えることにした。それまで正常位だとか対面座位だとか、互いの顔が見える体勢ばかりだったのを、後背位、いわゆるバックをメインにしたのだ。これは正解だった、おかげで自然に物を抱える余裕ができたのだ。柔らかくて通気性の良い枕を抱きしめるようにして(これも私が自費で購入したんだが!? ロナルド君とのセックスのためにわざわざ!)声が漏れそうな時にはそれに顔を埋める。いい感じに声がくぐもって私のストレスにもならない。多少噛んでしまって穴が空いてはいるが、許容範囲内だろう。執着するほどのものではないし、少しくらいのほつれならば繕ってしまえばいい。ロナルド君はしきりに「顔見せろよ」と私をひっくり返そうとするが、嫌々をすれば大抵諦めてくれた。
     何よりこの体勢は私の股関節と骨盤にも優しいため、死ぬ率がぐんと下がる。後片付けを引き受けるための体力を温存することに成功したのだ! これはかなりの進歩ではなかろうか? 事後に「あとは私が片付けておくから、君は体が冷えないうちにシャワーでも浴びてきたまえ」と若造を送り出してやったら、新横浜でまともな吸血鬼を見た時と同じようなリアクションをしやがった。五度見をするな。
     もちろん、あれ以来いつセックスをしたかなんて数えるのをやめた。正確には数えてしまっているけれども、それをいちいち言うのをやめた。もじもじお誘いしてくるロナルド君に「三日前にヤッたばかりだぞ体力ゴリラめ! そんなに私のことが好きか?」と指を突きつけて、顔を真っ赤にしながらも私の言葉を否定できない恋人の様を眺めるのはなかなかに面白かったけれども、まあ仕方がない。きっとこの先、それ以上に面白い姿を見る機会や手段はいくらでもあるだろう。
     しかし不可解なこともあった。そうやって私が健気に努力を重ねて二回目以降を断らなくなってから、私たちのセックス周期はなんだか不定になってきたのだ。初めの方は鼻息荒く、それこそ毎日のように私を予備室に連れ込んではベタベタ甘えてきたロナルド君が、急にそんな素振りを見せなくなったり、私から声をかけても断ったりするようになってきた。かと思えば休業日をこれ幸いとばかりにほぼ一日かけて抱き潰してきて、そこからまた連日連夜セックス三昧になったこともある。
     そういうことを繰り返していると、寝ても覚めても近くにロナルド君の気配があって、一人きりで棺桶に横たわっているはずなのにどこからかロナ臭が漂ってくる。あんまり近くにいすぎたから私にも臭いが移ってしまったのだと気づいた時はさすがに恥ずか死んだ。本当はもう少し自分一人の時間がほしい。ジョンにも我慢を強いている部分がある。けれどもこれも私が望んだことだと言って、懸命に我慢してくれている。愛しい使い魔の献身に涙が出る昼もあった。
     けれども、なぜかロナルド君の顔色はどんどん悪くなっていく。私を抱いている最中に黙っていることも多くなった。そういう時は決まってスキンを着用しようとせず、何度も私のナカに出して執拗にそれを擦り付けてくる。「スキンの着用はマナー」というのを教義のように掲げる精神童貞は、理性が残っている間は常にスキンを着用していた。たまに興が乗った私に「つけなくてもいいぞ」と唆されて、興奮しきった目で熱い肉棒を捩じ込んでくることはあったが……まあ、ゴムないほうが気持ちいいって言うもんな。あの雑誌のランキングには「中出しさせてくれない」なんて書いていなかったけれども、着けなくていいならそうしたいというのがロナルド君の本音だったんだろう。
     実際ロナルド君が私に執心していく様子はあったし、当然それは私への愛情からであると思われた。今や私こそがロナルド君の理想とする恋人であると、胸を張って言えよう。すっかり骨抜きにされたロナルド君がべしょべしょに泣きながら「どうか俺を一生お前の恋の奴隷にしてくれ!」と縋ってくるのも時間の問題だ!

     ……そう思っている時期が私にもありました。
     この数ヶ月間、理想の恋人になるべく努力し続けてきた私の行き着いた先は漬物容器の中だった。なんでじゃ。
    「……お〜いロナ造、いい加減ここから出せ」
    「駄目だ!!」
    「なんでよ、もう三日目だぞ? 君も私の作った美味しいご飯食べたいだろうが! ジョンも今日には合宿から帰ってくるんだろ」
    「そ、うだけど…………」
    「ほら、じゃあさっさと重石をどけて……うわ何このヤな感じ、若造重石に何乗せてんだ!?」
    「ブックオッフで買ってきた聖書……」
    「聖書!? 恋人の死因になるようなもんを重石にすんなボケ!!」
    「だってぇ……」
     砂状の私に上や下の概念があるかは別として、また頭上から五歳児がぐずる声が聞こえてきた。その声を聞いているとなんとも切なくなって、今すぐに抱きしめてやらねばと思うのに、手を伸ばそうにも忌々しい紙切れのせいで叶わない。神がなんだクソ、生まれてこの方祈ったことのない私にはそいつのありがたさなんか分からない。
    「……ロナルド君、せめて聖書だけでもどけてくれよ」
    「……でも」
    「君が何を考えてるのか知らんが……逃げないよ。ていうかじっと死にすぎててすぐには逃げられないし」
    「……」
     容器の外側からはしばらく物音が聞こえなかったが、やがて嫌な気配が遠ざかり、そろそろと漬物容器の蓋が開いた。わずかな隙間から、不安そうにゆらめく空色の瞳がこちらを見ている。まったく、泣くくらいならこんなことしなければいいのに。
    「ドラ公……」
    「おおよちよち私の五歳児、泣くな泣くな」
    「誰が五歳だボケ」
    「少なくとも成人男性は再生したばっかの私の指をしゃぶらんわ、お口からペッペしなさいバカタレ」
    「うぅ〜……」
     溢れる涙を拭ってやろうと伸ばした指先はすぐさま分厚い手にさらわれた。ロナルド君はあぐあぐと私の指を甘噛みして言うことを聞きそうにない。うーん、このパターンは見たことがないな。正気を失うのは締切前後の恒例とはいえ、これがハイなのかローなのかの判断もつかない。
     少なくとも、この状態ではどうしてこんなことをやらかしたのかという理由を尋ねる訳にもいかんだろうと、しばらくやりたいようにさせておく。そのうちロナルド君は容器の蓋を完全に床に落として、自分自身で容器を覆うようにして被さってきた。その隙間から暗い室内にわずかな光が差し込んできているのが見えて、ようやく今が夜ではないことを知った。折角の明るい活動時間帯にロナルド君ってば何をしているんだか。
     まあ、プラスチック製の蓋に覆われるよかマシだろう。私の視界を遮る体に手を伸ばしてあちこち突いてみると、張りのある筋肉が柔らかくしなやかな感触を返してきた。なるほどこれも面白い。ここがちょうど正中線、こちらにロナ造の心臓、太い鎖骨、この辺りは鳩尾か? 乳首を引っ掻くと流石にびくりと震えた。おもろ、日頃若造が私のおノーブルで控えめなおっぱいを執拗に舐めしゃぶるのもちょっと分かるな。筋肉は揺れるって本当だろうかと両手でロナルド君の胸に手ブラをしようとしたところで、覆いかぶさっていた影がゆっくり離れていく。べしゃべしゃに泣き崩れているだろうと思っていた若造の顔面は、思いの外静かなものだった。
    「……俺は、お前が好きだ」
    「うん? う、うん」
     ぐす、と鼻をすすった若造が唐突に告白をしてくる。そんなことは百も承知だが。
    「でも、そんだけじゃお前を縛る理由にはならねえから……お前が、俺をどう思ってようと、やっぱり好きなのやめらんねえし……」
    「うん……うん? なに?」
    「ドラ公が、お、俺に、飽きても……っ他の奴んとこ、いっても、俺はお前が好きだからっ、それは、忘れねえでほじいっ」
    「待て待て待て、なんの話だ!?」
    「なんのって…………お前、他に彼氏いるんだろ」
     ……この瞬間の私の心境を、言葉で正確に表現するのは難しい。筆舌に尽くしがたいとはまさにこのこと、怒りや悲しみ、困惑、呆れ、ふざけんなカス、なんで、軽蔑、悲しい、どれも正しくどれも正解ではなく、とにかく胸の内から湧いた感情が瞬時に膨れ上がり──私の体は文字通り爆散した。吸血鬼、やろうと思えば死んだまま死に直せるものなのだと初めて知った。

    「──で!? 突然私のセックスの嗜好が変わったように思えたって!?」
    「うぅ、だ、だってえ……」
    「なんっでそれが私の不貞疑惑に繋がるんだと聞いてるんださっきから……おい! また緩んでるぞ! ちゃんとぎゅっとしてろぎゅっと!」
    「エーン!」
     おポンチ概念童貞シンヨコ・カオダケ・ハンサムは、私の涙ぐましい努力の数々を、あろうことか「他に男ができて、俺をそいつとのセックスの練習台にしてる」と解釈したそうだ。バカか!? びっくりしすぎて語彙も何もどこかにすっ飛んでったわ。ストレートに罵倒して、間抜けな横っ面を引っ叩いては反動で死にまくる私を見て、ようやく自分の思い違いに気づいたというのだ。バッカじゃねえのこいつ、ほんとに。
    「ど、ドラ公ごめんってば……なあ、マジで一瞬でいいからトイレ行かせて……」
    「行けばいいだろ、このまま私を抱えて」
    「お前を抱っこしたまましょんべんすんの!? やめろよこれ以上俺の性癖をめちゃくちゃにすんじゃねえ!」
    「勝手にめちゃくちゃになっとるんだろうが! それでよくも私の浮気を疑えたもんだな!」
    「だっ……! だって、お前が! えっちの時に声も聞かせてくれねえし、顔も見せねえし、なんか準備とかし始めるから! しかもなんか体力ついて毎日えっちできたし、嫌がらねえし、もうこりゃ俺以外の男にそういう体にされちまったんじゃないかって……」
    「バーーーカ!! 寝取られモノNGのくせに中途半端に学習してんじゃねえ! あれは君が……」
    「俺が?」
    「……」
     おや、おやおやおや。知能指数三十五億のドラドラちゃんは、何かに気付きかけてしまったぞ。いやこれ気付かん方がいいな、若造の独りよがりの暴走ってことで話を片してしまいたい。
    「ドラ公……もうえっちの最中に無理矢理声抑えたり、な、ナマでやんの許したりすんなよ……もっとこう、自分を大事にしろよ……」
    「……」
    「マットレスの用意とか掃除とかも、俺がやりたくてやってんだから無理にすんな。……ああいう時、お前とのために準備してんだって思ったら、俺すごく嬉しくて」
    「……」
    「あとさあ、いっぱいえっちできんのはそりゃ嬉しいけど、回数多いよりももっと甘々いちゃいちゃしてたいっていうか、お前のことめちゃくちゃ大事にしてかわいがりたいから、一回をもう少し長くできりゃそれでいいから……」
    「……ロナルド君」
    「お、おう、ぉん!?」
     あ〜もう抱け抱け、好きなだけ抱いてくれ。長々ダラダラいちゃいちゃ抱いてくれ。結局のところ私はありのままで完璧であり、非の打ち所がないロナルド君の恋人なのだ。だったら私は私のやりたいようにやるべきであり、私の成すことが正解になる。
     両手で頬を挟むようにして、にゅっと突き出された唇に口付けてやると、ロナルド君は目をかっ開いたまま真っ赤になって視線をあちこち彷徨わせる。ふむ、こういう反応はやはり悪くない。今後は私からセックスに誘ってやってもいい。
    うめみや Link Message Mute
    2022/12/17 19:20:17

    好きこそもののファイトだぜ!

    #ロナドラ

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